「親愛なるレミリア・スカーレット様。  貴女様にとってわたくしが親愛に値する相手であるかどうかを、死ぬ前に知りたいと、筆を執りながら思います。  いいえ、存じております。わたくしは翼折られた籠の鳥。貴女様の無聊を慰めるためにのみ生かされておりました。  それを踏まえた上で、どうかこれから記す事を信じてください。わたくしは、この生涯に満足しております。    我が永遠にして唯一の主、レミリア・スカーレット様。  貴女様に手折られたあの夜こそ我が婚儀。貴女様が牢獄と呼ぶこの部屋こそ、わたくしの愛の巣。  わたくしの首筋には今も牙の痕。姿見に映すと、わたくしの目には婚儀の指輪のようにも見えるのです。    この期に及んでこのような手紙を遺すのは、心残り故ではない事をどうか心得てくださいませ。  わたくしは、この生涯に満足して逝くのです。天国でも地獄でもなく、他ならぬ貴女様の血となる事を願って。    わたくしも存じております。最後の数ヶ月、貴女様はわたくしをあまり伽に呼ばなくなりました。  たまにおいでくださる時も、どこか憂いだお顔をなされていた事を、わたくしはずっと心配しておりました。  存じております。貴女様はもはや醜く老いさらばえた卑俗なわたくしの姿など、もはや見たくないのですね。  どうかお許しくださいませ、我が主。悪魔ならぬ身のこの私には、貴女様の慰みになるにも限度があったのです。    いつでしたでしょうか、レミリア様。貴女様は閨の場でわたくしに問われた事がありました。  『お前もやがて、老いて死んでいくのだな』と。わたくしが慄然とした事を覚えておりますでしょうか。  人の生に絶望が横たわる事を、わたくしはその言葉によって初めて知ったのです。  存じております。存じておりました。わたくしもやがて、何の慰みにもならぬ腐った血袋になる夜を迎える事を。  それが今夜である事を、わたくしは今夜になって悟りました。真実から目を背ける臆病者にどうか御慈悲を。  許されるならば、わたくしは貴女様に血を吸われて死にたい。  それが叶わぬならば、せめてこの牢で先任達が零した血のように、床の染みになりたい。  あるいは亡霊となって貴女様の傍らに控え、永遠に仕え続ける事ができたならどれほど良い事か。  寵愛の豊かなりし頃、貴女様はよく職人に作らせた贈り物を届けてくださいましたが、  失礼を承知で言わせていただけば、わたくしは貴女様の事さえ考えられば他になにも必要でなかったのです。  今も思い出のよすがに品々を眺めています。この陶製の茶器など、眺めてばかりで未だ湯も入れておりません。  レミリア様。わたくしは今気付きましたが、なぜかこの期に及んで心穏やかです。  心の臓は高鳴って止まぬというのに、心は頭上の赤い月のように隠然として凪のよう。  希望を見つけたのです。本当にご迷惑でしょうけれど、わたくしは貴女様に添い遂げる事ができる。  わたくしが死んだ後も永遠に、吸血鬼幻想の終わる夜まで、貴女様は夜を渡り続けるでしょう。  ですがどうかご記憶に留めてください。私の血も、我が主と同じくして、翼を広げ永遠を歩むのです。  貴女様に献上したこの肢体には、命の液体が流れています。何度も夕餉に饗したあの血潮です。  それは確かに貴女様と源を同じくする命。貴女様がご存命であられる限り、永劫に夜を生きる希望なのです。                                   全ての誠実さと愛を、高鳴る心の臓から血に込めて」 そう書かれた遺書を、側仕えの従者が主の私室で戯れていて偶然から見つけた。 その従者は無礼を承知でそれを読み進め、少しだけ黙祷して思いを馳せ、元に戻した。 表情と言わず全身が、羞恥と、悔恨と、呆れに彩られていた。嘲笑にも見えるだろう。 しかしよく見れば、その奥に、彼女の持ち得る全ての誠実さと愛を読み取れただろう。 「あら、それを見たのね」 「……お嬢様? いえ、その。失礼いたしました」 「いいのよ。お前は見るべきだと思う」 レミリアはどこか寂しげに笑って、言った。 「彼女の遺言どおり、血は、命なのよ。そして命は運命なの。  彼女の運命の全てを、私が受け容れた。何も喪われてはいないわ」 従者は問うた。この遺書を書いた娘は幸せに死ねたのでしょうか、と。吸血鬼は答えた。 「お前は答えを知っているはずよ、私の血から産まれたサーヴァント・フライヤー。  お前を構成する血には―――全ての誠実さと愛が、確かに受け継がれているのだから」