Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

大胆と書いてヨーロピアンと読むのがスタンダード

2011/11/28 03:23:10
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 ――ガイアが俺にもっと輝けと囁いている

 そう記された雑誌を見やりつつ、僕は、「ふむ」と声をあげた。
 ガイア、とは古代ギリシャ神話に伝えられる、原初の神である。多くの神と、全ての人間はガイアの末裔にあたるという伝承が知られている。
 
 もっとも、このような異国の神話を知る者は、閉ざされた世界で有る幻想郷には少ない。僕は数少ない例外だろう。
 その理由は簡単だ。僕は古道具屋として、日々仕入れを行っている。古書、と言うものはその典型的な存在である。値付けのためには中身を知らねばならない。仕事の一環として古書を読む中で、自然と外の世界で磨かれた、正確な知識を身につけることが出来た。
 
 今、僕が読んでいる雑誌もその一つ、外の世界から流れ着いたものだ。表紙には「Men’s Knuckle」と書かれている。
 雑誌を商いにするのは難しい。倉庫を見てみよう。例えば「Newton」と題された科学雑誌がうずたかく積まれている。
 大変興味深い品ではあるが、それは僕のような正確な科学知識を持っている人間に取っての話だ。

 残念なことだが、幻想郷の民の大半は科学というものに縁がない。妖怪の知識により生み出された道具により、十分な生活レベルは保っているが、殆どの人間はその恩恵に預かるだけであり、自ら作り出す、と言う事は希有だ。
 幻想郷が閉じられた世界であり、近年寺子屋が作られたとは言え、未だに教育が十分で無い事もその一因なのだろう。

 その是非を問うつもりは僕にはないが、科学に関心が有る者が少ない以上、科学雑誌は売れない、と言う事は厳然とした事実である。
 科学雑誌に限らず、雑誌というものはあまり魅力ある商品ではない。雑誌というものが回転の速い、読み捨てられる物であることは幻想郷も外の世界も変わらないようで、頻繁に目にするが……僕も拾うことは少ない。
 外の世界のスポーツ。或いは芸能という物に興味を持つのは、流石に難しい。外の世界では有名であろう彼や彼女は、我々にとっては無名の存在なのだから。異国の神のように。
 
 ファッション誌、と言う物は希有な例外だ。かなりの値段を付けても、飛ぶように売れていく。幻想郷とは異なる、外の世界のファッションを掴むためだろう。ファッション、と言う物への興味はどこの世界でも変わらないようだ。
 特に妖怪ともなれば、皆独自の意味を込めた服を纏っている。例えばあの妖怪少女、八雲紫の服装には八卦の意匠が隠されている。"八"雲紫と言う名にもかけているのだろうが、それ以上に実用的な意味があるそうだ。
 あの胡散臭い妖怪少女がわざわざ説明をしてくれるわけもないので、僕も深くは知らないが……
 例えば彼女の服装に記された、八卦における「兌」「坤」の文様に意味があろう事は、想像に難くない。
 魔法、或いは妖術と言った物において、八卦の概念は欠かせない。魔理沙が自在に魔法を扱えるのも、僕の作ったミニ八卦炉のおかげだ。紫の服装が、彼女の妖術と大きく関わっていることは言うまでも無い。
 幻想的な意匠と、外の世界のセンスが融合した服装を作るべく、彼女たちは競うようにしてファッション誌を買っていくのだ。

 ――カランカラン

「相変わらず暇そうね。仕事中なのに本ばっかり読んで」

 僕の作った――通常の巫女服とは一線を画した――霊夢の服装も、僕なりに学んで来た洒落心と、それなりの意味が込められている。当人が気がついたときまで、その意味を言うつもりもないが。

「仕事の一環さ」

 僕は仕事の一環として雑誌を読んでるわけだが、この真っ昼間から神社を離れ、香霖堂に訪れる彼女は職務怠慢と言って差し支えあるまい。僕が込めた意味を知る日は遠いようだ。

「どうかしら。まあいいけど。霖之助さん、お湯貰うわね」

 それでも、万一に必要な何かの買い出しに来たならば……とも思ったが、相変わらず客でもないようだ。客は店で自らお茶を淹れはしない。僕は生返事だけを返して、雑誌に目を通し続けた。

 ――大胆と書いてヨーロピアンと読むのがスタンダード

 そう記された写真を見て、僕は「ほう」と感嘆の声をあげた。伝聞、と言う物は極めて主観的であり、当てにならないと改めて感じた。

「どうしたの? そんなに古本が面白かったのかしら?」
「面白い……そうだね。確かに面白いよ。外の世界の信仰が垣間見られて」

 お茶を出しつつ、霊夢が問いかけてきた。
 聞いていたものだ。外の世界では信仰が死滅しかけていると。山の神社――かつては外の世界に存在した神社――がこちらに移ってきたのも、信仰が消えたことが原因と聞く。 しかし、実際はどうだろう? 外の世界の若者は、八百万の神の住まう、この国らしい思いを。あるいは伝統的な信仰を持っているではないか。
 僕は先ほど見ていた、「大胆と書いてヨーロピアンと読むのがスタンダード」と記されたページを開き、霊夢に手渡した。

「……なんというか、前衛的な感じね。何が面白いの?」

 僕は軽い溜息を漏らした。だが、仕方ないかと思い直した。僕のように確かな教養を持っている人間でなければ、奇矯な服装をした若者としか見えないだろう。僕をして、十全に理解できたとも言い難いのだから。

「文字とは大別すれば、表意文字――文字自体に意味がある言葉と、表音文字――音を示すだけの文字に大別できる。漢字は表意文字であり、平仮名は表音文字だ」
「そのくらい知ってるわよ。赤ん坊じゃ有るまいし」

 僕は引き出しから紙を取り出し、「哲学」と書いた。

「では、この意味はわかるかな」
「わかるけど……口で言うのは難しいわね。なんというか、こう、小難しくて役に立たない事だけど。……ええと、万物の根源は何とかである、とか考え続けるような」

 それが役に立たないのか否かはさておき、僕は「学」の字を塗りつぶし、「哲」の一字だけを残した。

「大まか正解だ。そして『哲学』とはまさに表意文字だ。ならば『哲』の意味はわかるかな?」
「ううん……暇人、とか穀潰しとか、そんな感じかしらね。この店の営業と同じで、一文にもならないことだし」

 僕は思わず溜息を付いた。答えもそうだが、僕は日々労働に勤しんでいるというのに……茶も、お湯を沸かす薪も、僕は労働の結果として手に入れているのだ。

「『哲』とは『賢い者』程度の意味だ。つまり哲学とは賢い者の学問と言った意味になる」
「へえ、なるほど。言われてみればそうも思えるわ。良くできてるものね」
「ああ、確かに漢字とは良くできたものだ。哲学と言う言葉は『フィロソフィー』と言う外来語を意訳した言葉なんだが、漢字の組み合わせで殆どの概念は示すことが出来る。表意文字の強みだね」
「でも……それがこのけばけばしい格好と何の関係が有るの?」

 知識への欲は良いことだが、慌てることは良くない。自分で考え、答えを探すのも重要なことなのだ。それでも、すがるようにこちらを見る目に負けて、再び紙に筆を走らせつつ、

「何故こう書くかはわかるだろう?」

 といってしまう僕も甘いものか。

「卒塔婆、ねえ。そういえばよくわからないわ。なんであの木の板がお婆さんって意味になるのかしら」

 巫女として、このような宗教的な物は知っているものだとばかり思っていただけに、内心、落胆の息を漏らした。信仰が薄いこともやんぬるかなと思えてしまう。
 だが、このまま一生の恥を背負わせるのも酷か、と思い、

「意味など無い。卒塔婆というものは天竺の言葉「ストゥーパ」がなまったもので、漢字は読みだけを借りたただの当て字だ」
「それじゃわかるわけがないわ」
「……特に宗教に関する言葉には、このような当て字が多い。宗教的な単語は深淵であって、意訳するのも難しいからね」
「ま、そうかもね。神様や御利益とか神事やらを、言葉で上手く伝えるのは日本語でも難しいわ」

 難しい、と諦めるから信仰が少ないのだろうが、流石にそこまでは知ったことでもない。

「それだけではない。言葉が意訳されるときに真の意味を失う事は珍しくもない。哲学の語源『フィロソフィー』は日本語に直訳すれば『知を愛する』となる。だが、愛するという概念は何処かに消えてしまった」
「それは仕方ないでしょう。他所の国とは言葉も考え方も違うわ。結界の中と外でもね」

 結界により閉ざされてから百数十年。確かに、同じ日本でもここと外は別物だ。
 
 博麗神社を参る者は少ないが、かといって信仰が薄いわけでもない。博麗神社に鎮座する神は八百万の極めて一部でしかないのだから。
 口であれこれと言わずとも、そこら中を八百万の神が歩いているという事実を示すだけで、信仰の深さを示すには十分だろう。

 恐らく、信仰のあり方も別物だ。だが、信仰が脈々と根付いていることに関しては、変わらないのかもしれない。

「そこでこの雑誌だ」
「大胆と書いてヨーロピアンと読むのがスタンダード、ねえ。ヨーロピアンか。ヨーロッパってレミリアなんかのいた土地でしょ? 大胆となんの関係があるのかしら?」
「真意は僕もまだ掴みきれていないが……彼らが言霊を尊重していることはわかるよ」

 ハレの日、等と僕たちは言う。或いはケの日、とも言う。
 漢字に直せば「晴れの日」と「穢の日」ともなるが、片仮名でで「ハレとケ」と言う方がやはり主流だ。
 何故か、と言えば日本古来の概念であるそれを漢字に当てはめると意味が狭まりすぎてしまう、と言うことが一つの理由だろう。ケの日、と一口に言っても、「穢の日」「懸の日」「魁の日」と言った書き方がある。それだけ、多用な意味が「ケ」の一文字には秘められている。

 そして、その多様性の源となっているのがこの国の――或いは多くの宗教において、信仰の源となっている、言霊の概念である。
 祝詞などはその典型であろうが、言葉にはそれ自体に宿る力があるとされる、それが、一つの表音文字に多用な側面をもたらしているのだ。
 表音文字、とは言うが、言霊の概念の元では、決して音だけを示しているのではない。正確に言い直せば、表音文字の持つ響き、それには言霊が宿り、意味を持つと言うべきか。
 だから、外来語などを訳すときは表音文字が適すときも多い。理解はしにくいが、本来の言霊、その力が失われにくいからだ。
 そして……少々反則的ではあるが、利便性と真意を両立させる表記がこの国にはある。
 
 僕はまた、紙に文字を書いた。真実の月と書いて、上にインビジブルフルムーンとルビを振る。
 真実の月インビジブルフルムーンと。

「あの兎の札だが、彼らと同じ思想の元に名付けられているのだろう」
「ああ……」

 霊夢は納得したかのように声を漏らした。
 永夜異変については僕も新聞で熟知している。そう、インビジブルフルムーン――隠された満月こそが真実の月であり。あの開けない夜を照らしてある月は偽物であった。

「確かに、名前は大事だからね。命名決闘なんて言うくらいで」

 命名決闘において、名前はまさに言霊となる。名前が弾幕を生み出すと言って過言ではないのだから。だからこそ、少女達のセンスが問われる場でもある。
 あの時の満月を、簡潔に日本語で示せば「偽物の月によって隠された、見ることの出来ない真実の月」となる。また、弾幕自体が言霊の力も借り、それを示した物となっていたそうだ。
 だが、こんな長い名称の札を使う馬鹿者もいない。そこで 真実の月インビジブルフルムーン。つまり、真実の月と書いてインビジブルフルムーンと読む言葉となるのだ。

「つまりだ。彼らは言霊の重要性を熟知しているのさ。真実の月でも、インビジブルフルムーンでも説明が足りない存在。その言霊に頼るべく『真実の月と書いてインビジブルフルムーン』と読むスペルカードをあの兎が使うように、彼らも『大胆と書いてヨーロピアン』と読んでいるのだろう」

 一頻り語り終えて、改めて彼の服装を見直した。なるほど大胆な服装に見えた。しかし、やはり大胆では足りない。この国の文化、わびさびとは異なったヨーロッパ的概念の詰め込まれた洋服だ。
 まさに大胆ヨーロピアンと形容したくなる。

 僕がそのまましげしげと雑誌を見つめていると、霊夢が言った。

「随分興味深そうに見ているけれど、そういう格好がしたいの? 正直似合わないと思うからやめたほうが……」
「それはそうだろうね」

 苦笑しつつ、僕は答えた。
 結界一枚隔てた世界。外の日本には、世界中の文化が流れ込み、多国籍な文化が存在しているようだ。雑誌などで漏れ伝わってくる情報を見れば、それはわかる。また、日本らしいと思う。

 ――ガイアが俺にもっと輝けと囁いている。

 ガイア、ギリシャの神。彼女の影響を受けた服を、遙か東の国の若者が纏っている。
 確かに、信仰も息づいているのだろう。幻想郷の大半が知らない神もまた、八百万の神の一柱として祀られているのだろう。
 これは宗教書ではない。ただのファッション誌だ。そんな所にも神が現れる世界、外の世界でも信仰が健在だと思い、僕はどこか安堵の気持ちを覚えた。

 だから、彼らに敬意を込めれば、似たような格好をするなどはありえない。僕とは違う世界、別の文化と神が生きる国の真似は出来ない。
 だが、思うのだ。 幻想的ファンタスティックな衣服の一つも作ろうとは。
この瞬間、創想話の中心は間違いなくこのSS
Pumpkin
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コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
会話の掛け合いが面白いと感じました
2.名前が無い程度の能力削除
断言しよう。Pumpkin氏は創想話でも通じると
3.名前が無い程度の能力削除
千の言葉より残酷な、Pumpkin氏という説得力
4.名前が無い程度の能力削除
リアルに勉強になった、
pumpkin×哲学 激モテの解答完了。