久しぶりの帰省、思い立ちから昔見た場所を探しに、山中に足を踏み入れた。 幼い頃の記憶に遡れば、紫色の花が満開な場所があった。 近くのコンビニによって、ぺットボトルのお茶を買っていく。 表道から外れて、山間に向かう道、車で来た方がよかったかな等と思いながら、地道に歩を進める。 鬱蒼と陰りの入る山道に着く。 割合日差しが強い日で、息をつくには影が心地よかった。 お茶を一口飲んでからまた歩みを進めた。 見覚えのあるようなないような、山道を歩く事どれくらいだろうか、  幼い頃のおぼろげな記憶の中では、かなり長く歩いたはずだったのだけれど、 思ったよりは簡単に、何とはなく見覚えのあるような場所にたどり着いた。 山道から、少しならず外れた場所からいける階段。 その上にあるのは、寂れ、人の気もないこじんまりとした神社。 幼少時の秘密基地のようなものだった覚えがある。 この場所自体懐かしく、思い出に浸るには十分な場所ではあったが 問題は、目的の場所へこれからどう行ったものか、まるで記憶が定かではない事で、 ちょうどいいから少し腰を休めて、境内を見てまわることにしてみた。 風も出ていて気持ちのいい陽気、何は無くとも散歩に森林浴と、久しぶりに穏やかな時間を過ごして たまにこういう日があるのは、息抜きにいいんだろう、としみじみと思う訳で、 そんなことをしなければ、息一つ抜けないのは問題なのかもしれないけれど、 自然を、自然と感じるのは、不自然だ。ってなんかに書いてあったなぁなどなど。 とりあえず真ん前においてあって目に入るのが賽銭箱。 これも当然落ち葉だらけで、それが気に食わないので、奥にまで入り込んだものはともかく、上に積もった葉を払い落とす。 適当に手を払いのける最中、間からムカデが出て来て、思わず声を上げたりもした。 山に来るなら、飲み物だけでなく、タオルや手袋でもあれば、色々役立つかも、とめどないことを考えたりしつつ 動悸を収めるよう勤める。目は、地面に落ちて以来、行方の知れないムカデを探しているけれど…… 結局は見つからなくて、茫洋とした不安な気分を忘れるように、葉っぱを払いのけて、 せっかくなので、五円ほど賽銭箱に入れた。 こういうのは値段でなく気の持ちようだろう。 なら入れなくてもいいような気もするけれど、これも気の持ちようだ。 そうムカデに抱いた恐怖なんかも、気の持ちようでどうにでもなる。多分…… その奥の上にある、ぼろぼろで今にも落ちそうな注連縄を見上げて 注連縄が、ムカデのように動き出す想像をして嫌な気分になったり。 気分転換と持ってきた茶を飲みながら、歩いていると、前もここで茶を呑んだような気がしてきて、 何故ここでお茶を飲んだ覚えがあるのか不思議になった。 いくらお茶が好きではあっても、幼い頃は飲み物を買うのならジュースばかり買っていたからで 水筒など持ち合わせてまで来た覚えはないし、となると誰かにもらったわけだろうけれど そもそも自分がお茶を好んで飲むようになったのは……いつごろだったろうか…… 思わずうなり声など上げつつ、記憶の引き出しをしっちゃかめっちゃか引き出すこと二分ほど、 思い出せないことは、とりあえず棚に上げることにした。 神社の裏手に回れば、これはまた影のせいかとても陰気な感じで、 日の当たりが悪いせいだろう、草の伸びはそうでもないけれど、とても暗い。 暗いというのは人の気持ちを落ち着けるけれど、同時に落ち込ませるもので、 ふとそんなことを考えながら、そういえば、この神社は日の当たりが結構いい場所のはずだけれど 何故周囲から見えないのか疑問になった。 まぁ自分は不注意と言うか、周囲へ気配りが足らない方なので、ただ視界に入っていないだけなのだろう。 これ以上境内も見る場所もなく、さてどうしたものかと思案していると 散らばった葉が撒き上がりそうな風が吹いて思わず目を閉じた。 特にそれでどうこうといったわけでもないのだけれど、何となく身震いをして、そろそろ帰ろうかと思った。 一度、神社に向き直り、手を合わせて、頭を下げて、背を向けた。 歩き出してまもなく、階段の下からこちらに向かって歩いている人が見えた。 その人を見たときの感覚は、言葉で言い表すのが難しい。 あえて少ない語彙の中で言い表してみれば、色褪せた思い出への懐かしさと、意味は分からないけれど背筋に走る怖気似た気持ち。 それと故郷に帰ったような安堵感。どうしようもない喪失感などが入り混じったもので…… まるで、喧嘩別れでもしてずっと会えなかった両親との再開のよう。 いやまぁ、別にそんなことが自分にあったわけでもないけれどね。 こちらが、思わず足を進めるのをためらううちに、向こう側は気にもせず(そりゃそうだ)数の少ない石段を登りきり、 自分のすぐ近くまで来ていた。 そりゃすれ違うほど近くまで来れば、挨拶の一つもするわけで、声を掛けて見てみれば、その人は綺麗な女性の方で 別に見とれはしないけれど、明らかに山歩きに向かないような服装もあって、場所との違和感がすごかった。 分かりやすく言えば、現実感が薄くて、まるで夢のよう。とそこまで行くと誇張だけれど。 彼女も普通に笑顔で挨拶を返してくれた、そのまま少し話をしたのだけれど、 話してみればどうということも無く、ゆっくりとした口調で、質問をする彼女の話に応える形だった。  どうしてここに?  子供の頃このあたりで遊んでいた事を思い出して、思わず足を  以前このあたりに住んでいらしたの  ええ確か九つ頃までは  九つ  でも、そんな小さい頃こんなところで遊んだりして、よく怒られなかったわねぇ  ここまでくるのは少し入り組んでいるから  そうですね。言われてみると本当に  ひょっとしたら黙ってきていたのかな?もう時効でしょう。特に問題もなかったですし  でも、ここは一人で遊ぶには少し怖くないかしら  うーん子供の時分ですからね、恐い物みたさがなかったとは言えません  ええと……そういえば誰かと遊んだ事もあった気はしますけれど  誰だったかなぁ そこで考え込んでしまったんだ。人と話をしているというのにね。失礼だよまったく。  そういえば、もうお帰りに?  っええ、まあとりあえず帰ろうかなぁと思っていたんですけど…… 何となく帰りづらくなってしまった。 話をしていて思い出したことがいくつか、 やはり自分だけの整理より、対話しての形のほうが、意図しない記憶が掘り出されるもので  もう少し歩いてみます 頭を下げてから笑顔で見送る彼女に背をむけ、先に石段を下りて山道を上に歩くとにした。 とりあえず大元の山道まで戻り、道を上って行けば分かれ道。 二手に分かれた道を、そこはかとなく大きく見えるほうを進んでは見たものの、 それでも車が通れない程度の細い道で、舗装なんて当然されていない。 元から山道、傾斜もあれば草木も酷い。正直言って疲れるもので、運動が苦手でそれなりの都会暮らしには辛い。 携帯を見てみると、なんとびっくり、というのかどうかは山に登らないので分からないけれど、 とにかく電波も届いていない。 木が増えて、明かりも本格的にさえぎられ始めて、あちこちでがさがさ音がするたびに、おっかなびっくり歩いて止まって。 さすがにもう諦めて、そろそろ帰ろうかなぁと思った頃合だった。 どこからともなく、まぁ藪の中からだろうけれど、狐が出てきた。 いきなり出てきた上、こっちを真っ直ぐ見ている様子でちょっと反応に困ったのだ。 正直、飛びかかってきたらどうしようなど思ったわけで、山はこういう生き物がいるんだなあと後悔し始めた時 ふいと、後ろを向いてその狐は歩いていった。 余りに情けない自分にため息が出た。 思わず苦笑いしながら、帰ろうかと思うと、遠目に狐がこちらを見ている。 何となくそうなのかなと思って、そちらに近付くとまた歩き出す。 ああ、これは本格的にまずい気がする。と思いながらも、ちょっとした冒険心を発揮して後を付いていく事にした。 また少し足を進めて、ふと気が付くと狐の姿が無かった。 特に眼を離した覚えも無かったけれど、自分の注意力の無さには定評がある。 本当に化かされたのかなと思って、大きい不安と幾許の楽しみを抱えて、辺りを見回すと、目に映る鮮明な色。 蜜に引かれる蝶のようにふらふら向かえば、開けた視界には満開の花。 記憶にあった紫だけならず、黄に白、桃、赤、自分が見た今までの何よりも鮮明に まるでここだけ切り取って別世界にでもなったようで。 花だけならず、白、黄に緑、青の蝶まで飛んで本当に、幻想的な世界で 自分に知識があれば、そのとき咲いていた花が、同じ季節に咲かないものだと分かったのだろうけれど そんなことより、その時の自分にとって大切なものは、その光景を見ていることだった 魅入られたように花を眺める事しばらく、気が付けば、それなりに時間がたっていたのか、少し辺りも薄暗くなって、 さすがにこれはまずいと、名残を惜しみながらも帰途に着くことにした。 色々思いがけないほどの収穫で、ホクホク顔で歩いていたけれど、 少し引っかかる事があって、もう一度、神社によって行く事にした。 ここで飲んだお茶の事だった訳だけれど、あれはきっと誰かにもらった物で、 それは誰かと一緒に遊んだという事で、一体誰だったのだろうと。 神社ヘそれる道に着いた頃には、すでにかなり日も暮れていて、途方にも暮れそうだったけれど、 結局は少しだけなら大差ない、と言い訳してよっていく事にした。 たまに、自分の無駄なまでの行動力に驚く事がある。 発奮して境内に上がっては見たものの、いきなり記憶が棚から落ちてくる訳も無く、 立ち尽くしたままで、何をしているんだろうとため息をついた。 今日が色々あったので、ひょっとしたら思い出せる、的な考えを持っていなかったとはいえない。 夢物語のような、お話でよくあるように。 無駄に思考をかき混ぜていると、先ほどここであった女性のことを思い出した。 そもそも、余り人を気にしないようにしているけれど、こんな場所で何をしていたのだろう。 神社にお参りに、というのなら、もう少しこの場所が綺麗でもいいと、落ち葉が積もり放題、雑草生え放題の境内を見回しながら思う。 ふと見回した瞬間、暗くなってきている視界に白いものがよぎった。 何かと思って近付いてみれば、木に結ばれた紙? 思わず歩を進め、手を伸ばした刹那、意識が暗転。 おお、これは珍しいなどと思っているうちに意識は途絶えた。 そこからはもう記憶が無くて、自分が帰ってきたのは、二日も立ってからだったらしい。 覚えているのは、神社で目を覚ました時からで、そのとき思ったのは、 こんな場所で横になったら身体に虫が付く、だった訳で、まあ即物的と言うか、世俗にまみれているんだろうね。 首を傾げつつも、明らかに昼間になっていて嫌な予感を感じる中、家に帰ってみれば二日も立っていて、 そりゃ散々怒られて、いい年して何をしてるんだ。せめて連絡の一つくらい越せと色々言われたもので、 まるで悪くないおじいちゃん達は、帰ってくるのがそんなに嫌だったのか?なんて言い出すし。 本当に申し訳が無かった。 なので普通にそのまま、あったことを伝えたら、帰ってこれてよかったなんて抱きしめられたり、 今までそんな事をされたことがなかったから、思わず嬉しかったり恥ずかしかったり、 まぁ死んだ人は辛くないように、居なくなった人以外の方が、心配なのは分かるけれど。 蝶よ花よと言うわけではないけれど、それなりに大切にされているんだと実感して思わず涙腺が…… 思っていることを、言葉や行動できちんと人に伝えるのはやはり大切と言うか、 他人の心まで動かすものだなあと思った次第。 本当に神隠しってのは不思議なものだと実感。 空間を渡れるなら、時間を渡れる。とかそんな話を思い出した。 逆だったような気もするけれど。 進んだ科学が魔法に見えるとかその類なのか 体系付けられていない理論は、理論として成り立たない。 1+1が3にも4にもなるような事は絶対にありえないわけで。 それは途中の式が抜けているはずで、そうでないなら世界の根底が覆るようなもの。 その割には、ありえないようなことばかり起こっている現実で、もう良く分からない。 今現在の理論では、解き明かせないだけ。のはずなのだけれど…… 全てを論理的に考えたいけれど、精神的なものや、感情的なことに充実を感じるのが人間で ああもう、まとまりもないし、良く分からなくなってきた。やめよう。 こんな考えは中学生当たりで卒業してもいいはずだ。でないなら一生考え続けるか。 これは後になってから考えたことだけれど、何故あの時の花畑、携帯ででも写真を撮っておかなかったんだろうということ。 もっとも色々と、恐い話とか読んでいると、証拠を残すようなことをした機械は、壊れたりする事も多いみたいだから これはこれでよかったのかもしれない。と思ったりもしないこともないけれど。 また足を運べば見れるような気はするけれど、今のところもう一度行こうとは欠片も思わない。 何故かといわれれば、何となく、としか返せないけれど。 これは感に過ぎないけれど、確実だと思う。 あの光景に心捕らわれたら、もう帰って来れない気がするから。 まだやりたいこともやって見たいこともある。 あそこは綺麗だけれど、それだけでは続かない。 それでも、多分、いつかは私は向こうに行く事になる。 あそこはきっと、夢を見る人たちの夢の場所。 現在の夢でしかなくなった人の場所だから いずこへ消えた時間に、おぼろげに見ていた夢の世界では、 空を見上げれば、箒の乗って飛ぶ魔法使いがいたり。 訳の分からない黒いものが飛んでいたり。 池を縁から全て凍らせると息巻く妖精がいたり。 その妖精が、池から出てきた大きい蛙に食べられていたり。 花畑には、蜂にちょっかいだして、追いかけられる妖精が飛びまわり。 山間には、訳の分からない品物を、訳の分からない並べ方をしている店があったり。 かの竹山には、兎を追いかける兎もいたり。 魂が出てる子が剣を振り回していたり。 羽の生えた子供が、日傘を差してあるいていたり。 メイド姿の人も何故か歩いていたり。 どこかによく似た、寂れた風な神社には、私と良く似た、お茶が好きな巫女がいたり…… そういえば、あの時お茶をくれたのは誰だったんだろうね。 冥界の食べ物を食べると、戻れなくなるって言うのは何の話だったかな? 一言 直、彼女が向こうに行かなかったわけは、後でも行けると言う余裕からの話。 自ら行こうと思う前に、死んでしまうのですけれど。