Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

運命世界のディスティニープラン

2015/04/24 09:04:52
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※ゲームブック風です。選択肢をクリックして進んでください。
※普通にスクロールして読めるようにできていません。遊べない方は、ごめんなさい。
※それではどうぞ、下の選択肢からお楽しみください。









運命世界のディスティニープラン









NewGame






















































































――オープニング――



「誰も読んだことの無い本に興味ない?」

 昼前の紅魔館。
 春が近づき暖かくなったことなど関係ないとばかりに引きこもって読書に耽っていたパチュリーは、親友から唐突に告げられた言葉に首を傾げる。
 紅魔館に備え付けられ、その上、敏腕メイドの力によって空間を拡張された大図書館は他ならぬパチュリーの根城であり、当然、主足るパチュリーはその全容を把握している。だというのに“読んだことが無い本”などと言われてもぴんと来なかった。

「レミィ、私は漫画は読まないわよ?」
「知ってるよ。勿論、漫画じゃ無い」

 レミリアは薄い胸を偉そうに張ると、背中に隠していた一冊の本をこれ見よがしに取り出してみせる。誰の趣味なのか一目でわかる、真紅の表紙に金の文字という悪趣味さ。パチュリーはその本を見て、先ほどとはまた違った驚きを瞳に宿す。

「直筆? 飽きっぽいレミィが?」
「直筆というよりは組み立てだよ」
「本を組み立てるなんて、おかしなことを言うわね」
「組み立てたのは中身だよ」

 レミリアは自信満々なのか、臆した様子も無く作成したという本をパチュリーに突きつける。パチュリーはそんなレミリアの姿に眉を寄せながらも、真っ赤な本を受け取った。

「で、その肝心な中身とやらには――」
「おっと、まだ開けるなよ?」
「――ここまで来て、お預け? いったいなんなのよ」

 パチュリーがこれみよがしに肩をすくめても、レミリアは気にした様子も無い。大げさな動作で椅子を引き寄せると、座り込んで足を組んだ。

「これは私が覚り妖怪と協力して作成した本――その名も“ディスティニープラン”よ」
「私の人生設計でもしてくれるのかしら?」
「ゆくべき道筋を教えてくれるのさ」

 言われて、パチュリーは漸くレミリアの話に興味を持ち始める。
 イムホテプの魔導書に、“トートの書”と呼ばれるモノがある。その書は伝承によっては目的達成に必要な過程を余すこと無く書き記したという。もしもレミリアの差し出した本が“トートの書”に近しいモノであるのなら、それは最早神話の再現と言えるモノだ。
 パチュリーは目を輝かせると、きわめて平坦であるように装ってレミリアに問いかける。

「それで? この本の代わりに何が欲しいの?」
「なにも。ただ……最近、ちょっと出不精じゃない?」

 レミリアに言われて、パチュリーはそっと目をそらす。幻想郷の魔法使いは誰も彼もアグレッシブだというのに、パチュリーは引きこもったまま。興味のあるモノができても小悪魔や咲夜に取りに行かせたり買いに行かせてしまうため、パチュリーは根が張ったように紅魔館から動かなくなってしまった。
 そんなパチュリーの怠惰というにはハマり過ぎてしまった姿に、さしものレミリアも思うところがあったのだろう。パチュリーは、レミリアの視線から感じる呆れた気配から逃れるように顔を背けた。

「せっかく、魔女狩りもエクソシストもいないんだから、ちょっとは出歩いてみなよ」
「……そうね。まぁ、たまには良いかもしれないわ」

 ため息交じりに言われた言葉に、パチュリーは気まずげに頷く。そんなパチュリーにレミリアは満足げに微笑んだ。

「じゃ、行ってらっしゃい」
「はいはい。わかったわよ、もう」

 レミリアに促されて、パチュリーはあまり気の乗らない様子で席を立つ。

 大図書館をふわふわと飛び抜け、紅い廊下を過ぎ、丁寧に彩られた庭園を通る。門番に励む美鈴の挨拶に片手を上げて応えると、何度も破られている門を超えて漸く紅魔館から一歩を踏み出した。

「さて」

 乗り気では無い、とはいえ、新しい本のことは気になる。
 誰も読んだことが無いとレミリアは言っていた。ということは、レミリア自身も作ってから試し読みもしていないのだろう。
 どのような事情、どのような状況であったとしても、未知の知識には心を躍らせられる。パチュリーはこのような時でも本に対する好奇心を抑えられない自分を自覚しながら、ゆっくりと紅い本の表紙を開いた。

「あれ?」

 けれど、なぜか本の中身は真っ白だ。頭をひねらせるパチュリーだが、ふと、レミリアの言葉を思い出す。

――ゆくべき道筋を教えてくれるのさ。

 で、あるならば。
 パチュリーは一度本を閉じると、表紙に手を当て「この後、どうするべきか」と考えた。すると紅い本は願いに応えるように一度だけ大きく脈動し、やがて独りでに開く。
 そこに、淡く輝く二つの選択肢がパチュリーの眼前に飛び込んできた。

「なるほど、選べってことね。まぁ、なんで“これ”が選択肢になるのかわからないけれど」

 二つの選択肢。パチュリーが選ぶのは――






1・魔理沙の家に行こう。

2・アリスの家に行こう。














































































――魔理沙ルート――



 ――魔理沙の家に行こう。
 本を奪われるか阻止するかの関係しか築いて来なかった相手に対して、この紅い本はどう応えてくれるのか。好奇心を抑えられなかったパチュリーは、意気揚々と魔理沙の家に飛んでいった。
 この魔法の森と呼ばれる瘴気に満ちた空間は、喘息持ちのパチュリーにとって居心地が悪い。居心地が悪いだけで、常に微弱な魔法障壁でコーティングしておけば問題は無いのだが、気分の良い空間では無かった。
 こんな場所に好きこのんで暮らす魔理沙に、パチュリーは内心理不尽な憤慨を繰り返しながら、数分で彼女の家に到着する。伸びきった蔦だらけの家。異変の時に訪れたことはあるが、その時よりも荒れ方が悪化しているように思えてならなかった。

「さて、本を返してもらいに……って、いえ、そうではなかったわね」

 つい、うっかり。
 パチュリーは口から漏れ出た本音を振り払うと、魔理沙の家の、扉の前に立つ。そして、紅い本の表紙に片手を置きながら、もう片方の手でノックした。

「魔理沙。いる?」

 小気味の良いノックの音。問いかける声は小さく、届いている様子は無い。けれど声を張り上げるのも面倒だった。

「おー、おー、だれだぜー?」

 間延びしていた声。
 もう昼時近くだというのに、寝ていたのだろうか。
 魔理沙はぱたぱたと足音を立てると、いとドアノブを回して玄関から顔を出す。いつもの魔女服だが帽子は無く、髪の毛は心なしかぼさぼさだ。猫のように手で目元を擦りながら一度大きくあくびをした魔理沙は、その時になって漸く、扉の前に立っていたのがパチュリーであることに気がついたのだろう。大きな金色の目をこれまた大きく見開いた。

「げっ、パチュリー。何しにきたんだよ。異変か?」

 パチュリーは、本に手を当てながら考える。さて、なんて答えようか――?






本を取り返しに来たわ。

ちょっと遊びに来たわ。




























































――ED1/貴様の蔵書もこれまでだ――



 そう、いい加減、本を貸して貰いたかったのは本音だ。だがまさか選択肢として浮かび上がってしまうとは思いもよらなかった。
 だが言ってしまった以上、後戻りをする気は無い。まさか出不精のパチュリーに乗り込まれるとは思っていなかったのだろう。目に見えて青ざめる魔理沙を、素早く泡で包み込む。完全な奇襲にスペカも何も無い。しかしそこは黄昏ルール。通常必殺技扱いで魔理沙を拘束。

「さてさて……これは私のじゃないわね。アリスかしら? まぁいいわ。一緒にしておく方が悪いのよ」

 もがもがと何かを言いたそうにしている魔理沙を尻目に、パチュリーは収穫をしていく。当然持って帰れる量では無いので、魔法を使って図書館に直接転送だ。そこに、アリスの本であろうものが混じってしまうのは仕方が無い。
 不可抗力、不可抗力。パチュリーはどこか楽しげにそう呟くと、ものの数分で魔理沙が集めた本の“全て”を転送し終えた。

「じゃ、魔理沙。それ、あと半日くらいで勝手に溶けるから」

 魔理沙は泡の中で驚愕したような表情を浮かべる。
 足を交差させてもじもじとしていたが、他人の機微に疎いパチュリーにはなんのことだかわからない。パチュリーは魔理沙のそんな仕草をまるっと無視すると、これまた意気揚々と魔理沙の家を飛び出した。

 さて、今日はたくさんの収穫を得た、とパチュリーは満足げに飛行する。
 なにせ、中々隙を見せないアリスの蔵書まで“偶然”手に入れたのだ。しばらくは退屈とは無縁でいられることだろう。
 後日魔理沙やアリスに報復されてもつまらない。図書館の奥深くに結界を張り巡らせて引きこもることを胸に決めると、パチュリーは楽しげな足取りで帰還した。

 さて、まずは何をしようか――






本を閉じて、物語を終える。

一つ前の選択肢に戻る。












































































――†――



 遊びに来た。
 そう告げると、魔理沙は更に驚いたような顔をした。パチュリーが遊びに来るということはそれほどまでに衝撃的だったのか、魔理沙は懐かない猫のようにパチュリーを警戒している。
 一方、パチュリーはそこまで驚かれるとは思っていなかったので、ちょっとだけ自分の出不精を顧みてみようと、そんなことを考えていたりした。

「で、入れてくれるの? くれないの?」

 自分への苛立ちも含んでいるからか、少しだけ剣呑な口調になってしまう。

「まぁ、良いけどさ……」

 そんなパチュリーに気圧されたのか、魔理沙はやや気まずげに頷くと、パチュリーを家の中に迎え入れる。生活スペースまで乱雑としているが、自分のわかるところにわかる物を置いているのだろう。足の踏み場が無いほどではないのもあり、パチュリーは魔理沙のあとをついていくとするすると障害物をよけて歩くことができた。
 案内されたのはダイニングキッチンだ。料理をしてすぐ食べることができるようにオープンスタイルになっている。机には椅子が四つ。来客用と魔理沙自身の為に二つは空いているが、もう二つは“どこかで見たことがある”本で埋まっていた。いうまでもなく、パチュリーの蔵書だ。

「遊びに来たって……おまえ、私の家で何を遊ぶんだよ」

 もっともだ。
 それでも律儀に出してくれた緑茶を口に運びながら、パチュリーは考える。選択肢に導かれてそう言ってしまったが、果たして魔理沙とどう遊ぶというのか。

「そうね……どうしましょうか?」

 試しにそう訪ねてみると、魔理沙はあからさまに嫌そうな顔をした。自分でも、こんな状況で訪ねられれば「こいつはいったいなにをいっているんだ」と思ってしまうことだろうと、パチュリーは無表情の内側でつらつらと考える。
 しかし、どうしたって思い浮かばないのは仕方が無い。

「……そろそろ、言ったらどうだ」
「なにを?」
「白々しい。ここに来た、本当の目的だよ」

 魔理沙はそう、警戒心を滲ませながらパチュリーに問いかける。
 パチュリーはそんな魔理沙を前に、何気ない仕草で手に持つ本を開いた。

 さて、この問いには、なんと答えようか――






1・本を返してもらいに来たのよ。

2・考えてみれば、貴女のことをよく知らないと思ったのよ。






































































――†――



 パチュリーがそう告げると、魔理沙は目を見開いて席を立つ。
 手には魔理沙愛用の八卦炉。パチュリーの目には、彼女の八卦炉が未だチャージが完全で無いことを映し出していた。
 今この瞬間、なにかを繰り出そうというのなら、パチュリーの方が三手は早い。打ち込むのなら、今、この瞬間で十分間に合う。

「くっ、そう簡単に――」

 けれど、とパチュリーは思考する。
 こうやってこれで魔理沙を打ちのめし、本を奪還し、それで良いのか。それで良いというのならば、別に今日以外にも機会はあるのでは無いか。
 パチュリーの思考をよそに、魔理沙が八卦炉に両手を添える。これだけで、発射までの時間が一手進んだ。思考の時間と含めて二手だ。これ以上時間をかければ、先手を取られてしまうことだってある。パチュリーは葛藤を瞬時に終わらせると、もう一度、紅い本に手を当てた。

「待ちなさい」

 さぁ、答えを選ぼう。
 今、この状況での最適解は――






1・冗談よ。ちょっとからかってみただけ。

2・その程度の攻撃で、私を超えられるとでも思ったのかしら?
















































































――ED2/代償は命だ……貴様の(家の)な!!――



 魔理沙の繰り出したマスタースパークを、パチュリーは小規模のエメラルドメガリスで上方向にはじき飛ばす。するとマスタースパークは魔理沙の家の天井を派手に突き破り、空の彼方へと消えていった。
 無残に天井を吹き飛ばした己の一撃に呆然とする魔理沙。パチュリーは、そんな魔理沙の隙を逃しはしなかった。

「爆ぜなさい……火金符【セントエルモピラー(最弱)】」

 パチュリーのスペルカードが炸裂。極限まで殺傷力をそぎ落とされた魔法の火柱は、魔理沙の足下と机、キッチンを半壊させながら魔理沙自身を木の葉のように跳ね上げる。

「ぐぇっ」

 そして、魔理沙は蛙の潰れたような声を出し、床板がなくなりむき出しになった地面にべちゃりとたたきつけられた。

「ふん。私に勝とうなど百年早いわ」
「きゅぅ」

 パチュリーが念のため確認すると、魔理沙は気絶しているだけで命に別状、どころか擦り傷程度で問題があるように見られない。色々な腹いせに家は破壊したが、怪我を負わせることは無い。パチュリーの力量を持ってすれば容易いことだった。

「さて、回収しましょうか」

 パチュリーはそう独りごちると、とっさに張った魔法障壁で護られた自身の蔵書を回収し、転送魔法で大図書館に送り込む。中には魔理沙自身の蔵書や魔理沙がパチュリー以外の場所から“借りて”きたのであろう本も含まれていたが、そこはご愛敬。
 パチュリーは思わぬ収穫を得たことに、親友のくれた本に感謝をした。まさか某人形遣いの蔵書まで得られるとは思っていなかったのだから。



 紅魔館に帰ってきたパチュリーは、戦利品を前にほくそ笑む。
 どうやらまだまだ、楽しみは続きそうだ、と。






一つ前に戻る。

本をしまって物語を終える。




















































































――†――



 パチュリーの言葉に、魔理沙はぽかんと口を開けて固まった。
 それから何事かうぬうぬとうめき声を上げながら、逡巡する。

「…………熱でもあるのか」
「失礼ね。いつもと変わらないわ」

 パチュリーが自分のことを知りたがるなんて。
 魔理沙の顔にはそうありありと書かれているような気がして、パチュリーは憮然とする。確かにコミュニケーション能力はそんなに高くないパチュリーだが、そこまでか、と。

「なんだって急に?」
「これまでずっと、奪って奪われるだけの関係だったわ」
「借りてるだけだぜ」

 そう思っているのは魔理沙だけだ。
 パチュリーは、そうツッコミたくなったが、そこはぐっと堪えてみせる。

「それだけじゃ、もったいないと思ったのよ」
「もったいない?」
「ええ、そう」

 言いながら、パチュリーは後付けで理由を考える。とっさに言った言葉ではあったが、どこか的を射ているような気がしたのだ。
 もったいない。そう、もったいないという言葉。

「貴女のバイタリティと奇抜な発想、それからその基盤となる精神性は私も評価しているわ」
「お、おう」

 まさか褒められるとは思っていなかったのだろう。魔理沙は動揺を押し隠せない様子だった。そんな魔理沙に、パチュリーはチャンスとばかりに畳みかける。

「だから、興味があるのよ。貴女が何を成そうとしているのか、ね」
「おいおい、なんで私はおまえに私の夢を語らなきゃならないんだ」
「あら。私の“厳選”した魔導書を貸してもらえるかも知れないわよ」

 パチュリーの言葉に、魔理沙は葛藤する。今、彼女の頭の中では様々な情報が飛び交っていることだろう。
 パチュリーに手を借りることは、多少なにかしらのデメリットがあったとしても、それを純分に挽回できるだけのメリットがあることだろう。だから、魔理沙が欲しているのは、もう一歩であることは明白だ。

「なぁ、なんで、そこまでしてくれるんだ?」

 だから、パチュリーも応えなければならない。
 魔理沙がパチュリーに求めている最後の“一歩”は――






好奇心よ。貴女の中にある力強い何かを、私は知りたい。

同情よ。その程度じゃ、何年たっても大成しないわ。







































































――†――



 一触即発というところで、突如、魔理沙の集めていた魔力が霧散する。パチュリーはそんな魔理沙の様子になんら反応を示すこと無く、暢気に緑茶をすすっていた。
 パチュリーがあまりにも普通の様子だからか、魔理沙は警戒心を手放して、どかりと席に戻る。

「はぁ、焦らせやがって」
「勝手に焦ったのは貴女よ。それに、日頃の意趣返しくらいは良いでしょう?」
「ぐぬ……はぁ、わかったよ」

 魔理沙はそう言って大きくため息をついた。
 そしてもう一度真剣な眼差しで、パチュリーを見る。

「で? 本当のところはなにしに来たんだよ?」
「考えてみれば、貴女のことをよく知らないと思ったのよ」

 パチュリーの言葉に、魔理沙はぽかんと口を開けて固まった。
 それから何事かうぬうぬとうめき声を上げながら、逡巡する。

「…………熱でもあるのか」
「失礼ね。いつもと変わらないわ」
「じょ、冗談か? さっきみたいな」
「意趣返しは終わったわ。なんなのよ、いったい」
「……こっちの台詞だぜ」

 パチュリーが自分のことを知りたがるなんて。
 魔理沙の顔にはそうありありと書かれているような気がして、パチュリーは憮然とする。確かにコミュニケーション能力はそんなに高くないパチュリーだが、そこまでか、と。

「なんだって急に?」
「これまでずっと、奪って奪われるだけの関係だったわ」
「借りてるだけだぜ」

 そう思っているのは魔理沙だけだ。
 パチュリーは、そうツッコミたくなったが、そこはぐっと堪えてみせる。

「それだけじゃ、もったいないと思ったのよ」
「もったいない?」
「ええ、そう」

 言いながら、パチュリーは後付けで理由を考える。とっさに言った言葉ではあったが、どこか的を射ているような気がしたのだ。
 もったいない。そう、もったいないという言葉。

「貴女のバイタリティと奇抜な発想、それからその基盤となる精神性は私も評価しているわ」
「お、おう」

 まさか褒められるとは思っていなかったのだろう。魔理沙は動揺を押し隠せない様子だった。そんな魔理沙に、パチュリーはチャンスとばかりに畳みかける。

「だから、興味があるのよ。貴女が何を成そうとしているのか、ね」
「おいおい、なんで私はおまえに私の夢を語らなきゃならないんだ」
「あら。私の“厳選”した魔導書を貸してもらえるかも知れないわよ」

 パチュリーの言葉に、魔理沙は葛藤する。今、彼女の頭の中では様々な情報が飛び交っていることだろう。
 パチュリーに手を借りることは、多少なにかしらのデメリットがあったとしても、それを純分に挽回できるだけのメリットがあることだろう。だから、魔理沙が欲しているのは、もう一歩であることは明白だ。

「なぁ、なんで、そこまでしてくれるんだ?」

 だから、パチュリーも応えなければならない。
 魔理沙がパチュリーに求めている最後の“一歩”は――






好奇心よ。貴女の中にある力強い何かを、私は知りたい。

同情よ。その程度じゃ、何年たっても大成しないわ。








































































――†――



 パチュリーの言葉を受けて、魔理沙は何かを見定めるようにじっと彼女を見ていた。
 どの程度そうしていたか。今こうして見られることに不快感を感じていなかったパチュリーは、その鋭い視線をただ平然と受け止める。

「ふぅ」

 やがて、魔理沙は静寂を打ち消すようにため息をついた。

「好奇心、ね。はぁ……魔法使いとしては、そう言われたら何も言えないぜ、まったく」
「好奇心が祟って人知を超越してしまうのが魔女だもの。貴女もなる?」
「悪いが、私は普通の魔法使いだ」
「そう、残念」

 ここに来て、漸く、魔理沙は安心したような顔を見せた。
 どこかで燻りがあったのだろう。
 どこかで警戒があったのだろう。
 どこかで疑心が会ったのだろう。
 だがそれも、いずれも魔理沙“らしい”ことではない。

 漸く魔理沙らしさを取り戻した彼女は、今日初めて不敵な笑みを浮かべて見せた。パチュリーのよく知る、異変に乗り込んでいく魔理沙の顔だ。

「で? 結局その好奇心とやらで何が知りたいんだよ?」
「あら? 言わなかったかしら?」
「強さの源が知りたいってやつか? いまいち要領を得ないんだが」

 言われてみれば、とパチュリーは頷く。
 選択肢に従って選んだ答えではあるが、覚り妖怪の協力を得ているだけあってその答えはパチュリーが心のどこかで、あるいは頭の片隅で感じ考えていたことであった。
 なら、あの選択肢もパチュリーの心から滲み出たものだ。では何故そんな問いが滲み出たのか、パチュリーは己に自問自答を繰り返す。

 スペルカード?
 ――確かに、パチュリーは何度か弾幕で打ち破られている。
 魔法の実力?
 ――それはさすがに、パチュリーの方がまだまだ上にいる。
 肉弾戦?
 ――確かにパチュリーは魔理沙より弱いが、その分野ならば同じ家に美鈴がいる。

「そうね……」

 なら、なにを得たいのか。
 パチュリーの好奇心は、なにを求めているのか。

「その精神性、かしらね」
「精神性?」
「心の強さ、ってことよ」

 魔理沙は妖怪に、同年代の人間に比べて才能が無い。確かに一般の人間に対しては破格の才能を持つが、それだけだ。

 たとえば早苗。
 人間として超越するための、神の才覚を宿す少女。
 たとえば咲夜。
 人間に扱えるべくもない、時空間のスペシャリスト。
 たとえば、霊夢。
 並ぶ相手の居ない、希代の天才。

「劣等感、嫉み、僻み、焦燥、憎悪。人間ならば以て当然の感情よ。それに何故、振り回されないの? それに何故、押しつぶされないの? 私はその理由が知りたいのよ、魔理沙」

 この問いかけを、果たして好奇心という言葉で纏めてしまって良いものか。問いかけながらも、パチュリーは自問する。

「……それは、好奇心で応えられるモノじゃないよ、パチュリー」

 目を伏せて、魔理沙は落ち着いた声色でパチュリーに問う。それはまさしく、パチュリーが自問していたモノだった。
 だからパチュリーは、その問いに答えなければならない。だが自分自身の本音がわからないパチュリーは、そっと、紅い本に手を置いた。

 ここで応えるべきは答えは――






好奇心、以上のものはないわ。

……羨ましいのよ、貴女が。










































































――ED3/魔法が無くとも空は飛べる――



 どやぁっ。
 効果音を付けるとしたら、そんなところだろうか。パチュリーはこれまでにないほど得意げな顔をしていた。
 考えてみれば当たり前だ。自分のような大魔法使いに追いつくためには人間の力でえっちらおっちらやっていても、到底無理だ。ならば大先輩足る自分が手を貸してやるのは悪いことでは無い。

「ふふん。さぁ、崇め讃えなさい」

 鼻高々に言い切り、パチュリーは胸を張って魔理沙を見る。すると魔理沙は、今日一番の笑顔をパチュリーに向けていた。
 想いが、通じた。パチュリーの心は達成感で満ちている。

「あのさ、パチュリー」
「なに? 師匠と呼びたいの?」

 魔理沙は、確かに笑顔だ。もう満面の笑みと言ってもいい。
 だが笑顔とは本来攻撃的なモノである。そう、獲物に対して牙をむくときの仕草が笑顔の起源だと、パチュリーは昔どこかで読んだ記述を思い出す。

「吹き飛べ」

 魔理沙が突き出した片手に宿るのは、十分力が充填された八卦炉だった。しかしこれも挑戦ならばとパチュリーは慌てず騒がない。冷静にエメラルドメガリス最弱で、魔理沙の八卦炉をはじき飛ばした。
 これが魔法使いの実力だ、と、その顔は自信に満ちている。

 だが古来より、こんな言葉もある。
 ――油断大敵、と。

「マジックミサイル」
「ん?」

 吹き飛ばした八卦炉はブラフ。
 弾かれた八卦炉に宿っていたように見えた魔力は、なんの指向性も持たずに霧散する。代わりに八卦炉を隠れ蓑に充填されていた“もう片方の手”の魔力が、狂おしいほどの威力を持ってパチュリーに吹き荒れる。

「むきゅっ!?」

 魔理沙の家の壁をぶち破り、空を飛ぶパチュリー。
 こんなに吹き飛んだのはいつぶりのことか。元来身体の弱いパチュリーは、魔法の加護の無い空中飛行の圧力で、意識はブラックアウト直前だった。
 そして墜落する一歩手前。きりもみ回転するパチュリーの視界に、真っ赤な貌で怒りの形相を浮かべる魔理沙の姿が映り込む。

「余計なお世話だ! このスカポンタン!!」

 スカポンタンって言われるの、珍しい。
 墜落し、意識が落ちる寸前、パチュリーはそれでも離さなかった本を片手にそんなことを考える。
 そして、朦朧とする最中、本に浮かび上がったのは――



意識を手放して本を閉じる。

一つ前の選択肢に戻る。































































































――ED3/魔法が無くとも空は飛べる――



 どやぁっ。
 効果音を付けるとしたら、そんなところだろうか。パチュリーはこれまでにないほど得意げな顔をしていた。
 考えてみれば当たり前だ。自分のような大魔法使いに追いつくためには人間の力でえっちらおっちらやっていても、到底無理だ。ならば大先輩足る自分が手を貸してやるのは悪いことでは無い。

「ふふん。さぁ、崇め讃えなさい」

 鼻高々に言い切り、パチュリーは胸を張って魔理沙を見る。すると魔理沙は、今日一番の笑顔をパチュリーに向けていた。
 想いが、通じた。パチュリーの心は達成感で満ちている。

「あのさ、パチュリー」
「なに? 師匠と呼びたいの?」

 魔理沙は、確かに笑顔だ。もう満面の笑みと言ってもいい。
 だが笑顔とは本来攻撃的なモノである。そう、獲物に対して牙をむくときの仕草が笑顔の起源だと、パチュリーは昔どこかで読んだ記述を思い出す。

「吹き飛べ」

 魔理沙が突き出した片手に宿るのは、十分力が充填された八卦炉だった。しかしこれも挑戦ならばとパチュリーは慌てず騒がない。冷静にエメラルドメガリス最弱で、魔理沙の八卦炉をはじき飛ばした。
 これが魔法使いの実力だ、と、その顔は自信に満ちている。

 だが古来より、こんな言葉もある。
 ――油断大敵、と。

「マジックミサイル」
「ん?」

 吹き飛ばした八卦炉はブラフ。
 弾かれた八卦炉に宿っていたように見えた魔力は、なんの指向性も持たずに霧散する。代わりに八卦炉を隠れ蓑に充填されていた“もう片方の手”の魔力が、狂おしいほどの威力を持ってパチュリーに吹き荒れる。

「むきゅっ!?」

 魔理沙の家の壁をぶち破り、空を飛ぶパチュリー。
 こんなに吹き飛んだのはいつぶりのことか。元来身体の弱いパチュリーは、魔法の加護の無い空中飛行の圧力で、意識はブラックアウト直前だった。
 そして墜落する一歩手前。きりもみ回転するパチュリーの視界に、真っ赤な貌で怒りの形相を浮かべる魔理沙の姿が映り込む。

「余計なお世話だ! このスカポンタン!!」

 スカポンタンって言われるの、珍しい。
 墜落し、意識が落ちる寸前、パチュリーはそれでも離さなかった本を片手にそんなことを考える。
 そして、朦朧とする最中、本に浮かび上がったのは――






意識を手放して本を閉じる。

一つ前の選択肢に戻る。































































――†――



「羨ましい? え? パチュリーが、私を?」

 魔理沙の困惑した声がパチュリーに届く。
 パチュリーとてそれは同じだ。この選択肢が目に飛び込んできたとき、思わず、読み上げていたのだから。

「そう、そうよ」

 だが、そうして言い訳をしようとして、気がつく。
 魔理沙に本当に言いたかったこと。引きこもりで、社交性が無く、見切りを付けるのが早く、限度を自分で定めることができてしまう魔女のたった一つの棘。

「なんで、貴女は諦めないの? 到底難しい目標であるのなら、諦めて代替えを探せば良い。手段を選ばなければ結果なんか勝手についてくるわ」

 パチュリーはそうして生きてきた。
 それがなにより、当たり前だった。

「なのに何故、人間という枠の中で、そんなに努力を重ねられるの? 私には、理解できない」

 突き放すような言い方。

「私には――“それ”はできない」

 続いて出てきた言葉は、消えてしまいそうなほど儚かった。

「できない、か」

 魔理沙はそんなパチュリーになにを思ったのか、苦笑を浮かべて繰り返す。だが苦みの含んだその笑みは、これまでのどんな表情よりも優しい。

「なぁ、パチュリーには、夢ってあるか?」
「夢? これ以上の環境なんてないわよ」
「そうか。なぁ、私には夢があるんだ」

 魔理沙は頬杖をつくと、パチュリーの目を見てそう呟く。その声は小さかったが、不思議と、パチュリーの耳に響いた。

「あいつらと対等なまま、あいつらを超えるんだ」
「霊夢たちを?」
「そうだ。最初に霊夢と会ったときに、決めたんだ。こいつを絶対超えてやるってさ」

 魔理沙の言葉は、まさしく夢物語だ。
 そんなきれい事だけで努力しようと思えることでは無い。だがどうそれを伝えて良いかわからず口ごもるパチュリーの機先を制して、魔理沙が続きを語る。

「そりゃ、羨ましいし、劣等感だってあるよ、恨めしいと思ったことだって、たぶん、ある」
「え?」
「でもさ」

 パチュリーが伝えたかったことなんて、魔理沙はとっくに考えていたのだろう。
 そう語る魔理沙の声は苦渋に満ちていたが、パチュリーを見る両目は無垢に輝いてもいた。

「“それがどうした”」

 そして魔理沙は、そう、不敵に笑う。

「羨ましいとか、妬ましいとか、思うのは良い。でもそれを理由に逃げ出したら、自分に負けちまう。誰に負けてもいい。何度だって立ち向かえば道は開く。開くって、私は“知ってる”。だけどさ」

 そうして、魔理沙はまっすぐとパチュリーを見た。

「自分に負けたら、それで終わりなんだ。立ち向かう前に言い訳して、負けを誰かに八つ当たりして、楽な選択肢ばかり選んじまう。それは――それだけは、我慢できない」

 言われて、パチュリーは己を振り返る。
 なんのかんのと理由を付けて、引きこもってばかりの魔女。異変くらいしか外に出ず、肌で何かを感じることを避けてきた。
 これが、自分に負けていると言わずになんと言おうか。

「私も……まだ、勝てるかしら」
「勝って貰わなきゃ困る」
「なぜ?」
「そりゃ――」

 魔理沙はそう、一度区切る。だが小首を傾げるパチュリーを見て、やがて決心したように笑って見せた。

「――おまえだって、私の目標のひとりなんだぜ? パチュリー」

 そして、その言葉は、他のどんな言葉よりもパチュリーの心に響く。
 強いと、羨ましいと思った相手の目標にされるということは、こんなに嬉しいことだったのか。こんなに、負けられないと奮起する言葉だったのか。

 これではまるで、魔法のようだ、と。

「ふふっ、なら、負けられないわね」
「おっと、油断してくれても良いんだぜ?」
「慢心していても勝ち越してあげるから安心なさい」
「そりゃぁ、確かに安心して頑張れる」

 やがて、気がつけば互いに笑い合っていた。
 すれ違いはあった。ぶつかり合いもあった。それでも、今ここに在ることは間違いでは無い。
 築いてきた関係が、ここで大きく花開いた。これはきっと、そういうことなのだろう。

「私、おまえのことをたぶん誤解してた」

 そう告げる魔理沙に、パチュリーは苦笑する。
 なんて答えてあげようか。そう考えるパチュリーは、不意に、手元の本に文字が浮き出していることに気がついた。
 ここまで来たら、最後まで選ぶのも悪くない。パチュリーがそう、選ぶ答えは――






私も、ね。今日は貴女のことが知れてよかったと、そう思うわ。

あら、誤解して侮ってくれても良いのよ?








































































――ED4/好奇心は魔女をも……?――



 パチュリーの言葉に、魔理沙は小さく息を吐く。
 それからやはり不敵に笑って、肩をすくめた。

「そうか、それならやっぱり教えられないな」
「やっぱり、そうよね」

 好奇心だ。
 それ以外に答える言葉を持たないパチュリーに、魔理沙の返答はある意味当然のモノだった。

「なにせ、これは私の魔女としての秘奥だからな!」

 落ち込むパチュリーに、魔理沙はあえてか知らずか、大きな声で言い放つ。パチュリーが驚いて顔を上げると、魔理沙はやはり不敵に笑っていた。

「知りたきゃ、暴いてみろよ。なぁ“先輩”」
「――ふん、私に挑戦者になれってこと? この、七曜の魔女に」
「私は良いんだぜ? 諦めてくれても」
「冗談」

 パチュリーは魔理沙の安い挑発に、あえて乗る。

「貴女の裡に秘めるモノ、暴き出してあげるから覚悟なさい」
「上等だ。その時には、私の秘奥を以ておまえを飛び越えてやるぜ、パチュリー」

 険悪な空気は無い。
 ただ互いに互いを、心のどこかで認め合ったのだろう。それがどこかはわからないが、それでも悪くは無い。
 色々な疑問は解決しないが、パチュリーという魔女はその程度のことで尻尾巻く性格では無いのだから。

「まぁ、色々参考になったわ」
「おう、まぁ、悪くは無かったぜ」

 不敵に笑いあったまま、パチュリーは席を立つ。そして、魔理沙にその背を見送られながら踵を返した。

「さて、忙しくなるわね」

 こままで終わらせるには、少し悔しい。
 パチュリーは胸に残るわだかまりを振り払うように帰路につくと、この疑問を解消するために必要な本はどんなものなのか、ただ猛然と頭を回し始めたのであった。






物語を終え、新しい本を手に取る。

一つ前の選択肢に戻る。








































































――†――



 そう、言いながらパチュリーは考える。もしレミリアに導かれて、紅い本に従って来なかったらどうなっていたのだろうか、と。
 魔理沙の内面は知らないままだったことだっただろう。どころか、パチュリーは自分自身の気持ちにも気がつかないまま、奪って奪い合っての関係が続いていくことは間違いない。そうなったときに、果たして自分は後悔をするのだろうか。

「知らないままで、終わらなくてよかった……そう、思うわ」

 気がつけば、パチュリーは本に記されていたわけでも無いのにそんなことを言っていた。
 パチュリーには長い時間がある。わからないことも“いずれ”解決することだろう。だが、魔理沙はどうだ? 人間の一生は、妖怪に比べて驚くほど短い。もしもこの疑問を抱えたまま魔理沙が旅立ってしまえば、パチュリーの抱いた疑問は生涯解決すること無く終えてしまったことだろう。
 そんな、起こり得る未来を想像して、パチュリーは僅かに身震いする。過ぎ去ってしまった時間は戻らない。終わればもう、取り戻せない。

「私も、そうだよ。パチュリーのこと、何も知らないままで終わらなくてよかった。何も知らずに、おまえのことを決めつけなくてよかった。その、なんだ、わかり合えてよかったと、おもう」

 頬を掻きながら告げる魔理沙に、パチュリーは小さく微笑む。

「なら、お互い様ね」
「ああ、お互い様だぜ」

 こんな関係も悪くない。
 パチュリーははっきりとそう思うことができていた。

「さて、そろそろお暇するわ」

 しかし、それでもこれはこれで気恥ずかしい。
 咳払いをして柔らかくそう言うパチュリーを、魔理沙は自然体で受け入れる。

「おう。……また、いつでも遊びに来いよ」

 言われて、パチュリーは答えを返そうとする。
 するとまた本に文字が浮かび上がってきて、パチュリーは首を傾げながらも本の文字を目で追った。まだ、隠された自分の内心があるのかも知れない。そんな自分自身への知的欲求を隠そうともせずに、魔理沙に背を向けて返答を選ぶことにする。

 パチュリーが選ぶ答えは――






ええ。貴女も、今度はお茶でも飲みに来なさい。

ええ、貴女も。美鈴には貴女は私の『特別なひと』って伝えておくわ。











































































――ED5/おお我が永遠の、ライバルよ――



 パチュリーがそう不敵に笑って宣言すると、魔理沙もまた同じような笑みを浮かべる。
 パチュリーは魔理沙の言葉を聞いて、もう彼女を侮るような気持ちは残っていなかった。いずれ、魔理沙はその牙を研いで、その知識を増やし、さながら彗星のようにパチュリーの七曜を打ち砕かんと大成してくることだろう。その時、侮っていたままでは痛い目を見る。もう彼女は、ただの泥棒では無い。今はまだ未熟でも、いずれ自分に迫る――あるいは、乗り越えようとしてくる存在だ。
 これを好敵手と呼ばずに、なんと呼ぼうか。

「はっ、言ってろ。おまえこそ侮っていれば良い。胡座を掻いていれば、すぐにその頭上を飛び越えてやるぜ!」
「ふんっ。もう前を向くのは自分だけの専売特許ではないと知りなさい。私に送った塩がどれほどの黄金となるか、見せてあげるわ」
「上等だぜ。壁は高いほど、乗り越えたときの達成感は大きいからな」

 言い合うも、二人の間に重い空気は無い。
 互いが互いを認め合い、互いが互いの心を知ったからであろう。魔理沙もまたパチュリーを霊夢を見るような挑戦心に満ちあふれた瞳で見ていた。
 これはたまらない、と、パチュリーはそう考える。この人間特有の輝きを向けられてしまえば、もう、努力を放棄することなんかできない。怠惰を享受することなんかできない。失望されるなんて、我慢できない。

「さて、そろそろ帰るわ」
「ああ。いつでも来いよ。いつだって返り討ちにしてやるからな」
「はんっ、言ってなさい。まぁ、でも」

 席を立ち、リビングの出口まで歩くと、パチュリーはそう言って足を止める。

「本くらいは貸してあげるわ。私が送る塩も、せいぜい黄金にしてみなさい」

 背を向けたままそう言うと、パチュリーはそのまま歩き去ろうとする。その背に、魔理沙は声を張り上げる。

「黄金? 賢者の石にしてやるから覚悟しておけ!」

 その言葉に返事はせず、パチュリーはふわりと浮かび上がる。
 言葉こそ返しはしない。だがその顔には、どこか楽しみを抑えきれない少女のような感情がありありと浮かんでいた。

 さぁ、もう一分一秒たりとも無駄にはできない。
 パチュリーはそう、本を手に取った。






本を閉じて、早速魔法の研究を始める。

一つ前の選択肢に戻る。


















































































――ED6/この友情は不変なり――



 パチュリーがそう言うと、魔理沙はどこか楽しそうに笑う。

 パチュリーにとって魔理沙は、これまでは煩わしい存在でしか無かった。異変から始まり、本を強奪して逃げていくだけの、命名決闘法案に胡座を掻いた凡人。
 だが別の視点で見てみると、どうだろうか。
 努力を怠らず、ルールの上で出きる最大限の力を活用し、格上の存在を打ち破ってきた。その在り方はパチュリーのような妖怪にとって、ひどくまぶしいモノに映る。

 だからだろうか。

「私は、どうやら貴女と友達になりたいと思っているみたい」

 自然と、そんな言葉がこぼれ落ちる。慌てて訂正しようとパチュリーは口を開こうとするも、心の底では訂正する気が無いのか一向に声が出てはくれなかった。

「何言ってんだ。私はもう、と、友達のつもりだぜ」

 照れ隠しだろうか。魔理沙は帽子を引っ張り出して被ると、帽子のつばを引っ張って目元を隠す。だが隠しきれていない頬はあかね色に染まっていて、それがかえってパチュリーの心を落ち着かせる。

「ありがとう、魔理沙」
「ど、どう、いたしまして」

 消え入りそうな声。
 恋の魔法使いだなんて小っ恥ずかしい二つ名を名乗っているだけあって純情なのだろう。その姿が可愛らしいように見えていたことに、パチュリーは自分自身に驚く。

 でも、悪くない。パチュリーは小さく笑いながら、そんな風にも思っていた。

「じゃあ、“またね”。魔理沙」
「ああ、“また”な。パチュリー」

 笑顔で手を振る魔理沙を背に、魔法の森を後にする。
 せっかく新しい友達ができたのだ。今日はもう寝て、明日ゆっくりレミリアと話でもしようか。そう考えながら、パチュリーは手元の本を開く。

 そして――






本を閉じて、今日はもう休もう。

一つ前の選択肢に戻る。















































































――BestED1/『特別』を貴女に――



 パチュリーの言葉に、魔理沙は一瞬何を言われたかわからず、きょとんとした顔で首を傾げた。だがやがて『何』を言われたのか理解したのか、徐々に顔を紅くし始める。

「なっ、なっ、なに、えっ」

 一方、パチュリーは何故魔理沙が動揺しているのかわからず、これまたきょとんと首を傾げている。
 だがやがて魔理沙が照れていると考え、柔らかく微笑んだ。

「ふふっ、何を照れているのよ」
「おっ、おまえ……いや、そうか、私の早とちりか。冗談きついぜ……」
「冗談? あら、私は本心から、魔理沙のことを“特別なひと”だと思っているわよ」
「~っ! っ!! っ!?」

 声にならない様子で悶える魔理沙に、パチュリーはやはり訳がわからず首を傾げていた。
 パチュリーにとって、魔理沙は最早特別な存在だ。既に長い時間を得て終わりの見えない研究に没頭したとしてもあまりある時間を、自由に使い続けることが出きる。だからだろう、根本的に、パチュリーは短い生の中で生み出される発想について行けないことがある。それは知識人を自称するパチュリーには、我慢できないことだった。
 けれど魔理沙がいれば、魔理沙と共に在れば、その心配はもう無くなる。今まで心のどこかで見下していたから、魔理沙の、人間のことを認めようとしなかった。知らない視点が、価値観があることから目をそらしてきた。だが、もうそんな必要は無い。もう、パチュリーは魔理沙のことを心の底から認めている。認めて、いずれは自分に並び立てる魔法使いになることだろうと信じている。

「貴女は私の“特別”よ、魔理沙。迷惑、かしら?」
「そっ……………………そんなこと、ない。私も! パチュリーは、特別だって、思うから」
「そう……ありがとう、魔理沙」

 もう、これまでの関係は要らない。
 これから魔理沙の命がつきるまでの短い時間、パチュリーは魔理沙と肩を並べることだろう。その時間は、魔理沙が旅立った後でも、長く心に刻み込まれる色鮮やかな時間になることだろう。
 パチュリーはそんな未来を想像して、微笑む。思いの外、自分はこの破天荒な魔法使いに惹かれていたようだ、と。

「また、図書館に来なさい。無造作に本を借りていかなくとも、私のところで読んでいけば良いわ」
「ああ、うん……また“会いに行く”よ、パチュリー」

 柔らかい、けれどどこか照れの混じった言葉を交わす。
 互いに交わした言葉に不快感は無く、どこか暖かさだけが宿っていた。

「今日はありがとう。またね、魔理沙」
「ああ! またな、パチュリー!」

 魔理沙に手を振られて、パチュリーは飛び立つ。
 そして紅魔館に戻る前に、と、紅い本を手に取った。この本には大きく助けられた。だからもう一度、ここで選択肢を確かめてみよう。そう開いた本に刻まれた言葉は――






今日はもう帰ろう。

次は、アリスのところへ行ってみよう。






































































――BestED1/EP・それからの魔女と魔法使い――



 それから、パチュリーの住む大図書館にはたびたび魔理沙が訪れるようになった。元来気の長い妖怪にとって、十年二十年毎日来られたところで、その目的が不易なモノで無いのなら煩わしいとは思わない。
 けれど自分が出かける前に、それこそ早朝から礼儀正しくやってくる魔理沙の姿に、パチュリーは少しだけ首を傾げる。

「ぱちぇ……パチュリー、ここなんだけどさ」
「……ここは、そうね。参考になる本が在るわ。こあ!」
「はーい。……はぁ、砂糖吐きそう」
「こあ?」
「今お持ちしますよー!」

 魔理沙はあれから、パチュリーに良く懐くようになった。
 パチュリーのすぐ側で読書をして、研究をして、時折助言を求める。そして時にはパチュリーを驚かせるような発想をして見せて、パチュリーに賞賛されると非常に嬉しそうな顔をするのだ。

「ほら、こっちの記述で……」
「どれどれ……おお、なるほど、さすが、ぱ、ぱちぇ、ぱち…………パチュリーだな!!」

 そして、もう一つ。

「はぁ……悪魔にこんなん見せつけないでくれませんかねぇ。ああ、爆発爆発」

 使い魔の小悪魔のため息が、妙に増えた。
 本人に聞いても小悪魔は怪しさしかない満面の笑みでなんでもないと口にするだけなので、パチュリーとしても対処のしようがなく、新たにできた悩みの一つだった。

「ん、よし、なんとかなった! ありがとう、パチュリー!」

 でも、と、パチュリーは考える。
 こうして『特別』な友人が増えたのだ。どんな問題も、なんとかなる。パチュリーはそう信じて、柔らかく微笑んだ。

「ええ、どういたしまして」

 さぁ、今日もまた一日を始めよう。
 静寂と寂寥とは無縁の、騒がしい一日を――。






紅い本を本棚にしまう。

一つ前に戻る。
















































































――アリスルート――



 ――アリスの家に行こう。
 本の奪い合いくらいしか繋がりの無い魔理沙の家に行ったところで、この本の性能は試せないだろう、と研究者の視点でパチュリーは考える。だとしたら多少問題があっても受け入れてくれるであろう相手、まだまだ未熟とはいえ一つの分野においては負けを認めざるを得ない、パチュリーが認める魔法使いである人形遣い。
 アリス・マーガトロイド。彼女ならば、パチュリーの求める実験成果を得られることだろう。

 紅魔館から霧の湖を抜けた向こう側。
 魔法の森と呼ばれる、瘴気と魔力の満ちた空間にアリスの家はある。喘息持ちのパチュリーにとってこの魔法の森の空気は害でしか無い。だが、その程度の瘴気ならば無意識下においても魔法障壁で弾くことが出きるパチュリーは、悠々と空を飛びアリスの家を目指した。
 同じ領域の中にあって蔦だらけの魔理沙の家と違い、アリスの家は清楚であり、小綺麗に整えられている。青い屋根と清潔な白い壁。病弱を自称するパチュリーにとって、その佇まいは及第点と言えた。

「アリス。居るかしら?」

 コンコンコンとノックを三回。
 ……したあとで、さて、訪問の目的をなんと言えば良いかと首をひねる。

「空いてるわよ……って、あら?」

 考えている内に、アリスは扉を開けてしまった。
 光を跳ね返す金の髪。澄んだ空色の瞳。清潔感のある服装。アリス・マーガトロイドは、パチュリーを見て首を傾げる。

「貴女がここまで来るなんて珍しいわね。どうしたの?」
「ええっと」

 パチュリーは言われて、考える。だがすぐにここに来た目的を思い出すと、アリスに不自然に思われないように、ゆっくりとした動作で本を開く。
 さて、この本の性能を見てみようか――






遊びに来たわ。

貴女が犯人ね!













































































































――†――



 パチュリーの言葉に、アリスはただ「そう」と頷いた。
 直感的に、パチュリーは理解する。あ、これ、信用していない顔だ、と。

「まぁ、こんなところで立ち話をしても仕方が無いわ。入って」
「ありがとう、お邪魔するわ」

 それでもアリスは追い返す気は無いようで、パチュリーを案内してくれる。綺麗に掃除された廊下。廊下から覗く部屋部屋も、きちんと整頓されている。パチュリーはそのままリビングに案内されると、人形に椅子を引かれて腰を下ろした。

「器用ね」

 思わず、そんな言葉が零れる。それほどにアリスの人形操作の技術はすばらしいと、パチュリーは感心してしまう。

「紅茶とコーヒー、緑茶もあるけれどどれがいい?」
「紅茶でお願い。飲み慣れているのよ」
「わかったわ。まぁ適当にくつろいでいてちょうだい」

 そうアリスは言うが、アリス自身が紅茶を煎れることは無い。
 煎れるのは、アリスの操る人形だ。アリスの人形は全てアリスによって支配され、思うままに動いている。さながら人形劇を見ているような有様に、パチュリーは興味を隠そうともせずに見ていた。

「気になるの?」
「ええ、興味深い技術だわ」
「そう」

 冷たい返答だが、あまり突き放されたような気持ちは無い。
 アリスの優しさはわかりやすい物からわかりづらい物まで色々あるが、概ね拒絶をすることはほとんどない。それを知っているから、パチュリーは気負いすることも無く悠々と入室することができた、というのもあるのだ。

「それで?」

 問われて、パチュリーは首を傾げる。

「本当は何をしにきたの?」

 言われて、パチュリーは納得したように頷いた。どうやら「遊びに来た」は、まったく信用してもらえていなかったようだ。当たり前だが。今更遊びに来たと繰り返したところで無駄かも知れない。
 さてどうしようかと考えたあげく、パチュリーはそっと本に手を伸ばした――






知りたいことがあるの。人形について、ね。

知りたいことがあるの。人体の神秘について、ね。





































































――ED7/ダンボールぱっちぇさん――



 長い沈黙が、アリスとパチュリーの間に流れる。
 パチュリーはちらちらと本に刻まれた一文が宙に溶けていく様を見ながら、だらだらと冷や汗を掻いていた。本当にこの選択肢で良かったのだろうか、と。
 一方の、アリスからは今一感情が読み取れない。無表情で固まったまま、じっとパチュリーを見ていた。

「……正気?」
「当たり前じゃない」
「瘴気にやられたのかしら?」

 アリスはそうパチュリーにとって非常に失礼なことを呟くモノの、自分の言動を顧みるとそのまま口に出すのも憚れる。知識人を自称するパチュリーとしても、こんなネジが抜けたような返事をする気は無かったのだが、最早後の祭りだ。

「パチュリー」
「なに?」

 アリスはため息を一つ落とすと、そっと、人形に煎れさせたのだろう、湯気の立ち上る紅茶を差し出した。

「飲みなさい。きっと混乱しているのよ、貴女」
「助かるわ」

 確かに、熱い紅茶でも飲み干せばこの妙な空気も戻るかも知れない。パチュリーは一縷の希望に縋るように、香りの良い紅茶を一息に飲み干した。熱いことは熱いが、そこは魔女の特技。舌を熱から防御することも忘れない。
 パチュリーがカップに入った紅茶を飲み干してみせると、今度はふと、落ち着くということをとおり超して足下がふらつくような感覚を覚える。そしてなにがどうなったのかもよくわからないまま、足に力が入らなくなり、パチュリーはアリスの腕の中に収まるように倒れ込んだ。

「きっと疲れているのよ。家には送り届けてあげるから、少し休みなさい」
「ぁ……」

 眠り薬。
 そんな単語が脳裏を過ぎるも、最早どうすることもできない。
 パチュリーは襲いかかる眠気に抵抗することもできずに、あっさりと意識を手放した。















 パチュリーが気がつくと、薄暗い何かの中で眠っていた。
 思わず起き上がると、どうやら紙の箱に入れられていたようで、あっさりと抜け出すことができてパチュリーはそっと息を吐く。

「なにがどうなって……」
「あ、おはようございます」
「ん、おはよう、こ……あ?」

 聞こえてきた使い魔の声に、パチュリーは顔を上げる。すると、何故か笑いを堪えたような小悪魔の姿が目に入り、パチュリーは思わず首を傾げることになる。表情を隠すのが得意な『悪魔』である彼女が、何故このように堪えるような表情をしているのか、と。
 ひとまずは状況の確認だ。思い出してみるのは、あの紅い本のこと。それから何を選んでどうなったのかと記憶をたどり、やがて、思い出した。

「眠り薬……まったく、アリスは、もう……」

 時折想像できないことをするところは、どこぞの白黒によく似ている。パチュリーはそうため息をつくと、現状を確認するために小悪魔に向き直った。
 彼女は何故か、肩をふるわせてパチュリーの方を見ようともしないのだが。

「こあ? どうなったのか説明してくれる?」
「ど、どうなったもなにも……ぷふぅっ、え、ええっとですね……」
「日符【ロイヤルフレ――」
「わぁーっ! わぁっー! 言います! すぐ言いますから!」

 パチュリーがスペルカードを掲げる様子を見て、小悪魔は慌てて制止に入った。ロイヤルフレアで焼かれるような趣味は無いらしい、と、パチュリーは青筋を立てながら手を下ろす。

「発送されてきたんですよ、パチュリー様。そのダンボール……外の世界の箱に入って」

 最初は何かと思って口を閉じてしまいました、と悪びれも無く言う小悪魔に、パチュリーは思わずため息をつく。主人が箱詰めで送られてきたのだから、笑いたくもなるだろう。
 パチュリーはどっと疲れたような感覚を胸に、その場で膝を突く。

「こあ、あとは片付けておきなさい……」
「はーい――ぷっ」
「日&月符【ロイヤルダイ――」
「わぁーっ! ごごごごめんなさいっ、すぐやりますっ!」

 慌てて箱を持って去って行く小悪魔を尻目に、パチュリーは疲れたように椅子に座る。そして、紅い本を強く睨み付けた。今回の騒動の原因は、間違いなくこの本だったのだから。
 パチュリーは再び大きな息をつくと、紅い本にもう一度手を置く。そして強く言い放った。

「どうしてくれるの、この状況!」

 珍しく叫ぶような声を上げる。
 するとそれを哀れんだのか、本はまた強く輝いた。そして……。






本を地面にたたきつけて今日はもう寝よう。

一つ前の選択肢を選ぶ。




















































































――†――



 人形について知りたい。
 そう告げたパチュリーに、アリスはきょとんと首を傾げる。

「人形について? あら、人形遣いへ転向?」
「そうじゃないわ。ただ、ちょっと興味を引かれたの。だって……」

 言いながら、パチュリーはアリスの部屋をぐるりと見回す。
 覚り妖怪の力を借りて作られたというこの紅い本に記される選択肢は、おそらくパチュリーの潜在意識を掠め取っているのだろう。その仮説が正しいのであれば、アリスの部屋を見れば何故そんな選択肢が出現したのか、理解できるはずだ。
 ……という、“後付けの理由”を探すための行動だった。

「精巧な人形を作るということは、精密な設計図を描き出すということ、でしょう?」
「ええ。空間も素材もなにも、把握すればするほど出来が良くなるわね」
「で、あるのなら。人形作りからその感覚を把握すれば、それは万物に通ずる。違うかしら?」

 言って、パチュリーは自分の言葉に納得する。
 人形を作り、操るという技術は、即ち空間把握の局地とも言えるだろう。どのようにしてどのような形で人形を作り、その人形をどこに配置してどのように動かす。これを淀みなくできるアリスだからこそ、彼女の弾幕は繊細で優美なのだ。
 アリスの人形とスペルカード。二つを思い浮かべて、自然、パチュリーの顔に笑みが浮かぶ。

「それで、代償は?」
「あら、知識の魔女たる私に、それを問う?」
「確認よ」
「……好きな本を閲覧して良いし、借りて帰って構わないわ」
「奥義は伝授できないわよ?」
「当たり前じゃない」

 言い切ると、アリスはパチュリーに苦笑する。
 そして、ゆっくりと頷いて見せた。

「わかったわ。人形作りを教えてあげる。それでどう?」
「操作は?」
「それは色々“触れる”からダメよ」
「なら、こちらは図書館での閲覧のみよ。何時間居てもいいけれど」
「それなら、交渉成立ね、パチュリー」

 打てば響くやりとりに、気がつけばパチュリーも満足げに頷いていた。これが某白黒であったのなら、もっと胡乱なやりとりになっていたことだろう。
 魔法使いの高みにいる同士足る魔女。やはりこうでなくてはと、パチュリーは久しく覚えていなかった感覚に、知らず笑みをこぼす。

「さて、それなら何から始めたい?」
「何から、とは?」

 パチュリーが質問で返すと、アリスは嫌な顔一つせずに人形を浮かせて連れてきた。彼女が良く連れている人形、上海、蓬莱、和蘭、露西亜に大江戸。それから、どこかで見たことがあるようなモノたちを模した人形、天狗、河童、厄神、巫女、隙間妖怪など。
 その人形たちが、パチュリーの前で楽しげにくるくると踊る。いずれも、可愛らしいぬいぐるみだ。

「いきなりビスクドールなんかは難易度が高いから、最初はぬいぐるみ」

 そして、ぬいぐるみたちはパチュリーの前で行儀良く整列する。

「で、題材は何にする? 上海たちを真似ても良いし、貴女の知り合いを選んでも良いわ。どうする?」

 言われて、パチュリーは悩む。
 ぬいぐるみ作りから始めるのは良い。アリスはまっとうな魔女だ。代償を示した以上、真摯に取り組んでくれることだろう。だが題材を選ぶとなると、少し困ったことになる。
 目の前に並ぶ巫女たちの人形をかたどってもいい。だがどうせ作るのなら、意味のあるモノにしたい。パチュリーはじっくり考えてから、やがて、机の下に忍ばせた本をそっと開いた。
 せっかくだ。どうせなら親友の作った本で自分がこれから作るモノを決めよう。パチュリーはそう願いながら、紅い本に手を当てる。
 そうして、本に浮かび上がった答えは――






そうね。レミィの人形にしてみるわ。

なら……貴女の人形でも構わないかしら? アリス。








































































――ED8/動きまわる大変態・日陰に墜つ――



 言って、空気が固まる。
 パチュリーとて何故とっさにその選択肢を選んでしまったのかわからない。だがわからないなりに理解しようとざっと周囲に目を走らせた。
 自身がこの選択肢を選んだことには何か意味があるはずだ、と。

 周囲の人形を見る。
 ――精巧で繊細な造形だ。アリスの几帳面さがよくわかる。
 調度品を見回す。
 ――整理整頓されている。掃除も行き届いた。
 アリスを見る。
 ――パチュリーがどういう意図で言ったのか理解しようとしているのだろう。首をひねっている。

 覚り妖怪と協力して作ったというこの紅い本は、持ち主の深層意識から“望み得ること”を選択肢として表示している、というのがパチュリーの仮説だ。であるのならば、この答えはパチュリーが心のどこかで考えていたことというのは間違いない。
 パチュリーは混乱する頭を無理矢理回転させて、今度はアリス自身を盗み見た。

 さらさらと流れる金の髪は、窓辺から差し込む陽光を美しく反射している。
 細められた瞳は、快晴の日の空の色だ。感情が乗るたびに見方を変える空の色。
 白くきめ細やかな肌は、あまり露出の無い服の隙間から艶気を纏って伸びている。
 華奢な身体。細い腰。折れてしまいそうな首。美しい顔立ち。柔らかそうな唇。

 このときのパチュリーの精神状態を一言で表すのなら、“テンパっていた”ということなのだろう。けれどコミュニケーション能力がパチュリー本人が思っているよりも低い彼女は、最早、混乱に満ちた相互の空気と自身の感情をセーブすることはできなかった。
 混乱の局地に立つと、人間でも妖怪でも、予想だにしない行動に出ることがある。パチュリーはその例に漏れず、なめらかな動作で立ち上がると、アリスが知覚するよりも早く魔法の鎖で彼女の両手を拘束し、押し倒した。

「きゃっ! ちょ、ちょっと、パチュリー……?」
「ふ、ふふ、前々から気になってはいたのよ。その服の下は何が隠れているのか、ね」
「ちょっ、ちょっと! しょ、正気?!」

 こんなにも完成された、人形のような美貌。月の姫は規格外の美人だがどこか人間味がある。比べて、アリスの美しさはどこか作り物じみていた。
 だからパチュリーはずっと気になっていたのだ。ひょっとして、アリスは人形なんじゃないのか。球体関節でも隠れてはいないか、と。

「大丈夫、怖いことはしないわ」
「十分怖いわ、パチュリー。……って、そうじゃなくて、離しなさい!」

 人形じゃ無かったらなんの説明も付かない変態行為なんじゃないのか。
 混乱の局地に立たされたパチュリーに、そんな“後のこと”なんか想像できるはずも無く、アリスの白いケープを外し、ワンピースを肩から引き抜くようにずらし、白いシャツのボタンを一つ一つ丁寧に――

「アリスさん、文々。新聞、今日の発行で…………」
「え?」
「…………す?」

 ――外している最中。
 窓から新聞片手に飛び込んできた鴉天狗。

「いやぁ、結構な物音がしたので、ポストには入れずに直接お渡ししにきたわけですが……」
「そう。帰って良いわよ」
「ダメよ! 文、ちょうど良いわ! この色ぼけ魔女を止めてちょうだい!」

 文はアリスの懇願に、満面の笑みで親指を立てる。

「大丈夫です、目線は入れます」

 といって、写真を一枚。

「スクープ! 紅魔館の動かない大図書館は、動き回る大変態?! 知識と日陰者の魔女の痴態に迫る! ……これで行きましょう」

 ここまで来て、パチュリーは事態に気がついた。
 このまますっぱ抜かれたら、自分の権威は消滅する。見下していた白黒に哀れまれ、巫女から石を投げられ、メイド長から怒られ、妹様から笑われ、親友はたぶん泣くだろう。情けなさに。
 想像できる未来に、パチュリーは顔を青ざめる。

「ではアリスさん! 新聞を発行したら助けに参ります!」
「むきゅっ……ち、違うの! ちょっと待って、待ちなさい!」

 パチュリーは慌てて文を追いかけるが、そこは伊達に幻想郷最速を名乗っているわけでは無い。パチュリーの魔力を乗せた加速でも追いつけるはずは無く、結局、妖怪の山周辺で見失ってしまう。
 それでも諦められず、パチュリーは幻想郷をかけずり回ったが、結局、日が落ちても文を見つけることはできずに、諦めて帰ることになってしまう。

「うぅ、こうなったら紅魔館に入ってくる新聞だけでも焼いて、引きこもるしか無いわね」

 ふらふらと紅魔館に帰るパチュリー。
 そんなパチュリーを出迎えたのは、妙に良い笑顔の美鈴だった。

「あ、お帰りなさい、パチュリー様! ――」
「美鈴……今日はもう私、休みたい」
「――今日は、おたのしみでしたね」
「えっ」

 美鈴の言葉に硬直するパチュリー。
 そして、美鈴の手に持たれた“新聞”の姿に、パチュリーは石のように固まった。

「いやぁお嬢様や咲夜さんはああおっしゃいますが、妖怪なんですし多少遊んでも良いと思うんですがね。まぁ、ちょっと皆さん潔癖ですから、“少し”は覚悟された方が良いかもしれませんね」

 ばれないようにやらないとだめですよー、などと言って笑う美鈴の言葉など、もう耳に入ってこない。
 もしこのまま館に入れば、想定し尽くした未来が、想像以上に牙をむくことだろう。

「もう、これしかない」

 パチュリーは最後の望みを元凶に託す。
 本を片手に、恨みと願いを込めて――。






諦めて説教されよう。物語を終える。

なかったことにしたい。選択肢に戻る。




































































――†――



「えっと? 私……で、良いの?」

 アリスの言葉に、パチュリーはこくりと頷く。
 教えて貰いながら作るのであれば、見本が手元にあった方が良い。他にも理由はあるが、パチュリーがまず考えたことは“それ”である。

「ええ。いきなり手本もなしに人形なんて作れないわ」
「なるほど……言われてみればそのとおりね。わかったわ」
「ありがとう」

 パチュリーはアリスが納得してくれたことに胸をなで下ろす。とにかくこれで、アリスの家に滞在することが許された。おまけに自分が心の底で望んでいたことまで両立できるのだ。
 経過としては上々。この調子でいけば自分自身の願望を叶えながら、本の性能まで確かめられる、とパチュリーは内心でほくそ笑む。

「で、針は持ったこと……ある?」
「ん?」
「その様子じゃ、なさそうね。良いわ、なら、針に糸を通すところから始めましょう」

 だが、なにしろ初めてやることだ。早々テンポ良くこなせるはずが無かった。
 パチュリーはアリスに言われるまま針と糸を持ち、最初の一歩で躓くことになる。まず、針に糸が通るまで数分。実際に布を縫っているときに、指を突いて痛めること数十回。

「アリス、大変よ。布が紅いわ」
「練習用だから気にしないで。それよりも大丈夫? 痛いでしょうに」
「ふんっ。七曜の魔女を甘く見ない……っつぅ」
「はいはい、甘く見ないから。貸してみなさい」

 パチュリーが指を差し出すと、アリスがその手を取って簡単な治癒の魔法をかける。すると、暖かい光が広がりパチュリーの指を癒やす。けれどじんじんとした痛みだけが僅かに残ってしまう。
 試しに咥えてみると、指の表面に僅かに残った鉄の味がため息を誘った。

「難しいわね」
「簡単じゃないわ。諦める?」
「まだコンティニューには早いわ」
「ふふ、そう。なら頑張りましょう」

 それでも、数時間もすればだんだんと行程も進んでいく。
 練習用の布を終え、型紙の作り方を並び、パーツを縫い合わせる。失敗や怪我を何度も乗り越えながら、優秀な先生に指導されているせいか、初心者にしてはかなりの速度で習得していく。
 だが、さすがにあかね色の夕日が窓辺から差し込むようになると、時間の経過が心配にもなってきた。

「どうする? 泊まっていく?」

 そう気を利かせてアリスが問うと、パチュリーは眉を寄せて逡巡する表情を見せる。
 このまま帰っても、人形作りは終わらないような気がする。だからといって帰らなければ、レミリアも心配するかもしれない。
 そうしてパチュリーは、考えることをさっさと放棄する。そして考える時間も惜しいと、そっと紅い本に手を置いた。

 パチュリーの選ぶ答えは――






そうね。迷惑じゃ無ければ泊まらせてちょうだい。

ごめんなさい、今日のところは一度帰るわ。












































































――ED9/ああ、我が永遠の親友よ――



 思えば、パチュリーはずいぶんとレミリアに助けられてきた。
 レミリアは確かに我が儘で自分勝手だが、自分の内側と決めた相手には思慮深く優しい一面を見せることも多い。今回の一件もそうだ。幻想郷に越してきてそれなりの時間がたつというのに、パチュリーは他者との交流を深めはしなかった。だから、こうして一計を案じたのだろう。
 お節介、とパチュリーは思わないでもない。けれどそれ以上に、レミリアが自分のことを考えてくれているということがパチュリーには嬉しかった。

「そう……なら、私も張り切って教えないとね」
「ええ、レミィを泣かせるくらいの人形を期待しているわよ、アリス」
「ふふ。それは、気を抜けないわね」

 アリスは、そんなレミリアのことを思うパチュリーに優しげな笑みを浮かべると、早速人形作りの用意をする。
 針と糸、練習用の布も長さを決めて、その範囲で習得できるように。どうやらパチュリーの要望に従ってかなりのスパルタでいくようであった。

「……ちょっとだけ、お手柔らかにお願い」
「いいの?」
「……………………いいえ、ごめんなさい。手を抜かないで良いわ」
「ええ、任せてちょうだい」

 その鬼気迫る様子に、パチュリーは少しだけ躊躇った様子を見せる。だがやがて静かに覚悟を決めると、アリスに改めて頼み込んだ。
 最早ここまで来て逃げるなど、パチュリーのプライドが許さない。パチュリーは熱血に傾いた空気に負けないように気炎をあげると、アリスの指導にのめり込んでいくのであった。



















 ――結局、その日の深夜に人形が完成することになる。
 初心者であるということも含めて、驚異的な作業速度だ。パチュリーは疲労でふらふらする身体を心配されながらも、人形を抱いて紅魔館に帰った。

「おや、遅いお帰りですね。……大丈夫ですか?」
「ええ。美鈴、レミィは?」
「テラスでワインを傾けておられますよー」
「そう、ありがとう」

 美鈴に礼を言うと、パチュリーは人形を後ろ手に隠して、館に入らず直接テラスに飛んでいく。
 すると、テラスには美鈴の言葉どおり、レミリアが赤ワインを傾けていた。

「ん? あ、お帰りパチェ。どうだった? 私の最高傑作は」
「ただいま、レミィ。悪くなかったわ。新しい知識の補填になったわ」
「くくっ、そうかそうか!」

 パチュリーが満足する姿を見て、レミリアも喜びの声を上げる。その姿にパチュリーは優しげに目を細めると、自然な仕草で彼女に人形を差し出した。

「え……ん?」
「お礼」
「えっ、パチェ、これはパチェが?」
「そう、お礼よ」

 多くは語らない。
 頬が熱を持って、語ることができない。

 レミリアはパチュリーからおそるおそる人形を受け取ると、持ち上げたり転がしたりして感触を確かめる。だがやがて愛おしそうに胸に抱くと、彼女にしては珍しい柔らかな笑みを浮かべる。

「ありがとう、パチェ」
「ふん……こっちの台詞よ」
「くっ……そうか、そっか」
「とにかく! 私は疲れたから戻るわよ」
「ああ。また明日、パチェ」
「…………また、明日。レミィ」

 親友に見送られ、パチュリーは恥ずかしげに顔を逸らす。
 けれど彼女との絆が深まったことが悪いこととは到底思えず、パチュリーは少しだけ微笑んだ。

 図書館に戻ってきて、パチュリーは考える。
 親友が作ってくれた紅い本。この探求を続けるのもおもしろい。しかし、疲れも残っている。パチュリーは迷いながらも本に手を載せ、答えを求めるのであった。
 そして、現れた選択肢は――






本を閉じる。今日は寝てしまおう。

まだ道がある? 一つ前の選択肢に戻る。

























































































――†――



 パチュリーが泊まらせて欲しいと告げると、アリスは「自分が提案したことだし」と快く了承してくれた。
 アリスはパチュリーに作成の続きを言い渡すと、人形を使って寝床の準備などを始める。パチュリーはそんなアリスの背中に感謝しながらも、人形作りの続きに取りかかる。教師が良いからか初心者のパチュリーでもそれなりに行程は進むものの、やはりまだ怪我はするし、うまく縫えないこともある。
 アリスはそんなパチュリーの様子をマメに気遣い、治療や指導を根気よく丁寧に続けてくれていた。

「はぁ、難しいわね」
「でも、かなり上達したわよ」
「なんだか貴女にそう言われると、少し自信がつくわ。ありがとう、アリス」
「いいえ、どういたしまして」

 気がつけば、パチュリーはアリスに対して自然と「ありがとう」が言えるようになっていた自分に気がつく。パチュリーは自分で自分を評価する限り、決して素直な性格をしていない。
 すぐに悪態をつくし、皮肉なことばかり言うような性格だ。だがこの本を通じて発言を選び、自分の深層意識に向き合うたびに、少しずつ素直になってきている自分に気がつく。
 これが良い変化なのか微妙な変化なのか、もしくは、あるいわ“らしく”ないのか、今のパチュリーには判断しきれない。

「でも、まぁ」

 アリスを見る。

「どうしたの?」

 こんなに近くに、レミリア以外の存在を置こうと思ったことは無かった。

「いいえ、なんでもないわ」

 だが、悪くない。
 こんな自分と、こんな自分で作った関係を悪くないと、パチュリーはそんなことを考え始めていた。

「さて、そろそろ夕飯の時間ね」

 そうして気がつけば、窓の外はすっかり暗くなり、部屋の中は魔法の明かりによって照らされていた。

「あら、もう……」

 アリスは生まれながらの魔法使いでは無いためか、本来魔法使いに必要の無い食事と睡眠を習慣づけている。パチュリーは三食欠かさず摂るレミリアに付き合い、食事を取っている。
 二人とも必要の無いことを求めている現状に、効率重視を謳う魔女である自分たちの修正に、パチュリーは小さく苦笑した。

「休んでいて、ちょっと作ってくるから」
「人形にはやらせないの?」
「ええ。人に振る舞うときは自分で作るように決めているの」

 そうして席を立つアリスの背中を見送りながら、ふと、パチュリーは考える。
 教えて貰って、ご飯を作るのも寝床を用意するのも全て任せる。それで良いのかと己に問えば、パチュリーの怠惰な部分は、それで良いとしか答えない。
 だからパチュリーはまた本を手に取り、答えをゆだねることに決める。

 選ぶ答えは――






手伝わせて。泊まらせて貰う、お礼にね。

ありがとう、楽しみにしてるわ。



































































――ED10/これぞまさしく趣味友よ――



 パチュリーはアリスからぬいぐるみキットを借りて、一時帰宅することに決めた。

「今日はありがとう」
「いいえ。本当は、もっと行程を進ませてあげたかったのだけれど……ごめんなさいね」
「素人目だからはっきりとしたことはわからないけれど、これだけ上達させたのだから、もっと誇りなさい。アリス」

 事実、針に糸を通すことすらできなかったずぶの素人だったパチュリーが、型紙を作り、人形の作り方を覚えるところまで進歩したのだ。普通に考えればたかだか半日でここまで習得させると言うことは、中々できないことであった。
 また、パチュリーは他人に教えると言うことが苦手だ。というか、ほとんどそうしたことがないため、要領がわからない。唯一、咲夜が幼少の時分に教鞭を執っただけ。その時の難しさをよく覚えているからこそ、パチュリーはアリスの評価を大きく上方修正していた。

「ふふ、そういってもらえると助かるわ。また、わからないところがあったらいつでも聞きに来てちょうだい」
「そんな必要ない……なんて言えないから助かるわ」

 パチュリーはアリスの家に最初に来たときでは考えられないような気安い口調でそう頷くと、手を振ってアリスの家から離れる。
 本に頼ってやってきて、人形作り。考えてみれば新鮮な出来事の連続だった。パチュリーは魔法の森の上空を飛びながらそんなことを考える。

「さて……せっかくだし、なんとか作り上げないと、ね」

 借りたバスケットの中には、人形作りキット一式が入っている。もちろんパチュリーが作っていた作りかけのアリス人形も一緒だ。パチュリーは魔法に関わらないことだったら投げ出してしまいがちだが、このアリス人形を投げ出す気にはどうしてもならない。
 何故、と自問自答してみれば、すぐに答えは返ってきた。ようは楽しくなってしまったということなのだろう。この、人形作りという工程をパチュリーは気に入ってしまったのだ。

 紅魔館に戻ると、挨拶もそこそこに図書館に籠もる。
 もうパチュリーの目には、人形作りに没頭する自分の姿しか映っていなかった。



















 とはいっても。
 教師から離れた状態で習得できるほど、素人のパチュリーに簡単な道ではなかった。パチュリーはその後も何度もアリスの家に通い、時にはアリス自身が大図書館に出向き、アリス人形が完成した後も様々な人形の制作に注力していくことになる。
 それが一月二月と続くと、今や紅魔館につたないながらもしっかりと作られたパチュリー製の人形を持っていない住人など、いなくなっていた。

 おそらく、これが趣味友、というものなのだろう。
 パチュリーは型紙を前にそんなことを考える。そして新しい人形について考えよう――としたところで、本棚に埋もれた一冊の本に気がついた。
 紅い表紙の本。この趣味を得る切っ掛けになった運命の書。パチュリーは今ならばこの本はどんな答えをもたらすのだろうかと、好奇心がうずき、興味を持つ。

 そして、パチュリーの前に現れた答えは――






本を閉じて、人形作りに没頭しよう。物語を終える。

趣味友でいいの? 一つ前の選択肢に戻る。


















































































































――†――



 手伝わせて。
 そう言うと、アリスは首を傾げる。

「お客様だから良いのよ?」
「泊まらせて貰うお礼よ。まぁ、足は引っ張らないわ」
「ふふ、そんな殊勝なパチュリーを聞いたのは初めてだわ。それなら、お願いしようかしら」
「任せなさい。幻想郷に来る前、レミィと教会から逃げ回っていたときは自炊だってしていたんだから」

 とはいっても、美鈴と合流する短期間の間だが。
 パチュリーはその言葉を飲み込んで、手を洗ってアリスの手伝いを始める。どうもクリームシチューを作るようで、パチュリーには野菜のカットを任していた。

「自分の食べやすい大きさで良いから、お願いね」
「ええ、わかったわ」

 そう腕まくりをしていて、まるで強敵に挑むような目をするパチュリーを、アリスは微笑ましいものを見る目で眺めていた。だがすぐにアリス自身もホワイトソースを作る作業に移る。
 アリスもまたこのまたとない機会を楽しんでいるような様子であったが、久々の料理に集中するパチュリーは気がつかない。最早、パチュリーの目に映るのは眼前の敵だけだった――。



 そうはいっても、所詮は野菜を切るだけの作業。手順を思い出しながらだったため時間こそ掛かったが、人形作りとは違い、ずぶの素人という訳でもない。感覚を取り戻すと手際よく作業を終え、最後にはアリスと一緒に簡単なサラダまで作った。
 共同作業、とでも言うべきだろうか。パチュリーは思いの外楽しんでいる自分に気がつく。行程を終え、アリスと一緒に食器を並べていくと、視界に映り込んだアリスの横顔もまたどこか楽しげに笑顔を彩っていた。

「いただきます」

 声を合わせて、手を合わせる。
 暖かいクリームシチューをひとすくい。形はあまり良くないが、食べやすい大きさの人参を頬張ると、パチュリーは少しだけ目を瞠る。

「おいしい」
「パチュリーも頑張ってくれたからよ」
「野菜を切っただけよ」

 パチュリーの言葉に、アリスは微笑みながら首を振る。
 そしてパチュリーを優しい眼差しで見つけて、また、綻ぶように笑った。

「誰かと並んで作るなんて、久々だったの。だからいつもよりもずっとおいしく作れたような、そんな気がするわ」
「そう……」

 アリスの言葉は喜びに満ちていて、だからパチュリーは恥ずかしくなって顔を逸らしてしまう。だが不思議と悪い気は浮かんでこない。アリスにこう言われて嬉しいと思っている自分すら存在することに気がついたパチュリーは、そんな自分をあっさりと飲み込む。
 そんな自分も悪くない。そんな風にアリスに言われることも、悪くない。パチュリーはそう考えて、アリスに合わせて微笑んだ。





 食事の時間を終えると、食後の紅茶の時間だ。
 夜はまだまだ長いのだから気が抜けない……ので、最後の息抜き。そう紅茶を啜るパチュリーに、アリスは不意に声をかける。

「ねぇ、パチュリー」
「?」

 首を傾げるパチュリーに、アリスはいくらか逡巡したように見せる。だがすぐに、ゆっくりと唇を開いた。

「なんで私の人形を作りたいって言ったのか、もう一度聞いても、いい?」
「あら、信用してくれないのかしら?」

 パチュリーが茶化すように言うと、アリスは慌てて否定する。そんな姿に忍び笑いを漏らしながら、パチュリーはそっと紅い本に手を載せた。実のところ自分の本当の気持ちがどこにあるのか、パチュリー自身もわからない。
 だからこそパチュリーは、これまでのように本に願いを込めることにした。ただ自分の本心を知りたい、と。

「そうね、その問いの答えは――」






「――最初に言ったとおりよ」

「――……羨ましかったから、よ」









































































――ED11/希望をこの手に、達成感をこの胸に――



 アリスに料理を任せたパチュリーは、その間もずっと人形作りを続けていた。
 始めたからにはどこまでもそのために邁進する。魔女なんていう種族は誰も彼も凝り性で、パチュリーもその例に漏れない。ひたすら作り続けて、まずい方向に進んだときはそばについた上海人形がそっと制止してくれる。
 それを繰り返していると、アリスがクリームシチューとバケットを手に戻ってきた。

「根を詰めすぎると、できるモノもできないわ。一息つくのも大事よ」
「ふぅ……ありがとう、悪いわね」
「別に良いわよ。ほら、いただきます」
「ええ、いただきます」

 手を合わせて、クリームシチューを一口。
 ホワイトソースから丁寧に作り上げられたのだろう。パチュリーは咲夜の料理と一度じっくりと食べ比べてみたいとすら、思えるほどだった。

「おいしいわ……」
「ありがとう。ふふ、その顔が見られただけでも、作った甲斐があったわ」

 アリスにそうからかわれるが、慣れない作業で疲れが出ていたパチュリーはそれに気にする余裕もなく、最低限がっつかないように注意しながら食べ進める。
 バケットも自分で作っているのか、さくさくのふわふわ。シチューにつけて食べても、備え付けられたオリーブオイルをつけてもおいしい。

「うちは、パンは人里で買っているのよ。だから今度、咲夜に教えに来てくれないかしら? パン作り」
「そんなに気に入ってもらえたのなら、私も嬉しいわ。まぁ手間ではあるけれど、一人分も二人分も変わらないから、分けてあげましょうか?」
「助かるわ。レミィたちも喜びそう」

 どのみち、パチュリーは今回の件でレミリアに礼を言うつもりだった。
 そのお礼の形が本のおかげでできた交友関係による“おいしいパン”であるのなら、レミリアもさぞ満足することだろう。そう考えると自然とパチュリーの表情も綻ぶ。

「さて、食べ終わったら続きよ。ご教授いただけるかしら? “アリス先生”?」
「ふふ、生徒が優秀だと私もやりがいがあるわね。謹んで教鞭を執らせていただくわ」

 食器は、上海たちが片付けた。
 そして続きを行う準備をすると、アリスも熱を入れて指導していくのであった。





 結局、完成までに丸一晩使うことになる。だが、無事に完成したアリス人形を見るパチュリーの目には、疲労なんかではなく達成感にあふれていた。

「おめでとう、パチュリー」
「ありがとう、あなたのおかげよ、アリス」

 讃え合って、それから笑い合う。
 誰かと一緒に居て楽しい。誰かと一緒に居て落ち着くと思ったのは、これまでは紅魔館の面々とだけだった。だがどうだろう、こうして一晩熱心に指導を請い、終えて見ると、アリスとの距離が自然と短くなっていることにパチュリーは気がつく。

「あの、アリス……」
「改めてどうしたの?」
「また遊びに来ても、いいかしら?」

 パチュリーが控えめにそう言うと、アリスは一度目を瞠る。けれどすぐに柔らかい表情を浮かべてゆっくりと頷いた。

「ええ、もちろん。私も図書館へ遊びに行かせて」
「歓迎するわ。待ってるわよ」
「ふふ、ええ、私も楽しみにしているわ」

 人形で繋がった絆を胸に、パチュリーはふわりと浮かび上がる。
 そしてアリスに手を振りながら魔法の森を越え、ふと気がついた、今ならばこの本は自分にどんな選択肢を与えるのだろうか、と。

「あなたは私を導いてくれたから」

 だから。
 そうパチュリーは、これで最後というつもりで、紅い本に手を置いた。
 そこに浮かび上がる答えは――






物語を終える。

道は一つではない。一つ前に戻る。
















































































――†――



「羨ましい? ええっと、私が?」
「ええ、そう。アリスが羨ましい。ふふっ、おかしなはなしでしょう?」

 アリス人形を作ると決めたとき、パチュリーは無意識で封じた気持ちがあった。
 それが今、選択肢となって現れた“羨ましい”という感情だ。内向的で、異変の際も対して頼られることもなく、ただ本を読みながら過ごす毎日。そんな中、咲夜が持ってきた“幻想縁起”の中に書かれたアリス・マーガトロイドという魔女の交流にパチュリーは興味を持ったと、アリスに語る。

「私は引きこもってばかりで、誰かに笑いかけられることはほとんどないわ。でも貴女は違う。魔法使いとして成熟した腕と、特化型の人形操作術。未熟と嘯いてみたところで、より器用に物事をこなせる貴女には及ばない」

 だから、羨ましい。
 もしももっとパチュリーが社交的でアリスが人里で人形劇を行うように、人前に出て積極的に人と関わり自分の視野を広げていれば――こうして、レミリアにわざわざ能力を用いて本を作らせ、要らぬ心配をかけることもなかったことだろう。

「結局、私は独りよがりだった。だから、貴女が羨ましいのよ」

 アリスは事実、良く気が利く。
 パチュリーは決して人とふれあうことが得意ではないが、アリスは日が暮れるまで共にいるというのに、決してパチュリーに不快な思いをさせるような接し方はしなかった。
 煩わしいと、思わなかった。

「貴女の良さが、私も欲しい。そう思ったら自然と、貴女の人形を作りたいって思っていたのよ。滑稽でしょう?」

 そう、パチュリーは自嘲する。
 結局自分は、知識と日陰の魔女などと嘯きながらも、日向を求めていたのだ、と。

「私はね、パチュリー」

 しかし、そんな重くなった空気を、アリスはゆっくりとした口調で打ち破る。

「貴女が羨ましいわ」
「え?」

 アリスは人形に新しい紅茶を持ってこさせると、温まったカップを両手で握りしめて苦笑した。

「私では足下にも及ばない知識量。それを裏付けるような高い技量。そして息を吸うように扱う七つもの属性魔法と、魔法使いの悲願とも言える賢者の石をスペルカード戦の使い捨てで呼び出せる腕。なにもかも私にはないもので、何度貴女のようになれたらと考えていたかわからないわ」

 だからね、と、アリスは紅茶を一口飲んでからパチュリーの目を見て、微笑む。

「パチュリー。私も貴女が羨ましい」

 まっすぐと言われて、パチュリーは己の呼吸が止まってしまったかのような錯覚を覚える。羨ましい、という言葉を口に出すということは、非常に勇気の要ることだ。自信があり、腕があり、自負できるプライドがあるものほどその言葉を口にするのは難しい。
 だというのに、アリスは言ってくれた。その事実がパチュリーの心を優しく満たす。

「私たちは、似たもの同士なのかも知れないわ、アリス」
「ふふ、そうね。案外気が合うみたい」
「……言ってくれて、ありがとう」
「……いいえ。私も、パチュリーが打ち明けてくれたこと、すごく嬉しかったわ」

 そういって、手を取り合って笑い合う。もうわだかまりはない。何故なら二人とも、言葉に出さずとも理解することができたからだ。
 羨ましいと思い合う二人がいる。ならば補い合えば良い。そうすると自然と足りないモノが足りるようになってきて、より大きく強く成長することができるだろう。言葉にせずとも二人は、そのことを誰よりも考えていた。

「貴女の人形を最後まで作らせて。そうしたら……」
「そうね。ええ、そうしたら、その後のことを話しましょう。ゆっくりと、紅茶でも飲みながら、“次”を考えましょう、パチュリー」
「ええ、ありがとう、アリス」

 ――その後の人形作りは、これまでにないほど静かな空気の中で行われた。
 けれどその空気は重いモノではなく、むしろ静謐に満ちている。パチュリーは、アリスは、もう互いに誤解の含んだ視線は見せない。
 ただ長年連れ添った親友同士のような空気が、穏やかな時間の中で過ぎていった。





 そうして、夜が明け、翌日の昼前。

「できた……」

 パチュリーの手の中には、アリスをかたどった人形が置かれていた。

「できたわ、アリス!」
「ええ、おめでとう! パチュリー!」

 思わず抱き合って喜び、慌てて顔を紅くして離れる。

「こ、紅茶を入れるわ」
「あ、ありがとう、アリス」

 そうしてパチュリーは、腕の中の人形を見た。
 決して出来が良いとは思えない。けれどそれ以上の感慨と喜びが、ゆっくりとパチュリーの心を暖かくしていく。

「アリス、本当にありがとう。貴女と人形が作れて楽しかったわ」
「どういたしまして。ええ、私もよ、パチュリー」

 認めあうと、それだけで心の距離が近くなる。
 パチュリーはそのことを自覚して少しだけ頬を赤らめると、アリスが入れてくれた紅茶に口を付けた。

「また、いつでも遊びに来て。そうね……人形の材料を用意して待ってるわ」

 言われて、パチュリーは微笑む。だが、何か答えようと口を開きかけて、ふと手元の紅い本に目をやると、そこに文字が現れていることに気がついた。
 選択肢がこんなときにもあるのなら、それに乗るのも面白い。そうパチュリーが目にして選んだ選択肢は――



ありがとう。でも次は人形以外のことがしたいわ。

ありがとう。今度は貴女の人形に隣に、私の人形も並べたいわ。























































































――ED12/関係の名前は? 先生と生徒――



 そう、最初に言ったとおり、アリスという見本がすぐ側にあるから、だ。
 だがそれはなにも、見たままの意味だけではない。

「アリス。貴女という“先生”がそうやって教えてくれる。だから一番“先生”の期待に応えられる題材を選んだ……っていうのが、本音かしらね」

 事実、パチュリーはアリスの腕を認めていた。
 人形操作や人形制作の腕はもちろんだが、なにより、パチュリーがこれまで見る機会のなかった一つの技能。
 それが、ずぶの素人相手でも理解しやすく、また躓くことのない教育を行うことのできるその“教鞭を執るモノ”としての手腕を、パチュリーはなによりも評価する。

「誇りなさい、アリス。貴女はこの七曜の魔女を認めさせたのよ」

 あえて、少しだけふざけるように胸を張ると、アリスは淑やかに微笑んだ。

「貴女にそういってもらえるのなら、光栄だわ。ありがとう、それなら私もいっそう力を入れて、教えさせていただくわ」
「ええ、期待しているわよ、アリス」
「ふふっ、もう、そんな言い方じゃ立場が逆だわ、パチュリー」

 パチュリーはそう口に出すことで、すんなりとアリスを“先生”として認めることができた自分に気がついた。
 プライドを捨てるわけでもなく、誰かを心の底から認める。その関係が“先生”と“生徒”という珍しさに、パチュリーはどこか楽しげだ。

「さて、続きを始めましょうか」
「ええ、どんっと来なさい!」

 そうして、続きが始まる。
 二人のモチベーションはどこまでも高く、アリスの耳心地の良い講釈とともに夜は更けていった。





 そうして、人形が完成したのは翌日の早朝だった。
 まだ日が昇った直後の空は薄暗く、外の空気はそれなりに冷たい。

「今日はありがとう、アリス」
「いいえ。なんだか楽しかったわ」
「ふふ、私もよ、“先生”?」
「なんだか気恥ずかしいわ、パチュリー」

 照れるアリスに、パチュリーも微笑みながら照れを見せる。そしてその空気を払拭するようにアリスは慌てて口を開いた。

「次は、どうする?」
「また来るわ。今度はレミィの人形の作り方を教えてちょうだい」
「ええ、ぜひ来てちょうだい、私も楽しみにしているわ」

 そう言うアリスにパチュリーは挑戦的な笑みを浮かべると、楽しそうに頷く。
 そして、アリスに背を向けて飛び立った。

 完成したアリス人形を手に、魔法の森の上空で朝日にかざす。アリスのみっちりとした指導のおかげか、初心者にしてはうまくできているようにパチュリーの瞳に映る。
 だがパチュリーは、勿論、これで終わらせる気はない。弟子は師を越えるモノだ。いずれアリスをぎゃふんと言わせるモノを作ってみせると、パチュリーは拳を突くって意気込んだ。

「と、そういえば」

 とはいえ、今はできることはない。
 帰って反省点を見直しながら、身体を休めるくらいなモノだ。
 だからパチュリーは紅い本を手に取ると、暇つぶしでもするかのように手を置く。せっかくだ、最後までこの選択肢に甘えさせて貰おう。
 そう願ったパチュリーが手に取った選択肢は――






その関係でいいの? 一つ前の選択肢に戻る。

帰って人形作りの日々が始まる。もう物語を終える。

















































































――ED13/新たな友と幸福な日常――



 ――それから。

 本を読んで魔法の実験をして、それだけで過ぎていったパチュリーの日常に、この頃から新しい日課が増えることになった。
 アリスに「色々なことがしたい」と告げてから、パチュリーは文字通り色々なことに挑戦していくようになったのだ。

 料理。
 掃除。
 運動。
 化粧。

 残念ながら錬金術にも通ずるモノがある料理以外は肌に合わなかったモノの、これまでとは考えられないほど色々な場所に出向いて、そして学んでいる。
 この日も例に漏れず、パチュリーはアリスの家まで出向いてお菓子作りに挑戦中であった。

「やっぱり、錬金術よね」
「パチュリーから見ればそうでしょうね。どっちが難しい?」
「魔力を使った方が楽。よって、ケーキの方が難しいわ」
「ふふ、パチュリーらしいわ」

 パチュリーはそう、生クリームを泡立てながら答える。ほんの数日前までは信じられなかった状況。パチュリーが自分自身の足で動き回り、新しくできた友人と語り合い、楽しみの共有までしている。その状況にパチュリーは我がことながら首をひねる場面もあったが、今はこうして楽しめているのだからさほど問題はないのだろう。
 パチュリーは自分自身をそう納得させると、スポンジが焼き上がるまでの時間、アリスと紅茶を飲みながら笑みを交わす。

「どう? 動き回る生活は」
「毎日毎日忙しいわ。でも、そうね……悪くないとは、思うわよ」
「ふふ、素直じゃないわね」
「ふんっ、言ってなさい」

 最初はそれでも、アリスとの間に奇妙なギクシャクとした空気が残っていた。それがどうだ。今では笑顔で軽口を言い合えるようになっている。
 そのことがパチュリーは嬉しくて、にやける顔を隠すように紅茶を口に含む。

「さて、続きを作りましょうか」
「ええ、そうね……ん?」

 そうして再開しようと立ち上がったパチュリーは、ふと、鍋敷きになっている本に目をやった。紅い表紙の本――レミリアから貰った本だと気がついて、慌てて本を回収する。破れていないか丹念に確認して、それからパチュリーは流し見るようにページが抜け落ちていないか確認した。

「あら? これって……」

 だが、そこにはただ二つの選択肢が記されているだけ。
 どのページをめくっても、変わらず選択肢が表示されている。

「選ばないとだめ、ということかしらね」
「……パチュリー?」
「なんでもないわ。すぐ行く」

 あまりアリスを待たせるのも悪い。
 そう考えたパチュリーは、さっさと答えを選んでしまうことに決めると、改めて選択肢に向き直る。

 そうして、パチュリーが選ぶ答えは――






物語を終えて、アリスとお菓子作りに戻る。

本当にこれが望んだもの? 一つ前に戻る。

































































































――BestED2/隣に並ぶ、最愛のひと――



 そう選んで、パチュリーは自分の気持ちに気がついた。
 アリス・マーガトロイドという存在は、かつてのパチュリーにとって未熟な魔法使いという印象でしかなかった。そう、思い込んでいた。
 だが運命の書をとおして、本来のアリスへの感情を思い知らされていく。するとどうだろう、パチュリーはアリスという存在を羨み、そして求めていた。

「うん、そう、だからね、アリス」

 この綺麗で優しい、お人好しの魔女の友達になりたい。そうパチュリーは己の心からの叫びを首肯するように柔らかく微笑む。

「私は貴女の“特別”になりたいと思っているの」

 特別に仲のいい人。
 特別に隣に並べる人。
 特別に、笑いあえる人。

「貴女に出会えて良かった。貴女に出逢えて嬉しい……心からそう思うわ。アリス」

 だから、パチュリーはアリスの目を見てそう言った。
 どんな本を読もうとも、どんな選択肢を選ぼうとも、結局は自分の言葉でなければ相手に本当の意味で何かを伝えることはできない。それを学んだからこそ、パチュリーはアリスを正面から見つめて自分の思いを伝えた。
 ――帰ったらレミリアにも伝えよう。そう、心に決めて。

「ぱ、ぱちゅりー?」

 対して、アリスは思い切り動揺していた。
 頬を赤らめ、唇はなんといって良いのかわからずただぱくぱくと動き、手を上げたり下げたりして、身体は左右に揺れている。珍しいほど動揺したアリスだった。

「あ、ええっと、その、どういう……」
「動揺する貴女もかわいいわね」
「……っ」

 そうしてアリスは、パチュリーにとっては不思議なことに顔を赤らめて俯いてしまう。

「あんまりからかわないで、パチュリー」
「あら、本心のつもりよ?」
「っ……そう、何を言っての無駄なのはわかったわ」

 アリスはまだ顔が紅いまま、顔を上げて苦笑する。その笑顔がどこか自分を受け入れてくれたような気がして、パチュリーは顔をほころばせる。

「ふぅ……ええ、私も、貴女の特別なひとになりたいと思ってる」
「あら、両思いじゃない」
「ふふ、両思いね」

 笑い会うと、それだけで空気が落ち着いた。
 結局のところ、この短い時間の中でパチュリーは己の心をさらけ出してアリスと向き合った。アリスはそのむき出しの心と真摯に対話し、やがてその心に惹かれていった。であるならば、この状況になるのは必然であったのかも知れない。パチュリーは感謝の気持ちを伝えるような気分で、紅い本の背表紙を撫でる。
 レミリア以外に心を許せる関係が生まれる。その事実はパチュリーの心内を暖かいものにした。

「……また、私のところにも遊びに来てちょうだい。アリス」
「ええ、勿論。私も貴女のところへ遊びに行きたいもの。パチュリー」

 最後にそう言葉を交わすと、パチュリーはアリスに背を向けてアリスの家を立つ。





 思えば、こうした出逢いを得られるとは、パチュリーは夢にも思っていなかった。けれどこの紅い本のおかげで思いもよらぬ関係を得ることができた。

「ふふ、ありがとう」

 本に礼を言いながら、パチュリーは霧の湖の側に降りる。
 せっかくだ。もしもまだ選べるものがあるとするのなら、図書館に帰る前に自分の可能性を見てみたい。アリスとレミリア以外にはまだまだ心を開く気になれないからこその願いであった。

「さて、もうちょっとだけ働いてくれるかしら?」

 パチュリーがおどけたような口調で紅い本に願うと、本はこれまでもそうしてきたようにパチュリーの意思を反映させ、運命から導いた選択肢を記す。
 そうして現れた選択肢は――






今日も帰って、紅い本は本棚にしまってしまおう。

次は魔理沙の家に行ってみよう。

















































































――BestED2/EP・人形と共に在る日常――



 それから、パチュリーの日常は以前とは違うものになった。
 以前は一人きりで過ごしていたり、たまにレミリアや仕事を言いつけられていない時の小悪魔と過ごしていた時間に、アリスと過ごすようになった。
 パチュリーが出向くこともあったが、アリスの手料理に興味を持った咲夜が空間を弄って大図書館にキッチンを設置してからは、主にアリスが遊びに来るようになる。これは、どうしても運動だけは肌に合わないパチュリーとしては大変助かるものだった。出歩くのにも一苦労なのだ。

「パチェ、こんにちは」

 そうして今日も、アリスが柔らかい笑顔でパチュリーの元へやってくる。

「こんにちは。今日は何を持ってきたの?」
「材料も調理器具も用意してくれるけど、こちらでしか手に入らないものもあるの」

 そう言って、アリスはバスケットを揺らす。

「今日は一緒に作る?」
「手料理が食べたい気分って言ったら、怒られちゃうかしら?」
「もう、怒ったりしないわよ、パチェ」

 アリスはそう苦笑すると、パチュリーの額とこつんと柔らかく叩く。
 それから嬉しそうにキッチンに向かうアリスの背を、パチュリーはゆっくりと追いかけ始めた。

 日常で変わったことは幾つかある。それはアリスが出向くようになったことだけではない。
 ひとつは呼び方。いつの間にか、パチュリーは愛称で呼ばれて返事をしていた。
 ひとつは距離。気がつけば思いの外近くに居て、柔らかな匂いにくらりとくることがある。
 これがなんとも思っていない人ならば違ったのだろうが、アリスはもうそうではない。側にいて欲しいと願ったひと。だからこそ、パチュリーはアリスとの距離が縮まったことに望外の喜びを得ていた。



 日常は変化した。
 その在り方は想像したものとは違ったが、決して悪いものではない。パチュリーは紅い本を手にすると、感謝の意を示すように背表紙に唇を落とす。
 すると紅い本は何かに答えるように、一度だけ瞬いた。そして――






紅い本を本棚にしまう。

一つ前の選択肢に戻る。






























































































――アリスルート――



 ――アリスの家に行こう。
 より難易度の高いと思われた魔理沙と仲良くなれたのだ。更にこの本の性能を試すのにアリスの存在は都合が良いと、研究者の視点でパチュリーは考える。多少問題があっても受け入れてくれるであろう相手、まだまだ未熟とはいえ一つの分野においては負けを認めざるを得ない、パチュリーが認める魔法使いである人形遣い。
 アリス・マーガトロイド。彼女ならば、パチュリーの求める実験成果を得られることだろう。

 紅魔館から霧の湖を抜けた向こう側。
 魔理沙同様、魔法の森にアリスの家はある。喘息持ちのパチュリーにとってこの魔法の森の空気は害でしか無い。だが、その程度の瘴気ならば無意識下においても魔法障壁で弾くことが出きるパチュリーは、悠々と空を飛びアリスの家を目指した。
 同じ領域の中にあって蔦だらけの魔理沙の家と違い、アリスの家は清楚であり、小綺麗に整えられている。青い屋根と清潔な白い壁。病弱を自称するパチュリーにとって、その佇まいは及第点と言えた。

「アリス。居るかしら?」

 コンコンコンとノックを三回。
 ……したあとで、さて、訪問の目的をなんと言えば良いかと首をひねる。

「空いてるわよ……って、あら?」

 考えている内に、アリスは扉を開けてしまった。
 光を跳ね返す金の髪。澄んだ空色の瞳。清潔感のある服装。アリス・マーガトロイドは、パチュリーを見て首を傾げる。

「貴女がここまで来るなんて珍しいわね。どうしたの?」
「ええっと」

 パチュリーは言われて、考える。だがすぐにここに来た目的を思い出すと、アリスに不自然に思われないように、ゆっくりとした動作で本を開く。
 さて、この本の性能を見てみようか――






遊びに来たわ。

貴女が犯人ね!

































































































――†――



 パチュリーの言葉に、アリスはただ「そう」と頷いた。
 直感的に、パチュリーは理解する。あ、これ、信用していない顔だ、と。

「まぁ、こんなところで立ち話をしても仕方が無いわ。入って」
「ありがとう、お邪魔するわ」

 それでもアリスは追い返す気は無いようで、パチュリーを案内してくれる。綺麗に掃除された廊下。廊下から覗く部屋部屋も、きちんと整頓されている。パチュリーはそのままリビングに案内されると、人形に椅子を引かれて腰を下ろした。

「器用ね」

 思わず、そんな言葉が零れる。それほどにアリスの人形操作の技術はすばらしいと、パチュリーは感心してしまう。

「紅茶とコーヒー、緑茶もあるけれどどれがいい?」
「紅茶でお願い。飲み慣れているのよ」
「わかったわ。まぁ適当にくつろいでいてちょうだい」

 そうアリスは言うが、アリス自身が紅茶を煎れることは無い。
 煎れるのは、アリスの操る人形だ。アリスの人形は全てアリスによって支配され、思うままに動いている。さながら人形劇を見ているような有様に、パチュリーは興味を隠そうともせずに見ていた。

「気になるの?」
「ええ、興味深い技術だわ」
「そう」

 冷たい返答だが、あまり突き放されたような気持ちは無い。
 アリスの優しさはわかりやすい物からわかりづらい物まで色々あるが、概ね拒絶をすることはほとんどない。それを知っているから、パチュリーは気負いすることも無く悠々と入室することができた、というのもあるのだ。

「それで?」

 問われて、パチュリーは首を傾げる。

「本当は何をしにきたの?」

 言われて、パチュリーは納得したように頷いた。どうやら「遊びに来た」は、まったく信用してもらえていなかったようだ。当たり前だが。今更遊びに来たと繰り返したところで無駄かも知れない。
 さてどうしようかと考えたあげく、パチュリーはそっと本に手を伸ばした――






知りたいことがあるの。人形について、ね。

知りたいことがあるの。人体の神秘について、ね。







































































――ED7/段ボールぱっちぇさん――



 長い沈黙が、アリスとパチュリーの間に流れる。
 パチュリーはちらちらと本に刻まれた一文が宙に溶けていく様を見ながら、だらだらと冷や汗を掻いていた。本当にこの選択肢で良かったのだろうか、と。
 一方の、アリスからは今一感情が読み取れない。無表情で固まったまま、じっとパチュリーを見ていた。

「……正気?」
「当たり前じゃない」
「瘴気にやられたのかしら?」

 アリスはそうパチュリーにとって非常に失礼なことを呟くモノの、自分の言動を顧みるとそのまま口に出すのも憚れる。知識人を自称するパチュリーとしても、こんなネジが抜けたような返事をする気は無かったのだが、最早後の祭りだ。

「パチュリー」
「なに?」

 アリスはため息を一つ落とすと、そっと、人形に煎れさせたのだろう、湯気の立ち上る紅茶を差し出した。

「飲みなさい。きっと混乱しているのよ、貴女」
「助かるわ」

 確かに、熱い紅茶でも飲み干せばこの妙な空気も戻るかも知れない。パチュリーは一縷の希望に縋るように、香りの良い紅茶を一息に飲み干した。熱いことは熱いが、そこは魔女の特技。舌を熱から防御することも忘れない。
 パチュリーがカップに入った紅茶を飲み干してみせると、今度はふと、落ち着くということをとおり超して足下がふらつくような感覚を覚える。そしてなにがどうなったのかもよくわからないまま、足に力が入らなくなり、パチュリーはアリスの腕の中に収まるように倒れ込んだ。

「きっと疲れているのよ。家には送り届けてあげるから、少し休みなさい」
「ぁ……」

 眠り薬。
 そんな単語が脳裏を過ぎるも、最早どうすることもできない。
 パチュリーは襲いかかる眠気に抵抗することもできずに、あっさりと意識を手放した。















 パチュリーが気がつくと、薄暗い何かの中で眠っていた。
 思わず起き上がると、どうやら紙の箱に入れられていたようで、あっさりと抜け出すことができてパチュリーはそっと息を吐く。

「なにがどうなって……」
「あ、おはようございます」
「ん、おはよう、こ……あ?」

 聞こえてきた使い魔の声に、パチュリーは顔を上げる。すると、何故か笑いを堪えたような小悪魔の姿が目に入り、パチュリーは思わず首を傾げることになる。表情を隠すのが得意な『悪魔』である彼女が、何故このように堪えるような表情をしているのか、と。
 ひとまずは状況の確認だ。思い出してみるのは、あの紅い本のこと。それから何を選んでどうなったのかと記憶をたどり、やがて、思い出した。

「眠り薬……まったく、アリスは、もう……」

 時折想像できないことをするところは、どこぞの白黒によく似ている。パチュリーはそうため息をつくと、現状を確認するために小悪魔に向き直った。
 彼女は何故か、肩をふるわせてパチュリーの方を見ようともしないのだが。

「こあ? どうなったのか説明してくれる?」
「ど、どうなったもなにも……ぷふぅっ、え、ええっとですね……」
「日符【ロイヤルフレ――」
「わぁーっ! わぁっー! 言います! すぐ言いますから!」

 パチュリーがスペルカードを掲げる様子を見て、小悪魔は慌てて制止に入った。ロイヤルフレアで焼かれるような趣味は無いらしい、と、パチュリーは青筋を立てながら手を下ろす。

「発送されてきたんですよ、パチュリー様。そのダンボール……外の世界の箱に入って」

 最初は何かと思って口を閉じてしまいました、と悪びれも無く言う小悪魔に、パチュリーは思わずため息をつく。主人が箱詰めで送られてきたのだから、笑いたくもなるだろう。
 パチュリーはどっと疲れたような感覚を胸に、その場で膝を突く。

「こあ、あとは片付けておきなさい……」
「はーい――ぷっ」
「日&月符【ロイヤルダイ――」
「わぁーっ! ごごごごめんなさいっ、すぐやりますっ!」

 慌てて箱を持って去って行く小悪魔を尻目に、パチュリーは疲れたように椅子に座る。そして、紅い本を強く睨み付けた。今回の騒動の原因は、間違いなくこの本だったのだから。
 パチュリーは再び大きな息をつくと、紅い本にもう一度手を置く。そして強く言い放った。

「どうしてくれるの、この状況!」

 珍しく叫ぶような声を上げる。
 するとそれを哀れんだのか、本はまた強く輝いた。そして……。







本を地面にたたきつけて今日はもう寝よう。

一つ前の選択肢を選ぶ。

























































































――†――



 人形について知りたい。
 そう告げたパチュリーに、アリスはきょとんと首を傾げる。

「人形について? あら、人形遣いへ転向?」
「そうじゃないわ。ただ、ちょっと興味を引かれたの。だって……」

 言いながら、パチュリーはアリスの部屋をぐるりと見回す。
 覚り妖怪の力を借りて作られたというこの紅い本に記される選択肢は、おそらくパチュリーの潜在意識を掠め取っているのだろう。その仮説が正しいのであれば、アリスの部屋を見れば何故そんな選択肢が出現したのか、理解できるはずだ。
 ……という、“後付けの理由”を探すための行動だった。

「精巧な人形を作るということは、精密な設計図を描き出すということ、でしょう?」
「ええ。空間も素材もなにも、把握すればするほど出来が良くなるわね」
「で、あるのなら。人形作りからその感覚を把握すれば、それは万物に通ずる。違うかしら?」

 言って、パチュリーは自分の言葉に納得する。
 人形を作り、操るという技術は、即ち空間把握の局地とも言えるだろう。どのようにしてどのような形で人形を作り、その人形をどこに配置してどのように動かす。これを淀みなくできるアリスだからこそ、彼女の弾幕は繊細で優美なのだ。
 アリスの人形とスペルカード。二つを思い浮かべて、自然、パチュリーの顔に笑みが浮かぶ。

「それで、代償は?」
「あら、知識の魔女たる私に、それを問う?」
「確認よ」
「……好きな本を閲覧して良いし、借りて帰って構わないわ」
「奥義は伝授できないわよ?」
「当たり前じゃない」

 言い切ると、アリスはパチュリーに苦笑する。
 そして、ゆっくりと頷いて見せた。

「わかったわ。人形作りを教えてあげる。それでどう?」
「操作は?」
「それは色々“触れる”からダメよ」
「なら、こちらは図書館での閲覧のみよ。何時間居てもいいけれど」
「それなら、交渉成立ね、パチュリー」

 打てば響くやりとりに、気がつけばパチュリーも満足げに頷いていた。これが某白黒であったのなら、もっと胡乱なやりとりになっていたことだろう。
 魔法使いの高みにいる同士足る魔女。やはりこうでなくてはと、パチュリーは久しく覚えていなかった感覚に、知らず笑みをこぼす。

「さて、それなら何から始めたい?」
「何から、とは?」

 パチュリーが質問で返すと、アリスは嫌な顔一つせずに人形を浮かせて連れてきた。彼女が良く連れている人形、上海、蓬莱、和蘭、露西亜に大江戸。それから、どこかで見たことがあるようなモノたちを模した人形、天狗、河童、厄神、巫女、隙間妖怪など。
 その人形たちが、パチュリーの前で楽しげにくるくると踊る。いずれも、可愛らしいぬいぐるみだ。

「いきなりビスクドールなんかは難易度が高いから、最初はぬいぐるみ」

 そして、ぬいぐるみたちはパチュリーの前で行儀良く整列する。

「で、題材は何にする? 上海たちを真似ても良いし、貴女の知り合いを選んでも良いわ。どうする?」

 言われて、パチュリーは悩む。
 ぬいぐるみ作りから始めるのは良い。アリスはまっとうな魔女だ。代償を示した以上、真摯に取り組んでくれることだろう。だが題材を選ぶとなると、少し困ったことになる。
 目の前に並ぶ巫女たちの人形をかたどってもいい。だがどうせ作るのなら、意味のあるモノにしたい。パチュリーはじっくり考えてから、やがて、机の下に忍ばせた本をそっと開いた。
 せっかくだ。どうせなら親友の作った本で自分がこれから作るモノを決めよう。パチュリーはそう願いながら、紅い本に手を当てる。
 そうして、本に浮かび上がった答えは――






そうね。レミィの人形にしてみるわ。

なら……貴女の人形でも構わないかしら? アリス。





























































































――ED8/動きまわる大変態・日陰に墜つ――



 言って、空気が固まる。
 パチュリーとて何故とっさにその選択肢を選んでしまったのかわからない。だがわからないなりに理解しようとざっと周囲に目を走らせた。
 自身がこの選択肢を選んだことには何か意味があるはずだ、と。

 周囲の人形を見る。
 ――精巧で繊細な造形だ。アリスの几帳面さがよくわかる。
 調度品を見回す。
 ――整理整頓されている。掃除も行き届いた。
 アリスを見る。
 ――パチュリーがどういう意図で言ったのか理解しようとしているのだろう。首をひねっている。

 覚り妖怪と協力して作ったというこの紅い本は、持ち主の深層意識から“望み得ること”を選択肢として表示している、というのがパチュリーの仮説だ。であるのならば、この答えはパチュリーが心のどこかで考えていたことというのは間違いない。
 パチュリーは混乱する頭を無理矢理回転させて、今度はアリス自身を盗み見た。

 さらさらと流れる金の髪は、窓辺から差し込む陽光を美しく反射している。
 細められた瞳は、快晴の日の空の色だ。感情が乗るたびに見方を変える空の色。
 白くきめ細やかな肌は、あまり露出の無い服の隙間から艶気を纏って伸びている。
 華奢な身体。細い腰。折れてしまいそうな首。美しい顔立ち。柔らかそうな唇。

 このときのパチュリーの精神状態を一言で表すのなら、“テンパっていた”ということなのだろう。けれどコミュニケーション能力がパチュリー本人が思っているよりも低い彼女は、最早、混乱に満ちた相互の空気と自身の感情をセーブすることはできなかった。
 混乱の局地に立つと、人間でも妖怪でも、予想だにしない行動に出ることがある。パチュリーはその例に漏れず、なめらかな動作で立ち上がると、アリスが知覚するよりも早く魔法の鎖で彼女の両手を拘束し、押し倒した。

「きゃっ! ちょ、ちょっと、パチュリー……?」
「ふ、ふふ、前々から気になってはいたのよ。その服の下は何が隠れているのか、ね」
「ちょっ、ちょっと! しょ、正気?!」

 こんなにも完成された、人形のような美貌。月の姫は規格外の美人だがどこか人間味がある。比べて、アリスの美しさはどこか作り物じみていた。
 だからパチュリーはずっと気になっていたのだ。ひょっとして、アリスは人形なんじゃないのか。球体関節でも隠れてはいないか、と。

「大丈夫、怖いことはしないわ」
「十分怖いわ、パチュリー。……って、そうじゃなくて、離しなさい!」

 人形じゃ無かったらなんの説明も付かない変態行為なんじゃないのか。
 混乱の局地に立たされたパチュリーに、そんな“後のこと”なんか想像できるはずも無く、アリスの白いケープを外し、ワンピースを肩から引き抜くようにずらし、白いシャツのボタンを一つ一つ丁寧に――

「アリスさん、文々。新聞、今日の発行で…………」
「え?」
「…………す?」

 ――外している最中。
 窓から新聞片手に飛び込んできた鴉天狗。

「いやぁ、結構な物音がしたので、ポストには入れずに直接お渡ししにきたわけですが……」
「そう。帰って良いわよ」
「ダメよ! 文、ちょうど良いわ! この色ぼけ魔女を止めてちょうだい!」

 文はアリスの懇願に、満面の笑みで親指を立てる。

「大丈夫です、目線は入れます」

 といって、写真を一枚。

「スクープ! 紅魔館の動かない大図書館は、動き回る大変態?! 知識と日陰者の魔女の痴態に迫る! ……これで行きましょう」

 ここまで来て、パチュリーは事態に気がついた。
 このまますっぱ抜かれたら、自分の権威は消滅する。仲良くなった白黒に哀れまれ、巫女から石を投げられ、メイド長から怒られ、妹様から笑われ、親友はたぶん泣くだろう。情けなさに。
 想像できる未来に、パチュリーは顔を青ざめる。

「ではアリスさん! 新聞を発行したら助けに参ります!」
「むきゅっ……ち、違うの! ちょっと待って、待ちなさい!」

 パチュリーは慌てて文を追いかけるが、そこは伊達に幻想郷最速を名乗っているわけでは無い。パチュリーの魔力を乗せた加速でも追いつけるはずは無く、結局、妖怪の山周辺で見失ってしまう。
 それでも諦められず、パチュリーは幻想郷をかけずり回ったが、結局、日が落ちても文を見つけることはできずに、諦めて帰ることになってしまう。

「うぅ、こうなったら紅魔館に入ってくる新聞だけでも焼いて、引きこもるしか無いわね」

 ふらふらと紅魔館に帰るパチュリー。
 そんなパチュリーを出迎えたのは、妙に良い笑顔の美鈴だった。

「あ、お帰りなさい、パチュリー様! ――」
「美鈴……今日はもう私、休みたい」
「――今日は、おたのしみでしたね」
「えっ」

 美鈴の言葉に硬直するパチュリー。
 そして、美鈴の手に持たれた“新聞”の姿に、パチュリーは石のように固まった。

「いやぁお嬢様や咲夜さんはああおっしゃいますが、妖怪なんですし多少遊んでも良いと思うんですがね。まぁ、ちょっと皆さん潔癖ですから、“少し”は覚悟された方が良いかもしれませんね」

 ばれないようにやらないとだめですよー、などと言って笑う美鈴の言葉など、もう耳に入ってこない。
 もしこのまま館に入れば、想定し尽くした未来が、想像以上に牙をむくことだろう。

「もう、これしかない」

 パチュリーは最後の望みを元凶に託す。
 本を片手に、恨みと願いを込めて――。






諦めて説教されよう。物語を終える。

なかったことにしたい。選択肢に戻る。













































































――†――



「えっと? 私……で、良いの?」

 アリスの言葉に、パチュリーはこくりと頷く。
 教えて貰いながら作るのであれば、見本が手元にあった方が良い。他にも理由はあるが、パチュリーがまず考えたことは“それ”である。

「ええ。いきなり手本もなしに人形なんて作れないわ」
「なるほど……言われてみればそのとおりね。わかったわ」
「ありがとう」

 パチュリーはアリスが納得してくれたことに胸をなで下ろす。とにかくこれで、アリスの家に滞在することが許された。おまけに自分が心の底で望んでいたことまで両立できるのだ。
 経過としては上々。この調子でいけば自分自身の願望を叶えながら、本の性能まで確かめられる、とパチュリーは内心でほくそ笑む。

「で、針は持ったこと……ある?」
「ん?」
「その様子じゃ、なさそうね。良いわ、なら、針に糸を通すところから始めましょう」

 だが、なにしろ初めてやることだ。早々テンポ良くこなせるはずが無かった。
 パチュリーはアリスに言われるまま針と糸を持ち、最初の一歩で躓くことになる。まず、針に糸が通るまで数分。実際に布を縫っているときに、指を突いて痛めること数十回。

「アリス、大変よ。布が紅いわ」
「練習用だから気にしないで。それよりも大丈夫? 痛いでしょうに」
「ふんっ。七曜の魔女を甘く見ない……っつぅ」
「はいはい、甘く見ないから。貸してみなさい」

 パチュリーが指を差し出すと、アリスがその手を取って簡単な治癒の魔法をかける。すると、暖かい光が広がりパチュリーの指を癒やす。けれどじんじんとした痛みだけが僅かに残ってしまう。
 試しに咥えてみると、指の表面に僅かに残った鉄の味がため息を誘った。

「難しいわね」
「簡単じゃないわ。諦める?」
「まだコンティニューには早いわ」
「ふふ、そう。なら頑張りましょう」

 それでも、数時間もすればだんだんと行程も進んでいく。
 練習用の布を終え、型紙の作り方を並び、パーツを縫い合わせる。失敗や怪我を何度も乗り越えながら、優秀な先生に指導されているせいか、初心者にしてはかなりの速度で習得していく。
 だが、さすがにあかね色の夕日が窓辺から差し込むようになると、時間の経過が心配にもなってきた。

「どうする? 泊まっていく?」

 そう気を利かせてアリスが問うと、パチュリーは眉を寄せて逡巡する表情を見せる。
 このまま帰っても、人形作りは終わらないような気がする。だからといって帰らなければ、レミリアも心配するかもしれない。
 そうしてパチュリーは、考えることをさっさと放棄する。そして考える時間も惜しいと、そっと紅い本に手を置いた。

 パチュリーの選ぶ答えは――






そうね。迷惑じゃ無ければ泊まらせてちょうだい。

ごめんなさい、今日のところは一度帰るわ。















































































――ED9/ああ、我が永遠の親友よ――



 思えば、パチュリーはずいぶんとレミリアに助けられてきた。
 レミリアは確かに我が儘で自分勝手だが、自分の内側と決めた相手には思慮深く優しい一面を見せることも多い。今回の一件もそうだ。幻想郷に越してきてそれなりの時間がたつというのに、パチュリーは他者との交流を深めはしなかった。だから、こうして一計を案じたのだろう。
 お節介、とパチュリーは思わないでもない。けれどそれ以上に、レミリアが自分のことを考えてくれているということがパチュリーには嬉しかった。

「そう……なら、私も張り切って教えないとね」
「ええ、レミィを泣かせるくらいの人形を期待しているわよ、アリス」
「ふふ。それは、気を抜けないわね」

 アリスは、そんなレミリアのことを思うパチュリーに優しげな笑みを浮かべると、早速人形作りの用意をする。
 針と糸、練習用の布も長さを決めて、その範囲で習得できるように。どうやらパチュリーの要望に従ってかなりのスパルタでいくようであった。

「……ちょっとだけ、お手柔らかにお願い」
「いいの?」
「……………………いいえ、ごめんなさい。手を抜かないで良いわ」
「ええ、任せてちょうだい」

 その鬼気迫る様子に、パチュリーは少しだけ躊躇った様子を見せる。だがやがて静かに覚悟を決めると、アリスに改めて頼み込んだ。
 最早ここまで来て逃げるなど、パチュリーのプライドが許さない。パチュリーは熱血に傾いた空気に負けないように気炎をあげると、アリスの指導にのめり込んでいくのであった。



















 ――結局、その日の深夜に人形が完成することになる。
 初心者であるということも含めて、驚異的な作業速度だ。パチュリーは疲労でふらふらする身体を心配されながらも、人形を抱いて紅魔館に帰った。

「おや、遅いお帰りですね。……大丈夫ですか?」
「ええ。美鈴、レミィは?」
「テラスでワインを傾けておられますよー」
「そう、ありがとう」

 美鈴に礼を言うと、パチュリーは人形を後ろ手に隠して、館に入らず直接テラスに飛んでいく。
 すると、テラスには美鈴の言葉どおり、レミリアが赤ワインを傾けていた。

「ん? あ、お帰りパチェ。どうだった? 私の最高傑作は」
「ただいま、レミィ。悪くなかったわ。新しい知識の補填になったわ」
「くくっ、そうかそうか!」

 パチュリーが満足する姿を見て、レミリアも喜びの声を上げる。その姿にパチュリーは優しげに目を細めると、自然な仕草で彼女に人形を差し出した。

「え……ん?」
「お礼」
「えっ、パチェ、これはパチェが?」
「そう、お礼よ」

 多くは語らない。
 頬が熱を持って、語ることができない。

 レミリアはパチュリーからおそるおそる人形を受け取ると、持ち上げたり転がしたりして感触を確かめる。だがやがて愛おしそうに胸に抱くと、彼女にしては珍しい柔らかな笑みを浮かべる。

「ありがとう、パチェ」
「ふん……こっちの台詞よ」
「くっ……そうか、そっか」
「とにかく! 私は疲れたから戻るわよ」
「ああ。また明日、パチェ」
「…………また、明日。レミィ」

 親友に見送られ、パチュリーは恥ずかしげに顔を逸らす。
 けれど彼女との絆が深まったことが悪いこととは到底思えず、パチュリーは少しだけ微笑んだ。

 図書館に戻ってきて、パチュリーは考える。
 親友が作ってくれた紅い本。この探求を続けるのもおもしろい。しかし、疲れも残っている。パチュリーは迷いながらも本に手を載せ、答えを求めるのであった。
 そして、現れた選択肢は――






本を閉じる。今日は寝てしまおう。

まだ道がある? 一つ前の選択肢に戻る。





































































――†――



 パチュリーが泊まらせて欲しいと告げると、アリスは「自分が提案したことだし」と快く了承してくれた。
 アリスはパチュリーに作成の続きを言い渡すと、人形を使って寝床の準備などを始める。パチュリーはそんなアリスの背中に感謝しながらも、人形作りの続きに取りかかる。教師が良いからか初心者のパチュリーでもそれなりに行程は進むものの、やはりまだ怪我はするし、うまく縫えないこともある。
 アリスはそんなパチュリーの様子をマメに気遣い、治療や指導を根気よく丁寧に続けてくれていた。

「はぁ、難しいわね」
「でも、かなり上達したわよ」
「なんだか貴女にそう言われると、少し自信がつくわ。ありがとう、アリス」
「いいえ、どういたしまして」

 気がつけば、パチュリーはアリスに対して自然と「ありがとう」が言えるようになっていた自分に気がつく。パチュリーは自分で自分を評価する限り、決して素直な性格をしていない。
 すぐに悪態をつくし、皮肉なことばかり言うような性格だ。だがこの本を通じて発言を選び、自分の深層意識に向き合うたびに、少しずつ素直になってきている自分に気がつく。
 これが良い変化なのか微妙な変化なのか、もしくは、あるいわ“らしく”ないのか、今のパチュリーには判断しきれない。

「でも、まぁ」

 アリスを見る。

「どうしたの?」

 こんなに近くに、レミリア以外の存在を置こうと思ったことは無かった。

「いいえ、なんでもないわ」

 だが、悪くない。
 こんな自分と、こんな自分で作った関係を悪くないと、パチュリーはそんなことを考え始めていた。

「さて、そろそろ夕飯の時間ね」

 そうして気がつけば、窓の外はすっかり暗くなり、部屋の中は魔法の明かりによって照らされていた。

「あら、もう……」

 アリスは生まれながらの魔法使いでは無いためか、本来魔法使いに必要の無い食事と睡眠を習慣づけている。パチュリーは三食欠かさず摂るレミリアに付き合い、食事を取っている。
 二人とも必要の無いことを求めている現状に、効率重視を謳う魔女である自分たちの修正に、パチュリーは小さく苦笑した。

「休んでいて、ちょっと作ってくるから」
「人形にはやらせないの?」
「ええ。人に振る舞うときは自分で作るように決めているの」

 そうして席を立つアリスの背中を見送りながら、ふと、パチュリーは考える。
 教えて貰って、ご飯を作るのも寝床を用意するのも全て任せる。それで良いのかと己に問えば、パチュリーの怠惰な部分は、それで良いとしか答えない。
 だからパチュリーはまた本を手に取り、答えをゆだねることに決める。

 選ぶ答えは――






手伝わせて。泊まらせて貰う、お礼にね。

ありがとう、楽しみにしてるわ。













































































――ED10/これぞまさしく趣味友よ――



 パチュリーはアリスからぬいぐるみキットを借りて、一時帰宅することに決めた。

「今日はありがとう」
「いいえ。本当は、もっと行程を進ませてあげたかったのだけれど……ごめんなさいね」
「素人目だからはっきりとしたことはわからないけれど、これだけ上達させたのだから、もっと誇りなさい。アリス」

 事実、針に糸を通すことすらできなかったずぶの素人だったパチュリーが、型紙を作り、人形の作り方を覚えるところまで進歩したのだ。普通に考えればたかだか半日でここまで習得させると言うことは、中々できないことであった。
 また、パチュリーは他人に教えると言うことが苦手だ。というか、ほとんどそうしたことがないため、要領がわからない。唯一、咲夜が幼少の時分に教鞭を執っただけ。その時の難しさをよく覚えているからこそ、パチュリーはアリスの評価を大きく上方修正していた。

「ふふ、そういってもらえると助かるわ。また、わからないところがあったらいつでも聞きに来てちょうだい」
「そんな必要ない……なんて言えないから助かるわ」

 パチュリーはアリスの家に最初に来たときでは考えられないような気安い口調でそう頷くと、手を振ってアリスの家から離れる。
 本に頼ってやってきて、人形作り。考えてみれば新鮮な出来事の連続だった。パチュリーは魔法の森の上空を飛びながらそんなことを考える。

「さて……せっかくだし、なんとか作り上げないと、ね」

 借りたバスケットの中には、人形作りキット一式が入っている。もちろんパチュリーが作っていた作りかけのアリス人形も一緒だ。パチュリーは魔法に関わらないことだったら投げ出してしまいがちだが、このアリス人形を投げ出す気にはどうしてもならない。
 何故、と自問自答してみれば、すぐに答えは返ってきた。ようは楽しくなってしまったということなのだろう。この、人形作りという工程をパチュリーは気に入ってしまったのだ。

 紅魔館に戻ると、挨拶もそこそこに図書館に籠もる。
 もうパチュリーの目には、人形作りに没頭する自分の姿しか映っていなかった。



















 とはいっても。
 教師から離れた状態で習得できるほど、素人のパチュリーに簡単な道ではなかった。パチュリーはその後も何度もアリスの家に通い、時にはアリス自身が大図書館に出向き、アリス人形が完成した後も様々な人形の制作に注力していくことになる。
 それが一月二月と続くと、今や紅魔館につたないながらもしっかりと作られたパチュリー製の人形を持っていない住人など、いなくなっていた。

 おそらく、これが趣味友、というものなのだろう。時折魔法について論議を交わすようになった魔理沙とはまた別の、友達。
 パチュリーは型紙を前にそんなことを考える。そして新しい人形について考えよう――としたところで、本棚に埋もれた一冊の本に気がついた。
 紅い表紙の本。この趣味を得る切っ掛けになった運命の書。パチュリーは今ならばこの本はどんな答えをもたらすのだろうかと、好奇心がうずき、興味を持つ。

 そして、パチュリーの前に現れた答えは――






本を閉じて、人形作りに没頭しよう。物語を終える。

趣味友でいいの? 一つ前の選択肢に戻る。














































































――†――



 手伝わせて。
 そう言うと、アリスは首を傾げる。

「お客様だから良いのよ?」
「泊まらせて貰うお礼よ。まぁ、足は引っ張らないわ」
「ふふ、そんな殊勝なパチュリーを聞いたのは初めてだわ。それなら、お願いしようかしら」
「任せなさい。幻想郷に来る前、レミィと教会から逃げ回っていたときは自炊だってしていたんだから」

 とはいっても、美鈴と合流する短期間の間だが。
 パチュリーはその言葉を飲み込んで、手を洗ってアリスの手伝いを始める。どうもクリームシチューを作るようで、パチュリーには野菜のカットを任していた。

「自分の食べやすい大きさで良いから、お願いね」
「ええ、わかったわ」

 そう腕まくりをしていて、まるで強敵に挑むような目をするパチュリーを、アリスは微笑ましいものを見る目で眺めていた。だがすぐにアリス自身もホワイトソースを作る作業に移る。
 アリスもまたこのまたとない機会を楽しんでいるような様子であったが、久々の料理に集中するパチュリーは気がつかない。最早、パチュリーの目に映るのは眼前の敵だけだった――。





 そうはいっても、所詮は野菜を切るだけの作業。手順を思い出しながらだったため時間こそ掛かったが、人形作りとは違い、ずぶの素人という訳でもない。感覚を取り戻すと手際よく作業を終え、最後にはアリスと一緒に簡単なサラダまで作った。
 共同作業、とでも言うべきだろうか。パチュリーは思いの外楽しんでいる自分に気がつく。行程を終え、アリスと一緒に食器を並べていくと、視界に映り込んだアリスの横顔もまたどこか楽しげに笑顔を彩っていた。

「いただきます」

 声を合わせて、手を合わせる。
 暖かいクリームシチューをひとすくい。形はあまり良くないが、食べやすい大きさの人参を頬張ると、パチュリーは少しだけ目を瞠る。

「おいしい」
「パチュリーも頑張ってくれたからよ」
「野菜を切っただけよ」

 パチュリーの言葉に、アリスは微笑みながら首を振る。
 そしてパチュリーを優しい眼差しで見つけて、また、綻ぶように笑った。

「誰かと並んで作るなんて、久々だったの。だからいつもよりもずっとおいしく作れたような、そんな気がするわ」
「そう……」

 アリスの言葉は喜びに満ちていて、だからパチュリーは恥ずかしくなって顔を逸らしてしまう。だが不思議と悪い気は浮かんでこない。アリスにこう言われて嬉しいと思っている自分すら存在することに気がついたパチュリーは、そんな自分をあっさりと飲み込む。
 そんな自分も悪くない。そんな風にアリスに言われることも、悪くない。パチュリーはそう考えて、アリスに合わせて微笑んだ。





 食事の時間を終えると、食後の紅茶の時間だ。
 夜はまだまだ長いのだから気が抜けない……ので、最後の息抜き。そう紅茶を啜るパチュリーに、アリスは不意に声をかける。

「ねぇ、パチュリー」
「?」

 首を傾げるパチュリーに、アリスはいくらか逡巡したように見せる。だがすぐに、ゆっくりと唇を開いた。

「なんで私の人形を作りたいって言ったのか、もう一度聞いても、いい?」
「あら、信用してくれないのかしら?」

 パチュリーが茶化すように言うと、アリスは慌てて否定する。そんな姿に忍び笑いを漏らしながら、パチュリーはそっと紅い本に手を載せた。実のところ自分の本当の気持ちがどこにあるのか、パチュリー自身もわからない。
 だからこそパチュリーは、これまでのように本に願いを込めることにした。ただ自分の本心を知りたい、と。

「そうね、その問いの答えは――」






「――最初に言ったとおりよ」

「――……羨ましかったから、よ」















































































――ED11/希望をこの手に、達成感をこの胸に――



 アリスに料理を任せたパチュリーは、その間もずっと人形作りを続けていた。
 始めたからにはどこまでもそのために邁進する。魔女なんていう種族は誰も彼も凝り性で、パチュリーもその例に漏れない。ひたすら作り続けて、まずい方向に進んだときはそばについた上海人形がそっと制止してくれる。
 それを繰り返していると、アリスがクリームシチューとバケットを手に戻ってきた。

「根を詰めすぎると、できるモノもできないわ。一息つくのも大事よ」
「ふぅ……ありがとう、悪いわね」
「別に良いわよ。ほら、いただきます」
「ええ、いただきます」

 手を合わせて、クリームシチューを一口。
 ホワイトソースから丁寧に作り上げられたのだろう。パチュリーは咲夜の料理と一度じっくりと食べ比べてみたいとすら、思えるほどだった。

「おいしいわ……」
「ありがとう。ふふ、その顔が見られただけでも、作った甲斐があったわ」

 アリスにそうからかわれるが、慣れない作業で疲れが出ていたパチュリーはそれに気にする余裕もなく、最低限がっつかないように注意しながら食べ進める。
 バケットも自分で作っているのか、さくさくのふわふわ。シチューにつけて食べても、備え付けられたオリーブオイルをつけてもおいしい。

「うちは、パンは人里で買っているのよ。だから今度、咲夜に教えに来てくれないかしら? パン作り」
「そんなに気に入ってもらえたのなら、私も嬉しいわ。まぁ手間ではあるけれど、一人分も二人分も変わらないから、分けてあげましょうか?」
「助かるわ。レミィたちも喜びそう」

 どのみち、パチュリーは今回の件でレミリアに礼を言うつもりだった。
 そのお礼の形が本のおかげでできた交友関係による“おいしいパン”であるのなら、レミリアもさぞ満足することだろう。そう考えると自然とパチュリーの表情も綻ぶ。

「さて、食べ終わったら続きよ。ご教授いただけるかしら? “アリス先生”?」
「ふふ、生徒が優秀だと私もやりがいがあるわね。謹んで教鞭を執らせていただくわ」

 食器は、上海たちが片付けた。
 そして続きを行う準備をすると、アリスも熱を入れて指導していくのであった。





 結局、完成までに丸一晩使うことになる。だが、無事に完成したアリス人形を見るパチュリーの目には、疲労なんかではなく達成感にあふれていた。

「おめでとう、パチュリー」
「ありがとう、あなたのおかげよ、アリス」

 讃え合って、それから笑い合う。
 誰かと一緒に居て楽しい。誰かと一緒に居て落ち着くと思ったのは、これまでは紅魔館の面々とだけだった。だがどうだろう、こうして一晩熱心に指導を請い、終えて見ると、アリスとの距離が自然と短くなっていることにパチュリーは気がつく。

「あの、アリス……」
「改めてどうしたの?」
「また遊びに来ても、いいかしら?」

 パチュリーが控えめにそう言うと、アリスは一度目を瞠る。けれどすぐに柔らかい表情を浮かべてゆっくりと頷いた。

「ええ、もちろん。私も図書館へ遊びに行かせて」
「歓迎するわ。待ってるわよ」
「ふふ、ええ、私も楽しみにしているわ」

 人形で繋がった絆を胸に、パチュリーはふわりと浮かび上がる。
 そしてアリスに手を振りながら魔法の森を越え、ふと気がついた、今ならばこの本は自分にどんな選択肢を与えるのだろうか、と。

「あなたは私を導いてくれたから」

 だから。
 そうパチュリーは、これで最後というつもりで、紅い本に手を置いた。
 そこに浮かび上がる答えは――






物語を終える。

道は一つではない。一つ前に戻る。


























































































――†――



「羨ましい? ええっと、私が?」
「ええ、そう。アリスが羨ましい。ふふっ、おかしなはなしでしょう?」

 アリス人形を作ると決めたとき、パチュリーは無意識で封じた気持ちがあった。
 それが今、選択肢となって現れた“羨ましい”という感情だ。内向的で、異変の際も対して頼られることもなく、ただ本を読みながら過ごす毎日。そんな中、咲夜が持ってきた“幻想縁起”の中に書かれたアリス・マーガトロイドという魔女の交流にパチュリーは興味を持ったと、アリスに語る。

「私は引きこもってばかりで、誰かに笑いかけられることはほとんどないわ。でも貴女は違う。魔法使いとして成熟した腕と、特化型の人形操作術。未熟と嘯いてみたところで、より器用に物事をこなせる貴女には及ばない」

 だから、羨ましい。
 もしももっとパチュリーが社交的でアリスが人里で人形劇を行うように、人前に出て積極的に人と関わり自分の視野を広げていれば――こうして、レミリアにわざわざ能力を用いて本を作らせ、要らぬ心配をかけることもなかったことだろう。

「結局、私は独りよがりだった。だから、貴女が羨ましいのよ」

 アリスは事実、良く気が利く。
 パチュリーは決して人とふれあうことが得意ではないが、アリスは日が暮れるまで共にいるというのに、決してパチュリーに不快な思いをさせるような接し方はしなかった。
 煩わしいと、思わなかった。

「貴女の良さが、私も欲しい。そう思ったら自然と、貴女の人形を作りたいって思っていたのよ。滑稽でしょう?」

 そう、パチュリーは自嘲する。
 結局自分は、知識と日陰の魔女などと嘯きながらも、日向を求めていたのだ、と。

「私はね、パチュリー」

 しかし、そんな重くなった空気を、アリスはゆっくりとした口調で打ち破る。

「貴女が羨ましいわ」
「え?」

 アリスは人形に新しい紅茶を持ってこさせると、温まったカップを両手で握りしめて苦笑した。

「私では足下にも及ばない知識量。それを裏付けるような高い技量。そして息を吸うように扱う七つもの属性魔法と、魔法使いの悲願とも言える賢者の石をスペルカード戦の使い捨てで呼び出せる腕。なにもかも私にはないもので、何度貴女のようになれたらと考えていたかわからないわ」

 だからね、と、アリスは紅茶を一口飲んでからパチュリーの目を見て、微笑む。

「パチュリー。私も貴女が羨ましい」

 まっすぐと言われて、パチュリーは己の呼吸が止まってしまったかのような錯覚を覚える。羨ましい、という言葉を口に出すということは、非常に勇気の要ることだ。自信があり、腕があり、自負できるプライドがあるものほどその言葉を口にするのは難しい。
 だというのに、アリスは言ってくれた。その事実がパチュリーの心を優しく満たす。

「私たちは、似たもの同士なのかも知れないわ、アリス」
「ふふ、そうね。案外気が合うみたい」
「……言ってくれて、ありがとう」
「……いいえ。私も、パチュリーが打ち明けてくれたこと、すごく嬉しかったわ」

 そういって、手を取り合って笑い合う。もうわだかまりはない。何故なら二人とも、言葉に出さずとも理解することができたからだ。
 羨ましいと思い合う二人がいる。ならば補い合えば良い。そうすると自然と足りないモノが足りるようになってきて、より大きく強く成長することができるだろう。言葉にせずとも二人は、そのことを誰よりも考えていた。

「貴女の人形を最後まで作らせて。そうしたら……」
「そうね。ええ、そうしたら、その後のことを話しましょう。ゆっくりと、紅茶でも飲みながら、“次”を考えましょう、パチュリー」
「ええ、ありがとう、アリス」

 ――その後の人形作りは、これまでにないほど静かな空気の中で行われた。
 けれどその空気は重いモノではなく、むしろ静謐に満ちている。パチュリーは、アリスは、もう互いに誤解の含んだ視線は見せない。
 ただ長年連れ添った親友同士のような空気が、穏やかな時間の中で過ぎていった。





 そうして、夜が明け、翌日の昼前。

「できた……」

 パチュリーの手の中には、アリスをかたどった人形が置かれていた。

「できたわ、アリス!」
「ええ、おめでとう! パチュリー!」

 思わず抱き合って喜び、慌てて顔を紅くして離れる。

「こ、紅茶を入れるわ」
「あ、ありがとう、アリス」

 そうしてパチュリーは、腕の中の人形を見た。
 決して出来が良いとは思えない。けれどそれ以上の感慨と喜びが、ゆっくりとパチュリーの心を暖かくしていく。

「アリス、本当にありがとう。貴女と人形が作れて楽しかったわ」
「どういたしまして。ええ、私もよ、パチュリー」

 認めあうと、それだけで心の距離が近くなる。
 パチュリーはそのことを自覚して少しだけ頬を赤らめると、アリスが入れてくれた紅茶に口を付けた。

「また、いつでも遊びに来て。そうね……人形の材料を用意して待ってるわ」

 言われて、パチュリーは微笑む。だが、何か答えようと口を開きかけて、ふと手元の紅い本に目をやると、そこに文字が現れていることに気がついた。
 選択肢がこんなときにもあるのなら、それに乗るのも面白い。そうパチュリーが目にして選んだ選択肢は――






ありがとう。でも次は人形以外のことがしたいわ。

ありがとう。今度は貴女の人形に隣に、私の人形も並べたいわ。

ありがとう。――ねぇ、もっと貴女のことが知りたいって言ったら、どうする?





















































































――ED12/関係の名前は? 先生と生徒――



 そう、最初に言ったとおり、アリスという見本がすぐ側にあるから、だ。
 だがそれはなにも、見たままの意味だけではない。

「アリス。貴女という“先生”がそうやって教えてくれる。だから一番“先生”の期待に応えられる題材を選んだ……っていうのが、本音かしらね」

 事実、パチュリーはアリスの腕を認めていた。
 人形操作や人形制作の腕はもちろんだが、なにより、パチュリーがこれまで見る機会のなかった一つの技能。
 それが、ずぶの素人相手でも理解しやすく、また躓くことのない教育を行うことのできるその“教鞭を執るモノ”としての手腕を、パチュリーはなによりも評価する。

「誇りなさい、アリス。貴女はこの七曜の魔女を認めさせたのよ」

 あえて、少しだけふざけるように胸を張ると、アリスは淑やかに微笑んだ。

「貴女にそういってもらえるのなら、光栄だわ。ありがとう、それなら私もいっそう力を入れて、教えさせていただくわ」
「ええ、期待しているわよ、アリス」
「ふふっ、もう、そんな言い方じゃ立場が逆だわ、パチュリー」

 パチュリーはそう口に出すことで、すんなりとアリスを“先生”として認めることができた自分に気がついた。
 プライドを捨てるわけでもなく、誰かを心の底から認める。その関係が“先生”と“生徒”という珍しさに、パチュリーはどこか楽しげだ。

「さて、続きを始めましょうか」
「ええ、どんっと来なさい!」

 そうして、続きが始まる。
 二人のモチベーションはどこまでも高く、アリスの耳心地の良い講釈とともに夜は更けていった。



 そうして、人形が完成したのは翌日の早朝だった。
 まだ日が昇った直後の空は薄暗く、外の空気はそれなりに冷たい。

「今日はありがとう、アリス」
「いいえ。なんだか楽しかったわ」
「ふふ、私もよ、“先生”?」
「なんだか気恥ずかしいわ、パチュリー」

 照れるアリスに、パチュリーも微笑みながら照れを見せる。そしてその空気を払拭するようにアリスは慌てて口を開いた。

「次は、どうする?」
「また来るわ。今度はレミィの人形の作り方を教えてちょうだい」
「ええ、ぜひ来てちょうだい、私も楽しみにしているわ」

 そう言うアリスにパチュリーは挑戦的な笑みを浮かべると、楽しそうに頷く。
 そして、アリスに背を向けて飛び立った。

 完成したアリス人形を手に、魔法の森の上空で朝日にかざす。アリスのみっちりとした指導のおかげか、初心者にしてはうまくできているようにパチュリーの瞳に映る。
 だがパチュリーは、勿論、これで終わらせる気はない。弟子は師を越えるモノだ。いずれアリスをぎゃふんと言わせるモノを作ってみせると、パチュリーは拳を突くって意気込んだ。

「と、そういえば」

 とはいえ、今はできることはない。
 帰って反省点を見直しながら、身体を休めるくらいなモノだ。
 だからパチュリーは紅い本を手に取ると、暇つぶしでもするかのように手を置く。せっかくだ、最後までこの選択肢に甘えさせて貰おう。
 そう願ったパチュリーが手に取った選択肢は――





その関係でいいの? 一つ前の選択肢に戻る。

帰って人形作りの日々が始まる。もう物語を終える。















































































――ED13/新たな友と幸福な日常――



 ――それから。

 本を読んで魔法の実験をして、それだけで過ぎていったパチュリーの日常に、この頃から新しい日課が増えることになった。
 アリスに「色々なことがしたい」と告げてから、パチュリーは文字通り色々なことに挑戦していくようになったのだ。

 料理。
 掃除。
 運動。
 化粧。

 残念ながら錬金術にも通ずるモノがある料理以外は肌に合わなかったモノの、これまでとは考えられないほど色々な場所に出向いて、そして学んでいる。
 この日も例に漏れず、パチュリーはアリスの家まで出向いてお菓子作りに挑戦中であった。

「やっぱり、錬金術よね」
「パチュリーから見ればそうでしょうね。どっちが難しい?」
「魔力を使った方が楽。よって、ケーキの方が難しいわ」
「ふふ、パチュリーらしいわ」

 パチュリーはそう、生クリームを泡立てながら答える。ほんの数日前までは信じられなかった状況。パチュリーが自分自身の足で動き回り、新しくできた友人と語り合い、楽しみの共有までしている。その状況にパチュリーは我がことながら首をひねる場面もあったが、今はこうして楽しめているのだからさほど問題はないのだろう。
 パチュリーは自分自身をそう納得させると、スポンジが焼き上がるまでの時間、アリスと紅茶を飲みながら笑みを交わす。

「どう? 動き回る生活は」
「毎日毎日忙しいわ。でも、そうね……悪くないとは、思うわよ」
「ふふ、素直じゃないわね」
「ふんっ、言ってなさい」

 最初はそれでも、アリスとの間に奇妙なギクシャクとした空気が残っていた。それがどうだ。今では笑顔で軽口を言い合えるようになっている。
 そのことがパチュリーは嬉しくて、にやける顔を隠すように紅茶を口に含む。

「さて、続きを作りましょうか」
「ええ、そうね……ん?」

 そうして再開しようと立ち上がったパチュリーは、ふと、鍋敷きになっている本に目をやった。紅い表紙の本――レミリアから貰った本だと気がついて、慌てて本を回収する。破れていないか丹念に確認して、それからパチュリーは流し見るようにページが抜け落ちていないか確認した。

「あら? これって……」

 だが、そこにはただ二つの選択肢が記されているだけ。
 どのページをめくっても、変わらず選択肢が表示されている。

「選ばないとだめ、ということかしらね」
「……パチュリー?」
「なんでもないわ。すぐ行く」

 あまりアリスを待たせるのも悪い。
 そう考えたパチュリーは、さっさと答えを選んでしまうことに決めると、改めて選択肢に向き直る。

 そうして、パチュリーが選ぶ答えは――






物語を終えて、アリスとお菓子作りに戻る。

本当にこれが望んだもの? 一つ前に戻る。


























































































――BestED2/隣に並ぶ、最愛のひと――



 そう選んで、パチュリーは自分の気持ちに気がついた。
 アリス・マーガトロイドという存在は、かつてのパチュリーにとって未熟な魔法使いという印象でしかなかった。そう、思い込んでいた。
 だが運命の書をとおして、本来のアリスへの感情を思い知らされていく。するとどうだろう、パチュリーはアリスという存在を羨み、そして求めていた。

「うん、そう、だからね、アリス」

 この綺麗で優しい、お人好しの魔女の友達になりたい。そうパチュリーは己の心からの叫びを首肯するように柔らかく微笑む。

「私は貴女の“特別”になりたいと思っているの」

 特別に仲のいい人。
 特別に隣に並べる人。
 特別に、笑いあえる人。

「貴女に出会えて良かった。貴女に出逢えて嬉しい……心からそう思うわ。アリス」

 だから、パチュリーはアリスの目を見てそう言った。
 どんな本を読もうとも、どんな選択肢を選ぼうとも、結局は自分の言葉でなければ相手に本当の意味で何かを伝えることはできない。それを学んだからこそ、パチュリーはアリスを正面から見つめて自分の思いを伝えた。
 ――帰ったらレミリアにも伝えよう。そう、心に決めて。

「ぱ、ぱちゅりー?」

 対して、アリスは思い切り動揺していた。
 頬を赤らめ、唇はなんといって良いのかわからずただぱくぱくと動き、手を上げたり下げたりして、身体は左右に揺れている。珍しいほど動揺したアリスだった。

「あ、ええっと、その、どういう……」
「動揺する貴女もかわいいわね」
「……っ」

 そうしてアリスは、パチュリーにとっては不思議なことに顔を赤らめて俯いてしまう。

「あんまりからかわないで、パチュリー」
「あら、本心のつもりよ?」
「っ……そう、何を言っての無駄なのはわかったわ」

 アリスはまだ顔が紅いまま、顔を上げて苦笑する。その笑顔がどこか自分を受け入れてくれたような気がして、パチュリーは顔をほころばせる。

「ふぅ……ええ、私も、貴女の特別なひとになりたいと思ってる」
「あら、両思いじゃない」
「ふふ、両思いね」

 笑い会うと、それだけで空気が落ち着いた。
 結局のところ、この短い時間の中でパチュリーは己の心をさらけ出してアリスと向き合った。アリスはそのむき出しの心と真摯に対話し、やがてその心に惹かれていった。であるならば、この状況になるのは必然であったのかも知れない。パチュリーは感謝の気持ちを伝えるような気分で、紅い本の背表紙を撫でる。
 レミリア以外に心を許せる関係が生まれる。その事実はパチュリーの心内を暖かいものにした。

「……また、私のところにも遊びに来てちょうだい。アリス」
「ええ、勿論。私も貴女のところへ遊びに行きたいもの。パチュリー」

 最後にそう言葉を交わすと、パチュリーはアリスに背を向けてアリスの家を立つ。





 思えば、こうした出逢いを得られるとは、パチュリーは夢にも思っていなかった。けれどこの紅い本のおかげで思いもよらぬ関係を得ることができた。

「ふふ、ありがとう」

 本に礼を言いながら、パチュリーは霧の湖の側に降りる。
 せっかくだ。もしもまだ選べるものがあるとするのなら、図書館に帰る前に自分の可能性を見てみたい。アリスとレミリア以外にはまだまだ心を開く気になれないからこその願いであった。

「さて、もうちょっとだけ働いてくれるかしら?」

 パチュリーがおどけたような口調で紅い本に願うと、本はこれまでもそうしてきたようにパチュリーの意思を反映させ、運命から導いた選択肢を記す。
 そうして現れた選択肢は――






今日は帰って、紅い本は本棚にしまってしまおう。

レミリアに本の感想を言いに行こう。











































































――BestED2/EP・人形と共に在る日常――



 それから、パチュリーの日常は以前とは違うものになった。
 以前は一人きりで過ごしていたり、たまにレミリアや仕事を言いつけられていない時の小悪魔と過ごしていた時間に、アリスや魔理沙と過ごすようになった。
 パチュリーが出向くこともあったが、アリスの手料理に興味を持った咲夜が空間を弄って大図書館にキッチンを設置してからは、主にアリスが遊びに来るようになる。これは、どうしても運動だけは肌に合わないパチュリーとしては大変助かるものだった。出歩くのにも一苦労なのだ。

「パチェ、こんにちは」

 そうして今日も、アリスが柔らかい笑顔でパチュリーの元へやってくる。

「こんにちは。今日は何を持ってきたの?」
「材料も調理器具も用意してくれるけど、こちらでしか手に入らないものもあるの」

 そう言って、アリスはバスケットを揺らす。

「今日は一緒に作る?」
「手料理が食べたい気分って言ったら、怒られちゃうかしら?」
「もう、怒ったりしないわよ、パチェ」

 アリスはそう苦笑すると、パチュリーの額とこつんと柔らかく叩く。
 それから嬉しそうにキッチンに向かうアリスの背を、パチュリーはゆっくりと追いかけ始めた。

 日常で変わったことは幾つかある。それはアリスが出向くようになったことだけではない。
 ひとつは呼び方。いつの間にか、パチュリーは愛称で呼ばれて返事をしていた。
 ひとつは距離。気がつけば思いの外近くに居て、柔らかな匂いにくらりとくることがある。
 これがなんとも思っていない人ならば違ったのだろうが、アリスや今日は来ていない魔理沙はもうそうではない。側にいて欲しいと願ったひと。だからこそ、パチュリーはアリスとの距離が縮まったことに望外の喜びを得ていた。





 日常は変化した。
 その在り方は想像したものとは違ったが、決して悪いものではない。パチュリーは紅い本を手にすると、感謝の意を示すように背表紙に唇を落とす。
 すると紅い本は何かに答えるように、一度だけ瞬いた。そして――






紅い本を本棚にしまう。

一つ前の選択肢に戻る。





















































































――†――



 その時のパチュリーの感情を一言で表すのであれば、“衝動”であった。
 倦厭していた魔理沙とも仲良くなり、未熟だと断じていたアリスともこうして心を交わすことができたということに、パチュリーは深い感慨を覚えていた。だから、強いて何故と問われるのであれば、“欲”が出たとも言えるだろう。

「貴女のことがもっと知りたいの。ねぇ、アリス?」
「ぱ、ぱちゅ、りー?」

 アリスの色々な顔が見たい。
 アリスの色々な表情が知りたい。
 アリスの色々な姿を引き出したい。

 元来、魔女に備わった好奇心が熱を持ってパチュリーを突き動かす。

「どうしたの? パチュリー」
「だめかしら? 答えて、アリス」
「だ、だめよ、そんな」

 パチュリーはアリスに近づくと、その手を絡め取る。そしてとんっと軽い音を立て壁際に追い詰めていった。
 アリスの抵抗は弱々しい。少なからず惹かれたパチュリーに迫られ、今まさに“どうにかされて”しまいそうだというのに、言葉ばかりの抵抗でパチュリーを突き飛ばそうとはしない。ただ上気した頬で、売るんだ瞳で、深くなる吐息で、自分よりも少しだけ背の低いパチュリーに追い詰められていく。

「大丈夫、優しくするわ」

 ――では追い詰めているパチュリーの感情は、今ここまで来てどう動いているのか?

(あれどうしよういけちゃう? えっ、どうしようなんで抵抗しないの? どどどどどうしよう)

 所詮、この行動に深い意味があったわけではなく、あくまで衝動がもたらしたものだ。
 深く考えるまでもなく我に返ったパチュリーは、内心でわたわたと大慌てしていた。だがまだ焦るときではない。きっとなにか手があるはずだ。パチュリーは余裕の表情を浮かべさせた鉄面皮の奥でそう考える。
 そして願った。混乱しているパチュリーは、便利な“選択肢を出してくれる本”――ではなく、何故か脳内のレミリアに。

(お願いレミィ……私を導いて!!)

 すると、パチュリーの脳内にレミリアの声が響く。当たり前だが錯覚だ。だがその錯覚がパチュリーの救いとなることに変わりはない。

――「食べちゃえば、いいんじゃね?」

 それが、本当に“救い”かどうかは別にして。

「アリス、大丈夫よ、力を抜いて」

 パチュリーの腹は決まった。
 アリスの頬に手を添えると、ゆっくりと自分の顔を近づけていく。

「パチュ、リー……」
「私に委ねて。大丈夫、こわいことなんてなにも――」

 もしも、ここで何事もなければ、本当にアリスの全てを知ることもできたことだろう。
 だが世界はそんなにパチュリーに優しくはできていなかった。

 バンッと、大きな音がする。扉を開いた音だ。
 こんな場面を見られたことにパチュリーは一瞬焦るが、アリスに口裏を合わせてもらえば大事にはならいことだろう。
 むしろ、パチュリーは自分の混乱を解いて貰ったことに感謝しながら、極めて冷静を装って振り向いた。

「――誰? 今、取り込みちゅ、う?」

 白と黒の、ツートンカラー。

「よう、パチュリー」

 左手には箒。右手には暗黒の魔力が渦巻く八卦炉。

「ま、ままま、まり」

 表情はなく、目に光はなく、声に感情はない。

「私に、“特別”だって、言ったよなぁ? パチュリー」
「ちちちちちがうのよ、これはそのあの」
「そうやってアリスも手込めにする気だった……そうだよな? パチュリー?」
「だだだだだだからあのそのあの」

 扉を開き立っていた人。
 つい昨日パチュリーが“おとした”少女、霧雨魔理沙が暗く淀んだ表情でパチュリーを見る。その表情に込められた感情が欠片も読めないことに、パチュリーは戦慄していた。

「アリス“も”手込めに? 魔理沙になにをしたの? どういうこと、パチュリー」
「なぁパチュリー、どうやって責任を取ってくれる気なんだ? 教えてくれよ、なぁ?」

 四面楚歌。
 最早どこにも味方は居ない。
 パチュリーは震える身体を押さえながら、それでも、今度こそはと紅い本に手を這わす。そして渾身の力で願いを込めた。

(お願い助けて!! レミィ!!!)

 そして、記された答えは――






弁明する。

にげる。

最早どうしようもない。一つ前の選択肢に戻る。






















































































――ED14/さらば平穏――



 このままでは取り返しの付かないことになる!
 パチュリーはそう実感すると同時に、高速で頭を回転させ始めた。せっかく良い関係が築けそうであったというのに、ここで終わってしまうには惜しい。そもそも、解決しなければ命の危機ということには目をそらす。
 その上でこの状況を打破するためにはどのような手段を講じれば良いのか。どのようにして解決するのか。パチュリーは大きく深呼吸をすると、紅い本の導きに応じて目を見開く。

「なにか勘違いしているわよ? 魔理沙」
「なにが勘違いだって言うんだこんな場面見せられてこれ以上勘違いなんか在るのかああ私をからっているんだろうそうなんだろうなぁなんとかいってくれよパチュリーほらなぁ頼むから勘違いがなんだって」

 息継ぎがなかった。
 けれど、ここで怖がって退いたらそれこそ終わりだ。魔理沙の家の裏庭にひっそりと埋められる自分の姿を想像して、パチュリーは今まで生きていた中で一二を争うパフォーマンスで己を動かす。

「友達になれた。そうしたら親友になりたいって思うでしょう? だから、そのためにアリスのことをもっと知りたかったのよ。勿論、魔理沙。貴女のこともね」

 無理がある。
 そんなことはパチュリー自身にもよくわかっているが、それでも貫き通せば道理になる。パチュリーはそう自分に信じ込ませることで、切り抜けようとしていた。

「はっ、それじゃあパチュリーは“親友”にはあそこまでするのかよ。それは親友の域じゃないだろ」

 もっともである。
 だが、パチュリーはここで退くわけにはいかない。

「ええ、そうよ」

 だからこそ堂々とそう言い放つ。
 胸を張って、それが常識と信じて疑わないというような表情で。

「は? えっ、本当に?」
「え? そうなの、パチュリー?」

 魔理沙も、そして気圧されて何も言えていなかったアリスも、パチュリーのあまりにも堂々とした態度に信じかけていた。もう、これは後一歩だ。パチュリーはそう確信する。

「ええ。ええっと、なにかおかしいかしら?」
「いや、でも、そう、だったら私にだってしてくれても良いじゃないか!」
「アリスとは一晩過ごしたからなんとなく距離が近かったのだけれど、魔理沙にはまだそこまでしていいのかわからなかったし……」
「良いに決まって……って、一晩過ごした?!」

 魔理沙はそう、真っ赤な顔で叫ぶ。
 だがパチュリーがあまりにも自然体だからか、俯いてぶつぶつとなにか呟き、それだけで終わってしまう。

「ええ、そうよ。ねぇ、アリス」

 振り向いてアリスに問うと、アリスはいくらか逡巡した姿を見せる。そして極めて冷静な表情で何事か考えると、やがてゆっくりと頷いた。

「……ええ、ええそうよ、魔理沙。私たちは一晩、この家で過ごしたわ」
「くっ……出遅れたッ! アリス、おまえ……」
「でも、パチュリーの“親友”の感覚だと、まだ機会はある。そうじゃない?」
「ッ!!!!」
「貴女にそのチャンスが回ってくるかどうかはさておき、ね」
「ああ、ああそうだよな。いいぜアリス。おまえは今日から私のライバルだ」
「まぁ、私の方が圧倒的にリードしている訳だけれども、ね」
「はっ、言ってろ」

 完全に、パチュリーを蚊帳の外に置いて会話が進む二人。
 パチュリーは自分のことが関わることに自分が割り込めないことに危機感を抱いていたが、まさしく竜虎の対決と言える二人の雰囲気に気圧されて、無言にならざるを得なかった。

「なぁ、パチュリー? 親友なら私にも、その、だな」
「えっ? 親友だからこそ、二人きりの時にするものでしょう?」
「チッ……だとさ、空気読めよアリス」
「ここは私の家よ。出て行くのは貴女じゃなくて?」

 空気が悪い。
 あまりにも殺伐とした空気の中、パチュリーは極めて鈍感を装うことに決める。

「ごめんなさい、二人とも。私はそろそろ帰らないとならないの」
「えっ、あ、ああ、そうか?」
「そ、そうなの?」
「ええ。また二人とも逢いたいから、いつでも会いに来てちょうだい」
「も、もちろんだぜ! ぁ」
「ええ、もちろんよ。ぁ」

 思わず返事をしてしまった。
 そんな様子の二人をなるべく視界に入れないようにして、パチュリーはアリスの家から飛び立つ。

「生き延びた……私、生き延びたわよ、レミィ」

 達成感に満ちあふれた表情で、パチュリーは全速力で紅魔館を目指す。
 やはり外は怖い。引きこもろう、と胸に決めて。





 その後、当然問題の先延ばしにしかならなかったせいで、パチュリーは肉食獣のような目をしたアリスと魔理沙に胃の痛みを訴えることになる。
 おまけに頼みの綱である親友のレミリアは「親友……」「パチュリーの親友観の元凶……」「あんなことやこんなことも……」などと言われながら睨まれて図書館に近づけなくなり、小悪魔はそもそも爆笑してばかりで助けに入らず、美鈴はただ親指を立て、咲夜はパチュリーを汚らわしいものを見る目で見て妹様を近づけさせない。

 そんな暗黒の未来を、パチュリーは運命も未来も見えないために知ることができない。
 ただこの状況になってしまったこと自体に深く反省を覚えて、紅い本にそっと、手を添えた。
 そして――






未来は享受するもの。本を閉じて物語を終える。

一つ前の選択肢に戻る。






























































































――ED15/しかしまわりこまれた!――



 逃げるしかない。
 パチュリーは魔理沙とアリスの位置関係を見て瞬時に判断を下すと、二人の中間点にある窓に目を付ける。
 判断は一瞬。チャンスは一回。パチュリーは高速で魔力を集めると、光に変換する。

「日符【ロイヤルフレア……のような照明】」

 まばゆい光が室内を照らすと同時に、パチュリーは空気を纏って高速で窓を割る。そして空中に身体を踊らせると、ものすごい勢いで飛び立った――

「やった! 生き延びたわ! 第一部完! 私の戦いはこれで終わり」
「だと、思う?」
「え?」

 ――かに、見えた。
 空を飛び立ったはずのパチュリーの身体は、アリス邸の床板の上に転がらされている。パチュリーが首をひねりながら己の身体を見下ろすと、そこには魔力でできた糸がしっかり絡みついていた。有り体に言えば、簀巻きだ。
 逃げられない。パチュリーはさぁっと顔色をなくす。

「逃げようとしたな、パチュリー」
「ちちちちがうのよこれはそのあの」

 魔理沙の目は暗い。
 暗すぎて魔力が恐ろしいほどに淀んでいる。

「特別だと思ったんだ。だから手に入らないくらいだったら」
「待ちなさい、魔理沙」
「邪魔するなよアリスああいや邪魔もするかこの状況だったら私が間男ならぬ間女だもんなせっかくの良いところを邪魔しに来ちまったお邪魔虫だもんなははなら良いぜおまえもパチュリーとイッショニナカヨク消し炭にして私もあとをおって――」
「私は“待ちなさい”と言ったのよ、魔理沙」
「ッ」

 魔理沙の纏う空気は異様だったが、アリスの纏う雰囲気もまた異様であった。
 アリスは感情の込められていないガラス玉のような瞳で魔理沙を見る。その様子に気圧される魔理沙の姿を見て、パチュリーの中に一縷の希望が生まれる。
 これはもしかしたら、助けてもらえるのではないか? と。

「私にとっても、もうパチュリーを手放したくないと思ってしまっているわ」
「だったら!」
「“だから”」

 アリスは無言で、パチュリーの口に猿ぐつわを咥えさせる。あまりにも自然な動きだったため、パチュリーは反応することができなかった。

「だから、二人の共有財産にしましょう」
「むきゅっ?!」
「共有、財産?」
「ええ。私の家には秘密の地下室がある。そこで飼うのよ、パチュリーを」
「むきゅっ、むきゅっ、むきゅっ!!!」
「飼う……パチュリーを……」

 ただ呻くことしかできないパチュリーをよそに、二人の会話は進んでいく。

「でも、紅魔館の連中にばれないか?」
「二~三日なら大丈夫よ。その間に、私はパチュリーそっくりの人形を作る。貴女はいつもどおりに図書館を襲撃して、“パチュリーが出歩いているのを見つけたらからチャンスだと思った”という。どう?」
「それなら、確かに私一人でもアリス一人でも難しい。確実に逃さないためには――」
「そう。だから、“共有財産”よ」
「むきゅっ、むきゅきゅっ、むきゅっ、むきゅむきゅっ」

 話は終わったようだ。
 アリスは魔法の糸でパチュリーを縛っていたのだろう、身動きどころか魔法も使えずじたばたするパチュリーを引きずっていく。
 最早この後の展開は考えるまでもないだろう。紅魔館にはパチュリー人形が引きこもり、パチュリー自身はアリス邸地下深くでペット生活。

「むきゅっ、むきゅっ、むきゅーっ!!」

 パチュリーは悲鳴をあげながら、最後の希望を紅い本に託す。
 抱え込むようにして持っていたおかげで本ごと縛られ、手放していなかったことは最後の幸運であった。
 自業自得。そんな言葉を飲み込みながら、パチュリーは半泣きの表情で本に縋る。そして――






ペット生活も悪くない。物語を終える。

一つ前の選択肢に戻る。

































































































――魔理沙ルート――



 ――魔理沙の家に行こう。
 本を奪われるか阻止するかの関係しか築いて来なかった相手に対して、この紅い本はどう応えてくれるのか。好奇心を抑えられなかったパチュリーは、意気揚々と魔理沙の家に飛んでいった。
 魔法の森は瘴気により空気が悪い。それはわかりきったことだが、アリスのところに向かったときとは違い、こんな場所に好きこのんで暮らす魔理沙にパチュリーは内心理不尽な憤慨を繰り返しながら、数分で彼女の家に到着する。伸びきった蔦だらけの家。異変の時に訪れたことはあるが、その時よりも荒れ方が悪化しているように思えてならなかった。
 アリスの家とは大違い。なんて、今し方仲良くなった相手と比べてしまうのは、仕方がないことだろう。

「さて、本を返してもらいに……って、いえ、そうではなかったわね」

 つい、うっかり。
 パチュリーは口から漏れ出た本音を振り払うと、魔理沙の家の、扉の前に立つ。そして、紅い本の表紙に片手を置きながら、もう片方の手でノックした。

「魔理沙。いる?」

 小気味の良いノックの音。問いかける声は小さく、届いている様子は無い。けれど声を張り上げるのも面倒だった。

「おー、おー、だれだぜー?」

 間延びしていた声。
 もう昼時近くだというのに、寝ていたのだろうか。
 魔理沙はぱたぱたと足音を立てると、いとドアノブを回して玄関から顔を出す。いつもの魔女服だが帽子は無く、髪の毛は心なしかぼさぼさだ。猫のように手で目元を擦りながら一度大きくあくびをした魔理沙は、その時になって漸く、扉の前に立っていたのがパチュリーであることに気がついたのだろう。大きな金色の目をこれまた大きく見開いた。

「げっ、パチュリー。何しにきたんだよ。異変か?」

 パチュリーは、本に手を当てながら考える。さて、なんて答えようか――?






本を取り返しに来たわ。

ちょっと遊びに来たわ。


















































































――ED1/貴様の蔵書もこれまでだ――



 そう、いい加減、本を貸して貰いたかったのは本音だ。だがまさか選択肢として浮かび上がってしまうとは思いもよらなかった。
 だがアリスとの仲を取り持った信頼のある本の選択肢にあった以上、後戻りをする気は無い。
 まさか出不精のパチュリーに乗り込まれるとは思っていなかったのだろう。目に見えて青ざめる魔理沙を、素早く泡で包み込む。完全な奇襲にスペカも何も無い。しかしそこは黄昏ルール。通常必殺技扱いで魔理沙を拘束。

「さてさて……これは私のじゃないわね。アリスかしら? まぁいいわ。一緒にしておく方が悪いのよ」

 もがもがと何かを言いたそうにしている魔理沙を尻目に、パチュリーは収穫をしていく。当然持って帰れる量では無いので、魔法を使って図書館に直接転送だ。そこに、アリスの本であろうものが混じってしまうのは仕方が無い。
 不可抗力、不可抗力。パチュリーはどこか楽しげにそう呟くと、ものの数分で魔理沙が集めた本の“全て”を転送し終えた。

「じゃ、魔理沙。それ、あと半日くらいで勝手に溶けるから」

 魔理沙は泡の中で驚愕したような表情を浮かべる。
 足を交差させてもじもじとしていたが、他人の機微に疎いパチュリーにはなんのことだかわからない。パチュリーは魔理沙のそんな仕草をまるっと無視すると、これまた意気揚々と魔理沙の家を飛び出した。

 さて、今日はたくさんの収穫を得た、とパチュリーは満足げに飛行する。
 なにせ、アリスの蔵書まで確保できたのだ。この本を持って行けばアリスも満足してくれるだろう。お礼にお菓子でも作ってもらえれば言うことはない。
 後日魔理沙に報復されてもつまらない。図書館の奥深くに結界を張り巡らせてアリスやレミリアたち以外は決して通さず引きこもることを胸に決めると、パチュリーは楽しげな足取りで帰還した。

 さて、まずは何をしようか――






本を閉じて、物語を終える。

一つ前の選択肢に戻る。






















































































――†――



 遊びに来た。
 そう告げると、魔理沙は更に驚いたような顔をした。パチュリーが遊びに来るということはそれほどまでに衝撃的だったのか、魔理沙は懐かない猫のようにパチュリーを警戒している。
 一方、パチュリーはそこまで驚かれるとは思っていなかったので、ちょっとだけ自分の出不精を顧みてみようと、そんなことを考えていたりした。

「で、入れてくれるの? くれないの?」

 自分への苛立ちも含んでいるからか、少しだけ剣呑な口調になってしまう。

「まぁ、良いけどさ……」

 そんなパチュリーに気圧されたのか、魔理沙はやや気まずげに頷くと、パチュリーを家の中に迎え入れる。生活スペースまで乱雑としているが、自分のわかるところにわかる物を置いているのだろう。足の踏み場が無いほどではないのもあり、パチュリーは魔理沙のあとをついていくとするすると障害物をよけて歩くことができた。
 案内されたのはダイニングキッチンだ。料理をしてすぐ食べることができるようにオープンスタイルになっている。机には椅子が四つ。来客用と魔理沙自身の為に二つは空いているが、もう二つは“どこかで見たことがある”本で埋まっていた。いうまでもなく、パチュリーの蔵書だ。

「遊びに来たって……おまえ、私の家で何を遊ぶんだよ」

 もっともだ。
 それでも律儀に出してくれた緑茶を口に運びながら、パチュリーは考える。選択肢に導かれてそう言ってしまったが、果たして魔理沙とどう遊ぶというのか。さすがにアリスの時のようにはいかない。

「そうね……どうしましょうか?」

 試しにそう訪ねてみると、魔理沙はあからさまに嫌そうな顔をした。自分でも、こんな状況で訪ねられれば「こいつはいったいなにをいっているんだ」と思ってしまうことだろうと、パチュリーは無表情の内側でつらつらと考える。
 しかし、どうしたって思い浮かばないのは仕方が無い。

「……そろそろ、言ったらどうだ」
「なにを?」
「白々しい。ここに来た、本当の目的だよ」

 魔理沙はそう、警戒心を滲ませながらパチュリーに問いかける。
 パチュリーはそんな魔理沙を前に、何気ない仕草で手に持つ本を開いた。

 さて、この問いには、なんと答えようか――






1・本を返してもらいに来たのよ。

2・考えてみれば、貴女のことをよく知らないと思ったのよ。









































































――†――



 パチュリーがそう告げると、魔理沙は目を見開いて席を立つ。
 手には魔理沙愛用の八卦炉。パチュリーの目には、彼女の八卦炉が未だチャージが完全で無いことを映し出していた。
 今この瞬間、なにかを繰り出そうというのなら、パチュリーの方が三手は早い。打ち込むのなら、今、この瞬間で十分間に合う。

「くっ、そう簡単に――」

 けれど、とパチュリーは思考する。
 こうやってこれで魔理沙を打ちのめし、本を奪還し、それで良いのか。それで良いというのならば、別に今日以外にも機会はあるのでは無いか。
 パチュリーの思考をよそに、魔理沙が八卦炉に両手を添える。これだけで、発射までの時間が一手進んだ。思考の時間と含めて二手だ。これ以上時間をかければ、先手を取られてしまうことだってある。

 パチュリーは葛藤を瞬時に終わらせると、もう一度、紅い本に手を当てた。

「待ちなさい」

 さぁ、答えを選ぼう。
 今、この状況での最適解は――






1・冗談よ。ちょっとからかってみただけ。

2・その程度の攻撃で、私を超えられるとでも思ったのかしら?













































































――ED2/代償は命だ……貴様の(家の)な!!――



 魔理沙の繰り出したマスタースパークを、パチュリーは小規模のエメラルドメガリスで上方向にはじき飛ばす。するとマスタースパークは魔理沙の家の天井を派手に突き破り、空の彼方へと消えていった。
 無残に天井を吹き飛ばした己の一撃に呆然とする魔理沙。パチュリーは、そんな魔理沙の隙を逃しはしなかった。

「爆ぜなさい……火金符【セントエルモピラー(最弱)】」

 パチュリーのスペルカードが炸裂。極限まで殺傷力をそぎ落とされた魔法の火柱は、魔理沙の足下と机、キッチンを半壊させながら魔理沙自身を木の葉のように跳ね上げる。

「ぐぇっ」

 そして、魔理沙は蛙の潰れたような声を出し、床板がなくなりむき出しになった地面にべちゃりとたたきつけられた。

「ふん。私に勝とうなど百年早いわ」
「きゅぅ」

 パチュリーが念のため確認すると、魔理沙は気絶しているだけで命に別状、どころか擦り傷程度で問題があるように見られない。色々な腹いせに家は破壊したが、怪我を負わせることは無い。パチュリーの力量を持ってすれば容易いことだった。

「さて、回収しましょうか」

 パチュリーはそう独りごちると、とっさに張った魔法障壁で護られた自身の蔵書を回収し、転送魔法で大図書館に送り込む。中には魔理沙自身の蔵書や魔理沙がパチュリー以外の場所から“借りて”きたのであろう本も含まれていたが、そこはご愛敬。アリスの蔵書は直接返せば良いし、その他の蔵書は魔理沙のせいで自分のものと“偶然”混ざってしまったのだから仕方がない。
 パチュリーは思わぬ収穫を得たことに、親友のくれた本に感謝をした。まさか某空飛ぶ船の僧侶魔法使いの蔵書まで得られるとは思っていなかったのだから。





 紅魔館に帰ってきたパチュリーは、戦利品を前にほくそ笑む。
 どうやらまだまだ、楽しみは続きそうだ、と。







一つ前に戻る。

本をしまって物語を終える。








































































――†――



 パチュリーの言葉に、魔理沙はぽかんと口を開けて固まった。
 それから何事かうぬうぬとうめき声を上げながら、逡巡する。

「…………熱でもあるのか」
「失礼ね。いつもと変わらないわ」

 パチュリーが自分のことを知りたがるなんて。
 魔理沙の顔にはそうありありと書かれているような気がして、パチュリーは憮然とする。確かにコミュニケーション能力はそんなに高くないパチュリーだが、そこまでか、と。

「なんだって急に?」
「これまでずっと、奪って奪われるだけの関係だったわ」
「借りてるだけだぜ」

 そう思っているのは魔理沙だけだ。
 パチュリーは、そうツッコミたくなったが、そこはぐっと堪えてみせる。

「それだけじゃ、もったいないと思ったのよ」
「もったいない?」
「ええ、そう」

 言いながら、パチュリーは後付けで理由を考える。とっさに言った言葉ではあったが、どこか的を射ているような気がしたのだ。
 もったいない。そう、もったいないという言葉。

「貴女のバイタリティと奇抜な発想、それからその基盤となる精神性は私も評価しているわ」
「お、おう」

 まさか褒められるとは思っていなかったのだろう。魔理沙は動揺を押し隠せない様子だった。そんな魔理沙に、パチュリーはチャンスとばかりに畳みかける。

「だから、興味があるのよ。貴女が何を成そうとしているのか、ね」
「おいおい、なんで私はおまえに私の夢を語らなきゃならないんだ」
「あら。私の“厳選”した魔導書を貸してもらえるかも知れないわよ」

 パチュリーの言葉に、魔理沙は葛藤する。今、彼女の頭の中では様々な情報が飛び交っていることだろう。
 パチュリーに手を借りることは、多少なにかしらのデメリットがあったとしても、それを純分に挽回できるだけのメリットがあることだろう。だから、魔理沙が欲しているのは、もう一歩であることは明白だ。

「なぁ、なんで、そこまでしてくれるんだ?」

 だから、パチュリーも応えなければならない。
 魔理沙がパチュリーに求めている最後の“一歩”は――






好奇心よ。貴女の中にある力強い何かを、私は知りたい。

同情よ。その程度じゃ、何年たっても大成しないわ。
























































































――†――



 一触即発というところで、突如、魔理沙の集めていた魔力が霧散する。パチュリーはそんな魔理沙の様子になんら反応を示すこと無く、暢気に緑茶をすすっていた。
 パチュリーがあまりにも普通の様子だからか、魔理沙は警戒心を手放して、どかりと席に戻る。

「はぁ、焦らせやがって」
「勝手に焦ったのは貴女よ。それに、日頃の意趣返しくらいは良いでしょう?」
「ぐぬ……はぁ、わかったよ」

 魔理沙はそう言って大きくため息をついた。
 そしてもう一度真剣な眼差しで、パチュリーを見る。

「で? 本当のところはなにしに来たんだよ?」
「考えてみれば、貴女のことをよく知らないと思ったのよ」

 パチュリーの言葉に、魔理沙はぽかんと口を開けて固まった。
 それから何事かうぬうぬとうめき声を上げながら、逡巡する。

「…………熱でもあるのか」
「失礼ね。いつもと変わらないわ」
「じょ、冗談か? さっきみたいな」
「意趣返しは終わったわ。なんなのよ、いったい」
「……こっちの台詞だぜ」

 パチュリーが自分のことを知りたがるなんて。
 魔理沙の顔にはそうありありと書かれているような気がして、パチュリーは憮然とする。確かにコミュニケーション能力はそんなに高くないパチュリーだが、そこまでか、と。

「なんだって急に?」
「これまでずっと、奪って奪われるだけの関係だったわ」
「借りてるだけだぜ」

 そう思っているのは魔理沙だけだ。
 パチュリーは、そうツッコミたくなったが、そこはぐっと堪えてみせる。

「それだけじゃ、もったいないと思ったのよ」
「もったいない?」
「ええ、そう」

 言いながら、パチュリーは後付けで理由を考える。とっさに言った言葉ではあったが、どこか的を射ているような気がしたのだ。
 もったいない。そう、もったいないという言葉。

「貴女のバイタリティと奇抜な発想、それからその基盤となる精神性は私も評価しているわ」
「お、おう」

 まさか褒められるとは思っていなかったのだろう。魔理沙は動揺を押し隠せない様子だった。そんな魔理沙に、パチュリーはチャンスとばかりに畳みかける。

「だから、興味があるのよ。貴女が何を成そうとしているのか、ね」
「おいおい、なんで私はおまえに私の夢を語らなきゃならないんだ」
「あら。私の“厳選”した魔導書を貸してもらえるかも知れないわよ」

 パチュリーの言葉に、魔理沙は葛藤する。今、彼女の頭の中では様々な情報が飛び交っていることだろう。
 パチュリーに手を借りることは、多少なにかしらのデメリットがあったとしても、それを純分に挽回できるだけのメリットがあることだろう。だから、魔理沙が欲しているのは、もう一歩であることは明白だ。

「なぁ、なんで、そこまでしてくれるんだ?」

 だから、パチュリーも応えなければならない。
 魔理沙がパチュリーに求めている最後の“一歩”は――






好奇心よ。貴女の中にある力強い何かを、私は知りたい。

同情よ。その程度じゃ、何年たっても大成しないわ。



































































































――†――



 パチュリーの言葉を受けて、魔理沙は何かを見定めるようにじっと彼女を見ていた。
 どの程度そうしていたか。今こうして見られることに不快感を感じていなかったパチュリーは、その鋭い視線をただ平然と受け止める。

「ふぅ」

 やがて、魔理沙は静寂を打ち消すようにため息をついた。

「好奇心、ね。はぁ……魔法使いとしては、そう言われたら何も言えないぜ、まったく」
「好奇心が祟って人知を超越してしまうのが魔女だもの。貴女もなる?」
「悪いが、私は普通の魔法使いだ」
「そう、残念」

 ここに来て、漸く、魔理沙は安心したような顔を見せた。
 どこかで燻りがあったのだろう。
 どこかで警戒があったのだろう。
 どこかで疑心が会ったのだろう。
 だがそれも、いずれも魔理沙“らしい”ことではない。

 漸く魔理沙らしさを取り戻した彼女は、今日初めて不敵な笑みを浮かべて見せた。パチュリーのよく知る、異変に乗り込んでいく魔理沙の顔だ。

「で? 結局その好奇心とやらで何が知りたいんだよ?」
「あら? 言わなかったかしら?」
「強さの源が知りたいってやつか? いまいち要領を得ないんだが」

 言われてみれば、とパチュリーは頷く。
 選択肢に従って選んだ答えではあるが、覚り妖怪の協力を得ているだけあってその答えはパチュリーが心のどこかで、あるいは頭の片隅で感じ考えていたことであった。
 なら、あの選択肢もパチュリーの心から滲み出たものだ。では何故そんな問いが滲み出たのか、パチュリーは己に自問自答を繰り返す。

 スペルカード?
 ――確かに、パチュリーは何度か弾幕で打ち破られている。
 魔法の実力?
 ――それはさすがに、パチュリーの方がまだまだ上にいる。
 肉弾戦?
 ――確かにパチュリーは魔理沙より弱いが、その分野ならば同じ家に美鈴がいる。

「そうね……」

 なら、なにを得たいのか。
 パチュリーの好奇心は、なにを求めているのか。

「その精神性、かしらね」
「精神性?」
「心の強さ、ってことよ」

 魔理沙は妖怪に、同年代の人間に比べて才能が無い。確かに一般の人間に対しては破格の才能を持つが、それだけだ。

 たとえば早苗。
 人間として超越するための、神の才覚を宿す少女。
 たとえば咲夜。
 人間に扱えるべくもない、時空間のスペシャリスト。
 たとえば、霊夢。
 並ぶ相手の居ない、希代の天才。

「劣等感、嫉み、僻み、焦燥、憎悪。人間ならば以て当然の感情よ。それに何故、振り回されないの? それに何故、押しつぶされないの? 私はその理由が知りたいのよ、魔理沙」

 この問いかけを、果たして好奇心という言葉で纏めてしまって良いものか。問いかけながらも、パチュリーは自問する。

「……それは、好奇心で応えられるモノじゃないよ、パチュリー」

 目を伏せて、魔理沙は落ち着いた声色でパチュリーに問う。それはまさしく、パチュリーが自問していたモノだった。
 だからパチュリーは、その問いに答えなければならない。だが自分自身の本音がわからないパチュリーは、そっと、紅い本に手を置いた。

 ここで応えるべきは答えは――






好奇心、以上のものはないわ。

……羨ましいのよ、貴女が。































































































――ED3/魔法が無くとも空は飛べる――



 どやぁっ。
 効果音を付けるとしたら、そんなところだろうか。パチュリーはこれまでにないほど得意げな顔をしていた。
 考えてみれば当たり前だ。自分やアリスのような大魔法使いに追いつくためには人間の力でえっちらおっちらやっていても、到底無理だ。ならば大先輩足る自分が手を貸してやるのは悪いことでは無い。

「ふふん。さぁ、崇め讃えなさい」

 鼻高々に言い切り、パチュリーは胸を張って魔理沙を見る。すると魔理沙は、今日一番の笑顔をパチュリーに向けていた。
 想いが、通じた。パチュリーの心は達成感で満ちている。

「あのさ、パチュリー」
「なに? 師匠と呼びたいの?」

 魔理沙は、確かに笑顔だ。もう満面の笑みと言ってもいい。
 だが笑顔とは本来攻撃的なモノである。そう、獲物に対して牙をむくときの仕草が笑顔の起源だと、パチュリーは昔どこかで読んだ記述を思い出す。

「吹き飛べ」

 魔理沙が突き出した片手に宿るのは、十分力が充填された八卦炉だった。しかしこれも挑戦ならばとパチュリーは慌てず騒がない。冷静にエメラルドメガリス最弱で、魔理沙の八卦炉をはじき飛ばした。
 これが魔法使いの実力だ、と、その顔は自信に満ちている。

 だが古来より、こんな言葉もある。
 ――油断大敵、と。

「マジックミサイル」
「ん?」

 吹き飛ばした八卦炉はブラフ。
 弾かれた八卦炉に宿っていたように見えた魔力は、なんの指向性も持たずに霧散する。代わりに八卦炉を隠れ蓑に充填されていた“もう片方の手”の魔力が、狂おしいほどの威力を持ってパチュリーに吹き荒れる。

「むきゅっ!?」

 魔理沙の家の壁をぶち破り、空を飛ぶパチュリー。
 こんなに吹き飛んだのはいつぶりのことか。元来身体の弱いパチュリーは、魔法の加護の無い空中飛行の圧力で、意識はブラックアウト直前だった。
 そして墜落する一歩手前。きりもみ回転するパチュリーの視界に、真っ赤な貌で怒りの形相を浮かべる魔理沙の姿が映り込む。

「余計なお世話だ! このスカポンタン!!」

 スカポンタンって言われるの、珍しい。
 墜落し、意識が落ちる寸前、パチュリーはそれでも離さなかった本を片手にそんなことを考える。
 そして、朦朧とする最中、本に浮かび上がったのは――






意識を手放して本を閉じる。

一つ前の選択肢に戻る。



















































































――ED3/魔法が無くとも空は飛べる――



 どやぁっ。
 効果音を付けるとしたら、そんなところだろうか。パチュリーはこれまでにないほど得意げな顔をしていた。
 考えてみれば当たり前だ。自分やアリスのような大魔法使いに追いつくためには人間の力でえっちらおっちらやっていても、到底無理だ。ならば大先輩足る自分が手を貸してやるのは悪いことでは無い。

「ふふん。さぁ、崇め讃えなさい」

 鼻高々に言い切り、パチュリーは胸を張って魔理沙を見る。すると魔理沙は、今日一番の笑顔をパチュリーに向けていた。
 想いが、通じた。パチュリーの心は達成感で満ちている。

「あのさ、パチュリー」
「なに? 師匠と呼びたいの?」

 魔理沙は、確かに笑顔だ。もう満面の笑みと言ってもいい。
 だが笑顔とは本来攻撃的なモノである。そう、獲物に対して牙をむくときの仕草が笑顔の起源だと、パチュリーは昔どこかで読んだ記述を思い出す。

「吹き飛べ」

 魔理沙が突き出した片手に宿るのは、十分力が充填された八卦炉だった。しかしこれも挑戦ならばとパチュリーは慌てず騒がない。冷静にエメラルドメガリス最弱で、魔理沙の八卦炉をはじき飛ばした。
 これが魔法使いの実力だ、と、その顔は自信に満ちている。

 だが古来より、こんな言葉もある。
 ――油断大敵、と。

「マジックミサイル」
「ん?」

 吹き飛ばした八卦炉はブラフ。
 弾かれた八卦炉に宿っていたように見えた魔力は、なんの指向性も持たずに霧散する。代わりに八卦炉を隠れ蓑に充填されていた“もう片方の手”の魔力が、狂おしいほどの威力を持ってパチュリーに吹き荒れる。

「むきゅっ!?」

 魔理沙の家の壁をぶち破り、空を飛ぶパチュリー。
 こんなに吹き飛んだのはいつぶりのことか。元来身体の弱いパチュリーは、魔法の加護の無い空中飛行の圧力で、意識はブラックアウト直前だった。
 そして墜落する一歩手前。きりもみ回転するパチュリーの視界に、真っ赤な貌で怒りの形相を浮かべる魔理沙の姿が映り込む。

「余計なお世話だ! このスカポンタン!!」

 スカポンタンって言われるの、珍しい。
 墜落し、意識が落ちる寸前、パチュリーはそれでも離さなかった本を片手にそんなことを考える。
 そして、朦朧とする最中、本に浮かび上がったのは――






意識を手放して本を閉じる。

一つ前の選択肢に戻る。

















































































――†――



「羨ましい? え? パチュリーが、私を?」

 魔理沙の困惑した声がパチュリーに届く。
 パチュリーとてそれは同じだ。この選択肢が目に飛び込んできたとき、思わず、読み上げていたのだから。

「そう、そうよ」

 だが、そうして言い訳をしようとして、気がつく。
 魔理沙に本当に言いたかったこと。引きこもりで、社交性が無く、見切りを付けるのが早く、限度を自分で定めることができてしまう魔女のたった一つの棘。

「なんで、貴女は諦めないの? 到底難しい目標であるのなら、諦めて代替えを探せば良い。手段を選ばなければ結果なんか勝手についてくるわ」

 パチュリーはそうして生きてきた。
 それがなにより、当たり前だった。

「なのに何故、人間という枠の中で、そんなに努力を重ねられるの? 私には、理解できない」

 突き放すような言い方。

「私には――“それ”はできない」

 続いて出てきた言葉は、消えてしまいそうなほど儚かった。

「できない、か」

 魔理沙はそんなパチュリーになにを思ったのか、苦笑を浮かべて繰り返す。だが苦みの含んだその笑みは、これまでのどんな表情よりも優しい。

「なぁ、パチュリーには、夢ってあるか?」
「夢? これ以上の環境なんてないわよ」
「そうか。なぁ、私には夢があるんだ」

 魔理沙は頬杖をつくと、パチュリーの目を見てそう呟く。その声は小さかったが、不思議と、パチュリーの耳に響いた。

「あいつらと対等なまま、あいつらを超えるんだ」
「霊夢たちを?」
「そうだ。最初に霊夢と会ったときに、決めたんだ。こいつを絶対超えてやるってさ」

 魔理沙の言葉は、まさしく夢物語だ。
 そんなきれい事だけで努力しようと思えることでは無い。だがどうそれを伝えて良いかわからず口ごもるパチュリーの機先を制して、魔理沙が続きを語る。

「そりゃ、羨ましいし、劣等感だってあるよ、恨めしいと思ったことだって、たぶん、ある」
「え?」
「でもさ」

 パチュリーが伝えたかったことなんて、魔理沙はとっくに考えていたのだろう。
 そう語る魔理沙の声は苦渋に満ちていたが、パチュリーを見る両目は無垢に輝いてもいた。

「“それがどうした”」

 そして魔理沙は、そう、不敵に笑う。

「羨ましいとか、妬ましいとか、思うのは良い。でもそれを理由に逃げ出したら、自分に負けちまう。誰に負けてもいい。何度だって立ち向かえば道は開く。開くって、私は“知ってる”。だけどさ」

 そうして、魔理沙はまっすぐとパチュリーを見た。

「自分に負けたら、それで終わりなんだ。立ち向かう前に言い訳して、負けを誰かに八つ当たりして、楽な選択肢ばかり選んじまう。それは――それだけは、我慢できない」

 言われて、パチュリーは己を振り返る。
 なんのかんのと理由を付けて、引きこもってばかりの魔女。異変くらいしか外に出ず、肌で何かを感じることを避けてきた。
 これが、自分に負けていると言わずになんと言おうか。

「私も……まだ、勝てるかしら」
「勝って貰わなきゃ困る」
「なぜ?」
「そりゃ――」

 魔理沙はそう、一度区切る。だが小首を傾げるパチュリーを見て、やがて決心したように笑って見せた。

「――おまえだって、私の目標のひとりなんだぜ? パチュリー」

 そして、その言葉は、他のどんな言葉よりもパチュリーの心に響く。
 強いと、羨ましいと思った相手の目標にされるということは、こんなに嬉しいことだったのか。こんなに、負けられないと奮起する言葉だったのか。

 これではまるで、魔法のようだ、と。

「ふふっ、なら、負けられないわね」
「おっと、油断してくれても良いんだぜ?」
「慢心していても勝ち越してあげるから安心なさい」
「そりゃぁ、確かに安心して頑張れる」

 やがて、気がつけば互いに笑い合っていた。
 すれ違いはあった。ぶつかり合いもあった。それでも、今ここに在ることは間違いでは無い。
 築いてきた関係が、ここで大きく花開いた。これはきっと、そういうことなのだろう。

「私、おまえのことをたぶん誤解してた」

 そう告げる魔理沙に、パチュリーは苦笑する。
 なんて答えてあげようか。そう考えるパチュリーは、不意に、手元の本に文字が浮き出していることに気がついた。
 ここまで来たら、最後まで選ぶのも悪くない。パチュリーがそう、選ぶ答えは――






私も、ね。今日は貴女のことが知れてよかったと、そう思うわ。

あら、誤解して侮ってくれても良いのよ?


























































































――ED4/好奇心は魔女をも……?――



 パチュリーの言葉に、魔理沙は小さく息を吐く。
 それからやはり不敵に笑って、肩をすくめた。

「そうか、それならやっぱり教えられないな」
「やっぱり、そうよね」

 好奇心だ。
 それ以外に答える言葉を持たないパチュリーに、魔理沙の返答はある意味当然のモノだった。

「なにせ、これは私の魔女としての秘奥だからな!」

 落ち込むパチュリーに、魔理沙はあえてか知らずか、大きな声で言い放つ。パチュリーが驚いて顔を上げると、魔理沙はやはり不敵に笑っていた。

「知りたきゃ、暴いてみろよ。なぁ“先輩”」
「――ふん、私に挑戦者になれってこと? この、七曜の魔女に」
「私は良いんだぜ? 諦めてくれても」
「冗談」

 パチュリーは魔理沙の安い挑発に、あえて乗る。

「貴女の裡に秘めるモノ、暴き出してあげるから覚悟なさい」
「上等だ。その時には、私の秘奥を以ておまえを飛び越えてやるぜ、パチュリー」

 険悪な空気は無い。
 ただ互いに互いを、心のどこかで認め合ったのだろう。それがどこかはわからないが、それでも悪くは無い。
 色々な疑問は解決しないが、パチュリーという魔女はその程度のことで尻尾巻く性格では無いのだから。

「まぁ、色々参考になったわ」
「おう、まぁ、悪くは無かったぜ」

 不敵に笑いあったまま、パチュリーは席を立つ。そして、魔理沙にその背を見送られながら踵を返した。

「さて、忙しくなるわね」

 こままで終わらせるには、少し悔しい。
 パチュリーは胸に残るわだかまりを振り払うように帰路につくと、この疑問を解消するために必要な本はどんなものなのか、ただ猛然と頭を回し始めたのであった。






物語を終え、新しい本を手に取る。

一つ前の選択肢に戻る。

















































































――†――



 そう、言いながらパチュリーは考える。もしレミリアに導かれて、紅い本に従って来なかったらどうなっていたのだろうか、と。
 魔理沙の内面は知らないままだったことだっただろう。どころか、パチュリーは自分自身の気持ちにも気がつかないまま、奪って奪い合っての関係が続いていくことは間違いない。そうなったときに、果たして自分は後悔をするのだろうか。

「知らないままで、終わらなくてよかった……そう、思うわ」

 気がつけば、パチュリーは本に記されていたわけでも無いのにそんなことを言っていた。
 パチュリーには長い時間がある。わからないことも“いずれ”解決することだろう。だが、魔理沙はどうだ? 人間の一生は、妖怪に比べて驚くほど短い。もしもこの疑問を抱えたまま魔理沙が旅立ってしまえば、パチュリーの抱いた疑問は生涯解決すること無く終えてしまったことだろう。
 そんな、起こり得る未来を想像して、パチュリーは僅かに身震いする。過ぎ去ってしまった時間は戻らない。終わればもう、取り戻せない。

「私も、そうだよ。パチュリーのこと、何も知らないままで終わらなくてよかった。何も知らずに、おまえのことを決めつけなくてよかった。その、なんだ、わかり合えてよかったと、おもう」

 頬を掻きながら告げる魔理沙に、パチュリーは小さく微笑む。

「なら、お互い様ね」
「ああ、お互い様だぜ」

 こんな関係も悪くない。
 パチュリーははっきりとそう思うことができていた。

「さて、そろそろお暇するわ」

 しかし、それでもこれはこれで気恥ずかしい。
 咳払いをして柔らかくそう言うパチュリーを、魔理沙は自然体で受け入れる。

「おう。……また、いつでも遊びに来いよ」

 言われて、パチュリーは答えを返そうとする。
 するとまた本に文字が浮かび上がってきて、パチュリーは首を傾げながらも本の文字を目で追った。まだ、隠された自分の内心があるのかも知れない。そんな自分自身への知的欲求を隠そうともせずに、魔理沙に背を向けて返答を選ぶことにする。

 パチュリーが選ぶ答えは――






ええ。貴女も、今度はお茶でも飲みに来なさい。

ええ、貴女も。美鈴には貴女は私の『特別なひと』って伝えておくわ。

遊び? ふふ、『遊び』の続きは気にならない? 貴女は『特別』だから。
















































































――ED5/おお我が永遠の、ライバルよ――



 パチュリーがそう不敵に笑って宣言すると、魔理沙もまた同じような笑みを浮かべる。
 パチュリーは魔理沙の言葉を聞いて、もう彼女を侮るような気持ちは残っていなかった。いずれ、魔理沙はその牙を研いで、その知識を増やし、さながら彗星のようにパチュリーの七曜を打ち砕かんと大成してくることだろう。その時、侮っていたままでは痛い目を見る。もう彼女は、ただの泥棒では無い。今はまだ未熟でも、いずれ自分に迫る――あるいは、乗り越えようとしてくる存在だ。
 これを好敵手と呼ばずに、なんと呼ぼうか。

「はっ、言ってろ。おまえこそ侮っていれば良い。胡座を掻いていれば、すぐにその頭上を飛び越えてやるぜ!」
「ふんっ。もう前を向くのは自分だけの専売特許ではないと知りなさい。私に送った塩がどれほどの黄金となるか、見せてあげるわ」
「上等だぜ。壁は高いほど、乗り越えたときの達成感は大きいからな」

 言い合うも、二人の間に重い空気は無い。
 互いが互いを認め合い、互いが互いの心を知ったからであろう。魔理沙もまたパチュリーを霊夢を見るような挑戦心に満ちあふれた瞳で見ていた。
 これはたまらない、と、パチュリーはそう考える。この人間特有の輝きを向けられてしまえば、もう、努力を放棄することなんかできない。怠惰を享受することなんかできない。失望されるなんて、我慢できない。

「さて、そろそろ帰るわ」
「ああ。いつでも来いよ。いつだって返り討ちにしてやるからな」
「はんっ、言ってなさい。まぁ、でも」

 席を立ち、リビングの出口まで歩くと、パチュリーはそう言って足を止める。

「本くらいは貸してあげるわ。私が送る塩も、せいぜい黄金にしてみなさい」

 背を向けたままそう言うと、パチュリーはそのまま歩き去ろうとする。その背に、魔理沙は声を張り上げる。

「黄金? 賢者の石にしてやるから覚悟しておけ!」

 その言葉に返事はせず、パチュリーはふわりと浮かび上がる。
 言葉こそ返しはしない。だがその顔には、どこか楽しみを抑えきれない少女のような感情がありありと浮かんでいた。

 さぁ、もう一分一秒たりとも無駄にはできない。
 パチュリーはそう、本を手に取った。






本を閉じて、早速魔法の研究を始める。

一つ前の選択肢に戻る。






























































































――ED6/この友情は不変なり――



 パチュリーがそう言うと、魔理沙はどこか楽しそうに笑う。

 パチュリーにとって魔理沙は、これまでは煩わしい存在でしか無かった。異変から始まり、本を強奪して逃げていくだけの、命名決闘法案に胡座を掻いた凡人。
 だが別の視点で見てみると、どうだろうか。
 努力を怠らず、ルールの上で出きる最大限の力を活用し、格上の存在を打ち破ってきた。その在り方はパチュリーのような妖怪にとって、ひどくまぶしいモノに映る。

 だからだろうか。

「私は、どうやら貴女と友達になりたいと思っているみたい」

 自然と、そんな言葉がこぼれ落ちる。慌てて訂正しようとパチュリーは口を開こうとするも、心の底では訂正する気が無いのか一向に声が出てはくれなかった。

「何言ってんだ。私はもう、と、友達のつもりだぜ」

 照れ隠しだろうか。魔理沙は帽子を引っ張り出して被ると、帽子のつばを引っ張って目元を隠す。だが隠しきれていない頬はあかね色に染まっていて、それがかえってパチュリーの心を落ち着かせる。

「ありがとう、魔理沙」
「ど、どう、いたしまして」

 消え入りそうな声。
 恋の魔法使いだなんて小っ恥ずかしい二つ名を名乗っているだけあって純情なのだろう。その姿が可愛らしいように見えていたことに、パチュリーは自分自身に驚く。

 でも、悪くない。パチュリーは小さく笑いながら、そんな風にも思っていた。

「じゃあ、“またね”。魔理沙」
「ああ、“また”な。パチュリー」

 笑顔で手を振る魔理沙を背に、魔法の森を後にする。
 せっかく新しい友達ができたのだ。今日はもう寝て、明日ゆっくりレミリアと話でもしようか。そう考えながら、パチュリーは手元の本を開く。

 そして――






本を閉じて、今日はもう休もう。

一つ前の選択肢に戻る。




































































































――BestED1/『特別』を貴女に――



 パチュリーの言葉に、魔理沙は一瞬何を言われたかわからず、きょとんとした顔で首を傾げた。だがやがて『何』を言われたのか理解したのか、徐々に顔を紅くし始める。

「なっ、なっ、なに、えっ」

 一方、パチュリーは何故魔理沙が動揺しているのかわからず、これまたきょとんと首を傾げている。
 だがやがて魔理沙が照れていると考え、柔らかく微笑んだ。

「ふふっ、何を照れているのよ」
「おっ、おまえ……いや、そうか、私の早とちりか。冗談きついぜ……」
「冗談? あら、私は本心から、魔理沙のことを“特別なひと”だと思っているわよ」
「~っ! っ!! っ!?」

 声にならない様子で悶える魔理沙に、パチュリーはやはり訳がわからず首を傾げていた。
 パチュリーにとって、魔理沙は最早特別な存在だ。既に長い時間を得て終わりの見えない研究に没頭したとしてもあまりある時間を、自由に使い続けることが出きる。だからだろう、根本的に、パチュリーは短い生の中で生み出される発想について行けないことがある。それは知識人を自称するパチュリーには、我慢できないことだった。
 けれど魔理沙がいれば、魔理沙と共に在れば、その心配はもう無くなる。今まで心のどこかで見下していたから、魔理沙の、人間のことを認めようとしなかった。知らない視点が、価値観があることから目をそらしてきた。だが、もうそんな必要は無い。もう、パチュリーは魔理沙のことを心の底から認めている。認めて、いずれは自分に並び立てる魔法使いになることだろうと信じている。

「貴女は私の“特別”よ、魔理沙。迷惑、かしら?」
「そっ……………………そんなこと、ない。私も! パチュリーは、特別だって、思うから」
「そう……ありがとう、魔理沙」

 もう、これまでの関係は要らない。
 これから魔理沙の命がつきるまでの短い時間、パチュリーは魔理沙と肩を並べることだろう。その時間は、魔理沙が旅立った後でも、長く心に刻み込まれる色鮮やかな時間になることだろう。
 パチュリーはそんな未来を想像して、微笑む。思いの外、自分はこの破天荒な魔法使いに惹かれていたようだ、と。

「また、図書館に来なさい。無造作に本を借りていかなくとも、私のところで読んでいけば良いわ」
「ああ、うん……また“会いに行く”よ、パチュリー」

 柔らかい、けれどどこか照れの混じった言葉を交わす。
 互いに交わした言葉に不快感は無く、どこか暖かさだけが宿っていた。

「今日はありがとう。またね、魔理沙」
「ああ! またな、パチュリー!」

 魔理沙に手を振られて、パチュリーは飛び立つ。
 そして紅魔館に戻る前に、と、紅い本を手に取った。この本には大きく助けられた。だからもう一度、ここで選択肢を確かめてみよう。そう開いた本に刻まれた言葉は――






今日はもう帰ろう。

レミリアに本の感想を言いに行こう。






































































































――BestED1/EP・それからの魔女と魔法使い――



 それから、パチュリーの住む大図書館にはたびたび魔理沙が訪れるようになった。元来気の長い妖怪にとって、十年二十年毎日来られたところで、その目的が不易なモノで無いのなら煩わしいとは思わない。
 けれど自分が出かける前に、それこそ早朝から礼儀正しくやってくる魔理沙の姿に、パチュリーは少しだけ首を傾げる。

「ぱちぇ……パチュリー、ここなんだけどさ」
「……ここは、そうね。参考になる本が在るわ。こあ!」
「はーい。……はぁ、砂糖吐きそう」
「こあ?」
「今お持ちしますよー!」

 魔理沙はあれから、パチュリーに良く懐くようになった。
 パチュリーのすぐ側で読書をして、研究をして、時折助言を求める。そして時にはパチュリーを驚かせるような発想をして見せて、パチュリーに賞賛されると非常に嬉しそうな顔をするのだ。

「ほら、こっちの記述で……」
「どれどれ……おお、なるほど、さすが、ぱ、ぱちぇ、ぱち…………パチュリーだな!!」

 そして、もう一つ。

「はぁ……悪魔にこんなん見せつけないでくれませんかねぇ。ああ、爆発爆発」

 使い魔の小悪魔のため息が、妙に増えた。
 本人に聞いても小悪魔は怪しさしかない満面の笑みでなんでもないと口にするだけなので、パチュリーとしても対処のしようがなく、新たにできた悩みの一つだった。

「ん、よし、なんとかなった! ありがとう、パチュリー!」

 でも、と、パチュリーは考える。
 こうして『特別』な友人が増えたのだ。どんな問題も、なんとかなる。パチュリーはそう信じて、柔らかく微笑んだ。

「ええ、どういたしまして」

 さぁ、今日もまた一日を始めよう。
 静寂と寂寥とは無縁の、騒がしい一日を――。



紅い本を本棚にしまって、物語を終える。

一つ前に戻る。

















































































――†――



 出来心だった、といえばそうなのだろう。
 だがパチュリーは少しこの幼く一生懸命な少女を可愛がってあげようと、そんな意図もあった。

「へ? ぇっ、ぱ、ぱちゅりー?」
「ねぇ魔理沙」

 パチュリーは“大人の余裕”を見せつけるように、艶やかに微笑んで魔理沙に近づく。そして魔理沙の片方だけ三つ編みにしている髪を持ち上げると、そっと唇を落とした。

「パチュリー……」

 魔理沙はそう、消え入りそうな声でパチュリーの名前を呼ぶ。紅くなった頬、潤む瞳、強ばる身体。決して、抵抗しようとしない声。
 パチュリーとて、本気でどうこうするつもりは流石にない。だが少しからかって、それから少し可愛がってやるくらいならさほど問題はないことだろう。そう自分の価値観で断定すると、魔理沙の頬に手を添える。

 ――後になって、パチュリーは振り返る。この瞬間に本を使っていれば乗り切れていたのではないか、と。

「なぁ、パチュリー」
「どうしたの? ふふ、こわい?」
「私はパチュリーにとって、『特別』なんだよな?」
「ええ、そうよ。貴女は私の『特別』だから、こうしているの」
「そっか、私が『特別』だからか」

 恥ずかしさからか、魔理沙は俯く。パチュリーよりも少しだけ背の低い魔理沙がそうすると、それだけで目元が隠れてよく見えなくなってしまった。
 パチュリーはもう少しだけからかうか、冗談だともう明かしてしまうか考える。魔理沙の可愛らしい様子はもう眺めた。そろそろ解放してからかって、謝ろう。そう身体を離そうとして――

「嬉しいよ。でもさ、パチュリー、私」
「魔理沙?」

 ――不意に、魔理沙が顔を上げる。
 ハイライトの消えた、暗い目を見せながら。

「聞いちゃったんだよ。アリスにも『特別』って言ってただろ? パチュリー」
「え?」

 魔理沙は言い切ると同時に、パチュリーの手を引いてくるりと体勢を入れ替える。するとパチュリーはあっさりと壁際に押しつけられてしまった。

「魔法の森は感覚が狂うから、瘴気を弾いただけだと竹林ほどじゃないが迷いやすいんだ。だからアリスの家を出て私の家に向かおうとすると、なんだかんだでふわふわと飛ぶだけだと同時に出発しても数十分の差が出るんだ」
「ま、魔理沙?」
「アリスの家に行ったらパチュリーが居て、なんだか『特別』扱いしているし、まぁ邪魔しちゃいけないと思ってさっさと帰って二度寝した」
「……」
「私もさ、友達としてそう言われているだけなら、アリスと並んでパチュリーの『特別』な友達ってんなら、それもそんなに悪くはないとは思ったよ。でもさ」
「あ、あのね、魔理沙」

 パチュリーの頭の横に、魔理沙はドンッと音を立てて手を突く。

「こういう意味なら話は別だ。アリスと並んで『こいびと』にはなれない。そうだろう? パチュリー」
「ええええええっとね、ま、魔理沙、だからこれはあれでそのあの」

 魔理沙の鬼気迫る様子に、パチュリーは顔を引きつらせる。
 踏んではならない地雷を踏んだ上で、おそらくパチュリーはコサックダンスでも踊ってしまったのだろう。魔理沙の心をどうも刺激しすぎたためか、最早魔理沙に先ほどまでの朗らかな様子はなく、ただパチュリーに暗く淀んだ瞳を向けていた。
 有り体に言えば、怖い。

(どどどどどうしましょう、どうしよう、ええっと、そ、そうよ!)

 パチュリーは焦りを隠しながら、自問する。
 すると答えは両手で抱えられていた紅い本から、滲み出るように浮かび上がった選択肢が教えてくれた。
 パチュリーが混乱の最中に、選ぶ答えは――






にげる。

うやむやにする。

これより先に道はない。一つ前の選択肢に戻る。

















































































ED16/霧雨魔理沙少女監禁異変



 ――逃げる。
 その選択肢を即座に選んだパチュリーの動きは迅速だった。まずは素早く、それも魔理沙が追いつけないような速度で魔力をチャージ。
 狙いは魔理沙の足下。後で謝ってなかったことにしたいのであれば、怪我をさせるわけにはいかない。パチュリーは自慢の魔法の腕で即座に手加減魔法を作り上げると、それを魔理沙に向かって発動――

「むきゅ?」

 ――できなかった。

「あ、あれ?」

 何度も魔力を込めようとするが、それもすぐに霧散する。
 まるで何かに封印されているかのように、パチュリーはまったく魔法が使えなくなっていた。

「もう、ずいぶん前なんだけどな」
「え?」
「霊夢のやつが、こんな辺鄙なところで暮らすんならっていつものようにツンデレで、妖怪の力を封印する御札をくれたんだ。まぁでも私は自分の力で切り抜けられるから大丈夫だと思ったんだが……あいつに感謝しなきゃな」

 言われて、パチュリーは自分の身体をなで回す。すると背中に違和感を覚えて剥がそうとするも、御札と思わしきものは焼き付いたかのようにパチュリーの背中から離れてはくれなかった。
 御札とは、妖怪自身が外せないようなものでないと意味がない。パチュリーとてそんなことはわかっていたが、諦めきれるものでもなかった。

「逃げようとしなきゃ、ここまでするつもりはなかったんだぜ?」

 魔理沙はそう、朗らかに笑う。
 ――目のハイライトは消えたままだが。

「なぁ、パチュリー。知っているかも知れないが、私の家には地下室があるんだ。物置と温泉しかないような地下室だったけど、私、パチュリーのために地下室を片付けるよ」
「む、むきゅ、ちょっ、ちょっと待ちなさい、離して!」

 パチュリーの願いもむなしく、魔理沙はパチュリーを俵担ぎで地下室への階段に向かう。パチュリーは魔理沙の上でじたばたと暴れるが、魔力を封じられてしまえばパチュリーなど普通よりも病弱な女の子でしかない。
 たとえ連れて行かれても、魔理沙一人で隠しきれるものではない。そうなると自分は監禁異変の景品になるのだろうが、その場合、発覚するまでの間にめくるめく官能の世界が待ち受けていることだろう。
 パチュリーの顔から、さぁっと血の気が引いていく。

「は、はは、あははははっ……アリスニハ、ワタサナイ」
「ひぃっ」

 また、追い詰められている魔理沙を見ていると、めくるめく官能の世界――で済まない可能性もあるのだ。具体的には、無理心中とか。
 パチュリーは魔理沙の肩の上で必死で打開策を手に取る。運命の書。紅い本。もうこれしかないとパチュリーは希望を託し――






【検閲削除】。物語を終える。

一つ前の選択肢に戻る。































































































――ED17/喰われる前に喰うしかないッ!――



 こうなったら、道は一つしかない。
 パチュリーの灰色の脳細胞が急速に回転する。最早、追い詰められたパチュリーには他にできる手段もなかった。

「ふふ」
「? 何がおかしいんだ、パチュリー」

 パチュリーは吐息が当たる位置まで魔理沙に近づく。すると魔理沙は驚いて、壁にとんっと背中を打った。

「嫉妬しているの? 可愛いわね」
「なっ、えっ、どういう」
「アリスは『特別』よ。『特別』なお友達。でもね、魔理沙」

 そう言いながら、パチュリーは魔理沙の耳元に唇を寄せる。

「でもね、魔理沙」
「ぁっ」

 息を吹きかけながら喋ると、吐息が当たってくすぐったいのか魔理沙は小さく身をよじらせた。最早、パチュリーの脳内に“後のことはどうするんだ”という考えなど残っていない。
 ただ単純に、魔理沙の反応を見て「このまま畳みかければ誤魔化せる」などと彼女に働けと言われて必死で誤魔化すヒモ男のような心境に陥ったパチュリーは、己の衝動に任せてただひたすらに突き進む。

「私の『特別なひと』はあなただけよ」
「えっ、ぱ、ぱちゅりー」
「パチェって読んでくれなきゃ、いやよ」
「っ!?!?!!」

 真っ赤な顔で口をぱくぱくと開き、だが結局何も言えずに俯いてしまう魔理沙。
 その瞳に溜まった涙を、パチュリーはそっと舐めとった。

「ぱ、ぱちぇ、わた、私、私は――」
「いいの、わかってるわ。だから魔理沙……ねぇ?」
「う、うん、あのさ、ぱちぇ」
「なに? 魔理沙」

 魔理沙はしなだれかかるようにパチュリーに抱きつくと、最早トランス状態と言っても過言でもないパチュリーの耳元に先ほどパチュリーがやったように唇を寄せる。
 そして――

「ここじゃ、いやだぜ」

 ――小さく、けれど熱の籠もった声でそう、呟いた。



















 ――結局、パチュリーが我に返るのは翌日のことになる。
 一糸纏わぬ魔理沙をベッドに転がしたまま、同じような格好のパチュリーは頭を抱える。どうしてこうなったと後悔するには自業自得過ぎる状況。
 最早責任を取らねばならない状況は、パチュリーにとって重すぎた。

 そうして、魔理沙が寝ぼけている内に挨拶をして出て行ったパチュリーは、その日のうちにもう一度頭を抱えることになる。
 紅魔館の前。家を引き払ってきたという魔理沙の背には、大量の荷物。

「責任、とってくれるよな? ぱちぇ」

 良い笑顔で親指を立てる門番。
 毛虫のごとくパチュリーを見るメイド長。
 興味津々といった様子で見守る己の使い魔。
 意味がわからずきょろきょろと周囲を見回す親友の妹。
 手に持った紅茶が零れていることも気がつかず口をあんぐりと開ける親友。

 パチュリーは万感の想いを込めて呟いた。

「ころせ」

 その手に、紅い本を握りしめながら。






物語を終える。

一つ前の選択肢に戻る。
























































































――†――



 紅魔館に戻ってきた頃には、すっかり日が暮れていた。

「おや、パチュリー様。お帰りなさいませ。外泊とは珍しいですね」
「ただいま、美鈴。たまにはこんなこともあるわよ。レミィは?」
「テラスです。咲夜さんとこあちゃんには私が伝えておきますから、直接行かれては?」
「ええ、そうさせて貰うわ」

 パチュリーは美鈴にそう告げて手を上げると、ふわりと浮かび上がる。
 ゆっくりとテラスを目指すパチュリーは、この本によって得られたものを思い返していた。






 魔理沙との出逢いで、パチュリーは自分のプライドと折り合いが付けることができた。
 それまでは自分よりも格下だと思ってしまったら、それ以上その相手に見られるところはないと切り捨てる。格下の相手から何かを学ぼうなど、魔女としてのプライドが高いパチュリーにとって容認できることではなかった。
 だが実際に本を通じてプライドを捨ててみれば、待っていたのは今までにない価値観の塊だ。これほどの違う視点があるのなら、これまで切り捨ててきた視点はどのようなものだったのだろうか。
 そう考えていると、いつしかパチュリーの心の中に他者を見下すという考えはなくなっていた。



 アリスとの出逢いで、パチュリーは己の劣等感と向き合えた。
 それまでは大きすぎる自負が、やればできる、できなくても魔法でカバーすれば問題は残らない。熟練の魔法使いである自分ならば、魔法で全て代用することができる。唯一心の底から認めている紅魔館の面々以外に対しては、すべからくそうした考えを持っていた。
 だがそれを、魔法以外の分野で魔法以上のことができる存在への劣等感から目をそらしているだけだと気がつけたのは、アリスのおかげだった。
 なにせ、パチュリーはアリスほどの人形は作れず、アリスほどに料理は作れず、アリスのように器用に魔法を操るという視点を持たない。
 アリスとともに色々なことに挑戦をしている内に、パチュリーの心の中に劣等感と向き合う余裕ができていた。






 そこまで考えついたところで、パチュリーはレミリアの前にふわりと降り立つ。
 レミリアの前には二つの紅茶。パチュリーがここに来る時間を“読んで”いたのか、紅茶からは温かな湯気が立ち上る。

「どうだった? パチェ」

 レミリアが紅茶を片手にそう微笑むと、パチュリーはレミリアの対面に座って紅茶を手に取る。

「貴重な経験だったわ」

 言いながら紅茶を飲むと、甘めに入れられた紅茶はパチュリーの身体を休めてくれた。

「楽しかった?」
「ええ、もちろん」
「ためになった?」
「ええ、とても」
「そうか、良かった」
「ふふ、ええ、良かったわ」

 中身のない会話。
 それでもパチュリーの心は満たされる。

 レミリアが、己の親友が何を思ってこの本を作ってくれたのか。こと身内に関しては隠し事が下手ですぐ表情に出るレミリアの顔を見れば、パチュリーはだいたいその内面を伺うことができた。
 心の底か安堵している顔。パチュリーを見て嬉しそうにする顔。それでもどこか心配そうな顔。パチュリーはそんなレミリアに、なんて声をかけようか迷う。

「本当に、感謝しているわ、レミィ」
「殊勝じゃない。そんなに楽しかったんなら、私も使ってみようかな」
「貴女に意味のある本には思えないわ」
「くくっ、違いない」

 運命を鑑賞し操り干渉できる存在に、必要な本ではない。そう軽口を叩きながら、パチュリーはこっそりと紅い本に手を伸ばす。
 ここまで導いてくれた本だ。このまま頼ってしまえばそれで良い。そう願うパチュリーの目に、記された選択肢が映り込む。

 パチュリーが選ぶ答えは――






ありがとう、レミィ。

でも、最後だけは、自分の言葉で。
























































































――ED18/続く運命は書と共に――



「ありがとう、レミィ」

 パチュリーはそう告げると、レミリアに微笑む。

「レミィのおかげで、私は色々なことが知ることができた。レミィが私を想って、この本を作ってくれたから」

 わざわざレミリアが覚り妖怪の力を借りてまで本を作る必要なんか、本来はなかったはずだ。けれどレミリアは本を作り、パチュリーの興味を引かせて、送り出してくれた。
 そのことが何よりも嬉しくて、パチュリーは紅くなった頬を隠そうともせずレミリアの目を正面から見つめる。

「だから、ありがとう。レミィ。貴女は私の最高の親友よ」

 パチュリーにそう言われて、レミリアは紅くなった顔を隠すように目をそらす。だが真っ赤になった耳が隠し切れていないことに気がついてはいないようで、パチュリーはそんなレミリアの可愛らしい様子に笑みを深くした。

「………………どう、いたしまして、パチェ」

 消え入りそうな声。
 けれど、思いは確かに伝わった。パチュリーはそのことが確認できると、自分も紅くなった顔を誤魔化すように紅茶を飲む。
 気がつけばアイスティーに変わっているあたり、完全で瀟洒なメイド長にパチュリーは気恥ずかしさを覚えながらも感謝した。



















 それから。
 紅魔館にはいつもとは少し違う毎日が始まることになる。

 それは例えば、遊びに来るようになった魔理沙やアリスであったり、更に絆の深まったレミリアだったりと、パチュリーの日常は以前とは比べものにもならないほどに賑やかで、心地よい日々だ。
 そんな最中、パチュリーは常に紅い本を近くにおいて過ごしている。今日もまた、躓くことがあれば願うのだ。この紅い本にただ、己の願いを込めて選択肢を請う。

 さぁ、この日常。
 紅い本に何を願い、何を選ぼうか――






物語を終える。

一つ前の選択肢に戻る。



























































































――TrueED/運命に願いを込めて――



 パチュリーは紅い本を手に取ると、それを閉じて机の中央に置く。

「パチェ?」

 パチュリーは、この本にはずいぶんと助けられた。
 迷ったとき、どうすればいいのか教えてくれた。
 焦ったとき、落ち着き方を教えてくれた。
 戸惑ったとき、自分が本当はなにをしたいのか教えてくれた。

 だったら、とパチュリーは考える。
 この本で自分と向き合った結果を見せてあげることが、この本とレミリアに対する最高の恩返しなのではないのだろうか。
 選択肢を前にしないと、パチュリーはどうしても戸惑ってしまう。なにより素直な自分が想像できなかったからだ。だが、それももう過去の話。魔理沙とアリスに自分をさらけ出したパチュリーは、ゆっくりと深呼吸をして自分自身の本音を、本心からの言葉を導き出す。

「すぅ……はぁ……最初はね、めんどくさいとしか思っていなかったわ」
「うん、だろうね」
「もう、茶化さないで」

 笑うレミリアにそう言うと、レミリアは穏やかな表情で頷いた。

「次は、苦しいって思ったわ。私はこんなのことを考えていたのかってね」

 たとえ人間でも妖怪でも、自分の醜い部分と向き合うことは怖い。人間であればいつしか向き合わねばならないことだが、妖怪であるのなら自分の好きなことだけやっても生きられるため、向き合うことはほとんどない。
 だからこそ知らぬ未知への恐怖に、パチュリーは知らず怯えていた。

「苦しいを乗り越えたら、その後は楽しいになったのよ。信じられる? レミィ」
「うん、もちろん。パチェのことだからね」
「……茶化さないでってば」

 自分の弱い面と向き合ったとたんに、視野を広げることができた。

 今まで無価値だったものが強烈な色彩を放ち。
 今まで見下していたものが香しい蜜となり近寄りたくなった。

 たったそれだけのことでパチュリーの内面は豊かになり、これまでよりもずっと“楽しく生きられる”価値観を得ることができた。

「だからね、同時にわかったわ。何故レミィがわざわざ覚り妖怪と協力してまで、本を作ってくれたのか」

 レミリアは運命を操る。
 それを運命を視て、そして干渉するということだ。限定的な未来予知であり、未来予知とは隔絶した未来干渉。その能力の多くを、たとえパチュリー相手でも語ろうとしないレミリアは能力を経て何かを知った、とパチュリーは検証する。
 そしてその何かは、パチュリー自身に関するものだ。

「今の時代、こんなにも輝きや力を持った人間がたくさん現れるなんて奇跡、そんなにないわ。だからきっとこの先、“今しかできないこと”をせずに私が何か後悔をした、とそんなところかしら?」

 今の時代にしか存在できない人間。魔理沙たちと交流せずに見下していたことを、きっとパチュリーは遠い未来に深く後悔をするのだろう。

「考えすぎよ、パチェ。ただ私は面白そうだと思っただけ」
「ふふ、レミィがそういうなら、そういうことにしておくわ」
「頑固だねぇ」
「誰かさんの親友ですもの」
「違いない」

 レミリアはそう言って笑うと、紅茶を口に運ぶ。その視線が外れた一瞬にパチュリーは消え入りそうな声で呟いた。

「だから、その…………――ありがとう、レミィ」
「っ…………――どういたしまして、パチェ」

 今まで家族のように近かった相手に、心からのお礼を言うのは恥ずかしい。
 パチュリーとレミリアは耳まで真っ赤にして、互いから顔を逸らすように月を魚にすることしかできなかった。



















 ――それからの日常は、様々な変化が起こる。


 例えば魔理沙は、本を強奪することはなくなった。代わりに、読みたい本を読んで帰る。


「なぁパチュリー、ここなんだけどさ……」
「記述を参考。ほら、こあに参考資料を持ってきて貰いなさい」
「おお、ありがとう」

 時にはアドバイスをして、パチュリーは魔理沙の研究の手伝いも行っていた。
 それだけではパチュリーに利がないようにも思えるが、魔理沙は時折パチュリーにはない発想で魔法を組み上げることがある。
 それがなによりもパチュリーにとって刺激になった。


 例えばアリスは、必ず手作りのお菓子を作って図書館を訪れるようになった。魔理沙と同じように、時には魔理沙とパチュリーと三人で並んで意見を交わし合う。


「パチュリー、お邪魔するわ。あら? 魔理沙も今日は一緒なのね」
「おう! よしアリス、まずは手土産だ」
「魔理沙、その手土産は私へのモノよ。咲夜に分担して貰いなさい」
「パチュリーのいうとおりよ、魔理沙」
「へいへーい、だぜ」

 アリスと交流を持つようになってから、パチュリーは錬金術にも通ずるところがある料理に関心を持つようになった。
 アリスのお菓子はそんなパチュリーにとって遙か高みにあり、この後一人でこっそりお菓子作りの練習をするときのための味の見本として、食べておきたかったのだ。
 物作りに興味が持てるようになった。そのことはパチュリー自身が思うよりもずっとパチュリーの視野を広げている。



 日常の中で、パチュリー自身の性格はほとんど変わっていない。
 本に導かれていたときのように自然と柔らかい台詞や表情は出てこないし、仏頂面がほとんどでそれほど優しくもない。だからか、最初は首をひねっていた魔理沙やアリスも徐々に適切な距離感に調整されていき、今ではこうして気の置けない友人となった。
 何も変わっていない。けれど、少しだけ自分の心に素直になった。それだけで、日常の風景は心地よいものになる。

「それじゃあ、パチュリー。また明日」
「じゃあな、パチュリー! また来るぜ!」
「ええ、まぁ適当に来なさい」

 図書館の入り口まで二人を見送ると、パチュリーはふわふわと浮き上がって図書館の奥へ向かう。






 咲夜が空間を弄って作ってくれた図書館用キッチン。その奥へ向かうと、パチュリーはお菓子作りの準備を始める。
 するとどこからかコウモリが集まって、やがてそれは人の形を取った。

「秘密訓練に参加なんてナンセンスよ、レミィ」
「良いじゃない。私にくれるんでしょう?」
「……それでも、よ」

 材料を準備するパチュリーの後ろに、レミリアが降り立つ。
 秘密訓練を始めた当初から居座る親友の姿に、パチュリーはそっとため息をついた。

「前々から聞きたかったんだけどさ」
「なに?」
「そのお菓子作り。なんでそんなに一生懸命練習してるの?」

 パチュリーはレミリアの問いに、振り向くことなく考える。理由はもちろん、お菓子作りに、料理に興味を持ったからだ。
 だが他にも理由があるのかも知れないと自分に向き合うと、驚くほどあっさり答えが出た。

「レミィに食べさせるから」
「へ?」
「レミィに手作りで美味しいものを食べさせたいから」

 声は平坦で、さらっと言ってのける。
 どうせ振り向きはしないのだ。パチュリーの顔が紅いことなんて、レミリアは気がつけっこない。

「あー、うー、えーっと、その――ありがとう、パチェ」
「ええ、どういたしまして、レミィ」

 パチュリーの後ろで唸るレミリアは、きっと自分と同じように紅い顔をしていることだろう。
 パチュリーはほんの少しの意趣返しに満足すると、お菓子作りを再開した。





 日常は変わらない。
 けれど辿るべき運命には変化が起こった。
 その変化が後に及ぼす影響なんて、わからない。だけど。

「悪くない、わね」

 パチュリーは今目の前にある日常に確かな満足感を覚え、そう、柔らかく微笑んだ。







後書きへ飛ぶ。

最初からやり直す。

さとこい攻略情報局




























































【さとり】さとこい攻略情報局【こいし】



 地霊殿の奥深く。
 スポットライトの当てられた部屋に蠢く影があった。

 一人は桃色の髪。
 穏やかな表情をした少女――古明地さとり。
 一人は淡い緑の髪。
 常に満面の笑みを浮かべた少女――古明地こいし。

 二人は同時にパンッとクラッカーを鳴らすと、声を上げる。

「攻略、おめでとーうっ!」
「ねぇこいし、これは誰に向かってやっているの?」
「お姉ちゃんは何も気にしなくて良いから、ほら、合わせて合わせてっ」
「はぁ、まぁ良いわ」

 さとりはこいしの行動に達観した表情を浮かべると、可愛い妹のためだと割り切る。

「中には下からここまで長ーくスクロールしてしまった人も居るかも知れないけど、ここは本当にネタバレしかないから注意してね!」
「こいし? ……いいえあきらめてはダメよ、さとり。これもこいしのため。これもこいしのため」

 満面の笑みで解説するこいし。
 胃を抑えてうずくまるさとり。
 実に対照的な姉妹だ。姉の苦労が慮られる。

「ほら、お姉ちゃん、この間吸血鬼と作った本の解説!」
「え、ええ」

 さとりは気を取り直すようにごほんと咳払いをすると、クリップボードを持ち上げる。ファンシーな絵で描かれているそれは、レミリア曰く「運命の書」であった。
 さとりはそんなクリップボードの裏面に書かれた台本を読み上げる。

「この本は、作中でも言われているように、覚り妖怪と協力して作られた本よ。実のところこれは覚り妖怪、と括ったことからもわかるように、私の力とこいしの力の二つが込められているの」

 クリップボードを入れ替える。
 今度は、運命の書にさとりとこいしとレミリアが力を注いでいる絵だ。

「導き出される選択肢は、表層意識に存在するものと無意識下に存在するモノの二種類。これにレミリアさんの運命操作を加えると、無限に存在する“二種類”から、確実に“次”に繋がる選択肢を表示。悪い選択肢を選んだときは未来を確定するかどうかの選択ができるようになっているのよ。……私も欲しいわね、これ」
「そう! だから悪い選択肢やあんまり良くない選択肢を選んだときは、実のところ“まだ起こっていない現象”を走馬燈のように頭を駆け巡らせて、選び直すかこの未来で確定させるか選ぶことができるってこと! だから、『一つ前に戻る』なんて選択をすることができるんだよね!」
「確かに、一つ前に戻る、なんて本来はできないものね」

 さとりの言葉に頷くと、こいしは笑顔で頷く。

「設定のお話はここまでで、次はいよいよ攻略のお話だよ!」
「はいはい、次ね」

 さとりは慣れてきたのか、手際よく次のクリップボードを見せる。
 今度はなにやら数字や分岐が書かれていた。

「エンディングの数は、通常orBADが合計で十八個。BESTENDが二つ。TrueENDが一つ。タロットカードの“世界”の数にちなんで、合計二十一個のエンディングが用意されているよ!」
「あら? でも、一つ一つBADEND巡りをしても到達できないモノがあるみたいよ?」
「うん、その解説が、この場の存在意義なのだよお姉ちゃん!」
「そ、そう……」

 こいしはさとりの手に持たれたクリップボードに指をさす。

「ルートを大きく分けると、この図の感じになるんだよ」

A・魔理沙ルート
B・アリスルート
C・魔理沙ルートを経由したアリスルート
D・アリスルートを経由した魔理沙ルート
E・レミリアルート

「TrueENDに行くためには、このCかDのルートに行かなきゃいけないんだけど」
「なるほど、CからEに行けばDが、DからEに行けばCのルートが視られない、ということね」
「そう! だからENDを全部見るためにはそれぞれのルートから連続で読まないとならない訳だよ!」
「でも、それはそれで面倒ね」
「大丈夫! 後でリンク張っておくから!」
「りんく? ええ、まぁ、いいわ」

 さとりはこいしに促されて、最後のクリップボードをめくる。
 そこに書かれているのは、さとりとこいしが手を振っている絵だ。

「それじゃあ、攻略情報局はここまで!」
「長く付き合ってくれて、ありがとう」
「じゃあ、またどこかいつかでっ!」
「さようなら、皆さん」

 さとりの言葉と共に、スポットライトが落ちる。
 そして暗がりの中、何かが盛大に転んだような音が響いたあと、地霊殿はゆっくりと静寂を取り戻していった。






最初からやり直す。

魔理沙経由のアリスルートへ飛ぶ。

アリス経由の魔理沙ルートへ飛ぶ。

後書きへ飛ぶ。














































































































※ここから先には本編の以外に何もありません。ネタバレになってしまいますのでご注意ください。



















































































































【さとり】さとこい攻略情報局・出張版【こいし】



 地霊殿の奥深く。
 スポットライトの当てられた部屋に蠢く影があった。

 一人は桃色の髪。
 穏やかな表情をした少女――古明地さとり。
 一人は淡い緑の髪。
 常に満面の笑みを浮かべた少女――古明地こいし。

 二人は同時にパンッとクラッカーを鳴らすと、声を上げる。

「攻略情報局、出張版だよーっ!」
「しゅっちょうばん? 攻略? こいし、何を言っているの?」
「良いから良いから、お姉ちゃんは合わせてっ」
「はぁ、そう? まぁいいわ、こいしのためですもの」

 ハイテンションのこいしに対して、さとりは実にローテンションだ。

「うんうん、攻略できなくて我慢できずにスクロールしちゃったんだよね。わかるよ、攻略サイト見ちゃうその気持ちっ」
「私はあなたの気持ちがわからないわ……」
「でも、ここより上は本当にネタバレしかないから気をつけてねっ」
「無視、無視なのねこいし……」

 こいしが満面の笑みで解説を続けると、さとりは思わず胃を抑えてうなり声を上げる。如何に日頃から苦労をかけさせられているのか、一目でわかる光景だった。

「はい、それでは中々それっぽいエンディングにたどり着けないそこのあなた!」
「誰も居ないわよ?」
「そう、あなたです! 重要なのは、変なエンディングを迎えたとしても諦めずにやり直すこと! もう一つは、選ばなかったルートを、ルートの終わりに選んでみること、だよ!」
「こいし……お姉ちゃんが不甲斐ないばかりに……こんな……」

 こいしは泣き崩れるさとりの背中を優しく撫でる。その顔は慈愛に満ちていた。追い詰めたのもこいしではあるが。

「今ここで出せるヒントはここまでっ! みんな、頑張って攻略してねっ! こいしとの約束だよっ! ――ほら、お姉ちゃん、帰るよー」
「うう、ごめんなさい、ごめんなさい、こいし」
「ふふふふっ、お姉ちゃんは可愛いなぁ」

 ぐだぐだのままスポットライトが落ちる。
 あとにはただすすり泣くような声が残り、地霊殿に静寂が戻ることはなかった。






最初から遊ぶ。

後書きへ飛ぶ。





























































































































































































































































































































――◇◆◇――
◇◆◇



 暗い部屋の中、レミリアはぱたんと本を閉じる。
 その顔に浮かぶ表情が如何なるモノか、暗がりに溶け込んでしまい、判断することは難しい。
 ただレミリアは本をゆっくりと抱きしめると、棺桶に身を横たえて静かに眠りについた。

「明日は、――――――でありますように」

 最後にそう、小さく願いを込めて。



――あとがき――



 初めましてorお久しぶりです。
 今回は久々にギミックSSを公開させていただきました。
 楽しんでいただけましたら、幸いです。

 あとがき上部、最後のレミリアの台詞はどのエンディングを経由してこの場に訪れたかで変化します。どうぞどのような言葉を零したのか、皆様で補完していただければと考えております。

 それでは、ここまでお読みくださりありがとうございました!
 また次回、お会いしましょう!

 2015/04/24
 誤字修正しました。
 2015/04/25
 リンクミスを修正。
 2015/04/30
 誤字修正しました。
I・B
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
運命設計が運命プディングに脳内変換されてたのは置いといて純粋に面白かったです
2.奇声を発する程度の能力削除
面白く楽しめました
3.名前が無い程度の能力削除
攻略見ないで全エンド見れました。非常に面白かったです。
トゥルー素敵でした。
修羅エンドでの美鈴と咲夜さんの反応がぶれてないとこもいいなと。
ありがとうございました。
4.絶望を司る程度の能力削除
面白かったです!たまにはこういうのもいいですね。
5.名前が無い程度の能力削除
ヤンデレ魔理沙可愛い
6.青段削除
初見はパチュアリで本能的に暴走するのは仕方ないのであった…
とても面白かったです。なんだか砂糖吐きそうでした。ところで何があっても常に本を開いているパチュリーに誰も突っ込まない辺りもうそういう人として認識されているのでしょうか…
7.名前が無い程度の能力削除
ふええ…こんな凄いSS見たことないよう…
8.削除
読んで選択してそれぞれの話に進むギミックSS、
文章は似ていても違うルートへ進んでいるというのは面白いですね。
とても楽しめました!
9.名前が無い程度の能力削除
すばらしいSSでした。
10.名前が無い程度の能力削除
進んだり戻ったりを繰り返しておそらく全てのEDを堪能しました!
あらかた巡った後にスクロールしてたら出張版を見つけてにんまり。