「月が綺麗だね…こんな事を言うと、あいつが頭に浮かんで癪だけど」  そう言いながら、先を歩く妹紅は夜空の月に向かって手を伸ばす。  妹紅の長い白髪が、月の光を浴びてきらきらと輝いていた。 「そうだね…けど」 「?」 「僕は妹紅も綺麗だと思うよ」 「ばっ…!い、いきなり何をいうかなぁ!?」  少し色白な顔を赤く染めて、ぷいと妹紅はそっぽを向いてしまう。  こんな事を言えばこういう態度を取られるのは分かってるものの、ついつい言ってしまう。  …とはいっても、半分以上は本心なんだけれど。  実際、妹紅はとても綺麗だ。遠い昔は貴族の娘だったという話も頷ける。  そして話せば気の置けない友人のようにいつまでも語り合えて、楽しいのだ。  …そんな妹紅だから、僕は… 「…妹紅」 「ん?どうしたの?また変な事言うつもり?」  冗談っぽくこっちに言ってくる。けど、その瞳を僕は真っ直ぐ見つめ返した。  最初は笑っていた妹紅も、その眼に射られたように、表情がこわばる。 「ど、どうしたのよ…怖い顔しちゃってさ?そんな顔、似合わないよ?」 「……言いたい事が、あるんだ」  ごくり、と妹紅が喉を鳴らす。静かに、二人の間に緊張が満ちていくのが分かった。  妹紅は何も言わず、ただ僕の方を見つめている。  その瞳から眼をそらさないまま…僕は言った。 「僕は…妹紅が好きだ。妹紅と…ずっと一緒にいたい」  妹紅は、数瞬の間呆然としていた。  が…僕が言った意味を理解していくと同時に、顔がどんどんと真っ赤になっていく。  それこそ、彼女が扱う鳳凰の炎と比べても遜色がないほどに、だ。 「や、や、やだなぁ。きゅ、急にそんな冗談言われても」 「冗談なんかじゃないよ。冗談を言ってる眼に、見える?」  そういって、ずっと見つめていた目をさらに強める。  妹紅は急に落ち着きがなくなって、ポケットに手を突っ込んだまま石を蹴った。 「えーと、そのー…ちょ、ちょっと待って…」  そう言いながらも、顔の赤みは引かず、喉元あたりまで真っ赤に染まっていく。  どうやら凄まじく混乱しているみたいだった。    このまま告白しきれたらいいと、一瞬思った。  けれど、彼女は気が付いてしまうだろう。それは、変えようのない事実である。 「あ……」  呟くように小さな、妹紅の声。赤かった顔は色が引き、その顔には哀しげな表情が浮かんだ。 「ねぇ…私の体のこと、知ってるよね?」 「うん、知ってるよ。妹紅が見せてくれたんだもの」 「そう、だよね…私はさ、死ぬ事も…老いる事もないんだ」  そう呟く声は、言いようのないほどの寂しさが満ちていた。  俺のずっと一緒にいたいという願いと、彼女の身体の問題。  その二つをあわせれば…考えたくもない未来は簡単に予想できてしまう。 「私は…絶対にあなたを先に逝かせてしまうよ」 「そうだね…まず間違いなく、僕が先に死ぬだろうね」  僕のほうを見ている妹紅の瞳に、大粒の涙が一粒、二粒と浮かび始める。  それは頬を伝い、輝く軌跡を残す。  純粋な、悲しみの表情。それすらも僕は愛しく思ってしまう。 「私は、あなたが…皆が想像するほど、強くないよ…」 「………」  知っているよ。君は本当は凄く弱くて、寂しがりで、誰よりも温もりを求めてて… 「愛する人…失って、その後も生きていける自信なんて、ないよ…」 「………」  そう思ってしまった。だから、言うのを一度はためらった。けど… 「やだよぉ…困るよぉ……わた、私も好きなのに…大好きなのにぃ…!」  妹紅が言えたのは、そこまで。後は涙で声が出せなくなってしまう。  僕は、一歩一歩、ゆっくりと妹紅へ歩み寄り…そっと、妹紅に手を差し伸べた。 「…慧音さんに言われたんだ。告白して、応えてもらえたとしても、僕の先には苦難が多いって。  だから、一杯考えて、悩んで…全ての覚悟をした上で、思いを伝えろって」  妹紅は涙をぬぐいながら、僕が差し出した手を見つめている。 「僕は全て覚悟をした。死によって必ず分かたれる事も、妹紅をおいて逝ってしまう事も。  …それでも、君を愛さなければ、僕は…きっと生きていやしないのだから」  そう、最初に妹紅と出会ったときから…きっと、この結末は決まっていた。  あの時から…僕は妹紅以外を、愛せなくなってしまっていたのだから。 「僕は…きっと妹紅を苦しめる。生きていても、死んでしまったとしても…  けど、僕は信じられる。妹紅と一緒なら、沢山の悲しみをも超える幸せを、見つけられるって」  一緒にこれからの時を、歩んで行けるのなら。きっと沢山のいい事がある筈だ。  それはきっと、潰されそうなほどの悲しみや、無限の時を背負って生きる妹紅の助けに、きっとなるはずだと、僕は信じている。 「勝手な思い込みだと思ってもいい。怖いのなら、否定してくれたって構わない。  けど、もし僕の言葉を信じてくれるのなら…僕の手を、取って欲しい」  これが僕の覚悟だ。そう言うようにもう一度、妹紅に手を差し伸べた。 「…………」  妹紅は、何度もしゃくりあげながら、僕の手をじっと見つめて…  僕の手を、握り締めた。二度と離すまいとするかのように、強く。 「私も…よ。きっと…今あなたと離れたら…私も生きてなんかいられない」  涙混じりの赤い瞳で、けれども…力強い眼で、僕を見つめ返す妹紅。 「…信じるよ。あなたの言葉を、全て。だから…」  妹紅は繋いだ手を引き、僕を引き寄せて胸元に飛び込んできた。 「私を幸せにして…!これからも、あなたが消えても、ずっと…ずっと……!!」  僕はその願いに、言葉ではなく態度で示した。  腕の中にいる妹紅を、強く強く抱きしめる。大切なものを、離さないために。