Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

地底四人娘 番外編1 ――四人娘の十二月二十四日―― 

2016/12/29 01:05:30
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 水橋パルスィのクリスマス・イヴは、物を投げることから始まる。


「ぬぁにが『めりぃくりすます』よ!! 私に言わせりゃ○ソスマス! メリーだかペリーだか知らないけど、さっさとク○を済ませてこいって伝えなさい!」


 さらに、物を殴ることで続く。


「大体この地底にまともなキリスト教徒なんて、赤鼻のトナカイよりも少ねーわよ! 仏教も神道もイスラム教もゾロアスター教もマニ教も関係なし! イリアスにもエッダにも封神演義にもマヤの石版にも載ってないお祭りが、なんでよりにもよってジパングの底で行われてるわけ!? ナンセンスでしょ!」


 あとはひたすら暴れることで、怒りの舞踊は最高潮に達する。


「ぁぁあああ妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい!! この緑の血涙が大洪水となって、ノアの一家を運ぶことになるでしょうね! ただし箱舟の中にツリーでも飾ってみなさい! モミの木で親子動物丸ごと串刺しにしてやるから!! ほぉおおりぃいいい嫉妬――!!!」



◆◇◆




 地底奥深くに存在する都の北東にそびえ立つ、鬼ヶ城。
 その鬼ヶ城の敷地内にある食客用の屋敷、風雷邸。
 
 その風雷邸の数多くある座敷部屋の一つに、四つの影が揃っていた。

「と、いうわけで。『絶対に皆で何かお祝いしたい』と言うキスメと、『祝うくらいなら死ぬ』と言うパルスィの、両方の希望を取り入れた結果……」

 提灯一つの薄暗い和室を、ぼそぼそとした声がたゆたう。

「うちらは一般のクリスマスとは一味違った……というか一切関係のないパーティーを開くことになりました。司会進行は、私黒谷ヤマメでお送りしてます。あ、拍手はなしで」

 ナレーションのトーンも含めて、全てが暗かった。
 集まっている面々も、外の華やかなお祭り騒ぎとは一味も二味も違った、異様な格好をしている。

 音頭を取った土蜘蛛は、顔に乾燥した葉を組み合わせて造ったお面をつけており、黒いマントを身にまとっていた。
 その横にいる一本角の鬼は、顔は隠していないものの、血糊のついた甲冑を装備していた。
 桶を鋲付きのベルトでコーティングした釣瓶落としは、刀傷の無数にある円錐形の帽子をかぶっている。
 そして最も殺伐としたオーラを放っているのが、腕を組んで腰を据えた、般若のお面の妖怪であった。

 まるで邪教の宗徒が闇鍋でも始めるかのような空気だったが、四角いちゃぶ台の中央には、紙箱がひとつ。

「何でもいいから、さっさと始めなさい」

 般若の面をした金髪の橋姫が、ささくれ立った声で言った。

「私はこれでも忙しいのよ。これから藁人形を666体作って五寸釘をその十倍用意しないといけないの」
「はいはい。それじゃまず、こちらのケーキからどうぞ」

 葉っぱのお面をした土蜘蛛は、ちゃぶ台に両手を伸ばし、ひょいと紙箱の蓋を持ち上げた。

 そこに現れたのはケーキ…………と呼ぶには、あまりにもおぞましい代物だった。
 藻で濁った沼色の生地に、真っ黒のクリーム。その上にみみず腫れのような赤い糸が引かれ、白いドクロ型のチョコレートが飾られている。
 しかもそれが皿ではなく、『鉄輪』に載っていた。ロウソクの数はきっちり13本。
 こんなものが地上のレストランで出てくれば、店内の客は悲鳴を上げるか、息を呑んで静まり返るだろう。
 ところが、

「なっ!!」

 この場にいた般若の面の橋姫は、むしろ小さく歓声を上げた。
 腕をバババッと動かし、ポーズを取ってケーキを指す。 

「これよ! 毒々しく、禍々しい最高のデザイン! どうして思いつかなかったのかしら! 誕生日も含めた、全ての祝い事のケーキはこうなるべきだわ。で、どうやって切り分けるの? まさかケーキナイフを使うとか言わないでしょうね」
「こちらに『タケのこ』を用意しました」
「エクセレンッ!」 

 土蜘蛛が差しだしたその『タケのこ』とは、筍ではなく、竹でできたノコギリであった。
 わざと切れ味が悪くなるようギザギザと刃が乱れている。相手に苦痛を与える拷問、あるいは処刑用の器具だ。

 そんな物騒なものを、般若の妖怪は嬉々としてケーキに突き刺していく。

「うふふふふ。赤い糸が引き裂かれていく。この光景を都のカップル共に見せたいわ。いいえ、この行為こそがきっと呪いとなって、奴らの頭上から降り注ぐことでしょうね。うひひひひ」

 一方で、このケーキを考案、創作した土蜘蛛と鬼は、お互い白けた顔を見合わせていた。
 さらにその四つの視線は、この中で最も懸命にケーキを作っていた、残る一人に向けられる。
 
 その円錐形の帽子をかぶった釣瓶落としは、

「……パルスィちゃんが嬉しそうだから、我慢する」

 と健気にも言った。ただしその顔は、あと一歩で (;へ;)という表情になっていたが。

 それから四人は、切り分けられたケーキを賞味した。小さなどくろはホワイトチョコレートで、クリームはビターチョコレート。スポンジは抹茶という組み合わせなので、見た目ほど味は悪くなく、なかなか美味だった。まさか胃袋の方も、こんなグロテスクな代物を消化しているとは思わないであろう。

「で、これで終わりかしら?」
「いや、下の連中に頼んで、こんなもんを用意させた。どう使おうと勝手だが」

 と、一本角の鬼が取り出したのは、ケースに入ったトランプだった。
 絵札に地獄絵図が描かれた、いかにも悪趣味な地底らしいトランプだ。
 だがそこまで珍しいものではないため、般若の橋姫の声も平然とした様子で、それを指で弾く。

「ありきたりね。で、これで何をしようっての」
「七ならべ、だそうだ」
「なっ……!?」

 よりにもよってクリスマスに、しかもこの陰惨な絵柄のトランプで、もっとも地味なゲームをやるという所業。
 まともな神経を持ってるなら、すかさずノーを突きつける提案だったが、

「それならそうと早く言いなさいよ! ほら、切るわよ!」
 
 なぜか橋姫は嬉しげだった。
 四人はしばらく黙々と、ちゃぶ台の上で七ならべを行う。

「素晴らしい……陰気だわ。旧都で一番豪華なこの城の膝元で、こんな遊びが行われている。この捻れた現実に身も心も凍りそう」

 なのにどうしてそんなに嬉しそうな顔なのか。
 と、実際に身も心も凍りそうな残りの三名は思っていた。

 それからパルスィの提案で、トランプ四組を使った、ネバーエンディング神経衰弱が行われた。
 ちゃぶ台を四つセットして、216枚のカードをめくり続けるというルールである。
 いくらめくっても終わらない。数字を覚える気力も湧かない。
 砂漠で水を求めるかのように、四人は当てもなく順番に八畳間の屋敷をさまよい……

「だあああ! もういい! こんな辛気くさいことやってられるか!」

 最初に我慢の限界が来たのは、力の一本角だった。
 彼女はすっくと立ち上がり、橋姫の襟首をつまみ上げて、

「パルスィ! 大人げないぞ! お前も外の祭りに文句あるんなら、正々堂々旧地獄街道を巡って、直接言ってこい!」
「ケーッ! 大きなお世話よ! クリスマス臭い空気なんて死んでもごめんだわ! 大体、橋姫ってのは常に後ろ向きのまま全力ダッシュする妖怪なのよ! っていうか地底妖怪ってのはそういうもんよ!」
「勝手に鬼も一緒にするな! 来い! 外に出かけるついでに、お前の湿気た根性も叩き直してやる!」
「やれるもんならやってみなさい! 言っとくけど、今日の私は嫉妬パワーマックスよ! あんたの馬鹿力がいつもみたいに通用するとは思わないことね!」

 水橋パルスィは胸倉をつかみ、星熊勇儀の方は奥襟を捻る。そのまま両者の視線が音を立てて火花を散らした。
 土蜘蛛は敢えて止めるつもりもないのか、ひょいひょいとちゃぶ台と器用な手つきでトランプを片づけていく。
 舞台が整い、二つの相反する闘気がぶつかろうとしたが、

「ま、待って勇儀さんパルスィちゃん! いいの別に! 私なら全然平気!」

 と、甲高い声で止めに入ったのは、このパーティーを一番楽しみにしていて、この展開に一番ショックを受けていたであろう、釣瓶落としだった。

「食べたかったケーキじゃないし、しようと思ってた遊びじゃないし、思ってたパーティーじゃないし、お外のクリスマスの方が楽しそうだけど……」

 緑の眉を垂れさせ、唇をめくりあげながらも、彼女は目をこすって続ける。

「それでもいい。私ワガママ言わない。クリスマスは誰かと比べるんじゃなくて、誰と過ごすかが大事だって、そう教わったから」

 その発言に、残る三人は虚をつかれた。
 というのは、いずれの胸にも、彼女にそう話した心当たりがなかったからだ。

「……誰に教わったの?」
「それは」

 キスメが答えようとした瞬間だった。
 突然、庭側の襖がスパーンと音を立てて開け放たれた。
 気配が全く無かったので、四人全員が不意を突かれる。
 しかも、

「フォッフォッフォー」

 と、そこに小柄なサンタが立っていたのだから、なおさらだった。
 ボンボンつきの赤い帽子に白いひげ、そして金のボタンのついた赤いつなぎ。
 トナカイもそりもないものの、背中に大きな袋を担いだその姿は、まぎれもなくサンタクロースだ。

「フォッフォッフォッフォー」

 完全に硬直している四人の前で、サンタは小首を傾げ、

「あれ? セリフ忘れちゃった。『ワレワレハ、バルタン星人ダ』だったっけ」

 と、子供の声で言った。
 聞かれても、誰も返答できなかったが。

「まあいっか。はいこれ。お届けものです。じゃあね」

 と言って、担いだ袋を乱暴に落とし、小さなサンタは風のごとく去っていった。
 縁側に残されたのは、大きな布の袋。
 中を調べてみると、ご丁寧に四人のパーツと同じ風に色分けされた、形の異なる四つの箱があった。
 
「爆弾……とかじゃないよね」
「うーん。呪いとか、そういう怪しい気みたいなのは感じられないけど」

 というわけで、それぞれ開けてみると……。

「あ! 欲しかった地底幻想文学集!」
「おお!? こいつは幻の酒、金斗雲じゃないか! 見るのは数年ぶりだよ」
「あれま、メリケン粉に柔軟剤。確かに切らしてたんだよね。買いに行く手間が省けた」
 
 それから三人の視線は、最後の一人の背中に向かう。

「スパイスセットと……コーヒー豆……」

 箱を開けたパルスィは、中身を確認して、呆然と呟いていた。
 勇儀はサンタが消えた方角を見つめ、

「一体何もんだ? この鬼ヶ城の中まで乗り込んでこれるとは……しかも私らの欲しいものまでピタリと当てたとなると……」
「ひょっとして、本物のサンタさんってこと!?」
「驚いたねぇ。わざわざこんな地底まで出張とは。もっといいものねだっておけばよかった」

 にわかに部屋の雰囲気が明るくなる。

「おかしいでしょ!」

 パルスィは狼狽した様子で首を振って言った。

「あ、ありえないわ! だって私、悪い子だもの! さっきだって、サンタもそりで轢くレベルの悪口言ってたもの!」
「おやおや驚いた。まさか自覚あったとは」
「何だっていいでしょ! ヤマメ! あんたが何か仕込んだのよね!? きっと三人で私をクリスマス地獄に陥れようと……!」
「えっ、私知らないよ?」
「私も全く知らない。こんなことでウソはつかないぞ」

 と正直な鬼の代表格に返され、パルスィは言葉を呑みこむ。
 その背中を、ヤマメは笑顔で軽く押しながら、

「まぁまぁ、いいじゃないの別に。このパーティーはこれくらいにしてさ。また別の宴の準備に取り掛かろうよ。キッチンには食材がまだ売るほど余ってるから」
「わーい! みんなで美味しい物作ろうね!」
「いいえこれは誰かの罠だわ。私は騙されない騙されない騙されない」
「よしよし。出かける必要もなくなったな。福は外! 鬼は内だ!」
「それは正月よバカ!」



 ◆◇◆




 風雷邸で呑気な会話が繰り広げられている頃、旧都の一角では、小さなサンタが空中をランニングしていた。
 そこに、

「こいし」

 と声がかかり、サンタは「およ?」と急停止して辺りを見回す。

「どこかからお姉ちゃんの声がしたような」
「ここですよ、ここ」

 と言って物陰から現れたのは、トナカイのコスプレをした覚り妖怪だった。
 するとサンタは後ずさりして、

「やや。正体はお姉ちゃんみたいなトナカイだった」
「逆です。トナカイの格好をしたお姉ちゃんです。きちんとプレゼントを渡してくれましたか?」
「うん。ちゃんと置いてきたよ」
「縁側に乱暴に置いたんじゃないでしょうね」
「ううん。そーっ……と叩きつけてきた」

 思わずさとりはため息を吐く。
 といっても、妹の所業を予想していた彼女は、あらかじめ四つのプレゼントにきちんと緩衝用の綿も詰めていた。
 そしてあの四人がプレゼントを喜んでくれたことについても、城の塀の外から心を読むことで分かっていた。

 きっかけは、先日にキスメが地霊殿にお客としてやってきたとき、クリスマスの話題を聞いたことだ。
 何でも彼女の友達の橋姫は、クリスマスになると修羅になるらしく、とても賑やかに祝えそうにないという話だった。
 そこでさとりは彼女にも内緒で、四人が望んだプレゼントを差し入れすることにより、少しでも空気が良くなるよう手助けしたのである。
 覚り妖怪の姉妹からの、ささやかな贈り物だった。

 しかし、さとりがトナカイの格好をして、サンタの妹を差し向けたのには、もう一つ大きな理由があった。

「それじゃあ、帰りましょうこいし。サンタさんになるのは楽しかったですか?」
「うん。でもお姉ちゃんはどうしてトナカイになっちゃったの?」

 さとりはその質問に、静かに微笑む。

「……『サンタの格好がしてみたい。あとトナカイもほしい』。昔にそう言ってた誰かの願いを、今夜かなえたんです」

 こうして、地底の聖夜はつつがなく更けていった。


(おしまい)

 
 お久しぶりです。PCの書きかけのデータが飛んで、一切の創作のやる気がなくなっていたところで、復旧に成功し、有頂天になって勢いで書きました。もうとっくに聖夜は過ぎてますが、少しでも楽しんでいただけたのであれば幸いです。お読みいただき、ありがとうございました。
このはずく
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コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
面白くとても良かったです
2.絶望を司る程度の能力削除
大変おもしろかったです。ホーリー嫉妬には笑わざるを得ませんでした。