紅魔館。 湖の真中にある、噂に名高い吸血鬼やその他大勢が暮らす館は相変わらず時が止まった様に静かに聳え立っていた。 しかし、最近は数日に一度、嵐が来ては去り、一時的に騒がしくなる時があった。 ――――― 魔理沙とパチェと。 ――――― 「そう何度も何度も強引に侵入されては門番のプライドが許しません!今日は本気でいかせて頂きます!」 館の玄関先で何やら揉めているのは紅 美鈴。この紅魔館の地味な門番だ。 「地味は余計よぉー!」 箒に跨り、空を飛んでいるのは霧雨 魔理沙。普通の魔法使い。 「何だよ、今日は本返しに来たんだぜ?ちゃんと大義名分があるじゃないか」 「問答無用です!」 魔理沙に向かって散りばめられた弾丸を飛ばす。 「うわっと、ちょっと待てよ!」 箒を上手い事操作してそれらをかわす魔理沙。 「!?」 魔理沙が反撃に転じようと、美鈴の方に目をやると、そこに美鈴は居なかった。弾幕に気を取られた一瞬の内に。 「ここよ!」 素早く背後に回った美鈴は、魔理沙が振り向くより早く全力を込めた蹴りを叩き込む。 「あぐっ・・・!」 予想外の攻撃を避け切れなかった魔理沙はまともに蹴りを食らい、猛スピードで柱に叩きつけられる。 「攻撃が弾幕だけだと思ったら大間違いよ!」 美鈴が勝ち誇る。 柱が崩れた拍子に巻き上がった粉塵が消え、魔理沙の姿は埋もれてしまっていた。 「もう地味なんて言わせ・・・」 じーっと魔理沙が埋もれてしまった場所を見つめる美鈴。 「・・・あ、相手は魔理沙だものね、少しくらい強く撃退しないとあのしつこさは・・・」 それでも魔理沙が動く気配は無い。 ガラッ・・・。 先ほどの衝撃で崩れそこなった欠片が魔理沙の上に落ちる。 「魔理沙・・・?」 美鈴が普段とは様子が違う魔理沙に本気で心配しかけた時、瓦礫の中から勢い良く魔理沙が飛び出してきた。仰向けのまま。 「ブラボー!おお・・・ブラボー!!」 「ま・・・魔理沙!?」 美鈴が自分でやっておきながら心配した事は無用だった様で、本人はピンピンしていた。 「あ、貴女、箒無しで空飛べたっけ・・・?」 「飛べないぜ?私の背中をよく見てみろ」 器用にも魔理沙は箒の上に仰向けに乗っていた。どうやら箒に魔力を注いで衝突の衝撃を防いだ様だった。 「何で蹴りがヒットした感触があったのにピンピンしているか説明してやろうか」 「え、ええ・・・」 「これだよ、これ」 スタッと地面に足を付き、瓦礫の中から「これ」を引っ張り出す。 「あうう〜・・・」 瓦礫の中から引っ張り出されたのは、完全に目を回しているルーミアだった。 「蹴りが入る瞬間にルーミアと盾にしたから無傷だったわけだ」 「あ、悪魔ね・・・」 -今から10分程前- 魔理沙が紅魔館に向かおうと湖の上を飛んでいると、偶然ルーミアと出会った。 「おう、ルーミアじゃないか、今寝起きか?」 「うん、魔理沙は?」 「私はこれから紅魔館に行く所だ」 「そーなのかー」 ふと、魔理沙が何かを思いつき、ルーミアに提案する。 「お前も一緒に来い、いざって言う時役に立つかもしれん」 「ええー、私は用事無いもの」 「あぁ、そういえば今日の紅魔館の晩飯は肉がいーっぱい入った鍋だそうだなぁ」 「肉・・・?」 「そーだ、いやー、こう寒い日は鍋に限るよなぁ、こう熱々の鍋から肉をすくって、卵を絡ませてだな・・・」 「ぁぅ・・・」 自分が食べている所を想像しているのか、口元からよだれが滝のように出ていた。 「肉も霊夢んとこと違って高級な肉使うんだろうなぁー、霊夢の庶民的な鍋もいいけど、何たって素材が高級品ってなるとまた格別だろうなー」 「うぅ・・・、あ、あたしも行くー!」 「よーしよし」 「ってなわけだ」 「・・・で、何でルーミアを連れて来たの?」 「脅しに使えるかと思って」 「脅し?」 そういうと魔理沙は気絶しているルーミアの頭に手をかける。 「ちょっと、何やってるのよ」 「ん?リボンを解こうとしているんだよ、ちっ、やっぱ封印が掛かってんのか」 「リボン解くとどうなるの?」 「私にもわからんけど、封印されてるくらいだからなぁ、凄い事が起こるんじゃないか?」 「んぅ〜・・・痛いよぉ・・・」 「ちなみに私は全速力で逃げるからな、被害にあうのは紅魔館だけだ、よくてお前だけだな」 「え、ちょ、ちょっとよしなさいよ!」 流石に不安になったのか、美鈴は魔理沙を静止する。 「そら、解けた!」 「え、嘘!?」 美鈴が反射的に身構えて距離をとる。 「あぁ、嘘だぜ・・・」 「え?」 魔理沙は不敵に笑うと、美鈴に身体を向けて構える。 「電影クロスゲージ明度20!・・・違う、間違えた」 魔理沙の両手に白く光る巨大な閃光が集束される。 「マスタァァァ!スパーーァァク!!」 放たれた閃光で目も開けてられない程眩い光で紅魔館付近が包まれる。 「にゃーーーー!」 直撃を受けた美鈴は黒こげになって落下する。 「さっきのもイイ線行ってたけどな、不意打ちってのはこうやるんだぜ、覚えとけ」 再び箒に跨ると、いともすんなり紅魔館の中に入っていった。 「うぅ・・・、又してもすいません、お嬢様・・・」 「しょーにゃにょかー・・・・・・」 カチ・・・コチ・・・ 普段時間なんて気にしない私が珍しく時計を見ている。日付を気にしている。 理由はよく分からない、何故だか落ち着かない。 時刻は18時をまわった所。この図書館に相応しい巨大な柱時計がついさっき大きな音を立てて時間を知らせてくれていた。 「ふぅ・・・」 読んでいた魔道書を途中で終え、咲夜が先ほど淹れてくれた珈琲を一口飲む。 ついさっきまで湯気を昇らせていた珈琲はすっかり冷めていた。 咲夜に代えを持ってきてもらおうか。そう考えていると、古びた扉、つまり図書館の唯一の出入り口が大きな音を立てて開かれた。 ギィィ・・・ 大分古い物なのでどんなに静かに開けようとしても大きな音を立ててしまう。侵入者を知らせてくれると言う点ではある意味便利なのかもしれない。 「おーい、パチュリー!借りてた本返しにきたぜー!」 図書館と言えば、静かで落ち着く所。彼女はそんな常識は気にしていないようだった。 「貴女が勝手に持って行ったんじゃない・・・」 「おぉ、言われて見ればそうだな。でもちゃんと返しにきたぜ?」 魔理沙は箒に跨り、部屋の奥の方に行ってしまう。律儀にも本を自分で元に戻しに行ったんだろう。 「別にわざわざ自分で戻さなくても・・・」 そばに居た小悪魔を一瞥する。 と、ふと気付くとさっきまでそわそわ落ち着かなかった私の心が今はすっかり元に戻っているように感じた。 「・・・・・・?」 数分ほどして魔理沙が戻ってくる。案の定別の本を小脇に抱えて。 「また適当に借りてくぜ」 「・・・珍しい事もあるものね、魔理沙が私に断って持っていくなんて」 「あはは、そうだな、パチュリーがもうちょっと愛想よくしてくれれば毎日通い詰めても良いんだけどなー」 苦笑して私の顔をじっとみる。 「愛想・・・」 「そ、お前は暗すぎる!」 ズバッと言いたいことをはっきりと言う。少しムッとした。 「そういう性格なのよ、放っておいて」 「それとな・・・」 「?」 「ちょっと後ろ向いてみ?」 「こう?」 言われるがまま後ろを向く。 「ていっ」 むに 「ひゃっ!?」 突然魔理沙の手が私の腰周りを弄る。 むにむにむにむに・・・。 「や・・・ちょ・・・くすぐったい・・・」 「んー、思った通りだ。たまには外に出て運動してもバチは当たらないと思うぜ?」 むにむにむにむに・・・。 「ん・・・ぅ、そんな事言ったって・・・」 「本当に不健康そうな身体してんなぁ・・・、だからこっちの方も成長しないんだぜ」 魔理沙の手が服ごしに徐々に上に伝ってくる。 むにむに・・・。 「あぅ・・・、そっちはだ、駄目・・・」 と、コンコン。と控えめにドアがノックされる。その後少し間があって扉が開く。 「パチュリー様、ご夕食の用意が・・・」 顔を覗かせたのはメイド長の咲夜だった。表情が変わり、私と魔理沙の顔を交互に見つめる。 「もしかして、お邪魔でした?」 やっぱり激しく勘違いをしている。自分で自分の顔が赤くなるのがわかる。 「そんな事ないぜ、ただパチュリーの体脂肪をはかってただけだ」 「そ、そう」 コホン、と一つ咳払いをすると咲夜が話を続ける。 「それで、あの・・・、ご夕食、出来ましたけど」 少し荒くなった息を整える。 「きょ、今日は何?」 「鍋ですけど」 (嘘から出たまこと、か・・・) 「?何か言った?魔理沙」 「いや、何も言ってないぜ」 「そう」 横を向くと魔理沙と目が合う。 「あー、私は遠慮しとくぜ。霊夢と約束があるんだ」 「そう・・・」 まだ貴女には何も言ってないけどね、咲夜がそんな目で魔理沙を見る。 立てかけてあった箒を手に取ると、踵を返して扉に向かう。 「魔理沙!」 反射的に呼び止めてしまう。 「ん?」 「あの・・・、次はいつ・・・」 「咲夜ぁー!?」 外からレミィの声が聞こえた。 「はーい、只今!」 丁度私が言いかけた言葉と重なり、魔理沙に私の言葉は届かなかったようだ。 「わりぃ、今何ていった?」 「何でもないわ・・・、その本ちゃんと返しにきてね?」 「ん?あぁ、わかってるって」 咲夜の脇を通り、外に魔理沙は出て行った。 「そんじゃなー」 「・・・・・・」 咲夜はまだ私の言葉を待っている。 「それで、パチュリー様は・・・」 「今日はいらないわ・・・」 「・・・わかりました」 何か言いたげだったが素直に咲夜は図書館を出て行った。 ギィ・・・、バタン。 咲夜が扉を閉めると、図書館の中は私一人だけになってしまった。 「なってしまった・・・?」 何故私はそんな事を考えたのだろう。 今までだってずっと一人だったじゃないか。 紅魔館の中にある図書館にいつも一人で居たじゃないか。 「フフフ・・・、どうかしてるわね。私・・・」 理由はわからなかった。 ――ただ、胸が苦しかった。 昨日の今日だ、今日は邪魔者が入らないでゆっくり読書が出来るだろう。 そう思って、いつも通り読書に耽る。 ・・・。 ・・・・・・。 ・・・・・・・・・。 しきりに時計を気にする。 何故か落ち着かない。 「・・・はぁ」 「お夕食の支度が出来ましたけど・・・」 「っっ!?」 音も立てずに咲夜が目の前に立っていた。 「さ、咲夜・・・、いつの間に・・・」 「今し方」 「せめてノックをして入って頂戴・・・」 「人聞きの悪い事言わないで下さいよ」 「え?」 「何回もしましたよ、パチュリー様が返事を下さらないので、珍しく外出でもなさったのかと思いましたけど」 「そ、そう・・・、御免なさい、読書に夢中で気付かなかったわ」 「それにしてはやけにそわそわしてましたけど?」 「よ、余計な詮索はしないで頂戴」 「・・・申し訳ありません」 朝から読んでいたと思っていた魔道書は、数ページも進んでいなかった。 「そういえば」 「?・・・何」 「今日は魔理沙、居ないんですね」 「魔理沙・・・?」 魔理沙。 その名前を聞いた途端、また胸が少し苦しくなった。 「・・・そうね、でもあの娘が居ると騒がしいから、読書に集中出来なくなるのよ」 「そうですね、何となくわかる気がします」 図書館の中を見回していた咲夜がこちらに振り向く。 「それで、今日はどうします?」 「・・・今日もいいわ」 「わかりました」 そう言い残すと、咲夜は図書館から出て行く。 「中国に伝えて欲しい事があるの」 「何でしょうか?」 扉を半開きにしたまま咲夜が振り向く。 「魔理沙が来たら通して頂戴、あの娘、私の魔道書持っていったままだから」 「わかりました、伝えておきます」 「貴女もね。尤も、言わなくても魔理沙は勝手に入ってくるでしょうけど」 「・・・わかりました」 今度こそ咲夜は出て行く。 「魔、理沙・・・?」 先ほどの咲夜の言葉を咀嚼するように声に出す。 わからない。 今の自分がわからない。 「私は・・・」 いや、わかろうとしていないだけなのか。 私は・・・。 「ひょっとして・・・」 ソファに倒れるように寝転がる。 普段から掃除をあまりしないものだから、かなりの量の埃が宙に舞うが、そんな物はもう気にはならなかった。 「魔理沙の事・・・」 色々な事を考えている内に、私の精神は深い眠りにと落ちていった・・・。 「・・・魔理沙、その手に持っているのは何?」 「何だ、お前、こんなのが見えないくらいになっちゃったのか?」 「違うわよ・・・」 私が聞いたのは「物」じゃ無くて、持ってきた意味がわからなかった為だ。 「まぁ、見ての通り」 シュル・・・、と包装紙を解く。中から出てきた物は形から想像は出来たが。 「酒だ」 ドン、と机の上に大きな一升瓶を置く。律儀にコップも持ってきたようだった。 「いや〜、普段世話になってるからな〜、たまにはこういうのも良いかって思ってな」 本当にちゃんとした理由なんて無いのだろう。 たまたま飲みたくなったから持ってきた。彼女はそういう人である。 「図書館は飲食は禁止・・・」 「まぁまぁ、固いこと言うなって」 トクトク・・・・・・。 「ホラ」 酒を並々と注いだコップの一つを私に手渡す。 「私も・・・?」 「当然だろ、毒を食わば皿までって奴だ」 「ことわざの意味が違うわ・・・」 「そうだっけ?」 知っててただ適当に言っているだけなんだろう。変に追求する理由も無い。 「折角だから頂くわ・・・」 渡されたコップを手に取る。 「それじゃ、乾杯だ」 「・・・何に?」 「細かい事は気にしない気にしない」 チン、と二つのコップが音を立てる。 一時間は飲んでいるだろうか。 魔理沙が持ってきた一升瓶は既に空になり、咲夜に言って持ってきてもらった紅魔館の酒に手を出していた。 尤も、ほとんどの量を飲んでいるのは魔理沙だが。 「ちょっと、飲みすぎたかしら・・・?」 「そうかぁ?私はそうでも無いぜ?」 魔理沙も若干顔が赤くなっているが、それ以外の変化は特に見られない。 時々行う宴会騒ぎの幹事をよくやっている所為もあるのか、酒には強い方なんだろう。 一方の私はと言うと、特別酒に強い方というわけでは無いので、少々度が過ぎたようだ。 私の右側のソファでは、足をこちらに向けてだらしなく寝そべりながらちょびちょびと日本酒を飲む魔理沙が居る。 時折右手で机の上のつまみを取っては口に抛る。 特に雑談しながら飲んだりしていたわけでは無いが、不思議と嫌な空気では無かった。 何気なくソファから立ち上がろうとする。 「・・・・・・ん」 だが、酔いは予想以上に回っていたらしく、足がもつれて隣の魔理沙の上に倒れこむような形で崩れてしまう。 「ご、ご免・・・」 「おいおい、大丈夫か?」 魔理沙の顔が吐息が掛かるくらい近くにある。 心臓の鼓動が半端なく早くなる。 酒の所為もあるだろうが、私の頭の中は真っ白になってしまった。 「パチュリー・・・?」 魔理沙の顔をじっと見つめる。 綺麗な瞳、柔らかく、吸い込まれそうな唇・・・。 「お前、悪酔いしてんのか?」 魔理沙の右手からポロリとつまみが落ちる。 私の顔を魔理沙に近づける。 その、唇に――。 その、唇に、キスを・・・する。 「パチュリ・・・んっ・・・」 「―――ん」 何分も二人は唇を合わせていなかっただろう。 二人にとって、唇を重ねていた時間は長かったのか、短かったのか・・・。 ボーン、ボーン・・・、と大きな古い掛け時計は図書館中に12時を過ぎた事を知らせる。 その音で我に返った魔理沙は、パチュリーを少し強い力で引き剥がす。 「あ・・・」 引き剥がされたパチュリーは何処と無く焦点が合っていない眼で魔理沙を見つめる。 「わ、わりぃ、研究途中ですっぽかして来ちゃったからさ、そろそろ御暇させてもらう・・・」 そういうと足早に図書館から魔理沙は出て行ってしまった。 まだボーッとした表情でパチュリーは魔理沙が去った扉をただ見つめるだけだった・・・。 それから一週間、紅魔館は何事も無かったかのようにいつも通りに静まり返っていた。 相変わらず美鈴はボーッと門番しているし、咲夜は手早く時を止めたり効率よくメイドの責務をこなしている。 紅魔館の主、レミリア・スカーレットも、妹様フランドール・スカーレットも別段変わった様子は無い。 「ごく・・・、ゅうごく・・・」 侵入者が居なければ門番は特にする事も無い。腕が良かろうが悪かろうが、事が起きなければ門番の仕事は無いのだ。 うつらうつらと柱に腰掛け、船をこいでいる美鈴。ゆさゆさと身体を揺さぶられても中々目覚めない。 「中国ってば・・・!」 少し強めに身体を揺さぶると、反動で美鈴が落下する。 「あ」 少しの間の後、「ゴン」という大きな音に続き、美鈴が戻ってくる。 「いた〜い、もう誰ー?怪我したらどうするのよー」 当然ながら帽子は落ちていない。帽子の上から頭をさすりながら落とした張本人に文句をつける。 「って、パチュリー様。どうしたんですか?珍しく外なんかに出てきて」 「今日は、誰か来た?」 「え?いえ、今日は誰も来てませんけど」 「そう・・・、ならいいわ」 それだけ確認すると再び屋敷の中に戻っていってしまった。 一人残された美鈴は首をかしげ、パチュリーが戻っていった方を見つめていた。 「・・・・・・?」 また一週間が経った。 あの日から魔理沙は一度も紅魔館に顔を出していない。 ボーッと廊下を歩いていると、この時間に出会うのは珍しい人に出会う。 「あら、パチュリー、何か元気無いわね」 「レミィ・・・」 ふと窓の外に目をやり、雨が結構降っているのに気付いた。 「雨、降っていたのね・・・」 「そうねぇ、洗濯物が乾かないわ」 台詞とは裏腹に、別段困った様子は伺えない。やろうとすれば洗濯物なんてすぐに乾かす手段が見つかるだろう。 「だからこんな朝早くからレミィが居るのね」 「別に私にとって日の光は天敵じゃないわよ」 「え?」 「大嫌いなだけ。もう忘れちゃったの?」 「そうだったかしら・・・」 昨日から振り出した雨は一向に止む気配を見せない。 長い間生きていて、こんな気持ちははじめてだ。 ――会いたい。 私は・・・、魔理沙に、会いたい。 居ても経ってもいられなくなって館を飛び出す。 冷たい雨が私の髪を、頬と全身を伝い、流れていく。 苦しい、胸がとても苦しい。 ・・・そうだった、私はあまり身体が丈夫な方では無いのだ。 思わず地に膝を付く。 「・・・けほ、けほっ」 たまらず咳き込む。頭がぼーっとして息が荒くなる。 「・・・っく、ひっく・・・ぅぁ・・・」 涙が頬を伝い、流れる。私の嗚咽も雨音にかき消され、涙も地面に流れる。 「あんな事突然しちゃったから嫌われちゃったのかな・・・」 視界がぐにゃりと曲がる。 「魔理沙・・・ぁ」 いけない、こんな所で倒れても・・・魔理沙には・・・。 フラリ、と膝の力が抜けて地面に倒れる。 パシャ・・・ 意識を失って倒れる前に。誰かが私の名前を叫んだ気がした。 ヒヤリと冷たい手が額に触れる。 「・・・少し、熱は下がったようね」 「・・・さく、や・・・?」 目を開けると、顔を覗き込んでいた咲夜と目が合う。 「すみません、起こしちゃいましたか?」 傍らに置いてある洗面器でタオルを濯ぐ。 「・・・ここは?」 まだボーッとしている頭で見慣れない天井を見上げる。 「門番の詰め所です。急を要しましたのでここに担ぎ込ませて頂きました」 「そう・・・」 熱の所為だろうか、身体が少し重い。 寝返りをしようと少し力を入れる。 「・・・寝返りはしない方が宜しいかと」 と、咲夜に静止される。 「?」 疑問に思い、足元を見る。 「・・・起こしてしまいます」 私の身体に寄りかかって誰かが眠っている。 誰か、と言うのは間違いだ、私はその長いウェーブの掛かった金髪に見覚えが無いわけでは無いのだから。 「魔理沙・・・!?」 スゥ・・・、スゥ・・・と静かな寝息が聞こえてくる。 「パチュリー様を見つけてくれたのが彼女です、先程まで看病をしていてくれたのも・・・」 咲夜が濯いだタオルを額に置く。 「さ、もう少し寝ててください」 そう言うと昨夜は席を立つ。 「お薬取ってきますね、起きたら飲んでください」 少し眠気が来る。 「咲夜・・・」 ドアを開けた咲夜を呼び止める。 「ありがと・・・」 「・・・例なら魔理沙に言ってください」 パタン、と扉が閉まる。 アレで実は照れているのかも知れない。普段は見れない意外な一面が見れた気がして少しだけ嬉しくなる。 眠気は徐々に強くなる。 もう少し魔理沙の寝顔を見ていたいけど、私の意識はまた夢の中へと誘われていった。 ・・・今は何時だろうか、うっすらと目を開けてみる。 あれからどれくらい眠っていたのだろう。 目の前に魔理沙の顔がある。 何やら柔らかい物が唇に触れている・・・。 ・・・魔理沙の、顔・・・。 柔らかい唇? 「んむ・・・!?」 一瞬何をされているのかわからなかった、私の抗議の声は魔理沙の唇によって封じられてしまって外には出なかった。 「おぉ?起きたか、パチュリー」 ご馳走様、とでも言いたげな満面の笑みで魔理沙が答える。 「い、今・・・?」 「こないだの仕返しだ」 にひひ、と魔理沙は悪戯をした子供の様に笑う。 「こないだの事・・・、怒ってないの・・・?」 「あれくらいの事で怒るような私じゃないぜ?怒らせるならこれくらいの事しないとな・・・」 そういうと魔理沙は服のボタンを外しに掛かる。 「ま、魔理沙・・・、ちょっと・・・」 「病人は大人しくしてろって」 意味がよくわからない反論をしつつ、手は止めない魔理沙。 「それじゃ、いただきまーす」 その後数分して戻ってきた咲夜が真っ赤な顔で薬だけ置いて慌てて部屋を出て行ったりするのは又別の話・・・。