俺は今、とても逃げたいと言う衝動に駆られている。 現在居るここは、紅魔館の一番偉いお嬢様が居られる部屋。 俺は言うなれば清掃員みたいな事をして働いている。 そして、目の前には―― 「○○は私のものでしょう?」 「違う!○○は私のものよ!」 「…お嬢様、妹様…そろそろ…放してもらえませんか?」 俺の腕を人外の力で握り締める吸血鬼の姉妹が居た。 と言うか俺、普通の人間であって中身もどこかの鬼さんみたく鍛えてないので 力を込められると…折れそうでというか切れそうで、この世から消えそうなんですが… 「ダメよ」 「ダメ!」 そうして放してくれる様子なんて微塵もありませんでした。 誰か、助けて…。 「…母上様、俺はもう死にそうです」 大岡裁きならば、もうちょっと気を使ってくれそうなんだけど… 今の状態じゃ、二人とも俺を自分の所有物だと思っているようだから 無理だ。むしろ放してくれたら奇跡だ。 今、切実に欲しい助けは咲夜さんか…図書館のパチュリーさんのどっちかが欲しいものだ。 門番の人は助けようとしても、きっと片手であっさりと終わってしまう気がする。 「なんで、こんな事になっちゃったんだろう…」 俺は事の起こりについて再びリプレイを開始した。 「ふぅ…これで心もピカピカだな」 紅魔館の一室で俺は顔が映るくらい磨いた壺を見ながら密かに笑っていた。 やはり掃除をするというものはいいものだし、掃除は俺の密かな趣味だ。 ここの清掃員になったことでその趣味はバレたが。 そもそも趣味を職業にしたからなぁ…。 とりあえず高そうな壺やタンス、その他の家具なんかもピカピカに 掃除をする。 「あら、○○。もう掃除は終わったの?」 ここの主であるレミリアお嬢様が俺に向かって声をかける。 俺みたいな掃除しか能がない奴を雇ってくれた、ありがたいお嬢様だ。 お嬢様がいなければ、俺はこの知らない土地で名も分からない妖怪に 殺されていたのかもしれない。 「あ、はい。一通りは終わりました」 「ふぅん」 と傍にあった机に指を走らせる。 そしてその指をゆっくりと見て一言。 「いつもどおりね」 淡々とした言葉。それは俺にとっての最高の誉め言葉だ。 「ありがとうございます」 「この調子で、館中を頼むわね」 この広い館を掃除するのも、今ではすっかりと俺の楽しみだ。 俺は、礼をして部屋から出て行こうとした。 だが―― 「○○〜」 可愛らしい声と共にぎゅー、っと妹様ことフランドール様が俺に抱きついてきた。 いや、可愛らしいのはいいんだが…その力ってのは尋常じゃなくて… 「一緒に遊ぼっ♪」 「待ちなさい、○○はこれから館の清掃をするのよ」 「あら、お姉様」 明らかに今気付いたように、わざとらしい視線を向ける妹様。 その態度に、にこりとしながらもさり気なく殺気を漂わせるお嬢様。 …こうして修羅場は誕生した。 「痛だだだだ!?」 「放しなさい」 「い・や」 俺がリプレイをしている最中に更に力が強くなったのか、俺の腕はすでに限界寸前だった。 やっぱり、リプレイをしていると無防備になるのはやめた方がいいのか…。 いや、そんな事を考えている間にも俺の腕はデンジャーゾーンに到達している。 「…お嬢…様、妹…様、放して…プリーズ」 「いい度胸ね。こうなったら『弾幕ごっこ』しかないかしら?」 「ふーん、お姉様が勝てるの?」 感覚は既にないし、二人とも聞いてない。 視線が火花を散らせながら、飛んでいき俺の腕は解放された。 解放されたと同時に、二人は瞬時に扉の外を突き破って出て行った。 「厄介な事してくれるわね」 「あ、咲夜さん」 二人が出て行った扉から、この紅魔館を仕切っている影のボス 十六夜咲夜さんが呆れ気味に入ってきた。 「全く…どうしてこうなるって予想がつかないのかしら?」 「急に妹様に来られたから仕方ないっすよ」 「だから、さっさと掃除を終わらせなさいって言ったんでしょう?」 「………面目ないです」 やっぱり、これの原因って俺にあるのか? いや俺以外の理由がないです。なかったです。俺の完全不注意です…。 「さぁ早く止めに行かないと、あなたを清掃班から門番に左遷するわよ」 …それだけは勘弁だ。掃除が出来ないのと門番になるの、どっちも嫌だ。 噂では門番になったらコッペパンしかもらえないとか…。 「…行って来ます」 「ちなみに止められなかったら、給金カットね」 元々給金なんてありはしないですよ咲夜さん。 それに止められなかったって事は、すなわちそれは死なんですけど… 俺はそんなツッコミを心でしながら、破壊音が聞こえる大広間に向かっていった。 大広間に着くと既にそこは二人が死合っていた。 フランドール様は炎を纏った大きな剣を振り回し、レミリア様は真紅に染まったの巨大な槍を 投げたりしていた。 「…神様、ここは地獄ですか?」 生半可な地獄よりも、ここが地獄の最前線のような気がした。 既にメイド達は避難していたため、広い空間で思いっきり二人が戦う。 壁や天井が穴だらけなのは、きっとその所為だろう。 「掃除が、また大変になるじゃないか…」 そう考えて、俺の中で『何か』が切れた。 「…コラァ!二人とも!そこになおりやがれっ!」 気がつくと俺は大声で館の主に叫び、弾幕の中間地点に突撃していた。 無論、その弾幕を彼女達が止めることは出来ず。 俺はいくつもの弾を全身で受け止めた。 当たり前だが痛いし死にそうだし、出来たら医者に連れて行ってもらいたい。 しかしそんな事よりも、言わなければならない事があった。 だからまだ、倒れるわけにはいかない。 「ちょっと○○、そこを退きなさい!」 「退いてよ!○○!」 「二人とも…これだけ破壊尽くしておいて…どう修復するおつもりですか?」 俺が怒っていることは二人がケンカをしている事じゃない。 そのケンカで、俺の仕事を増やす事を怒っているのだ。 確かに俺は無類の『掃除好き』だ。 だが俺は別に一人で掃除しているわけじゃない。俺の他にもいる清掃班の 連中の仕事を増やしてしまう事を…俺は怒っている。 「…とにかく、もう…ケンカは…止めて…」 意識が朦朧としてきた。流石に妹様の弾幕なんてまともに浴びたら 死んでしまうだろう。俺自身、立って生きていること自体が不思議でしょうがない。 「…下さい…ね」 それだけ言うと、俺は完全に意識を失った。 「○○っ!ねぇってば!」 「しっかりしなさい、○○!ここで本当に死ぬ気なの!?」 お嬢様たちの声が聞こえる。消えているはずの意識の中、 俺は奇妙な感覚を受け続けていた。 大きな川の流れに流されそうな感覚といえばいいのか、 確かにそんな感じだ。お嬢様たちの声は上の方から聞こえてくる。 「○○!死んじゃやだ!起きて!」 妹様の声だ。妹様にはしょっちゅう振り回されてたなぁ…。 この流れに身を任せたら、この声も聞けなくなるのかな。 「…○○、しっかりしなさい。起きて…起きなさい…!」 お嬢様の声。はじめは俺の掃除を誉めてくれたお嬢様の声。 本当に嬉しくて、掃除にも一生懸命になれた。 …まだ、俺は死んじゃダメだ。 「○○、一緒に遊ぼ?」 「…起きなさい。命令よ」 紅魔館の大広間はその名の通り、現在床が紅に塗られていた。 その中心に一人の青年が横たわっている。 「…お嬢様。まだ彼は死んでいませんよ」 一部始終を見ていたのか、咲夜が後から入ってきた。 「…?」 「どういうことかしら?」 「彼は言っていました。この紅魔館を綺麗にするのだ、と」 だから彼はまだ死ぬことはない。 幸いにも傷の数は多いが、急所だけは辛うじて外れている。 それだけでも奇跡的だ。 「運びましょう。まずはそれからです」 と咲夜は指を鳴らして、数人のメイドを引き連れる。 「…目を覚ますのは先でしょうが、お見舞いくらいは来てください」 そう言い残して、彼と共に咲夜は去って行った。 後に残ったものは彼の残した血液と、二人の吸血鬼姉妹だった。 「うぅ…?」 長い夢を見ていた気がする。 とてつもなく長い夢を…。 「○○っ」 「起きたのね…」 俺が起きた早々、目の前に居たのは二人の吸血鬼。 そう、俺の主人だ。 「…おはようございます、お嬢様、妹様」 無理に身体を起き上がらせて、二人を見る。 「あなたが寝ていたら、掃除も捗らないでしょう?…今は身体を直す事を 優先として、しばらく寝ていなさい」 「…ゴメンね。○○」 「いくわよ」 「…うん」 それだけ言ってお嬢様と妹様は去って行く。 出て行ってから、お嬢様と妹様が残したらしい手紙が目に付いた。 それは封筒に入っており、丸っこい文字が妙に長く書かれていた。 『私はあなたが倒れてから、ずっと心配していた。 あなたを失いそう、と言う恐怖をはじめて感じた。 恐かった。私はあなたを失うのがどうしようもなく恐かった。 …私はあなたが、大事だから…』 お嬢様の丸いながらもハッキリとした文字。 大事の前の部分に塗りつぶした跡がある。きっと こっちを先に書いて、気に入らなかったか何かだろう。 『私は○○とまた遊びたい。 遊びたい。だから死んじゃやだ。いつか死んじゃうんだろうけど それでも遊びたい。たくさんたくさん…居たい。 …お姉様と同じように私もあなたが大事だから』 同じように丸い文字が書かれた紙。 そして同じように大事の前の部分に、黒く塗りつぶした跡。 やはり、妹様もお嬢様と同じような事を書いたのだろう。 「…さぁて、早く治るといいな」 彼女達の心のもやは晴れたか知らないけど、俺は妙に晴れ晴れとした空を見て 再びこの紅い屋敷を、掃除をしたくなった。 End 蛇足―― 彼が意識を取り戻す前。 「あー、もうこうでもない!」 お嬢様は先ほどから、ペンを走らせながら唸っていた。 彼は未だ眠り続けている。やはり死ぬことはなかったのだが、 長い時間の急速は必要らしい。 「咲夜。彼にお詫びの手紙を書きたいんだけど、どう書けばいいのかしら?」 ペンを止めて私の方を見るお嬢様。お嬢様はこれでも真剣に悩んでいるようだ。 とは言っても、こういう手紙は普通、お詫びする本人が書かなければ 意味がないものなのだが。 「お嬢様が彼に伝えたい気持ちを書けば、通じると思いますよ」 「そう、そうね。えっと、『私はあなたを失うのがどうしようもなく恐かった。 …私はあなたが、好き』…っ、違う違う…『大事だから』っと…」 自分で言いつつ、その言葉に赤面するお嬢様を、私は微笑ましく見守る。 素直なくせに、意地を張る。きっと根っからの天邪鬼なのだろう。 きっと今頃は、妹様も同じように手紙を書いていることだろう。 そして…今のお嬢様と同じようにきっと真っ赤になっているはずだ。 何故なら、彼女達は吸血鬼の姉妹。 姉妹は合わせずとも、本質が似てしまうのだから―― End 何が書きたかったのでしょう、私? ともかく、こんなお話がお終いです。 蛇足の姉妹は本質が云々〜は、私の友人が言っていた事なのですが 本当かどうかはわかりません。