彼女は言った。 『妖怪と人間が相容れる事はありえない』と。 ある人間は言った。 『やってみなけりゃ、分からない』 『純愛の恋人形』 俺と言う人間が、この広い幻想郷に来てから既に二月が経過していた。 はじめは住む場所や、文化の違いで色々と戸惑っていたものだが、 人間というものは慣れるもので、今ではすっかりと、ここの生活が板についてきてしまった。 無論、俺と言う人間がたった一人で生活できるとは思わないで欲しい。 この幻想郷で初めて会った二人の人間と妖怪が、俺に色々してくれたお陰で 俺は生活するのにもあまり困らなくなっていた。 「よっ、元気にしてるか?」 「ほら来てやったわよ」 噂をすれば影が差す。 俺の住む、適当な木で作ったプレハブの家に二人の人間と妖怪が入ってきた。 どちらも金髪だが、一人は少年のように明るく人懐っこい少女。 もう一人は七色の服を着た、気の強そうな少女だった。 どちらが妖怪か、と聞かれてパッと分かる人も多くない。 それもそうだろう。 どちらも妖怪のような性格をしているのだから。 「おい、何か失礼な事を考えなかったか?」 「や、何でも無いよ」 人間である霧雨魔理沙は、こういうときの勘は鋭い。 そう言う状況の鋭さをもっと別の所に活かすべきだと思う。 そんな俺達の様子を、もう一人の少女――アリス=マーガトロイドは じっと見ていた。 初めて彼女達に会ったのは、弾幕ごっこの最中だった。 右も左も分からない俺は適当に森の中を進むと、 ちょうど、彼女達の放った弾の直線上に居て、物の見事に直撃を食らったのである。 とりあえず、適度に理由や状況を話して、プレハブ程度の俺の家を作り上げた。 ちなみに建築には主にアリスに手伝ってもらった。厳密にはアリスの人形に、だが。 「て言うか、何の用だ?」 「何の用とはご挨拶だな。せっかく私が掃除をしに来てやったのに」 多分、魔理沙の場合は掃除じゃなくて、めぼしい物を漁りに来た。 という方が正しい気がする。 「アリスも?」 「わ、私は…別に、魔理沙の付き添いよ」 「そんな事言って、私がこいつに会いに行くって言ったら、すごい剣幕で『私も行く!』 とか言ったくせに」 「ホントか?」 「そ、そんな訳無いでしょ!」 にやにやして笑う魔理沙に対してアリス顔を真っ赤にして言った。 本当に怒っているのか、図星をつかれているからかどちらかは俺にも分からなかった。 「いや、まぁいいけどさ。とりあえず上がってくれ」 「邪魔するぜー」 「お邪魔するわ」 二人を家に上げて、茶の準備をする。彼女達はお茶にうるさい。 最低限に美味しい物を淹れなければ、口をつけることすらしないだろう。 お茶の淹れ方を教わったのもアリスからだ。 一番初めに、適当に淹れた紅茶を差し出すと 『この紅茶、あまり美味しくないわ』 と、素晴らしく辛辣な感想を貰い、美味しいお茶の淹れ方の基礎の基礎から 叩き込まれた。 スパルタ過ぎて、かなり辛かったのも事実だが。 「はい、どうぞ。お嬢様方」 温度も教わったとおり…のはずだ。 香りも俺の出来る最大限まで、お茶の香りを残すようにした。 「お、いただくぜ」 「…少しはマシになったみたいね」 まず、口をつけた師の感想は、相変わらず辛辣だった。 それでも誉めてくれているという事は分かる。 「ところで、お前ってさ。明後日に用事あるか?」 魔理沙は急に俺の予定を訊ねてきた。 もともと用事なんて無いに等しい。 むしろ、この幻想郷に着いてからは、暇だったり忙しかったりと どっちになるか、いまいちよく分からない。 最近では暇な事が多いくらいだけど。 「…別に何も無いなぁ」 「よし。それならさ、私とちょっと図書館まで行かないか?」 図書館。 紅魔館という屋敷にあるらしい、図書館。 「紅魔館まで、俺にどうやって行けって言うんだ?」 「ま、何とかなるだろ」 こういうアバウトな所は魔理沙らしいというか何と言うか…。 「ま、最終手段としては、キノコ狩りに変えればいいか」 アレは食糧難になった時に、すごくいい。 まず、ご飯に困る事が無いし。キノコご飯、焼きキノコ、お吸い物。 キノコのフルコースが完成する。 …一度キノコ狩りをした時は、某配管工兄弟も、ビックリのキノコの量だった。 「それじゃ、な。アリス、行こうぜ」 「はいはい、ご馳走様。これからは、もうちょっと温度に気をつけることね。 お茶の基本は自分で探求する事。忘れないように」 「あいよ」 手をひらひらさせて、彼女に挨拶を返した。 的確すぎるアドバイスだ。これからも精進しよう。 「なぁ、アリス」 箒で前方を飛ぶ魔理沙に、急に振り向かれ、私は 空中で静止した。 彼女の様子はどことなく、いつもと違っている。 上手く言えないけど、何かを隠しているとか、そう言う感じを受ける。 「何よ?」 「お前ってさ。『あいつ』の事、どう思ってる?」 あいつ――彼女が言う『あいつ』といえば二月ほど前にここに辿り着いた 外来からの人間の事だろう。 最近では着々と活気付いている。 まるで急にお祭りの準備を始めるかのように、だ。 いや、それよりも 「どう思ってるって…?」 「決まってる。あいつのことが好きなのか、嫌いなのか、だ」 いきなり心の中に爆弾を放り込まれた気分だった。 彼の事を考えて、心が早鐘を打ち、頭がボーっとしてくる。 心なしか顔も熱い。 「…はぁ、その顔でもう分かったぜ」 同じように、彼女の顔も赤い。 これは、どうやら魔理沙もそういう事らしい。 「私は、明後日の帰る前に、『あいつ』に告白する。いいな、確かに伝えたぜ」 魔理沙は赤い顔をしながら、少年ような笑みを浮かべて 箒を急加速させた。 「ちょっと!待ちなさいよ!」 「待たないぜ!」 急加速する箒の後ろに辛うじて付いてくことが出来るが、 魔理沙の箒のスピードは本当に早い。 「―――ぁっ!」 後ろから、何とか大声を上げる事で、魔理沙は止まる。 「…ったく、何だ。言えるじゃないか。自分の気持ちを」 「…あ」 自分が何と言ったから反芻する事、数秒。私は自分が言った事に赤面した。 「明後日、勝負だぜ」 そう言って彼女は笑いながら、デコピンをした。 ホンのちょっとだけ痛かった。 あれから二日経った。 別段、彼女と会うことには意識なんてものはない。 これが、もうちょっと色気があるイベントならまだしもキノコ狩りなんてイベント もう、何度も行っているイベントである。 色気よりも食い気、まさに花より団子だ。 「よっ、待ったか?」 箒に乗った魔理沙が到着した。 いつもよりも早い時間だ。 「ううん、今来たところ☆」 「……」 「……」 「……」 「…すまん、自分で言って気持ち悪かった」 と言うか、こういう時に限って、ネタにしかならない自分が怨めしかった。 それはともかく紅魔館の図書館は諦めてキノコ狩りとなった。 この幻想郷に生えているキノコは俺達の場所と同じ様なキノコもあれば、 これは別次元だろ、と言いたくなるようなキノコもある。 具体的に言えば、二次元キノコ、平べったい。 噛んでる感触もないし、あんまり美味くなかった。 どこかの蛇ほど雑食ではないし、さすがに、毒キノコを食って平気でいられるとは思えない。 「お、こいつはスーパーキノコだな」 彼女の足元には大きさが俺の腕以上もある、でかいキノコがあった。 「スーパーキノコ?」 「あぁ、この辺じゃブロックにしか生えない珍しいキノコだぜ」 ブロックにしか生えないキノコはもうキノコとは言わない。 それはむしろアイテムだ。 「…で、それはウマいのか?」 「栄養は満点だし、煮ても焼いても美味しく食える。最高のキノコだぜ?」 それは今日の夕食にちょうどいいかもしれない。 俺は迷わず引き抜いた。 …つぶらな目があるような気がしたが気のせいにした。 すっかりと暮れてきた。 既に夕暮れとなって、景色が紅く染まっていく。 日が早くに沈み、秋どころか冬すら思い浮かばせる。 息は白くなっている。これだけで十分、気温が低く、冬が近いことを嫌でも 思い知らされる。 「さて、帰ろうか魔理沙」 それまで夢中にキノコを狩っていた魔理沙の体が硬直した。 「あ、あぁ」 妙に彼女の顔が赤かった。 はじめは寒いせいか夕焼けのせいか、程度にしか考えてなかったけど、それもどうやら 違うようだ。 もっと別の…そう、どうやら何かを言いよどんでいるようだった。 「…なぁ、ちょっといいか?」 「用事?何かあるの?」 「そんなに時間はとらせないぜ。ただ、イエス、ノーで答えてくれれば良いんだ」 彼女にしては珍しく、回りくどい言い方だった。 どうやら本当に言うべきか迷っているようだ。 「私は…お前の事が好きなんだ。出来れば…返事をもらえないか?」 唐突だった。頭が真っ白になった。 俺は魔理沙を今まで友人程度にしか考えてなかった。 でも彼女は、俺の事を好きだと言った。 夢か…幻か…それともここにいる魔理沙がニセモノか? そんな下らない考えまで浮かんできてしまう。 だが目の前の現実は変わりそうもない。 目の前の魔理沙は俺を好きだと言い、俺はその告白をどうするのか? ――ふと、アリスの顔が浮かんできた。 何故かは分からない。 しかし、どうしてこんな状況になってアリスの顔が浮かぶんだろう? 「悪い…」 「そっか」 魔理沙もある程度予想しているらしく、別段がっかりしている様子もなく、 はぁ、と軽く溜め息を吐いた。 「…アリスの顔が浮かんできたんだ。目の前にお前がいるんだけどな…」 はっきりと、事実を伝える。彼女にはきっと分かっているのだろう。 俺が、多分アリスが好きだと言うことを。 「じゃあ、振られた女から最後の忠告でもさせてもらうぜ」 その妙に明るく振舞いながらおどけた表情から 一転、真剣な表情に変わり、やはり真剣な表情で言った。 「妖怪と人間が相容れる事はありえない」 そんな事はわかっている。 だが―― 「やってみなけりゃ、分からない」 いつも魔理沙が、俺に対して言っていた事だ。 失敗を恐れて、何もしないよりも、例え1パーセントでも可能性があるのならば そっちに賭けた方が、まだ勇気がある。 「…だろ?」 「あぁ、行って来い」 バシン、と活気の良い音が俺の背中から響き、 魔理沙は箒で飛び立った。 「ははっ、予想はしてたんだけどな…ちょっとは堪えたぜ」 彼女が何事か呟いたのは、聞こえる事はなかった。 真夜中になり、月光だけが照らしている。 白い息が濃く見える。 俺は走っていた。自分の家だ。 ちょっとくらい俺にも気配と言うか、"気"を感じる力は身に着いているらしく 彼女の魔力を感じ取っていた。 それが指し示す方向は…俺の家だ。 「アリス…?」 ドアを開けて、彼女の姿を探す。 明かりなんてあるわけが無い。暗がりで目が慣れるのを待つ。 薄暗い中で、ほとんど手探りで、彼女の姿を探した。 この家の中に居るのは分かる。俺の感じた気もこの中なのだから。 「…居るのか?」 暗がりの中でようやく目が慣れ始めた頃、数少なく作った家具の、机の上に 一つの人形があるのに気付いた。 どうやら、これは俺を模しているらしく、俺の特徴が良く表れていた。 『部屋で待ってる』 俺の人形が、手紙を持っていた。 辛うじてそれだけ読み取ると、部屋の前に着いた。 不思議と心臓が高鳴っていた。 彼女の人形に手伝ってもらった、たった一つの部屋。 言うなれば、彼女が作った贈り物だ。 「よ」 「…うん」 部屋の中に入ると、俺のベッド…とも言えない寝床の上、質素な寝具の 毛布に包まって、彼女は居た。 「…魔理沙は?」 「いない、帰ったよ。…アリスは、帰らなくていいのか?」 「…魔理沙に、何か言われた?」 どうやら、事の始終は知っているらしい。 事前に言ったか何かだろうか? 「好きだって、言われた」 「…そう」 暗がりの中、彼女の声もどことなく低い。 彼女に好きだって言われたのも事実だ。 でも―― 「断ったけどね」 「…え?」 これには彼女の方が驚いたようだ。 目を丸くして、俺の方を信じられない物を見るかのように見ている。 「俺が好きなのは、お前だからな」 言ってやった。 彼女は相変わらず暗い口調で言う。 「妖怪と人間は相容れる事はありえない」 「やってみなけりゃ、分からない」 この問答も、合言葉みたいなものだ。 彼女への想いは、いつの間にか大きくなっていたようだ。 「私は…あなたが好きじゃないかもしれないのよ?」 「だったらさ、どうしてあんなに丁寧な人形を作るんだ?」 先ほどの俺を模した人形を思い出す。 あれだけ作るのには、手間をかけなければならない事は、素人の俺でもわかる。 間違いない。アレは時間がかかって作られた物だ。 「…ほんの気まぐれじゃないの?」 「…気まぐれなら、お前はどうして泣いているんだ?」 この闇の中でも、彼女の目から涙が流れているのがわかる。 どうして彼女が泣くんだろう? 「…わた…私…あなたが……好きだった、の…」 「…あぁ」 「でも、でも…あなたを…ま、魔理沙に…と、取られると思った…の…」 涙声になる彼女の声は、あまりにも儚かった。 俺はもう覚悟を決めている。 妖怪と一緒になるという覚悟だ。 俺は彼女が泣き止むまで、しばらく彼女の近くに居た。 どのくらいの時間が流れたであろう。 彼女はようやく泣き止んだ。 「ねぇ」 「ん、何だ?」 「…こっち、来て」 毛布に包まりながら、顔を紅くして、彼女は俺をベッドに座らせた。 ふわっと花のような香りが広がった。 いつの間にか俺は毛布に包まれていた。 彼女の肌の温度を感じる。そのことに疑問を抱いた。 「…おい、服はどうしたアリス?」 「……」 何も答えないアリス。顔はトマトのように紅くはっきり見える。 「……」 「…寝るか」 ちょうどいい具合に眠気が訪れた。 このままだとちょうど添い寝の形になる。 「……うん、あ、こっち見ないでよ」 最後に釘を刺すとアリスは目を閉じた。 ちょっと残念だったが、彼女の肌を感じながら、俺は眠った。 翌日、霧雨魔理沙はいつもの通りに彼の家を訪れていた。 とりあえず、彼の部屋に起こしに行くと、普通は居る筈の無い人物が 彼のベッドで寝ていた。 居る筈の無い人物は、下着姿で毛布を取っていたから 風邪を引くこともなかったものの、彼は面積の少ない毛布で辛うじて眠って いた。 どうやら、昨晩は何も無かったようだ。 「…起こすのも悪いか」 ベッドで寝ている二人は、幸せそうな寝顔で、夢の世界に居るようだった。 後書き―― ==チラシの裏== ごめん、なんか展開が同じっぽい ==ここまでチラシの裏== はい、と言う訳でリクエストを承りました>>603氏。 この530(仮名)若い頃からリクエストの都合上、時間がかかった事があっても SSそのものを放棄したことはない!このままガンガン書くッ! 最後に言いましょう。 書くって心の中で思ったならッ!その時、スデに行動は終わっているんだッ! 兄貴に言われました。 この台詞を胸に、伝えきれない心の中の愛を、みんなに伝えようと思っています。 ありがとう。