Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

ほんの少しの距離なのに

2011/11/06 15:13:20
最終更新
サイズ
8.42KB
ページ数
1

分類タグ


 木の葉が紅く染まりきった季節。そして西日が山の紅をさらに濃くする時分。
この日は、暑くもなく寒くもなく、どちらかと言えば寒い、という秋らしい気候だった。

 そしてここ、白玉楼の縁側には、ふたりの少女が座っていた。
ふたりは、特に何をしようという訳でもなく、ただただ夕日に映える遠くの山を見つめるだけだった。
山、といっても、白玉楼自体高い位置にあるので、高い山しか見えないのだが。

 ふたりの間には、いつもと違う空気が流れていて、どこか妙な空間があった。
その空間は、お互いのちょっとした些細な思い違いでできた空間だった。 






――何で分かってくれないのかしら?

 隣にいる妖夢は、私の従者。けれど、その関係をくっきりと分けようとは思わない。
時には親子のように過ごしたい事もあるし、妖夢を妖夢として可愛がりたいという感情が強いから。
それでも今の妖夢は、私の気持ちを理解してくれていないのか、遠慮が過ぎる。

 今だって隣に座っているのに、私達の距離は拳五つ分程開いている。その距離だけ私が近寄ればいいのか、妖夢が近寄ってきてくれるのを待つか。拳五つ分。この距離は、妖夢の従者としての距離なのだろうか。いや、それとも・・・あの事が原因かしら・・・? まだ怒っているのかしら。
出来れば妖夢から近寄ってきて欲しいのだが、それはきっと難しいだろう。

 いつもならもっと近くにいるはずなのに。


「ねぇ、妖夢」

 大体私が話しかけるときはこんな感じ。こうやって話しかけると、妖夢はいつも優しい顔で答えてくれる。

「なんですか? 幽々子様」

 いつもこうやって、変わらない優しい顔、そして声。
妖夢のその返事を聞くだけで、胸の中がとても温かくなる。

「はい、妖夢」

 そう言って、妖夢に手を差し出す。拳五つ分。その距離を縮めるために手を握って貰おうと思ったのだ。
手を握るにはあまり離れていてはやりにくい。私が動かないというのなら、必然的に妖夢に近寄って来て貰う事になる。 

「?」

 妖夢は、眉を寄せると、首を傾げた。どうやら伝わらなかったらしい。

「あぁ、はい。分かりました」

 あら、伝わったのかしら? と私が少し手を伸ばしてみると、妖夢はゆっくりと私の手に両手を重ねた。
両手で包み込むように握られるのは予想外で、少しドキッとして、体がぴくりと動いた。

 しかし、優しい手の平は、気温で冷えた私の手の平を少しだけ温めると、すぐに離れてしまった。
その代わりに、私の手の平、妖夢の体温が残ったそこには何かが乗っていた。
小さな包み紙に包まれたそれは・・・

「・・・飴?」
「そうです。ご飯が近いですから、これが最後ですよ?」

 違う、違う。お菓子なんてねだっていないのに。ただあのまま握っていてくれたら良かったのに。


 仕方なく、貰った飴を口に放り込んで、遠くの山を見つめる。
一番近くに見える山は、とても紅く。そしてその後ろにある山達は少しずつ、暗くなっていた。
いち、に、さん、し、ご。五つ目の山となると、日が当たらず殆ど暗い紅色になっていた。
それが、私達の様子を表しているように思えてなんだか悔しかった。
私の思いはきっと紅い西日にも劣らないはず。いや、劣る気がしない。

 手の平には妖夢の体温も残っておらず、冷えていくばかり。
妖夢との距離は相変わらず縮まる事も無く、ただ拳五つ分という距離を保っていた。

 あと拳五つ分。それだけ近寄ってくれたら・・・。その距離を、遠くの山々に映して。

 こんなにすきで。こんなにも愛しているのに。妖夢は。

―――何で分かってくれないのかしら?











―――どうして幽々子様は・・・。


 隣に座っている幽々子様は私の主人。
しかし、その主従関係をあまりくっきり分けているつもりではないらしい。
とはいえ、私はあくまでもひとりの従者として、幽々子様に仕えなければならない。
誰かがそう言った訳ではない。それが私なりの答えだからだ。

 だから、この幽々子様との微妙な距離を取らなければならないのだ・・・と言うのは建前で、本当は近づきたい。
たった・・・拳五つ分といった所だろうか。でも近寄るわけには・・・。

 いつもはこれ程離れている訳ではない。いつもはすぐ隣に幽々子様が居るはずなのに。
この距離は、私が作り出した距離なのだろうか。それとも・・・・あの事が原因なのだろうか。まだ怒っているのだろうか。

「ねぇ、妖夢」

 幽々子様が話しかけて来る時はいつもこうやって優しい声で。
胸の奥が温かくなるような、優しい声。それだけで私は思わず顔の緊張が解ける。

「なんですか? 幽々子様」

 幽々子様のこの言葉に応じる時、自分の声が信じられないくらいに柔らかい声になる。

「はい、妖夢」

 そう言って幽々子様は手を差し出した。
幽々子様の行動はいつも唐突で、理解に苦しむことがある。

 幽々子様が言いたいのは・・・手を握って? いや、この距離で?
幽々子様は何かを待っているような顔で私の顔を見つめる。
『何か食べる物を頂戴』だろうか?この感じは恐らく『手を握って』と言いたいのだろうが・・・。

「あぁ、はい。分かりました」

 取り敢えず、緊急時用に持っていた飴を手に握り、幽々子様の手の平にそっと置いてから包み込むようにして握る。
これで言いたい事がどちらでも対応できるはずだ。


 幽々子様の手の平に私の手の平が触れる。冷たかった。
幽々子様の柔らかくて優しい手を何時までも触っていたいと思った。

 その時、ぴくっと驚いたように幽々子様が動いた。
しまった。もしかして『手を握って』ではなかったのだろうか。
 保険の為に持っておいた飴玉を幽々子様の手の平に置いたままにし、手を引っ込める事にした。
 
「・・・飴?」

 幽々子様は少し残念そうな顔を見せた。

「そうです。ご飯が近いですから、これが最後ですよ?」

 そう言うと、さらに残念そうな顔をして、遠くの山の方へ視線を向けてしまった。
飴玉1つでは気に入らなかったのだろうか。幽々子様は口に飴玉を入れたまま、少し難しそうな顔をしている。

 西日が当たった山は、一、二、三、四、五、と、東に行くにつれて、暗くなっていく。それと真逆に、西に行くに連れて、山は西日に照らされて、紅を鮮やかにする。私の心は、あの一番紅い山に劣ってはいない。むしろ勝っていると思う。
私と幽々子様の距離は拳五つ分。あの山達の距離と比べればそれ程でもない。なのに、何故これ程までに近づく事が出来ないのか。もどかしい。

 幽々子様は、ぼーっと山を見つめている。いつか、すぐ近くでいつも私の事を見つめてくれれば・・・。
そんな事を考えて、自分の体が熱くなってくるのを感じた。

 そんな私の様子に幽々子様は気が付いていない。きっと視界にも入っていないだろう。

 幽々子様の横顔は美しくて、思わず見惚れてしまう。

 こんなにも恋焦がれて、こんなに心の中で悶えて・・・なのに。

―――どうして幽々子様は・・・。
















 最後に言葉を交わしてから暫く、ふたりは口を開かず、お互いの事を想っていた。
日は、既に西の空にも輪郭さえ見せなくなり、冷たい夜風が吹き始めた。
ゆっくりと暗くなっていく空を見るふたりの中には、西日に照らされた山の先に見える、落ち葉を燃やした後の燻った炎のような思いが残っていた。

「・・・」
「・・・」



「ねぇ」
「あのっ」




 山を見つめていた幽々子と、その幽々子の横顔を見つめていた妖夢の目がぴたりと合い、2人同時に言葉を発した。


「「・・・」」

 ふたりとも一旦黙ったかと思うと、小さく吹き出した。

「ふふっ」
「くすっ」






「ねぇ・・・怒ってる?」

 先に口を開いたのは幽々子だった。

「何のことです?」

 妖夢は、少し緊張しながら首を傾げる。

「昨日、私があなたのおやつを食べちゃって、喧嘩したでしょう?」

 幽々子が話したのは前日の話。本当に些細な事だったが、今回、幽々子と妖夢の距離を離すには十分な事だった。

「あぁ、あの事ですか。怒ってませんよ。私もむきになっていました。申し訳ございません」

 ぺこりと頭を下げる妖夢。そもそも、妖夢は自分のおやつをとられたくらいで怒りはしないのだが、その時は何故か妙に熱くなってしまい、むきになってしまった事を反省していたのだった。

「あなたが謝る事はないわ。私が悪かったの。ごめんね」

 幽々子も小さく謝る。 
それから、何か思い出したように言葉を続けた。

「あ、妖夢?」
「はい?」

「この距離はなに?」
「へ?」

 ちょいちょい、とふたりの間の空間を指差す。

「だから、私達の距離」
「あの、幽々子様が怒ってたらやだなぁ、と思って」
「なによぉ、私はそんなに根に持つタイプじゃないわよ?」

 ぷんぷんと頬を膨らませて、幽々子はあからさまに不機嫌そうな表情をとる。

「では、何故幽々子様は、これ程の距離を?」
「だって妖夢が焦らすんだもの、いろいろ考えちゃうじゃない」
「わ、私も色々考えちゃったじゃないですか!」

「うふふ」 
「ふふっ」




「じゃぁ、こんなに距離を置く必要はないわね」 

 突然、幽々子が腰を拳二つ分ほど動かした。

「・・・そうですね」

 妖夢は、その言葉の意味を瞬時に理解したのか、幽々子と同じように、拳二つ分ほど近づいた。

「やっぱりこれくらいの距離が丁度良いわ」
「えぇ、そうですね」
「もっと近づいてくれてもいいのよ?」
「いえ、これくらいで」

 すぐ近くまで近づいた妖夢との距離に、幽々子は満足げな表情を見せた。



「・・・冷えてきましたね」

 ひゅう、と冷たい風がふたりの頬を撫でた。
思わず身震いする妖夢だったが、それとは対照的に、幽々子は温かい笑みを浮かべていた。

「ね、手をつなぎましょ」

 
 妖夢の返事も聞かず、幽々子は妖夢の手を取った。

 日に照らされて温まった地面も、夜の空気に冷やされる。
しかし、ふたりの想いは夜風の中でも、きっと冷える事はないだろう。


 一度、些細な事で離れた距離は、すぐに元通りになった。
そして、一度離れる事で、さらに少しお互いに近づく事が出来たような気がした妖夢と幽々子だった。 
 久しぶりに書いてみたら、なんか作風が変わっているような・・・? 

 気のせいですかね。


 誤字、脱字等ありましたらご報告して頂けると嬉しいです。

 読んで下さった方、ありがとうございました。

・11月13日 コメント返しさせていただきました。
ながれだま。
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
穏やかで良かったです
2.名前が無い程度の能力削除
あくまで個人的な捉え方ですが、
霊夢と紫は並ぶと「対等」って感じでバシッと締まるイメージ。
妖夢と幽々子は並ぶと「となり」って感じでほんわかしたイメージ。
二人が隣り合う様子が優しく書かれていると思います。
すごく癒されたので作者さんの他作品も読んできます!
3.ながれだま。削除
>>1.奇声を発する程度の能力 様
 ありがとうございます。これからもこんな感じで続けていこうと思います。

>>2.名前が無い程度の能力 様
 このふたりはいつも一緒にいて欲しい感じですねー。
お互いにすぐ手が届くような距離・・・みたいな。
この作品で癒されたと言って頂けて、本当に嬉しいです。

 コメントありがとうございました!
4.非現実世界に棲む者削除
メチャクチャ思い合っているじゃないかこのこの。
その勢いでゆゆみょんちゅっちゅしてしまえ!