- 分類
- 私SS
「ねぇ、衣玖、アリスの靴下をわざわざ盗み出して、ちょっと甘辛く煮てみたんだけれども!」
信じられない程の笑みを浮かべている天子。
彼女が掲げた皿の上には、間違いない。醤油と砂糖でこしらえられた、靴下の甘辛煮が乗っている。パセリが添えられ、如何にも食欲がそそる。また、茹でられたアンティチョックが色彩的に良いアクセント。
そして、それを見た衣玖は「うっ」とカエルのような声を上げて、たじろいだ。
「それでね、衣玖に食べて欲しいんだけれども! 一生懸命つくったの」
天子は天真爛漫の、笑みを浮かべた。衣玖は恐怖を覚えた。その純粋な笑みに恐れを抱いたのだ!
そこまで書いて、おれのブラインドタッチは止まった。
それから先が全く思い浮かばないのだ。
そもそも、おれがこのようなSSを書いているのには、訳があるのだ。
天鳳という麻雀ネットゲームサービスがある。創想話作家達は時々、天鳳で賭け麻雀をする。
尤も、賭けるのは金銭ではない。
トップになった場合、ドベに「こういうお題で書いてね」と命令する権利を与えられるのだ。
おれは今回、Kという胴元が主催する卓に座ったのだったが、これが運の付きだったのかもしれない。
試合内容はよく覚えていないが、最初から全くツイていなかった俺は、オーラスでKに振り込んでしまったのだ。結果、ドベはおれになった。
彼はあろうことか、おれに「アリスの靴下を調理する天子ちゃん」などという、もうなんかどの階層に需要があるんすかと問いただしたくなるような、最悪の題材をオーダーした。
無論、このような題材をおれが扱って、下手に創想話に発表したらおれの作家生命が終わるだろう。こんな題材を扱って生き延びられるのは智弘氏か八重結界氏か、せいぜい沙月氏、あるいは悪ふざけの過ぎた保冷剤氏くらいのものだろう。
人間向き不向きというものがある。おれのようなろくにギャグ書けないようなものが手を出したら、いっかんの終わりだ。
そんな訳で、おれは知らぬ存ぜぬを突き通して、今日の今日まで忘れてしまったふりをして、のんきに暮らしていた。
しかし、忘れようとしても決して忘れられなかった。まるでどこかの港に置いて来た愛人のように、おれの心の中にしこりとなっていた。
丁度、よく判んないけど、エイプリルフールということで、創想話がエイプリルフール仕様とかしていた。簡単に言えば、冗談のような話を投稿出来るというわけだ。
そんな訳でおれは、この機会を生かして、投稿してしまおうと考えた。
しかし、一向に作品の進捗は無い。
「大体おれ、非想天則やったことないんだよなぁ」
調理された靴下+やったこともないゲーム という最悪の方程式が組み上がっていた。
「ヤヴェえよ。あと二時間しかない」
おれは焦った。言う必要のない独り言をいうほど焦った。尚、おれはこのSS執筆のせいで、クリーニング屋でスーツを取りにいくのを忘れ、水道料金とネット料金を払うのを忘れ、もうやけっぱちになりながら酒を飲んで書いている。書いては消して、書いては消している。
お腹すいたな。
おれはジャンパーを着て、扉を開けた。そして、近くのラーメン屋に向かった。
iPhoneでぽちぽち書きながら、おれは妙典駅付近のラーメン屋に歩を進める。
っていうか、何なのこの状況。のれんをくぐり、おれは泣きながらカウンターに座った。
「なでしこジャパンはかなり微妙な試合だったし、スペックは始まっちゃったし、どうするんの。何なの、アリスの靴下って何なの。何がどうなってんの」
おれの脳裏には、天子と衣玖が甘辛く煮たアリスの靴下を挟んでにらみ合っている映像が浮かんでいた。そこからどう展開が転ぶのか、だれも判らないのだ。
こんな経験は初めてだった。
アリス。おれが一番好きなキャラクターだ。過去にこのキャラクターを元に何作か書いているし、決してこんな迷いは生じなかった筈だ。
おれのアリスへの考え方が足りないのだろうか。ひょっとしたら愛が足りないのだろうか。おれはとんこつらーめんを啜りながら考え込んでしまった。
その時、おれのiPhoneが震えた。スカイプが反応したのだ。
今度一緒に本を出す予定の、Sさんからだった。
「今度のプロット、どうですか? 進んでます?」
「いや、それどころじゃないから。ところで、あんたさ、アリスの靴下食べる時、どうする? どういうドラマがあると思う?」
「いや、普通食べないですよ……」
着信が切れた。
そうだろうね、ははは。おれは只管馬鹿笑いしながら、千葉シティのネオンの下を歩く。どうしようかなぁ。しかし、例大祭の原稿どうしようかな。夏コミもあるしなぁ。いっその事、このまま出しちゃおうかな。でもなぁ、こんな状態で出したらヨーソローホイサッサーでも怒られるんじゃないかぁ。っていうか何なの、この投稿数。何か過去の人みたいな人もいるんだけど。あとスペック、お前はさっぱり面白く無い。お前の演出方法は、ドラマにして邦画の限界みたいなのをありありと映し出してしまっていて、その点面白いがね。所詮、日本の役者じゃ無理なのかね。その昔、伊丹十三が言ってたけど、日本人ってタテマエとホンネしか持たないから、役者というのは本当に純粋なまでに演技をしちゃうんだってね。演出から面白おかしくしないと、ドラマが作れないというのは本当に悲劇だね。ちゃかさないと物語が作れないって言うのは、悲劇だよ。罪だよ罰だよ。Xメンみたいに、冗談のような話でも、あんな壮大なマイノリティの苦しみを書けないんだね。何故なら、役者にも作成者にも、そんな感情は無いんだからね。おれはこんな時、役作りという言葉の意味を良く考えてしまうよ。タテマエ・オンリーで演技をしている人間を見ていると、最近ちょっと可哀想になるんだ。なんかやだね。ほほほ。でも、最新の映画の予告はちょっと面白そうだったね。人類最後の日とか。大風呂敷ひろげちゃったね。
そんな訳で皆さん、面白い映画を見たかったら、Xメンの最新作見ると良いですよ。ファーストジェネレーション。今日は近所のTSUTAYAで借りて、ゆっくりお酒飲みながら鑑賞しますけん。あれは結構面白いよ。おれは邦画のダラシネェ状況に八つ当たりしながら、この訳の判らないSSの続きを書く。うへぇ大変。
佐藤厚志
- 作品情報
- 作品集:
- 最新
- 投稿日時:
- 2012/04/01 22:24:06
- 更新日時:
- 2012/04/01 22:24:06
- 評価:
- 5/11
- POINT:
- 45641736
- Rate:
- 760696.02
でもお題は全く消化できてませんよね?再挑戦を要求します。どうぞ。
しかもなんか面白いし。文字詰まってるけど語りかけがするする入ってくる。