静かに雨が降っている。そんな中で、木刀を降り続ける少女がいた。 「…っ!せいっ!はぁっ!!」  もう何時間経ったのか。ポケットから携帯を出して調べようとして…止めた。  重要なのは、これほどまでに動き続けて、妖夢が壊れないかだ。  明らかなオーバーワーク。傍から見てもありありと限界が見て取れる。  …それじゃ、駄目なんだ。 「あっ……!?」  振りかぶった木刀が手からすっぽ抜け、からからと転がる。  すでに握力も殆ど効かなくなってしまったのだろう。  歯を食いしばりながら体を引きずり、落ちた木刀を妖夢は拾おうとする。けれど… 「…っ!……つぅっ!!」  拾い上げたはずの木刀が零れ落ちる。もう無理だ。  妖夢は自らの掌を見つめて…悔しそうに地面に叩きつけ… 「駄目だっ!!」 「………!!」  …その手を、俺が途中で掴んだ。握り締めきれてない手には、信じられない程の力が込められている。  それは…妖夢が感じている無力と悔しさに、違いない。 「もう分かってるんだろう?動けるような体じゃないって…休まなきゃ、駄目だ」 「…いいから、放っておいて下さい」  よろよろと、掴まれた手を解こうとする妖夢。けれど、そんなことさせるもんか。 「嫌だ。これ以上は絶対にやらせない。妖夢が壊れてしまうよ」 「放って…放っておいてくださいっ!!」  弱弱しく…けれども、はっきりと妖夢は叫んだ。 「私は強くなりたい…強くなりたいんです!今よりも、もっと…ずっと…!  もう誰かを守れないなんて…嫌です!皆を…幽々子様を…あなたを守れる力が、今必要なんです!」 「…………」 「だから、一秒も無駄に出来ないんです…わかったら、この手を離して…」  パァン!! 「………!!」 「いい加減にしろ。こんなことしたって強くなれる訳がない。いや、むしろ体をぼろぼろにして…強くなる未来を潰す事にしかならない」  そう、あの頃…野球が好きで、上手くなりたいと思って過度の練習をし続けて…ついには何も出来なくなってしまった、俺のように。 「本当に強くなりたいのなら、今は休め。体の疲労が取れるまでは、絶対安静だ」 「…………」  妖夢は叩かれた頬を押さえたまま、俯いている。その表情は、見えない。 「…お願いだ。俺は君が俺を思ってくれているのと同じ位…いや、それ以上に君を大事に思ってるんだ。だから…お願いだから、言う事を聞いてくれ」 「……!」  それが恋心だとは…まだ言えなかった。  今はいうべき時じゃない、そう思ったからだ。 「……わかり、ました」  そういって、よろよろと妖夢は立ち上がった。  緊張の糸が切れたのか、足元がおぼつかず、ふらふらと頼りない足取り。  俺はその肩を負い、ゆっくりと部屋へと連れて行った。  服を着替えさせ(流石に俺は出来ないけど)、お粥を作り水を飲ませ、敷いておいた布団に妖夢を寝かせる。顔色はあまりよくなかったが、それでも少しは落ち着いたらしい。 「…眠れそうか?」 「はい…体結構痛いですけど、なんとかなりそうです」  妖夢はそういって、掛け布団を引き上げた。寝るようなので、お暇しよう。  そう思い、立ち上がった俺を、妖夢は引き止めた。 「あの………です、ね?」 「ん?」 「大事だ…って言ってくれたの…本当ですか?」  顔が真っ赤に染まっている。まずい、熱でも出たか?  そう思ったが、そうでもないらしい。……まさか、なぁ。 「そうだよ。大事で…大好きだ。それは、偽りじゃない」  俺はそう答えた。きっとこれが…俺の今の行動原理だから。 「………です」 「…?」  虫の鳴く様なか細い声。よく聞き取れなかったので、顔を近づける。 「わ……わたしも……大好き、です……っ!!」  そういうと、妖夢はばふっと掛け布団を被ってしまう。  トマトとガチ勝負できる位真っ赤になってるのは、簡単に予想できた。 「………」  そして、多分俺も。いたたまれなくなったので、やっぱりお暇することにした。  部屋を出るために障子に手をかけた時、ぽつりと…呟くように、言った。 「俺もだよ。君を…妖夢を、一人の女性として、俺は愛してる」  それだけ言って、俺は廊下へ出た。  ぽりぽりと頭をかきながら、部屋へ戻りながら、ふと思った。 「今日、寝れるのかな…俺も、妖夢も」  俺はともかく、妖夢は寝たほうがいいんだけど。