Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

雨の日の秘封倶楽部

2011/06/25 02:27:04
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 不思議な場所だった。
 地平線の果てまで浅瀬が続いている。
 まるで巨大な水たまりの様なそれの水温はひと肌程度で、恐ろしく存在感が希薄だった。もしかしたら水ではないのかもしれないけれども。
 周りの状況はというとひたすら青い風景の中、岩や陸地など存在せず、ただ彼方で交わる蒼い空の中に千切れ雲が所在なげにいくつか浮いているだけだ。
 私、宇佐見蓮子はそんな場所に立っていた。
 何処からともなく吹き付ける強い風に帽子を取られまいと押さえつける。
 くるぶしまで浸かっている水はその風に流され、不思議な波模様を描いていた。
 なんで私はこんな所にいるのだろうか。
 一介の大学生だったはずの私は、なんでこんな摩訶不思議世界に佇んでいるのだろう。
 ひとつ、思い当たる事があった。
 メリーだ。
 メリーことマエリベリー・ハーンは私の親友であり、大学での霊能者サークル『秘封倶楽部』での唯一の相方だ。こんな場所にいる理由があるのだとすれば、彼女こそがその理由だろう。
 一層強い一風に倒されそうになりながらも辺りを見渡してみる。
 どこか確信めいた意思をもって探す。
 いた。およそ100メートルほど離れた場所に、しゃがみ込んでいる紫のドレス姿があった。
 強風になおも気を使いながら彼女の元へとゆっくりと向かう。思ったより足下の水に足を取られて大変だ。
 およそ半分くらいまで近づくと、どうやらこっちに向かって何か話しているらしいことがわかった。
 でもその声は風でかき消され、途切れ途切れにしか聞こえてこない。
 仕方ないので駆け寄って行くことにした。途端にスカートが飛沫で濡れていく。

「メリィ、メリー!」
「蓮子!来たのね」

 メリーはドレスが濡れるのも構わずに地面へと膝をついていて、片腕を水の中へと突き出していた。
 しかしその腕は肘辺りで虚空へと溶けた様に無くなっている。
 驚愕に目を丸くする私をよそに、彼女はすこし興奮した面持ちで私に話しかけてくる。

「ここよ蓮子。見て、ここが結界の裂け目よ」
「本当なの!」
「ええ。確かにここよ.私たちが探し続けて来た向こうへの入り口。今まで見つけたのは不安定だったけれども、これなら大分安定してるわ」

 私とメリーの秘封倶楽部の目的は結界を暴く事だ。
 そしてメリーにはその結界の境目を見る能力がある。
 おそらくメリーの腕はその結界の向こう側へと差し込まれているのだろう。
 ここではない何処か、幻想のような場所へと。

「さあ蓮子、一緒に行きましょう」

 そう言ってメリーは水が滴る手を私に向けて差し伸べた。

「え、でもここを超えたら戻ってこれるの?」
「それは分からないわね。でも帰れなくてもそれはそれでしょ?念願だったあっちに行けるのよ。蓮子、いつも行きたいって言ってたじゃない」

 メリーの言葉に思わずはっとなった。
 確かに私は今までずっと闇雲に、向こう側へ至る道を探して来た。
 でも、よく考えてみたら、その後の事をまったく考えていなかった事にたった今気づいたのだ。
 私は向こうに行って何がしたいのだろう。
 そりゃ、現実じゃあり得ない世界なんかに行くなんて、とても楽しい事だろう。でも、それと引き換えにこの日常を捨ててしまうのはどうなのだろうか。
 そんなとりとめのない様な不安が、ふわっと心の底から浮かび上がって来た。
 何故だろう。
 多分、メリーとのいままでの日常が、とても楽しかったからかもしれない。
 それにメリーの夢をカウンセリングした時に聞いた話、あれの内容を振り返るに、どうしても不安になってしまう。どうにも引っかかるのだ。
 メリーは向こうへ行っては行けない気がする。
 本当に何の根拠もない、ただの漠然とした勘だ。
 でも、だからこそ余計に心配になってしまう。

「どうしたのよ蓮子?いきなり黙りこくっちゃって」
「メリー、なんだか私、悪い予感がするのよ……。ねえ、私たち、本当に向こうに行ってしまって大丈夫なのかしら」

 覚悟も何も足りていないこんな状況では、軽々しく結界なんて超えるものではないと思う。
 そう伝えると今度はメリーが目を丸くした。

「あら、蓮子ったら。マリッジブルーってやつかしら?」

「ちょ、こんなときにからかわないでよ!本当に心配しているのよ私は」

 こんな状況にもかかわらずふざけた感じのメリーに、ついムキになって言い返してしまう。

「ふふ、ごめんね蓮子。なんだか今の私は、いつもより意地悪みたいね。なんだか不思議な気分なのよ。この結界の裂け目に触れた途端、私じゃない私がいるみたいで」

 嫌な気分じゃないけどね。そう言って彼女はふわりと笑った。
 私にはそれが、メリーには見えなかった。メリーは気づいていないのだろうか?

「メリー、ごめんなさい。今はまだどっちに進めば良いのか分からないわ。何の決意も持たぬまま、考え無しのまま貴方を向こうへと行かせたくないの。ごめん、これは私のわがままだ」

 私はメリーの手を取った。ガラス細工みたいに細くて冷たい手をきつく握りしめると、思いっきり引っ張り上げた。





 そして、意識が引っ張り上げられた。

「ん、メリー?」
「あら、開口一番に私を呼んでくれるなんて嬉しいわね」

 直ぐに聞き慣れた声が聞こえた。意識と視界がまだぼんやりしていたが、しばらく数回瞬きを繰り返す内に、だいぶはっきりしていく。
 そこは部室だった。
 無機質な壁に囲まれた四角い部屋に、色々なものが雑多に詰め込まれた、すこし狭苦しく、だけども不思議な暖かみのある場所だった。
 それぞれの壁際には本棚や簡易キッチンや窓がある。残った一方の壁際には机があって、その前の椅子に自分は座っていた。
 目の前の机にはやりかけのレポートが広がっており、どうやら課題をやっている途中に眠りこけてしまったらしい。

「蓮子ったら、なんだかうなされてたわよ?マリッジブルーだとかわがままだとか。一体どんな夢見てたのよ。ま、そのおかげで私は起きられたんだけれども」

 トン、と目の前に置かれるマグカップ。そこから立ち上る柔らかな湯気と、コーヒーの香り。

「ほい、ねぼすけさんにはこれが一番」
「ありがと」

 両手でマグカップを包み込むと、暖かさが手に染みていく。
 一口含むと、口いっぱいに良い香りと甘さが広がっていく。私の相方の淹れたコーヒーはいつも甘めだ。
 メリーの方は既に自分のマグカップで一息入れていたらしく、半分ほど中身の残ったマグカップが隣の椅子の前に置かれていた。メリーはそこに座ると、休憩も大切よねー。とかやる気無さそうに呟いてまたカップを傾ける。
 少しずつ暖かいコーヒーを飲みながら、さっきの夢の事を考えようとして、その記憶はひどくつかみ所の無い靄の様になってしまっていた。
 でも、そうだ。考えなくてはいけないのは、向こう側に行ける様になった時の事だ。
 とりあえず、メリーに聞いてみるべきだろうと、未だにあまりぱっとしない頭で考える。

「ねえメリー、向こうと私、どっちが大切?」
「ぶほっ!れ、蓮子ったらまだ寝ぼけてるの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど、そうかもしれないけど」
「ふ~ん。そうねぇ」

 なんだか考えるように手を顎に当てるメリー。

「微妙に向こう、かな」
「……」

 思わず黙り込んでしまった。
 そんな私の様子を見て、メリーは慌てて態度を崩した。

「嘘よ嘘!なんだか今日の蓮子はおかしいわよ。風邪でも引いた?いつもみたいにつっこんでくれなきゃ、こっちの調子も狂っちゃうわよ」

 メリーが少し心配そうな顔で、こちらを覗き込んでくる。
 そう、いつもだったら冗談ですんでしまう軽い会話のはずなのに、なんで今日はこんなに胸に引っかかるのだろう。

「……もう、メリーのばか!」
「れ、蓮子!?」

 私は本当に心配してるのに、そう思うと何故か急に熱いものがこみ上げて来て、戸惑っているメリーを横目に、思わず走り出していた。





 部室を出て暗い廊下を駆け抜ける。
 やだ、なんで私こんなに不安定になってるんだろ。
 自分でもよくわからない、夢の余韻のせいなのだろうか?
 階段を駆け下り、廊下をまた進んだ先には、冷たそうなスチールのドアがあった。
 正体不明の胸のもやもやだけを抱えて、当ても考えも無いまま、とりあえず外に出ようと、扉を押し開く。
 その途端、冷たい雫と風が私の頬をかすめていった。
 雨だった。
 サァァという雨音が途端に聞こえてくる。
 どうやら寝ている間に降り出したらしい。そう言えば今日は朝から雲行きが怪しかったっけ。
 そんなに強い雨ではないけれども、こんな中、外に出たら濡れるのは必至だろう。
 かまうもんか。いっそ頭を冷やしたいくらいだし。
 そう思って外へと踏み出した。
 湿った芝生を踏みつけながら、ずぶ濡れになって歩いて行く。
 実際やってみると、雨に濡れるというのは、そう開放的なものではなかった。
 前髪は張り付くし、濡れそぼった服はどうにも気持ち悪く、重い。
 私、馬鹿みたい。独りでこんなことして……。
 秘封倶楽部でなら、どんな馬鹿な事やっても楽しかった。
 メリーがいたから。
 私独りになるなんて考えられない。そう漠然と思いながら歩いている時だった。
 踏み出した足が、そこにあるべき地面を捕える事が出来なかった。

「え?」

 完全に不意打ちで、肩透かしを食らったような気分。
 理解が全く追いつかないまま、がくんと体が落ち始めていた。

「蓮子!」

 真っ暗な、底なし穴の様な所へと落ちて行く体を止めたのは、私の右手を掴んだメリーの手だった。
 すんでのところで落下は止まり、変わりに、手が軋むような痛みが走る。

「メリー!なんで」
「くっ、蓮子を追いかけてて、廊下から窓の外を、みたら、あなた、大きな結界の裂け目に、真っ直ぐ向かって歩いてるんだもの。ただ、みてられない、わよ」

 途切れ途切れにそう言うメリーは、グラウンドから境目の中の私を支えているのだろう、随分苦しそうだ。
 辺りは真っ暗で、地面の壁が在るべき場所には何も無かった。ただ暗い空間がぽっかりと空いているだけだ。これが結界の向こう側の世界なのだろうか?
 きつく繋いだ手の隙間に、地上の雨がメリーの腕を伝って流れ込んでいく。メリーの体が、少しずつこっちへ落ちて来ているのがわかる。

「このままじゃふたりとも落ちちゃうわよ!だから、」
「それでも、いい、じゃ、ない。蓮子、あなたと一緒なら、何処だって、何か起きても、きっと、へっちゃらよ」

 私の言葉を遮って、苦しそうに、でも笑顔でそんな事を言うメリー。

「だからね蓮子、ここで、言うべき、言葉は、『この手は絶対に離さないで』よ」

 ああ、私はなんて馬鹿だったんだろう。メリーはここにいるじゃないか。
 唯一無二の、私の親友が。

「……うん。メリー、この手は絶対に離さないで」

 しっかりと手を握り返すメリー。すると突如、驚くべきことが起こった。今まで重力に従って落ちようとしていた私の体が、ふわりと軽くなったのだ。まるでいきなり境界の中の重力が半分にでもなったかの様に。

「わっ、なにこれ」

 いきなりのことで、戸惑っている私に、メリーは叫ぶ。

「蓮子、今のうちよ!」

 メリーは残った体力で私を引っ張って、なんとかグラウンドの縁へと掴まらせてくれた。
 そして私はようやく元の世界へと戻る事が出来たのだった。





 お互い濡れ鼠のまま、グラウンドにへたり込んで、天を仰ぎながら浅い呼吸を繰り返す。

「はぁ、はぁ、なんとか助かったわね」

 とりあえず落ち着いたのか、メリーが安堵の声を漏らした。

「し、死ぬかと思った……」
「死なないわよ。向こうへ落ちるだけだわ。でも、嫌だったんでしょ?」

 メリーのそんな問いに、まだ良くわからなかったので、すこしだけ頷く。

「今はまだ、上手く考えられないや」
「ふーん、蓮子も意外と乙女チックな心を持ってるのね」
「意外とって言うのは余計だと思う」

 あはは、いつもの蓮子だ、と笑うメリー。

「というか蓮子、なんでいきなり出て行ったのよ。びっくりしたわよ」
「いや、ちょっと色々考えちゃって暴走しちゃったというか、ははは……。今はもう大丈夫よ」

 ちょっと恥ずかしくなって、つい頬を掻いてしまう。
 そんな私の様子を気にかけたのか、メリーはこんな事を言ってくれた。

「まったく。何を心配してるかわからないけれど、私はそんな急にいなくなったりしないわよ。二人で一つの秘封倶楽部、でしょ?」
「……うん」

 降りしきる雨の中、握ったままの手はとても温かかった。





「というかあんなにポンポン結界の裂け目ってあるものなの?」

 さっきの私みたいに落ちてしまう人とかいないのだろうかと少し心配になってしまう。

「雨の日は、比較的に結界の境界が多くなるのよ。それに普通の人は無意識に避けるもの。蓮子、よほどぼーっとしてたんでしょ」
「そ、そんなことないわよ!」
「はいはい。……あー、さすがに寒くなって来たわね。そろそろ戻りましょ」
「そうね。たしか向こうの棟にシャワールームがあったからそこに」
「れれれ、蓮子と一緒にシャワー……!」
「なんで涎たらしてんのよ!」
初投稿でいろいろ分かってない部分が多いのですが、よろしくお願いします。
拙い文章ですが、二人の温かい関係を感じ取っていただければ幸いです。

読んでくださってありがとうございました!
yoshi
http://niziirocreators.blog135.fc2.com/
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
うーむ、これはいいほのぼの
この二人でストーリ物も読んでみたいものです
2.名無し程度の能力削除
とても良かった。
誠に勝手だけど続きが気になる話だったなぁ
3.奇声を発する程度の能力削除
こういう秘封物は読んでてワクワクしますね
後、シャワールームの所詳しく(駄
4.名前が無い程度の能力削除
良いよ
5.名前が無い程度の能力削除
とても良かったです。ふたりはいつまでも繋がっていて貰いたいです。
6.名前が無い程度の能力削除
良かったです。出来ないけど映像化したくなるくらい。
7.名前が無い程度の能力削除
くそぅ、最後の最後に変態メリーは卑怯だw
果たしてメリーが無意識に境界を制御したのか、紫さまが助けてくれたのか、どちらにせよ二人が引き裂かれなくて良かった。
8.プロピオン酸削除
境界に落ちそうになったメリーを蓮子が掴んでこのままじゃ二人とも落ちちゃう!みたいのは見たことあったし有りがちな内容だけど、逆が見られる(読める?)とは。 面白かったです