「……参ったねぇ」  ぐしぐしと吸っていたタバコを携帯灰皿に突っ込みながら、男はぼやいた。  幻想郷でも珍しい風体。どこからどう見ても外界の人間であることは明白だった。  真っ白いフリル付のエプロンがどことなく笑いを誘うが、同時に異様なほど似合ってもいる。  ……それもその筈。この男、現時点では紅魔館最高のコックなのだから。  事の起こりは一ヶ月前。紅魔館のほど近くにこの男は流れ着いた。  もちろん捕獲→食材倉庫→おにくー、なのは明白だったのだが、そこからがちょっと違っていた。  あろうことか倉庫から脱走、食堂に立てこもったのである。 『メシ作れないまま死んでたまるか!!』  そう叫びながら凄まじい勢いで調理器具を操る男を、紅魔館中の者達はあきれ半分で眺めた。  ……が、思わぬことが起こった。この男の料理、信じられないほど美味いのである。    一口食べたのはメイド長に門番。『弟子にしてください!!』と即座に土下座。  度肝を抜かれたのはお嬢様ズ。試しにぱくりで『うまぁーい♪』と幼児退行。  挙句の果てにはメイドたち。『私によこせ!!』と皿に群がり争奪戦。  かくして男は食材から調理師筆頭まで驚異的な出世をしたのである。  一芸に秀でているというのは、正しく命を救うものなんだろう。多分。  かくして男は紅魔館に勤めることになった。もう一ヶ月になる。  現在の場所は厨房。内勤のメイドたち専用の大食堂である。  紅魔館は広くはないが狭くもない。よって、働くメイドの数も多い。  ついでに言えば朝夕かまわず働くメイドがいるので、食堂が閉まるということもないのだ。  男は類稀なる調理スキルを持っていたが、休み無しではそう持たない。  一応夕方〜夜にかけての時間が勤務時間となっているのだが…… 「シェフー……相変わらず長蛇の列ですー」 「廊下の向こうまでですー」 「……わざわざ俺の時間まで待たなくても……」  メイドたちの誉め言葉に、苦笑しながら男は答えた。  ……男の料理を一口でもいいから食べたい。そう願う紅魔館中の連中が集まるようになってしまった。  列の中には門番、メイド長、お嬢様ズに紫もやしまで勢ぞろい。  この分だと列の最後尾辺りには黒白やら紅白やらもいそうだ。  ……繰り返して言うが、ここはメイドたち専用の大食堂である。 「相変わらずお前達には苦労をかけるな」 「いえいえー」 「こっちも頑張る元気が出ますー!」 「貴方の下で働けるのって光栄ですからー」  専属の調理メイドたちも腕まくりしつつ答える。 「よっしゃ!! 一気に賄うとしますかぁ!!」 「「「「おー!!」」」」  かくして、紅魔館でもっとも賑わう夕食が始まった。 * * * * 「コック!! 七番テーブルより7番8番定食入りました!!」 「続いて九番テーブルは9番七つです!!」 「ななつ!? 俺の体は一つしかねーんだぞ。おいメイド(B)!! 牡蠣剥いて茹でとけ!!」 「ラジャーっす! って、お嬢様テーブルから追加オーダー入りました!!」 「待たせろ!! 料理の前じゃ誰だろうと平等だからな!!」 「い、いいのかなぁ……」 「いいんだよ!! オラ1番から9番まで5枚出たぞ持ってけ!! 次は!?」 「えーっと……って、いいいいい妹様が来ますっ!!!!」 「またか!? 総員戦闘配置につけ!! 一番槍は俺が!!」 「おーーーーーーーーーーーーなかへったーーーーーーーーーーー!!!!!!」 「厨房は立ち入り禁止って言ってるでしょがこの暴走妹様ァァァァァァァァァァっ!!」  ……とまぁ、こんな具合で嵐のような時間は過ぎて。 * * * * 「つ、疲れた……」  時間的には数時間。だが丸一日動き回ったかのような疲労だった。  男は決して楽な仕事(料理系)にはついていなかったが、紅魔館のソレは今までの比ではなかった。  ポケットから紙巻煙草を取り出し、一服する。 「……就職場所間違ったかな」  ぽつりと呟く。もうそろそろ交代の時間なので、エプロンを外す。 「お疲れ様でしたー。コック、大丈夫ですか?」 「……妹様こなけりゃ楽だったかも」 「あはは、しょうがないですよ……って、おや?」  軽く雑談していたメイドが、誰かを見つけたのか言葉を切る。  男が振り向くと、もう殆ど人がいなくなった食堂に、ぽつんと立っているメイドが一人。  ……どこか儚げな姿をしたメイドだった。 「また食いそびれたのか……えーっと、食材なんか余ってたか?」 「あ、はい。一応4番定食が作れる程度には残ってますけど……」 「そか。じゃあメシ作ってるから、次のシフトの連中呼びに言っといて」 「わかりましたー」  メイドはとてとてと廊下を歩いていった。  男は一度外したエプロンを再び装着。余り物でさくさくろご飯を作っていく。  作る分量は……二人分。例の寂しげメイドと男の分だった。  出来上がった料理をトレイに載せて、メイドの方へ男は向かった。 「よ。相変わらずくいっぱぐれたか?」 「…………別に」  ぷい、とそっぽを向く。このメイド、あまり人付き合いが良い方ではないらしい。  ソレもその筈。このメイド、メイド隊の中でトップクラスの性能を持っているのだ。  妹様対策に編成された特別メイド隊、そのリーダーとも言える存在が彼女である。  赤と青の針状のばら撒き弾幕を得意とし、短時間ではあるがスペカ無効の能力まで持っている。  通常のメイドたちからしてみれば、最強といっても過言ではないほどなのだ。  彼女はそんな特性もあってか、あまり周囲となじめない。  夕食の混雑も避けたがるためか、ちょくちょくご飯を食べそこなう事も多い。  ……なので、男は見かねてご飯を作ってあげているのだ。 「ともかく……食べようぜ。俺メシ食ってないし」 「………………」  メイドは答えない。けれども、行動が全てを物語った。  手近なテーブルにすわり、さらに隣の席の椅子を引き、じーっと男を見つめる。  ……まるで子犬が期待しているような眼差しだった。 「はいはい……さ、召し上がれ」 「……………………」  ぱちん、と手を合わせてメイドはガツガツと食べ始めた。  男は少し笑いながら、同じく手を合わせて同じく食べ始める。  しばらくの間、食器と食器が触れる音と咀嚼音だけが食堂に響いた。 * * * * 「……ご馳走様」 「はいな。お粗末さんでした」  礼儀正しいのか、きちんと手を合わせてご馳走様をするメイド。  男は食器を片付けながらソレに笑顔で答えた。  もうそろそろ次のシフトのメイドたちが来る筈なので、急いで片付けなければならない。  男は洗い場へ入ると、食器を水につけてから洗い始めた。 「……いつも、ありがとう」 「んー? いや、いいんだよ。やりたくてやってる訳だし」  それに、寂しそうなのみてられないんだよ。その……好きだし。  ……と続きを口にしそうになったが、あえてそこは語らない。  同情や哀れみは、きっと彼女の気分を害するだけだろうから…… 「………………」 「……? どーした?」  彼女が喋らないのはいつものことだが、少し様子が違った。  何か躊躇うように視線を走らせている。  どうしたのか、と男が問おうとしたとき。  唇に、柔らかいものが触れた。  とたんに駆け出していくメイド。心なしか首筋まで紅く染まっているように見える。 「…………」  キスされた、と気づいたのは、かなり時間が経ってからだった。  そのメイドが若干の読心術を扱えるのを知ったのは、さらに後のことだったとか。 *************************************** 紅魔狂のパチェ前のメイドさん萌えー。 ……なんて稀少なモンに萌えてるんだか。