飼い主に似るside幼悪魔 音が聞こえる。 浅い眠りから徐々に意識が覚醒に近付く。 けれど、まだ外からは日が差し込み、起きるにはいささか早いように思える。 そんな要因も合わさって私は大好きな声に対して意地悪をしたくなる。 「お嬢様。起床の時間ですよ」 「ん〜。ねむいー。もっと寝るの〜」 ああ、我ながらなんて子供っぽいワガママなのだろう。 こんなことばかりしてたら、咲夜に愛想をつかされちゃうのに……。 「まったく。館の者が聞いたらまたカリスマを下げてしまいますよ」 「いいの〜。妖精の一匹や二匹殺しちゃえばいいんだからー」 それでも私はこのワガママを言い続けてしまう。 少なくとも私が今、こうしている間は咲夜は私だけを見ていてくれる。 メイド長である十六夜咲夜が見てるのであって、咲夜が見ているわけじゃないのに。 けど、それですら私は何よりも幸せに思えてしまう。 咲夜という存在全てを愛おしく思う。 だから、折れるのも早い。 やっぱり、迷惑をかけたくはない。 いつも大抵二回目で折れる。きっと今回もそうだ。 二回目の咲夜の小言は少し、トーンが下がって悲しそうな響きを持つ。 それが演技にしろ本当にしろ、私には効果覿面なのだ。 「そうですか。けれど、この時間でお目覚めにならないと午後のティータイムは無しですよ」 「えっ!?」 「少食なお嬢様はブランチになってしまうと午後のティータイムのお菓子を半分以上ムダになさるからです」 「お、起きる! 今すぐ起きるから!!」 咲夜は……ホントにズルイ。 午後のティータイムのお菓子は咲夜お手製。 そう、それが無しということは私の起きる理由の大部分が奪われることに等しい。 起きないで、ずっと寝るっていう手もあるけどそれはそれで咲夜に迷惑をかけてしまう。 結局私は急いでお布団を破いたりしない程度の勢いで飛び起きて、ドアを引きちぎるような勢いで開く。 「咲夜ッ! 起きたわッ!!」 「……また、裸で寝たのですか」 一瞬、キョトンとした顔で私を見つめた後、咲夜が呆れたように言った。 けど、それだけは譲れないの。 もちろん、人前で裸だなんてはしたない真似は絶対しない。 私にだって、それなりの羞恥心はある。 それに、裸で咲夜の前に出れば、もしかすると、もしかするかもしれないなんて期待を持ってないわけじゃない。 けど、素直じゃない私は憎まれ口を叩いてしまう。 私のバカ……。 「だって、寝るときぐらい羽根を自由にしてあげたいんだもん」 「まぁ、いいです。けど、今度からは何かをお召しになってから扉を開けてくださいね。何処で誰が見てるかわかりませんから」 「うん!」 「はい。今日はちょっと、レース多めのふんわり仕様です」 私が返事をしたと同時にもう服を着ている。 おそらく咲夜が誰かに見られる前に時を止めて着させてくれたのだろう。 ホントは時なんて止めないで時間をかけてきさせて欲しいんだけど。 まぁ、女だけしかいない館だといっても咲夜以外には裸を見せたくないし……しょうがない、か。 それに咲夜が着せてくれた、って事実が嬉しい。 「わぁ……いいわね。なんか、気分もふわふわしそう」 「それにそのお召し物は、妹様と色違いのお揃いで作ってあるんですよ」 フランと一緒かぁ。フランは喜んでくれるかな? ううん、喜ばないわけない。フランが新しい服を貰うなんて久々だろうし。 私って、なんて薄情なんだろう。 私だけが幸せでどうするんだ。 妹を幸せにできないで何が姉か。 けど……私は今この瞬間の幸せを享受する。 ごめんね、フラン。駄目なお姉ちゃんで。 「へぇ、そうなんだ。けど、よくこんなの売ってたね」 「いえ、私が作ったんですよ。つまり、私からの贈り物です」 やっぱり、咲夜は凄い。 まさか、服まで作れるなんて。しかもこんなにレースを多用したものを。 あ、やだッ。顔が熱くなってきた。 うう、恥ずかしい……。 「……あ、ありがとう咲夜」 「うふふ、どういたしまして」 「それに、咲夜はいつもお嬢様の喜ぶ事を考えてるのです。だから、お礼なんていいんですよ」 ああッ!! もう咲夜ったら!! なんで、そんな私をマイハートブレイクさせるような事を平然というの!! うー、咲夜の顔がまともに見れない……。 え、えっとこう言う時は落ち着いて……れみりあ、うー。れみりあ、うー。れみりあ、うー。 ふぅ、落ち着いた。 この時、「れみりあ」と「うー」の間は一テンポ開けて息継ぎ無しでいうのが重要よ。 声に出さないでも出来る緊張緩和術よ。 是非とも試してね。 うん、落ち着いた。 「うん……けど、私の妙なプライドの所為で外では結構咲夜にキツいこと言ってるし」 「それもお嬢様ですし、今のお嬢様もやっぱりお嬢様です。どちらも私の大切なご主人様ですよ」 うッ……落ち着いたと思ったら、それ? なまじ変に落ち着いちゃったから余計に恥ずかしいし……その……嬉しい。 そっと咲夜の方を窺うと、流石の咲夜も少し恥ずかしかったのかすこし頬が紅潮して瞳も潤みを帯びてる。 可愛い……咲夜……私は……。 「さく……あたっ!?」 「あぅっ!?」 気付いた時、目の前に咲夜の顔があって、驚いた私は額を咲夜の額に当ててしまった。 そして、涙目でこちらを見つめてきた咲夜にいたたまれなくなって私は 「て……てへっ」 「「……」」 降りる、気まずい沈黙。 うう……なんか私、今日失敗してばっかりだわ。 それでやっぱり私のほうが先に居た堪れなくなって口火を切った。 「その……ごめんなさい」 「いいですよ、お嬢様。それは大切になさらないと」 咲夜の人差し指が私の唇に触れる。 鋭敏な私の嗅覚は、私を切なくさせる咲夜の石鹸の匂いの混じったほのかに甘い香りを嗅ぎ取ってしまった。 その匂いと感触は甘美なる快感となって全身を駆け巡る。 ああ、私は…… 私は…… 心底咲夜に参ってる。 「それにそれは、将来を誓い合う人とするべきものですよ。人間である私とお嬢様の時間は違いすぎます。だから、私にはそれを受ける資格がありませんわ」 酷いわ、咲夜。 私は……私はこんなにもあなたが好きなのに。 あなたはそれを知っているのに。 それなのに、そんな酷い事を言う。 だけど、私は永遠に紅い幼き月。 スカーレットデビルと呼ばれ恐れ畏怖される存在。 だから、そんな言葉聞いてあげない。 「それでも……それでも私は……ッ、咲夜と誓いたいの!!」 「お、おじょうさ……ッ!?」 瞬時に咲夜の頬を両手で押さえ唇と唇を合わせる。 人差し指とは全然違う、あたたかくってやわらかい感触。 世界が今、この瞬間に止まって永遠にこのままでいたいと思える不思議な感覚。 今、この瞬間世界には私たちしかいなかった。 けど、運命は残酷だ。 私には唐突に見えてしまった。 私たちのすぐ横に小悪魔がいて、彼女があとでこの様子をパチェと協力して魔法を使い永久保存してしまう運命が。 それを、知ってしまった私は、現実の世界に急速に引き戻されそちらに目をやり叫ぶ事ぐらいしかできなかった。 「あ、ああーーーーー!!」 「な、なに!?」 「お嬢様少々お待ちを」 そう咲夜は言うと、私の目の前に手をかざし、その手がどいたときには目の前で透明な何かが縛られて騒いでいた。 「あ、ああー!? 気付けば透明なまま縛られてますよ!? 斬新なプレイですね!」 「あら? そんな冗談を言ってる余裕があって?」 見られた……見られてた……。 パチェにも見られた……。 私の恥ずかしいところ全部見られちゃった……。 「うふふ……あはは……ぐすっ、うう……」 「あ、レミリア様がお泣きになってますね。これぞ、正に鬼の目にも涙……なーんちゃって」 「それが遺言かしら?」 その後どうなったか正直よく覚えてない。 けど、次の日に目が覚めたとき私の隣には咲夜がいて……。 そして起き上がって鏡を見れば、きっちりと着込まれたパジャマからのぞく私の首筋には一つの口付けの後があって。 ああ……私、咲夜のものになっちゃったんだ……。 って、実感が急に湧いてきて……。結局、私はそのまま咲夜の胸で泣き続けて。 けど、今も私と咲夜の関係は変わらない。 私も咲夜もそれでいいと思ってる。 けど、一つだけ多く変わったことがある。 毎日寝る前にお互いに首筋に自分のしるしを残すようになったことだ。 「きっとレミリア様視点だったらこうだと思うんですけど。どうですか、パチュリー様?」 「妄想ね」 「けど、いい線行ってると思うんですけど」 「まぁ、あなたにしては及第点ってとこかしら」 「ボク嬉しい!」 「またなの!?」 「ところで……もう一人犬って呼ばれた人がいるのを私は知ってるんですけど、どうでしょう?」 「なに? それはまた私に、悪事に手を貸せっていうこと?」 「まぁ、ぶっちゃけちゃえばそうです」 「いいわ」 「あれ? あっさり、いいっていいましたね」 「魔女も好奇心に生きる生き物なのよ」 「うふふ、パチュリー様も悪ですねぇ〜」 「お主ほどではありませんわ〜」