「どうして人は失うことを恐れるのかしら?」
大学のカフェテラスで優雅なティータイムを楽しんでいると、唐突にわけのわからない問い掛けをする無粋な人間が現れた。
「38分15秒の遅刻ね」
「正確には41分2秒ね」
そう答えて目の前の席に座る彼女は、宇佐見蓮子。
私の所属する部員2名のオカルトサークル、秘封倶楽部の創設者であり、私が最も心を許している大切な相棒だ。
そして、この相棒は困ったことに遅刻魔である。
彼女が約束の時間に遅れてこないことはまずない。
いくら咎めてもまったく反省の色を見せないので、私は彼女にちゃんと定刻通り来るよう言うのはやめることにした。
そんなことをしてもエネルギーの無駄遣いだ。
それなら、彼女が来るまで平和なティータイムを楽しむ方がいいに決まっている。
そもそも、この馬鹿のために余計なエネルギーをくれてやるほど、大学生には余裕などないのだ。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「蓮子に礼儀なんて必要ないわ」
「親しき仲にも礼儀ありよ。っていうか否定ぐらいしなさいよね」
蓮子は呆れたように言うと、手を挙げて「すいません、ホット一つ」と通り掛かった店員に注文した。
私はちらりとメニューを見る。メニューには美味しそうなケーキの写真が大量に並べられていた。
私はその一つを指差し、蓮子の肩を叩いた。
「蓮子、私これ食べたいなぁ」
「じゃあ自分で頼めば?」
「やぁよ。蓮子遅刻したんだから奢ってよ」
「どうして私が貴女の体重を増やすのに貢献しないといけないのよ」
「大丈夫、全部胸にいくから」
「胸にいっても体重は増えるでしょうに。……って、そういう問題じゃなくて」
「ねぇ、たまにはいいじゃない。お願い」
ここぞとばかりに上目遣い。
私の美貌にきっと蓮子もたじたじね。
「嫌。大学生は貧乏なのよ。他人にくれてやるお金なんてびた一文もありはしないわ」
しかし、私の必殺上目遣いを受けても蓮子はクールだった。
あまりにもクールすぎてメリーちゃん凍えそう。
「お待たせいたしました。ホットコーヒーになります」
馬鹿なやり取りをしている間に蓮子の注文したコーヒーがきた。
店員は一礼して「ごゆっくりどうぞ」とマニュアル通りの台詞を口にすると、その場から去って行った。
それを目で追いつつ、私は蓮子に問い掛ける。
「で、さっきのは一体どういう意味よ?」
蓮子は首を傾げる。
「さっきのって?」
「何故人は失うことを恐れるのかってやつ」
私がそう言うと、蓮子は「あー、あれね」と眠そうにしながら答えた。
「昨日戦争モノのアニメを見たんだけどね」
「うん」
「なんか女の人が“行かないで、もう誰も失いたくないの!”とか言ってたから、ふと考えちゃって」
「相変わらず変な所で変に考えるわね」
「普通よ」
いや、普通ではないと思う。
蓮子はよくこうやって何かの影響を受けては、普通は流す所を変に深く考える。
天才という生き物は皆こうなのだろうか。それとも、単純に蓮子が変なだけだろうか。
そういえば、天才と変態は表裏一体だと誰かが言っていた気がする。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「蓮子に礼儀なんて必要ないわ」
「天丼よ、メリー」
「天丼食べたいの?」
「そうじゃなくって……」
「蓮子、私天丼食べたい」
蓮子は呆れた顔で溜息を吐くと、無言で私にデコピンを食らわせた。
「痛いわ」
「はいはい、話戻すわよ」
「天丼の意味ぐらい私も知ってるわ」
「話戻すって言ったそばから脱線しないでくれる?」
「へぇへぇ」
私が頷いてみせると、蓮子はやれやれといった具合にコーヒーを一口飲んだ。
「で、何故人は失うことを恐れるのか、相対性精神学専攻の貴女の意見を聞かせてほしいわ」
蓮子は期待して私の答えを待っている。
参ったな、精神学を専攻してはいてもそういうのは専門じゃないのだけれど。私の専門は夢だし。
まあ人の心理は確かに理系の蓮子よりは得意なのだが、蓮子の納得できそうな答えは生憎持ち合わせていない。
「んー、損得の問題じゃないかしら。過失が望ましくないことは当たり前でしょう?」
蓮子は難しい顔をしている。
やはり彼女が納得できる答えではなかったようだ。
まああまり真面目に考えなかったのだから当たり前だが。
蓮子は難しい顔をしたまま、私に反論した。
「でも、望ましくないのと恐れるのとでは全く別の感情よ。人は何かを失うことに対して、異常とも言えるほどの恐怖心を抱いているわ」
確かにそうかもしれない。
そうかもしれないが、蓮子は根本的な部分で勘違いをしている。
そもそもにおいて、感情を理論的に説明しようとすること自体が間違いなのだ。
理論で説明しなくても、ニュアンスで感覚的に理解できるのが感情というものである。
まあそんなことを言えば、蓮子は「それは間違っている!」なんて言うのだろうが。
私たちは専攻している分野のせいか、お互い考え方は真逆なのだ。
ここで反論しては論点がずれてしまうので、私は蓮子に合わせて話をすることにした。
「じゃあ、失うことの代償が大きすぎると考えてみたらどうかしら?」
「どういう意味?」
「例えば、全財産を失ってしまったら?」
「想像したくないわね」
「今の時代、お金がなくちゃ生きてはいけない。全財産を失ってしまえば、まず間違いなく幸せにはなれないわね」
私の言葉で蓮子はハッとしたように顔を上げた。
「なるほど。つまり、失うということは幸せを奪われることと同義なのね」
「まあ物によるでしょうけど。人が失うことを恐れるような物、つまり大切な物ならその考え方は当て嵌まるでしょうね」
蓮子は納得したようにうんうん頷いている。
そして、同性でも惚れ惚れしてしまうような格好良い笑顔で私に言った。
「じゃあメリーは私にとって大切な人なのね」
「……え?」
思考が停止する。
私が、蓮子の大切な人……?
まずい、顔が熱い。
蓮子はそういう意味で言ったわけではないとわかっていても、さっきの言葉を勝手に都合の良いように解釈してしまう。
ええい、にやけるな私の顔!
私は顔が赤くなってるのを誤魔化すために、わざと蓮子の言葉を茶化した。
「大切な人って、蓮子ったら大袈裟ねぇ」
「だって、私メリーを失うのが怖いもの。とても」
そう言った蓮子の顔に、少しだけ影が差した……気がした。
「蓮子……?」
私が心配して声をかけた次の瞬間には、いつも通りのクールな笑顔に戻っていた。
さっきの表情は気のせいだったのだろうか。
「メリーは?」
「へ?」
唐突に話を振られて、間抜けな声を発してしまった。
蓮子は意地悪な笑みを浮かべて私を見つめている。
まずい、完全に会話の主導権を握られてしまっている。
「メリーにも大切な人はいる?」
にやにやしながら問い掛けてくる蓮子。
こいつ、答えがわかってて聞いてるな。
「それは……」
「ん?」
いい加減にやけるのをやめろ!
そう言いたくなるのを我慢する。
にやけ顔を崩すために違う答えを言ってもいいのだが、なんとなくそれは躊躇われた。
さっきの蓮子の表情が頭にちらつくのだ。
「メリー、答えは?」
ええい、もう言ってしまえ!
蓮子がさらりと言ってのけたことだ、私にだってきっとできる。
私はできる限りで一番の笑顔を蓮子に向けてやった……つもりだ。
「私の大切な人は貴女よ、蓮子」
冷静にさらりと言ってやったつもりだったが、蓮子に「メリー、顔が真っ赤よ」と言われて泣きたくなった。
次にこういう機会がきたら、今度は私が弄ってやるから覚悟しときなさいよ、蓮子。
「でもよかった。私はちゃんと貴女にとって大切な存在なのね」
さっきまでの意地悪な表情はどこに行ったのか、蓮子は心底ほっとしたように呟いた。
「メリーの居場所はここにあるんだから、ちゃんと私のもとに帰ってきてね……」
気を抜いていたら聞き逃してしまいそうなほどか弱い声だった。
あの男勝りな蓮子の声とはとても思えないほどに。
言葉の真意を聞こうとする前に、蓮子はコーヒーを飲み干して立ち上がった。
そして私の手を掴んで言った。
「さ、行こうか。今日も面白いネタを手に入れたのよ」
「ちょ、ちょっと蓮子……!」
「午後5時50分ジャスト。いよいよ暗くなってきたわ。夜は秘封倶楽部の活動時間よ!」
そう言って、私の手を引く蓮子は楽しそうに笑っていた。
私は「仕方ないなぁ」と呟き、伝票を忘れずに抜き去った。
お互いに大切に想い合っている私たち。
だけど、少しだけ擦れ違っている私たち。
そうして無意識に境界を作りながら、私たち秘封倶楽部は今日も世界の境界を暴きに行く。
大学のカフェテラスで優雅なティータイムを楽しんでいると、唐突にわけのわからない問い掛けをする無粋な人間が現れた。
「38分15秒の遅刻ね」
「正確には41分2秒ね」
そう答えて目の前の席に座る彼女は、宇佐見蓮子。
私の所属する部員2名のオカルトサークル、秘封倶楽部の創設者であり、私が最も心を許している大切な相棒だ。
そして、この相棒は困ったことに遅刻魔である。
彼女が約束の時間に遅れてこないことはまずない。
いくら咎めてもまったく反省の色を見せないので、私は彼女にちゃんと定刻通り来るよう言うのはやめることにした。
そんなことをしてもエネルギーの無駄遣いだ。
それなら、彼女が来るまで平和なティータイムを楽しむ方がいいに決まっている。
そもそも、この馬鹿のために余計なエネルギーをくれてやるほど、大学生には余裕などないのだ。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「蓮子に礼儀なんて必要ないわ」
「親しき仲にも礼儀ありよ。っていうか否定ぐらいしなさいよね」
蓮子は呆れたように言うと、手を挙げて「すいません、ホット一つ」と通り掛かった店員に注文した。
私はちらりとメニューを見る。メニューには美味しそうなケーキの写真が大量に並べられていた。
私はその一つを指差し、蓮子の肩を叩いた。
「蓮子、私これ食べたいなぁ」
「じゃあ自分で頼めば?」
「やぁよ。蓮子遅刻したんだから奢ってよ」
「どうして私が貴女の体重を増やすのに貢献しないといけないのよ」
「大丈夫、全部胸にいくから」
「胸にいっても体重は増えるでしょうに。……って、そういう問題じゃなくて」
「ねぇ、たまにはいいじゃない。お願い」
ここぞとばかりに上目遣い。
私の美貌にきっと蓮子もたじたじね。
「嫌。大学生は貧乏なのよ。他人にくれてやるお金なんてびた一文もありはしないわ」
しかし、私の必殺上目遣いを受けても蓮子はクールだった。
あまりにもクールすぎてメリーちゃん凍えそう。
「お待たせいたしました。ホットコーヒーになります」
馬鹿なやり取りをしている間に蓮子の注文したコーヒーがきた。
店員は一礼して「ごゆっくりどうぞ」とマニュアル通りの台詞を口にすると、その場から去って行った。
それを目で追いつつ、私は蓮子に問い掛ける。
「で、さっきのは一体どういう意味よ?」
蓮子は首を傾げる。
「さっきのって?」
「何故人は失うことを恐れるのかってやつ」
私がそう言うと、蓮子は「あー、あれね」と眠そうにしながら答えた。
「昨日戦争モノのアニメを見たんだけどね」
「うん」
「なんか女の人が“行かないで、もう誰も失いたくないの!”とか言ってたから、ふと考えちゃって」
「相変わらず変な所で変に考えるわね」
「普通よ」
いや、普通ではないと思う。
蓮子はよくこうやって何かの影響を受けては、普通は流す所を変に深く考える。
天才という生き物は皆こうなのだろうか。それとも、単純に蓮子が変なだけだろうか。
そういえば、天才と変態は表裏一体だと誰かが言っていた気がする。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「蓮子に礼儀なんて必要ないわ」
「天丼よ、メリー」
「天丼食べたいの?」
「そうじゃなくって……」
「蓮子、私天丼食べたい」
蓮子は呆れた顔で溜息を吐くと、無言で私にデコピンを食らわせた。
「痛いわ」
「はいはい、話戻すわよ」
「天丼の意味ぐらい私も知ってるわ」
「話戻すって言ったそばから脱線しないでくれる?」
「へぇへぇ」
私が頷いてみせると、蓮子はやれやれといった具合にコーヒーを一口飲んだ。
「で、何故人は失うことを恐れるのか、相対性精神学専攻の貴女の意見を聞かせてほしいわ」
蓮子は期待して私の答えを待っている。
参ったな、精神学を専攻してはいてもそういうのは専門じゃないのだけれど。私の専門は夢だし。
まあ人の心理は確かに理系の蓮子よりは得意なのだが、蓮子の納得できそうな答えは生憎持ち合わせていない。
「んー、損得の問題じゃないかしら。過失が望ましくないことは当たり前でしょう?」
蓮子は難しい顔をしている。
やはり彼女が納得できる答えではなかったようだ。
まああまり真面目に考えなかったのだから当たり前だが。
蓮子は難しい顔をしたまま、私に反論した。
「でも、望ましくないのと恐れるのとでは全く別の感情よ。人は何かを失うことに対して、異常とも言えるほどの恐怖心を抱いているわ」
確かにそうかもしれない。
そうかもしれないが、蓮子は根本的な部分で勘違いをしている。
そもそもにおいて、感情を理論的に説明しようとすること自体が間違いなのだ。
理論で説明しなくても、ニュアンスで感覚的に理解できるのが感情というものである。
まあそんなことを言えば、蓮子は「それは間違っている!」なんて言うのだろうが。
私たちは専攻している分野のせいか、お互い考え方は真逆なのだ。
ここで反論しては論点がずれてしまうので、私は蓮子に合わせて話をすることにした。
「じゃあ、失うことの代償が大きすぎると考えてみたらどうかしら?」
「どういう意味?」
「例えば、全財産を失ってしまったら?」
「想像したくないわね」
「今の時代、お金がなくちゃ生きてはいけない。全財産を失ってしまえば、まず間違いなく幸せにはなれないわね」
私の言葉で蓮子はハッとしたように顔を上げた。
「なるほど。つまり、失うということは幸せを奪われることと同義なのね」
「まあ物によるでしょうけど。人が失うことを恐れるような物、つまり大切な物ならその考え方は当て嵌まるでしょうね」
蓮子は納得したようにうんうん頷いている。
そして、同性でも惚れ惚れしてしまうような格好良い笑顔で私に言った。
「じゃあメリーは私にとって大切な人なのね」
「……え?」
思考が停止する。
私が、蓮子の大切な人……?
まずい、顔が熱い。
蓮子はそういう意味で言ったわけではないとわかっていても、さっきの言葉を勝手に都合の良いように解釈してしまう。
ええい、にやけるな私の顔!
私は顔が赤くなってるのを誤魔化すために、わざと蓮子の言葉を茶化した。
「大切な人って、蓮子ったら大袈裟ねぇ」
「だって、私メリーを失うのが怖いもの。とても」
そう言った蓮子の顔に、少しだけ影が差した……気がした。
「蓮子……?」
私が心配して声をかけた次の瞬間には、いつも通りのクールな笑顔に戻っていた。
さっきの表情は気のせいだったのだろうか。
「メリーは?」
「へ?」
唐突に話を振られて、間抜けな声を発してしまった。
蓮子は意地悪な笑みを浮かべて私を見つめている。
まずい、完全に会話の主導権を握られてしまっている。
「メリーにも大切な人はいる?」
にやにやしながら問い掛けてくる蓮子。
こいつ、答えがわかってて聞いてるな。
「それは……」
「ん?」
いい加減にやけるのをやめろ!
そう言いたくなるのを我慢する。
にやけ顔を崩すために違う答えを言ってもいいのだが、なんとなくそれは躊躇われた。
さっきの蓮子の表情が頭にちらつくのだ。
「メリー、答えは?」
ええい、もう言ってしまえ!
蓮子がさらりと言ってのけたことだ、私にだってきっとできる。
私はできる限りで一番の笑顔を蓮子に向けてやった……つもりだ。
「私の大切な人は貴女よ、蓮子」
冷静にさらりと言ってやったつもりだったが、蓮子に「メリー、顔が真っ赤よ」と言われて泣きたくなった。
次にこういう機会がきたら、今度は私が弄ってやるから覚悟しときなさいよ、蓮子。
「でもよかった。私はちゃんと貴女にとって大切な存在なのね」
さっきまでの意地悪な表情はどこに行ったのか、蓮子は心底ほっとしたように呟いた。
「メリーの居場所はここにあるんだから、ちゃんと私のもとに帰ってきてね……」
気を抜いていたら聞き逃してしまいそうなほどか弱い声だった。
あの男勝りな蓮子の声とはとても思えないほどに。
言葉の真意を聞こうとする前に、蓮子はコーヒーを飲み干して立ち上がった。
そして私の手を掴んで言った。
「さ、行こうか。今日も面白いネタを手に入れたのよ」
「ちょ、ちょっと蓮子……!」
「午後5時50分ジャスト。いよいよ暗くなってきたわ。夜は秘封倶楽部の活動時間よ!」
そう言って、私の手を引く蓮子は楽しそうに笑っていた。
私は「仕方ないなぁ」と呟き、伝票を忘れずに抜き去った。
お互いに大切に想い合っている私たち。
だけど、少しだけ擦れ違っている私たち。
そうして無意識に境界を作りながら、私たち秘封倶楽部は今日も世界の境界を暴きに行く。
蓮メリちゅっちゅ
どんどんお願いします
蓮メリどんどんお願いします
最高だ!
>>1様
お粗末さまでした。
蓮メリちゅっちゅ。
>>2様、3様(コメント内容がほとんど同じなので統一させてもらいます)
原作の蓮子はクールなのでそれに近づけてみました。
メリーも原作風を目指してみましたが、原作よりまぬけな子になってしまいました。
>>4様
蓮メリはどうあがいても甘々になってしまいます。
まあ原作でも仲良しだからいいよね。