空が黄色い河原を歩いていた 左手には向こう岸が見えないくらい大きな川 右手には果てしなく広がる草原 どちらもも霧が濃くてあまり遠くまでは見えない (ここは三途の川だ)と雰囲気的に理解してしまう ということは自分は何らかの形で死んだんだろう 自殺かもしれないし殺されたかもしれない、はたまた不慮の事故かもしれない 自分がどういう風に死んだのか 頭ではそんなことを考えながらも 体は勝手に河原を伝って川下へ歩を進めていく しばらく進むと大きな石に座り込んでいる人が見えた 紅髪をツインテールにし、着物を着て、巨大な鎌を持った女性だった その女性はどこまでも続く川の向こう岸を眺めていた 女性は近づく俺に目を向け、問う 「あんた・・・川を渡りに来たのかい?」 「そんなところ、君が渡し人か?」 口から意思とは関係なく言葉が漏れる 「そのとおり、あたしを何者か理解しているところを見るとここが何処だかわかるね?」 「三途の川だろう」 女性はフフッと笑いながら当たりと答える 「銭は持っているかい?」 「何の?」 「渡し賃だよ、無けりゃここは渡れない」 そう言われ俺はいつも財布を入れてるポケットに手を入れる そこに財布は無く、代わりにジャラッと小銭の音が鳴る 一掴みし、それを女性に差し出す 女性はそれを一瞬見て目を背ける 「駄目だね・・・、あんたを渡すにゃ銭が少なすぎる」 そんなこと言ってももうポケットの中は空だ ジャンプしようが小銭の音は聞こえないだろう 「ふむ、周りに他に渡りそうな奴もいないことだし」 女性は真剣な目付きで俺の目を覗き込む 「ちょっとお話をしようじゃないのさ」 そんなことを言われても、何を? そう問いかけようとした時、女性から問われる 「あんた、自殺したんだろ」 「解らない、何でそう思う?」 「永いこと渡し人やってるとね、わかってくるもんさ」 女性は言うには長年の勘らしい 俺は何故自殺したのか思考を張り巡らせる 「あんた身なりは若いね、何で自殺なんか」 「全てが・・・」 俺は女性の言葉を遮るように口が出ていた 「全てが嫌になったんだ・・・」 そこから自然と言葉が漏れた 自分達の世界は多くの犠牲の上に成り立っていること 表面上では平和に見えていても、裏では想像できようなことが起きていること 争いのある世界、そんな世界が嫌だ しかし自分の力では何も出来ない事がどうしようもないくらいに理解していて・・・ 「それで自殺したのか」 「それもある、けど俺が死ねば世界の誰かが幸せになれる気がしたんだ」 「あんたの言いたい事もわかる、だがそれはただの偽善であり自己満足に過ぎない」 大きな溜め息に混じりながらそんな言葉が聞こえる とりあえず座れと言われ、俺は女性の隣に腰を下ろす 「何で最近はあんたみたいなのが増えてるんだろうか疑問でならないね」 「俺みたいに考えてる人が他にもいるのか?」 「結構来る」 女性は川の向こう側を見据え、語り始めた 「あんたが言っている世界のどこかで死んでいってる人々、時々来るよ。大抵の人は・・・何と言えばいいのか全部諦めちゃってる人だね。でも興味深いことを言う人もいる」 「それは・・・?」 「『私は私の生を精一杯生きた、だから後悔や未練は恐らく無いだろう。』ある人の言葉だ。胸に来る言葉じゃないかい?」 「それはそうだけど・・・」 「その人の言葉はもっと続いていてね、『私が許せないのは日々を無駄に過ごしている人達であり、人生をただ漠然と生きている者』と喋っていた。あんたはどうだい?無駄に過ごしているんじゃないのかい?」 「・・・・・・」 「さっきあんたが言っていた『俺が死ねば誰かが幸せになる』というのは世界から逃げているだけじゃないのかい。その人みたいに考えてる人にはすごく失礼だと思うよ」 「・・・そうだな・・・」 「自分を捨てて誰かを助けようなんてのは自己満足もいいところだ、それよか犠牲の上で生きていることを感謝しながら精一杯生きたほうがよっぽどいい」 「ああ、そうかもしれない。俺はどうしようもない偽善者だな・・・」 「誰かを助けたいと思う気持ちは大事だ、だけどそれでもどうしようもないことだってあるだろう」 「全て嫌になった俺にどう生きろと言うんだよ・・・」 「というと?」 「無駄に生きないって事は生きる気力があることだ、俺にはそれがこれっぽっちもなくなってしまった」 「それは自分で見つけるものだ、あたしは知らないね」 俺がそうかと呟くと女性も同じようにそうと呟く 女性は向こう岸を、俺は黄色い空をいつまでも見つめていた そのまま無言で5分くらい経った頃、いきなり怒鳴り声が聞こえた 「またサボっているんですか!」 「ああ・・・、いえいえ違いますよ映姫様。これには深〜い訳が」 女性は取り乱し、おろおろと答える 今まで凛とした態度ばかりを見ていたのでなんというかギャップに燃える いきなり現れた・・・今度も女性 様と呼ばれているからにはこの紅髪女性の上司なのだろう 少し前の軍服のような格好をして、髪が緑っぽい色をした女性だった 俺は小声で聞いてみる 「誰?上司?」 「閻魔様」 紅髪の女性も小声で返す なるほど閻魔大王か 「言い訳聞きたくありませんが・・・どうやら魂は来ていないみたいですね」 「というと?」 明らかに邪魔だが口を挟んでみる 「こちら側に魂がいつまで経ってもやってこないので心配になって来てのです。私の予想では魂をロクに渡さず居眠りでもしてるのかと思いましたが」 そんなにぐーたらしてるのかこのツインテールさん 「はい、渡す魂が現れないので何故死んだのか話をしていました」 「それは知っています」 俺が何で?というような顔をしていたのだろうか 映姫と呼ばれた女性は地獄耳ですからと微笑む 「さて、あなたは生きる気力が無い。そう仰っていましたね」 「そうです」 「あなたを大事に想ってる人は?家族、友人などその人達はどうなのですか」 「あ・・・」 俺は今更当たり前のことを気づく もう家族や友人に会えなくなって良いのか まだまだやり残したことが沢山ある気がする 「そんなに未練がいっぱいなら、川を渡らせることはできませんね?」 微笑みながらそう告げるそれは、自分の持つ閻魔大王のイメージとは大分かけ離れていた 「今はまだ貴方の道を見つけられないだけ、大丈夫きっと見つかりますよ」 「・・・はい・・・!」 「じゃあお別れかな、あんたと話が出来て楽しかったよ」 「こちらこそ。ところで名前を教えてくれないか?」 「小野塚小町って者だ、次に来るときまで忘れるなよ」 「私は四季映姫です。次に会うときはもう何十年も後になるでしょう、これから1年も経たない内にまた来たら地獄に落としますからね」 なんというか笑顔が似合う人だ というか半ば脅しだよなこれって 「お二人のことは次死ぬまで忘れません、お世話になりました」 「しぶとく生きなよ」 「自分の道を見つけることです。逃げてはいけませんよ」 最後に二人からそう告げられ、閻魔の持っている棒で頭をこつんと叩かれた