目を覚ますと、倉庫のような場所に居た。 古びれた旧時代の倉庫のようだ。そこは薄暗く、辺りには この倉庫の持ち主の、私物らしきものが置かれている。 風鈴や、団扇、過ぎし夏を思い出させるものばかりだ。 「…ここ、何処だ?」 まず最初に思った事はそれだった。 別に、この倉庫は俺が知っている場所のはずはない。 あの場所から俺は逃げていた。 逃げて逃げ続けて、どこかを通った覚えがある。 まぁ、そんな瑣末な事はどうでもいいだろう…。 とにかく、俺は逃げたのだ。 「出るか…」 いつまでもこんな倉庫に居てもしょうがない。 閉めきった倉庫は埃だらけで、息をするのも億劫だった。 「…っ」 思い切って戸を開けた。 開けた途端、さんさんと出ている日光を身体に浴びる。 天気は晴れ、山や森、川が見える。 「さて、どう言う事なんだろうな」 今あることは疑問しかないが、何となく、すぐに解決できるような予感がした。 周囲を見渡しても、何かあるわけではない。 いや…何も無いからこそ、おかしかった。 俺が今まで居た場所はビルがあり、車があり、無意味に多い人々が辺りを歩き回っている。 そんな場所だったはずだ。 ところが、ここはどうだろう? まるでどこかの片田舎のように、山に囲まれて、川があり、見たことのない自然が 繁栄している。 「…何だ、あれは?」 もう、驚きたくもなかった。 遠くを、見たことのない生物が飛んでいた。 生物というよりは、妖怪といった感じだが。 再び周囲を見回してみると、赤い鳥居に目が行った。 …どうやらここは、一応神社らしい。 「はぁ…」 神社の境内に回ってみると、縁側でお茶を飲む巫女が居た。 その巫女装束は、普通の神社とはまた違うものだった。 「すいません」 「はい?」 思い切って訪ねることにした。 ここが何処なのか、何故俺はここに居るのか。 他にも色々。 まぁ一人の巫女にわかるようなら苦労はないんだけど…。 「ここは、どこですか?」 「あぁ、あなた迷い人ね? ここは幻想郷の博麗神社」 いきなり訳の分からない単語を言われた。幻想郷?博麗神社? 「あんたは…?」 「私は博麗神社の巫女、博麗霊夢」 霊夢、その言葉に奇妙な感じを覚える。 「まぁ、迷い人なら、ここから外に出せばいいのよね。結界の修復は面倒だけど 仕方ないか」 呆れ気味に言う巫女――霊夢は俺の手を取ろうとしたが、俺は無意識の内に 手を引っ込めていた。 「…どうしたの?」 「あ、いや…」 そうだ。 俺は逃げていたんだ。 だから、誰の目の当たらなそうな場所に居るしかない。 ここは、そういう意味でも絶好の逃げ場所だろう。 「…とまぁ、そういう訳なんだけど、分かった?」 俺は一通りこの幻想郷についての説明を受けていた。 ここは隔離した世界とでも言うらしい。 妖怪が居る世界という説明で何となく納得できた。 「一つ質問があるんだけど」 「なに?」 「俺がここから出て行ったら、もうここには来れないのか?」 「結界の修復をするしねぇ、無理とは言わないけど、難しくなると思うわ」 …嫌だな。 せっかく、見つけたんだ。あんな世界には戻りたくない。 虚構に彩られた世界。 何が正しくて、何が正しくないのか、そんな曖昧な世界には…戻りたくない。 それに…彼女――霊夢の事も妙に気になっていた。 何故気になるのかも分からない。しかし、気になるのだ。 「あー、倉庫でよければ貸すけど?」 「あぁ、借りるよ」 ここに知り合いなんて居るはずもない。 塒があるだけでもありがたい。 今の俺には、ここを調べるという事だけが、一番重要なことだった。 人間の手が入っていない、素晴らしくも物足りない世界。 方向感覚にだけは自信があるので、夜まで俺は歩き続ける事にした。 霊夢は変な奴だ。 …変な奴とまで言うと語弊があるが、ともかく俺のであった人間の中では 比較的変わった奴の部類に入る。 だが、どことなく懐かしい気がするのも事実だ。 もしかしたら、何処かで会ったのかもしれない。 「それはないな…」 霊夢はこの幻想郷に居るのだ。 彼女が向こうに行ったなんてことはありえない。 「あら、それはどうかしら?」 夕闇に染まり始めた時、その声は響いた。 目の前に現れたのは、一人の女性。 傘を手に持つ姿は、一見して見惚れるくらい美しかった。 だがその女性が放っている奇妙な空気、とでも呼ぶべきか それだけは人間にあるまじき気配だった。 「もしかしたら会った事があるのかもしれないし、ないのかもしれない」 「いつの間に…それよりも…どういうことだ!?」 「まぁそんな事はどうでもいいわ。あなたは気付いていない」 俺が…一体何に気付いていないと言うんだ? 女性は軽く頭を振ると、俺に向かって微笑する。 「輪廻する想いは別れ、巡り、そして再び出会うの…霊夢とあなたもそんな 切れることのない縁で結ばれている」 「あんたは…一体何なんだ?」 問いに対して、女性は何も答えない。 漆黒に彩られた夜が降りて、森に住まう妖怪達がざわめき立つ。 「…いない?」 ほんの少し目を逸らした隙に、女性は居なくなっていた。 彼女は…一体何者なんだろう? 「あぁ、それ紫よ」 「…紫?」 霊夢の話によると、強力な妖怪らしい。 普段からあんな風に掴み所がなく、言う事が大体、胡散臭いらしい。 「真に受けちゃダメよ」 「…あぁ」 もっとも、あまり意味が分からなかったけど… その日、倉庫で見た夢は暗い夢だった。 一人の男が居る、女性が居る。 感覚的に何故かはっきりと分かる。 あの男は…恐らく『俺』で女性の方はきっと『霊夢』なんだと。 『もうすぐ、お別れね』 『そうなるな。…お前は一緒に来ないのか?』 『私には…幻想郷に居るっていう義務があるから』 そんな義務…捨ててしまえ。 男は人間の住まう世界に帰らなければならなかった。 最愛の博麗の巫女を置いて。 『だが、再び会える日がくる』 『それは何時かしらね?』 『例え、俺が死んだとしても、お前とは…必ず会える…再び…会える事を ――俺は願う』 ブツン まるで、出来の悪い映像が切れたような音が鳴った。 起きてみると、寝汗しかかいていない。 今のは、きっと前世の記憶とかいう感じの夢だろう。 まだ日も出ているわけではない。 頭が痛い。 魂から沸き起こるような奇妙な想い。 前世の俺が叶えることができなかった博麗の巫女への想い。 「…しょうがないな。伝えてやるよ」 まだ寝かけている頭を無理に覚醒させながら、俺は起き上がり 現在の博麗の巫女の元へ向かった。 「…起きているか?博麗の巫女」 境内の方にに向かってみると月下に佇む一人の巫女が居た。 その雰囲気は日の出ていた時の霊夢とは、また違った雰囲気をもっていた。 『待っていたわ』 はっきりと夜に響く声で彼女は言った。 「…伝えなければならないことがある」 俺の言葉じゃない。 『あの男』の言葉だ。何が起きても、もう不思議とは思えない。 今はただ、『この男』に『俺』という器を貸してやるということだけだ。 『私も伝えなければならないことがある』 「それは互いに奇遇だな」 本当はわかっているのだろう。 不敵な笑みが自然とこぼれる。 『会って言わなければならなかった』 「…俺もだ。だが、生きて会うことは出来なかった」 だから、輪廻なんていうものに頼ってしまった。 会える保障なんてないはずなのに、それに頼る。 それだけの想いが…あったのだろう。 博麗の巫女はくすくすと笑いながら、呟く。 『会えて、良かった』 「また…共に――」 自然と抱き合うような形になっていた。 彼女の想いと、温もりが俺の方にも感覚的に伝わってくる。 すぅっ、と体が一瞬だけ、軽くなった。 「…で、離れないの?」 「気付いてたなら、言えば良いだろ」 『男』と『博麗の巫女』の想いが離れて行っても、俺達は 抱き合ったままだった。 もしかしたら、こういうのが自然だったのかもしれない。 「…薄々とは気付いてたの。色々とね」 「俺は、夢に見て気付いた」 「輪廻してからの、この想いも…未だあなたに向けられているのね」 「それは、俺が想われているって事か?」 霊夢は顔を赤くしながら、黙ってそっぽを向く。 月光に照らされた顔は、夢に見たものとも、先ほどの彼女の顔とも 違っていた。 「…仲良いじゃない」 「「うわっ!?」」 急にかけられた声に俺達は一瞬で離れた。 妖怪さん――八雲紫が何処からともなく現れたのだ。 「あんた、一体どこから来るのよ!」 「そこの異次元から」 霊夢の言葉にあっけらかんと答える紫さん。 「まぁ、一部始終は見させてもらったわ」 「…紫、もしかしてあんた知ってたの?」 「知らなかったら、そこの子に教えないわよ」 そう言って俺を指差す。 どうやら、最初からお見通しだったというわけらしい。 俺が輪廻した者だという事。博麗の巫女の想いを受け取るべき 存在を、身に宿す者という事を。 「ま、とりあえず、一件落着でしょう。貴方達、この際だから許嫁にでもなったら?」 「許嫁!?」 「って、何でそこまで話が飛躍するの!?」 「言ったでしょう。想いは別れ、巡り…そして再び出会う。 別れる事となって後悔したくないなら、早い内にくっついた方がいいのよ」 確かに正論ではある。 だが、それはお互い想い合っていればの話だ。 今日出会ったばかりの俺と霊夢に言うのは無理がある。 「…別に、いいんだけど」 「は?」 俺は耳を疑った。霊夢がそんなことを? 「博麗の巫女の想いは…未だ残っているの。あなたを想う気持ちが…」 それはつまり… 「あら、貴方は感じないのかしら?あの男が残した『想い』を」 …目を閉じると、暗闇の向こうに、一人の少女が立っていた。 俺は、彼女――霊夢が愛しいと想う。 出会った時や時間なんて関係ないものだ。 前世の『俺』が言う。 「あぁ…俺って、霊夢が好きなのか」 過去の二人が巡った時間、それを俺達は引き継いだ。 互いをこんなにも想っている。 「…一応、前世の想いなんてのがあるけどさ… 俺はお前が好きだ」 月光に照らされる少女の髪が、ふわりと揺れた。 後書きという遺書。 訳ワカメでした。 ノリに任せて書いていたら、いつの間にか妖精さんが書いてくれました。 冗談ですが。 えっと、前世ネタなんで、感覚で愛を感じろ…でしょうか? ギャグは一切無しで頑張ったんですけどね… とりあえず、リクエストしてくれた方には本気で申し訳ないくらいです。 この場で、588の方に全力で謝罪しておきます。 ごめんなさい。俺はあんたの期待を裏切った。 …いや、期待されていないかもしれませんが。 ひとまず、期待してくれた方には感謝を、そして俺は地獄行く。