※ついでに、以前挙げておいた文のノーカット版も入れておきます。 ////////////////////////////////////////////////////////////////// 【旧神、マヨヒガ来訪す】 //////////////////////////////////////////////////////////////////  ―――朝、目が覚めると。 「んあ……あれ?」  目を覚ましたのは、何時もの狭いソファーの上などではなく。  ふかふかの敷布団と羽根布団の中だった。  見上げれば、見知らぬ木目の天井。  定番どおり、頬を抓る。 「……痛い」  夢ではない。意識を周囲に走らせて走査するが、幻覚の類でもない。 「んにゅぅ……?」  と、布団の中から、我が相棒の古本娘がにょっきりと顔を出した。  また勝手に人の寝床に……って、そうではなく。 「おい、起きろアル。何だか妙だ」 「むー……―――ふにゃぁッ!!?」  おー、飛び起きた飛び起きた。 「何を他人の寝床を侵略しておるかッ!!?」 「いや、違うだろ」  特にお前のウォーターベッド(特製)とは色々と。 「はッ!?真逆日頃溜まりに溜まった劣情に耐えかねて遂に―――」  歯に衣着せよう?な?一応女の子なんだしさぁ? 「ま、全く、そ、そうならそうと、その、起こしてさえくれれば、な、なな汝がどうしてもと云うなら―――」 「はいソコ要らん所でツンデレっぷりを発揮しなくて良いから黙れ落ち着け頬を赤らめるな服に手を掛けるな  そして話を聞け頼むから」  寧ろおのれが溜まってるんじゃないか、とは口が裂けても言わない。命が惜しい。  しかし、そうすると、だ。  まずこいつが自分から入って来た訳じゃあ無い。この反応は嘘と言うわけでもない。  そしてつまり、この状況はアルと俺の認知外という事。  ―――酒に酔ってアバンチュール、と云うオチも無しだ。酒は高いし。  よって、俺たちは―――その方法はさておき―――第三者の意図により此処に連れて来られた事になる。  そう、罷りなりにも『招かれざる客人』達を悉く撃ち滅ぼしてきた最強の魔道書と、その主を、だ。  事務所にも『防犯装置』の類は仕込んでおいた。物理的にも魔術的にも抜かりは無かった筈。 「……確かに色惚けている場合ではないらしい」  流石は我が相棒、此方の思惟を汲み、表情を引き締める。 「ああ、まずここは一体―――」  確認の為、左右を見回したとき―――それに気付いた。  自身の精神面を反映するように、音を立てて硬直する、俺の首。  抽象的に云えば『Σ( ゚д゚)』。  嫌な汗が、吹き出てきた。 「九郎?どうし―――」  俺が不自然に硬直したのを見て、アルもまた視線を追い―――音を立ててその首が硬直した。  こちらも『Σ( ゚д゚)』。  布団から身を起こした俺の左手側。この部屋を外界と仕切る障子が並ぶ。  その一角が開けられ、そこから鮮烈な朝陽が差し込んでいる。  陽は柔らかくも鋭く、直視するには少々厳しいが、そんなことはどうでも宜しい。 「お早う御座います、だな―――大十字九郎」  ……オーケイオーケイ、正気度を振り絞って状況整理だ。  俺とアルは、起きてみたら何故か事務所じゃなくこの旅館じみた和室に居た。  ご丁寧に、布団は一つ。―――そこ、夕べはお楽s(ry)とか言うな。  問題の光景は俺の左手側。  障子が開けられ、朝陽の鮮烈な陽光が差し込んでいる。  その陽光に映し出される景色。  縁側に座る、一人の見慣れた人影。   「―――茶の味を楽しむ時間と言うのも、実に新鮮だな」  背中越しに湯気が確認される。どうやら茶を飲んでいるらしい。それもおそらく緑茶。  その声、その陰影に、俺たちは見覚えがあった。  服装こそ違い、何より逆光ではあるが。  ―――その無明の金色を纏う頭髪だけは、陽光の中で昏かった。  となると、この光景は圧倒的破壊力を以って此方の精神を破壊する。  有り得ん。この男がこんなにもフレンドリーなのがッ。 「「……お早うございます」」  二人揃って、間抜けにも返事を返す。  あまりの衝撃に、俺の脳、大混乱。  SANチェックしようにも、ダイスがどっかにトンで逝ってしまった。 「?どうした?鳩が豆鉄砲食らうとはこの事だとでも言いたげな顔をして」  全く持ってそのとおりですハイ。  ……落ち着け、俺。  何とか正気度を保った俺の脳は、現状の把握を試みる。  俺とアル:状態異常『( ゚д゚)ポカーン』  原因:『視線の先にて陽光に目を細めながら一服する浴衣姿の増田輝夫(ますたてるお)氏・年齢不詳』  結論:突っ込みどころ満載。 「増田輝夫か、貴公のボギャブラリーが良く出たあだ名だな」  人の脳内会議を勝手に傍聴しないで頂きたい。  そう、何の冗談かジョーダン・ベスか知らないが、俺たちの目の前にはあの『獣』が居る。  珍妙なことに、あの決戦場で相対したような圧倒的な滅気は微塵も無いが。  寧ろ『如何にも休日満喫してます』な縁側老人の風体だが。  ―――いかん、またSANチェックを。もう触れないようにしよう。ダイスは何処だ。  「へへ……ッ、流石だぜ、この俺を茶を啜っているだけで発狂寸前まで追い詰めるとはな」 「余は何かしたつもりは無いのだがな」  そう返して奴はまた茶を啜り、その音が響くたびに俺の正気度は削られていく。   このままでは埒が明かない。こういう時の手は一つだ。 「心中の察しが着くなら話は早い―――」  全身全霊を以って、世界の全てに言霊を奔らせる。  これぞ、究極奥義。 「わたしはどこここはだあれ?」  ―――わからなかったら人に聞く。  ……隣で布団に直角に突っ伏した相棒は捨て置く。赦せ。 「ふむ、良いだろう。余と貴公の仲だ」  金色の闇が振り返る。  血戦の時には想像だにしなかった、世界の怨敵の、穏やかな笑顔。 「ここはマヨヒガ。東洋の遥けき隠れ里・幻想郷の何処かにあるとされる、  幻実の境にある土地だ」 「あー、『遠野物語』か」 「知っておるのか?九郎」 「日本の小難しい御伽噺だ」  何でも、マヨヒガの物品を持ち帰ると、幸運が訪れるのだとか。 「……汝、今、この布団でも持ち帰ろうかと考えただろう」 「当然」   相棒の訝しげな問いに、胸を張って答える俺。  再び突っ伏す古本娘。失礼な。閻魔様に向けても疚しい所など全く無い態度だと思うんだが。 「―――そも、帰れるかどうかは知らないがな。―――で、だ」  油断無く獣を見据え、 「お前が何でマヨヒガくんだりに居るんだよ?そして何故俺たちが居る?」  いい加減脳にも免疫も出来てきた仕草で、聖なる獣は切れた茶を注ぐ。   熱い淹れ立ての茶を啜りながら、 「慰安旅行だ。無間宇宙を彷徨っていたら招かれてな」  ―――汚染度は最終段階へ。ついに俺も布団に突っ伏す。  ああ、この布団、手入れが行き届いてて気持ち良いなぁ。 「って、こ―――」 「ラスボスが慰安旅行してはいけないと云う法律は、それこそ我が『法の書』にさえ載っていないが?」  載ってないけど!載ってないけど! 「それに、『くんだり』などと言ってくれるな。一応、余の『実家』と言えなくは無いのだ」 「「―――は?」」  どういう事だ、と問うよりも早く。 「あら、お目覚めかしら?」 『答え』が『顔を出した』。 「紹介しよう、大十字九郎―――我が『父』―――もとい、『母上』だ」 「テリオンちゃん酷いわ〜、私は乙女、それもまだピチピチよ〜」  それは、唐突に顕れた。    俺の視界から僅かに外れる角度。丁度陽光が障子で遮られ、影を落とすラインから。  音も無く、風も、影も揺らさず、香りも無く。    初めから、そこに在ったように。 「汝……っ。今―――『何処に居た?』」  アルが呆然としていた。無理も無い事だと思う。  量子学的・魔術的・概念的、全ての観点において。 『それ』は、『たった今存在したことになった』ばかりなのだから。 「それを私に問うのは、意味の無い事だと思いますわ。『獣の咆哮』」  その姿は、美しき女。  聖書の獣と同じ類の金糸で彩られた、波打つ長髪。  そして、同じ色を宿す金色の瞳。  紫一色の、八卦を記した前掛けが目立つ、道士服風のドレス。  何より、それら異彩な佇まいの全てが等しく自然で―――『自然に不自然』。  ……この感じは、似ている。『招かれざる客』達のそれと。  特に、この人知を超越した、人外の認識。  脳裏に過ぎるのは、『父』―――外なる神にして『門』、ヨグ=ソトース。  「大・正・解。と云っても、あれは私の顔の一つに過ぎないのだけれど」  成る程、故に獣が言い直したか。  だが、アレに物質的観念は当て嵌める事は出来ない。男も女もあるまい。  そも、その姿にも声にも―――何一つとて『実像である意味を必要としない』。 「ならば、やはり汝、ヨグ=ソトースの化身か―――」 「ブブー、おおはずれー」  捲くし立てようとするアルを制する女。手には雅やかな紫を纏った絵図の扇。  そこには何故か『不正解』の文字が明滅していた。 「顔の一つといったでしょう?まったく、エセルちゃんが云った通りまだまだお子ちゃまねぇ」 「んなッ!!?」  青筋を立てたアルを尻目に、女は眼を笑みに伏せ、扇を閉じる。  そして、扇を水平に奔らせれば――― 「―――ッ!!?」  まるでファスナーを下ろすように開いた『隙間』。  そして隙間から覗く無数の輝き―――無数の『瞳』。 「確かに私はあの門も開閉自在。でも、私は『扉』ではありませんわ」  女がその『隙間』に『腰掛ける』。 「そう、私は隙間。『門』と『外』、或いは『門』と『内』。その境界。  誰かが居なければ存在することも出来ない。けれどそれ故に、私はここに在る。  私は幻想。けれど幻想の中においてもなお幻想」  そのまま、重力も風の動きも感じさせず、緩やかに中空に浮かぶ。 「妖しく怪しい、されど儚くしがないスキマ妖怪。  ―――ここ幻実の里・マヨヒガの主。名を、八雲 紫と申します」 『スキマ』が微笑む。人の微笑みそのままに。  されど、その全てが『妖しく怪しい』。その在り方故に。 「そしてようこそ、幻想郷へ」  されど、『スキマ』は笑みを変えない。  美しく、されど妖しい微笑み。  敵意も憎悪も何も無い。ただ―――妖しい。 「魔を断つ剣よ、どうぞごゆるりと、今はその刃を休め給え。  何故ならそれがここ、幻想郷」  そう、其れは真に『妖怪』。  その異様さに於いては、如何な外神も、この存在には遠く及ばないだろう。 「―――幻想郷は、全てを受け容れる」  それは、真の怪異。究極の未知。  それ故に何れをも侵略されず―――だが理解されない。  ただそれだけに、帰結する。 「―――それはそれは、残酷なことですわ」  そう、ただ『胡散臭い』だけだったのだ。  故に。 「そーか。ならお言葉に甘えて―――朝飯を所望いたす」 「へぶっ」  この大十字九郎の腹の虫の前には、全く以って詮無き事だった。  おや、隣の古本娘は二度寝か。勿体無い。 「え、えーと、もうちょっと驚くかと思ったんだけれど……」 「ふっふっふ、申し訳ありませんが紫さん。  不肖、大十字九郎―――三食に困らなかった事などここ数年全くありませんのでね」  それを聞いた獣が肩を竦める。 「貴公……相も変わらず、か」 「何を云うか失礼な。流石に猫には手を出さんよ。―――当面は、な」 「藍ぁーーーーーんッ!!!!?大至急朝の懐石を!!!!  橙が、愛しの橙が式生命とかその他諸々の危機よーーーッ!!!」  猫と聞いた瞬間、なにやら紫さんが必死の形相でスキマへと駆け込んでいった。  何だったんだろう?  ともあれ朝から懐石。重い気もするが問題は無い。俺の腹は24時間の稼動に耐えうるのだ。  豪勢な飯が来るとはまっこと僥倖。これも人徳か、或いは奥様キラーな俺の美貌か? 「それだけは絶対に違うな」  悦に浸ろうとしたところを、これ異常ないくらい見事に両断してくれやがりましたよこの古本娘め。 「うむ、特に後者だな」  おーいコラ獣、何故にアルと俺をまじまじと見比べながら言うかね? 「さて、幻想郷ね―――」  ネバーランドに招待される歳でもないのだが、まあ良い、折角の機会だ。 「精々、錆落としをさせてもらいますか―――」  まず、第一歩として。 「あー茶が美味ぇ」 「貴公と茶の席に立つというのも、不思議なものだ」 「呼んだのはお前だろうが。そーいや愛しの写本は?」 「ここに住む化け狐の手伝いだ。あの天狐は、アレの姉のようなものだからな」  魔人と茶でも飲むとしよう。  大丈夫だ。ここは幻想郷。  居るのは幻想のみ。討つべき魔など、何処にも居ないのだから。  ―――幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは残酷なことに。  その意味をたった今、俺は噛み締めている。  ―――現在の状況:マギウス・スタイルで臨戦態勢。 「おのれ、あの女……謀りおったな」 「いや、ただ単に楽しんでるだけだと思うぞ、あの手のは」  妖怪の考えることは、さっぱり解らない。  それは幻想郷でも外典の中でも共通の常識である。 「まあ、弁当美味だったし、チャラで良いんじゃね?」 「いや、確かに渡された懐石弁当は細やかで大変美味だったが―――ってそういう問題か!?」 「そーいう問題だろ。なんせ―――」  言葉を一旦切り、自慢の魔銃二丁を眼前の『相手』に向ける。  距離は遠く、届くようにと声量を上げて呼ぶ。 「別に、命まで獲ろうってわけじゃねえ様だし―――違うか?」 「ああ―――だけど中り所は自己責任で頼むぜ?」 『相手』は箒に跨り宙に浮き、黒装束で身を包む。  ―――絵に描いたような『魔女』だった。 「何だ、魔女にでも逢ったような顔は。酷いぜ。  私は『普通の』魔法使い、だぜ?」 『一際大きな湖の岸に建つ真っ赤なお屋敷。後学の為に行ってみると良いわよん』  どうせだから色々見て回りたい、という俺の一声を受けた、スキマ妖怪の提案。  折角の慰安旅行、一つ所でダラダラと過ごすのもどうかと思ったので、観光に出ることにした。  その赤き館の名前は『紅魔館』。  門を通してくれた門番さん―――紅 美鈴によれば『紅き悪魔が主だから』なんだと。  そのまんまである。  美鈴によれば、本来は余所者は簡単に通さないそうだが、既に紫さんから話は通してあるらしく、  快く通してくれた。名前を聞いて礼をすると泣いて喜ばれた。なんでだ?  内装は『赤より紅い』紅。  しかし明度・彩度は抑え目の暗い色が主体な辺り、ここの主は趣味こそ悪いが  センスはあると見受ける。紅は嫌いじゃないしな。  無論、この館全体が空間を弄くられているのは俺にもアルにも解った。  が、肝心の術式は独特過ぎて、二人掛かりでも解呪するのは不可能と言う結論に至った。  時間と空間を綻びなく永久に複製・連環させるなんて、此処の主を想像するとゾッとする。  しかも、中には案内の一人も居らず、美鈴とも逸れてしまった。  そんなこんなでたどり着いたのがここ―――ヴワル魔法図書館。  ご丁寧に標札が扉に付いていた。    中は呆れた事に、無数の本本本本本本本本本本本本本本。  中央に置かれた机と、賃貸受付と思しきカウンター以外の空間が、全て本で埋め尽くされている。  照明の弱い館内、天井の闇に消えて行く様な高さの本棚が、等間隔で整列している。  種類も節操が無い。雑誌の類から、果ては魔道書まで。  ミスカトニックは当然として、下手をするとセラエノの一部所程度にも  匹敵するんじゃないかという、空前絶後の大図書館だ。  まあ、二人で一番仰天したのが、 『手書きの写本で、それで居て魔力が原版と同等』っていう魔道書が山盛りだったことだが。  ラバン先生並の奇人だろうな。ここの主は。 「ようこそ、ヴワル魔法図書館へ」  とまあ、そうやって幻想郷のファンタジーっぷりを眺めている俺らに、掛かる声。  振り返った先には――― 「成る程。紫が言ったとおりだな。―――本物だぜ」 「『キタブ=アル=アジフ』―――真逆、妖怪変化になってたなんてね」 「二人とも、解っているわね―――協力して事に当たり、片付いてから交渉―――OK?」 「私は構わないぜ。アリスは納得しないだろうが」 「納得するわ。―――あとで写させてもらえるなら」 「あのね、私も写させてもらうだけで―――ああ御免なさいね、少々舞い上がってしまって」  まっこと可愛らしい、3人の乙女。 「さて、マスター・オブ・ネクロノミコン。単刀直入に言うわ」 「あんたの相棒、面を借りるぜ?」 「嫌なら良いわ、あなたに拒否権は有る―――力尽くで、拒否してもらうけど」  ―――魔女だが。 「疾風怒濤!【スターダストレヴァリエ】!」  黒の少女の跨る箒が、ジェット噴射さながらに虹を吹く。  虹の奔流を推力として、黒の少女は流星さながらに突進。  高空からのパワーダイブ。途方も無い高さを誇る本棚の天辺から、一直線。 「詠唱が早い―――!」 「高速詠唱―――あの成りでか、末恐ろしい小娘め!」  3魔女の中で、一番肉薄してくるのが、この箒魔女。  どうやら言葉通り、真っ当な人間らしいのだが―――やることが紙一重だ。  なんと行っても術式が違う。  構造こそ即興同然で拙いものだが、奔る速度が兎に角尋常じゃなく、解呪など間に合うレベルではない。  開幕でごっつい魔砲を最速でぶち込まれた時は、心臓が止まるかと思った。  魔力事態はマギウスでない俺と大差ないが―――研鑽量まで同等ってのは流石に詐欺だ。  外見相応だとしたら、物心付くころから魔術を修めてやがる。ピアノの稽古とは訳が違うのだが。 「暴走精神旺盛なお嬢ちゃんだぜ!」 「矯正が必要だな―――九郎!」  なにぶん、轢き殺す気満々の衝突コース。流石に頭蓋貫通は御免こうむる。  相対速度が速く、起動も僅かに弓なり。タッチ・エンド・ゴー。  此処は――― 「クルマは急には止まれない―――往けぇ!!」  命中力自慢の誘導弾。  銀の狩人が吼え、6つの牙が襲い掛かり、迎え撃つ―――が。 「撃つと動く―――」  マズルスプラッシュのタイミングに合わせ、魔女が箒に『乗る』。箱乗り危険。  そして――― 「―――今すぐ動く!!」 「んなっ?」  そのままサーフボードのように体勢を変え、推進方向を全体重で曲げ、回避運動。  当然この程度で魔弾の追尾を避けることは出来ず、直撃コースへ。  箒の尾が複雑なエルロンロールの軌跡を描き――― 「そんな避け方聞いて無ぇッ!!!?」  イタクァの魔弾を置き去りにしていく。  魔弾は肉薄し、その結界の表面に傷痕を刻んでいくが、それで終わり。  貫徹に達するより、結界を削り進むよりも早く、目標が通り過ぎてしまう為だ。 「ちっ!相対速度が速過ぎて、追い切れておらん!」  箒が吹く虹色の軌跡に術式が乱されている為もあるだろう。追尾に根性が無い。 「にゃろう、誘導弾慣れしてやがる」 「涼しいな―――」  魔術行使によって広がった感覚に、声が響く。 「快適過ぎて冷房病にもなりゃしない。  ―――巫女の座布団の方が、余程背筋が寒くなるぜ―――戴きだ!」  そして距離は一瞬で零となり―――飛び蹴り気味に、箒が激突する。 「なら、暖めてやるよ」 「―――!!?」  飛び散る飛沫は俺の血反吐ではなく―――微塵と砕けた鏡の破片。  通り過ぎた魔女を無数の鏡が写し―――その一つの像に、俺が居た。  定石パターン。ニトクリスの鏡で幻惑して、本人は絶好の位置取りに潜む。  俺は本来の位置から3歩前で、突進を屈んでパスしていた。  今、箒の魔女はドリフト体勢―――運動量を大量にドブに捨てている真っ最中。  その上、この位置からなら完全に一直線。外さない。 「出来立てを届けてやる。遠慮はいらんぞ」  アルの一声とともに、俺の右手の獣が吼えた。  大口径銃・クトゥグァ。  炸裂弾なら至近弾でも結界ごと充分に潰せる。上昇できないなら『詰み』だ。 「おぅわ――――」  少女の叫びは爆炎に掻き消える。  ……まあ、結界の強度からして、死にはしまい。 「否、まだだ」 「何ィ?」  アレで落ちないと言うのか。  だが確かに油断は禁物。思い直して、素早く魔銃を再装填。 「―――っけほ」 「おおおおおお、悪いなパチュリー、白玉楼に逝く所だったぜ」 「こほっ―――それは残念ね、遠慮なく家ごと取り立てようと思ったのに」 「家ごととは酷い魔女だ」  爆炎の煙の中、映った影は二つに増えていた。  箒から降り、身構える黒いのの前に、もう一人。  薄い紫のメイガスローブを纏いヘンテコな帽子を被る、艶の無い紫の長髪。  舞い上がる埃に口元を覆って咳き込み、細められたアメジストのような瞳が、此方を射抜く。  パチュリーと呼ばれたこの少女は空いた手を掲げ―――片手で偉くゴツイ障壁を展開していた。 「九郎、この女」 「ああ、こりゃ―――」  俺たちは揃って眉を顰める。―――その女の四肢をめぐる魔力に。  といっても量の問題ではなく―――それを巡らせる複雑かつ強靭な『魔力回路』に、だ。  先程から遠巻きに炎弾やら水弾やら水晶弾やら、色取り取りの射撃を行ってくるのが、この魔女。  これだけの連続詠唱をして、まるで魔力に目減りが見えない。  その秘密も、今この瞬間で漸く見当が付いた。 「『賢者の石』か。ヘルメスが太鼓判を押す程度には煮詰められておるな」  つまり非の打ち所が無い、と言うことだが。 「正解よ。こっちのアレンジが掛かってるから、2つ多いの」  紫の魔女の瞳が、静かに閉じられる。    直後に、あの悪寒が――― 「【エレメンタルハーベスター】」  宣言と同時。 『縦回転して飛び出した障壁』を、刹那に喚んだ円月刀で受け止めた。 「流石ね。宣言直後で割り込んで止めたのは3人目ぐらいかしら」  答える余裕は無い。  気が付けば障壁は巨大な回転鋸へと錬金され、円月刀ごと此方を伐採せんと火花を散らしている。 「バルザイのとは属性が似通いすぎね―――」  そんな此方を尻目に、魔女は悠長に本を取り出す。  徐に何ページか眼を通したところで――― 「ならこれね―――【メタルファティーグ】」 「うお!!?」  回転鋸が、木っ端微塵に砕け散り―――― 「―――翼よ!!」  防御の為に開いたマギウス・ウイングに、満遍なく降り注ぐ金属片。  対抗術法、それも属性転化による連鎖術式か!  となると、次は――― 「【ラーヴァクロムレグ】」 「防禦結界!」  間一髪。翼をも巻き込んだ炎上を、防禦結界で遮る。  これだからヤバイのだ。この魔女は。  この女は、属性の変化と術式の変化を完全に連動させることによって、消費量を最小に留めている。  必ず宣言するから良いようなものの、宣言無しなら既に5回お陀仏だ。  だが、まあ、このぐらいならまだ良かった。 「【アーティフル―――」 「ッ!!!」  問題なのは、今回は1対3であると言うことだが。 「―――サクリファイス】」  厳密には、『もっと数が多い』のだ。 「ぶふぉッ!!!」  突然投げ込まれる『何か』。  抜群の殺傷力を誇る爆発力と閃光が、こちらの視聴覚を麻痺させる。 「ぶはっ、い、一体何だって―――」  巻き上がる粉塵の中で、俺の胸板に力なく命中する『何か』。 「―――ぶ!!」 「人形だと!?」  はい、人形の首でした。  爛れたように焼け落ちた顔のつぶらな隻眼が、物凄く怖かったです。 「てんめぇ!人形爆弾なんてしやがる人形師が何処にいる!!?」 「ここに居るわよ―――これでも愛着持っているのよ?」  声は頭上から。  翼を修復し、爆炎を払う。  見れば、周囲を人形に囲まれていた。 「ええ、可愛い人形ですもの―――使い潰すなら、効率的に潰すわ」  人形たちは、様々な武器を手に取っていた。  剣・槍・槌・斧・鎌・弓・銃・チェーンソー―――ちょっと待て。 「神をも殺す剣ッ!!?」 「わざわざ用意してみたのよ―――戦操【ドールズウォー】!」  前衛・中衛・後衛、統率の取れた動きで包囲の輪を詰める人形達。  その様は、まさしく従軍(クルセイダー)。  かみ は ばらばらに なった。 かみ は しんだ。―――真っ平御免の助である。 「嘗めるな、小娘―――【アトラック=ナチャ】!!」  アルの詠唱とともに、俺の髪から捕縛結界が伸び、人形達を絡め取る。  その隙に、人形から伸びる『糸』を霊視で辿る。   「ま、そうなるわね」  根元はやはり頭上。  ウェーブの掛かったショート・ブロンドに赤のカチューシャ。  青を基調としたワンピースが、頭上斜め上に浮いていた。  この人形師も、飄々としているわりに質が悪い。  むしろその攻め方は3人中で最も『えげつない』。  魔力量に関しても極上。  逆十字の連中が卒倒するような、もはや人間では到達できないレベル。  それも元人間でも無理だろう。おそらくは『初めから人間外』の類だ。  だが何の思惑か、魔力量をセーブしているらしい。  脇に大事そうに抱える魔道書も、サスペンダーで拘束され、稼動しているのは  人形を召喚・生成する時に留めている。  が、その魔力量で量産される軍勢だ。数は尋常ではない。  律儀に相手をしていると、弾が幾らあっても足りはしない。  「―――む」  そこで、ある事に気が付く。 「あら、何かしら」 「ドロワーズじゃないんdぶるぁっ!!!?」 「戯けッ!!」  マイラバーからの愛の鞭が、俺の顎を射抜き、脳を揺さぶる。  嗚呼、愛が痛い。  ―――白。 「赦せ……我が主の持病だ」 「否定はしないのね……」  スカートを押さえながら、律儀に降りてくる人形師。  何だ、その可哀想なものを見るような眼は。 「ッ……ここ十数分で一番効いたぞ今の……」 「黙れ浮気者」 「真剣に忠告をしようと思っただけだボケェ!!」  スカートの中身も、見事すっ飛んでしまったしな!  つか赤くなるちびアルの萌え度は凄まじ―――いかん、電波だ。 「ったく、で、どうするのさ、この状況」 「ええ、後は簡単―――『詰み』よ」  気が付けば、人形師の両脇には、先程の二人。  ふん、ただの同時攻撃で詰みとは嘗められたもんだ――― 「ッ!?拙い!!」 「ん?―――ぐえッ!!?」  気が付けば、今まで人形を捕縛していたアトラック=ナチャの糸が、綺麗さっぱり断ち切られていた。  それどころか、糸は編みなおされ、術者である俺の首に絡み、締め付ける―――!! 「呪詛の類は得意分野なの―――特に、こんなコを連れているものだから」  ばきり、とバネの弾ける音。  人形師が手にした魔道書のページが解け、紙片が舞う。 「呪詛【蓬莱人形】」  紙片は纏まり、一つのヒトガタを織る。  生々しい程精巧に造られた、眼を閉じた和洋折衷の人形。  ―――何だか、胃の中がむかつく様な感覚を覚える。 「わーお、やる気だな、アリス」  ひゅう、と黒の魔女が口笛を吹く。  それを尻目に、術は次の段階へ。 「タダでは止まってくれないでしょうからね―――ま、この位じゃ死にはしないでしょ」  淡々と述べながら、人形師は右手の繰り糸を伸ばし―――人形の首を『吊った』。  人形の双眸が開かれ、無表情が裂けたような笑みに変貌する。  途端、俺に向けられる凄絶な呪詛―――こいつは。 「―――っぐ!!」 「怨霊呪弾を同じ類の術かッ……!」  だが、これは明らかに毛色が違う。  あの呪弾よりおぞましくは無い。  ただ―――恐ろしい!!  人が『死』に抱くあらゆる感情が、呪詛となって俺の精神を圧迫する! 「ぐお―――ッ」  堪らず膝を突く。  今すぐどうと言うことは無いが、この呪詛は逃れようの無い萎縮として心身に直接顕れる。  悪寒に集中が途切れ、解呪も一苦労。その間にも―――  「後はお決まりの一斉攻撃だな」 「けほっ―――こっちは潮時ね、任せたわ」  紫の魔女に見送られ、黒い魔女が前に出る。  人形師の右手を取り、手を重ねる。 「安心しな、約束どおり、命までは取らない」 「ええ―――ちゃんと、耐えられる程度で撃つわ」  吊られた人形に、凄まじい量の魔力が充填される。 「【マジック―――」 「【スペクトル―――」  駄目だ、解呪は間に合わない―――!  次に来るであるだろう一撃に俺は、円月刀を立てるので精一杯。  ここまでか―――  ―――ぱたん。と。  紫の魔女の魔道書が閉じられる。 「あら、いけない」 「「?」」  魔力の集中が途切れるのにも構わず、残りの二人も其方を向く。 「タイムアップ、ね」  ―――あなたの時間も、私のもの―――【パーフェクトスクウェア】―――  次の瞬間、俺は何が起こったのかを、正確に言い表せなかった。  だ、だから、起こったありのままのことを話すぜ! 『紫の魔女が本を閉じたと思ったら、次の瞬間には黒いのと人形師の姿は無く、  立っていた場所を無数のナイフが埋め尽くしていた』ッ!  な、何のことを言っているのか、さっぱり解らないだろうが……、  ドドドとかロードローラーとか、そんなチャチなモンじゃ断じてねぇッ!  もっと恐ろしいモンの片鱗を味わったぜ……。 「汝……日本語がヤバイのを何とかせい」 「ポル○レフ―――――ッ!!!?―――はッ」  余りの出来事に、俺の脳が別世界を旅していたらしい。  辺りを見回す。  気が付けば、黒い魔女と人形師は仲良く磔。 「この霧雨魔理沙さんとしたことが……油断したぜ」 「あーもー、正当な招待を受けてたなんて聞いてないわよー!?」  二人は服の端々をナイフで本棚の仕切に縫い止められ、宙吊りにされていた。 「早い帰りね、レミィ」 「そういうつもりで客の事を教えたわけじゃなかったんだけどね、パチェ」  紫の魔女の肩越しに、赤い翼と―――紅い瞳。 「こうなるって知ってて教えたんでしょう?」 「止めるのも計算に入れてね―――さて」    赤い翼が揺らぎ―――弾けた。  辺りを、紅い蝙蝠が舞う。  「知人友人が粗相をしたようだな」  蝙蝠が俺たちの数歩前に集まり、密集し――― 「私はこの紅魔館の主、レミリア=スカーレット。  彼女らを代表して、非礼を詫びよう」 「……えーと、失礼を承知で申し上げますが」 「何だ?」  俺たちの目の前で、蝙蝠羽を生やした、可愛らしい悪魔っ娘が仁王立ちしておりました。  背は物凄くちんまい。下手をするとアルよりも低い。  ウェーブの利いたアッシュ・ブロンドを短く揃えたふわふわとした頭髪に、紅のリボンをあしらった  モブキャップ。  ブラウス、スカート共に仄かな紅で染め、彩られた小さな身体。  それが異端である確かな自己主張として、紅い蝙蝠羽を背に持ち、  こちらに向ける愛くるしい瞳には、畏怖すべき魔性を宿す真紅が灯る。  が、古本娘だのロボっ娘だのを眺めているせいで、そんなものは耐性が付いてしまった俺。  どう見てもロリっ子です。本当に有難う御座いました。 「お歳は御幾つで?」 「そうだな―――ざっと五百は数えられるか」  えへんと無い胸を張るその姿、滅茶苦茶見慣れている。古本娘辺りで。  成る程、確かに相応の格はあるようだ。やはりこの手は見た目にはよら――― 「なんだ、小娘ではないか」 「って、またお前はッ!!!?」  ぴしり、と。  眼前の悪魔嬢のコメカミに、コミックアートのような青筋が立ちました。  辺りに立ち込める人外特有の出鱈目な魔力。やべえ、殺られる。 「何を言う、妾から見れば半人ま」  ―――傷魂【ソウルスカルプチュア】―――  その宣言に遮られ、全て言い切ることは出来なかった。  次の瞬間には、アルを肩に乗せたまま俺の身体は宙を舞っていた。  ―――全身が熱い。焼ける様に熱い。  ああ、そりゃそうだ―――だって、物凄ぇ勢いで刻まれてるんだもの、俺。 「「ぐはぁっ―――!?」」  全身を襲う斬撃に巻き上げられた俺と古本娘。  放物線軌道の頂点で、とうとう俺のマギウス・スタイルが崩れる。  ―――そして、落下。 「ごふぅ!!?」  頭から落下し、図書館の床と接吻する俺。 「むぎゅっ」 「げふぁ!!」  間髪居れずに、俺の背に落ちてくる古本娘。 「きゅぅ〜〜〜〜」 「……ぁ……ッ……ぁ……がは……っ」  コミカルタッチにグロッキーになっているアルに、少年漫画張りに憤死直前な有様の俺。  何よ、この温度差。 「つーか……何で……俺……が……」 「飼い犬の躾は飼い主の責任ですわ」  返答したのは、あの紅い悪魔っ娘ではなく、 「……咲夜、主が怒るより早く行動に出るのはどうなのよ?メイド的に」 「あら、それは失礼をしましたわ」  流れる銀髪が美しい、見事なメイドさんだった。  両手には、血濡れのグルカ・ナイフ。そーか今のはこの人の仕業か。  とゆーか個人的にこのご主人よりヤバイ人なんじゃないかと思う昨今。 「ああ、紹介するわ。この娘は私のお抱えの―――」 「当館の侍従長を務めさせて頂いております、十六夜咲夜と申します」  返り血が僅かに付いたその端正な顔が、これまた見事な営業スマイル0円を見せる。  そのまま45度の立礼。―――何処かで感じた既視感。 「私の事は―――どうぞ『悪魔の狗』とでもお呼び下さい」  ―――うん。すっげぇピッタリ。  ああ、ヤバイ、視界が白んできた―――。 「あら、咲夜、ヤバイわよ、眼が明後日の方向を見てるわ」 「ご心配なく、薬師から置き薬をいただいております」 「完璧(パーフェクト)よ、咲夜」 「感謝の極み」  ―――ああ、今解った。  この人、何処ぞの執事と同じ類かぁ―――    俺の意識が復旧するのは、それから3時間後の話であった(血文字)。 //////////////////////////////////////////////////////////////////// 流石に個人的用事も差し迫っているので、此処まで。 つーか、何をやっているのかね、私は OTL