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地底妖怪トーナメント・10:『1回戦10・上白沢慧音VS小野塚小町』

2014/12/26 16:39:13
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 選手入場口の手前通路で胡坐をかきながら目を閉じる少女は、死神である。幻想郷の人外はほとんどが少女の姿をしている、という言葉はあるものの、少女と言い切るには違和感がある程度の背丈があり胸も大きい。
 横に立て掛けてある大鎌が小さく振動し、後ろから近づいて来る者に対して死神――小野塚小町は振り向いた。
「四季様……」
 審判席を離れ、映姫はわざわざ遠回りして小町のいる選手入場口の通路に来た。
「特に言う事はありません」
 わざわざ目の前にまで来たにも関わらず言い放った映姫の言葉に小町は思わず目を丸くする。
「私同様、多くの死を見てきたあなたは、勝負は非情であることぐらい理解しているはずです。ここで上白沢慧音についての攻略法を教える道もあったのでしょうが、生憎今の私は誰に対しても平等な立場でないといけない」
「適職じゃないですか」
 からからと笑うも映姫に睨まれ小町は目を逸らした。
「ですが、期待はしています。勝て、とは言いませんが怠けることは許しません」
「そうですね。そればかりは相手に失礼です、ってことでよね。しかし四季様に言われちゃあ、試合を楽しむ事も許されなくなってしまう」
「勝ち上がれば、長く戦えるはずです。手強すぎて、あなたなら裸足で逃げだしたいと思ってしまう程の者達もいるのですから」
 言い終え、映姫は闘技場から近道しようとせず律儀に外周廊下から審判席に戻るため、背を向ける。
「頑張りなさい、小町」
「はい」

 一方で、その者は選手入場時に見せた時とは大きく姿を変えていた。小野塚小町の対戦者である上白沢慧音は、衣服こそ同じだが、頭からは一対の長い角、そしてふさふさとした尻尾が生えていた。彼女は満月の日にのみ変身するワーハクタクという種族なのだ。
 闘技場の喧騒を静かに聞いている彼女の元にも、また背後から一人の人物が近付いてくる。第九試合で蓬莱山輝夜の戦いを見届けていた少女である藤原妹紅だった。
「結局、満月を見なくてもその姿になるんだな」
「どの道、あの闘技場に立てば嫌でも満月の光を浴びてしまうさ。ただ、あまり落ち着かないのでな。変身はできるだけ遅いに越した事はなかった」
 妹紅の方を向いた慧音は、多少の余裕を持った表情をしていた。
「しかし、この姿にでもならないと死神はともかく輝夜に勝つことは叶わなそうだ」
「あいつ、思ってる以上に本気だぞ。私と戦うまで遊ばないつもりだ。慧音、もしやばいと思ったら――」
 自分を案じる言葉を言いそうになる妹紅を慧音は睨み、口を止めさせた。
「逃げるわけにはいかないさ。私は教師でもある。背中を見せて逃げては教え子達に笑われてしまう」
「ん、でも別にここにはお前の生徒なんて……」
「お前もその一人だ。お前からは色々なものを教わったからな」
「……そうか。でもそれじゃあ逆だな」
「いいや。生徒と教師は、常に教え教わり合う関係だ。まぁ、恥ずかしい話、私も子供の頃からそこまでできた者ではなかった。子供の頃に歴史を理解しきれなかった付けが、教える時になって今の子供達の睡魔になってしまってるのさ。百聞よりも百見よりも、教える事による学習効果は上だ。しかし大切なのは、教わってる者にとって意味があるかどうか、だからな」
「……はは、こんな時にまで道徳の授業か。慧音らしいといえばらしいな」
「茶化さないでくれ。これでも私は――」
 慧音の言葉を遮るように、古明地さとりによる選手入場が促された。
「まぁいい。行ってくるよ、妹紅」
「あぁ、死神なんか蹴散らして、とっとと私達で優勝するぞ」
「……妹紅。私は輝夜と戦うためだけに此処にきたわけではない。お前にも拳骨を喰らわせるため、勝ち進む。しかし、お前は、今は私の生徒だ。だから私が情けない姿を見せられないよう、そこで見ていてくれ」
 道具として持ち込んできた剣を腰から抜いて右手に持ち、慧音は闘技場に足を踏み入れる。
 様々な妖気が混ざり合った臭いに慧音は鼻をひくつかせながら歩く。スキマによって創られた天から注がれる月の光を浴び、望まずともみなぎっていく全身の力を抑え、死神と対峙する。相手の持つ武器はまさしく死神という種族に相応しい大鎌であった。
 対峙する二人の元にいつも通り閻魔も向かうが、歩く最中、驚いたように慧音の方に視線を向けた。
「四季様?」
 映姫の視線を小町は目で追うと、慧音が右手に持つ剣が目に入った。
「一つよろしいかしら、上白沢慧音」
 何故映姫が一つの剣に釘付けになっているのか小町は理解できないまま、何故か八雲紫までもが闘技場に降り立ち、自分達の元に来ていた。
「あなたはその剣をどこで手に入れたのですか?」
「これはただの借りものの剣だ、少し値は張ったがな。妖怪を相手にするのなら少しくらいは謂われのある武器があった方が良いと思っただけだ」
 あくまで人間が戦う際の話であるが、妖怪を相手にする場合、どれほど鋭い刃であっても人間と比べてすぐにその傷は癒されてしまう。故に武器として選ぶなら、何かしら『謂われ』があったり高名な伝えのあるもので戦った方が効果的である。慧音が手に持つ武器もその一つなのだろう。
「私がよく使うスペルらしく、『三種の神器 剣』とでも言えばいいかな」
「……いいでしょう」
 半ば納得したように紫は元の席に戻って行き、映姫もそれ以上慧音の剣を見ることはなく審判としての職務を果たす。
 その光景を観客席から見ている霧雨魔理沙は思わず首を傾げていた。
「あれは……『霧雨の剣』か?」
 突然珍妙な単語が出たことに、つい先程戻り幽香をどかせて魔理沙の隣に座り直した霊夢は訝しげな表情をする。
「何よそれ」
「前に香霖堂で八卦炉を直してもらった時、その代金代わりに集めてる金属を香霖にあげたんだけど。その時一緒に剣が混ざってて、その時の剣と慧音の剣が、なんか似てる気がしてな。でも、遠くからだと判らないけど、かなりボロボロなんだぜ。あれじゃ野菜も斬れないぞ」
「そう。でも、謂われがあれば少しは戦えるんじゃないかしら? あなたの名前があるなら……スペルの威力が上がったりするんじゃない」
「弾幕は禁止じゃないか……」
 霊夢達が話している間に試合をする者達の準備は終わっていて、審判は号令を掛ける。
「一回戦第十試合、始め!」
 試合が始まるも、歓声が沸く闘技場の中央に立つ二人は大きく動かないでいる。小野塚小町の大きな弧を描く大鎌は見た目通り広い射程を持つため、慧音はうかつに攻める事ができない。しかし小町に至ってはそうではない。彼女にとっては間合いがどの程度広くても構わなかった。
「それじゃあ、こっちから行かせてもらうよ」
 小町は大鎌を高く構える。まるでその場からでも慧音を攻撃できるかのように。数秒程の沈黙後、小町は間合いを詰めるため地面を蹴る。慧音がそう認識した時には既に小町は眼前にまで迫っていた。振り下ろされた鎌を間一髪で避ける慧音だったが、その行動は想定済みだった。小野塚小町は『距離を操る程度の能力』を有している事は慧音の知識の中にあり、間合いを一瞬で詰める事ができるのは何となく予想できていた。
 続けざまに再び襲い掛かる鎌も慧音は回避し、無防備となった小町の腹部に向け反撃の剣を突く。それに対し小町は後ろに跳ぶ。飛行能力を使っているわけではないにも関わらずそれだけで十数メートルも慧音から離れた。
「なるほど。これは……中々の難敵だな」
 弾幕による手軽な遠距離攻撃を封じられている今、間合いの概念は重要な要素の一つである。しかし慧音が相手する小野塚小町はそれを自由に操っている。自分が攻撃したいときに間合いを詰め、慧音が攻撃する時には間合いを離す。戦いが始まって一分程度で、慧音は自らの相手がどれほど厄介な相手なのかを悟る。
 ――しかし、立ち止まることはできない。まずは積極的に動いてみなければ。
 慧音は一度剣を引いて姿勢を変え、地を踏みしめて小町に突進する。しかし、小町との距離――それどころかその後ろにある闘技場を囲う結界までの距離が変わらない事に慧音は違和感を覚える。不思議な感覚を覚えて下を向くと、走りながらその場で足踏みをしている事に気付いた。全力で前に走っているにも関わらす実際は同じ場所の地面に何度も靴跡を刻み込んでいるのである。
「なんだこれは……!」
 自分の予想通りな態度を見せる慧音に笑い、小町は再び鎌を振り上げる。
「更には、こんなこともできる」
 慧音が立ち止まったのを見て小町は前に歩みゆっくりと間合いを詰める。困惑しつつも一度間合いを取ろうと慧音は後ろへ跳ぶ。しかし、何故か慧音は足を離したその場に着地した。真上に跳んだわけではないにも関わらず、自分が後ろに跳んだ距離はないに等しかった。
「そ……そんな……!」
 前に攻める事も後ろに退く事もできない事に狼狽する慧音の前に小町は再び一気に近づいて来る。恐らく振り下ろされる鎌に対し剣で受け止める手段もあったが、実のところ心中ではそれなりの冷静を保っている慧音は別の手段を取る。彼女は近づいて来る小町に向かい、飛び込んで行った。それは攻撃ではなく回避のためで、実際、一瞬で近づいてきた小町に対し慧音は一瞬で間合いを広げ、まるで互いの位置が入れ替わったようになる。
「どうやら、自由自在というわけでもないらしいな」
 土埃を払いつつ、慧音は小町の能力について思案する。例えば、自分が前にも後ろにも進めない状態にして小町はゆっくり間合いを詰める、というのが一番手軽そうな戦法に思えるが小町はそれを行って来ない。更に、自分が後ろに下がれない事に驚き、立ち止まった瞬間に小町は間合いを詰めてきていた。それに慧音は何か引っかかるものを覚える。
 しかし考えが纏まりきることを許さない死神は再び間合いを詰める。思考による隙を生んでいた慧音はそれを剣で受け止めるも、後ろに弾き飛ばされてしまう。
 剣を取るために慧音は間合いを取ろうとするが、小町の能力によってまたも下がれなくなる。しかしそれでも歩み続ける慧音を見て小町は渋い顔をしていたが、仕方ないといった様子で前に足を着ける。同時に慧音の身体も後ろに下がることを許される。その事実から慧音は一つの答えに辿り着くも、同時に小町が眼前に迫っていた。襲いくる大鎌を横跳びで回避した慧音は再び剣に向かって走るも、その間に一瞬で小町が割り込んだ。
「その慌てよう……。どうやらあの剣はあんたにとってよっぽど頼みの綱のようだね。でも、残念だけど剣との距離を離させてもらうけどね」
「……構わないさ。それに見くびってもらっては困る。剣などなくとも、私にはこの角がある」
「ならそれも斬り落とすまでさ」
 慧音に生えた一対の鋭利な角に対し、小町は大鎌を短く持つ。振り回しやすく、それでいて相手の角が持つ間合いにぎりぎりで勝るようにした。
 ゆっくりと近づいて行く慧音に対し、小町は大鎌を持ったままじっと待ち構える。距離を操ることはせず、自らの間合いに慧音が近付くのを待っていた。
 映姫や妹紅を含めた観客がその瞬間を待つ中、小町が鎌を一瞬持ち直した隙を見はからい慧音は跳ぶ。しかし、それは小町にとって大した隙ではなく、襲い掛かる慧音に対し鎌を振り下ろした。あと一歩踏み込めば真っ二つになっていただろうという間合いで突如慧音は立ち止まり、小町の攻撃を回避する。一見絶好の反撃機会にも見えるが、しかしそれは慧音の角が届く前に小町が迎撃できるであろう間合いだった。
 得意げに微笑む小町に対し、しかし慧音は横跳び回避をした際に左手で隠し持っていた小石を小町の顔面に向けて弾き飛ばす。思わずそれを払うが、それでも小町には慧音の角を受けない間合いと余裕がある。
 反撃の体勢を保ったままの小町に対し、慧音は跳ぶ。それは小町の思惑とは違い、能力は一切関与していないにも関わらず慧音は真上に跳んでいた。小町の肩程の高さまで跳んだ慧音は中空で突如身体を捻る。その瞬間、小町の頬に鞭のような衝撃が叩きつけられた。彼女は角と剣に集中していたせいで、慧音が更に隠していた攻撃手段――尻尾の存在を忘れていたのだ。
「隙ありだ!」
 尻尾の衝撃によって数瞬の視界と思考を奪われた小町の左胸を抉るかの如く、慧音は角を向けて突進する。
「ぐっ!」
 小町はまたも能力を使い素早く慧音との間合いを遠ざける。しかし、慧音はそれを寧ろ狙っていた。
 数度の攻防で慧音は小町の能力のからくりを全てではないにせよ暴いていた。慧音が間合いを詰めることも離す事もできなかった時、その影響は小町も受けていた。それでいて、慧音が下がれないようにし、自分は奇襲をする、という行いには一呼吸の間があり、『距離を長くする事と短くすることは同時にできない』事を見破った。そして、小町が剣との距離を離す、と言ってからこの瞬間に小町が能力で間合いを離すまで、慧音に対してあれほど有効だった能力が使われることは一切なかった。それにより、『能力は一度に一つの方向にしか作用しない』と考える。そして、その場ではなくわざわざ慧音と剣の間に入ってから、能力によって引き離すと小町は言った。つまりその能力は、『小町を中心にして発動する』のだと予想する。
 慧音は再び突進するも、やはり前に進む事ができない。先程の考えが正しいのなら、自らの背後までの距離を近くして間合いを一瞬で離した後、慧音との距離を遠くして間合いを詰められないようにしている。しかし、つまり今は前方に能力が影響しているのであり、小町の背後には何の能力も作用していないことになる。
 第六試合で慧音が見た、アリスが魔力を人形に送り思うように操る姿。そんな器用な真似はできないが、妖力を込めた物体を手に引き戻す程度のことを慧音は何となくではあるが会得していた。
 そして慧音は、あらかじめ妖力を込めていた『それ』を引き戻す。それは猛烈な速度で慧音に向かい飛ぶ。つまり、その直線状にいる小町に向かって。
 ――『一条戻り橋』! 疑似的なものだがな。
 小町は背後の妖気に気が付くも対処が間に合わず、その物体――慧音が持っていた剣が喉に貫通して突き刺さった。
「がっ……あ……!?」
 上白沢慧音が持っていた剣が後ろから襲い掛かり、自分の首を貫いた。突然の状況に困惑しつつも小町はそれを理解する。
「待っていたぞ、この隙を……」
 その瞬間には、慧音は既に懐に潜り込んでいた。
 ――怯ませれば能力の効果は弱まる、か。次にお前と戦う時に備えて覚えさせてもらおう。
「今回は、私の勝ちだ」
 地面を強く踏み込んだ慧音の鋭利な左角は小町の左胸を貫いた。
「はぁぁ……!」
 苦戦はしつつも、上白沢慧音は一応の無傷で小野塚小町の喉と胸に致命傷を与えた。角を強引に引き抜くと、今だ喉に剣が刺さっている小町は徐々に力を失い、地に膝を着けた。
「悪く思うな」
 念のため慧音は審判団を見る。彼女の考えなりに一番勝敗がついたかどうかを見極めることができるだろう人物は古明地さとりである。身体的な致命傷を受けた事や、それも含め精神的に折れた事をさとりである彼女は見極めることができるだろう、と慧音は考えていた。
 そしてそれは慧音の考え通り、しかし予想に反する結果となって映る。古明地さとり、どころか八雲紫や四季映姫の誰もが小野塚小町の戦闘不能を示してはいなかった。
 ――まさか!
 咄嗟に慧音は後ろに跳ぶ。瞬間に自分が居た場所は大鎌により切り裂かれる。慧音の衣服の胸部分は斜めに切れ目が入った。
 上白沢慧音は自らの勝利を半ば確信していた。前の試合では、それは直接の勝因ではないものの喉を潰されたぬえは瀕死になっていた。それに加えて小町は左胸に穴が空いている。にも関わらず彼女は反撃し、今この瞬間、ゆっくりと立ち上がる。
「いやぁ……すごいすごい」
 喉を潰され擦れ声であるものの小町は平気そうに言葉を発した。
「あんたが寺子屋で……せんせいをやってることはあたいもしってたけど。まさか能力の弱点をこんなにあっさりみやぶられるとは……おもわなかったよ」
 小町は得意げに微笑み、左手を首の後ろに回し剣の柄に触れる。
「だけど……残念だったねぇ」
 あっさりとそれを引き抜き、慧音に向かって放り投げる。
「あたいは死神だ。こんなものは……致命傷でもなんでもないんだよねぇ」
 突如、演舞のように鎌を振り回し操る。その速度は何故か先程の攻撃よりも早く、傷付いていながらも小町は余裕気に微笑んでいた。
「さて……これからはその剣……ちゃんと持ってなよ。もう奇襲させる気はない。自分で言うのもなんだが……正々堂々と行こうじゃないかい!」
 小町は能力を使わずに突進し、大鎌で慧音を切り裂こうとする。対して慧音はそれらを上手く捌いていくが明らかに防戦に徹している。人間で考えれば明らかに致命傷である箇所を傷つけても死神は倒れず、かといって剣で『首を切断』という勝利条件を狙おうとするも、武器であり巨大故に防御としても機能している大鎌に阻まれてしまう。その反則的な不死身さに有効打を得る手段が思いつかず、慧音は少しずつ圧され始める。
 元々頑丈な肉体を持つ鬼の星熊勇儀はその光景に感心していた。
「大したもんだねぇ。あの死神、能力に頼らなくても普通に強いじゃないかい」
「ええ、大した精神力です」
 古明地さとりのさり気なく言った言葉が勇儀は気にかかる。それ説明する言葉が放たれるのを待ったがさとりは何も言おうとしなかったので勇儀は思わず促す。
「式神の時は悪かったよ、さとり。今回は教えてくれよ」
 さとりは一瞬何か言いたそうな表情を勇儀に向けたが、すぐに試合場にいる慧音達に向き直った。
「小野塚小町は瀕死です」
 死神が復活したことにより先程から湧き上がっている歓声によって、さとり達の会話は他の観客はもちろん、慧音と小町にも聞こえない。
「はぁ? ……普通にピンピンしてるぞ。というか、動きが良くなってる気もするけど?」
「先程勇儀さんが言った通り、あれが、能力を使って相手を翻弄して遊ばない事を選んだ小野塚小町本来の実力です」
「だから、『瀕死』って言うのは?」
「簡単な事ですよ。私達と同じです。胸に穴を空けられれば痛く、喉を潰されれば苦しいのです。死にはしませんが」
「……まさか……」
「小野塚小町は、ただの『やせ我慢』で立っています。先程言った『死神に致命傷はない』というのは真っ赤な嘘です」
 勇儀の目に映る小町は吹っ切れたような表情をして、不死身を活かしているのか捨て身のように攻撃を続けている。
「傍目には元気に見えるけどなぁ」
「それですよ。死神に致命傷はない、という言葉。起き上がった時に寧ろパワーアップしたかのような鎌の振り回し。そして今の猛攻。それらは全て自分が瀕死であることを悟られないための演技です。しかし上手く作用し、あなたを含めた観客、そして真面目な半人半獣を偽るには十分だったようですね」
 普段、さぼりの言い訳を閻魔相手にしてきた小町にとって慧音を騙す事は簡単だったのかもしれない。現に慧音は小町の胴体に再び攻撃する考えを失っていた。
 ――さすがに……参ったな。弱点がないのでは、どこを攻めようか思い浮かばない。
 動揺から慧音は視界が狭まり鎌の刃だけを見ていたせいで、柄による攻撃を腹部に受けてしまう。
「ぐうぅ!」
 苦しむ暇もなく小町の刃が真っ二つにしようと襲い掛かる。剣で受け止めるもその衝撃を逃がし切れず慧音は地を転がった。
「くそう……」
 立ち上がり、しかしそれでも慧音はがむしゃらに進もうとする。
「慧音っ!」
 それを選手入場口から試合を見ていた妹紅が呼び止めた。
「妹紅?」
 普段聞きなれている声ははっきりと耳に届き、慧音はゆっくりと近づく小町が気に掛かりつつも妹紅の方に目を向けた。
「らしくないぞ慧音。お前は私や子供達に色んな事を教える頭を使う事ができる。普段のお前を保て。そんな不死身野郎なんてぶっ倒して。同じ不死身の輝夜も倒しちまえ!」
 一度は冷えた慧音の身体は妹紅の発破に再び熱がこもり、口元からは余裕を含む笑みが零れる。
 ――そうだな。私は教師だ。お前や子供達生徒に教え、護る力を持たなければいけない。
 再び剣で小町の大鎌を防ぐ。しかし慧音の身体は押されない。
 ――教師らしく、頭を使い、勝利して見せよう!
 慧音は剣で鎌を振り払う。先程とは別人のような剣の振りに初めて小町の方がよろけ、後ろに跳んで間合いを広げた。
「小野塚小町、そろそろ決着をつけよう」
「のんびりしてるねぇ……。あたいはいつでもそのつもりだよ!」
 小町は力負けしないよう、いつもの鎌の持ち方に戻して備える。剣を持つ慧音も全身の力を抜き、ゆっくりと前に進む。
 ――決着をつける。死神にとっての致命傷になるかは分からないが、『この技』が効果的なのは、あの子達が証明済みだ。
 詰まっていく間合いに堪えきれず飛び出したのは慧音の方だった。
「死神である貴様の首を……狩る!」
 勢いをつけた慧音は小町の首を剣で突く。
「甘いよ」
 一歩下がった小町は鎌を振り下ろす。それは慧音の剣に向けられていて、叩き落とすつもりだ。
 ――そう来ることは判っていた。
 慧音は剣の軌道を変えて大鎌にぶつけた。過程はどうあれ両者共に互いの武器を叩き落とすつもりだった。しかし、謂れがあるとはいえ剣と大鎌、その力は圧倒的であり、あっさりと慧音の剣は宙を舞った。とはいえ小町の身体も多少仰け反り、慧音は剣を犠牲にしてでもその隙を望んでいた。今度は右角を向け、先程とは反対の小町の右胸を狙う。
 対して小町は力を振り絞る。閻魔の部下である意地が彼女にはある。角を突き刺そうとしてくる慧音の後頭部に一撃を入れる事ができる可能性はある。しかし、もしその勢いが殺せず自分の右胸を貫かれれば、相討ちの可能性もあった。故に小町は、慧音そのものという武器を絶つ事に決めた。鎌を器用に持ち替え、小町は自分の前方に円を描くように鎌を一閃する。そして、その軌道上にあった慧音が有していた右の角はその身体から切断された。
 勝利が一歩近づいた事にほくそ笑む小町に対し、顔を上げた慧音の目には未だ闘志が宿っている。
 ――角の一本など何の問題も無い!
 切り落とされる事を予め覚悟していたのか一切怯まない慧音は走る勢いを殺しておらず、そのまま両手で小町の頭を掴んだ。
 ――宿題を忘れた子供達、喧嘩ばかりする輝夜と妹紅、そして諦めの悪い死神。
 小町は一瞬、上司である映姫が、さぼった時の自分に向けるものと似たような殺気を感じた。
 ――その者達に私から送ろう。
「お仕置きだ!」
 角ではなく額。慧音は小町の額に向け、全身全霊の頭突きを喰らわせた。
 まるで岩と岩がぶつかったような音が響き、慧音と小町、ともに数瞬動きが止まる。
「なるほどね……これがあんたの隠し玉かい。……四季様の悔悟棒の次に、効いたよ……」
 大鎌の重量に引きずられるように小町は前方に倒れていった。
 慧音は念のために間合いをとってから再び審判団を見る。強烈なる一本を見れた八雲紫、小町の思考を読みとれないさとり、共に慧音の方向を示す左手を上げている。
 映姫は数秒程小町を見るも、残念そうに目を瞑った。
「そこまで! 勝負……あり!」
 苦戦はしたものの大きな傷を負う事もなく試合を終わらせる事ができた慧音は溜息を吐いて上を見上げる。観客の歓声が不思議と遠く聞こえ、月の光が心地よく感じた。
 少しして慧音は小町を案じ、歩いて行く。未だ彼女は気絶し続けている。しかし、自分が小町に辿り着いたと同時に、横から四季映姫も来た。
「お疲れ様です。小町の事なら御心配なく」
 映姫に促されて慧音は小町の上体を起こす。
「この子の扱いは私がよく知ってますので」
 二、三度構え、映姫は手に持つ悔悟棒を小町の脳天に叩きつけた。
「きゃん!」
 気絶した振りをしていたのかと慧音が驚くほどに、悲鳴を上げた小町はあっさりと気が付いた。
「あー……四季……様? ……負けましたか」
「まったくです。一回戦で負けてしまうとは、この大会が終ったらお説教ですね」
「……じゃあ、大会が終わるまでお説教はなしですね」
 既に減らず口を言う体力を取り戻した小町は慧音から放れて立ち上がる。
「いい戦いだったよ」
「あ、あぁ」
 閻魔とは別々の方向に闘技場を去る死神を見て、本当に不死身なのだな、と思いつつ剣を拾い慧音も闘技場を後にする。出入り口を潜った先にいた人物はもちろん、自分の試合を見守っていてくれた藤原妹紅である。
「まずは一勝、持ってきたぞ」
「あぁ。しかし……」
 妹紅は慧音の頭部を見る。本来は立派な一対があったが、小町の大鎌によって右の角は六割程が無くなっていた。
「大丈夫か、角」
「あぁ、なに、気にするな。来月の満月には多分元に戻っているはずさ。それより、ありがとう妹紅」
「ん?」
「お前の言葉があったからこそ私は諦めずに戦う事ができた」
「お、おう。……しっかし、頭を使えとは言ったけど、まさか文字通りの頭突きとはな」
「『普段の私』も、悪い子供にはああしてたさ」
「……ははっ」
 当然のように応える慧音を見て妹紅は堪えきれず笑い出す。戦いから一時的に解放された慧音も妹紅に釣られて思わず笑顔になっていた。

「さぁて、と」
 古明地さとりの隣にずっと腰を下ろして試合を見物していた鬼――星熊勇儀は立ち上がり、大きく身体を伸ばす。
「いよいよですね」
「あぁ、良い試合ばかりだったよ。おかげで私も血を滾らせることができた」
 勇儀の背中から溢れる闘気をさとりは感じる。
「出させてくれる事を願うよ、私の本気を……!」
 聖人――豊聡耳神子を相手に星熊勇儀は一回戦を戦う。

 そろそろ鬼の試合が始まるかと妖怪達が闘技場に足を進める地底の外、その中に目立つ姿の少女が一人いた。
「なるほど。天界の下の地上、そのまた下の地下深く。地上に誰もいないと思ったら、こんな所で面白い事をしていたのね。八雲紫ったら、どうしてこの私を誘わないのかしら?」
 桃の乗った帽子を被っている青髪の少女は歓声が漏れる闘技場を前に立ち止まっている。
「まぁいいわ。せっかく来たのだし、私が、その格闘大会の質がどれほどのものなのか見定めてあげる。それに、もし程度が低ければ――」
 少女は歩みだし、不敵に微笑む。
「この私が参戦し、上等なる戦いの本質というものを教えましょう」
 天人である少女――比那名居天子は闘技場の入口である扉を開けた。



コメント



1.非現実世界に棲む者削除
非常に熱い戦いでした。
友人が言っていた通り「人間が行える最後の攻撃手段は頭突き」ですね。
次の試合、神子が勇儀相手に一体どのような戦いをするのか楽しみです。
2.名前が無い程度の能力削除
組み合わせ見ただけで大体どっち勝つかわかるね
小町は間違いなく噛ませだと思ってたが案の定