うとうと。
うとうと。
頭がぼうっとなる。さっきまで保っていた意識がぼやけてく。
見ているものが霞んでは消え意識を持とうとしたらまた消える。そしてそれの繰り返し。
現と夢の瀬戸際に私は立っている。
うとうと。
うとうと。
やがて私の瞳は閉じていく。
心地の良い無意識の感覚に身を委ね様として――。
ぷに。
私の意識は引き戻された。
sleepy day
「……何をしているんですかあなたは」
重い瞼を開けるとそこには私のたった一人の妹がいた。
妹は私の右の頬を突いて楽しそうに笑っていた。
「久しぶりお姉ちゃん。お昼寝?珍しいねこんな時間に」
いつもだったら笑顔で接してあげるのだが今はできそうもない。
無意識の海から引きずり出された私の眉は険しく吊り上っていた。
軽く睨み付けてやる。
しかし妹は悪びれもなく私の頬を弄んでいた。
ぐにぐに。ぷにぷに。
それだけでは飽き足らず空いている手までもが私のもう一つの頬に伸びてくる。
その手を取って不機嫌そうに言ってやった。
「こいし。人が寝ようとした時に遊ぶのはやめなさい。お姉ちゃん起きちゃったでしょう?」
「一ヶ月ぶりに会ったのに酷いわお姉ちゃん。私が居る時くらい相手をしてくれたっていいじゃない」
そう言って再び行為をし始めようとする。
こめかみが痛くなってくる。これは私に対しての嫌がらせなのだろうか?
鬱陶しいとその手を軽く払いのけた。
「こいし。お願いだからやめなさい。私は忙しくって寝ていないの。休ませてちょうだい」
「是非曲直庁の報告書を夜遅くまで書いていたんでしょう?知っているよ。お燐から聞いた」
頭を抱えそうになる。
知っていてやっているんだとしたら尚質が悪い。
しかも悪気がないなら余計にだ。
「大体お姉ちゃんは体が弱すぎだよ。一日十分に寝てないくらいでそんなに参っちゃって。少しは外に出れば?」
「余計なお世話です」
出ようと思えば出られる。
でも私が外に出れば周りに精神的な被害に合わせてしまうのだ。
それは旧都の安全を脅かすことだ。嫌われ者の覚りがうろついていると知ったら彼らは嫌悪感を持つ。
それに本を読んだりペットの世話をしたりと私にはやることが有る。
決して出たくないから出ないわけではない。
気づいたら私の制止の声をあれだけ聞いたにも関わらず、こいしは無視してた。
「だからね……、」
「ふわふわ、ぷにぷに~」
「…………」
その根性に怒りを通り越して呆れを感じる。
あぁ、なんかもうどうでもいいか。
これ以上何言っても無駄なのだろう。この子の愚考は今に始まったことじゃない。
深くソファーに座り直す。
頬杖を付いて目を閉じる。こいしはこいしで好き放題してるがそんなのはもういい。
とにかく物凄く眠いのだ。今は何もしたくない。
夢の世界に浸っていたい。ただそれだけだった。
やがてこいしは頬で遊ぶことに飽きたのか、抱きついたり胸に顔を摺り寄せたり髪の毛を撫でたりしだした。
膝に僅かな重みを感じるから私の上に乗っているのだろう。
それでも私は敢えて無視をする。何も考えずにただあるがままを受け入れる。
相変わらずこいしは私を弄り倒しているけど、寝れなくなるほど乱暴な事をする子じゃない。
そうしていると私の頭に静寂が宿ってくる。感覚も思考も何もかもが曖昧になり、全てが朦朧となってきた。最後には無意識の闇に落ち――、
ちゅ。
――ることはなかった。
「こら」
「えへへ。だって起きないんだもん。お目覚めのキス」
照れくさい、はにかんだ笑みを浮かべた。
やっぱりそこに悪気なんて一切なかった。
「今日のお姉ちゃんは冷たいね。いつもだったら私を優先してくれるのに」
「だから眠いって言っているでしょう」
「それでも私が一番だもん」
――かまって?
何処で覚えたのか甘美な声で囁いた。
小悪魔の笑みで私を惑わす。
この子は私を寝かせるつもりなんてないらしい。
まったく、可愛らしいのだが我侭になってしまったみたいだ。
これ以上甘やかせるのも忍びない。
少しだったら遊んであげてもいいかな、って思ってしまったがすぐにその思考を打ち消す。
……なんか私が負けたような気がして悔しい。
「今日は嫌よ」
反抗の意を込めてハッキリと言った。
その言葉にさすがに傷ついたのか心底不機嫌そうな顔になっていく。
「お姉ちゃん、私のこと嫌いなんだ」
「そんな事一言もいってないでしょう」
「だってそうじゃん。さっきから何にも相手にしてくれない」
「眠いんだってば」
「そんなのいいじゃない」
「駄目」
「……せっかく会えたのに」
さっきまでの横柄さは何処にいったのかこいしはしょんぼりと項垂れた。
……本当に仕方のない子だ。
そんなに会いたいならもっと頻繁に帰ってくればいい。そんなに甘えたいならもっと私が眠たくならない内に顔を見せればいい。
久しぶりにちゃんと眠れると思った矢先にこれだ。
疲れているから、だけじゃない。
この子を心配するあまりに、いつも眠れない日々を過ごしている事は知っているのだろうか?
いつ戻ってくるか分からないこの子に思いを馳せている事は知っているだろうか?
まともに寝たのは何時だったっけ?もう覚えちゃいなかった。
そんな事を知るはずなんてない。知ろうとだってしないだろう。
どんな時でも風来坊。フラフラと行きたいところに行って。好き勝手したい放題して。
そして、思い出したかのように帰ってくるのだ。
待っているこっちが馬鹿らしく思ってしまうのも無理はないでしょう。
私は大きく溜息をついた。
そう。馬鹿らしいのだ。この子の我侭にこれ以上付き合うのは。
「わっ」
膝の上に乗っているこいしの背中に腕を回して引き寄せた。
きしりとソファーが鳴いた。そして一緒にその上へ寝そべった。
ぎゅっと抱きしめて胸に顔を寄せる。
「お、お姉ちゃん……?」
困惑の色を含んだ声が降ってくる。
深く埋めた胸の動悸が早くなっているのは気のせいじゃないだろう。
「あなたは少し自分勝手過ぎるわ。私は眠いの。今日はあなたが付き合いなさい」
「わ、わたしは眠くなんてないわ!」
「そんなの、私の知ったこっちゃないわ」
決して離さないように再度強く抱きしめる。これでもう居なくなることはない。
たまには私が振り回したって罰は当たらないはずだ。
とくん。とくん。
とくん。とくん。
心地の良い音が聞こえる。それは私をひどく安堵させる。
子守唄のように私を誘う。
やがて無意識の世界に落ちていく。
あぁ今日は、ぐっすり眠れそうだ――。
薄れゆく意識の中、刹那に思った。
* * * * * * * * *
どうしてこうなったんだろう。
胸の中には気持ち良さそうに眠るお姉ちゃんの顔。
動きたくてもピッタリとくっ付かれて身動き一つ取れない。
最初はちょっとからかうつもりだった。
舟を漕ぐように頭を揺らせる姉を見て些細な悪戯がしたかった。
いつもみたいに困った顔をしながら咎めて、優しく撫でてくれるかと思ったのに。
姉の安らかな吐息が聞こえる。
時折身じろぎ、息が胸元に当たってくすぐったい。
うう、眠れないよぉ。
意識すると自然と顔が赤くなる。
今の私は茹蛸のようにまっ赤だろう。
お姉ちゃんに見られなくってよかった。見られたら意地悪されそうだし。
そんな妹の心中なんて知らずに眠り続けるお姉ちゃん。
視点を下に向けると、普段じゃ考えられないくらいだらしなくって幸せそうだった。
ペット達にこんな姿を見せたら色んな意味で大変なことになりそうだ。
はぁ、もういいや。頑張って寝よう。
観念して寝る体制を取る。
だってこんな顔を見たら起こす気にもならないじゃない。
それに悪くないのだ、こんな状況も。
気持ちを落ち着かせようにも、心臓の張り裂けそうな鼓動は脈を打ち続ける。
無意識を操るのは私の十八番だってのに、顔の熱はまだまだ冷めそうにない。
――これで眠れるかなぁ。
うまく回らない頭がぼんやり思った。
そうだ。もしも私が眠れなかったら、またキスしてあげよう。
そうたら寝ぼけ眼をしながら私を見つめるだろう。
そして、満面な笑顔を見せて人を抱き枕にした姉に言うのだ。
おはよう。いい夢見れた?って。
こいしちゃんの生抱き枕で良い夢見られないわけがない!
美しすぎる情景、きっと空気も洗われているのだろうprpr