Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

さとりの受難

2016/06/27 07:51:27
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「私に会いたい、ですって?」

私室で安楽椅子に腰掛け、開いた小説を手にしたまま、古明地さとりは聞き返した。ここ、巨大な地底世界の一角にそびえ立つ地霊殿の主である。
いつも薄いブルーの服に、ピンクのスカートをはいており、何より、複数のコードで体に接続された第三の目が特徴的である。

「はい。星熊さんの手下っぽい鬼が来て、さとり様に会わせてくれって言うんです。
アタイも一応、さとり様は忙しいからアポ取ってくれって断ったんですけど、どうしても緊急だっていうから要件だけ聞いて待ってもらってるんです」

答えたのは火焔猫燐。通称お燐、さとりが飼っているペットの一人である。
ペットとはいえ、今は人の姿形に化けているため、見た目は人間と大きな差はない。猫の妖怪で頭に猫耳が生えており、赤い髪を二束の三つ編みにしている。
髪の色がスカートの大きなグリーンのワンピースを引き立てている。

「で、その要件というのは?」
「何でも、星熊さんが今日出席するはずだった地上の代表者達との会合に体調不良で出られないそうなんです。
それで、他に地底の顔役が務まるのがさとり様しかいないんで、代わりに出席してくださるようお願いに上がったそうで」

まったく。あの星熊勇儀の“体調不良”など一つしか考えられない。
本来その会合には、勇儀と自分が交代で出席しているのだが、今回も自分が出席しなければならないようだ。
さとりはチーク製のデスクに小説を置いた。まだ地上と地底とは交流が始まったばかりだ。互いの様子を情報交換しあう重要な会合を欠席するわけにはいかない。

「で、そのお客様は今どこに?」
「玄関ホールでお待ちですよ」
「わかった。夕食までには戻るから、館をお願いね」
「わっかりました!」

元気よく答えたお燐を後に自室を出たさとりは、1階への長い階段を降りる。白黒のチェック柄の床の上で、一人の鬼がそわそわした様子で待っていた。

「ああ、古明地様!申し訳ござんせん。姐さんが今ちょっと……」
「少し待って」

さとりは目を閉じて2、3秒集中した。“さとり”という妖怪は、相手の心を読む能力が備わっている。
というより、否応なしにそばにいる者の思念が頭に入り込んで来るのだ。今回も時間が惜しいので、言葉で状況説明をしてもらわずに鬼の記憶を覗かせてもらった。

「大体の事はわかりました。貴方も苦労が絶えませんね。勇儀のところへ案内をお願いします」
「ありがとうございやす。姐さんはいつもの飲み屋です。さっそくこちらへ」

地霊殿を後にしたさとりは、飛べない鬼の走るペースに合わせて、旧地獄街道を飛び続ける。
恐ろしげな地名とは裏腹に、さとり達の両脇には色とりどりの提灯が並び、食事処、射的屋、銭湯と言った店が立ち並び、どこも活気にあふれている。
そんな明るい街道をしばらく進むと、見慣れた飲み屋が見えてきた。

「古明地様、あちらです」
「ええ、行きましょう」

飲み屋に入ると、割烹着を着た店員がさとり達の姿を見て、

「あ、星熊様は2階ですので……」

と、何も聞かずに苦笑交じりに言った。よくあることらしい。

「姐さんがどうもすいやせん……」

弟分が店員に謝っている。その間にさとりは2階へ階段を登った。2階は宴会場になっており、勇儀達が弟分達を率いてよく朝まで飲み明かしている。
さとりは宴会場のふすまを開けた。

「うおおお!わだじはあぁぁ!まぁだ酔ってないぞおお!!」

そこには酔っぱらいの常套句を叫ぶ一人の鬼が。真っ赤な一本角が目を引く彼女こそが鬼達の首魁、星熊勇儀である。
真っ白いシンプルな上着に、赤い紐で飾られた紺のスカートを穿いている。

「今日のおぉ、会合にー、出るんだあぁ!!」
「無理ですって、ベロベロじゃないですか、姐さん!」
「しばらく寝てて下さい!」
「うるさーい!これぐらい飲んだうちに入らんぞぉー!」

と、立ち上がろうとして派手にすっ転んだ。それでもなお千鳥足で宴会場から出ようとする勇儀を弟分の鬼達が止める。さとりは鬼の一人を捕まえ、事情を聞いた。

「どうしてこんなことに?」
「へい、隣の部屋で飲んでた連中が、酔った勢いで姐さんに飲み比べをふっかけて来ましてね、
それから三日三晩酒以外飲まず食わずで今朝やっと勝負がついたところなんでさ」
「はぁ、馬鹿馬鹿しい……貴方ありがとう。勇儀、起きて」
「おおー!さとりじゃないか。お前も飲め、ほら、ほら!」

寝転びながら、さとりに大きな盃を突き出す勇儀。酔っぱらいながらも器用に酒はこぼさない。

「遠慮します。それより、そんな状態で会合に出るつもり?会合は宴会じゃないんですよ?」
「んなこたぁ言われなくてもわかってるよ。わたしゃ地底の代表として……ぐがー」

寝てしまった。わかってはいたが、これでさとりの地上行きが決定した。

「……それじゃあ、私は地上に行ってきます。皆さんは彼女の介抱を」
「本当に、どうも姐さんがご迷惑おかけしてすいやせん……」
「貴方のせいじゃないわ。私はこれで」

さとりは飲み屋を出ると、地上へ通じる穴へ向けて再び飛び始めた。飲み屋からはさほど遠くはない。飛びながらさとりは考える。
しょっちゅうこんな大騒ぎになるなら、いっそ会合の出席者は自分に決めてしまってもいいかもしれない。
自分も地上は苦手だが、勇儀も地上の人間や妖怪と交流を持とうとはしない。会合もそれほど度々あるわけでもないのだし。
思案しながら飛んでいると、地上への穴のそばに到着した。そこに見覚えのある人影が佇んでいた。
ブロンドのショートカットにブラウンの上着を着た、水橋パルスィである。

「ごきげんよう、パルスィ」
「ええ、ごきげんよう……」

とりあえず返事は返してくれたが、明らかに恨めしげな目でこちらを見ている。

<妬ましい妬ましい!地底の顔として会合に出席するなんて妬ましい!>

さとりの頭にパルスィの嫉妬心が突き刺さる。耳が早いわね。あれだけの大騒ぎが起きれば当然かもしれないけど。

「代わりにあの酔っぱらいが出席できない理由を地上の皆さんに説明してくださるなら、喜んでこの役目をお譲りしますけど?」

<やっぱり妬ましくない>

パルスィの妬ましい攻撃が止んだところで、さとりは日の光へ向け一気に上昇。地上世界へ到着した。強い日差しに少し目をかばう。
確か会場は人里の集会場だった。やはり地上はあまり得意ではない。行き交う人々の雑念が、どんどん頭に入ってくる。

<まぁ、可愛い。お人形さんみたい>
<晴れてる内に雨漏り直しとかねえと>
<蕎麦屋の新入りが凄い早馬を持ってるらしいな>
<結局どこ信仰すりゃいいんだか>

単純にうるさいということもあるし、中にはさとりに対して良からぬ思いを抱く者もいるからだ。

<うわ、さとりがいる。勝手に心読みやがって、悪趣味な妖怪だぜ>
<どこまで離れれば読まれないのかしら>
<なんで退治されないんだ、こんな奴>

捨て置け。力なき人間に妖怪を理解れという方が無理な話だ。
だが、この種の人間のせいで妹が変わってしまったことを思い出すと、腹の中でふつふつと何かが湧き上がる。今は何も考えず、歩き続けよう。
空を飛べば人目を引いて、また余計なことを読むことになる。人里を囲む白い壁に沿ってしばらく歩くと、人里の外と内をつなぐ唯一の門に辿り着いた。
門の左右に設けられた見張り台に、カーキ色の軍服を着て軍用銃を肩に掛けた憲兵が立っている。さとりは右側の憲兵に話しかけた。

「ごめんくださいまし。本日の会合に出席予定の星熊勇儀に代わり参りました、古明地さとりです。集会場へ行きたいのですが、ここを通してくださるかしら」
「代理?そんな話は聞いていない」<妖怪か?面倒な奴じゃなきゃいいが>
「こほん。本人は“体調不良”で欠席となりました」

さとりは“体調不良”の部分を強調して言った。それに気づいた憲兵も、なにやら帳面を確認して納得した。

「これは失礼致しました。どうぞお通り下さい」<酒ばかり飲んでよく死なないもんだ>
「では、遠慮無く」

さとりは無事門を通ることができた。先程憲兵が見ていた帳面は、いわゆる隠語集である。
細々した事柄のやり取りに、わざわざ里の責任者へ確認に行かずに済むよう、主要人物にのみ知らされているものだ。
ちなみに、“体調不良”とは「鬼」の項目で“泥酔状態”を意味する。

<今日はちっとも売れねえなぁ>
<やっぱりお茶は渋めに限るのう>
<ええい、負けた負けた!絶対イカサマしてやがらぁ!>

やはり地上は苦手だ。さとりは集会場に向かう途中も、道行く人達のどうでもいい心を聞かされ、気疲れしていた。
もう少しだ。集会場に着けばこの雑踏の中よりはマシになるはずだ。
そう自分を奮い立たせるさとりだったが、その時、ふっと聞き捨てならない心が脳に飛び込んできた。

<これであそこも木っ端微塵だ……俺も“先生”と同じになるんだ!!>

ハッと振り返ると、眼鏡を掛けた痩せ型の青年がニヤニヤと笑いながら去っていくのが見えた。
聞いたことがある!外の世界には自分たちの政治的・宗教的信条を盲信し、大量殺人さえ厭わない者達がいること、その指導者に絶対的な忠誠を誓う集団がいることを。
“先生”なる人物が何者かは知らないが、恐らく幻想郷にもそのような組織が生まれ、その指導者であることは間違いないだろう。
あの青年もおそらくはその構成員だ。こうしてはいられない、早くなんとかしなければ!

「誰か!誰かあの男を捕まえて下さい!」

中央広場で大声で叫ぶさとり。

「なんだなんだ?」<揉め事はごめんなんだが>
「嬢ちゃん財布でもスられたか」<俺も気をつけねえと>
「早く憲兵さんに相談しな」<あたしにどうしろってんだか>

だが、周囲の反応は薄い。仕方がない!

「私はさとり妖怪です!あの男は里のどこかに爆弾を仕掛けたんです!」

にわかに中央広場が騒然となる。

「な、なんだって!?」<マジかよ嘘だろ!?>
「爆弾って一体どこに!」<死にたくねえ!>
「とにかく、憲兵隊に連絡だ!」<ええと、最寄りの詰所は?>

そう、まずは憲兵に知らせないと。確かこの辺りに病院があったはず。あそこなら、あれがあるはず。
さとりは病院に飛び込むと、素早く視線を走らせ、目的の物を探した。あった!「緊急用」と書かれたプレートの下に吊り下げられた警笛。
さとりはそれを掴み取ると、思い切り吹き鳴らした。辺りに耳をつんざくような高音が鳴り響く。音に気づいた看護婦が走ってきた。

「どうしたの、あなた!?」<え、なに?急患!?>
「いいから、なるべく何もないところ、中央広場辺りに逃げて!里に爆弾があるの!」
「何ですって!? 私は車椅子の患者さんを連れてくる。あなたも早く逃げてね!」<急がなきゃ、103号室の茂三さん!>

さとりは病院を飛び出した。外には軍服を着た憲兵が約10人。よかった。今の警笛で憲兵隊が来てくれた。

「既に話は聞きました、あなたの見た爆弾魔の人相を教えて下さい!」
「痩せ型で眼鏡を掛けた青年です!中央広場西で見かけました。お願いします、手遅れになる前に捕まえて下さい!」
「聞いたか!全員散れ!」

憲兵達は素早い動きで里の各方面へ散っていった。さすが訓練されてる。余計なことは全く考えてない。
自分にできることは全てやった。お願い、間に合って。さとりはただ祈っていた。そして、程なくして爆弾魔逮捕の連絡が入った。
だが、まだ安心はできない。爆弾の在り処を突き止めて解除しなくてはならないのだ。
青年が憲兵に軍用銃を突きつけられながら、両手を上げて中央広場にやってきた。間違いない、あの男だ。

「なんだよ、俺なにもやってないよー!」<え、なんで俺捕まってるわけ?>
「うるさい!さっさと歩け!」
「古明地さん、早速ですが、爆弾の在り処を探って下さい」
「わかりました!」

さとりは、銃口を向けられ動けない男の前で精神を集中した。だが、徐々にその表情から血の気が引き、嫌な汗が出てくる。
皆、固唾を呑んで見守っている。あぁ、言わなくてはならないのか。

「えー、皆さんにお話ししなくてはならないことがあります……」
「どこですか、爆弾の場所は!?」
「ご、ご、ごめんなさあぁい!!」
「「「はぁ?」」」





━━━

やっとそれはでき上がった。そして軽く跳りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに恐る恐る檸檬を据えつけた。(中略)
 変にくすぐったい気持が街の上の私を微笑ませた。丸善*1の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、
もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。
 私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉みじんだろう」
(梶井基次郎著 「檸檬」より)

*1:実在する老舗の書店

━━━





「それでは、爆弾魔については誤報だった、ということでよろしいですね?」<まったく、人騒がせな妖怪だ>
「申し訳ありません!ご迷惑おかけしました!」
「俺はただ、小説家を目指してるだけだよ。梶井基次郎“先生”の真似をすれば、ちょっとは近づけると思ったんだ」<失礼しちゃうなぁ、本当>
「ごめんなさい!本当にごめんなさい!」

ひたすら憲兵達と青年に頭を下げるさとり。実際本屋で、平積みにされた本の上に置かれたレモンが見つかった。
とんだ早とちりで、里全体を巻き込む大騒動を起こしてしまった。今も顔から火が出そうだ。酔っぱらいの代打をさせられた挙句、とんだ赤っ恥をかいたさとりであった。しかし、

「なぁんだ誤報か。肝が冷えたぜ」<地底妖怪も人間くさいところあるんだな。ちょっと親近感湧いたかも>
「何ごともなくてよかったよぉ」<おやおや、怖い妖怪かと思ったら可愛らしい子じゃないか。わたしの孫みたい>
「へっ、俺全然ビビってなかったし?」<なんだ、地上の妖怪と変わんねえじゃん。これならフツーに付き合ってけるかも>

なぜかさとりを非難するものではなく、好意的、もしくは偏見のない目で評価する心の声が多かった。
ひょっとしたら、地上との繋がりを断っていた間に、人間にも変化が生まれたのかもしれない。
今すぐには無理だろうけど、少しずつ、少しずつ距離を詰めていけるのかもしれない。やっぱり今後も会合は勇儀と交代で続けていこう。彼女にも可能性を残したいから。
その後、騒動を聞いて迎えに来た慧音に集会場へ連れられながら、さとりはそんなことを考えていた。
もっと実力が付いたら本家に挑んでみようかと企んでみたり。でも、いろはすのボトル並に凹みやすいので客観的点数付くのが怖いです…。
AK
コメント



1.ほうじ茶削除
ちょいちょい突っ込み所はありましたが、なんとか自分の中で納得させることができました(憲兵→明治時代に大結界なら、まぁ/鬼が酔いつぶれる?→八岐大蛇のあれかな?? …とか)。
あ~それしても、さとりん可愛いなぁ。妖怪も神も素をさらけ出したときは人間と何ら変わらない、いや人間以上に純粋な一面が見られるのかもしれませんね。

いろはす、ですかw。確かに点は結構怖いですけど、たとえ一人でも自分の作品を楽しんでくれたと伝わってくるコメントを頂けた時のそれは至福の極みですよ。頑張ってくださいな^^
2.AK削除
う~ん、いくら書いても凡ミスがなくならなくて申し訳ありません。
とりあえず私が設定している幻想郷の文明レベルは、低すぎても高すぎても困るので、仰るとおり明治時代あたりにしているのですが、
酒についても「鬼でもしこたま飲めば酔いつぶれるんじゃないか」という勝手な思い込みでした。

まだ未熟ですが、確かに批判であっても反応をいただけると上達に繋がると思うので、
あと1,2作書いたら本家で揉まれて来ようと思います。
最後になりましたが、ご指摘、ご感想ありがとうございました。