「好きです」と俺が言ったので、神綺様は当然のように「あらそう私もよ」と言ってくれた。  そこには一瞬の躊躇いもなくて、ああなるほど魔界を創るには素早い反応と決断力が必要なんだなあと思った。その決断力を俺のために使ってくれたのは嬉しかったけれど、あまりにあっさり過ぎて残念だった。 「本当に好きなんです。魔界でも人間界でも一番に」  だからよりドラマチックに言いつのってみた。けれど神綺様は不思議そうな表情で「分かってるわ。だって私は魔界の神でここは魔界だもの」と答えた。それから「私もあなたが一番好きよ」と付け加えてくれた。  魔界神としての力を俺の想いを確かめるために使ってくれたらしい。それはやっぱり嬉しかったし、神綺様の俺が好きという言葉を疑うわけじゃないけれど、なんだか感慨に欠けた。好きな神が傍にいて、想いを伝えて、相手からも同じ想いを返してもらう。最高に盛り上がっていいはずなのに、どうにも盛り上がれない。嬉しいのに何だか悲しくて俺は目が熱くなった。  そんな俺の様子をじっと見ていた神綺様は、「私があなたを愛しているというのが感じられないのね。それじゃあ信じさせてあげましょう」と、神の力で俺たちの愛を物質化してその場に積み上げてくれた。『愛』は東京ドーム何杯分とか考えるのも嫌になるほどの量だった。俺の『愛』は赤紫色で神綺様の『愛』は深緑色。赤紫:深緑=1:9くらいで、鈍い俺はやっと神綺様の俺への愛を実感した。湧き上がる嬉しさにしばらく眺めていたら山積みの『愛』が崩れてきて、神綺様は当然逃げたけれど俺は神綺様を庇おうとして置いていかれ、主に神綺様の『愛』に押し潰されて死んだ。 「ふん、まったくぼんやりしているから」  『愛』を消して、肉色堂の肉箔になりそうなぐらい薄っぺらになった俺を生き返らせてくれてから、神綺様はそう言って俺を軽く睨んだ。まったくその通りだったし、生き返らせてくれた恩があるので俺は「すいません」と謝った。まだ睨まれていたので、慌てて「生き返らせてくれてありがとうございます」と付け加えたら、神綺様の目から険が取れて俺はさらに嬉しくなった。魔界が歌いだした様にすら感じた。それは、生き返った時に血が少なかったからかもしれないけど、どうでもいい。あんまり嬉しくなってしまったから、神綺様に大胆な提案をすることにした。 「神綺様、恋人っぽいことをしましょう」  すると神綺様は興味ありげな表情で「恋人っぽいことってなんなのかしら?」と聞いてくる。  俺はチャンスと見て取り、自信満々に「散髪です」と答えた。 「サンパツ?」不思議な表情の神綺様は可愛い。 「散らすに髪で散髪です。お互いの髪を切りあうのです」 「何で?」怪訝そうな表情の神綺様は色っぽい。 「恋人同士だからです」  その理由で神綺様は納得したらしく、散髪に何が必要か聞いてくる。椅子と櫛と鋏とをお願いすると、すぐに2セット、向かい合わせに現れた。 「それじゃあ散髪を始めましょう」と言いながら椅子に座り、両手に櫛と鋏を構える神綺様。黙って見ていると、鋏をジャキジャキ言わせながら向かいの椅子に座れと促してくる。神綺様の言葉だし鋏も怖かったので、言われたとおり向かいの席に座る。お互いの座り姿を見つめ合う俺たち。これはこれで恋人っぽいな、と思っていたら、二つの椅子が突然動き出しギリギリまで接近した。俺の目の前に神綺様。神綺様の目の前に俺。見蕩れる俺。鋏を鳴らす神綺様。 「スタート」  神綺様はいきなり宣言すると、物凄い勢いで俺の髪に櫛と鋏を入れてきた。ズジャジャジャジャ。鋏の音は機関銃に聞こえるし、ドサドサと俺の髪が落ちていくのは鋏のためか風圧のためか分からない。途中から予想していたが、神綺様は散髪を同時に互いの髪の毛を切りあう勝負だと思ったのだろう。お互いに弾を撃ち合ったりする日常を生きる神綺様のこと、こんな間違いも仕方がなく微笑ましい。俺は神綺様を止めることなく身を任せた。神綺様は楽しそうだったのだ。どこに止める理由があるだろうか?  俺の髪がすっかりなくなって、神綺様は手を止めた。ふう、と一息ついてから聞いてくる。 「私と散髪をしたいんじゃなかったの? 私たちは恋人じゃないっていうことかしら?」  なんてことだ! そんなわけはない。止める理由はばっちりあったじゃないか。こんな風に思われるのなら、もっと早く止めておけばよかった。 「違います。断じて違うんです」俺は急いで説明をする。神綺様に嫌われるなんてあってはならない。そんなことになったら、俺は母親の股の間に潜り込むだろう。 「……なので、同時じゃなく交代交代に切るんです、散髪は」  説明を終えると、神綺様は「そうなの。じゃあ、次はあなたの番ね」と鷹揚に頷いた。魔界神の威厳とおっとりした可愛さを感じる仕草だ。  スキンヘッドの俺は座っている神綺様の後ろに回った。神綺様の体は小さくて、背後を取ると何だか背徳感が沸いてくる。水色の髪の毛に櫛を通すと、水の中のように僅かな抵抗だけで通り抜けた。我慢できず手で触れると、柔らかく温かに包み込んでくる。ぬるり、と髪が動いたように思われ、おれはゾクリという感覚を覚えた。紛れもない快感。手で触れるだけで快感を与える髪なんて信じられない。そっと手に持つと、指の間からスルスルと零れてゆく。とても勿体無く思えて、堰きとめようと軽く握った。 「ん」神綺様が小さく呟いた。 「すいません、痛かったですか?」 「いいえ? どっちかというと……気持ちいい、かしら」  気持ちいい! 俺が神綺様を気持ちよくしている! 俺は必死に平静を装い「そうですか、良かったです」と言った。しかし、後になって思えばそれがいけなかったのだろう。ともあれ俺は散髪を続けた。 「じゃあ、鋏を入れますよ」 「どうぞ」  気を落ち着けようと深呼吸をしたが、神綺様の香りがして逆効果だった。諦めて、長い青髪の端に刃をいれ、一呼吸ためてジョギンと切った。バサリ。髪が人束落ちる。俺が神綺様の髪を切ったのだ。俺は今、魔界神の体の一部を切断しているのだ。俺の愛しさと興奮は最高潮に達した。それがいけなかったのだ。 「あっ」  興奮のあまり、第二刃は大きくそれた。声を整えるのに全精力をつかっていた俺は、暴走する手を止めることが出来なかった。  ジョキン。  ボトリ。 「あ、あ、ああ、ああああああああああ……」  神のアホ毛に鋏が。