秘封倶楽部に入ったのに、特にたいした理由はない。  たまたま学食で二人と相席になり、聞こえてきた面白そうな話に首を突っ込んだのが始まりだ。  そのときは確か、町外れの廃屋に行ってみたんだっけか。  やたら古めかしい洋館で、外国人風の子(メリーだっけか)が言うには『ここに境界が見えた』とか……  結局、一晩中うろついてみたものの収穫はゼロ。たいした事のない初サークル活動だった。 * * * *  ある夜、俺は蓮子と一緒だった。場所は郊外の草原。  蓮子の言葉だと、ここが結構クサいらしい。……なんか信憑性が薄いし、どこでンな話聞いて来るんだ。  一応『企業秘密』って事になってるのだが。 「3時24分15秒……外れかなぁ」 「……さぁ、わからん」  二人して地べたに寝そべり、空を見上げながら取り留めなく言葉を交わす。  蓮子は星を見ることで本当の時間がわかる魔術師だとか。その程度で魔術師なのかと笑ったら蹴られた。心の狭いヤツめ。  ……腕時計を見ると3時にはなっていなかった。……大雑把な本当の時間だな。 「メリー来てたら何か変わった事あったかな」 「さぁ……俺にはどうにも。そもそもそういう奇特な能力、まったくないし」  事実そうだった。俺は蓮子の役に立たない(と俺は思ってる)眼すらも持っていない。  それでもなんとなくだが、二人に着いて歩いて……今、夜の草原に寝っ転がっているのだ。 「……それでどうして、秘封倶楽部に来たのよ」 「さぁ? 傍から聞いてて楽しそうだなと思ったのは事実だな」 「別に、面白い事は話してなかったと思うけど……いつもの相談だし」 「それでも、面白いと思ったんだよ」  境界、異界、結界……ライトノベルでしか聞けないような言葉を身近に使う少女たち。  そんな二人に興味を持ったのもまた、否定できない事実。  ただ、何よりも動かされたのは。  俺が昔持っていて、忘れてしまった何かを持っている彼女たちが、うらやましかった。  目の前の少女のひたむきに夢を追う姿が、眩しかった。 「どうしたの?」 「……いや、なんでもない」  少し見つめていたらしい。蓮子は不思議そうな顔で問うてくる。  ……答える言葉がないので、そっぽを向いた。 「むぅ……」 「むくれるなうさ耳。たいした事じゃないって」 「うさ耳っていうなってのに……」  かさかさと草の擦れる音。文句交じりにばたばたしてみたんだろうな。  その様子が見なくても想像できたので、つい笑ってしまう。 「…………あの、さ」 「ん?」  急に、蓮子の言葉が変わった。今までの雰囲気ではない。  何かあったか。怒ったのか? いや、これくらいのやり取りは普段からやってる。  大体怒ったのならジャンプキックか鳩尾に肘鉄と相場が決まっている。じゃあ、これは……? 「嘘ついてたって言ったら……怒る?」 「……嘘?」 「うん……嘘」  がさりと身を起こし、傍で寝ている蓮子を見た。  蓮子はさっきと変わらなかった。変わらぬ様子で、空を見つめている。  ……ただ、表情だけが変わっていた。何か思いつめているような、表情。 「言ってみ? 聞くだけ聞くから」 「………………今日、サークル活動、ないの」 「……は?」 「メリー来ないの当たり前。だって、そもそも来る予定もないんだもん」  チョットマテ貴様。じゃあ何か?  明日提出の課題をブッチしてまで来た俺ってばただのアホ?  ……怒りよりも先に、脱力感が先に来たぜ。  あぁ、明日講師になんて説明しよう。夜の草原で寝てた? そりゃ怒られるだけだってのに。 「……なんでだ?」 「え?」 「怒ろうかと思ったけどやめとく。聞きたいのは……なんでそんな事したんだ?」 「………………」  至極当然の問いに、蓮子は答えない。  何かを堪えるように、顔を腕で隠してしまう。  ……答えたくない理由だったのか。それなら、無理に聞くことも…… 「好きなの」  言われた言葉が理解できない。俺は今何を言われた。何を……蓮子から聞いた。  いつもいつもからかって喧嘩して。お世辞にもいい仲ではなかった蓮子は、今何を言った?  好きだと言われた。音としてならば簡単に分かる。別に難しいことじゃない。  けれども、その意図が、想いが、どうしても理解できない。 「れんこ……?」 「うるさいな。らしくないのわかってるよ。冗談だって思いたいのもわかるよ……でも、好きなの。  最初会った時から、一目惚れだったの。……きっと、そうは思えなかったよね」  言われたとおりだった。俺と蓮子。だれがどう見ても喧嘩仲間としか見えない。  俺がからかい、蓮子が激しい攻撃でお返しする。そこのどこに想いが存在するというのか。  けれど、少し思った。  まったく何も思わないのならば無視するのが人間。なら、攻撃という手段で返事をしてくるというなら……  そこに、確かな『こころ』があるというのは、事実として言えるのではないか。  ゆっくりと蓮子は身を起こし、まっすぐに俺を見つめた。  黒水晶のようにきらきらと輝く瞳。少し涙で潤みながら、俺だけをまっすぐに見ている。  いつも笑顔だったその表情は、まるで泣きながら笑っているようで。  ……どれだけ彼女が本気なのか、よく分かった。 「いいよ……怒っても、帰っても。呆れてるよね。こんな身勝手でこんな時間まで」 「蓮子」  びくり、と蓮子は震えた。まるで俺が普段言う『うさ耳』を生やした兎のように、小さく縮こまる体。  きっと拒絶されると思っているのだろう。見つめて視線を下げ、俯いている。  ……そんな事あるもんか。  俺はこんなにも、蓮子の事が好きだってのに。  蓮子に告白してもらったお陰で、それに気づけたってのに。  誰が拒絶なんてするもんか。 「あ……」  華奢な蓮子の体。その体を抱き寄せ、強く抱きしめる。  いつも俺に攻撃してくるその腕も丸ごと、俺の胸の中へ収めてしまう。  ほっそりとした、けれども暖かい蓮子の体。そのぬくもりに、涙が出そうになった。 「怒られそうでずっと出来なかったけど……こうしたかった」 「…………」 「俺も……好きだ」 「!!!!!!」  胸元がじわりと濡れた。熱い雫があふれて来ている。  ……それが蓮子の涙だと見なくても分かった。 「……っ! ……うっ!!」 「大丈夫。大丈夫だから。俺も好きだから……」 「ううううう……!!」  とんとん、とんとんと子供をあやすように蓮子の背中を叩く。  蓮子の嗚咽は止む事なく続き、俺の服を掴む手にはどんどんと力がこめられていく。  ……その涙が、握り締める手が。秘めていた想いを表しているように思えて。  不謹慎にも、俺はうれしくなった。……言ったら、怒られるかもしれないな。  空を見上げると満天の星空。  その空に、一筋の流れ星が駆けていった。  俺には幻想も、結界も境界も、何も見つけられないけれど。  たった一つ。  たいせつなものは、見つけられたような気がした。 ***************************************** れーんこれんこ♪ うさみみれんこ♪ という歌が脳内に駆け巡ったのは秘密。 この『男』と秘封倶楽部二人の関係は。 男と蓮子が普段どつき漫才してて それをメリーがにこにこしながら見ている って感じだと思った。 蓮子のキャラが違ってたらごめん。