不思議な森に迷い込んでからもう丸一日たとうとしていた。 どうしてこんな場所を歩いているのかよく覚えていない。 草木は故郷のそれに似ていてまったく異質、昼なのに薄暗く静か 生き物の声は聞こえないが森中に強い意志のような不思議な気配を感じる。 ここはきっと御伽噺の魔法の森。 迷い込んだ僕は魔法使いでも英雄でもないけれど、 僕はこの白と黒の影に包まれた異界の森の中心で ひときわ大きな木にもたれかかる金色の姫を見つけた。 その美しさに吸い寄せられるように、僕は彼女の前に立った。 彼女は大きな瞳で僕を見ると眉を悩ませて言った。 「珍しい、私を迎えに来た死神か? 最近の死神は間抜けな顔なんだな・・・ッ!!」 彼女は小さくうめき声をもらし手でわき腹を押さえている。 よく見ると黒いドレスに染みができている。 「怪我、してるのか?」 「ちょっとしくじっちまったぜ、でも、問題ない」 衣服の染みは広がっていく、とても平気にはみえない。 このままでは危ない、僕はそう直感した。 「失礼します、お姫様」 僕は彼女の服をめくりあげわき腹の怪我を見る。ひどい・・・ 「姫?っておい、何するんだよ」 彼女は抵抗するが弱々しい。 「大丈夫です、医者ですから」 本当は嘘だけど、簡単な応急処置なら僕にだってできるはず。 消毒できるようなものは持っていない、とりあえずは止血しなくちゃ。 僕は上着を脱ぐと破って丁度いい長さにし、包帯代わりに彼女の傷をふさぐ。 てきぱきと動く僕を見て彼女は抵抗をやめた。 「この辺に、家とかありませんか?」 「ん、私の家ならもう少し先に」 僕は彼女を背負って歩き出した。 すこしして森が少し開けた場所に家が見える。 「あれですか?」 …返事がない、気絶してしまったらしい。迷ってる暇はない。 「失礼します!」 大声をだし返事を待たずに家に入る、 ベットがすぐに見つかったのでそこに彼女を寝かし僕は部屋を見回す。 散らかっている・・・机の上にある液体の入ったビンの匂いをかいで見る。 多分、アルコールだ。 僕はそれで彼女の傷を消毒し、再び傷口を縛った。 それから一晩、して、苦しそうだった彼女の表情も安らいだ寝顔に変わっている。 もう大丈夫だろう。 急に疲れが押し寄せてくる、僕は彼女のベットの横でそのまま寝てしまった。 鳥の声、朝の光、窓から差し込む光が僕の目の前で金色にキラキラ反射している。 「お、起きた」 彼女の顔が目の前にある。キラキラは彼女の美しい髪。 御伽噺のようなその美しさに惑わされて、僕はおどけて言った。 「お姫様、お加減はもうよろしいのですか?」 「ん、まぁな。助かったぜ」 彼女は少し顔を赤くして、髪の毛をかきむしりながら言った。 「それと私は姫じゃないぜ、普通の魔法使いの魔理沙だ、おまえは医者?」 「いえ、実は僕は普通の・・・迷子です(泣」 「おいおい、泣くなよどういうことだ?」 僕は、この森に迷い込んだこと、元の世界に返れなくて困っていたことを話した。 彼女、魔理沙にはここが幻想郷と呼ばれる場所であること、 稀に僕のような外の人間が迷い込み、帰るのは難しいことを教わった。 「はぁ、僕どうしよう・・・」 僕がこの先のことを考えて暗くなっていると、 魔理沙は髪をいじりながら少しぶっきらぼうに言った。 「行くとこないなら、しばらくここにいるか?」 「え、でも」 「私は独り暮らしだし、まだ怪我が全部治るまではあまり動き回れないし、  その間誰かいてくれると助かる」 「独り暮らしの女性のところに世話になるわけには・・・」 「ぁぁ、もうめんどくさい。お前は行く場所がない。そうだろ?」 強く言われて頷く。 「じゃぁ決まりだな。私はもう少し寝るから、その辺の掃除を頼むぜ」 彼女はそう言ってすぐに寝てしまった。まだまだ本調子ではないようだ。 それから数日僕は魔理沙の家でガラクタの掃除をしたり、 食事の用意をしたりしてすごした。 怪我のほうはもうほとんど治っていた。 よく考えると、助けたのは僕なのに、体よく家事手伝いをやらされている気がする。 けれど、無邪気な表情でベッドで寝ている このぶっきらぼうで口の悪い姫を見ていると、こういう暮らしも悪くないと思い始めた。 その日、僕が倉庫のガラクタ整理をしていると、ぼろぼろの縄を見つけた。 長さ1メートルともう少しくらいの赤い縄。 ゴミなら少しでも減らしたいのだが、しかしここにあるのは魔法の品ばかり、 魔理沙に確認とるために見せて見た。 「・・・わすれた、ちょっとかしてみてよ」 魔理沙に縄を渡す、丁度、縄の両端を僕と魔理沙で持つ形になった。 とたんに縄が勝手に動き始めた。ぐるぐると僕と魔理沙の腰に巻きつき 手錠のように互いを縛ってしまう。 「なんだこれ・・・とれねぇ」 僕と魔理沙をつなぐ部分は30センチほどしかない。 縄は苦しくはないがぴったり腰に巻きついて解けない。 「あーーー、切るか」 刃物を取りに魔理沙が台所へ向かう、けれどつながれた僕は引っ張られ バランスを崩し転んでしまう、結果魔理沙もバランスを崩すわけで・・・ 僕たちは廊下で重なり合って転んでしまう。 魔理沙の顔が至近距離に・・・大きな瞳、白い肌が赤く染まる。 やば、つい見つめてしまった。 あわてて起き上がるが、つながれてるため体が持ち上がらずしりもちをつく。 「あぁぁ、ごめんなさいごめんなさい」 「はぁ、いいからまず落ち着こうぜ。ゆっくり、タイミング合わせて立ち上がる」 魔理沙は帽子で顔を隠しながら言った。 もしかして嫌われたかな・・・などと考えてしまい、余計に僕も赤くなった。 結局、はさみでもナイフでも縄は切れなかった。 強い魔力を秘めたものらしい。 よく縄を観察すると、つながれた中央に平らな部分があって、数字が浮かんでいる。 「20」 「なんでしょうね・・・?」 「さぁな・・・」 二人でため息をつく。 お互い離れられず、向かい合うと至近距離なため僕たちは背中合わせになってベッドに座っていた。 「魔理沙、いるー?」 誰か尋ねてきた、この声はアリスさんだろう。 時々遊びに来るので何度かあっている。 「いるぜ」 「おじゃましまっす・・・って魔理沙たち、変わった事してるのね」 「はい、魔法の縄っぽくてどうしてもほどけなくて困ってるんです」 「切れないしさぁ、アリス、この縄何か知らない?」 アリスさんは僕たちをつなぐ縄を見ておかしそうに笑った。 「へ〜、魔理沙と君がねぇ。アハハ」 「おいおい、そんな風に笑うと不気味だぜ、何か知ってるなら教えろよ」 「はいはい、その縄はね、恋人同士の遊び道具よ、真ん中に数字があるでしょう?  つながれた二人が、お互いに相手の気持ちを言い当てると数字が減るのよ、ただし  気持ちを教えたりヒントを出したりしてはダメよ、それに、つながれてから半日以内に  解かないと、取れなくなるわ」 「ええええ、そんなの難しいって」 「大丈夫よ、恋人同士なら見詰め合ってるだけで勝手に解けるわよ」 アリスさんはクスクスと笑い続けている。 「ででででも、僕と魔理沙はそんな関係じゃないし・・・」 「そ、そうだぜ」 「あら、そうなの、それは困ったわねー。でもためしに見詰め合ってみたら?」 ぜんぜん困ってない口調でアリスさんは言った。 「さぁって、今日は取り込み中みたいだから私は帰るわね。ふたりともがんばってね〜」 アリスさんは終始笑いが止まらない様子で帰っていった。 取り残された僕と魔理沙。 「あはは、どうしよう」 「とりあえず、何か言ってみたらいいんじゃないか?」 「んーーー、魔理沙は今お腹すいてる」 「あたりだぜ」 中央の数字が19になっている。 「お前もお腹すいてる」 18になった。それもそうだ、もういつもの夜ご飯の時間は過ぎている。 「なんだ、これなら簡単だぜ」 「そうだね」 「先に食事にしようぜ、腹が減ったら戦はできぬ、それじゃ頼んだぜ」 やっぱり僕が作るのね。でも、このままだと。 「このままだと、魔理沙と一緒じゃないと作れないよ」 「大丈夫だ、私は横で見ている、ときどきつまみ食いする」 「それ、ぜんぜん大丈夫じゃないよ」 「そういうなよ、本当は嬉しいんだろ? ちゃんと味に文句もつけるから」 「ぜんぜん嬉しくな、い、」 結局魔理沙は言葉どおり、横にいてつまみ食いして文句をつけた。 最低だ。味付けも間違えたし、 ずっと横にいて僕を見ている魔理沙を意識して手元が狂ったのだ。 ときどき魔理沙を見るとにこっと笑う。意外に楽しそうだ。 「楽しいの?」 魔理沙は答えなかった 食器を運ぶとき、歩調が合わなくて一回転んだことを除けば食事は普通に終わった。 洗いものは後でもいいだろう、先に縄を解かなくては。 数字が16になっていた。 なんとなく気恥ずかしくてそのことには触れなかった。 魔理沙も触れてこなかった。 再びベッドに背中合わせに座る。 困った、いざ考えようとすると魔理沙の気持ちなんて思いつかない。 僕が黙っていると、魔理沙はいろいろ言ってきた。 「蕎麦が食べたい?」 「食事したばかりです」 「弾幕ごっこしてみたい?」 「死ぬから嫌です」 「前に話した大きな図書館、面白い本が結構あるんだけど、行って見たい?」 「吸血鬼がいるからいやです」 「難しいなぁ・・・ヒント教えろよぉ」 「それじゃ、数字減らないってアリスさんが言ってたでしょう。  あ、もしかしたら今言ったの全部魔理沙がしたいことだ」 15 「何で分かったの?」 答えずに僕はため息をついた。 それから10分ほど無言が続いた。 「んー」 魔理沙が何か言いかけてやめる。 「何?」 言いにくいことなのだろうか? 「あのさ、やっぱりもといた世界に帰りたいって、そう思ってるだろ?」 「え、それは・・・」 答えに詰まる。 15 数字は減らなかった。 「あれ?」 魔理沙が不思議そうな複雑な顔をする。 「えっと、ほら、僕こういうのんびりした暮らしにあこがれてたから、それで、えっと」 「そ、そうか。私も今みたいな暮らしは嫌いじゃないぜ。お前がきてから楽しいし・・・」 「・・・」 「・・・」 「そういう意味じゃないよね?」 「ああ、別に変なことは言ってないぜ」 ・・・ 「こんなことになって、魔理沙は迷惑してる?」 「自由にお茶が飲めないのは迷惑だぜ」 15 「たまには悪くないぜ」 再び沈黙。先ほどとは少し雰囲気がちがった。 「初めて会ったとき、姫っていったよな? あれ、なんで?」 「金髪がきれいだったし、服装も、おとぎの国みたいで」 「ふぅん・・・」 会話が続かない。 「そ、そういえば、そのあと魔法使いって言ってたけど、  初めて空飛ぶの見るまでは信じられなかったよ」 「ん、そうか? こっちじゃ飛べないほうが珍しいぜ。飛んでみたい?」 「飛んでみたいなぁ。魔理沙と一緒に自由に飛び回れたら楽しいだろうな」 14 「じゃぁ、今度教えてやるよ。大丈夫、飛ぶくらいならきっとすぐだぜ」 「やった、あ、でも僕が箒に乗っても似合わないかな」 「そんなことないと思うけど、別に箒じゃなくてもいいんだぜ。そこのちゃぶ台とか」 「それはもっとかっこ悪いって」 「そうだな、そんなのと一緒には飛びたくないぜ」 魔理沙は肩をすくめて首を振る。 僕はつられて笑った。 いつの間にか、背中合わせじゃなくて正面を向いて話していた。 そのことに気がついても、わざわざ背中向きなおすのが不自然な気がして そのままタイミングを逃した。 「14、かぁ」 「先は長いなぁ」 「アリスのやつ、見詰め合ってればすぐだとか言ってたけど・・・」 「本当かな?」 「…試してみるか?」 「え」 「何か簡単に解けるヒントがあるのかもしれないだろ?」 「う、うん」 「大丈夫、私は負けないぜ」 「にらめっこじゃないんだから…」 魔理沙に促されるまま僕たちは見詰め合った。 綺麗な金色の髪、大きくて意志の強そうな瞳も金色で、 白い頬には朱がさしていく。 そして、花のつぼみのような唇…、吸い込まれそうになる。 その距離30センチ弱。 ふいに、魔理沙が目を閉じた。 心なしか距離が近づいているように感じる。 これって、もしかして…でも、どうして… ほんの少しの時間がひどく長く感じる。 魔理沙は少しだけあごを上げ首を傾けた。 僕がほんの少し顔を近づければそれできっと唇が触れ合うだろう。 けれど、触れるか触れないかの直前に魔理沙は目を開けた。 僕はあわてて顔を離す。 「魔理沙、いったいどういうつもりで」 「どうもこうもないぜ、それよりお前、今私にキスしたかっただろ?」 なるほど、そういうことか…卑怯だよ魔理沙、 だってそんなに頬を赤くして、瞳を潤ませて…だから言い返してやった。 「違うよ! キスしたかったのは、魔理沙のほうでしょ」 「そ、そんなことはないぜ…たぶん…絶対」 あからさまに動揺している魔理沙。 縄の数字は12だった。 さっきは14。 「二つ、減ってる…」 「ははは…参ったなぁ…」 どうやら、そういうことのようだ。 僕は魔理沙の肩を抱き寄せ、顔を近づけた。 魔理沙は抵抗せずに瞳を閉じた。 初めての魔理沙とのキス。 、、、、 永遠にも思えたキスを終えて僕は魔理沙を抱き寄せたまま聞いた。 「こんな、勢いみたいな形で、もしかして後悔してたりしない?」 魔理沙は優しい笑顔を浮かべ言った。 「バカだなぁ、そんな言い方じゃ意味がないぜ。  お前は、私とキスして後悔なんてしていない」 11 そっか、そういうことか。分かったよ魔理沙。 言わなきゃいけない、でもちょっと変則的。 普通に言うよりものすごく恥ずかしい気がする。 ドキドキがとまらない。でも言わなきゃ。 「魔理沙は…僕に言いたいことがあるよね?」 「奇遇だな、お前も私に言いたいことがあるんだろう?」 9 僕と魔理沙は頷きあって笑った。 そして想いを伝える。 「魔理沙は、僕のことが好きだ」 「お前も、私のこと愛してるだろ?」 7 ちょっと負けた気分。 でもいいや、これからなら何度だって言えるんだから。 ゼロ距離で見詰め合う。 「魔理沙はまた僕にキスしたい」 「それは自分の気持ちだろ?」 僕たちはずっとお互いにキスしあった。 ・・・・・、0 次の朝、縄は解けていた。 それでも離れたくなくて、僕はまた魔理沙にキスをする。 そんな現場をアリスさんに見られてしまった。 「やっぱりね〜」 「アリス、勝手に家に入ってくるのは泥棒だぜ?」 「あらぁ、何度も声かけたわよ? それよりも、二人ともおめでとう、かしら」 「アリスさん、やっぱりって。こうなること知ってたんですか?」 もしかして、こういうことになったのは魔法の縄のせいかなと疑問がよぎった。 それくらい信じられないくらい幸せだった。 「あら、だってその縄の魔法は、  初めからお互いのこと好きじゃないと発動しないのよ? ね、魔、理、沙?」 「偶然だぜ…」 魔理沙は帽子で顔を隠してしまった。 疑問が解けた。 僕は、この可愛くて少し意地っ張りな魔法使いのお姫様を一生守ることを心に誓った。 end