Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

レミリア・スカーレットの映画は楽しい!

2016/01/01 16:38:48
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  一

 人間の里には映画館があり、毎日フィルムの映画を流している。
 座席にレミリア・スカーレットとパチュリー・ノーレッジが座り、十六夜咲夜はうしろの通路に立っていた。ちらほらと他の客もいる。阿求のような有名どころもいた。
 いま画面では、外の制服をきた東風谷早苗の顔がうつっている、そこからカメラがバックして早苗の全身像が映る。カメラはやがて上にあがり、青々とした野原を映し出した。早苗が小さくなると、カメラは空に視点を向けてフェードアウトしていく。切なく甘いメロディが流れて、クレジットロールがせりあげってきた。
 客席にまばらな拍手が起き、そそくさと帰りはじめる人もいる。咲夜は主人たるレミリアの様子を覗き見る。拍手はしていない。だが目を見開いて口をぽっかり開けていた。主人が席を立ったのはクレジットロールが終わって、天狗のCM映像が流れ始めたときだった。
 日は暖かいが風の冷たい寒空の下、三人は紅魔館に帰った。門のあたりで美鈴が声をかけてきた。
「映画どうでしたか」
 誰よりも早くパチュリーが口を開いた。
「守矢神社のえーっと、早苗だったっけ。監督と脚本と演出、それに主演。よくできてたんじゃない」
 咲夜はパチュリーの言葉をつなぎとめる。
「よかったですよね。でも早苗ひとりだけだったのが寂しいですね」
「そうね、なんで主演ひとりだけだけだったのかしら。自己顕示欲?」
「カメラワークが面白くありませんでしたか」
「天狗に協力させたんでしょ。クレジットにも天狗の名前がのってた。レミィはどうだった。あれ、レミィはどこ?」
 パチュリーがそう言ってはじめて、咲夜も事態に気づく。一緒に帰ってきたはずの主人の姿がない。もうお屋敷に戻ったのかと思いきや、美鈴も見ていないという。
 咲夜は人里に見に行こうとした。するとパチュリーが止めた。
「すぐ帰ってくるって」
 咲夜は不安をかんじながらもその言葉を信じることにした。
 数時間後、パチュリーの言う通りレミリアは帰ってきた。ただ、奇妙なお土産をたずさえて。
 レミリア帰宅の知らせをうけた咲夜は玄関ホールにすっ飛んでいく。レミリアは元気はつらつとして、顔には力あふれる笑みを浮かべていた。それに玄関ホールには大小さまざまなカバンが積まれている。主人の笑顔も謎の荷物も、咲夜を不安にさせた。
 レミリアがすぐに命じてくる。
「二階の使ってない客室に荷物をひろげなさい。すぐに始めるからね」
「何を始めるつもりですが」
「映画撮影に決まってるでしょ。それぜんぶ機材ね。にとりから借りてきたの」
 レミリアが小走りで客室にむかっていく。咲夜は主人を追いかけようとして、荷物に足をとられてころんだ。こんな場所に置いておかれては迷惑だったから、時間を止めて荷物を運び出す。レミリアが客室についたときには、部屋の調度品をすべてどかして荷物を運び終えていた。
 咲夜は納得がいっていなかった。
「お嬢様。映画は素人が作れるようなものではありません」
「早苗だって素人だったんでしょ。なら私でも作れるし、私のほうがいいものが作れる」
 レミリア帰宅の話を聞きつけたのか、パチュリーが無言で部屋に入ってきた。咲夜はパチュリーに迫り寄って止めさせてと囁く。パチュリーは声を出さず唇だけを動かした。「ムリ」という動きをしていた。
 レミリアが荷物を解いて大型カメラを取り出していく。
「監督は私がやる。咲夜とパチュリーは撮影を手伝って。あそこの映画館にも話つけてきたから。四日後の上映スケジュールに空きがあって、そこで映画を流してくれるんだって」
「四日! まさか四日で映画を撮影するとでも」
「四日で撮影から編集までぜんぶやって完成させる」
 咲夜が言葉を失っていると、パチュリーが口を開いた。
「私に脚本やらせてよ。ちょうど形にしたかったイメージがあるの」
「パチュリーには照明をやってもらう。魔法で照らすの」
「いやよ、そんなの雑用じゃない。脚本やらせて」
「脚本は私がやる。監督、脚本、演出は私がやる。それに照明は雑用じゃない、大事な役割なんだから」
 パチュリーが食いかかっていく。
「早苗に感化されたのはいいけど、できないことはよく考えて。脚本は私にやらせなさい」
「早苗を越えるためには早苗がやったことは全部やらないと」
 咲夜はパチュリーを押しのけてレミリアにすがりついた。
「お嬢様、考え直してください。映画撮影はとても難しいしお金がかかります。ロケットを作るのとは違って感性もいるんです」
「私に感性がないとでも」
「そういうわけでは」
 パチュリーが叫んだ。
「脚本やらせて」
「パチュリーは照明。いろんな色の光を作れるのはパチュリーだけなんだから。役者よりも大事な役目なんだから」
「ああもう。わかった。じゃあ照明をやるわ」
 レミリアはふたたびニッコリと笑った。メモ帳を取り出して何かを書きつけていく。
 咲夜がメモ帳を覗いてみると、配置と配役が記されていた。レミリアが監督、脚本、演出。咲夜が撮影、編集、その他。パチュリーが照明、編集、その他。役者の候補もすでに決まっているらしい。博麗霊夢、霧雨魔理沙、聖白蓮、今泉影狼の名前がある。ほかに何かスケジュールみたいなものが書かれていた。
 メモ帳をみているうちに咲夜は諦めがついてきた。主人は本気らしい。なので咲夜も従者の気持ちに切り替わる。
 レミリアがさっそく命令をくだした。
「さっそく撮影をはじめましょう。四日しかないからね、今すぐ機材をもって博麗神社へいくわ」
「脚本を作るのが先では」
「脚本を書きながら撮るの。咲夜は魔理沙と聖を呼んできて。私とパチュリーは先に神社にいってるから」

  二

 けだるい午後、博麗神社はいつもより騒然としていた。
 持ちこまれた撮影機材はカメラ、カメラスタンド、マイク、そして持ち運び型電源だ。機材のすべてに河城にとりの名前とオリジナルロゴマークが刻印されている、金色で。
 咲夜は機材についてレミリアに問いただした。借用料金はいくらなのか、損害費用はいくらなのか。レミリアはこう返してきた。
「興行収入の六割を渡すのと、スポンサーとして名前をクレジットするって約束。最初は八割よこせっていってきてね、交渉してやった。それより咲夜、聖も呼んできてっていったでしょ」
「聖は用事があって、明日しか付き合えないと」
 レミリアが不機嫌な顔になる。
 それはともかく、咲夜はさっそくカメラを任された。だがこのメイドはカメラを触ったことがない。同封の取扱説明書と、里の古本屋で買ってきた映画撮影指南書を読み進めながら撮影を行うことになった。
 驚くべきことに、準備を進めている間で、レミリアは脚本を書き終わっていた。小さなメモ帳が、びっしりと黒い文字に埋め尽くされていた。
 脚本を読み取るかぎり、あらすじはこうだ。霊夢が演じるのは地獄生まれでありながら地獄を裏切った地獄狩人シャーリーン。魔理沙演じるヒロインのアイシャと友情をはぐくみ平和に暮らしていたが、そこに地獄からの使者がやってくる。戦いの中で引き裂かれるふたりの運命……。
 咲夜とパチュリーはそれを読んで眉をひそめあう。パチュリーが小さくつぶやいた。
「私に書かせればいいのに」
 パチュリーが照明のため魔法を出したり消したりしていると、レミリアが止めに入っていった。真昼間だから照明はいらないという。そこから何分か、いるいらないで口論になったが、パチュリーが折れたことで決着がついた。
 パチュリーは役者を着替えさせる作業へ追いやられる。そんな中、レミリアはまず魔理沙のシーンを撮影すると言い出した。
「階段のほうから魔理沙を走らせる。それをまず遠目に撮る。それから魔理沙が疲れてあえいでいる姿をアップで撮る」
「脚本に書いてあった悪魔に追われるシーンですね」
「悪魔じゃなくて地獄からの使者。で、魔理沙が地獄からの使者に追いつかれて怯えるシーンも撮る」
 撮影がはじまる。
 魔理沙は素朴な服に着替え終わり、髪は三つ編みに編まれていた。田舎娘のようだ。
 魔理沙が博麗神社の階段を息せき切って登っていく。大急ぎで登れと指示を出されたら、三段またぎで登り出した。レミリアが役のイメージに合わないと怒鳴りつける。
 つぎに登り切ったところで、疲れている姿を撮る。魔理沙は大げさなほど息を荒げて肩を上下させている。ちらちらと目線をカメラに向けてくる。
 咲夜はこの微妙な演技にあきれて撮り直そうと提案した。だがレミリアは撮り直しを命じることなくつぎに進めていく。
 魔理沙は空を見上げて、両手で顔を覆いながら叫び声を上げる。
 空にからきた地獄の使者を振り払おうとでもしているのか、魔理沙はくねくねと体をうごかす。踊りを踊っているようだ。そして叫び声は、これはもう書き表せないひどさだった。抑揚が変なのは演技を意識しているからだろう。そのくせ、演技することへの恥ずかしさが隠しきれていない、語尾がひょろひょろだ。
 そのシーンが終わるや否や、パチュリーがレミリアの元に近づいていく。撮り直そうと抗議をはじめた。が、やはり、レミリアは満足していると言って聞かない。パチュリーは激しく抗議を続けていたが、撮り直している暇がないのだと言われてしぶしぶ引き下がっていった。
 代わって霊夢のシーン。霊夢は洋服を改造した衣装を身にまとっていた。
 霊夢はまずおびえる魔理沙をかばって神社へ逃がす。それから地獄の使者との空中戦をはじめる。とはいっても地獄の使者が用意されていない。レミリアいわく、ここでは戦いが激しすぎて姿が映らないという設定だとか。
 敵がいないのに戦いを撮影するために、咲夜は霊夢を中心に映しながらカメラワークを入れ替えまくることになった。映像のブレが心配だったが、他にやりようがない。
 霊夢が空を飛び回り、弾幕を飛ばしまくる。戦いの真似とはいえ見事な動きだった。おかげで咲夜は追いかけるのに苦労をした。
 地獄の使者を追い払ったあと、霊夢が魔理沙と会話をする。魔理沙は相変わらずセリフの発音がおかしいし、噛む。そして相手が霊夢だから気恥ずかしいのか、意味もなく笑みを漏らす。
 いっぽう霊夢は表情をなにひとつ変えない。セリフにもおかしなところはなかった。立ち振る舞いも様になっている。
 咲夜ははじめ、霊夢の演技に目を丸くした。だが見ているうちに違和感を覚えてきた。咲夜と同じ気持ちになったのか、パチュリーもしかめ面になっている。
「魔理沙は演技を意識しすぎ、霊夢は意識しなさすぎね」
「ほんと、いつもの霊夢ですね。見る人が見たらすぐに分かっちゃいますよ」
「私わかった。早苗の映画で、なんで早苗ひとりしか出演しなかったのか」
「へえ、どうしてだったんですか」
「他の人は演技が下手だから出せなかったのよ」
 しばらく無言になったあと、急にパチュリーの表情が変わった。
「ちょっとカメラ覗かせて」
 咲夜はカメラから退く。パチュリーが横から顔を挟んできた。すぐに顔をひっこめて監督へ近づいていく。
「レミィ、映像にカメラとマイクの影が入っちゃってる。さっきより太陽が傾いてきてるから」
「それくらいなら大丈夫でしょ」
「あのねえ、映っちゃいけないものが映ってる。撮り直しましょ。カメラの位置変えて」
「だから撮り直すヒマはないって言ってるでしょ。何があろう締め切り前に完成させるのがプロってもん」
 そのとき、パチュリーが急に大声をあげた。そばにいたレミリアが驚いたのはもちろん、咲夜もパチュリーを見やる。魔理沙はギョッとした顔になり、霊夢は珍しい虫を見るような顔をした。
 ひとしきり大声を上げたあと、パチュリーのキンキンの声が叩きつけられる。
「その締め切りを決めたのは誰よ、あんたでしょ。四日で撮影とかバカじゃないの。ふつうは脚本だって何日もかけてつくるもんなのに、こんなワケわかんないストーリーにしちゃって。だいたい何がプロはこうするよ、素人でしょうが! 私帰るから。魔理沙も咲夜も霊夢も、とっとと帰ったほうがいいわよ」
 パチュリーは飛びあがって、矢のような早さで紅魔館の方角に消えていった。
 みんな茫然とした。が、間もなくするとレミリアが続行を告げた。
 夜中。撮影クルーは妖怪の山のふもとに来ていた。新たに加わった影狼は岩に座って髪をいじっている。しばらくすると、空から黒い影が降り立ってきた。咲夜は天狗が降りてきたのかと思ったが、小悪魔だと分かり一安心する。
「よかった、間に合ってくれた」
「パチュリー様がすごく怒ってましたけど」
「だからあなたがいるの。照明係をして。まわりを照らすだけでいいから。あとマイクと電源を持ち歩いて」
 と言っているうちに、山の上からレミリアが雄たけびと共に降りてきた。昼間のパチュリー以上に文句を垂れている。
「山で撮影はできないって」
「許可が下りなかったってことですか」
「七日以降なら許可が出せるって。間に合わないって言ったら、知るかって。天狗ってわからずやね」
 小悪魔がきょとんとしながら問いかけた。
「じゃあ別の場所で撮影するんですか」
「いいや。予定通りこの山でやる。みんな登るわよ」
 歩き出そうとするレミリアを、咲夜は止める。
「落ち着いてください。山中のシーンなら他の場所でも撮れますって」
「私は妖怪の山で撮りたいの」
「山なんてどこも同じです」
「雰囲気が必要なの。妖怪の山特有の雰囲気がいるの」
 そのとき、レミリアが「みんな隠れて」と言ってかがみこんだ。咲夜たちも習ってかがみこむ。頭上を黒い影が飛び去っていく。哨戒している天狗だろう。咲夜は天狗の飛び去っていく姿を見届けた。見届け終わったころにはレミリアが歩き出していた。この場所へのこだわりは相当らしい。咲夜は覚悟を決めてカメラを担いだ。もしも天狗に見つかったら、主人だけでもすぐに逃走させられるような覚悟だ。
 山の中腹あたりで撮影がはじまる。
 影狼には狼の姿になってもらった。まず彼女が月にむかって遠吠えするシーンを撮影する……予定だった。天狗にみつかるとまずいので遠吠えができない。あとで音声だけ録音することに。
 撮影中、咲夜は照明の光が弱すぎることに気づく。このままでは、影狼の黒い毛並みが夜の闇と混ざってよくわからない。小悪魔に手さばきで伝える。手を開いたり閉じたりして、光を強めろと指示をした。
 小悪魔が不安げな顔をよこしてくる。光がほんの少し明るくなったが、まだ足りない。咲夜は両手を開いたり閉じたりした。小悪魔は空を見上げる。天狗に見つかるのが怖いみたいだ。咲夜は小悪魔の足元にナイフを投げ放った。やっと明るくなる。
 そのあとは影狼が林中を駆けるシーンだ。やはり天狗に見つかりたくない。駆ける場所を狭く見積もって、影狼にはその場所を何往復もしてもらった。その往復を、咲夜はいくつかの角度から撮影した。
 小悪魔が咲夜にささやいてくる。
「影狼さん、演技うまいですね」
「うーん。狼だしねえ。表情がないからそう見えるだけかも」
 急に周囲が明るくなる。咲夜は小悪魔の照明を叱りつけようとカメラから目を離す。小悪魔がまぬけな顔でまわりを見渡していた。咲夜もつられてまわりを見る。光は頭上から降り注いでいた。
「見つかった、逃げろ!」
 レミリアの言葉で、撮影クルーは飛び跳ねるように逃げ出す。それと同時に頭上から色とりどりの弾幕が降り注いできた。
 妖怪の山を離れて、どこともしれぬ道端でようやく落ち着く。
 レミリアがメモ帳を睨みつけながら歩き出していく。みんなも無言で歩き出す。だが影狼だけは咲夜を追い越して、レミリアと肩を並べた。
 ふたりがしゃべり出した。
「こんなに走らされるなんて知らなかったんだけど。ギャラ増やしてよ。割に会わない」
「最初に渡した分でおわり。これ以上は出せない」
「里で日雇いのバイトしてたほうがいいわ。もっと出してよ。私がいないと撮影できないんでしょ」
「はあーそういう態度でくるわけ。じゃあいいわ。あんたいらない」
 レミリアが立ち止まって眉を吊り上げる。影狼も眉間に谷をつくった。しばらく無言でにらみ合っていたが、やがて影狼が空に飛んでいった。咲夜があわてて声をかけたが止まりもしてくれない。
 咲夜はレミリアに振り返った。
「影狼がいないとつぎのカットが撮れません」
「脚本を変えるわ。地獄の使者は狼人間だったってことにする。ここから先は人間になったバージョンで撮る」
「狼人間ならなおさら影狼でないと」
 レミリアはゆずってきかなかった。
 数時間後。撮影クルーはどこともしれぬ林の中にいた。そこに美鈴が混じってきた。
 美鈴は目をこすりながら言った。
「わたし寝てたんですけど」
「ごめんなさい、すぐに着替えて、あなた悪役。魔理沙としゃべって、霊夢と戦ってもらうから」
 林中で美鈴と魔理沙の会話、そして霊夢の空中戦が始まる。が、さすがにこの深夜となっては、霊夢の動きのキレは悪かった。一方で美鈴はよく動く。だがセリフはひどい。魔理沙よりも棒読みだ。
 もっと狼っぽく動けとレミリアがムチャを振った。すると美鈴は犬のようにうなって、肩をいからせて動くようになった。あからさまな演技に咲夜は笑いも出てこない。
 もちろん撮り直しはせず、地獄狩人シャーリーン対地獄の狼人間の勝負はおわった。レミリアがすぐに指示を出していく。
「つぎのカットは紅魔館へもどって撮るわよ。霊夢と魔理沙はまだ帰っちゃだめ」
 撮影クルーは真夜中の空を矢のように飛んでいった。紅魔館へ戻ったら、咲夜は小悪魔とともにすぐさま舞台のセッティングをさせられる。撮影用の部屋を黒幕で覆い、悪役っぽい調度品を置いていった。
 すぐさま撮影に入る。レミリアと美鈴の会話だ。なんとレミリアは、地獄の使者のリーダー役をやることになっていた。
 撮影がはじまる。
 美鈴がこびへつらいながらレミリアに話しかける。よくもわるくもいつもの美鈴だ。レミリアがそれに答える。声は迫力に満ちているが、喋り方が演劇みたいでオーバーだった。体の動かし方もうそくさい。しかし、今まで咲夜が見てきた中で誰よりも役者っぽく見えた。だが咲夜から言わせれば、周りが下手すぎるからそう見えるだけだ。
 美鈴とレミリアの声が部屋に響く。
「しかしデストラ様、えーシャーリーンは地獄にいたときよりも強くなっております」
「黙れウルフよ。我々に失敗は許されない」
「次こそはかなら」
「そうとも、我々にはたった一つの失敗さえ許されない。そもそも、シャーリーンを地獄から逃したことすら大失敗だったというのに、ええいくそ!」
「あー、えっと」
 美鈴がきゅうにどもりはじめる。困惑しきった顔をカメラにむけてきた。咲夜は脚本メモ帳をたしかめた。レミリアがさっき口にしたセリフはどこにも書かれていない。アドリブだ。
 咲夜は手をぐるぐる回して、美鈴にとにかく先のセリフを言わせることにした。美鈴がさっきより弱々しく早口でしゃべりなおす。
「つ、次こそは必ず始末してまいります。シャーリーンが死んだ暁には、我々の計画もあんたいでしょう」
「その通り。世界の征服もたやすかろう」
「ではいってま」
「我々の手からのびる影は、やがて世界をすべて覆い尽くす」
「い、いってまい」
「世界は我々、いや私のしもべとなる。世界のあらゆる国に糸を引き人形のように操る。私はいわば、人形使いとなるのだ」
「……に、にんぎょーつかい」
 美鈴が泣きそうな顔をみせる。咲夜は我慢できなくなってレミリアに言った。
「アドリブは控えてください。美鈴が困ってます」
「ごめんなさい。つい演技に熱が入っちゃって。美鈴のことは編集でなんとでもなるから、次いきましょ」
 しょぼくれた美鈴が下がっていく。咲夜はすぐにでも励ましてやりたかったが、つぎのカットに入らねばならなかった。
 それから何時間も撮影を続けて、朝日が昇ったころにいったん休憩がとられた。霊夢と魔理沙も混じって朝食をとったあと、ふたたび撮影に飛び出す。この日だけ白蓮が参加した。日没には紅魔館にもどって何シーンか撮影をして、それでようやく終わった。
 レミリアは撮影が終わってもまだ元気だった。
「みんなお疲れ。出演者はもう帰っていいわよ。私たちは部屋にもどって編集に入りましょ」
 目にクマを溜めた霊夢と魔理沙、そして他よりは元気な白蓮が帰っていく。咲夜はその背中を見届けるのも惜しく、さっさとカメラを運ぶ準備をする。そのときレミリアがそっと近づいてきた。
「咲夜、カメラ撮影ありがとう。助かったわ」
 その言葉を聞いただけで咲夜は疲れがふっとぶ気分だった。

  三

 紅魔館の一室を作業場として、あらゆる窓を覆い隠した。部屋は常に薄暗く、明かりは手元を灯す光だけ。咲夜、小悪魔、美鈴の手元と顔がぼんやりと照らし出されていた。
 三人は二日の間に撮影したフィルムを編集しなければならない。編集装置もにとりから借りていたものだ。双頭のミシンのような形で、台にフィルムを挿して金具で固定する。切りたい部分を目印にあわせて、右の頭を手動で下す。切れたフィルムをつなぎ合わせたい場合、左の頭を下ろすとテープで留めてくれる。
 咲夜は黙々と切り貼りをしていた。どう編集するかの指示は、レミリアのメモ帳に全て記されている。そしてそのメモ帳はいま咲夜の手元にあり、メモ帳のうつしをほかのふたりに渡していた。
 別の机で作業していた美鈴が尋ねてくる。彼女には別の機材で音声の編集をやってもらっている。
「これじゃいつまで経っても終わりませんよ。妖精メイドを呼びましょう」
「ダメよ。どうせ機材は数台しかないんだから」
「私、きのうたたき起こされてから徹夜ですよ。二日目ですよ」
「私は初日から三日目よ。文句いう時間で手を動かしなさい」
「なんでお嬢様は編集しないんですか」
「美鈴、手を動かせ」
 それで美鈴は黙り、編集装置のガシャガシャいう音だけが響く。
 しばらくして、小悪魔が口を開いた。
「戦闘のカット、やっぱり切って短くしたほうがよさそうですね」
「切りたいけど、お嬢様は戦闘が大事っていってるから」
 咲夜はあるフィルムを手にした。霊夢と美鈴の会話がうつっている。影狼役の代わりをするため、衣装でごまかしている美鈴の姿はこっけいだ。できることなら美鈴のうつっているカットはすべて取り除きたかった。だがレミリアからの指示で、映像はできるだけ残せと言われていた。
 咲夜はひとまず、美鈴のカットをそのままにした。自分がいま寝る間も惜しんで駄作を作り上げている事実をかみしめる。つらかった。唯一の心の支えは、明日には全てが終わるということだ。たとえ間に合わなかったとしてもだ。それを考えば、手にも多少の力がこもるというものだった。
 閉め切っていた部屋の扉が開いて、廊下の明かりとレミリアの声が差し込んできた。
「ちょっと咲夜、話があるんだけど」
 咲夜は廊下の踊り場まで連れていかれた。
「どこまで進んでる」
「半分ほど終わりました。明日の朝までに編集は終わるかと」
「特殊効果はどうなってるの」
 咲夜は聞きなれない言葉に戸惑った。
「とくしゅこうかとは、何のことでしょうか」
「あ、言ってなかったっけ、映像に特殊効果も入れるつもりなんだけど。戦闘をもっと派手にするために光をつけ足したり、場面の色合いを変えたり」
「あの、予定にはそんなことはなにも」
「じゃあ待って、特殊効果を入れたいシーンを書き出すから。準備しときなさい」
「準備もなにも、機材が」
 咲夜は言葉を区切る。レミリアの背後にフランドール・スカーレットが立っていた。フランドールはレミリアに寄り添いながら口を開いた。
「映画とってるんでしょ。私も参加させてよ」
「もう撮影は終わったからダメ。クレジットに名前だしてあげる」
 そのままレミリアとフランドールは行ってしまった。
 咲夜はなかば茫然としながら部屋に戻る。手元に明かりを放って、撮影機材をすべて確かめてみたが、特殊効果に関する機材は見当たらない。唯一、にとりの取扱説明書にこう書いてあった。
"撮影編集キットは以上となります。なお、特殊効果用の機材などは別サービスとなっております。別途、ご相談ください"
 咲夜はしばらく言葉を失い、気が付いたら目から涙が流れていた。そうと分かった途端、心の中で何かが切れて、叫び出したい衝動を抑えきれなくなる。機材の前でうずくまって、声を出して泣いた。
「特殊効果ってなんですか、なんで最初に言ってくれなかったんですか! 後から言われたらできるわけないでしょ! バカ、お嬢様のバカ!」
「あの、咲夜さん、何があったんですか」
 美鈴がそばによって、肩をさすってくれた。咲夜は美鈴にしがみついて、ぐしゃぐしゃの顔をむける。
「もう無理、作れない。映画なんて最初から無理だった。特殊効果って、特殊効果ってなに」
「よくわかんないけど落ち着いて。休みましょう。ソファで寝ててください。毛布とってきます」
 咲夜は言われた通りソファに横になった。美鈴のもってきてくれた毛布にうずくまったあとも眠れない。頭の中ではレミリアの注文が渦巻き続けていた。そして、もっと嫌な想像も。映画が予定通りに作れないと分かったとき、レミリアはどんな表情をするだろうか。がっかりするだろうか、怒るだろうか。どちらにしろ咲夜には見たくない顔だった。
 悶々と考えているうちに、眠ってしまった。
 咲夜はハッと飛び起きた。深夜二時だった。夕方から六時間も眠ってしまったことになる。部屋の中ではまだ美鈴と小悪魔が作業を続けていた。
 美鈴が咲夜に気づいて口を開いた。
「お嬢様が特殊効果のリストを持ってきましたよ。そこに置いてます」
 レミリアは特殊効果リストを一目見た。機材さえあれば、今からでもできそうな量だった。
 ひと眠りしたおかげで頭が冴えたのか、咲夜は、少しやる気を取り戻した。
「ちょっと河童のところにいってきて機材を借りてくるから。すぐ戻ってくるからね」
 咲夜は時間をとめてすぐさま紅魔館を飛び出した。それから妖怪の山へいって河城にとりに出会った。話をして、再び紅魔館に戻ってきたときには、時計の針は五分ほどしか進んでいなかった。
「ただいま」
 咲夜は美鈴の背中にむかってそういった。美鈴が振り返ってきた。
「どうでしたか」
「ダメだった。特殊効果用の機材だけど、いまは天狗に貸してるって。広報用の短編映像を撮っているらしくて」
「じゃあ特殊効果は入れられないんですか」
「分からない。これから人間の里と香霖堂に行ってみる。機材が見つかるかもしれない。みんなはもう少し待ってね」
 咲夜が部屋から出ようとすると、廊下から足音が近づいてきた。じっくりとした、落ち着きのある足さばきで、それに合わせてしつこく衣擦れの音がする。途中、ごほっと喉を鳴らしたその声は、レミリアではない。
 咲夜は振り返った。パチュリーがいた。なぜか白紙の束を手にしたまま部屋に入ってくる。机の一角を借りて、こう言い始めた。
「話は聞いたわよ。咲夜はどこにも行かなくていい。特殊効果は私がやるから」
「あの、どういうことですか」
「手伝ってあげるっていってんの」
 パチュリーは手早く白紙をとって、鉛筆で何かを書きつけていく。それを何枚ぶんも描きはじめた。
「けど、特殊効果は機材がないと」
「魔法でどうにかなる。特殊効果のイメージをフィルムに直接焼きつけるの」
 次々と白紙に描かれているもの。例えば、粒子のような粒が、ゆっくりと膨れ上がったかと思うと、一気に爆発。光が波のようにあふれて、そして消えていく。そうした絵の正体が咲夜にも分かってきた。それらはイメージの下書きだ。フィルムの一コマ一コマに焼き付けていく特殊効果の元だ。
 咲夜は感謝の言葉を口にしたくてたまらなくなった。だが、今はぐっと抑えた。手を叩いて、小悪魔と美鈴に作業を続けさせる。咲夜自身も席にもどって、大詰めに挑むことにした。
 四人は一言もしゃべらなくなった。絶望からではない。完成の希望が見えてきたから、誰しも無駄口を叩きたくなかった。
 フィルムの編集はすべて済み、そのころにはパチュリーも特殊効果の下書きが終わっていた。すみやかに編集済みのフィルムに手をかざす。水晶型の使い魔もせっせと働きだした。部屋の中はイルミネーションを飾ったように鮮やかに光輝いた。
 そうやって仕上げられたフィルムは順次、咲夜が受け取っていく。完成品同士をつなげていく作業だ。
 すべて終わって、ひとつなぎにされたフィルムが一つのロールに巻き取られていく。まだみんな眠らない。咲夜がフィルムを抱え、美鈴が映写機を担ぎ、レミリアの部屋にむかった。すぐに試写会がはじまる。
 暗い部屋をパッと照らす映写機。カタカタと音を鳴らして回るフィルム。壁に映し出される完成品の映像。レミリアがメモ帳の脚本と見比べていく。それを咲夜たちが肩越しに見つめる。
「ここ、コマが飛んでるわね」
「カメラの影がうつっていたので切りました」
「ここの特殊効果、ちょっと大げさじゃない」
「戦いの動きをごまかすためです」
 やがて映像が終わったので咲夜は映写機を止めた。レミリアはまた脚本を見返している。撮り直せとダメ出しが出てきそうな気配。咲夜は喉が渇いてきた。美鈴と目を合わせると、彼女も緊張している。小悪魔は祈るように両手を組んで目をつむっている。パチュリーは無言でレミリアを見下ろしていた。
 レミリアがメモ帳を閉じる。
「まあ、こんなもんでしょ」
「それはつまり」
「完成。みんなありがとう」
 レミリアが咲夜の両手をとって握りしめてくれる。咲夜も握り返して何度もうなづいた。
 さて、パチュリーが窓のカーテンを開いた。朝日がするどく差し、咲夜は目を細める。もう朝を迎えていたのだ。窓を開ければ肌寒い風と小鳥のさえずりが吹きこんできた。この朝日さえみんなの気持ちを盛り上げているような気がして、誰しも見入らずにはいられなかった。だが、レミリアが急に声をあげる。
「十時までに映画館にフィルムを渡さないと。咲夜、すぐに外出の準備」
 レミリアと咲夜はさっさと着替えて、フィルムを胸に外へ飛び出した。時計によると、すでに時間は午前九時半。ふたりは空を突っ走る。映画館にたどり着いたときには、十時ちょうどだった。
 咲夜は職員に飛びつくがごとく、フィルムを渡した。職員は驚きながらフィルムを受け取り、上映予定時間を告げてくる。レミリアと咲夜におくれて、美鈴たちもやってきた。
 けっきょくメンバー全員、上映時間がくるまで里で時間をつぶした。時間になって上映室に入る。時間ぎりぎりになって霊夢、魔理沙がやってきた。機材を提供してくれた河城にとりも。他に何人かちらほらと客が。中には阿求が混じっていた。紅魔館の作った映画と聞いて、見に来た人々のようだ。
 映画が始まった。数分すると、物珍しさで見に来た人が帰っていった。十分ほど経ってから、にとりがレミリアを問い詰めに来た。いくらか言葉を交わしたあと、文句を垂らしながら帰っていった。
 上映が終わった。
 霊夢と魔理沙が言葉を交わしながら上映室から出ていく。
「自分の演技をみるのは恥ずかしいな。けど面白かった」
「あんた、あれを面白いと思ったの」
「霊夢は面白くなかったのか」
「よくわかんなかった」
 やがて紅魔館メンバーも席を離れて上映室を後にする。フィルムを返してもらい。とぼとぼと外に出た。
「おわったわね」
 パチュリーは通りを歩きすぎていく人を眺めていた。
「おわりましたね」
 小悪魔は道端の石ころを蹴った。
「おわったおわった」
 美鈴が背伸びをする。
「みんな、お疲れさまでした」
 咲夜はそんな仲間を見渡して、最後にレミリアを見る。レミリアもこっちを見ていた。
「咲夜、ありがとう。最高だった」
 レミリアが手招きをしてくる。咲夜は何かと思いながら体をちぢめた。レミリアが頬にキスをしてくれた。寝不足のせいか唇はカサカサに乾いていたが、暖かかった。





 『地獄狩人シャーリーン』

黒い画面にクラシック音楽が流れる。白いローマン体でスタッフクレジットが表示される。クレジットは1行ずつ、約2秒ごとに切り替わり、表示し終えると黒い画面にフェードイン、夜空を映しながらナレーション(咲夜の声)が始まる。

ナレーション〈多くの人は笑うかもしれないが、地獄は実在する。そこに居座る地獄の生き物たちはみな残酷、残忍、血を求めている。彼らの狙いは常にこの地上だ。
しかし、地獄に住まう全ての存在が非道とはかぎらない。ときとしてやさしい心を持ち、人を救うことにためらいのない者もいる。そういう者は地獄では異端者として処罰されるが、中には地上へ逃れる者もいた。
彼女の名はシャーリーン。地獄に生まれながら地獄に仇なし、地獄の使者を狩り続けるもの〉

夜空から昼の空へフェードイン。曇り気味の空を映したあと、カメラはゆっくり下に降りて草原を映す。中心に人影。アップしていく。粗末な洋服を着たアイシャ(魔理沙)が映る。
アイシャ、草原から積んだ花を両手でつつむ。花をまわして愛おしげに眺める。新しい花を摘もうとして手を動かす。別の花をちぎりとろうとして、かなり力む。その花を愛でていると、主人(白蓮)が登場する。
主人の背中ごしにアイシャを覗きこむ構図。主人とアイシャの会話。主人の声だけが小さい。

主人〈こんなところでサボっていたの。貧乏人は働きなさい〉
アイシャ〈しかしご主人様、いまは休憩時間で〉
主人〈やだやだ、貧乏人はちょっと口を開いたら休憩だなんだと言い訳をする。誰があんたを養ってあげていると思っているの。あんたのお父さんが死んではや三年、右も左もわからないあんたを、私は引き取ってやったのよ。それなのにあんたってやつは、こんなところで油を売って、恩を仇で返すつもりかい〉
アイシャ〈そんなつも、つもりでは〉
主人〈いいからとっとと家に戻って仕事をおし。貧乏人は死ぬまで働くもんだ〉

主人、アイシャを引っ張って連れて行こうとする。ふたりとも動きが遠慮がちで綱引きをしているように見える。
場面が変わり、夜の森を映す。
おどろおどろしいクラシック音楽をバックに、十秒ほど森が映される。突然、狼の遠吠えが入る。三度の遠吠えのあと、森の中にたたずむ狼(影狼)のカット。狼は背をそらして、空にむかってまた吠える。狼の目をアップし、また吠える。二、三個の遠吠えを使いまわし。
森の中を狼が駆けまわるカット、再び目のアップ、また駆けまわるカット、何度か繰り返す。最後のカットだけ不自然にまぶしくなる。
里を遠方から撮った場面に映りかわる。音楽が止み、女の絶叫(咲夜の声)が響き渡る。再び狼の遠吠え。
昼間の草原がフェードイン。アイシャが両手に水桶をもって登場。アイシャはふらつきながら歩いていたが、立ち止まって足元をみる。花のカット、数秒後アイシャの笑顔。水桶をおろして花をつもうとする。
画面右から主人がやってきて、腰を下ろそうとするアイシャの肩を叩く。ふたりの会話。

主人〈またあんたはさぼろうとして〉
アイシャ〈ごめんなさい〉
主人〈早く桶を持ちな〉
アイシャ〈ごめんなさい〉

アイシャが急いで桶を持ち、早足で歩く。水桶から水がたくさん零れてアイシャと主人にかかる。ふたりの目が一瞬カメラに向くが、すぐ何事もなかったかのように歩き出す。

主人〈サボってばっかりいると、地獄の犬に食われちまうよ。昨日の夜だって、向かいの家のおばさんが殺されたって。犬か何か、凶暴な動物に食われた跡があったそうよ〉
アイシャ〈昨日の叫び声。そういうことだったのね〉
主人〈あんたはグズだからね、誰より早く犬に食われるでしょうね。そうしたら、ごくつぶしが消えて助かるけどね〉

ふたりの歩く姿を遠方から映す。画面手前に黒いもじゃもじゃした物体が映りこむ。場面は狼の目のアップに切り替わる。狼が森の中を走るシーンは使いまわし。夜の場面をむりやり明るくしており、色合いが不自然。
カメラ、上下に揺れながら主人の背中にアップしていく。再び狼の目のアップ。再び主人の背中、主人が驚きの顔で振り返り、手をばたつかせる。
主人を横から映すカットに切り替わる。黒いもじゃもじゃした物体が主人に覆いかぶさり、主人はゆっくり押し倒される。何かグチャグチャした音を鳴らす。場面はアイシャに切り替わる。なぜか持っていたはずの水桶がない。アイシャは困惑した顔で首をふったりしていたが、やがて走り出す。
再び主人のカット。痙攣する腕だけを映しながら、グチャグチャ音がおさまっていく。狼の遠吠え、森の中を走り出すカット。
アイシャが走る。草原を走る姿を遠方から映す。石畳の階段を大急ぎで登るカットを映す。鳥居をくぐったところでアップになる。立ち止まり息を荒げるアイシャ、肩の動きがおおげさ。狼の遠吠え。アイシャは振り返り、空にむかって両手を盾にしながら叫ぶ。間延びした叫び声が5秒ほど続く。
光が飛んでくる。シャーリーン(霊夢)が登場する。シャーリーンはアイシャを抱きかかえて飛ぶ、神社本堂のそばに座らせてまた飛ぶ。狼の目のアップ。シャーリーンの目のアップ。シャーリーンは弾幕を放ちながら空中を飛び回る。カメラはシャーリーンを追いかける。画面はしつこく揺れ、光が激しく、視点も頻繁に動いて何が映っているのか分からない。
シャーリーンが画面の中心にきて腕を振るう。犬の叫び声がする。空をバックに黒いもじゃもじゃした物体が飛んでいく。シャーリーンが手で汗をぬぐいながらアイシャのもとに降り立つ。アイシャが目を丸くして問う。

アイシャ〈あなたいゅ……いったい何者〉
シャーリーン〈私と言葉を交わさないほうがいい〉
アイシャ〈まって、私はアイシャ。名前を、せめて名前を〉

シャーリーンが飛び去る。アイシャを俯瞰で映す。アイシャはカメラを見上げながら切なそうな顔。フェードアウト。
薄暗い洋館がフェードイン。カメラは洋館の窓にうつるふたつの人影をゆっくりアップ。室内の映像へ切り替わる。赤いマントをまとったデストラ(レミリア)が左に立つ。黒服を着たウルフ(美鈴)が右にぬかづく。
デストラは眉を吊り上げ、肩を震わせながら声を放つ。

デストラ〈シャーリーンにやられて、おちおち戻ってきたとは。この愚か者め。きさまは私の顔に泥を塗りたいのか〉
ウルフ〈しかしデストラ様、えーシャーリーンは地獄にいたときよりも強くなっております〉
デストラ〈黙れウルフよ。我々に失敗は許されない〉

一瞬、ウルフがしゃべり出そうとするが、不自然なコマ飛び、デストラが喋り続ける。ここから先、会話中に何度も不自然なコマ飛び。

デストラ〈そうとも、我々にはたった一つの失敗さえ許されない。そもそも、シャーリーンを地獄から逃したことすら大失敗だったというのに、ええいくそ!〉
シャーリーン〈つ、次こそは必ず始末してまいります。シャーリーンが死んだ暁には、我々の計画もあんたいでしょう〉
デストラ〈その通り。世界の征服もたやすかろう。我々の手からのびる影は、やがて世界をすべて覆い尽くす。世界は我々、いや私のしもべとなる。世界のあらゆる国に糸を引き人形のように操る。私はいわば、人形使いとなるのだ〉

デストラの顔をうつしたカット。デストラが五秒ほど高笑いをする。カメラはどんどんアップしていき、やがて画面はデストラの瞳で真っ黒に。カメラが下がって、夜の洋館が映し出される。これもフェードアウトしていく。
バスケットを持ったアイシャ、林の中を掻き分けて進む。まわりを見渡すアイシャ、何度かカメラと目があう。左からシャーリーンが飛び降りてくる。アイシャわざとらしくバスケットを落とす。バスケットのカット。地面に落ちたバスケットからパンがこぼれおちる。

シャーリーン〈なぜここにきたんだ〉
アイシャ〈ここにいけばあなたに会えると思ったの〉
シャーリーン〈危険だ。私は狙われているんだ。君も狙われるぞ〉
ウルフ〈そのとおり〉

ウルフの声がすると、シャーリーンとアイシャ振り返る。林の中からウルフが出てくる。黒服が枝にひっかかる。

ウルフ〈シャーリーン。えー今日こそきさまの命をもらう。そのために、えーそこの若い娘にも協力してもらうとしうよう〉
シャーリーン〈待て、アイシャは関係がない〉
ウルフ〈さっきまではな。今はもう私の姿を見た〉

ウルフ、その場でうめき、うずくまる。うめき声が嘘くさい。狼の目のアップ、ウルフの顔のアップ、交互に何度も映して、しだいに切り替える速度が速まっていく。林の中、空にむかって吠える狼のカット。
狼と化したウルフを映す(黒いもじゃもじゃを羽織った美鈴)。ウルフが跳ぶ姿をうつし、シャーリーンが跳ぶ姿もうつす。空中戦がはじまる。カメラは激しく揺れながらふたりを追う。弾幕が妙に派手に光る。なにが起きているのか相変わらず分かりづらい。
シャーリーンが落ちていく。アイシャが心配そうに見渡している。アイシャの姿を遮るようにウルフが地上に降り立つ。地面にちらばっていたパンを踏みつぶす。アイシャ叫ぶ。

アイシャ〈いや、こないで!〉
ウルフ〈お前には協力してもらうと言った〉

ウルフがゆっくりとアイシャに近づいていく。途中、顔を覆う黒いもじゃもじゃがズレ落ちそうになったので手でおさえる。笑うウルフをアップ、そして顔を左右にふるアイシャのカット、フェードアウト。
闇夜の中、シャーリーンが起き上がる。

シャーリーン〈アイシャ、アイシャ〉

シャーリーンはひとしきりアイシャの名前を呼んだあと、いかめしい顔でまわりを見渡す。わなわなと震え、作った拳を何もないところに振り下ろす。
デストラの笑い声が聞こえてくる。シャーリーンは空を見渡す。

シャーリーン〈その声はデストラ。どこだ、どこにいる〉
デストラ〈シャーリーンよ。娘を助けたければ西の洋館まで来るがよい。自分の命が惜しければ、このまま逃げることだ〉

シャーリーン、作った拳を見つめたあと空を睨む。その場で跳躍。空を飛ぶシャーリーン。背後からうつしたカット、横から顔をうつしたカットを何度か繰り返す。昼の洋館を俯瞰でしだいにアップしていく。
シャーリーンが洋館の庭に降り立つ。シャーリーンは花壇に身を隠して洋館を眺める。静まり返った洋館のカット。シャーリーンは足早に花壇から出て庭を抜けていく。洋館の入り口にたどりつく。扉が開いていたので、周りを確かめながら入ろうとする。
扉の奥から腕がのびてシャーリーンの首にからみつく。シャーリーンは腕を振り払おうともがく。腕を捕まえて振り投げる。空を舞う人間のカット。シャーリーンが振り返る。庭に落ちた人間が起き上がる。死んだはずのアイシャの主人だ。両手を上げてふらふらと近寄ってくる。
シャーリーンが弾幕を飛ばす。光に包まれるゾンビ主人。ふたたび空を舞う人間のカット、また立ち上がる。シャーリーンは首を振りながら洋館へ入る。
暗い洋館の中を歩くシャーリーン。デストラの笑い声がこだまする。シャーリーンは暗闇を見渡したあと一点を見つめて走り出す。とある部屋に入るシャーリーン。
玉座に座るデストラ、隣に立つウルフ、縛られて床に座らされているアイシャを映す。デストラが喋る。

デストラ〈久しぶりだなシャーリーン。よくぞ逃げずに来たものだ〉
シャーリーン〈アイシャを返してもらう。そしてここにお前の墓場を作る〉

デストラの背中越しにシャーリーンを映す。シャーリーンが動き出そうとすると、デストラが手を上げて制する。

デストラ〈下手なことは考えるな。この娘の命はないぞ〉

顔を怒らせるシャーリーンを横から映す。背後からゾンビ主人の手がゆっくりのびてくる。シャーリーンが気づいて振り返るが首を掴まれる。もがいたあとに振り返ってゾンビ主人を殴り飛ばす。
ウルフとアイシャのカット、ウルフがアイシャに覆いかぶさろうとする。シャーリーンが腕を振るうカットへ。光がウルフを包みこむ。ウルフは光に身もだえし叫びながらよろめく、いつの間にか開いていた窓から外に落ちる。
再びアイシャが腕を振るうカット。デストラが何かを掴むような動きをする。こぶしを開いて、興味深そうに見下ろす。拳のアップ、そこに光が掴まれている。デストラは再び拳をつくり振り下ろす。今度はアイシャが光に包まれる。廊下にむかって吹き飛ぶアイシャ。
デストラがシャーリーンのそばに降り立ってくる。シャーリーン立ち上がろうとする。デストラが腕をふるって弾幕を飛ばす。シャーリーンが光と炎に包まれる。炎を振り払いながら弾幕を飛ばす。デストラ弾幕を掴んで、飛ばし返す。シャーリーンを包む光と炎が激しくなる。
アイシャが叫ぶカット。目をつむって廊下に横たわるシャーリーン。縄の巻き付いたままのアイシャが走り寄る。

アイシャ〈私のせいでこんなことに。ああ、そんな〉

アイシャ、シャーリーンのそばにひざまづいて涙を流す。涙の光がシャーリーンの頬に当たる。シャーリーンの体から光が沸き上がり、目を覚ます。驚くアイシャ、シャーリーンが抱きしめる。

アイシャ〈生きていたの〉
シャーリーン〈アイシャの声が地獄から呼び戻してくれた〉

デストラ、しかめ面で大声を上げる。

デストラ〈こいつめ、とどめを刺してやる〉

デストラが弾幕を飛ばす。シャーリーンとアイシャのまわりに白い結界が作られる。結界が弾幕を飛ばす。シャーリーンはアイシャの腕をとってうなづきあう。アイシャは恥ずかしいのか半笑いでうなづく。
ふたりでつなぎあった腕から弾幕を飛ばす。弾幕はデストラの胸に当たってはじける、デストラは大声を上げながら横ざまに倒れる。
アイシャとシャーリーンが安心した顔を見合わせるカット。すぐにデストラの笑い声が聞こえてきて、ふたりは顔を上げる。デストラの倒れている姿がクロスフェードで服だけに切り替わる。デストラの声が響きわたる。

デストラ〈今回は負けを認めよう。しかし私は不滅だ。再びきさまの前に現れようシャーリーン。必ずや貴様を倒し、この世界を手に入れてやる。そのときまで、娘と幸せに暮らすがいい〉

デストラの笑い声が消えていく。シャーリーンとアイシャの顔のアップ。アイシャが不安げにシャーリーンを見上げる。

アイシャ〈またやってくるの? 私たちはどうすれば〉
シャーリーン〈また倒せばいい。だいじょうぶ。私たちならやれる〉

シャーリーンがアイシャを見下ろす。アイシャは力強くうなづく。希望にあふれたふたりの顔をうつしながらフェードアウト。
黒画面にクラシック音楽が鳴りながら、ナレーションが流れる。

ナレーション〈多くの人は笑うかもしれないが、地獄は実在する。しかしシャーリーンとアイシャがいる限り、彼らも自由にはできないだろう。ふたりの戦いはまだ始まったばかりだ〉

黒画面にENDの文字が表示される。
シャーリーンを書いているときが一番楽しかった
今野
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
面白かったのですが、色々不完全燃焼でした。
2.名前が無い程度の能力削除
美鈴にもうダメと泣きつく咲夜さんが可愛くて可愛くて。
ワガママお嬢さまの本領発揮も痛快でした。
演技陣の素人っぽさと映画製作陣のギリギリな感じも読んでいて楽しかったです。
3.名前が無い程度の能力削除
兵は拙速を貴ぶと言う兵法に従うが如く、ポンポンと撮影を進めるレミリアに愛嬌すら感じます
周りに方法も方針も脚本も全て否定されているのに撮影を敢行している自己中心的な行動のはずなのに愛嬌を感じると言うのは「らしい」からですかね
…やっぱレミリアって「何をしてもおかしくない」って印象あるからすげえわ