Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

妖精の足跡 ⑨あたいたちの新しい友達

2017/03/07 02:04:13
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 白く輝く太陽は高く昇り、ポカポカ陽気が辺り一面に降り注ぐ。温められた優しい空気が耳をかすめて遥か彼方に流れていく。足下を見れば、蒼く繁茂した草むらを跳ね虫がぴょんと楽しげに宙を舞う。
 とても気持ちのいい時間、いつもならこの丘で走り回って遊んでいるところだが、あいにく今日は予定があった。

 私たちはルーミア邸から続く牧歌的で小さな丘から離れ、陽の光がかろうじて届く森の奥へ歩を進めた。寺子屋までの歩き慣れた道ではなくおそらく初めて通る道を、何の気なしにもこたん先導のもとずんずん突き進む。森の入口では太い樹木の幹には枯れたツタが絡み合い、鬱蒼とした未開の地といった様相だった。
 しかし今歩いている森の奥はそのような下草はあまりない。もこたん曰く、日光が届かないという理由以外に森の瘴気が関係しているのだそうだ。魔法の森の奥深くにはジメジメした沼地や湿地があり、そこから噴出する瘴気が森に流れ込み充満する。私たちのような自然の化身である妖精や身体の丈夫な妖怪には大した害は無いだが、人間や小動物には体調を悪化させる原因となるらしい。ひ弱な者ならたちまち咳き込み、身体がだるくなって動けなくなるのだそうだ。
 もちろんもこたんは不死身なので全く意に介することもなくノシノシと森の奥へ踏破していく。
「こっちやで」
「結構奥なんだね」 私は手袋越しにチルノと手をつなぎ、いやらしく曲がった木の根を飛び越える。蹴つまずいて怪我でもしたら今日一日むくれる自信がある。
「こんな辺ぴなとことに寺入りしてくれる妖怪なんているの?」
「あてを信用しいやあ」
 私たちを想ってくれているもこたんのことは信じたいが、どうも口調がふわふわと軽い。のらりくらりとマイペースに彷徨くもこたんの風体を見て信用するのは難しい。
 それにチルノの言うとおりだ。森の奥に足を踏み入れたからというもの、妖精や妖怪はもちろん小動物や鳥たちを全く見ていない。耳を澄ましても――しいん――と、音にもならない音しか聞こえない。生気が失われた樹林帯で、もこたんは一体誰を探しているのだろう。

 思考を巡らせながら歩いているとだんだん明るくなってきた。深い森の中に日光が差し込んでいるのだ。だが森を通り抜けたのではない、木々が丸くすっぽり無くなっているのだ。ルーミア邸の近くで本を拾ったあの場所にそっくりな、広く丸い原っぱが陽の光に照らされて翡翠色に輝いている。
 もこたんがふと指をさした。指が示した原っぱの中央――少し小高くなってるところに小さな屋台がぽつんと立っている。
「わあ、綺麗な原っぱなのだ」
「なにか声が聞こえるね」
「……歌?」 耳を澄ますと微かな鼻歌が柔らかな風に乗って聞こえてきた。私たちのするようなすっちゃかめっちゃかな鼻歌と違い、流れるような美しいメロディーで旋律を奏でている。
 もこたんがひょいと屋台に近づき、のれんをかき分けて椅子に座る。
「や、調子はどない?」

「妹紅様!」
「様ぁ?」 私たちは素っ頓狂な声を上げて一斉にもこたんを凝視した。

「もこたんの事、様付けしてる。信じられない」
「きっともこたんのことなんにも知らないんだよ」
「もこたんに騙されてるのかもしれないのだ、かわいそうに」
 私たちは口々にこの見知らぬ女の子の憶測を立てた。
「あんたら失礼やな……」
 もこたんのいう失礼とは、女の子に対してだろうか、それとも自分に対してだろうか。ともあれ、たしかに会って間もない子に勝手な印象を持つのは失礼だ。
 改めて私がもこたんに紹介を求めようとしたとき、さきに女の子のほうが口を開いた。
「その子達は?」
「ああ、紹介が遅れたわ。ミスティア、この子達は寺子屋で教えてる子でチルノ、ダイ、ルーミアってゆうねん」
 もこたんは私たちに振り向き、こほんと咳払いをする。
「この子はミスティア、一人で店を切り盛りしてる努力家やねん。ほら挨拶して」
「こんにちは」
 私たちは寺子屋で学んだ礼儀作法、草礼をおこなった。お辞儀する時間が短すぎるだのお辞儀の角度がどうの、散々教え込まれたのでこれだけはしっかりできる自信がある。どんな反応をするか期待して顔を上げたが、意外にもミスティアの返事はそっけないものだった……というより、もこたんのことばかり見ている。
「こんにちは。それより妹紅様、なにかお出ししましょうか」
「お、そやな。この子らにもなんか出したって」
 上機嫌なもこたんは私たちを屋台の椅子に座らせ、ミスティアから受け取った料理の名前がずらっと並んだ紙を眺めている。
「ほなこれちょうだい。この子らには水あげたって」
 そう言うと、もこたんはごそごそとポッケから小さな布財布を取り出した。
「いえ、妹紅様からお金を取るなんて……」
「ええからええから」
 ミスティアはお酒をもこたんのお猪口にうやうやしく注いでいる。クイッと美味しそうに飲んだのを満足そうに見守ると、私たちに水の入ったコップを手際よく渡してきた。カウンターの反対側で、もこたんの顔をじぃっと見つめるミスティアの目は、とても嬉しそうに見える。

「どうしてもこたんのこと妹紅様って呼んでるの?」 私は意を決して満ち満ちた疑問を投げかけた。
「それは妹紅様だからよ」
 ミスティアは、さも当たり前のことのように即答した。なぜそんな質問をするのか、本気で分からないといった疑問顔を私に投げかける。いや、おかしい。その顔を投げかけるのは私のほうだ。
「? よくわかんないけどどういうこと?」
 チルノも私と同様、ミスティアの返答がさっぱりわからなかったようだ。
「そのままよ。敬愛してるから妹紅様なのよ」

 きっとミスティアは友達のことを大切に想う子なのだろう。もこたんとは古くからの知り合いみたいだし、私たちの知らないもこたんのすごく良いところをいっぱい知っているのかもしれない。とすれば、もこたんが寺入りの勧誘に来たのも頷ける。
 私は、もこたんのことが大好きなミスティアときっと仲良くなれる。そんな気がした。
 隣を見ると、口につけてた酒が気管に入ったらしい、ゴホゴホと辛そうにむせ続けているもこたんが目に入った。哀れなほど咳き込むもこたんの姿ですら、ミスティアはうっとり眺めている――



 ******



 あたいの隣の席で、もこたんがいきなり咳き込み始めた。何故かぐーを口の前に当てているが、あからさまに咳が漏れてあたいにかかっているので顔を押しのける。邪魔をするなと手を払おうとするもこたんの顔を、誰もいない原っぱの方へグイグイ押しのけた。
 ようやく咳がおさまり平常心を取り戻したもこたんは、あたいに軽くチョップをした後ミスティアに向きなおす。
「あんなミスティア。ここに来たんは実はちょっと頼みごとが…」
「もちろんお受けいたしますわ」
 ミスティアの返事は秒速だった。目はにこやかに、声を弾ませて意気揚々と返事を返す。
「まだなんも言うてないやんか」
「妹紅様の言うことならワタシはなんでも聞きますわ」
 上機嫌のミスティアに対して、もこたんはもとよりあたいたちも呆気にとられた顔をした。
 それもそうだ、いくら仲がいいとは言えなんでも言う事を聞くなんてそうそう言えるようなことではない。そんなだいそれた事を正面切って言い切れる子を前にして、呆気にとられないわけがなかった。
 もしダイちゃんがあたいに「寺子屋より大きなかまくらを作ってちょうだい」なんて言ったとしても聞けるわけが……いや、聞いちゃうかも。あれ? そうするとミスティアは意外とまともなのかも?
「じつはあての知り合いがやってる寺子屋の寺子になってほしいんや。この子らと一緒に仲良く授業を受けてほしいな~と思てな」
「授業……学問ですか? ワタシは勉強したことがありませんが……もちろん受けさせてもらいます! 妹紅様のご依頼とあらば地の果てまでも行きますわ」
 ミスティアは全く戸惑うことなく一息で即決した。らんらんと輝くえんじ色の瞳は、もこたんの目をまっすぐ捉えて離さない。もこたんはたじたじしながら、ありがとな、とひとこと言ってお酒をぐいっと飲み干した。
 コンッ――空になった白磁のお猪口は、澄みいった小気味いい音を鳴らしてカウンターに残される。
「ほなまた明日迎えに来るから。授業に要る道具はこっちで用意するからおべんとと飲みもん用意しててな」
「もう行かれるのですか? もっとゆっくりされては……」
 名残惜しそうな顔でもこたんの袖を引っ張っている。ただでさえびろんびろんのもこたんのシャツが、さらに伸びそうで少し滑稽だった。ふと頭に思いつき、ミスティアの真似をしてあたいもついでにひっぱった。あたいに習いダイちゃんもルーミアももこたんのシャツを四方八方からひっぱるものだから、もこたんのシャツは裾だの袖だのが伸びに伸びる。
「やめーや!」
 もこたんが憤慨するまであたいたちはひっぱり続けた。

「そろそろご飯の支度するために家に戻るのだ」
「もこたんが美味しいご飯作ってくれるからあたいたちはもう帰るね」 
「また明日ね~」 ミスティアに手を振り別れを告げる。明日から一緒に勉強すると思うと楽しみだ……だが、仲良くなれるかの不安もある。結局ミスティアがもこたんとすごく仲が良くて屋台でご飯を売ってるくらいしかわからなかった。意地悪な子ではないと思うが、どんな話をすればいいのかなあ。
 考えながら手を振り続けているが、ミスティアは一向に手を振り返さなかった。
 いや、よく見るとこちらを向きながらなにかの作業をしているようだ。屋台の椅子を手際よく片付け、前についてる棒を押しながら屋台を動かし始めた。何をしているのだろう?
「そう。じゃあ行きましょうか。よいしょっと」
「え! あてらはルーミアの家に行くんやけど……」
「ですのでワタシもルーミアのおうちに行きますわ。ぜひ妹紅様の手料理をお手伝いさせてくださいまし」
 どうやら私たちと一緒に行くみたいだ。それもそうだ、もこたんとあれほど仲が良いのだから明日から一緒に人里へ行くのならもこたんと一緒に行動するのが筋というもの。しかも屋台でご飯を出すくらいなのだから料理が得意に違いない。そのことに関してはあたいが口を開くより先にルーミアが大声で反応した。
「ミスティアも料理できるのか!」
「ええ、たいていのお料理はできるわ。安心してちょうだい」
 自信たっぷりに答えるミスティアが、大きな屋台を引きながらあたいたちの所までやってきた。屋台はなかなか重そうなので押してあげることにした。ぐいっと押すとゴトンという車輪の音とともに屋台が動き出す。みんなで押してるにしても、屋台は見た目に反して軽く感じた……なぜだろう?
「そうやな~確かに、ミスティアのうなぎ料理は美味い」
「嬉しいお言葉、心に染みますわ」
 みんなで屋台を押しながら歩いていると、もこたんがしみじみと思い出すようにつぶやいた。うなぎとはなんなのだろう。きっと美味しい野草だろうが、もこたんをうならせる料理の腕をもってるとなると非常に期待が高まる。そうだ、ミスティアがどんな子かを知るためにもたくさんの話をしよう。
「明日から寺子屋で一緒にお勉強するんだし、今日の夜はミスティアのウェルカムパーティしようよ」 
「それいいね! チルノ天才ね」
「楽しそうなのだ、ぜひウェルカムなのだ~」
 咄嗟に思いついた案だがみんな賛同してくれた。そしてミスティアはにっこりあたいたちに微笑み返してくれる。その時直感した。ミスティアはいい子だ、そしてあたいはきっと仲良しになれると。さっきまであったもやもやした不安感は霧散し、草原に晴れ渡る太陽のように心がパァっと明るくなった。
 足取りが軽くなり屋台を押す力が増すように感じる。ミスティアににっこり仕返していたあたいの口角は、ほっぺが心地よい疲労を感じるくらい上がっていた。



 ●●●●●●



 屋台運びは意外な程楽だった。
 陽のあたるなだらかな草原を押し進めると、いよいよ起伏に富んだ森林地帯。屋台の車輪は大きいので、ある程度の段差くらいならものともせずに乗り越えていく。しかし森林は木の根が隆起しており、さしもの車輪でも乗り越えることは困難であった。食器が屋台の棚の中でガチャガチャと派手な音を立てている。アタシたちは仕方なしに木の根を避け蛇行しながら屋台を我が家に運んでいった。
 後ろから押しながら屋台の内装を眺めてみる。調理用の鉄板や炭がたくさん詰まった焼き台、他にも食器や調理器具がたくさん詰まっている棚が多数。これだけの荷物を積みながら、段差が苦手とは言えこれほど楽に運べるのはすごい。屋台という物自体初めて見たが、この車輪が付いていればどんなに重いものでも軽々運べるのだろうか。
 最近重いものを運んだといえば、チルノに猪を運んでもらった。持ち上げればこの屋台くらいの重さだったと思う。なのにこの軽さ。アタシは素直に車輪の凄さに感銘した。ただ、どのように作ればいいのだろう。

 そんなことを考えていると、木の葉がひらりと舞い落ちた。次いで細い木の枝が落ち――と同時に大きな声がアタシ達を呼び止めた。
「みすちー!」
「なんなのだ?」 大きな声で叫んだ主は、木の枝を軽々と飛び越え、ひょいひょいと身軽に木々を伝ってアタシ立ちの前に飛び降りた。
 大きなマントは表が黒、裏が派手な紅赤で染まっていてとても目立つ。緑のショートカットからは剛毛――いや、二本の触角が飛び出しており、周囲をうかがうようにヒョコヒョコと動いている。しかし愉快な動きをする触角とは対照的に、少女は手を前に組んでアタシたちをじっと睨む。
「リグル! どうしたの突然、そんなところから飛び降りて」
「みすちー! うちを置いてどこいくの!」
 置いていく? みすちーという砕けた呼び方をする以上仲良しこよしなのだろう。ただ、置いていくという表現はなんだろう。先刻屋台を開いていた原っぱにこの子はいなかった。
「お~? よう屋台で一緒におる……」
「うちはリグル。みすちーの親友や」
 やはりミスティアの仲良しこよしか。それに、もこたんはリグルのことを知っているみたいだった。
「もうそろそろ屋台開店するって虫の知らせがあったから急いで来たんよ。でも来たら屋台閉めてるやん? なんでなん?」
 もこたんと同じような喋り方をしているのは偶然だろうか。ぐいぐいと詰め寄るリグルにミスティアは全く動じず、こくりと頷いてリグルをなだめてから満面の笑みで答える。
「敬愛する妹紅様がワタシに手料理を振舞ってくれるのでホームパーティに向かうところよ」
「え?」
 もこたんはミスティアの言葉に一瞬とまどっていたが、ミスティアは気にせず言葉を繋げた。 
「それに明日からこの子達と妹紅様のお勉強会にお呼ばれしてるの」
「まさか……それじゃ屋台は? うちの鰻料理は……?」
「ん~しばらくおやすみね。なあに? 残念そうな顔して」
 リグルの顔を見ると、眉尻が急降下して今にも泣きそうな顔をしている。そんなにも食べたかったのか。食べられないと知って泣きそうになるくらい、ミスティアの料理は美味しいのか。リグルには悪いが、今夜のごちそうはいつもよりも期待できそうだ。アタシが生唾をゴクリと飲む。するとダイが肘で小突いてきて、あの子は食べられないわよと諭してくる。勘違いも甚だしい、アタシはそんなに食いしん坊ではない。
「うちはみすちーと一緒にお話して……ゴニョゴニョ。それに、妹紅なんて……」
「なあに?」
「いや、なんでもない」
 アタシとダイがヒソヒソ話してるのと同様に、リグルも口の中で何やらモゴモゴ言っている。詳細には聞こえなかったが、ミスティアが聞き返すと黙って下を向いてしまった。なにか気まずいことでもあるのだろうか。しゅん、とうなだれた頭の上に、同じく可哀想なくらいうなだれた触角がテレンとぶら下がっていた。

「あなたも一緒に来る?」
 沈黙の中ダイが提案する。
 微かな木漏れ日に照らされた白く小さな粒が空中を舞っていた。風か、それともダイの息かはわからない。僅かな空気の流れが、ゆっくり落ちていたその白い粒を遥か遠くへ飛び去らせた――

「……なんでよ」
 リグルは腕を組み直し、ふてくされた顔でダイを見る。
「あなたはみすちーと一緒がいいんでしょ? じゃあ私たちと一緒に来てパーティしようよ」
「な! そんなこと……」
 リグルは即座に否定しようと声を荒らげた。しかし、ミスティアと目線を合わせると途端に顔を真っ赤にしてまたうつむく。どうやら図星だったらしい。なんだ、ミスティアと一緒に居たいのにアタシたちが連れて行くので、置いて行かれたと思ったのか。これで先程の『置いていく』という言葉に合点がいった。
 とあらば善は急げ、アタシはすかさずダイと一緒になってパーティに誘うことにした。
「そーだそーだ、大勢の方が面白いのだ! アタシの家は広いから、リグルが来て一緒に騒いでも問題ないのだ」
「あたいたちと一緒に屋台運ぼ」
 アタシたちは揃ってリグルを誘致した。
「……うん……みすちーはどのくらいお勉強会行くつもりなの」
「さあ。どのくらい?」
「あたいたちもよくわからないけど、いっぱい勉強したいからずっと、かな?」
 チルノは首をかしげながらもこたんに目線で聞く。そういえばアタシたちもどのくらい寺子屋で勉強するのか、特に期間を決めていなかった。この際なので知っておこう。
「少なくとも字の読み書きと人里でのマナーはある程度できるようになった方がええなあ。この分やと結構かかるかもな」
「そう」
 もこたんの返答に一言だけ返すと、リグルはどんよりと意気消沈した。なかなか浮き沈みが激しい子みたいだ。
「なあに、寂しいの?」
 ミスティアがリグルのそばに近寄り顔を覗き込む。まあ、無理もない。今まで仲良くしていた友達が急に離れ離れになると知ったら落ち込まざるを得ない。永遠の別れになるわけではないにしろ、いつも当たり前のように一緒に過ごしていた時間が急に無くなるのだ。寂しくなるのも当然と言える。
 リグルは今度も耳を真っ赤にしていたが、否定も肯定もしなかった。
「そうだ、リグルも一緒にお勉強会に来ればいいのよ」
 ミスティアが明るい声でリグルに進言する。急な誘いに驚いてか、リグルの目は真ん丸に見開かれていた。手や足はもじもじしていたが、触覚がぴいんと立っている様を見ると、どうやら嬉しいみたいだ。
「そうだね、パーティもお勉強も大勢でした方が面白いよ!」
 チルノも賛成と大きな声を上げて両手を振り上げる。叩くたびにパラリパラリと氷の結晶がチルノの手から生まれ、キラキラと木漏れ日に反射して美しく輝いた。
「そ、そう? なら、うちも寺子屋行こうかな……?」
「大歓迎なのだ! 寺子屋メンバーが二人も増えたし、さっそく歓迎パーティなのだ!」 アタシは戸惑いながらも了承するリグルの肩を抱きよせた。みんなの賛同を得るためにアタシは天空に向けて拳を突き上げる。
「お~♪」 みんな乗り気であたしに呼応してくれた。

 深い深い深緑の森の中で黄色い声が響き渡る。アタシたちの笑い声は光の届かない地面を彩り豊かに包んでいった。



 ††††††



 ルーミア邸に初めて足を踏み入れた二人は感嘆の声を上げる。
「へえぇ、ここがあなたたちの家なのね。大きくて素敵!」
「ええとこ住んでるんやな」
 しげしげと天井や壁を眺め、二人は各部屋に顔をのぞかせる。
 リビングを見たときはひときわ驚いたらしく、リグルの目が見開き触角が大仰に振り開きピインと限界まで伸びていた。
「へへ、ありがとうなのだ」
 ルーミアが頬を染めながら照れ笑いをする。ルーミアが褒められてる所を見ると、私もなぜか誇らしい気分になった。
 リビングから出て廊下へ、脇にある樫の木の扉を開けて幅の広い階段を降りる。
「あたいの部屋はここだよ」
「食料庫じゃないの?」
 リグルは瞬時に棚の食料に気がつき疑問をぶつけた。肩をすくめたチルノがため息混じりに返答する。
「あたいは氷精だからね、一緒の部屋で寝てるとみんな凍死しちゃうもの」
「チルノのおかげで食料が長持ちするし、大助かりなのよ」 私はチルノがしょんぼりしてる顔を見たくないのですぐさまフォローを入れた。
 チルノを見ると目じりが下がっていたので、私の判断は間違いではなかった。チルノには常に笑顔でいてほしい。

「台所もしっかりしてるし、家具も豊富だから暮らしやすそうね。いいなあ、ワタシもこんな所に住めたらなあ」
「今はどんなところに住んでるの?」
「……乙女のひみつよ。そんなことよりお料理始めましょう」
 そういえばミスティアがどんな所に住んでいるのか全く知らない。運んでいた屋台は立派ではあるが、およそ人が住めるようなスペースはない。さりとて屋台があれだけしっかりしているのだから居住するための家が貧相なはずはない。と思っていたがミスティアはついぞ答えてくれなかった。
「料理な、台所はこっちやで」
 もこたんがミスティアを連れ、リビングを通って台所へ歩いて行った。リビング前で私たちはどんな手伝いをするかで話し合う。
「あたいたちは食器の用意しよう」
「うちはなにしたらええん?」
「ん~リグルはお客さんだからそこに座っててくれれば……いや、明日から寺子屋メンバーなんだし手伝ってもらおうかな?」
「わかった」
「じゃあこの端持って」 私はダイニングテーブルにテーブルクロスをばさっとかけて、クロスの端をリグルに渡す。せーのの掛け声でピンと張り、クロスにシワを作らないようテーブルにセッティングした。そこにルーミアとチルノが食器を並べ、椅子も人数分を用意する。滞りなく食事の準備が終わったと同時に、二人の料理人が手早くご馳走をつくり食器に盛り付けていく。

 ディナーは八目鰻の蒲焼と香草のお吸い物だ。私たちは食べたことのない魚料理に舌鼓をうった。
 香り豊かな一汁で身体の芯からほんわか温もり、タレの味が絶妙な八目鰻を満足いくまで堪能する。八目鰻の身は弾けるような歯ごたえがあり、なんだかエネルギーに溢れている気がした。不思議と心臓がドキドキして血が身体中を駆け巡っている感覚がわかる。こんなにドキドキして夜眠れるのだろうか――そんな些細な心配をよそに、私の手は次々と蒲焼を口に放り込んだ。

 赤く染まった日は落ち、青藍の夜がしんしんとふけていく。菜の花色の明かりが灯るリビングでは、私たちの腹鼓がぽんぽこぽんぽこと鳴り響く
「ふあ~美味しすぎてもうお腹いっぱいなのだ~」
「あたいももう食べられないよ」
「美味しかったね♪」 私たちは口々に賞賛の声を上げた。
「腕によりをかけたから、褒めてもらえて嬉しいわ」
「うちはいつも褒めてるやん」
「そうね、ありがとう。いつも嬉しいわ」
 そう言ってミスティアは、リグルの少し拗ねた顔に向かって優しい微笑みを返す。
 満腹でまったりと食後の談笑を続けていたら、急にまぶたが重くなってきた。いつもより食べ過ぎたせいだろうか。みなぎっていた心臓の鼓動はいつのまにか静かになり、あれよあれよという間に睡魔が襲って来る。それは私だけではなかったようだ、だんだんみんなの口数が減ってきたところに、もこたんの鶴の一声が煌めいた。
「あかん、めっちゃ食べたから眠なってきたわ。朝起こしてな~」
 もこたんは言い終わるやいなや、隣の部屋のソファにゴロンと転げて寝息を立て始めた。
「え? 妹紅様お泊まりになるの?」
 ミスティアはとても驚いた顔でもこたんを見る。
「もこたんはうちで食べるといつも泊まっていくよ」
 いつもの風景なので私たちはなんの不思議も違和感も感じなかったが、ミスティアにとっては予想外の展開だったらしい。きゅうと拳を握り締めて口の前にあてがっている。
「なんて羨ましい……」

「もう時間も遅いし、ミスティアとリグルも泊まっていったらいいのだ。部屋もベッドもあるから安心してゆっくりするのだ」
「やってさ――どうする?」
 ルーミアの提案にリグルとミスティアは顔を突き合わせて相談する。ミスティアの目はきらりと輝くように見開き、答えは決まっているだろうという勢いで即答する。
「決まってるじゃない、喜んで泊まりますわ」

 私たちはベッドを部屋に運び込んだ。
 ベッドの用意が済んでひと段落、ふかふかの敷布団に腰を掛けてまどろみの中で少しだけ話をした。
「ミスティアにとってもこたんはどのくらいお友達なの?」
「お友達なんて恐れ多い、ワタシの憧れですわ」
「アコガレ! どこをどうみたら憧れるの?」 自慢げに宣言するミスティアに、私は声をひっくり返す。
「あなたたち妹紅様を家に泊めるほどの関係なのに妹紅様の魅力に全く気づいてないのね」
「うちもわからんから教えてよ、その魅力っての」 リグルは冷ややかな目でミスティアに言葉を放る。
「昔、ちょうどこの丘でワタシが歌を歌っていた時に妹紅様と出会ったのよ。つたないワタシの歌を最後まで聴いてくれて、あまつさえ褒めてくれたの。ワタシはとっても嬉しくなって何回も何回も妹紅様の前で歌い続けたわ。千切れんばかりに拍手を繰り返してくれた妹紅様とワタシは仲良くなり、いつしか妹紅様に聴かせるためだけに詩を書き歌を紡いだわ。そんな至福の時が何日か過ぎた頃、妹紅様の商いについて知ったの」
「妹紅炭っていう炭を売ってるんだよね」
 チルノが言った。
「そう、炭を売ってるのよ。でもワタシの歌を聴きに来てくれるせいで行商の時間が短くなったのかもしれない。妹紅様の担ぐ炭の袋が全然減らないことに気づいてしまったの。でもワタシは歌を歌い続けるだけの生活をおくる身だから妹紅様の炭売りに貢献できなかったわ。そこでワタシは考えたの……どうすれば妹紅様のお役に立てるか。その答えがあの屋台よ。近くの川で大量にいる八目鰻を中心に食事処として商いすることに決めたの。八目鰻は調理する時に炭を使うからね、開業と同時に妹紅様から大量に炭を購入したわ」
「すごい尽くしっぷりなのだ……」
「妹紅様に歌を聴いてもらい、ワタシは炭を買う。腕によりをかけた八目鰻の料理を振舞って、妹紅様に美味しいと言っていただけるお料理を作り続けるの。これほどまでに完成された世界はあるかしら。いや、ないわ。妹紅様のお姿を見れるだけでも幸せなのに、妹紅様のお役にたって親密な関係になれるなんて! きっとワタシは世界一幸せなはず」
 みすちーの瞬く目の奥でキラキラと星が煌めいている。心底もこたんに憧れを抱いているのだ。私はふと、みすちーほどに夢中になれる存在がいるだろうかと思慮した。だがその自問はすぐに解決する。

「うん。間違いなく、みすちーは世界一幸せだよ。私もよくわかるわ」 私はみすちーの手を握り共感する――チルノの顔を思い浮かべて。



コメント



1.のんびりきつね削除
ミスティアが妹紅様っていったときのチルノ達の言い方が(笑) ミスティアちゃんの上品なお嬢様口調とミスティアと一緒にいたいリグルが可愛いすぎです(照) ミスティアちゃん本当に幸せそうですね!読んでるこっちも幸せがわけられそうです!これから更に賑やかになりそうですね。今回も楽しませて読ませて頂きました。
2.CARTE削除
のんびりきつねさんコメントありがとうございます♪
だんだん寺子屋がわちゃわちゃし始めてきました(笑)慧音センセが倒れないか心配(゚д゚lll)
わっほーい♫みすちーと一緒に幸せ気分になってくださいねヽ(*´∀`)ノ