Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

色々復帰計画

2015/07/07 06:13:58
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 食事の必要が無い身であるとはいえ、食べてはいけないわけではない。
 アリス・マーガトロイドは昼食の支度をしながら窓の外をふと眺めた。
 昨日焼いたライ麦パンから薄く二切れ切り分けると、ハムも二切れ、野菜を適当に、パンにバターを塗ってサンドイッチにする。
 パンくずはとっておいて、庭に来る小鳥にあげるのが習慣だ。
 心なしか羽のつやが良くなってきているような気がする。全体的に丸くふっくらとしてきて、触ったら気持ちいいかもしれない。
 ぼんやりと小鳥の栄養状態について思いを馳せながら、紅茶とサンドイッチで昼食を済ませると借りていた本をまとめて紅魔館へと出かける。
 通いなれた道を進み湖を渡りきると、門番に軽く挨拶をして館へと進む。
 メイド長と一言二言やり取りを交わし手土産のジンジャークッキーを渡すと、そのまま図書館へと向かう。
 開け閉めに少し力が必要な扉の向こうには、紫色の魔女がいる。
 
「いらっしゃい、アリス・マーガトロイド。本日の御用向きは?」
「お邪魔するわ、パチュリー・ノーレッジ。そうね、ティータイムにお付き合いいただけないかしら」

 図書館の主が鎮座まします重厚な書き物机の傍には、簡易ながらも応接セットがしつらえてある。
 友好的な来客用にと用意されたものであり、つまりは殆どアリス専用となっていた。
 
「今いいところなのだけど」
「あらそう。じゃあ、しばらく待たせてもらうわね」

 アリスは一人がけ用のソファーに座ると、持ってきた本を開く。
 そのまま半刻ほど、ページをめくる音とペンが走る音だけが響く。
 アリスは時々本から顔を上げると、パチュリーを見やる。
 分厚い本をめくっている彼女は、ひどく華奢だ。
 肌は白く、腕は細く。その指さえも透き通ってしまいそうなほどに薄い。
 爪は短く切りそろえられ、おそらくとてもやわらかいだろう。労働とは無縁の手だ。それでもペンを持っているあたりはたこが出来ているかもしれない。
 もしかしたら図書館の扉を開けるのも難しいほどに非力なんじゃないだろうか。
 そんなことを考えていると、パチュリーと目が合う。

「視線がいやらしい」
「いやらしくない。その細い体からよくあんな魔法が、と思ってただけよ」
「物理的な力は、まあ、ペンさえ持てれば」
「本も持ちなさいよ」
「本はねぇ。あの子に持ってこさせるから。本当はペンも持ちたくないのいだけれど。筆跡を再現するほど繊細な操作は逆に面倒なのよ」
「ああ、あなた悪筆だものね」
「字が汚いとか失礼にもほどがある」
「だって、読めないわよこれ」

 アリスはソファーから立ち上がり近づくと、パチュリーの書いていた文字を指差す。
 恐らく筆記体であろうそれは、ノートの端に試し書きしたぐちゃぐちゃの線にしか見えない。

「自分の研究をわざわざ他人に読ませてどうするの。暗号化まではしないけれど、私が読めればそれでいいのよ」
「それにしても限度があるでしょう。単語の置き換え程度ならまだしも、文字レベルで判別できないのはどうなの」
「なら試しに読んでみましょうか。例えばこれはA,l,i,c,eなんだけど」
「ちょっと、私の名前!? なんで魔法の研究にでてくるのよ」
「いや、これは魔法の研究ではない。ただの日記」
「なんで今ここで来客ほっといて日記とか書いてるの」
「吸血鬼とか時止めメイドなんていう怪物の住む館では、いざというときのために日記を残しておくというのは大事なことよ?」
「魔女もいるから、より物騒ね。肝心の日記は読めないわけだけど」
「役に立たないわね、日記」
「問題は日記じゃなくてあなたの字だし、何より今書く必要ないわよね?」
「観察日記は対象を見ながら」
「勝手に観察しないで」
「と、さっき私をじろじろ観察していたあなたが言うわけね」
「う。ごめんなさい」
「どういたしまして。ちなみにこれどう頑張ってもAliceとは読めないわよね。そもそもそんなこと書いてないし」
「大概にしときなさいよ」
「気にしたら負けよ。じき終わるからもう少し待ってて」

 書き物に戻ったパチュリーを見てため息を一つ吐くと、アリスはソファーに戻る。
 華奢とはいっても、病的ではない。出会った当初に比べたらだいぶ血色は良くなっている気がする。
 心なしか輪郭も丸みを帯びてきている。触ったら吸い付きそうな肌だ。
 
「私はそんなに観察のしがいがあるのかしら」
「ちょっと、庭の小鳥を思い出していただけ」
「鳥要素は持ち合わせていないつもりだけど」
「なんとなくよ。気にしたら負け」
「ほうほう」
「そんな適当な鳥要素は要らない」
「ちなみに今のはフクロウの鳴きまねと相槌を組み合わせた全く新しい返答なのだけど」
「あなたの言語野の機能は斬新過ぎて誰もやらないレベルだけど、それはそんなに新しくないことだけは断言しておきましょう」
「かぁかぁ」
「うちの庭に烏はいないわ」
「烏天狗は時々いそうね」
「可愛くないのがね」
「ちゅんちゅん」
「雀はまぁ、いるけど」
「ちん――」
「そこまでよ」
「雀ときたら夜雀でしょう」
「鳥目にはなりたくないわね」
「で、小鳥がどうかしたのかしら」
「うーん。ちょっと運動してみない?」
「脈絡とか伏線って知ってるかしら。幸か不幸か私は覚り妖怪ではないので、他人の意識の流れには疎いの」
「でも紫色をしているわよ」
「色だけいったらスキマ妖怪だってサトリになるわ。殆どサトリでしょうけれど」
「パチュリーもなったらいいじゃない、サトリ」
「ならない」
「じゃあ端的にいきましょう。社会復帰しない?」
「復帰も何もそもそも出たことが無い」
「本ばっかり読んでるようなのはこれだから」
「謂れ無き非難を受けたわ」
「うーん。じゃあ、肉体改造しましょう」
「骨延長手術は痛そうだから嫌だなぁ」
「そこまで大掛かりではない。というか、何になるつもりなのかしら」
「そもそもあなたは私をどうしたいの」
「んー。栄養管理、健康増進、社会復帰?」
「あなた介護士か何かかしら」
「ああ、そうなるか」
「それって私は単なる実験体よね」
「そんなに酷いものじゃない」
「いずれ、モルモットじゃない」
「いやいや、健康的な生活への第一歩よ」
「それは私からもお願いしようかな」

 声のした方から、レミリア・スカーレットが歩いてくる。

「あらレミィ。新しいマンガならまだ入ってきてないわよ」
「客の前でマンガしか読まないみたいな言い方やめて」
「じゃあ九割九分マンガを読むような言い方にするわ。新刊はまだよ」
「大差ないな」
「1パーセントなんてそんなもの」
「ところで、うちの知識人の介護を頼まれてくれるそうだけれど」
「ええ、そちらがよければ」
「良いだろう、パチェ?」
「私はまだ介護が必要な年齢ではない」
「百歳過ぎただろう?」
「あなたは五百歳超えてるけどね」
「私は良いんだよ。咲夜がいるから」
「じゃあ私も咲夜に頼みましょう」
「もう四百年もしたらね」
「四百年後の咲夜が良い子だと良いけれど」
「ということで、よろしく頼むよ人形遣い」
「ええ、承りましょう」
「もう小悪魔で良いんじゃないかしら」
「あれがパチェに無理強いは無理だね」
「ああ、強制出来ないから矯正も出来ないって言いたいのね」
「流石は我が親友。ツーカーじゃないか」
「レミィの発想は神槍の令嬢だから」
「もっと褒めてもいいのよ」
「褒めたかはさておき、そこそこ長い付き合いだからね」
「さて、それではうちの引きこもりを宜しく頼むよ」
「こちらこそ」
「本人の意思は無視かしら」
「人じゃなく魔女だしね」
「人権侵害よ」
「人じゃなく魔女だもの」
「じゃあ」
「ええ」

 パチュリーは、不承不承ながらもそれに付き合うことになってしまった。


 □■□■□


「最近のパチュリー様って、おいしそうですよね」
「あによう」
「いえ、アリスさんが持ってくるお菓子のおかげか、精気が」
「効果が出てるみたいで良かったわ」
「ええ、肌なんかも以前よりもっちりぷにすべで」
「頬ずりされると本が読みにくいし喋りにくい」
「私もしていい?」
「人の話を聞きなさい」
「左があいてますからどうぞ」
「ああ、羽二重餅ってやつね。持ち帰りたいわ」
「私の頬は私のもの」
「それにしてもアリスさん、いつ魔女に転職なさったんですか?」
「え?」
「いや、食事を与えて太らせて食べるとか、魔女じゃないですか」
「ヘンゼルとグレーテルね。それ最後に燃やされるじゃない」
「かまどにどーんと蹴飛ばされちゃうんですか」
「うちのオーブンはそこまで大きくないわ」
「じゃあ安心ですね」
「とりあえずあなた達離れなさい」

 いつものように机に向かい読書にいそしむパチュリーの横で、アリスと小悪魔がきゃいきゃいと話をしている。

「そういえばパチュリー様、最近館内で目撃時情報が相次いで寄せられているようですけど」
「私はレアモンスターではない」
「魔女ってモンスターじゃないの?」
「わたしもアリスさんもくくりで言うとモンスターでしょうか」
「モンスターばっかりね。やっぱり手記を残しておくべきかしら」
「図書館の魔女とか、この中ではモンスター筆頭よね」
「むしろその手記がモンスター化しそうです」
「というか小悪魔、あなた私に負けず劣らず図書館に引きこもっているくせになんで目撃情報とか仕入れてるのよ」
「いや、雑事で結構館内歩いてますし、仲のいい妖精メイドとかもいるんですよ?」
「初耳だわ」
「で、目撃情報なんですけど」
「そりゃ、最近はアリスに連れられて館内を散歩しているからね。この間は庭にまで出てしまったし」
「バラ園綺麗だったわね。手入れも行き届いてるし、立派な庭だったわ」
「うちの門番隊自慢の庭ですからね。隅っこで野菜とかも作ってますよ」
「広い庭が羨ましい」
「でしたらお帰りの際に何か適当に見繕っておきますよ。この間にんじんが沢山採れましたからまだあると思いますし」
「あら、ありがとう」
「セロリなんかもありましたね。香味野菜はあまりお嬢様が好まれないのですけれど、料理には必要ですし」
「お返しに何か作ってくるわね」
「はっ、まさかわたしも餌付けして食べちゃうんですか」
「わたしもって何よ。そもそも餌付けなんかされて無い」
「このジンジャークッキーどうかしら」
「おいしいわ」
「されてるじゃないですか、餌付け」
 
 ぴーちくぱーちくとお喋りを続けながら、三人はお茶会を続ける。

「じゃあそろそろ散歩に出かけましょうか」
「気血水の循環なら、散歩でなくてもいいと思うのだけど」
「例えば?」
「入浴とか」
「一緒にお風呂に入りたいの?」
「なんで一緒なのよ」
「あ、わたしも一緒に入りたいです」
「入らないから」
「だって、のぼせるでしょ? 湯疲れをおこすかもしれないし」
「なんで湯あたり前提なのかしら」
「むしろなんでそうならないと思っているかがわからないけれど」
「……じゃあお風呂は諦めましょう。あとは、ほら、マッサージとか」
「触られたい?」
「やー、アリスさんと触れ合いたい(物理)とか、パチュリー様積極的ですね」
「やっぱなし。うーん。あとは……」
「パチュリーさまの前後左右を鏡で囲うとかですかね?」
「は?」
「いやほら、テレメンテーナメンテーカですよ」
「蝦蟇の油売りじゃない、それ」
「仮にも契約主を随分な扱いね? 後でじっくり話し合いましょうか」
「でも、パチュリー様エキスが採取できるかもしれませんよ」
「何に使うのよ」
「えー。三七の二十一日間煮たきしめて赤い辰砂にヤシ油、テレメンテーナにマンテイカと混ぜて固めればなんか万病速効あること神のごとくなりそうじゃありません?」
「外郎売が混ざってるわよ。インセンスの方のパチュリーなら、まあ」
「というかそれ、多分エキス無しでもそこそこ効き目ありそうね。寧ろエキスこそレメディ?」
「ホメオパシーはまあまあ幻想度高いですから便利ですよね」
「もういっそ児雷也呼んできて大蝦蟇でも呼び出してもらうとか」
「パチュリー。そんなに散歩行きたくないのかしら」
「いえ、私はあなたと他愛も無い与太話をしているほうが気に入っているというだけよ」
「そう。与太話なら歩きながらでも出来るわね?」
「歩きながら話すというのは、古代ギリシャの逍遥学派の伝統で……」
「良いからさっさと立って。ほら、今日はどこに行こうかしら」
「あ、じゃあ私も途中までご一緒しますね」

 アリスに手を引かれ、パチュリーは渋々立ち上がり歩き出す。
 そうして誰もいなくなった図書館には、静寂が戻る。
 図書館ではお静かに。


 □■□■□


「パチェ、健康的になって……」

 レミリアは、身軽に図書館内を歩き回るパチュリーを見て感極まったように涙ぐんだふりをしていた。

「わざとらしいからやめて。それに、これくらい以前からやってた」
「以前は風に乗って動いていたけどな」
「大差ないわ」
「まあ、我が親友が健やかであるのは喜ばしいことだ。礼を言うよ、アリス・マーガトロイド。ありがとう」
「どういたしまして。私も当初の目的が達成出来てよかったわ」
「健康になった私には価値なんか無いのよね。よよよ」
「それも大概わざとらしい」
「まあパチェがいつまでそんなに顔色がいいままでいられるかは疑わしいけどね。ともかく人形遣い、ゆっくりしていってくれ」
「ええ。お言葉に甘えさせてもらうわ」

 レミリアは上機嫌で図書館を出て行く。
 鼻歌交じりにひょいと重い扉を開けて、閉める。
 扉の閉まる重々しい音と数秒の沈黙。
 ため息を一つ吐くと、パチュリーはアリスに向き直り、静かに言葉を発する。

「肉体派吸血鬼にとって、私が健康になることにどれだけの利益があるのかは分からないけれど」
「友人を大事にしたかったんでしょう」
「ねえ、アリス」
「何かしら」
「あなたがこの数ヶ月私といたのは、人体が健全に機能するまでの経過観察や栄養状態による変化の記録をとり、人形制作に役立てるためということでいいのよね? つまり、あなたにとって私の役目はもうおしまい。ここに来て実験することはもう無いし観察対象としての私はもう用済み」

 パチュリーはいつもと同じジト目だが、アリスはそこから何かしらの不満を読み取る。
 機嫌が悪い。気分を害している。そんな雰囲気だ。
 考えてみれば自分の振る舞いはかなり失礼である。
 友人を実験台にするなんて。

「……ええ。あなたを、そうね、モルモット扱いしたのは謝るわ」
「別に謝罪は必要ない。私もそれなりに楽しんではいたから。一緒に食事をし、歩き回り、入浴、そして就寝。健康的な生活を維持するための一通りの生活習慣を身に着けるというのは私にとっても益となりえる。こういうのをノンゼロサムゲームというのかしら。人格を常に同時に目的として扱い、手段としてのみ扱うことの無いように。悪くは無い。まるでピュグマリオンとガラテアね」

 淀みなく言葉を並べるパチュリーになじられている感覚を覚えながら、アリスは答える。

「信じて欲しいと言っても空々しいと自分でも思う。けれど、あなたを単なるデータ収集の手段として扱ったわけではない」
「勿論信じてるわよ。でもねアリス。戯曲『ピグマリオン』においては、“人形”は“人形師”から離れていってしまう。相手を手段として扱わなかったとしても、それはそれでビターな結末よ」
「……そうね」

 やはりパチュリーは怒っている。
 それは仕方ないだろう。
 強引にこちらの都合につき合わせてしまったのだから、不愉快におもって当然だ。
 うなだれるアリスに、パチュリーはなおも話を続ける。

「ところで確認しておきたいのだけれど、“介護”はもうおしまいかしら」
「そうね。もう私がここにこなければいけない理由はなくなった」
「では一旦あなたと私の縁は切れる。そういうことで構わない?」
「そういうことになるわ」
「人形はめでたく開放されて人間に戻ったわけね。私は魔女だけど」
「ええ」

 するとパチュリーは微笑みながら告げた。

「では改めて、アリス・マーガトロイド。友人としてのお付き合いを再開願ってもよろしいかしら」
「え……?」
「あなたの実験対象という役回りも悪くはなかったけれど、やっぱり私はあなたの友人でありたい。今度はあなたの友人として、庭園を一緒に歩いてみたい。どう?」
「勿論、ぜひお願いするわ」
「ありがとう。ではとりあえず」

 パチュリーは手を差し出す。
 アリスはおずおずとその手を取る。

「以後末永く宜しくお願いするわ、アリス・マーガトロイド」
「こちらこそ、宜しく頼むわね。パチュリー・ノーレッジ」

 二人は手を取り合ったまま、扉を開けて庭園へ向かう。
 その後度々、手をつないで館内を散歩する二人の姿が目撃されるようになった。
 
 めでたし。
 七月七日はパチュアリの日です。
 アリスさんに介護してもらいたいなぁと思ってたらこんなのが出来上がりました。
 それでは。
竹白丁二
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
良かったですとても
2.名前が無い程度の能力削除
これはよいパチュアリ
3.奇声を発する程度の能力削除
良いパチュアリ
4.名前が無い程度の能力削除
魔女を餌付けしてしまう魔女とは、ああ魔女が怖い
5.名前が無い程度の能力削除
素晴らしい
6.名前が無い程度の能力削除
文句のつけようが無いパチュアリ