──カランカラン。 ドアの呼び鈴がなる。 お客ね。 「すみませーん」 入ってきて、第一声にそう言ったのは若い男だった。 18歳ぐらいかしらね?まあ、どこにでもいそうな今風の男ね。 「いらっしゃい。何か用?」 店の主人であるのにも関わらずに、私は客に対して普通に接する。 丁寧語とかなんてやってられないっての! 「え、ええ…、まあ。花が欲しいんですが…」 そんな私の態度に困惑しながらも、客は自分の用件を伝えてきた。 というか、花屋に来たのに花を買う以外の用もないか…。 「ふーん。どの花が欲しいの?」 「…貴女です」 「………は?」 その男はここぞとばかりに白い歯を煌びやかに輝かせ、私の前に跪き言葉を継ぐ。 「ああ、貴女のような美女に会えるなんて幸運だ!そう…、貴女は例えるなら薔薇。真に美しいものには棘があるように─」 以下、男の口説き文句というか、よく分からない言葉が続いていく。 あんたに恥ずかしさとかそういうものはないのか? ああ、とんでもない馬鹿ね…。 だけど、こういう奴にこそ、私の本領が発揮されるのだ。 「…それは嬉しいわ。じゃあ、私が貴方を優しく…」 「あ…」 そこで私は言葉を区切ると、男の背に回り手を掴んだ。 そして、耳元で出来る限りの甘い蜜を含んだ声で囁いてやる。 「導いてあげる……」 「え?そ、それって…」 そして、男の手をゆっくりとゆっくりと動かす。 その先には─。 「……痛っ!?いたっ、痛いっすよっ!? 「あはははは!引っかかった、引っかかった!」 薔薇の花。 もちろん、棘のある茎を思いっきり握らせてやった。 「ぐおおぉ……、酷いですよ〜…」 男が手に刺さった棘を抜きながら、抗議の声を漏らす。 自業自得だっつの。 「私を口説こうなんて、一万年早いわ。思い知った?」 「す、すいません…」 こうなるとほとんどの客は、というか全ての客は私に謝りだす。 この私の行為は近所に広く知れ渡っているらしいが、何故だか私にはそれが許される何かがあるらしい。 おかげで、商売繁盛しているくらい。 ここの近所の奴らは皆、そっちの気があるのか…? なんだか、空恐ろしい。 「いやぁ、だって有名じゃないですか。花屋に綺麗なお姉さんがいるって。皆が言ってるんで、思わず見に来たら…ってやつですよ」 早くも立ち直り、男は苦笑いをしながら、そう言う。 案外、丈夫だなコイツ…。 ベラドンナドリンクでも飲ませるべきだったか。 「意味が分からないわよ…。私はあんたのような男には興味無いの。他を当たりなさい」 「あはは…、手厳しいなぁ。じゃあ、振られてしまったので帰りますかね。気が変わったら、声かけてください」 そして、無意味に爽やかに微笑みながら、店を出ようとするそいつの襟を掴む。 「…?なんですか?もしかして、早くも気がお変わりに…」 「花を買ってけ」 私は男の言葉を遮り、そう告げる。 此処に立ち寄った以上、花を買わずに帰るなど神が許しても私が許さない。 いや、むしろこの領域内においては私が神だ。 「えーっと……、俺は別に花を買いにきたわけじゃ…」 「買え」 男の笑顔が引きつる。 くっくっくっくっ、逃げられると思ってんのかしらねぇ? 「今月の小遣い、結構厳しいんですが…」 「買え」 「あの…」 「買え」 「………、有難くご購入させていただきます」 とうとう男は観念した…。 「ありがとうございましたー♪」 満面の笑みで、男を送り出す。 一欠けらの優しさもなく、一番高価な花を買わせてやった。 「うう…、お世話になりました……しくしく」 財布の中身を覗きながら、深く溜め息を吐く男。 暮らせなくなったかなぁ?くくくく…! とぼとぼと歩く、哀愁漂う男の背中が見えなくなり、店の中に戻ろうとしたところで私はスカートの裾を引っ張られた。 「ねえねえ、お姉ちゃん」 「ん?」 下を見ると、まだ小学一、二年生ぐらいの男の子がいた。 一体、なんなのだろう。 「どうしたの?花を買いにきたの?」 「うん!」 一応怖がらせないように、優しく聞いてみるとなんとその子の答えはイエス! 先程の馬鹿とは訳が違うわねぇ。 「そう。それで、どんな花が欲しいの?」 さっきとは全く逆の態度で、私はこの小さな客に向かって問う。 しかし、その答えは私の思考を10秒間フリーズさせるに十分なほど難解だった。 「うんとねぇ、幸せの青い花!」 「………は?」 待て、なんだその花は。 「それを持ってるとね。とっても幸せになるんだって!」 男の子は嬉しそうにそう言う。 いやいや、そんな花は無いから。 どこの絵本に書いてあったんだ。子供に悪影響。その会社に訴えるわ。 「えーと…、その花は…」 「………無いの?」 私の言い辛そうな雰囲気を読み取ったのか、男の子はさっきの元気な様子からうって変わって、途端に泣きそうな目で私を見上げる。 無い。そう言おうとするが、その瞳を見ていると喉でつっかえたようにその言葉が口から出せなくなる。 ああ!くそ、だから子供は嫌いなんだ! 「う、ううん…、今はちょっと品切れなの。そうね…、明日また来てくれるかしら?見つけておくから」 自棄になってそんなことを言ってしまう。 うああ!なんてことをーっ! 「本当っ!?分かった!じゃあ、また明日来るね!さようなら!」 それを聞いた瞬間、男の子の目は輝きだした。 そして、あっという間に手を振りながら走り去っていく…。 その後には、ただひたすら自己嫌悪する私だけ…。 ああ!くそくそっ! どうすれば良いのっ!? 幸せの青い花ぁっ!?鳥の間違いでしょうに! …でも、約束しちゃったからには仕方ないわ。 意地でも見つけてやる! 念のために言うけど、約束を守るためじゃないわ。ああいう子供は泣くと手に負えないからよ! 「エリー!」 「はーい、なんでしょうか?」 私は店の中に入るとその奥に向かいながら、花の手入れをしていた門番…もとい店番のエリーに命令した。 「ちょっと一日ぐらい此処をよろしく!じゃあねっ!」 そう告げると私は店の奥にある幻想郷とこちらの世界を繋ぐ境界の鏡を開いた。 突然の命令に意味が分からず私を呼び止めるエリーの声が聞こえたが、気にせずに私はその中へと入っていった…。