獣道を書き分けて進む。 草や枝を鉈で切り落とす。 人里を離れて二日。ひたすら山を越えてきた。 目的地はもうすぐのはずだった。 目指す場所は博麗神社。人界と幻想郷、両方に存在する場所。 あの日、俺は幻想郷から戻ってきた。 そのまま居ついてもよかったのだが、家族や色々な事が気になり戻ってきたのだ。 家族にはどこへ行っていたのかと問い詰められた。が、記憶喪失で押し通し、最後には神隠しということで落ち着いた。 ほとぼりが冷めると、俺はすぐに幻想郷に行く方法を探し始めた。 古文書や口伝でしか伝わっていない伝承。行方不明者の足取りまで追った。 「幻想郷に戻ってこれるわ。あなたの頑張り次第で、ね」 幻想郷からの帰り際、スキマ妖怪の言ったその言葉だけが頼りだった。 そして、やっと博麗神社と思わしき伝承を探り当てたのだ。 そして、今草を掻き分け博麗神社へと向かっている。 「はぁ…はぁ…さすがに…きつい…なぁ。」 二日も山を越えてきたのだ。疲れないはずはない。 しかし、幻想郷への想いが体を動かした。 急に視界がひらけた。 だだっぴろい草原。しかし、その場所には見覚えがあった。 「これは…、確か慧音さんが住んでた村…。」 家や田んぼ、道がなくてもわかる。 紅い屋敷のメイドに連れられ、何度も買出しに行かされた。 そのまま置いて行かれ、歩いて屋敷まで戻ったのも良い思い出だ。 「となると、博麗神社はあっちの方向か。」 ここにきて、急に現実味を帯びてくる。 行動に移したとはいえ、正直半信半疑ではあったのだ。 だが、覚えのある景色に出会ったことで信憑性が増してきたのだ。 「ここからなら、夜までには着けるか。」 疲労困憊の体に鞭打ち、歩き出す。 この気持ちが折れないうちにたどり着かねば。 そして、それは本当にそこにあった。 石段とかすかに判別できる階段を上り、へし折れた鳥居をくぐったその先に。 「……。」 喜びのあたり、言葉はでなかった。 草は伸び放題、本堂の屋根からは木が生え、びっしりと苔に覆われた石畳。 それでも、そこが博麗神社だとわかった。 あれから三日 本堂の中、今にも抜けそうな床に座り込んでいる。 持ってきた食料はとうに底を尽いていた。 「参ったなぁ……。」 そう都合よく行かないとは思っていたが……。 「やっぱあんなうさんくさいスキマ妖怪を最後の希望にしたのが間違いだったかなぁ……。」 博麗神社からどうやって幻想郷へ行くのか。 結界の要石とかないのか、どこかに結界の綻びはないかと探し回ったのだが見つからない。 ここに来るまでに三日。食料はもうない。 今から戻っても遭難するのは確実だろう。 山登りが答えたのだろう。リウマチの発作が起こってきた。 「ここで死んだら、白玉楼へ行けるかな……。あー、でもそうすると紅魔館へはいけないよなぁ。」 そんなことを考えつつ、意識は薄れていった。 「玲夢ー。本堂の掃除はどうしたのよ!」 「おばあちゃんの馬鹿ー!そんな面倒くさいことやってらんないわよ!」 そういってレミリアの後ろに隠れるのは十四代目博麗の巫女。 「レミリアおねえちゃん!やっつけちゃって!」 生まれた時から一緒なせいか、どうも年上に対して敬意というものが足りない。 容姿が変わらないからかしらね、とレミリアは思う。 「おばあちゃんの言うことは聞かなきゃだめよ?老い先短いんだから。」 「そこ、一言多いわよ。」 老いてもいまだ壮健なりし、博麗 霊夢。 「仕方ないわね。本堂は私が掃除してきてあげるわ。」 「あら、いいの?っていうか、あなたも丸くなったわね。」 「肝心の容姿は変わらないからいいのよ。それよりも、娘の躾はちゃんとしときなさい。」 「うわーん!レミリアお姉ちゃんに売られたー!」 喧騒を聞き流し、日傘をまわしながら予感を胸に本堂へ向かう。 能力で未来がわかっていても、楽しみなものは楽しみなのだ。 「ほら、起きなさいな。人間はちゃんと朝には起きるんでしょ?」 なんだ、幻聴かこれは。 「この私が直々に起こしてるんだから、起きなさい。」 ゆっくりと目を開けると、あの頃からまったく変わらない愛しい人の顔。 「レミリア様……?」 「随分しわくちゃになって……。苦労したみたいね。」 優しく微笑みながら頬をさすってくれる。 「ええ……、ほんとに苦労しました……。」 そのまま軽く抱きしめてくれるレミリア様。 「紅魔館は随分散らかってしまったわ。これからはもっと苦労するわよ?」 「レミリア様といられるならそれもいいですね……。」 首筋に軽い痛み。自分の体が変質していく違和感。 「もう、嫌だといっても逃げられないわよ。」 そんなつもりは毛頭ない。 やっと再び会うことが出来たんだ。これからは会えなかった分の隙間を埋めていこう。 時間はたっぷりできたのだから。