事前説明  本作品は一介の軍ヲタが東方にハマって、門板「自衛隊が幻想郷に放り込まれますた」スレ450-469から思いついた軍事要素入り東方SSです。  軍事ネタ・1940年代日本史・核兵器等に拒否反応・特別な思い入れのある方はお気をつけ下さい。  また、キャラによっては「こんなんイメージ違う!」とお怒りの方も居られるかもしれませんし、「世界観違う」と思われる方も居られるかもしれませんが、こればかりは先に「これこれこう言う人」と特定出来ないので先に謝っておきます。ごめんなさい。 ―――それは、幻想郷に花咲き乱れし異変から一年を経た、夏の始めの頃の事―――  紅魔の館を囲む湖の上、月さえ雲に隠れた闇夜の中に、外の世界の存在が姿を現した。  しかし何者もその瞬間を見る事はなく、気付く者もなく、静寂と闇の中に現れた「彼女」は、そこに在るのが当然であるかの様に水面に佇む。  それこそが、最期の瞬間までそう在り続けた「彼女」の、在るべき姿だった。  その日の朝は、不思議な事に湖に霧が立ち込めた。  基本的に子供と変わらない精神構造を持つ妖精、その一人が自らの「ナワバリ」と主張する湖の一角を飛び回っていた。  数年前の紅い霧騒動とは違う、清々しささえ感じさせる自然の霧。その爽快感を感じながら少女は湖上を舞っていた。 ―――そして、それは氷精の前に忽然と姿を現した。  霧の中に浮かぶ黒い輪郭が、氷精の好奇心を掻き立てる。その大きさからまだ遠いと思い込んだ氷精の憶測は裏切られ、突如として目の前にくっきりと形を現したのは――― 「何? これ?」  それは氷精の身の丈にも迫る程の巨大な花の模様―――金色の菊の花の彫刻だった。  そして、その後ろに連なるとても大きな物。氷精の知る限りこの辺りにこんな大きな岩も島も、ましてや建物も存在しない。  湖の中心に浮かぶ島の館ならば、こんな黒いハズがない―――あの館は紅いのだ。  その刹那、俄かに周囲の霧が薄れる。それは当然氷精の視界を広げ―――彼女は言葉を失った。  氷精が見上げた先にあったのは、どんな大木よりも大きな黒い塔。その麓に据えられた、如何考えても自然に創られたとは思えない禍々しい巨大な角を生やした二つの箱。  その周りにも細くて小さい無数の角が空に挑むかのように並んでいる。  その下の地面には木の板が一面に敷き詰められている。  しかし何よりもその大きさ―――紅魔館だって勝てない位の巨大さだ。 「なんだろ…これ…」  不安をかき消すが如く搾り出した言葉はたどたどしく、か細かった。  氷精チルノは、その絶対的な存在感に圧倒されていた。 東方戦艦橋――妖精達の“長門” 「なんなのだー?」 「あ、ルーミア」 「ねーチルノー、これなーにー?」  そこに姿を現したのは、宵闇の妖怪少女だった。  多くの場合夜を活動時間としているが、妖怪に規則的な生活と言った概念などあろう筈もない―――何しろ妖怪なのだ。  故に早朝に姿を現したとしても氷精は驚きもしなかった。しかし少しだけ心強くなった事は確かであろう。  そして生まれた心のゆとり―――そこで氷精は突如として一つの絵物語を思い出した。  それは「コーリンドー」と言う店で見た物語の冒頭。其処に映った一隻の「それ」に似ていない事も無かったのだ。 「あたいコレ知ってるよ! 地球滅亡まであとさんびゃくろくじゅー…ええと、とにかくあとちょっとって奴!」 「そーなのかー!?」 「そう! だから宇宙の果てまで掃除道具を取りに行かなきゃなんないの」 「でもどうやって…あ、確か竹林に月から来たって人類が住んでるって…」 「じゃあ手始めにそこから襲おう!」 「おー!」  人を迷わせる竹林の中に門を構える永遠亭―――その純然たる和風建築の構えとは裏腹に、住んでいるのは日本人ではなかった。  そこに居るのは月より来る蓬莱の民と、月の兎と因幡の兎。  その主たるかぐや姫こと蓬莱山輝夜と、第一の臣たる薬師・八意永琳は、ある来訪者に若干の戸惑いを禁じ得なかった。 「姫、外で妖精と妖怪が掃除道具がどうとか騒いでいるのですが」 「掃除道具? ヘンな妖怪と妖精ねぇ」 「如何いたしましょう?」 「面白そうだから、ちょっと話を聞いてみようかしら」  本来ならば妖精風情、事実上の永遠亭の支配者たる薬師どころかその弟子の月兎の独断で排除も出来よう筈である。  しかし、その持ち込んだ話題が余りにも飛躍し過ぎているが故、弟子は師匠に伺いを立て、従者は主に判断を乞うた。  それに何より、永遠の命を持つ蓬莱の民―――殊に日々を無為に過ごす主には変化や刺激があっても良い。日々多忙に追われる従者もそう認識していた。  毎日を、顔も知らぬ者共を相手の無為に等しい遊戯や、蓬莱人同志の無駄な殺し合いに費やすよりはまだ良かろう、と。  かくて通された永遠亭の客間で、氷精は演説をぶった。  最初こそ多少礼儀正しいフリをしていたが、話が進むにつれて正座を崩し更には立ち上がって如何に自分の行動が崇高な目的を持ち、それが正義であるかを(本人にそんな自覚はなかったかもしれないが)叫び続けた。  …もっとも、それに相槌を打つ宵闇妖怪は、全く何も考えていないかのように見えたが。  しかし、客人を迎えた蓬莱人二人は必死で笑いを堪えていた。既に演説は聞こえてさえいない。 「な、なるほどね…げ、幻想郷の滅亡を救いに来たのね…」 「そうよ! さぁ、さっさと掃除道具を渡しなさい!」 「え、ええ…永琳、アレを…」 「この液を振り掛けて、その船を磨けば幻想郷を救えますよ」  従者が用意したのは、大きな缶に詰められた白い薬液―――これさえも「あらゆる薬を調合する程度の能力」を持つ彼女の手による調合だった。  実際のところ木造の永遠亭では殆ど用いられず、また商い品としての需要も無い為に大量に余っていた「金属磨き」は、かくして氷精の手に委ねられたのである。 「そーなのかー!」  礼儀作法も何も無く縁側から飛び去った氷精と妖怪が見えなくなると、二人の蓬莱人は堪え切れなくなった感情を一気に吹き出した―――そう、大笑いしたのである。 「行っちゃったわね……ぷ…あはははははははは!」 「面白い二人組でしたね」  あまり表にこそ出ていないが、従者もまた笑っていた―――しかし、その笑みは主の嘲笑を込めたものとは違う、慈母の情をも込めた大人の笑いだった。  一方、大量の金属磨きを汗だくになって運んだ二人組はと言えば――― 「すごい、みるみる綺麗になってくわ!」 「ピカピカだー」  「布につけて磨くだけ」と言う簡単も極まる使用方法を早速実践し、その驚異的な威力に素直に感動していた。  やがて、この噂は周囲の妖精にも広まり、一人、二人と作業に加わる者も現れていた。  飽きっぽく、気侭な行動を好む妖精にしては不可思議な程に皆が作業に熱中し、いつしか数十に達する妖精達が舷側を、艦橋を磨いていた。布が足りないと分かると、辺りを漂う毛玉をとっ捕まえて布の代わりにする傍若無人な代用品を発見し、甲板を磨くに当たって金属磨きでは綺麗にならないと「学習」して、水をかけてから毛玉で磨く応用まで既にモノにしていた。  作業は十数日にも及び―――夏も盛りを迎えつつあった。  そして――― 「巫女よりも先に幻想郷の滅亡を防いでやったわ! やっぱりあたいったら最強ね!」  艦全体が磨き上げられた日、フネの真ん中に立っているでっかい塔の一番上に立って「巫女に対する勝利」を高らかに宣言する氷精の姿があった。  そう、氷精にとっての「幻想郷を救う戦い」は事実上の勝利をおさめたのである。  その後は勝利の宴が始まった。  皆で持ち寄った食料や飲み物を囲んで車座になった妖精達と妖怪は、それこそ日が沈むまで語らい、歌い、踊り、笑いあった。  ―――『昼戦艦橋』に、『上甲板第一主砲塔』前で繰り広げられる宴を見下ろす一人の影があった。  彼は少女達に正対すると、静かに右肘を35度ほど浮かせ、伸ばした右手を帽子の鍔右端に当て―――忽然と姿を消した。  無論、妖精たちは知る由は無かった。  妖精達がこの「フネ」を磨き上げた日から、数日後。  紅魔館・ヴワル図書館での泥棒三昧を終えた魔砲使いが、愛用の箒に跨り空を駆けていた。  それは当然ながら湖の上を通る事に繋がり、そこに気まぐれが加わった結果―――霧雨魔理沙は黒く光り輝く鋼鉄の城砦を「発見」した。  魔砲使いは見知った顔の氷精をそこに見つけ、問うた。 「なんだこのデッカイのは?」 「何しに来たのよ黒白! これはあたいが見付けた『幻想郷を救うフネ』なんだからね」 「ははッ? 『幻想郷を救う』だってぇ? 所詮はHだぜ」 「な…何よ。竹林の医者が言ってたんだから間違いないわよ!」 「へぇ。あのえーりんがねぇ…だったら本当か? なら…」 「そうよ本当よ! 分かったらあっち行け」 「コイツは私が貰い受けるぜ!!」 「な…なんだってぇ!! そんなのあたいが絶対許さない」 「へぇ? どうやって許さないんだよ?」 「アンタを亜米利加牛と一緒に氷漬けにして湖の向こうに送り返してやる…」 恋符「マスタースパーク」  強力なエネルギーの収束である魔砲―――ミニ八卦炉と言われる魔力増幅装置を介して放たれるそれは氷精を吹き飛ばし黒焦げにするには余りある力だった。  氷精は力尽き、呆気なく木の床へと堕ちて行く―――完敗以外の何者でもなかった。 「きゅう〜…」 「とはいえこれじゃ持って帰れないぜ…まあいいや。持って帰る算段を付けたらまた来るぜ! 所詮HはHだから何時でも追っ払えるしな! はははッ!!」  その見下す態度には、絶対的な優位と疑いない自信の裏づけがある。氷精は痛みを堪えながらそれを見上げるしか出来なかった。  勝利宣言と共に去っていく箒の魔女を睨み付ける彼女を、妖精達が抱え起こす。  その顔には無念と憤りの混じった表情が張り付き、瞼には涙が浮かんでいた。 「ううぅ〜。悔しいぃ〜…」 「大丈夫。チルノちゃん?」 「あいつじゃ勝てないよ。大人しくしてた方が」 「やだ! 絶対アイツなんかに渡すもんか! このフネをあいつに渡すくらいなら死んだほうがマシよ!」 「チルノ…」 「だからお願い。力を貸して! みんなでこのフネを守るのよ!」 「でも…」 「あいつじゃ…」 「いいわよ。こうなったらあたい一人でもココに残る!」  屈辱の一戦から一夜明けた朝。  フネの上には二人の妖精と一人の妖怪が立っていた。 「…で、結局残ったのはルーミアと私だけ。それでもやるの? チルノちゃん」 「当たり前でしょ!」 「そーなのかー」 「あの…」 「何よ。アンタたちシッポ巻いて逃げたんじゃないの?」 「やっぱり…」 「悔しいもんね」 「それに、チルノちゃんも心配だし」 「そうそう」 「みんな…」  こうして、一度は去った妖精達が全て戻ってくるのに時間はかからなかった。  かくて妖精達はこの「フネ」を守る為に集い、戦いを決意したのである。 「来たよー」  暢気も極まる敵襲の警報は、この場にいる唯一の妖怪から発せられた。  その指差す先には、遥か遠くの岸辺に立つ二人の人間の姿―――魔砲使いと古道具屋の店主がいた。 「な、凄いだろ。アレだったら幾らで買い取る?」 「おいおい、君は僕にあれの運搬手段を借りに来たんじゃないのかい?」 「私が見つけたんだぜ? だったらその情報料と相殺になるはずだろ?」 「相変わらず虫のいい事を言うね君は…。でも、あの艦は手を出すべきじゃないんじゃないかな…」 「は? 何でだよ?」 「既に妖精達が陣取っているようだし―――あの艦は彼女達の物じゃないのかい?」 「だったら追い払うまでだぜ! ちょっと待ってろよ」 「いや…それだけじゃないんだが…って、人の話はちゃんと聞くものだよ」  自らの熱意により妖精達の指揮を取る事になった氷精は、塔の天辺に立って妖精達に指示を出していた。  勿論その場所が嘗て、空飛ぶ敵を迎え撃つ指揮を取る「防空指揮所」と呼ばれた場所だった事など、氷精が知る由も無い。 「いい? 一斉に弾幕を叩きつけて、あいつを叩き落すのよ!」 「分かったー」  宵闇の妖怪は相変わらずの暢気な返事を―――分かっているかどうかすら曖昧なままに返し、 「そんな事で堕ちるかなぁ…」  氷精の姉貴分たる妖精はその安直な作戦に危惧を抱いていた。 「近付いてきた!」 「絶対に…負けない!」  その決意を新たにした瞬間の事だった。 『敵機発見! 方位240、距離10,000に1機!』  唐突な、そして鋭い絶叫が妖精達の耳を貫いた。 「え?」  振り向いたそこに立っていたのは、変な服と帽子を着た人間の男。しかし彼一人ではなかった。 『総員戦闘配置! 対空戦闘! 私が防空指揮所で指揮を取る!』  下からの階段を登ってきた、年老いた男が更に大きな声で何かを命じた。そしてそいつはもっと変な服を着て帽子を被っていた。 「え? え?」 「誰? この人達?」  もっと変な帽子を被った年寄りの指示で、周りの男達が一斉に動き始める。 『戦闘喇叭ぁ!』  其処彼処から突如鳴り響いたのは猛々しい喇叭の響き。これまで聞いた事もないその音に妖精達は耳を塞いだ。 「うわっ! 何この音!?」 『主砲三式弾準備!』 「!…だれ、こいつら!?」 「いっぱいだー」  そんな疑問(?)を他所に、突然の乱入者達は凄まじい勢いで何かを進めて行く。  それは遥か下の木の床の上でも同じだった。  据え付けられた角の周りにも男達が群がっている。彼らは皆固そうな帽子を被り、角に何かを取り付け、そして動かし始めた。  近くにいる妖精達は不安げにその作業を取り巻いている。 『急げ! 急げぇ!』 『装填よし!』 『照準よし!』 『配置よし!』  呆気に取られた状況の中で、氷精は年寄りの男に声をかける。その表情は不機嫌で険しいが、それでも氷精は怯まなかった―――このフネは彼女のフネだったから。 「あんた達誰よ!? このフネは…」  その問い詰めに対し、氷製に振り向いた初老の男の表情は―――たった今までの険しさが嘘の様に穏やかだった。 『お嬢さん。いよいよ本艦の力をお見せする時が来た様です』 「え?」 『これも貴女方がこの艦に命を吹き込んでくれたお陰。ここからは我々が御恩返しをさせて頂きましょう』 「あんた…誰?」 『戦艦“長門”へようこそ。私は艦長の大塚です』  『艦長』は氷精に向き直り、海軍式の挙手の礼―――敬礼を送った。 『射撃指揮装置準備よし!』  最早氷精には理解できない言葉でしかない会話の奔流―――だが、それが悪意ではないと言う事だけは理解した。  この人間達は、この船を守ろうとしている。それだけは確かだったから。  その光景は「彼女」を遠巻きにする魔砲使いからも目撃できるものだった―――艦上に人間が居並んでいるのだから、見落としようが無い。 「え? あいつら何者だ? ありゃ妖精じゃないぜ!?」  幻想郷の住人達が呆然とする中で、『長門』の乗組員達は着々と『合戦準備』を進めていた。 『機銃戦闘準備よし!』  氷精が、漸くにして茫然自失から立ち直る為に発したのは、自らが理解出来ない言葉への疑問だった。 「か…カンチョー?」 『この艦の責任者です。戦闘準備まだか!』 『高角砲戦闘準備よし!』  上空を飛ぶ魔砲使いにも、更なる異変は見えていた。  自分の家にも匹敵するような巨大な構造物が、其処から生えた筒を動かしながらゆっくりと旋回している。 「な…なんだ? 大砲が動いてるぜ?」 『主砲発射準備よし!』 『戦闘準備完了しました。艦長!』 『宜しい。主砲撃ち方はじめ!』 『撃ち方はじめ!』  艦上にブザーが鳴り響いた。  そのブザーが止まった瞬間、「彼女」―――排水量約三万九千トンの鋼鉄の城は全ての戒めから解き放たれた。  それが意味するものを理解したたった一人の幻想郷の住人は、その恐るべき事態を直ちに少女に報せた。 「魔理沙、危険だ! 離れろ!」 「なにが危険だってぇ? 所詮きゅ…」  だが、それは徒労に終わり―――、  幻想郷の外の世界で昭和21年7月25日と言われた日から60年目のその日、「彼女」こと大日本帝国海軍戦艦「長門」は実体を顕現させた幻想郷にて、61年にも亘る沈黙を超えて再びその剣を天に向けたのである。  凡そ90年前に「三年式45口径41センチ砲」と名付けられた剣は、長い沈黙の鬱積を晴らす様に炎を放ち、凄まじい轟音と大地を揺るがす衝撃を周囲に響かせた。まるで自らの復活を全世界に知らしめる咆哮の様に。  そしてそれは、「彼女」の上に在る妖精達にも響き渡り、 「うわぁっ!!」 「きゃっ!」 「わー…」  更に上空を飛ぶ魔砲使いの周囲には想像を絶する爆煙の弾幕を展開させ、 「う…じゃないぜこれはあぁぁ!!」  霧雨魔理沙と言う不敵な魔砲使いに底知れぬ衝撃を叩き付けたのである。  轟音と大爆発が終わる間もなく、『艦長』が新たな指示を下していた。 『主砲撃ち方止め! 副砲、高角砲及び機銃撃ち方はじめ!』  漸くにして発射のショックから立ち直った氷精が、驚愕交じりの問いを投げかける。 「な…何よ今のは!」 「何か爆発したかと思った…」 「ぐわんぐわん〜」 『爆発…確かにその通りです。今のが本艦の主砲です』 「しゅほー?」 『41センチ砲8門の一斉射撃ですよ。大和にこそ負けますが嘗てのビッグ・セヴンの一つ。なかなかのものでしょう?』  その時の『艦長』の表情は、自慢の玩具を見せた子供の様に無邪気で、そして自信に満ちていた。  既に周囲には爆音や衝撃音が凄まじいまでの協演を繰り広げていた。その喧しさは騒霊でさえ敵いそうもない。  主砲斉発が終わると同時に、全艦に据え付けられた対空火器群が火を噴いた。  一発辺りの威力は比べようも無いが、今度はその数が尋常ではなかった。  近付けば近付くほどにその密度は高まり、また低空を狙うと今度は水面を狙った弾幕が水柱を吹き上げて魔砲使いの機動を妨げる。  その濃密で暴力的な弾幕は、不敵な魔砲使いにさえ悲鳴を上げさせていた。 「な、何だよこの弾幕は!? 正気じゃないぜこれじゃLunaticだぜ!!」 『砲術長より左舷副砲、只今の射撃見事なり!』 「黒白が…押されている?」 「このフネ…弾幕使いだったんだ」 『弾幕? 確かに弾幕ですね…まだ落とせないのか? 敵は一機だ! 近づけさせるな!』 「こいつは如何考えてもHやルーミアの仕業じゃないな。一体何と手を組んだんだ!?」  猛烈な対空砲火に晒されてなお、魔砲使いは諦めていなかった。そして積極的に脅威を排除するべく、反撃に転じたのである。 「だが…これで諦める私じゃないぜ!」 恋符「マスタースパーク」  主砲発射にも匹敵する光が魔砲使いから放たれ―――次の瞬間艦は揺れた。 『敵機発砲!』 『艦首被弾!』 『損害報告急げ!』 『何だ今の砲撃は? 巨大な光…まさか殺人光線…』 「スペルカードよ」 『スペルカード?』 「弾幕使いの必殺技。あいつのはマスタースパークって光をぶっ放すの。あれを喰らったら真っ黒焦げよ」  しかし――― 「…なんて奴だ。私のマスタースパークを喰らって少し焦げただけかよ」  就役以来幾度も施された「魔改造」と言われるほどの改造は、幻想郷に至ってなお「彼女」に無類の防御力を遺していた。  「彼女」自身の放つ41センチ砲はおろかそれ以上の大口径砲の直撃に耐える能力は、マスタースパークの直撃をものともしないほどの力を備えていたのである。 『損害極めて軽微! 負傷者数名のみ! 戦闘続行に支障なし!』 『宜しい…総員たった一機に何時までも手間取るな! 訓練の成果を見せてみろ! 弾幕を密にしろ!』 「凄い…あれを喰らっても全然堪えてないなんて…」  氷静は、その強靭さに驚嘆し―――根拠は無くとも確信した。本当にこのフネは幻想郷を救うフネなんだ。  一方、魔砲使いは弾幕を回避しながら次の一手を叩き込んだ。 「っ…それどころか全く堪えてなさそうだぜ! だったら…コイツで如何だ!」 恋心「ダブルスパーク」  再び放たれた魔砲は、二つの光線となって「彼女」の第一砲塔と第二砲塔の天蓋を抉った。 『敵機再び発砲。弾数多い!』  見張員の報告は直撃の後だった。 『第一・第二砲塔被弾!』 『損害報告!』  『艦長』達も一瞬騒然とした。主砲塔をやられれば艦内へのダメージも決して小さくは無い。最悪の場合弾薬庫引火、そして爆沈と言う可能性さえも否定できないのだ。  だが――― 『損害なし! 各砲塔とも戦闘可能!』 『皆聞け! 敵機の砲撃は25番以下だぞ! 恐れるな!』 「にじゅうごばん?」  氷精にとってはそのような数字自体認識の外側だった。それ故に聞いた―――が、その答えは更なる未知の領域だった。 『250キロ爆弾ですよ。さあ、お嬢さんたちの前でみっともない戦いを見せるんじゃない! 早く落とせ!』  戦艦の主砲塔はその艦の中でも最重要の装備であり、それ故に強靭な防御力を備えているのが条理だった。  艦首の軽防御区画ですら大したダメージを与えられなかった魔砲は、その主砲塔を貫く事敵わずエネルギーを四散させた。  魔砲使いは次の目標を見定めた―――あの「蒐集物」がちょっとやそっとじゃ壊れないなら、壊れやすいところを狙うのが早道。そして、その目標は一瞬で見つかった。 「駄目かっ! …さあ如何するか…? アレは…チルノとルーミア? だったら…次はお前達だぜ!」  対空見張り員は、右舷前方やや上方から艦橋めがけて突っ込んでくる箒の魔女を発見した。 『敵機再び接近! 本艦に突っ込んでくる!』 「見つかった!?」 『敵機更に接き…』 「伏せて!!」 『総員伏せろ! 何かに掴まれ!!』  『敵機発砲』を叫ぼうとした見張員は、艦長の指示に従った士官に引き摺り倒されていた。 恋符「マスタースパーク」  衝撃が艦橋を揺るがした。露天の防空指揮所を直撃した「光線兵器」は前櫓楼の外鈑と一体化したブルワーク(手摺)に叩きつけられ、同時にそれを貫いた。  戦艦と言えど、全ての区画が防御されている訳ではない。ましてや艦橋最上部の防空指揮所など、主砲塔は言うに及ばず軽防御の艦首外鈑と比べてさえ防御に欠けるのは当然だった。しかもその名称どおり防空指揮の為に剥き出しになった上半分は全くの無防備である。  弾幕ごっこの産物であるマスタースパークと言えど、その程度の防御ならば容易に貫通した。  しかし、そこで誤算だったのは、そのマスタースパークを幾度となく喰らっている氷精が僅かの差でその発砲を見切るという奇跡だった。  マスタースパークのエネルギーの一部が防空指揮所のブルワークを直撃した瞬間、そのエネルギーの大半は妨げる事のない指揮所上部へと指向し、そして貫通した時にはそのエネルギーは殆ど減衰しており、既に服を焦がす程度の能力すら残っていなかったのである。 『敵弾防空指揮所を直撃!』  全員が床に伏した防空指揮所の伝声管には、直撃の瞬間を目撃した各部署からの呼び掛けが響いていた。 『艦長、応答願います!!』 『艦長!!』  立ち上がった『艦長』が伝声管を掴み、そして叫んだ。 『…こちら艦長。防空指揮所被弾するも総員健在! 各配置は戦闘を続行せよ!!』 『諒解!』 「…ちっ、かわされたか。だが、一発で終わりだと思うなよ!」  それから数分の間。「彼女」は魔砲使いと壮絶な砲戦を繰り広げた。  「彼女」がその防御力で魔砲を跳ね除ける一方、魔砲使いは「幻想郷最速」の機動力を以て弾幕を回避し続けた。  「彼女」の対空砲火は衰えを知らず、魔砲使いが遠ざかれば主砲が炸裂した。  対する魔砲使いは最終奥義たる魔砲「ファイナルマスタースパーク」を「彼女」に叩き付けた―――しかしそれは動かぬ「彼女」の煙突を撃ち抜いて小規模な火災を発生させるに止まった(応急班の活躍により即座に消火されたが)。  「彼女」も魔砲使いも互いに疲弊し、スペルカードも弾幕も乏しくなり始めた頃、氷精は決意と共に空に舞い上がった。 「こうなったら…あたいがアイツをおびき寄せる。みんなでそこに一斉に弾幕を張って!!」 『何! そいつは危険過ぎます、お嬢さん』 「チルノちゃんがやられちゃうよ!」 「だったらどうするのよ!? コレしかないわ…大ちゃん、あとお願い!」 『まずいぞ…艦長より総員、撃ち方止め!』  射撃中止命令が全艦に行き渡ると同時に、『艦長』は大妖精に問うた。 『何をする気だ、彼女は』 「自分の弾幕で、あいつを誘き寄せるんです。そして…」 『相手の未来到達予測位置を確定させると?』 「…? とにかく、相手の動きを先読み出来る筈です。そこに弾幕を撃ち込めば…」 『その位置は?』 「あの子の真正面…それも至近距離です」 『!!』 「お願いします。上手く狙ってください。そうしないとあの子が…」 『…諒解。艦長より砲術長。敵機の未来到達予定位置を伝える。全砲門をそこに向けろ! 機銃も全門斉射だ。この一撃に勝負をかけるぞ!』  この号令一下、「彼女」と彼女を操る数千名の将兵は一撃の勝負を目指して全力を投入した。  信号櫓にはZ旗を掲げ、その瞬間を待った。  そして… 「…? 弾幕が、止まった?」  魔砲使いは突如として止まった弾幕に怪訝な表情を見せていた。しかし、これは好機到来とばかり最後の大技を叩き込んで勝負をつける備えも忘れていなかった。  だがその目論見を妨げる存在が目に入る―――いや、妨げるという感覚すら覚えない相手だ。。 「やい、黒白! これが『幻想郷を救うフネ』の実力よ。この『ナガト』の前にはアンタなんかに勝ち目はないんだからね!」 「ほう。だったら何で弾幕が止まってお前が出てくるんだ? 所詮HはH、一杯一杯なんじゃないのかよ」 「うるさいっ! いつもH、Hってバカにして! だったらあたいの弾幕もおまけしてやるわよ!」 「ふふん。お前の弾幕なんて冷房くらいにしかならないぜ。この季節にはちょうどいいけどなっ!」 「だったら喰らってみろぉっ!」  この宣言で、魔砲使いの意識は一時的とはいえ目の前の氷精に集中していた。曲がりなりにも弾幕勝負である以上、それが当然の習性でもあったのだ。  だが、氷精のスペルカードが発動した瞬間、彼女の思考は集中から嘲笑に置き換わっていた。 「アイシクルフォール(Easy)っ!」  彼女の知る限り最弱のスペルカードの発動―――霧雨魔理沙はその間抜けな弾幕に侮蔑の言葉さえ投げかけていた。 「へっ、所詮はH。その弾幕の安地は…お前の真正面だぜ!!」  この時点で、魔砲使いの勝利は覆される事の無い未来だった。更にこの身の程知らずに「教育」を垂れるべく、零距離での「砲撃」を叩き込まんと「安地」へ突進した。  その慢心は―――彼女の傲慢と暴虐を打ち砕くに十分な「隙」を作り出していた。   「今よ!」 『撃えっ!!』  右舷に向けられた41サンチ砲、連装4基8門。  右舷に装備された12.7サンチ高角砲、連装2基4門。  右舷を指向可能な25ミリ機銃、総数実に五〇丁以上。  それらが一斉に火を噴いた。 「何ぃっ!!!!」  「安地」と確信した空間に咲き乱れる爆発―――それは魔砲使いの目論見を一瞬で粉砕した。  爆煙が辺りを覆い――― 『やったか!?』 「チルノちゃん!」 「…あれ? なんかへんだー」  主砲三式弾の炸裂の爆煙が消え失せた後―――其処に残っていた人影は三人だった。  無論三人とも体に欠けた箇所は無い。無論小さくなってもいない。  爆煙に煽られて煤塗れになった氷精と、直撃を食らった筈の魔砲使い。そしてもう一人は――― 「ふう。だから言ったんだよ。『危険だ』って…。今回ばかりに君も負けを認めるべきだよ」 「…こーりん?」  香霖堂の店主が、魔砲使いを直撃寸前で抑え付けていた。  コイツ、こんなに早く飛べたのか? いや、それ以前にこーりんが空を飛べたのか…等と様々な疑問が浮かぶ魔理沙だったが、彼はそんな事お構い無しに少女に畳み掛ける。 「今のは、弾幕なんて生易しいものじゃない。本当の『兵器』の破壊の力が込められている。この世界に在る限り本物の殺傷力は無いだろうけど、アレだけの砲弾を喰らえば只じゃすまない」 「…」  その沈黙が、反駁できない魔砲使いの立場を証明していた。 「分かったかい。それじゃあもう帰ろう」 「畜生…まさかHに負けるなんて…」 「違うよ。君が相手にしたのはチルノでもルーミアじゃない。もっと多くの英霊と『船魂』さ。負ける事は何の恥でも未熟でもない」  そう諭す彼の表情は、魔理沙がこれまで見た事が無いほど真剣だった。  魔砲使いが立ち去るのを見届けた氷精は、フラフラになりながらも防空指揮所に降り立った。 「…終わっ…た…?」  ―――艦上は歓声で沸き返っていた。  水兵達は妖精と手を握り合って喜びを現し、所によっては機銃手達が妖精を胴上げしている光景さえあった。  艦橋上部の防空指揮所でも、それは同じだった。 『勝ちましたよ。これも貴女の勇気ある行動あればこそ、です』 「え…あ…その…」 『貴女の勇敢さは、我々にも劣る事はありません』  「あ…あれは、あたいのフネを…」 『ええ。貴女達もこの艦の仲間です』 「え…?」 『総員聞け。敵機は撃退した。正体不明の敵相手に見事な勝利だ。我々は無念を晴らせたのだ』 「ムネン?」 『本日は特別配食だ。酒保も開いてよい。新たな乗員達と共にこの勝利を分かち合おう!』  「トクベツハイショク」と言う物が何を意味するのか、当然氷精は知らなかった。  しかし、そこで振舞われたのはとっても甘い―――但し熱いスープと、飲むと喉が焼ける様に痛いけどサッパリする冷たい飲み物、その他にも様々なお菓子が出てきて、それを味わう事が出来た。  大鍋で煮立った、茶色くて美味しそうな匂いのする何かは、辛くて食べられなかった。  不思議な筒に詰まった肉が皿に盛られて出て来た。  とにもかくにも、氷精が今までに一度も食した事が無い美味しい物が目白押しだった。  妖精達も皆同じ様にもてなしを受けている。酒も出回った様でそこかしこからにぎやかな騒ぎ声も響いていた。  「妖精達のフネ」こと戦艦“長門”の甲板は、士官・下士官兵の区別すら取り払われた盛大な宴の場と化していた。 『実を言えば…貴女達が甲板掃除をしていた時から私は見ていたのです』  「艦長」が氷精に語ったのは、意外な事実だった。 「カンパン?」  「艦長」は腰を下ろした甲板を叩いて続けた。 『この、木の板を張った床です。貴女達がこの艦に二たびの命を吹き込んでくれたのです』 「ふたたび…って?」  しかし、その問いは健啖家の妖怪によって遮られた。 「ねー、この『カレー』ってすごく美味しいよー」 『おお、気に入ってくれたかね。海軍のカレーは絶品だろう?』 「うん!」 『おかわりは自由だ。どんどん食っていいぞ、お嬢ちゃん』  宵闇妖怪が人食いである事も知らないその海軍二等兵曹が、自慢げに大鍋から山盛りのご飯にカレーを盛り付けていた。 「わーい!」 ―――余談だが、この後彼女は人肉を生で喰らう事を控える様になる。人間よりも人間の作ったご飯の方が美味しいという発見によって。  そしてこの時点で、氷精のHな頭には先程の疑問など残っていよう筈もなかった。  宴は一晩に亘って続いた。  次の日にはどこぞの天狗が「チルノさんが魔理沙さんを打ち負かしたと聞きまして」と取材に訪れ、同時に“長門”の取材も夜中まで続いた。振舞われた昼食はカレーだった。  その次の日には紅魔の館から魔女が尋ねて来て、「この様な物があるなんてね」と新たな知識を手に入れて帰って行った。振舞われた昼食はまたしてもカレーだった。  更に次の日には永遠亭の主が薬師とその弟子を連れて訪れ、「これが『幻想郷を救う艦』だったのね」と納得して帰った。振舞われた昼食はやはりカレーだった。  また次の日には、激闘を繰り広げた魔砲使いが香霖堂の店主や巫女と共に訪れ、更にそれに連鎖する形でスキマ妖怪や人形使いをも呼び寄せる結果となり、止めにこれまでの来訪者その他も尋ねてきて宴会になった。ちなみのその宴にもカレーは振舞われた。  しかし、この珍味三昧の宴に、不思議な事に白玉楼の主従は訪れていなかった。  宴会は午後から夕刻まで続き、途中魔理沙が「次は絶対に撃ち負かしてやる」と再戦を誓ったりしたものの概ね平穏だった。  騒霊の長姉は一人静かに英霊を弔う音色を奏で、次女と三女は軍楽隊と共に壮麗な軍楽を吹き鳴らした。  夜雀は相変わらずの調子で歌っていたが、闇夜に十数キロを見渡す者さえ居る将兵達の、力強い合唱には敵わなかった。  既に宴は博麗神社のそれと変わらぬ―――但し規模が百倍以上だったが―――無礼講の大騒ぎと化し、夜も深まった頃、 『皆様に、お見せしたい物があります』  艦長が、艦橋から全艦に繋がる拡声器を介して幻想郷からの来艦者に呼びかけた。 『夜でなければお見せ出来ない、本艦の姿を見て頂きたい』  その言葉を受けて、幻想郷の「来館者」は一旦艦を降り、岸辺から“長門”の姿を見る事と相成った。  艦上の雑然とした灯火が消え、暫しの間を置いて灯が戻った時―――『彼女』の姿は一変していた。  外の世界で言うところの「電灯艦飾」―――その秩序だった光の陣形は、幻想郷の弾幕にも勝るとも劣らない輝きを放っていた。  そして、その時紅魔の湖に光を放ったのは『彼女』一人ではない。『彼女』の向こうに現れた光の城は幾百隻―――『彼女』をも超える巨艦が現れたかと思えば、『彼女』を取り囲む様に小さな艦が列を成し、気がつけば見渡す限りの湖面全てが電灯艦飾に埋め尽くされていた。  それはまさに「電灯艦飾」と言う名の、何者をも傷付けぬ様式美の結晶体だった。  しかしその幻想的な光景は、突然に終わる―――数百の光の城は瞬時に消え失せ、残ったのは『彼女』一人だった。  これを締めとして宴は一区切りを向かえ、一組二組と家路に就き、またある者は神社での二次会と洒落込み、最後まで岸辺に残ったのは氷精一人。  その彼女が、草葉を枕に寝息を立て始める―――それは幻想郷の住人が悉く「彼女」から眼を離した瞬間でもあった。  その直後 「総員上甲板」 「軍艦旗降下」  「彼女」の上で号令が響き、その後喇叭の調べが鳴り響いた。それを合図に、艦の舷側に整列した海軍二種軍装の将兵が、一斉に敬礼する―――その先には、氷精の眠る岸辺があった。  そして、静寂と暗闇だけが後に残った。 「あれ?」  夜が明けた時―――紅魔の湖に鋼鉄の城はなかった。  全ては夢想であったのだろうかと思うほどに、全てが消え去っていた。  いや、氷精の手に握られた小さな喇叭と、頭に乗った帽子は間違いなく、昨日の記憶が現実である事を示している。  帽子には(彼女には読めなかったが)「大日本帝国海軍」とはっきりと記され、彼女の混乱は更に拡大した。 「一体…なにが…」  彼女の疑問に答えたのは、いつの間にか傍らに立っていた緑髪の裁判長だった。 「貴女達の行いは、数千柱の御霊を慰めたのですよ」 「あーっ! 閻魔大王!! ねえ、あたいのフネ知らない? 黒白が盗んでったの? それとも紅白!? ねえ、あたいのフネを返してよぉ!」  詰め寄る氷精を振り解き、裁判長は続けた。 「落ち着きなさい。あの船は誰も盗んではいませんよ。いうなれば―――そう、在るべき処に還ったのです」 「あるべきところ? どこよそれ、私が行って取り返してやる!」 「…無理ですよ。それは遥か幻想郷の外。英霊の眠る場所です」 「えいれい?」 「そうです。そしてそうしたのは貴女―――そう、貴女は立派な善行を行ったのです」 「ゼンコー? なによそれ。そんなことしてないわ」 「いえ、あなたがあの艦に込めた想いが、彷徨える英霊達を救ったのです。無念を晴らして」 「ムネン? そういえばカンチョーもそんな事言っていたわ」 「でしょうね…彼の無念は貴女によって幾度も晴らされていると言って良いでしょう。動けぬ艦を率いて敵機と渡り合い、敵機に弄られる様に戦死した艦長の英霊なのですから…」 「センシ?」 「戦って死んだ事です。英霊と言うのは、そうして戦死した人々の御霊の事。船魂は本来英霊ではありませんが…恐らくは『彼女』の強い思念が幻想郷に流れ着いて具現化され、彷徨える霊達を呼び集めたのでしょう」 「フナタマ?」  暫し瞑目した閻魔は、何かを諦める様な表情で氷精に語り出した。 「…これは幻想郷の外での物語です。今の貴女には分からないかも知れませんが、いつか解る時が来る事を信じましょう。この前よりももう一つ前の、花が咲き乱れた頃の話です―――」  今から六十年の外の世界。それも、幻想郷と大きな関わりを持つ国が、他の国々を相手に戦争を始めた。  戦争は既に終わりに向かい、その国の全てを焼き尽くすほどに激しいものとなり、あらゆる場所で人が死んだ。  それでも勝利を欲した彼らは、動けなくなった兵器さえも持ち出して殺し合いを続けた。  その兵器の中に、一隻の『戦艦』があった。『彼女』は自らを動かす為の燃料も貰えず、無数の『飛行機』を相手に戦わなければならなかった―――その結果は凄惨なものだった。動けなかった『彼女』は幾多の攻撃を受け、艦長も艦の上で戦死し、共に戦った戦艦は皆沈んだ。  しかし、『彼女』は生き延びた―――戦争終結の日まで浮かび続けた戦艦は彼女だけ。  ところが、それが『彼女』を更なる地獄の苦しみへと追いやる事になる。  『彼女』は、その戦争ではじめて使われた悪魔の発明の生贄に捧げられた。  全身を焼き尽くす地獄の溶岩もかくやという焔と、凄まじい衝撃―――ところが、『彼女』はそれを二度も受けてなお耐えた。『原爆なんかに負けてたまるか。絶対に生き延びてみせる』―――『彼女』はそう思っていた事だろう。  しかし、『彼女』にも遂に終焉の時は来た。一週間に亘って耐え抜いた『彼女』は、ある朝忽然と姿を消した―――まるで、神隠しに遭ったかの様に。  その『彼女』こそが、つい昨日まで其処に在ったのだと言う。 「…恐らく、『彼女』の強い思念が艦そのものを具現化するほどの力を持ったのでしょう。今日は彼女の『命日』なのですから…」 「え?」 「そして、今日は丁度60年目―――きっと、『彼女』の魂は今頃…」 「…」  氷精にも、その意味は分かっていた。「彼女」はもう戻ってこない、と。 「それでもなお、その水兵帽と軍隊喇叭が残ったと言うのは、それだけ『彼女』達の感謝の念が強いと言う事でしょう。貴女はその形見を大切にしなければならない。それが貴女に出来る新たな善行ですよ」  氷精は、「形見」を自分のねぐらの一番奥に隠した。自分が持っていたらいつ失くすか分からないと理解していたのだ。  そして、この事はレティ以外には内緒にしようと思った。そうしなければ、あの黒白あたりはきっと奪いに来ると察していたから。  絶対に忘れない。彼女はそう誓った。それくらいしか、自分が出来る事が見つけられなかったから。  それから毎日、彼女は湖の畔に花を捧げた。忘れないように。  ―――その年の冬。  冬の妖怪は、氷精から夏の思い出話を散々に、それも何度も同じ事を聞かされる羽目になる。  そう。チルノは誓いを守ったのである。   東方系で軍事ネタと言う異質なSSが出来ました経緯に付きまして、ニ、三弁明させて頂きます。  元々は「自衛隊が幻想郷に放り込まれますた」スレの450レスで「長門」と言う艦名が出て来た事が、このSSの起動鍵になりました。  そして、454、455、456レスの会話には多大なインスピレーションを頂きました。そして失礼ながら殆どそのままに引用させて頂きました。更に、459、462、466レスによってかなり情景が浮かんで来ました。  これらの書き込みをされた皆様に、まず最初に御礼申し上げます。  尻切れ蜻蛉な終わり方になってしまいました事、勝手にスレのネタを引用させて頂いた事など、申し開きの出来ない事が多くあります。  また、読まれた方の中には扱うネタやキャラ(特にチルノと魔理沙)のイメージの相違、中には不完全な考証に不快な思いをされた方も居られるかもしれません。  それらの皆様には、深くお詫び致します。  以下は軍ヲタの戯言になりますが…今年の7月29日は、戦艦「長門」の60回目の命日にあたります。  昭和21年7月1日及び25日にビキニ環礁で実施された原爆実験に最期まで抗って、29日の夜、人知れず消えた(実際には「長門」以外にも原爆実験に耐えた艦は沢山居ますし、「長門」の残骸はビキニ環礁の海底に沈んでいるのが確認されていますが)「長門」は果たして成仏出来たのか、と思い、花映塚の「60年」と言う区切りに便乗して、彼女の浮かばれぬ(と思われる)船魂を幻想郷に呼び入れて成仏させると言う今回のSSを思いついた次第です(実際「戦艦」自体が今や幻想の存在と化しており、幻想郷に流れ着いても不思議は無いでしょうし…)。  因みに「艦長の大塚」と言うのは、戦艦「長門」艦上で戦死した唯一の艦長、大塚幹少将(昭和20年7月18日横須賀空襲時に戦死)と言う実在した人物です。  なお、戦闘場面における『英霊』達の会話には、可能な限り実際の会話に合わせたつもりではありますが、場面の流れの都合上リアリティを犠牲にした部分もあります。また、実際に知識不足の為に再現できていない点もあろうかと思います。  この点については、素直にすみませんでした、と言う他ありません。  最後になりますが、拙作を後書きまでお読み頂いた事に御礼申し上げます。