- 分類
- リグル・ナイトバグ
- ミスティア・ローレライ
四月一日。
この日、とある場所で、祭りが行われると聞いた。
祭りの名は、ヨーソローホイサッサー。
嘘をついても許されるというエイプリルフール。それにちなんだ、どんなデタラメも許されるという、奇妙奇天烈な祭りだという。
「そっか、祭りか……そんなのがあるんだ……」
そのことを聞いたリグルは、ほんの少しだけ、胸を弾ませた。
胸を、弾ませてしまった。
「じゃあ、ちょっとくらい、私の出番もあるかな」
/
深夜、日付が変わってから、一時間だけ待ってみた。
さすがに焦りすぎだよね、とリグルは思った。
ちょっと時間を置いて、朝になってから覗いてみた。
まあ元々、出番は少ないほうだし、とリグルは思った。
気晴らしに外でミスティアと遊び、昼間になってから、また覗いてみた。
……さすがのリグルも、不安で胸が痛くなってきた。
そして。
夕方になり、夜になった。
/
「ひっく、えぐっ、ぐすっ……」
「リグル、ほら、そんな落ち込まなくても。八目鰻あげるから、元気出しなよ」
「ミスティアはいいじゃない、出番があるんだからさぁ……」
悲しみにくれるリグル。
せっかくの祭りだと期待していたのに。
日が暮れる頃になっても、リグルの出番は、全くと言っていいほど無かったのだ。
「私だって、そんなに出番があるわけじゃないわよ。ちらほらと名前が出る程度よ」
「えぐっ、ぐすっ……ミスティアにはわからないわよ、私がどんな思いで、『作品集内のすべて』検索で自分の名前を検索してたか、なんて」
「いや、そりゃ確かにわかんないわ」
何時間も待ち続けて、やっと名前検索に一件引っかかったと思ったら、タイトルに名前が出てただけだったのだ。
ええ、タイトルに名前が出ただけでも嬉しかったんですよ本当に。リグルはGじゃないですよね、当然です。
「ミスティアはいいじゃない、ちょいちょい出番があるんだから……祭りに限らず、いつだってそうよ。私はこうやって、創想話のみんなから忘れ去られていくんだ……」
「そんなことないわよ。リグルだって私たちの友達なんだし。リグルだって、たまに出番があると、すごく輝いてるじゃない」
「でも、出番は少ないんだ……」
そう、本当に少ないのだ。
創想話に投稿されるSSで、リグルがメインで登場するSSというのは、週に1回投稿されれば大収穫なのだ。これは、嘘偽りの無い事実である。
創想話に限った話ではない。たとえばニコニコ動画にしても、リグル動画というのは本当に少ない。おかげで作品チェックは楽でいいのだが、リグルがメインで出る動画のほとんどが、連載ペースが速いうp主さんたちによる卓遊戯動画だったりする。いや、東方卓遊戯はそれぞれ個性派ぞろいで面白いからいいんだけど。昨今になって注目を浴び始めたMMD動画に至っては、昨年9月になってようやくリグルモデルが完成したところ。にも関わらずリグルのMMD動画はあんまり増えず、たまに投稿されたと思ったら「他の子に比べるとモデルが可愛くないよね」という心無い一言を浴びせられる始末。リグルモデルのうp主さんは現在、執念を燃やしてモデルのリメイクに取り掛かっているのだ。本当にお疲れ様です。
「イラストレイターさんには愛されてるじゃないの! しっかりしてよ、リグル!」
「そ、そうだよね……私だってちょっとは……多分、愛されてる、よね?」
そんなリグルだが、なぜか絵師人気は高い。
いや、もしかしたら、リグル愛が高じてイラストを描き始めたんじゃないか、という人さえちょくちょく見る。それほどにリグルは、一部界隈においては愛されているのだ。
その愛されぶりは千差万別。「これほどネタにしやすいキャラもそうはいない」とばかりに、今日もどこかでいじられたりペロペロされたりしているのだ。これまさにリグルクオリティ。
「でも、やっぱり創想話では……」
「贅沢よ、リグル! 今年に入ってからは大豊作だって、この前喜んでたばかりじゃないの!」
「う、うう。でも、せっかくのお祭りなのに……」
ちなみに2012年に入ってから、創想話でリグルメインの作品は、1月に2本、2月に2本、3月に5本投稿されています。「リグルがメインの作品」の範囲は、当方が独断で判断しています、ご了承ください。
「み、ミスティア……私、大丈夫かな? このまま、誰にもネタにされなくなって、消えてしまったり……しないよね?」
「まったく、もう……」
なおも不安に震えるリグルを前に、ミスティアは嘆息。
――リグルとて、わかってはいるはずなのだ。
本当に忘れられることなんて無い。一部の界隈の中であっても、リグルは愛されている。それがわからないリグルではないはずだ。
ただ、自分の不人気を気にしているのも事実である。蟲の地位向上を狙いたいという気持ちもあるし、他の友達のみんなから離れたくないという気持ちもある。
そんな揺れ動く気持ちを抱えたまま――今回のお祭りである。
待てど暮らせど出番が来ないという現状に、一時的にではあるが、リグルの不安が爆発してしまった。
「じゃあね、リグル。私じゃだめ?」
「ひっく、ひっく……ふぇ?」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。
リグルが見たのは、ミスティアの、慈愛に満ちた笑顔。
「あのね、リグル。今日は、エイプリルフールよね?」
「う、うん」
「だから、私がリグルに、嘘をついてあげる」
「え、う……?」
ひとまず泣きやんだリグルは、泣き疲れた頭で、ぼんやりと考える。
ミスティアが、リグルに、嘘をついてくれる。
つまり、ミスティアは――
「私と一緒に、いてくれる、ってこと?」
「一緒にいるだけじゃないわよ。リグルに嘘をついてあげるの」
「う……う、うん。ありがと」
「まったく。リグルは寂しんぼうなんだから」
「うぅ、むぅー」
反論したいが、あれだけ泣き顔を見られた後では反論できない。
せめてもの反抗心を込めて、リグルは、むっとミスティアを睨み付けた。
「はいはい、泣き腫らした顔で睨んできても、可愛いだけだからね」
「う、うー。って、そっか、顔がひどいことになってる……洗ってこないと」
「駄目よ、私が今から嘘を言うんだから。離してあげないんだから」
「う、うう、うぅー」
一緒にいてくれるのは嬉しいが、その間ずっと、ひどい顔を見られ続けるのだから、恥ずかしいことこの上無い。
そして厄介なことにミスティアは、そんなリグルの羞恥心をわかった上で言っているのだ。
「さあ、リグル」
「うん」
「これから嘘を言うわよ」
「う、うん……?」
はて、嘘というのはこんなに、わかりやすく宣言して言うものだったろうか。
疑問に思いつつ、リグルはミスティアの口元を注視する。
いったいどんな嘘が飛び出すのか――
「言うわよ……」
「う、うん……」
「…………」
「……ね、ねえ、勿体ぶらないで、早く」
「……私、リグルのこと、好き」
え?
「……! あ、ああ! ああそうか、嘘!? 嘘よね、そんな、やだなぁミスティアったら」
「リグルのこと、嫌い」
「えぇ!?」
何だ。何だこれは、どういうことだ。
好きと言われた。好きというのが嘘だと思った。
思ったら、次の瞬間、嫌いだと言われた。
いったい、ミスティアは何を言っているのか――
「え!? え、え、うぇ!? 好きって、嫌いって!?」
「愛してるわ、リグル」
「ふぇ!?」
「大嫌いよ、リグル」
「ええええ!?」
好き、嫌い。好き、嫌い。
二つの言葉が入り乱れて、リグルの胸に突き刺さり、混ざり合って、ぐちゃぐちゃにかき回され、わけがわからなくなってしまう。
本当に、ミスティアは何が言いたいのか。よく知った親友の言葉のはずなのに、本気で意味がわからない――
「あははっ。リグルの顔、面白い! 物凄い挙動不審になってるわよ?」
「って、え、ええ!? も、もしかして全部、私をからかうための!?」
「からかってなんかいないわ。私は本気よ」
「ええ!? ほ、本気って、本気って!?」
「本気よ」
「な、何が!? 本気で、なんだっていうの!?」
「何だと思う?」
「わかんないよ!」
「じゃあ……当ててみてよ」
当てる?
「何を!?」
「どっちが嘘か」
好きという言葉が嘘?
だったら――ミスティアは、リグルのことが嫌い。
嫌いという言葉が嘘?
だったら――ミスティアは、リグルのことが好き。
「そ、そんな、そんなの」
「リグルが決めていいよ」
「そんな……!」
「どっちが嘘で、どっちが本当か」
もし、ミスティアが本当に、リグルのことが嫌いだったら。
ミスティアはきっと、遠くにいってしまうだろう。嫌いなやつと一緒になんかいるわけがない。
それは嫌だった。リグルにとっては、とても悲しいことだった。
でも、そうでなければ。
ミスティアが、本気で。
リグルのことを、嫌いじゃないなら、その逆だっていうのなら――
「そ、そんなの……」
「…………」
ミスティアが、リグルの言葉を待っている。
リグルは、答えなければならない。
ミスティアの気持ちを、リグルが、答えなければ――
「そんなの……わかんないよ。私には、ミスティアの嘘なんて、わかんない」
「あーあ。やっぱりリグルってそうよねー。うん、わかってたわかってた」
「へ?」
さっきまでの緊張感はどこへやら。やれやれ、と脱力した様子でぼやくミスティアに、リグルは困惑してしまう。
「まあ、そんなところが可愛いのよね、リグルは。いつまでもヘタレなままの貴女でいてください」
「へ、ヘタレって言うなー!」
「今は言っていいと思うなー。私はリグルのことを、好きでしょうか、嫌いでしょうかー?」
「うう、だって、ミスティアの気持ちを私が答えるって、やっぱり変だよぉ」
「ヘタレー」
「う、うるさぁい……私だって、やる時はやるんだから……」
弱々しく反論するリグルに、はいはいわかったわかった、と苦笑を返すミスティア。
全く、こんなことだから――ミスティアは、リグルのそばを、離れられないのだ。
「じゃあリグル、私の気持ちじゃなくてさ」
「ん?」
「リグルの、自分の気持ちを言ってみてよ」
「ん? ん…………え、えぇ!? 気持ちって!?」
「もちろん、リグルが私のこと、どう思ってるか」
「わ、わわわわわわ私がミスティアのこと!? どう思うって、どうって何が!?」
「はいはいどうどう、パニクらない暴れない。だからさ、私と同じように言えばいいのよ」
「お、おおお、同じ!? 同じようにって――あ」
ああ。
ようやく、リグルにも、合点がいった。
「え、えーと」
「うん。なあに、リグル?」
「じゃ、じゃあ、ミスティア」
「うん」
「こ、これから……嘘を、つくよ?」
そうして、リグルは。
蚊の鳴くような、小さな小さな声で。
今日、四月一日の残りの数時間、繰り返して何回も、数えきれないほど言う羽目になる。
その言葉を、口にした。
「私、ミスティアのこと――」
「リグル、大好き」
「ミスティア、大好き」
「リグル、大嫌い」
「ミスティア、大嫌い」
二人は何度も、その言葉を繰り返す。
どの言葉が嘘で、どの言葉が本当か。
わからないはずがないのに、わかってしまうのが怖い。
でも、これは嘘かもしれない言葉だから。
だから、何回でも、口に出せるのだ。
「リグル、大好き」
「ミスティア、大好き」
――そうして、何十回か、それとも何百回か、繰り返した時だった。
――ピンポンパンポーン。
「ん? 何の音?」
「ああ、ヨーソローホイサッサー会場のほうからみたいね。誰かの呼び出しかしら――」
――会場にお越しの、リグル・ナイトバグさん。
アン・シャーリーさんのSS、「あいさつの魔法」、橙華おとうちゃんさんのSS、「人食い妖怪たちに質問したい」、双角さんのSS、「星に願いを」、PNSさんのSS、「冒険活劇 『ヨーソローホイサッサー』 」におきまして、それぞれ出番が確認されております。
至急、「あいさつの魔法」、「人食い妖怪たちに質問したい」、「星に願いを」、「冒険活劇 『ヨーソローホイサッサー』 」にご出演ください。
また、アン・シャーリーさんのSS、「奥さん米屋です」におきましても、出番では無いものの、リグル・ナイトバグさんのお名前が確認されています。
よろしければ、そちらもご確認ください。繰り返します――
「ほ、本当に!? こうしちゃいられない、それじゃまたね、ミスティア!」
「え、ちょ、嘘!? ま、待ってリグル、あ、あぁー……」
待ちに待った出番に、リグルは興奮して、すぐさま飛び去ってしまった。
後には一人だけ、ぽつねんとミスティアが残される。
「はあ、しょうがない。私も他の出演作に行こうかな……」
それに、とミスティアは思う。
四月一日は、今日だけではない。来年も、再来年もやってくるのだ。
もしかしたら次こそは、リグルの出番は、完全に無くなるかも知れないのだ。
そして、その時こそ……
「そうよ、リグルが一人っきりになっちゃったら、今度こそリグルを私だけのものにしちゃうんだから。うふふ……」
口元に笑みを浮かべたまま、ミスティアもまた、自分の出番に向けて飛んでいった。
追記
一応補足しておきますと、作中でのリグル作品についての説明は、やや大げさに表現してあります。
たとえば動画の「卓遊戯動画がほとんど」というのも、実際には五から六割前後だと思います。それでも卓遊戯という一ジャンルだけで、これだけ多いのは凄いと思うのですが(私の探す範囲が、まだまだ限られているせいというのもあります)。
そんな誇張混じりの説明ですが、創想話の「週1本投稿されれば大収穫」は、全く誇張の無い事実だと思います。だから今週、ヨーソローを含めて、リグルがある程度メインで出ているSSが六本も投稿されたというのは、私の知る限り過去に類を見ないほどの異例の大豊作だったりします。
皆さんありがとうございます。コメント返しです。
>奇声を発する(ryさん
ええ、まさにタイトル通りです。
>久々さん
そうですよね、リグルSSが少ないと思うなら、自分で書けという話ですよね。私もそう思います。
それはさておいたとしても、非常に光栄です。あくまで自分なりにですが、頑張りたいと思います。
>4さん
光栄です。リグル好きさんは熱い人たちが多くて、「私なんてまだまだ」と思わされてばかりです。
楔
http://wrigglen.blog40.fc2.com/
- 作品情報
- 作品集:
- 最新
- 投稿日時:
- 2012/04/01 21:46:04
- 更新日時:
- 2012/04/02 20:38:40
- 評価:
- 3/6
- POINT:
- 27357525
- Rate:
- 781644.29