紅魔館図書館。今まで客など全くなかったこの図書館も、 最近ではわずかであるが来訪者の影が見えるようになってきた。 尚、魔理沙は客ではなく強奪者でしかないためカウントに入っていない。 その図書館の奥底、普段は例え客であってもめったに通されない、持ち出し禁止区画に二人の少女はいた。 「意外だったわ。」  人形遣いの少女が机に本を広げながら呟いた。  断られると思っていた本を、二つ返事で読ませてもらえてるのだ。当然のことだろう。 「そうかしら? どこかの黒いのと違って約束の期間できちんと返してくれるし、 持ち出し禁止の本を持って帰ることもない。扱いも丁寧な上に、 時々お礼にお菓子まで持ってきてくれる。これほど模範的な図書館利用者は私の知る限り貴女だけよ」 「そう。といっても、こうしょっちゅう読みに来るのは私のほかは魔理沙ぐらいでしょうから、 自然とそうなっちゃうんでしょうけど」  次に読む本を最上段の棚から探しながら表情無く、理屈で答える図書館の主。 本当は「貴女だから」の一言を言いたいだけなのに言い出すことが出来ない。  過去に一度告白しているとはいえ、どうしても素直になれない自分に嫌気がさす。 そんなありきたりな言葉への返事もまたありきたりなもの。 言葉とは、鏡なのだ。  しかし、パチュリーにとってはそれでも満足であった。 愛する人と二人きりで同じ場所を共有できる。 たったそれだけのことでも今は幸せだったのだ。 「さてと。」  アリスが立ち上がり、本を棚に戻そうとする。  丁度頭上でパチュリーが浮遊しているが、気にする様子は皆無のようだ。 もっとも、上にいるパチュリーからしたら気が気ではない。 「……上、見ないでね?」 「見られるのが嫌なら最初からズボン穿くなりなさい。もしよかったら一本あげるわよ?」  その時パチュリーは緊張のあまり棚に目が行っていなかった。そして、あるグリモワに触れた瞬間。 「しまっ!? ひゃあ!?」 「え? ちょっと!?」  ドシンという音と共に、パチュリーが落ちる。  高さがあったため、そのまま落ちていれば大事になっていただろうが、 足元にいたアリスに抱きとめられて事なきを得る。尤も、アリスのほうが耐え切れずにしりもちをつき、 パチュリーに覆いかぶさられる形になってしまったが。 「ごめんなさい!消魔の本に触っちゃったみたいなの!怪我してない!?」 「…今日ほど貴女が軽くて助かったと思った日はないわ」  皮肉を言える位の余裕はあるのだから問題ないのだろう。  そのまま起き上がろうとするが、覆いかぶさってるパチュリーがこちらを見つめたまま退いてくれない。  少々の沈黙、それに耐えられず、アリスが口を開いた。 「えっと、退いてくれると嬉しいんだけど……」 「……ねえ、文とキスしたんでしょ?」 「ひぇ!?」  突然の尋問に思わず素っ頓狂な声を上げる。  同時に過去の悪夢がフラッシュバックしてくるが、それらから逃避するほど愚かでもない。 「人工呼吸とか、事故みたいなのは嫌なの。私も、私の意志で貴女と口付したい」 「で、でも、あの時文さんはいろいろとおかしくなっちゃってて、アレだってある意味ある種の事故で…」 「それだったら私だってとっくにおかしくなっちゃってるわ。 …ううん、貴女におかしくされちゃったのよ? 文ばっかりずるいわ…」  アリスがいかに理屈で通そうとしても感情で動いてるパチュリーには一切通じない。 相手も普段理屈でしか動かない人間(?)だが、こういう人種ほど感情で動いたときは歯止めが利かない。 容赦なく近づいてくるパチュリーの顔を前に、アリスも覚悟をして目を閉じる。 「……?」  が、いつまでたっても唇へ感触はない。 不思議に思い目を開けると、パチュリーはいつの間にか離れ、俯いて座り込んでいた。 「…ごめんなさい。私……」 「……」 「私、また勝手なことして…ずるいのは文じゃなくて私よね…」 「ねえ、パチュリー?」 「私、私…!?」  振り返りざまの口付。このときはパチュリーのほうが何が起きたかを理解できていなかった。 「らしくないわよ。貴女がこんなことでうじうじ悩むなんて……とはいえ、あの魔理沙ですら 砂糖大量生産してるんだから無理もないかもしれないでしょうけど。」  口を離した瞬間にたしなめられたパチュリーはいまだ目を白黒させているが、  アリスはかまわず話を続ける。 「貴女や文さんが私に好意を持ってくれていることはわかってるわ。 でもね、どちらかを選べだなんて言われても困るし、何より私達女の子同士なのよ?」  『終わった』パチュリーの脳裏はこの4文字で埋まっていた。  柄にも無く積極的な行動をしてしまった挙句、自分の想いを否定されてしまったのだ。  だがそれも杞憂に終わる。 「でもまあ、私もいつおかしくなるかわからないし、何より友達を失う怖さは私が一番知ってるし、 しばらくこの関係を続けてみましょう?ね? でも、『これ以上』はダメよ?」 「………!!」 「ちょ、ちょっと、大袈裟よぉ」  柄でもない。そんなことはわかりきっていた。 それでも涙が止まらなかった。それでもアリスに抱きつかずにいられなかった。 もはや完全にアリスにおかしくされていた。そんなことはかまわない。 それでも、それだからこそアリスが好きなのだから。  願わくば、一日でも長くこの関係が続きますように。