強い憎しみは、深い愛に似ている。 ―――かつて、そんな言葉を聞いた。 「っは…はぁ…はぁ…。このっ、贋作師…!!」 「おや、もうお終いですかな妹君?それでは、続きはまた次回のお楽しみということで…」 僕は肩で息をするフランドールへ慇懃無礼に一礼し、退出しようと背を向けた。 無機質な足音が一つ二つ。一瞬の静寂。その刹那、背に殺気が迫る。 振り向き、左手で弄んでいた機械―――本来ならば、音楽を再生する程度の能力しか持たないはずのコンピュータ―――の操作盤を一撫で。 それだけでその片手に収まる程度の機械から、膨大な魔力が流れ出した。      スターボウブレイク ロード スペルコンパイル マナリンク ラン 「偽弾、『星弓崩落』、ファイル呼び出し。呪文編纂、魔力接続、実行」 相殺し極彩と散る、夥しい数の弾幕。まぶしさに眼を狭め…その眼前に、『彼女』はいた。 ―――眼くらましか! 手にはすでに紅い剣、禁忌の術によって形作られた『レーヴァティン』を携えている。 受けることなど敵うはずも無く。 「これで…終わりよ!!」 絶対の自信が込められた一閃を、しかし僕は逆に前へ…つまり彼女の後ろ側へ突っ込むことによって辛くもかわした。 …どこぞの巫女や魔法使いにも、同じことをされているだろうに。慢心がそれを忘れさせていたのか。 思わず僕は含み笑いをしながら呪文を詠唱し―――それを聞きつけたか、彼女は顔をその剣よりも紅く紅潮させ―――振り返ると同時に、最後のスペルを宣言、発動した。    レーヴァティン 「『焔もて害為す剣の魔杖』―――!!」 今度こそ。煙も出なくなった彼女を尻目に、僕は地下室から退出した。 「それでは、ごきげんよう」 「っ…!!今度会ったら…今度こそコナゴナにしてやるっ…!!」 *** 「…終わったのね」 「おや司書さん。奇遇で」 階段を上がりきるなり僕を出迎えたのは…今や顔なじみとなった魔女、パチュリー・ノーレッジ。 図書館からはあまり出歩かない彼女と、その外で会うのは珍しかった。 「…左腕。見せて」 「いやぁ、流石にごまかせませんか。はっはっは」 「いいから早く。人間の身で妹様の禁呪を複製するなんて…フィードバックだけで塩の柱になっても、おかしくないのよ」 彼女の声に苛立ちが滲む。観念し、左の袖を捲り上げた。 …二の腕が火傷、いや炭化している。フランドールのレーヴァティンに掠ったためだ。 それがために、最後のスペルは素の詠唱に頼らざるを得なかったわけで。 「…はい、これで一週間もすれば治るわ」 「一週間ですか。その間、妹君が暴れださないことを祈るとしましょう」 当然のように言う僕に、パチュリーさんは眉を顰めると、 「…あなた、いつまでここに通うつもりなの?」 「いつまででも。この命尽きるまで」 即答。予想通りの答えに、紫の魔女は大きくため息を吐いた。 「妹様に、愛だの恋だのが通じるとでも思ってるわけ?」 ―――まぁ、見透かされているとは思ったが。 「通じるまで、通うまでですよ。幸い、貴女という優秀な薬師もいることですしね」 「…言っておくけど。その電算魔術の理論を諳んじれるようになったら、後は知らないわよ」 こっそり色目を使ってみたが、返ってくるのはいつもながらの冷ややかな視線だった。残念。 「かつて、お嬢様にも入れあげた貴族がいたけど―――最後には千本針の山に串刺し。あなたは、『そして誰もいなくなった』というくらい粉々かしら?」 幻想郷流のブラックジョーク。しかし僕には、もはや心地よかった。 「いずれは、そうなるでしょうね」 「あなたねぇ―――、」 動ぜず、素で返す僕に彼女は声を荒げる。が、僕はそれを遮り、 「しかし、最近はこうも思うのですよ。  フランドールさまの想いを独占できるのならば―――それが憎悪であっても構わない、と」 一瞬、パチュリーさんは呆けたように目を見開き…やがて心底呆れたため息を吐いた。 ややあって、一言。 「お似合いよ、あなた達…」 多くの呆れと、微かな祝福。それは…根拠はないが、僕の自惚れでは無いように思えた。 *** 「やっと、来たわね…この一週間、地下で過ごした495年よりも長く感じたわ…。  もし今日来なかったら、幻想郷中を破壊してでも探し出そうと思ってたんだから―――」 「それほど待ち焦がれていただけるとは光栄ですな、悪魔の妹君」 言葉はそれだけ。フランドールは、今度こそ僕を粉と砕かんと、目に見えるほどの魔力を伴った詠唱を始める。 こちらは詠唱の必要などない。コンピュータの演算による高速詠唱は、人間のそれを遥かに凌ぐ―――妖怪の圧唱、化仏権化の神言さえも。 …或る意味では、この技術も人の矩を超えた『禁忌』と言えるかもしれない。 ―――お似合いよ、あなた達。 ふと。パチュリーの台詞が頭を過ぎり、思わず苦笑がこぼれる。 それが気に障ったか、フランドールはますます怒りを濃くした。 「逃がさない。その苛つく笑みを…粉々にしてあげるんだから!!」 …逃げる?僕が? そんなことは、あり得ない。絶対に。 命を、落とすことになったとしても。 「逃げませんよ。                 おもい  弾に砕けて散るまで―――貴女の憎悪、受けきってみせます」