Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

とろける幸せ

2011/07/03 01:11:34
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「私とした事が・・・」

黒い森に銀色の髪が映える。
十六夜咲夜は痛む頭を抑えながら魔法の森で腰を屈めながら雑草を掻き分けていた。
突き出た枝が素足を引っかけてもおかまいなし、見逃すものかと足元を何度も確認する。

「何やってんだ?」
「魔理沙・・・」
珍しいのがいる、と言った様な、なにやら馬鹿にしたような表情の魔理沙に咲夜は眩暈を覚えた。
時間を止めておけばよかったと後悔してももう遅い。
「完全で瀟洒なメイドさんが・・・まさか・・・」
「そのまさかよ、落とし物捜索中」
「なんだ、私はキノコ狩りに来たのか?って聞こうとしたんだぜ」
「ああそう」
かまうのが面倒くさくなった咲夜はそのまま足元に目を向ける。
すると不思議な光が辺りを包んだ。
「昼間でも暗いだろ、この森は」
「・・・そうね、ありがと」
魔理沙はいつも使う弾幕に似た魔法で咲夜の足元を照らした。

「何落としたんだよ」
「・・・財布」
「財布ぅ?お前も抜けた所あるもんだな」
「落とそうと思って落としたんじゃないわ」
「そりゃそうだよな」
咲夜の横で雑草を掻き分ける魔理沙は曲げていた腰を伸ばしてトントンと叩く。
「どこら辺で落としたのかわからないのか?」
「里のお店の前まで行ってようやく気付いたのよ、財布がないって・・・」
「家に置いてきたんじゃないか?」
「それはないわ、ちゃんと確認したもの」
魔理沙には魔法の森が砂漠に見えた。
「よし、じゃあ奴の力でも借りるか」
「奴?」
箒の柄でくいっと帽子を上げそれにぴょんと飛び乗ると、魔理沙の体は宙に浮いた。
「こういうのに向いてる奴がいるんだよ、ちょっと呼んでくるから待ってろ」
言い終わるより先に茂りに茂った木より高く浮かんだかと思うとびゅんと勢いをつけて飛んでいってしまった。
咲夜はそれを目で追いつつ小さくため息をつく。
「とんでもない見返りとか要求されないかしら・・・」
時間を止めようかと迷ったものの、止めたら止めたでまた面倒な事になるかと思うと馬鹿らしい。
咲夜は魔理沙の連れてくる「奴」に期待する事にした。

「おまた」
あれから幾時間もなく、幾分もなかったかと思う間に、魔理沙が戻ってきた。
その間お尻を地面につけずに両手で頬杖をついて座っていた咲夜はよっこらしょとは言わずスマートに立ち上がる。
「早いのね」
「まあ連れてきただけだしな」
魔理沙は後からやってきた少女の方を見ずにくいっと親指で指す。
「こいつはナズーリン」
魔理沙に紹介されたナズーリンは自分の耳をピンと立てて咲夜を見ている。
見ている、というより実際は見上げているのだが、彼女の全く物怖じない態度、
悪く言えば咲夜を馬鹿にしたような態度に、「見ている」という表現を使わざるをえなかった。
「はじめまして、私はナズーリン」
「はあ、はじめまして」
ナズーリンは足をしっかりと閉じて立ち、腕を後ろに組んで咲夜の顔をしげしげと見ると、口角を上げた。
「ふうん、君が吸血鬼の犬か、一度見てみたかったんだよね」
いきなり失礼な事を言うネズミだとは思ったが、咲夜はそれを一つも顔に出さない。
「そうです、私は十六夜咲夜、あなたはお寺の小ネズミね?」
「そうだ・・・ふふ、聞いた話じゃ君はずごく優秀だそうじゃないか、なのに財布をなくしたのかい?」
「・・・そうよ」
咲夜は横目で魔理沙を睨む。
それに気付いた魔理沙は指でナズーリンの耳を摘んだ。
「これ、嫌味を言っとらんで仕事せい!」
「いたた、もう、君は粗暴すぎるぞ」
「そんなの私が一番よく知ってるよ」
ナズーリンはふんと顔を横に振り、摘まれた耳を自分で撫でる。
それから持っていた二本の長くて黒い棒を両手に一本ずつ持ち、咲夜の方に向けた。
「ま、たまに財布なくす位ならかわいいもんだけどね」
そう言うと持っていた棒がにゅっと左右に開き、ナズーリンはゆっくり歩き始めた。

「まあそう悪い奴じゃないんだよ」
捜索中のナズーリンを眺めながら魔理沙が呟く。
「・・・そうみたいね」
手を抜く様子を見せない小ネズミに咲夜も感心した。
「あいつの主人がよく物失くすみたいでさ、失せ物探しにはうんざりだそうだ」
「それをわかっててやらせる貴女が一番罪深いわね」
「ま、財布見つかったら礼でもしてやってくれよ」
「そのつもりよ」
予想通りの結果に呆れつつも、頭は勝手に小ネズミが喜ぶものを思い浮かべていた。

「おーい、見つけたよ」
また幾分もたたぬうちに、ナズーリンの声が森に響いた。
雑談していた咲夜と魔理沙がその方向へ駆けて行く。
ナズーリンはガマグチの財布を人差し指と親指で摘んで咲夜に差し出す。
「これだろ?」
「そ、そう!すごいわね、どうやったの?」
「こういう能力なもんでね」
見つけた事を鼻にかけない態度に咲夜と魔理沙は顔を見合わせて笑った。

「じゃ、私はこれで」
そう言うとナズーリンは二人に背を向けた。
「おーいどこ行くんだよ、がっぽり礼もらってけって!」
「礼の為にやったんじゃない」
ナズーリンの体は魔理沙に腕をぐっと掴まれかくっと後ろにつんのめる。
「そう言われると逆にお礼したくなるわね」
「やっかいな・・・」

ナズーリンはやれやれと言った様子で咲夜を見る。
「ま、貰える物は貰っとこうか、と、言っても私は財宝なんかにゃ興味はないよ」
「そうね、やっぱりネズミはチーズかしら?それともここの住民らしくお酒?」
「こいつはお前の主人と同じで人肉を好むらしいぞ」
「やっぱり妖怪ね」
咲夜はうーん、とこめかみに指を当ててを悩ませる。
「あなたのご主人様はいつも何をくれるの?」
「毎度の事だからね、別に何も貰っちゃいないよ、毎回何か貰おうもんなら今頃私は億万長者かな」
「そんなに物忘れの激しいご主人様なの?大丈夫?」
「それはなんだ、私を心配してるのか?それとも私の主人の頭をか?」
「どっちかって言うと後者ね」
たしかに、と魔理沙が笑った。
ナズーリンはむっとするでもなく呆れたような顔をしている。
「こればっかりは反論できないな・・・」
今まで堂々と胸を張っていた体を萎ませ、肩を落とした。
「・・・安心して物を失くせるのはそれだけ貴女を信頼してるって事なんじゃないかしら」
「・・・・・・」
ナズーリンは顔を上げてまた咲夜を見た。
「ま、それはそれで困るんだが」
萎んだ体をまた伸ばしてつんと外方を向くナズーリンは誰かに似ている。
咲夜は目の前にいる小さな意地っ張りを自分の主人と重ねずにいられなかった。

「今持ってるものと言ったらこれ位しかないわ」
咲夜は持っていた小さな鞄から手のひらに乗る位の小さな桃色の箱を取り出した。
「・・・?これは・・・?」
「なんだこりゃ?」
魔理沙も興味津々に覗き込む。
「丁度御使いの途中だったのよ、財布がない事に気付いてそのままUターンしてきたの」
そう言って咲夜が小さな箱を開けると中には茶色いお菓子が四つ、綺麗に並べて入っていた。
「なんだチョコか」
魔理沙がつまらなそうに言う。
「チョコ・・・?」
「なんだお前知らないのか、チョコレートっていうお菓子だよ」
「お菓子か・・・」
ナズーリンは鼻をひくひくさせて興味深そうにチョコレートをじっと見つめる。
「人里にこれが好きな子供がいてね、たまに寺子屋に持って行ってあげてるんだけど・・・どうかしら?」
「・・・美味いのか?」
「お一つどうぞ」
咲夜が一つつまんでナズーリンの口の前で止める。
ナズーリンは何か言いたそうに口を尖らせたが、そのまま素直に口を開けた。
コロっと舌に転がり込むチョコレートはトロっと口の中で溶ける。
するとナズーリンは伏せていた目をはっと見開いた。
その目は輝き、頬はほんのり桃色に染まっている。
「甘い・・・!」
「そりゃチョコだもんよ」
「お口にあうかしら」
自信なさげな咲夜に、ナズーリンは少し恥ずかしそうに目を細めながら両腕を組んだ。
「ま、手持ちがないなら仕方ない、それで満足してやる」
咲夜と魔理沙は顔を見合わせて笑った。

ナズーリンはチョコレートの入った箱を貰うと、「じゃあ私はこれで」と言って立ち去った。
「かなり喜んでたみたいじゃん」
魔理沙が小さくなった後姿を見送りながら呟く。
「そうね、よかったわ」
咲夜は小さな鞄からもう一つ箱を取り出す。
「はいこれ」
「あん?なんだよ?」
「あの子の紹介料、本当に助かったわ」
「いいよ別に、チョコレートだろ?これからパチュリーの所行くつもりだったからどうせならお茶と一緒に出してくれよ」
「良いけど、本は盗っていかない事」
「それはどうかな?」
魔理沙は箒に飛び乗り風をつかまえて咲夜の頭上まで浮かび上がる。
「じゃ、紅魔館で会おうぜ、御使い頑張りたまえ」
「言われなくても」
箒は頭上の枝をかすめ、さっきみたいに木より高いところまで昇るとびゅんと遠くへ飛んでいった。
「さてと・・・」
思わぬタイムロスに小さくため息をつく。
しかしどこか晴れやかな表情で。


命蓮寺は今日も人型の雲や巨大な錨、正体不明の飛行物体やアホほどでかい山彦で賑わっていた。

巨大な錨の持ち主である村紗は干上がってカラカラの地面に底のない柄杓で水を撒く。
「暑くなってきたわねー」
「もう夏だものね」
「あんたは雨降らせられないわけ?」
「そういう能力はないんだけど・・・」
縁側に座っている一輪は背後にぴったりくっついている入道の方をちらっとみると雲山は少々申し訳なさそうな顔をした。
そんな事は気にせず、村紗は埃っぽい地面に水を撒く。

「あああっ!!!」

庭にいた二人の耳を何かに悲痛な叫びが貫いた。
やかましそうな顔をする村紗と一輪は顔を見合わせる。
「何だろう?」
「ナズーリンの声よね?」
お互い確認をとると村紗は靴を脱いで廊下に上がり、一輪は腰を上げて声がした方へ駆けた。
「ナズーリン?どうかしたの?」
声がした部屋、ナズーリンの寝室に足を入れると同時に背を向けていたナズーリンはばっと勢いよく振り返り何かを後ろに隠した。
「な、何でもない!」
その目はあっちこっち泳ぎ、涙をいっぱい溜めている。
村紗と一輪はまた顔を見合わせるとすぐにナズーリンを見た。
「それならいいけど・・・」
「それが何でもないって顔?」
二人の意見は割れたが、どっちにしろナズーリンは動揺している。
「気にしないでくれ!さあ帰った帰った!」
片手で何かを後ろに隠し、もう片方の手で詰め寄ってくる村紗を押すが、彼女はそんなもんじゃ引き下がらない。
村紗はナズーリンの突き出した手をがっちりつかむと曲がると痛い方向へぐりんと捻りもう片方の手が掴んでいたものを没収した。
「いたーい!」
もちろんナズーリンは悲鳴をあげる。
「何これ?」
没収した方の村紗がぽかんとした顔でナズーリンを見ていた。
一輪も不思議そうに村紗の持っている小さな桃色の箱を覗く。
「かっ返せ!」
ナズーリンは慌てて取り返そうとするが、村紗はまだナズーリンの腕を掴んで放さない。
「一輪開けてみて」
「そうねえ」
一輪は箱を村紗から手渡されると躊躇する事なく開けて中を見た。
「あ~!何で開けるんだ!」
ナズーリンはもちろん怒ったが二人はそんなのおかまいなしで中身を見てさっきよりも一層キョトンとしていた。
「なにこれ」
気を抜いた村紗が手を緩めるとナズーリンはその手を払って箱を取り戻し二人を睨む。
「デリカシーっいう物を知らないのか君達は!」
「あーごめん、で、それなに?」
ナズーリンは怒りに震えながら真っ赤な顔をして怒鳴ったが、指を指して聞く村紗の態度にがくっと脱力して肩を落としてしまった。
「まったく・・・」
痛む頭を抑え、見られたものは仕方がないと桃色の小箱を開けて中を見せる。
外箱の小奇麗さとは裏腹に内側は溶けた茶色い物がべったりくっついている。
村紗と一輪の二人はまた顔を見合わせた。
「で、なによこれ」
「・・・チョコレートだよ」
「チョコレート?」
「正確にはチョコレートだったものだけど・・・!」
「なんなのそれ?」
「西洋のお菓子よ、なんでこんな物持ってたの?」
一輪が不思議そうに尋ねると村紗が答え、ナズーリンに問う。
「貰ったんだよ、色々あって・・・ああ~後で食べようと思ったのにぃ・・・」
目に涙を溜めて箱の中の溶けてしまったチョコレートをじっと見つめるナズーリンにいつもの冷静沈着な智将の面影はない。
「溶けちゃっても食べられるんじゃないの?舐めればまだいけるよ」
見かねた村紗が励まそうとしたが、ナズーリンにはあまり効いてないようだった。

しかしその後夕食時に顔を合わせた際にナズーリンの口元に茶色い染みが出来ていた事に誰もが気付いたが、
村紗はデリカシーがないと言われた事を戒め、口を噤んだ。


紅魔館の庭では人里でとれない野菜や果物を栽培している。
日本では栽培できないはずのカカオマスもその一つでなんらかの魔法の力が働いていると思われる。
カカオマスからチョコレートを作るのは大変だが、料理好きの咲夜からしたら楽しい作業の一つだ。
そしてそんな手間をかけたチョコレートを紅魔館の主だけでなく里の子供達に食べてもらうのも咲夜の楽しみの一つ。
それに里へ行くと妖怪とは違う歳のとり方をした女性達が自分には出せない料理の味を教えてくれたりもするのだ。
息子にくれたチョコレートのお返しにと大根の煮物を貰ったり似合うわよと言われてかんざしを頂いたりと紅魔館では起こり得ない楽しみが人里にはある。

そして今日も御使いついでにチョコレートを持って人里へ向かう途中だ。
前に持って行った時にチョコレートが一つ少なかったお詫びにクッキーも持って。
財布は落とさないよう注意を払う、同じ過ちは繰り返さない。
と、魔法の森を抜けた地点に人型が見えた。
「あらっ」

小さな女の子のシルエットに丸い耳と長いしっぽが見える。
「あなたたしか・・・」
「ナズーリンだ」
ナズーリンはこの前と同じ、堂々とした態度で咲夜を見ている。
しかし今日は少し目が泳いで何も言わぬうちにふいと斜め下を向く。
「?何か御用かしら?」
「・・・あー・・・えっと・・・」
言葉をつまらせると益々目は泳ぎ、落ち着きなく片足をぶらぶらさせ頬をかいた。
「その・・・」
ナズーリンの不可解な態度に瀟洒なメイドはピンときた。
「チョコレートが欲しいの?」
「ち、違う!そんなんじゃない!」
慌てふためいて睨んでくるナズーリンに咲夜は確信を得た。
「そう、それじゃあ何かしら?」
にっこりと微笑むとナズーリンはうっと言葉を詰まらせまたふいっと横を向く。
「えっと・・・君がまた失くし物をしてないか見に来てやっただけさ、抜けてるみたいだからな」
それを聞いた咲夜は思わず笑みがこぼれ、いけないと思いながら口を押さえた。
「残念ね、今日は何も落としてないわ」
「・・・そうかい」
ナズーリンは咲夜に背を向けた。
何か言いたげなその丸い背中に咲夜はくすりと微笑む。
そしてナズーリンに気付かれないように懐中時計をカチっと止めた。

「あら?ちょっと待って」
咲夜に呼び止められたナズーリンは何かを期待したように振り向く。
「なんだい」
「またお財布がないわ、ここに入れておいたのに」
咲夜は慌てたようにポケットを裏返して見せる。
ナズーリンはそんな咲夜を見てぱっと顔を明るくし、いかんいかんとまたツンとそっぽうを向いた。
「ふ、ふん、だから言ったんだ、私が探してきてやるから、ちょっと待ってろ」
「よろしくお願いするわ」
ナズーリンは咲夜が言い終わるより先につま先って地面を蹴って飛んで行った。
その背中を眺めながら残された咲夜は今度からはもう一つ、チョコレートの箱を増やそうと決めた。



それから数日後の紅魔館。

「咲夜、あなた最近面白い事でもあったの?」
紅魔館の主は自分の目の前で紅茶を淹れる従者のあまり見慣れない表情に違和感を感じていた。
「いいえ、とくに」
「それにしちゃ・・・なんかたくらんでそうな顔ね」
咲夜はティーポットを持ったまま逆の手で自分の頬に触れる。
「・・・そうですか?」
惚けたような態度は毎度の事ながら白々しい。
「何かあったのね?」
「そうですねえ」
口元を緩ませる咲夜とは対照的に口をへの字に曲げるレミリア。
隠し事をされているようで面白くない、しかしそれを教えてくれとせがむのも面白くない。
「あー・・・、咲夜が楽しいならそれでいいわ」
目を伏せて紅茶を啜り、ちらっと片目を開けて咲夜をみると当の本人はティーポットを片付けにっこり微笑み「はい」なんて言うのだ。
面白くない。

不機嫌さを背負ったまま、ぶつぶつ言いながら図書館へ出向くと白黒の魔女に出くわした。
「よお、なんかしけた顔してんな」
「ちょっとパチェー、また鼠が一匹忍び込んでるわよ、本盗られてるみたいだけどいいの?」
「鼠とは人聞きが悪いな、咲夜に餌付けされてる奴とは違うぜ」
「ん?」
本をパラパラめくるとすぐに持ってきた袋に入れてしまう魔理沙の言葉がひっかかる。
「なんだって?咲夜が鼠に餌付け?」
「なんだ知らないのか、あいつ、最近寺の鼠に餌付け始めたみたいだぞ」
「・・・ふうん・・・?」
レミリアは口に手を当てて考え込む。
その間にも魔理沙はほいほいと袋に本を詰めるのをやめない。
「ちょっとレミィ」
パチュリーがうんざりした顔で気だるそうにやってきた。
「見てないで魔理沙を止めてよ」
「・・・パチェ、咲夜が鼠に餌付けしてるんだって、知ってた?」
「んもー」
話を聞く気のない親友と、盗むのを止めない悪友にため息しか出ないパチュリーだった。




(・・・いるわね)
咲夜は魔法の森を歩きながら背後に迫る気配に気付いた。
一見誰もいないように見える暗い森の奥に咲夜をじっと見つめる赤い目が光っている。
それは気配に気付いてないフリをして歩く咲夜を追っている。

ぽとり、と咲夜の後ろに何かが落ちる。
咲夜はそれを拾わないまま振り向きもせず行ってしまった。

背後でじっと見ていた赤い瞳は咲夜がいなくなったのを確認すると嬉々として木から飛び降り、
誰も周りにいない事を確認すると咲夜が落としていった物を拾った。
咲夜が落とした金の懐中時計の文字盤が赤い瞳を映す。
赤い瞳の持ち主がそっと時計を懐に仕舞おうとすると、背後から「そこまでよ!」と声が響いた。
誰もいなかったはず、と慌てて辺りを見回すと赤い瞳よりもっともっと紅い瞳が暗い森の中で光っている事に気付いた。

「その時計、私の従者の物みたいね」
太陽の光の届かない森の奥から現れた吸血鬼、レミリアは赤い瞳の持ち主であるナズーリンを睨みつけていた。
背丈はナズーリンとそう変わらないレミリアだがピンと張った悪魔の翼と紅い瞳が放つ威圧感がナズーリンを圧倒した。
蛇に睨まれた蛙・・・もとい蛇に睨まれた鼠の体は固まり変な汗が噴き出す。
「そ、そうみたいだな、えーと、たまたま拾ったんだ、べ、別に盗もうと思ったんじゃないぞ!」
「ふん、鼠に餌付けしてるって言うから、何かと思えば本当に鼠じゃない」
レミリアはゆっくりナズーリンに近付き、差し出された金の懐中時計を回収する。
「で、これは何に使おうとしてたんだ」
「届けようとしただけさ、あいつは結構落し物が激しいみたいだからな、ここの所買い物に行くと必ず落し物をするぞ」
「咲夜が?」
レミリアは少し考えたが、すぐにふっと笑った。
「ふうん、なるほどね、お前は咲夜にからかわれてるだけだよ」
「な、なんだって?」
「・・・ま、私の従者はそんなにまぬけじゃないからな」
そう言うとレミリアは翼を広げ上空へ舞い上がる。
「これは私が返しておくよ」
「・・・・・・」
ナズーリンは少し悔しそうに暗い森の奥へと飛び去るレミリアを見送った。


レミリアは事実を知って実に満足そうだ。
目の前で紅茶を淹れている咲夜のあの顔も憎たらしくない。
「咲夜、渡したいものがあるんだけど」
「はい?」
レミリアは持っていた金の懐中時計を机の上に乗せる。
咲夜はキョトンとした顔で懐中時計とレミリアを交互に見た。
「これをどこで?」
「私に隠し事なんて無駄よ」
「隠し事なんてしてませんわ」
「鼠を餌付けしてたでしょ、知ってるんだから」
「まあ・・・お嬢様、餌付けだなんてとんでもない」
「ほら隠し事してたんじゃない」
「隠してませんわ」
「むう、頑固ねあんたって娘は・・・」
レミリアは小さくため息をつき、紅茶に口をつける。
「子鼠から取り上げてきたんですか?」
「そんな乱暴な事しないわ、まったく、わざと落としたりして、あんなのをからかうなんて良い趣味とは思えないわね」
「からかったんじゃありません、あの小ネズミ少し頑固な所がありまして・・・」
咲夜は金の懐中時計を手に持ち文字盤を見つめる。
「借りを作るのが嫌なのか、素直じゃないのか・・・私が物を失くしてそれを探すっていう仕事をしないとチョコレートを貰ってくれないんです」
「チョコレートで餌付けねえ」
「餌付けじゃないですってば、どうしてもギブアンドテイクが良いみたいで」
「なんでそんなのに付き合うのよ」
なんだか段々面白くなくなってきたレミリアは軽く咲夜を睨む。
咲夜の方はレミリアをちらっと見つつ少し微笑む。
「ええ・・・お嬢様みたいに可愛かったもので、つい」
「・・・・・・ふん、私があんな鼠に似てるだって?」
レミリアはむっとした顔をしつつもそれ以上の言葉が出ず、紅茶を飲み干してしまった。
「おかわり」
「はいお嬢様」
咲夜はにっこり微笑んで紅茶を注ぎ、なんだかバツの悪そうな顔をするレミリアにお茶菓子としてチョコレートを出した。
レミリアはチョコレートを摘むとむっとした顔のまま口に放り込む。
「・・・ま、これが欲しいって気持ちはわからんでもないけどね」
頑固で意地っ張りなレミリアの口の中で甘いお菓子が溶けると、その表情も溶けるように和らいだ。


「お嬢様もああ言ってる事だし、そろそろ・・・」
咲夜は少し残念そうにしながらもチョコレートの入った小さな箱を袋に包んだ。
向かう先は妖怪寺。
あげる相手は物忘れの激しいという鼠の主。


ナズーリンの方はと言うと一人悶々と悩んでいた。
チョコレート欲しさに咲夜を付け回し落し物をするタイミングを窺ってはそれを届けてお礼を受け取っていた自分の幼稚さに気付き自己嫌悪に陥ってるようだ。
しかもあの吸血鬼の言葉で気付いてしまったのだ、咲夜がわざと物を落としていた事に。
無駄に高いプライドがボロボロと崩れていく音がする。
今すぐ叫んで走り回りたい位だ。
そんな事をするわけにもいかず、ナズーリンは布団の中に一人潜り、シーツを噛んで「うー」と唸った。

「ナズーリン?」
暗いナズーリンの部屋を星が訪れた。
ナズーリンは慌てて目を擦って布団から出る。
「なんだい、また失くし物?」
「・・・そうなんです、また帯紐をなくしてしまったんですけど、力を貸してくれませんか?」
星はナズーリンの少し赤く腫れた目を見て一瞬言葉を詰まらせたが、その事については何も問わなかった。
「いいよ」
ナズーリンは下を向いて星の横をすり抜ける。
星はその後姿を見ながら少し考え込むように顎に手を当てて俯いた。

星は丸い輪っかのついた帯紐をしているが、あれは「星がよくなくす物ランキングトップ3」に入るほどよくなくす物だ。
そういう物に限ってだが最近のナズーリンは自分の能力を使う事なく失くした場所の見当がつきすぐに見つけられるようになってしまった。
そう言っている間にもうみつけたようだ。

「はいご主人」
ナズーリンは帯紐を星に差し出す。
「ああっ!もう見つけたんですか!?」
「まあいつもと同じような所にあったよ、いつも言ってるけど今度からは箱とかに入れてー・・・」
喋っている途中だったが、星がナズーリンの手を両手で包み、腰をかがめて顔の前に顔を近づけてきたので思わず口を止めた。
「本当にいつもありがとうございます、ナズーリン」
「な、なんだい急に・・・」
いつもと違う主人の態度に戸惑いを隠せず、いつもポンポンと出る憎まれ口が思いつかない。
星はナズーリンの手を放し懐から小さな箱を取り出した。
「いつもお礼がなくて申し訳なかったです、どうかこれを」
星の手からナズーリンの手に箱が手渡される。
「こ、これは・・・?」
「開けてみてください」
ナズーリンは恐る恐る箱を開けた。
そして中から出てきた黒に近い茶色の丸いお菓子に釘付けになり、呼吸を止めた。
「こ、これ・・・」
「ムラサと一輪から聞きました、お前はこれが好きなんだそうですね」
「う・・・」
欲しいと思っていたものが思わぬ形で手に入った嬉しさとそれを自分の主人に知られた気恥ずかしさで言葉が出ない。
「どこに売っているのかわからなくて少し時間がかかってしまいましたが、今日ようやく手に入ったんですよ」
にっこり微笑む星の顔を見ていたら呼吸も苦しくなってきた。
「いつもありがとうナズーリン」
その言葉を聞いたナズーリンはとうとう抑えきれずに涙を一粒だけこぼした。
「ららっ、ご、ごめんなさいナズーリン!本当に主人失格です私は!」
ナズーリンは慌てる主人を見てすぐに目を擦りふい、と横を向いた。
「こ、これは眠かったから出たんだ!」
意地っ張りな横顔で、憎まれ口を叩く姿に星はほっと胸を撫でる。
「どうぞ、食べてください」
星がチョコレートを摘んでナズーリンの口の前に差し出すとナズーリンは気恥ずかしそうに少しだけ俯き、
口を開けると口の中に優しくチョコレートが放り込まれた。
そして口の中でとろける幸せに頬を桃色に染め、口元を緩める。
「・・・ありがと」
思わず出てしまった言葉に頬は益々赤くなり、ナズーリンはそれを隠すようにふいと外方を向いてごまかす。
あまり見た事のない表情に星の顔も綻んだ。


ナズーリンは意地をはらなくても素直に言えば応えてくれる人がそばにいる事を失念していたようだ。
なにしろ今日はチョコレート以上の収穫があったから、咲夜に対しても星に対しても
自分の性格の所為で色々迷惑をかけた事を反省しチョコレートの甘さの中に感じたほろ苦さを噛みしめた。


「咲夜っていう人間がチョコレートを作ってるんだ、今度会ったらみんなのぶんも貰ってくるよ」
「ええ、それは楽しみです」
ナズーリンの頭には星が自分以上にチョコレートを好きになる姿が容易に浮かんだ。
星が帯紐をなくしたのはガチのやつでわざとではないです。
あれが帯紐・・・なのか少し自信ないんですけど。

命蓮寺まで書いてその後最後のナズーリンと星の下り、最後に咲夜とレミリアの部分を付け足したのでちょっと不自然かもしれないです。
どう直したらいいかわからずの投稿となりました・・・精進します。
nini
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
餌付けされるナズーリン、でもホッコリ

注:チョコやココア、コーラやお茶なんかには、犬猫にひじょーーーに危険な毒物が入ってます。某うっかり寅が食べないようにご注意をば
2.名前が無い程度の能力削除
ほっこり……よかったです。
3.奇声を発する程度の能力削除
ほのぼのして良かったです
4.名前が無い程度の能力削除
ナズーリンの意地がチョコと一緒に溶けていく様子がかわいくて辛い。
いやもうほんと…こう…たまらん!
咲夜とレミリアもいいキャラしてる!
ただ、各パートの繋がりが弱くて話がぶつ切りになっているように感じます。
過去作を見てもそうですが、作者さんは会話でキャラの可愛さを出すのがうまいなあと思います。
今回はパチェさんの「んもー」がツボッたw
5.名前が無い程度の能力削除
ナズーリンが可愛すぎて死にかけた。
咲夜さんもいい性格してるなー