レミリアが神社へ遊びに行ったのを確認した咲夜は、ケーキに入れるための竹の花を作るため、外へ出かけていた。  時間を操る能力で一気に成長させるのである。これで、六十年に一度しか生えない竹の花も、いくらでも入手出来る。  咲夜は知らなかった。レミリアも教えようとはしなかった。  レミリアには妹が居る事を。  竹の花を作るため外へ出ていた日、妹を相手に、霊夢と魔理沙が弾幕ごっこで遊んでいた事を。 −−−−−  時刻は流れ、咲夜が紅魔館で働き始めて一ヶ月が経とうとしていた。  夏も本番に差し掛かり、暑い日は続いていた。   「咲夜ー。日傘ー」 「はい。夕飯までには帰ってくるのですよ」 「今晩は、B型の血ね」 「希少品も入れときますわ」  咲夜は、その紅い瞳で、日傘片手に神社まで飛んでいく主の姿を見送った。  誰かが言わなければ、彼女を人間と思う者は皆無と言っていいだろう。  事実、霊夢もレミリアに言われるまで咲夜が人間だと気づかなかった。  兎よりも真紅な瞳。それは月の狂気を浴びた者の眼。  一度、狂気の瞳になってしまうと、もう元には戻れない。という事を咲夜は知識として持っていた。歴史と知識は別物である。 −−−−−  それから、人生という観点から見れば、ほんの少しの時刻が流れた。  掃除をしていた咲夜は、ふと壁にかかっていた時計を見た。 「あら、もう丑半刻」  丑半刻とは三時の事である。要するに。 「おやつの時間だわ。時間を止めてもいいけど、早く作っとこうかね」  という事だ。  咲夜は、メイド達に、その場の掃除を任せてキッチンへ向かう。  希少品を入れた美味しい紅茶とケーキを作っておく。 −−−−−  テーブルには、既に一人の少女が座っていた。  金髪の少女だった。  咲夜にとって見知らぬ少女だった。背中に羽が生えていて、瞳の色が紅い少女だった。 「はい、お嬢様。お茶とケーキが出来ましたよ」 「どう見ても、これが人間だとは思えないけどねえ」  背中に羽が生えた少女にも紅茶を渡した。  というか、どう見てもパチュリーじゃないが、咲夜はわざとやってる。  しかし、この人物が誰か咲夜は知らなかった。 「何つーか疑問なんだけど、あんたは誰? ここは」  咲夜は質問してみた。 「人に名前を聞くときは……」 「ああ、私かい? そうだあね。 マジカルさくやちゃん、職業は魔法少女」  勿論、半分が嘘だ。 「フランドールよ。咲夜さん」  (その年で魔法少女は無理があるわ)と思ってるのが表情から見え隠れしていた。 「あなたなにもの?」  (ミラクルさくやちゃんの方が良かったかしら)と心の中で思っていたが、口には出さない。 「レミリアお姉様の妹」 「妹様ですかい」 「そう、シスターお嬢様」  咲夜にしてみれば初耳である。  そういえば、レミリアの家族構成すら知らない。 −−−−− 「あなたも人間なのね」 「まあ、一応」  その辺の自覚はある。悪魔と一緒に住んで居るが、悪魔ではない。 −−−−− 「お姉様は、運命を操るとか嘘八百を並べてるから出来ないのね。あー、偶然」 「事象の因果系列に対して、それに含みえない事象または因果的に予測できない事象が生起すれば、それは偶然」 「そう、お姉様の能力は、偶然を操る程度の能力」 「運命とは、今後の成り行きの事」  科学的な対話が続く。 「ほら、鶏って」 「鶏は捌いたり出来ない人でも、美味しく頂けるけど、捌けば食べやすくなるよ」  即答してみた。 「もしかして人間を捌いたりしてるのってあんた?」 「血を抜き取った後に、里へ帰すまでが仕事」  レミリアが連れてくるのは自分のような悪魔と一緒に居る人間も、怖がる類なので、血を抜き取ることに躊躇はしない。  でも吸血鬼は人を殺さないし、殺させもしない。  咲夜自身も、どこを斬れば殺さずに血を抜き取れるかを理解している。 −−−−− 「そろそろ地下へ戻って昼寝でもしようかしら」 「そうすれば? 私も仕事あるし」 「そうするわ」 「そう、じゃ」  こうして対話は終わった。 −−−−−  夜。  吸血鬼が最も活動的な時間帯。  神社から帰ってきたレミリアは、B型な血の紅茶を口に含んだ。 「そういえば、お嬢様に妹様が居たんですね」  横から突然現れた咲夜の言葉に、レミリアは思わず紅茶を吹いた。 「あら、お嬢様。今日の紅茶はお口に合わなかったのかしら」 「あいつとあんたを会わせたくなかったんだけどね」 「それは何故でしょうか」 「というか、あいつの前に人間を置きたくはなかった」 「まあ、よっぽど悪い事したのね」 「いや、495年間外へ出してはなかったんだけどねえ。ちょっと気が触れてたし」