とある日曜日、私達はサークルの活動と称し、家の近くにある喫茶店で無駄話に花を咲かせていた。
普段通りの自然な光景…
でも、話し始めてからしばらく経ったときに、メリーが突然言ったのだ。
「明日山に行こう」
そう、これが今回のちょっとした出来事のきっかけだった。
「は?」
唐突なメリーの言葉に私は戸惑う、まぁいつものことなんだけど。
「それで、理由は?」
私は溜息混じりに言った、いつもいつもメリーの言葉は唐突で意図が読みにくい。
「えっと…」
メリーが出かけるのを思い立った理由は単純明快だった。昨日たまたま本屋で手に取った雑誌に、私達の住む街…付近の山上にある神社が紹介されていたらしいのだ。
『外人さん』であるメリーは、日本の文化に結構興味を持っている。特に神社仏閣なんぞには目がないらしく、休日にはひきこもる私を無理矢理連れ回して神社仏閣巡りをしているわけだ。
先日などは千数百段だかの石段がある神社に参拝を試みたあげく、登り切った時点でメリーは貧血により行動不能となり、私が下まで担いで降りてくる羽目になってしまった。
ちなみに、その後数日間私は筋肉痛と腰痛に悩まされた。
そんなことを思いだした私はきっぱり答えた。
「いやよ」
「そっか、了解」
メリーは答えた。そう…答えたはずなのだ…
翌朝
ぐらぐら…ぐらぐら…
「ん…む?地震!?」
今朝、どうもベットが揺れると思って飛び起きた私…でも起きあがると何か様子が変だ…別段地面は揺れていないし部屋もいつもと同じだ。
たった一つ余計なものを除いて…
「おはよう蓮子」
そう、ベッドの傍らに『ある』旅装を整えたメリーとその笑顔。
「あ…あんた何で?」
驚きですっかり目が覚め言う私に、メリーはにっこり笑って平然と答えた。
「だって蓮子ったら約束しても遅刻するし…迎えに来てみました!」
そして、陽気に微笑むメリーの隣には、どうやって探し当てたのかは知らないが私の着替えとお出かけグッズが準備されていた。
四面楚歌という言葉が頭に浮かぶ、ここで嫌がったら承諾するまでベッドを揺するつもりだろう。残念ながら、我が家に奴の侵入を許した時点で私の敗北は決定していたのだ。
まぁなぜ部屋に進入できたのかはつっこむのはやめておこう、何か想像するだに恐ろしい答えが返ってくるかもしれないから…多分私が鍵をかけ忘れたんだ、きっとそうだ、そうに違いない。
「わかった、わかったからやめれ」
私はそう言って立ち上がる。あ~もう、本当に今日は朝からついていないわ。
かくて、結局私は、メリーに手を引かれて(体力ないくせになんでこんな時だけこんな力を発揮するのっ…ていう位の力だった)いつも通学に使っている駅へと連行される羽目になったのだ。
カンカンカンカン
いつも通り私たちがホームに上がるとほぼ同時に、遮断機が降り電車がやってくる。一つだけいつもとちがうのは、乗る電車の方向がいつもとは逆ということだ。
電車は、ポイントをわたりゆっくりと入線してきた、真新しい電車が次々出てくるようになっても、私達の街の鉄道は時が止まったかのように変わることはない。
この間乗った『ヒロシゲ』と比較すると隔世の感があった…逆な意味で。
メリーなんかは「古い方が味があっていいわ」とか言っているんだけど…
閑話休題
さて、それはさておき寝起き…しかも不愉快な…でぶす~っとしている私に、その『原因』が声をかけてきた。
「何しけた顔してるの蓮子?もっと陽気にいきましょう!」
「あのね…」
私は誰のせいよと言いかけて口を閉じる、この子には言っても無駄だろう…
招くように扉を開けたその電車に、私たちは乗り込んだ。
ヴィーン…
電車はヒロシゲとは比較にならないような騒々しいモーター音を響かせながら、ヒロシゲとは比較にならないくらい遅い速度で走っていく。
休日、郊外へと向けて走る電車は空いていた。しばらく川と併走し、やがて運動公園を横目に見ながら進んでいる時、メリーがふいに口を開いた。
「このあたり…昔は沼とか林が一杯あったのにね…」
窓の外を流れゆく景色には、バイパス沿いに拡がるロードサイド店が連続する景観と、川原を綺麗に整地して造った運動公園が見えていた。
ここに棲んでいた生き物は一体どこに行ってしまったのだろう…?
私はちょっと感傷じみた気持ちになりながら車窓を眺めていた。
ガタンゴトンガタンゴトン
電車はやがて市街地を抜け、田園風景の中を進む…
昔ながらの田園風景、でもよく見ると耕されていない田んぼがほとんどだった。
併走する道路には車がいっぱい、こっちの電車はが~らがら。
「あとどれくらいなのメリー?」
「ん?次の次ね、あなたはちょっと急ぎすぎよ。心にゆとりを持たないといけないわ」
だんだん景色にも見飽きてきた私に、メリーは答える。
「心にゆとりかぁ、でものんびりとゆとりは違うわよメリー?」
「わかってるわよ、で、蓮子に足りないのは『ゆ・と・り』OK?」
こんにゃろめ、わざわざ一語ずつ区切って言ったわね。
「じゃあメリーにありあまっているのは『の・ん・び・り』OK?」
にっこり笑ってお互いの顔を見る私達、もちろん目は笑ってはいないけど…でも
「あははっ」
「くすっ」
しばらくして本当に笑ってしまった。
「もう、メリーったら緊張が持続しないわね」
「その言葉そっくり返すね」
そう言って笑い合う私達、毎回毎回がこんな感じだ。私達がそんなばかな事をしている間に、やがて電車は左手に目指す神社がある山をみて、田んぼの真ん中をゆっくりと進む。
最近ではもはや見えなくなりつつある田んぼも、このあたりでは未だ健在なのだ。
電車は、カタンコトンと軽やかな音をたてて走っている。
車窓の景色はゆっくりと流れて、目指す駅まではもう少しだ。
プシューガタン
扉が開き、私たちは目的の駅へと到着した。
「案外…高いわね」
ホームに降りた私は独語する、いざ目の前にたつと目指す神社がある山は思ったより高かった。
いやな予感が…した。
「大丈夫だよ蓮子、こんな山ならどうってことないわ」
他方自信満々なメリー、そんな彼女を見て私は思う。
うん、どうってことないわ、『私は』ね。
少女登山中…
「ごめん蓮子…もうだめ」
「やっぱりぃ!?」
長く続く急勾配に、脆弱なメリーモーターが焼き付いたらしく、彼女はその場にへたりこんだ。
ちなみに、まだ三分の一も登っていなかったりする。
ああ…いっつもこうなのだ…うん、嫌な予感はしたのよ。この山を見た瞬間に…
でも世の中には逃れようのない運命というものが存在するわけなのですよ…
結局私におぶさるメリー、私に二人分の疲労がかかる。
「ふんぬ~」
「蓮子…なんか男らしいよ?」
だったら歩け。
少女登山中…
「ねぇ蓮子!すごいよ!!これ室町時代にできたんだって、ねぇ蓮子聞いてる?」
「はぁはぁ」
「蓮子、見晴らしもいいね。そんなところで寝てないで見てみなよ」
「はぁはぁはぁ」
さて、私がへろへろになって山上に着くやいなや、メリーは飛び降りて境内ではしゃぎ回っていた。ちなみに、私はベンチにダウンしている。
はしゃぐメリーを見ていると、何か計画的犯行のにおいがプンプンするのだけど、メリーがそういう嘘をつくとは考えにくいしきっと天然なんだろう。
「やれやれ」
私も、せっかくなのでしばらく怪しげなモノを探してまわっていたのだけど、別段我ら秘封倶楽部の活動内容になるようなものは発見できず、捜索は徒労に終わった。
さて、その後、どうにかこうにか下山した私達は駅に着き電車を待っていた。
夏のそよ風が私達の頬をなでていく…家に帰ったらごはんを食べてゆっくり眠ろう。うんそうしよう。
私は、ぼへーっと景色を眺めながらそんなことを考えていた。
そんなこんなで肉体的にも精神的にも疲労した私の一日は終わった…かに思えた。
のだけど…
「ねぇ蓮子?」
「ん、どうしたの?」
突然呼びかけてきたメリーに私は問い返した。すると…
「蓮子、ポーチもういらないの?」
「へ…」
メリーの唐突な言葉に私は一瞬戸惑ったけど、すぐに彼女が言った言葉を了解した。そういえば私は貴重品用にポーチを持ってきていた…はずだ、しかしお財布その他が入っていたそのポーチは視界にない。
「あれ?」
一瞬思考が停止した私に、メリーが言葉を重ねた。
「蓮子って山の上にいたときは持っていたよね」
「落とした!?」
慌てる私にメリーはほわほわ笑いながら言う。
「ううん、多分ベンチの上だよ、置いていったからいらないのかなぁーって思っていたの」
「何でその時に言ってくれないのよ!」
私は言ったが…
「あはは、言おうとして振り向いたら神社の本殿が目に入ってね、きれーだなーって思っていたらすっかり忘れちゃってたの」
「はぁ」
我ながら自分の迂闊さに腹が立つ、そしてメリーの天然ぶりにはもっと腹が立つ。
「取りに戻るわよ」
しばしの沈黙の後私は言った。一瞬放棄しようかとも考えたが、あのポーチの中には財布だけでなく携帯やカードも入っているし、ポーチ自体も結構お気に入りなのだ。
「わ、また山登るの?帰りは暗くなるだろうし…」
メリーの言葉…
「く…」
嫌だ、嫌だけど仕方がない。
「勇気と豪胆の規範を示せ!前進!前進!!」
私はやけくそ気味にそう言うと登山道に向かった、日は既に沈みつつある、山上に着く頃にはもう真っ暗だろう。
宵闇の中を、私とメリーは山頂を目指した。
少女再び登山中…
「あった!」
暗闇の中で発見した私のポーチ、盗まれていないかとちょっと不安だったのだけど、さすがに神域で泥棒をはたらくような不信心者は…
「いたよ」
ポーチもお財布も無事だったけどお財布の中身だけそっくり抜かれていた。
「うう…私の一月分のバイト代が…」
膝をつき打ちひしがれる私、だけどまぁポーチや携帯は回収できたしこれでよしとしよう。
「さてと、メリー?」
とっとと帰ろうとメリーを探す…が
「いない!?」
さっきまですぐ側にいたメリーの姿がない。まさかふらふらしているうちに崖から落ちたとか!?
「メリー!メリー!!」
あの子ならやりかねない…と不安に思った私は、メリーの名を連呼して境内を回った。
その後しばらく周囲を探し回ったがメリーの姿はない。携帯電話は圏外の表示、大自然の前には文明の利器も役に立たない。
メリーの性格上私を置いて一人で帰るとは考えられない、一体何処に…
と、私が境内をうろうろしていたら一枚の看板を見つけた。
『奥の院はこの先徒歩約20分の所にあります』
「まさか…」
「あ…蓮子、夜の境内っていうのもなかなかいいね」
「メリー…」
いたよ、メリーは本殿からさらに山を少し登った所にある奥の院なる所にいた。灯りもない暗い境内、メリーは石段に腰掛けて微笑んでいる。下手したらこの世の者ではないみたいよ?
それにしても人にさんざん心配させておいて…
「あのね、黙って消えるから心配…」
さすがに怒った私はメリーに詰め寄ろうとしたのだけど…
「怒らない怒らない、ほら見てみなよ蓮子」
「え…」
メリーの指さした先、暗闇の中に浮かぶ光の街…私達の住んでいる街だ。
「自分たちの住んでいる街も、こうして見ると案外いいものだよね。いつもは無機質の固まりとしか思えないものばかりなのに…」
黙ってしまった私にメリーが呟く。
京都とかの大都会は凄い勢いで『進歩』している、でも、私達の住む街もそれほどではないにしても木々の森は消え、そしてコンクリートの森へと変わっていっていた…
「うん…そうだね」
一瞬遅れて私も応じる、やれやれ、誤魔化すのうまいなぁ。けどこうして夜景を見てみていると、今日一日の苦労も案外よかったのかもと思えてくる。
私達は、私達の街の華やかな姿にしばらく見とれていた。
「はい、お守り。お昼に買って、帰りに渡そうと思ったんだけどもうこんな時間だしね、明日になると忘れそうだから今の内に渡しておくね」
しばらく夜景を眺めていたら、唐突にメリーがそう言ってお守りを渡してきた。小さな小さなお守りは、メリーの体温が移ってちょっと暖かかった。
「あ、ありがとう」
「お揃いだよ。大切にしてね」
「うん」
戸惑いながらもお礼を言う私に、同じお守りを目の前に掲げて屈託無く笑うメリー。
なるほどね、お揃いのお守りっていうはなかなかいい考えね。
いつもいつもこの子には苦労をかけられてばかりいるけど、たまにみせてくれるこんな優しさ、やっぱり根は素直なんだろうなぁ。私はそう思ってお守りをメリーと同じように目の前に掲げた。
「このお守りは今日から秘封倶楽部の会員証ね」
メリーが微笑みながら言った。私も笑ってその言葉に応じる。
「ええ…このお守りは秘封倶楽部の証。無くしても再発行はしないわよ?」
「あははっ」
そして私達の友情の証、恥ずかしいからもちろん口には出さないけどね。
さて、私達がそうやって和んでいた時だった。
「あ…あの光の列電車かなぁ。きれいだね」
メリーが呟く、メリーが指し示した先には、光の街から抜け出して郊外へと向かっているであろう短い光の列があった。
「そうだね」
私もメリーにつられて呟く、だが次の瞬間あることに気がついた。
「最終電車!!」
「へ?」
「へ?じゃないよメリー!このままだと最終電車に乗り遅れちゃう」
「あっ!?」
空を見て慌てふためく私、最終電車の発車まではもう30分ほどしかない。全速で駆け下りてもぎりぎりの時間だ。
「急ぐよ!」
「う、うん!」
私達は山から転がり落ちるかのごとき速度で駆け下りた、実際何度か転がったけど。
「蓮子待って~!!!」
「待たないっ…っていうわけにはいかないわね」
後ろから聞こえてくるメリーの声、私は立ち止まる。
私達は秘封倶楽部、二人で一つの秘封倶楽部、私はメリーの方を振り向いて…言った。
「もー!早くしてね!!!」
そんなこんなでやっぱりどたばたで過ぎていく私達の休日、でも…まぁこんな日常も悪くなんてないよね?
『おしまい』
普段通りの自然な光景…
でも、話し始めてからしばらく経ったときに、メリーが突然言ったのだ。
「明日山に行こう」
そう、これが今回のちょっとした出来事のきっかけだった。
「は?」
唐突なメリーの言葉に私は戸惑う、まぁいつものことなんだけど。
「それで、理由は?」
私は溜息混じりに言った、いつもいつもメリーの言葉は唐突で意図が読みにくい。
「えっと…」
メリーが出かけるのを思い立った理由は単純明快だった。昨日たまたま本屋で手に取った雑誌に、私達の住む街…付近の山上にある神社が紹介されていたらしいのだ。
『外人さん』であるメリーは、日本の文化に結構興味を持っている。特に神社仏閣なんぞには目がないらしく、休日にはひきこもる私を無理矢理連れ回して神社仏閣巡りをしているわけだ。
先日などは千数百段だかの石段がある神社に参拝を試みたあげく、登り切った時点でメリーは貧血により行動不能となり、私が下まで担いで降りてくる羽目になってしまった。
ちなみに、その後数日間私は筋肉痛と腰痛に悩まされた。
そんなことを思いだした私はきっぱり答えた。
「いやよ」
「そっか、了解」
メリーは答えた。そう…答えたはずなのだ…
翌朝
ぐらぐら…ぐらぐら…
「ん…む?地震!?」
今朝、どうもベットが揺れると思って飛び起きた私…でも起きあがると何か様子が変だ…別段地面は揺れていないし部屋もいつもと同じだ。
たった一つ余計なものを除いて…
「おはよう蓮子」
そう、ベッドの傍らに『ある』旅装を整えたメリーとその笑顔。
「あ…あんた何で?」
驚きですっかり目が覚め言う私に、メリーはにっこり笑って平然と答えた。
「だって蓮子ったら約束しても遅刻するし…迎えに来てみました!」
そして、陽気に微笑むメリーの隣には、どうやって探し当てたのかは知らないが私の着替えとお出かけグッズが準備されていた。
四面楚歌という言葉が頭に浮かぶ、ここで嫌がったら承諾するまでベッドを揺するつもりだろう。残念ながら、我が家に奴の侵入を許した時点で私の敗北は決定していたのだ。
まぁなぜ部屋に進入できたのかはつっこむのはやめておこう、何か想像するだに恐ろしい答えが返ってくるかもしれないから…多分私が鍵をかけ忘れたんだ、きっとそうだ、そうに違いない。
「わかった、わかったからやめれ」
私はそう言って立ち上がる。あ~もう、本当に今日は朝からついていないわ。
かくて、結局私は、メリーに手を引かれて(体力ないくせになんでこんな時だけこんな力を発揮するのっ…ていう位の力だった)いつも通学に使っている駅へと連行される羽目になったのだ。
カンカンカンカン
いつも通り私たちがホームに上がるとほぼ同時に、遮断機が降り電車がやってくる。一つだけいつもとちがうのは、乗る電車の方向がいつもとは逆ということだ。
電車は、ポイントをわたりゆっくりと入線してきた、真新しい電車が次々出てくるようになっても、私達の街の鉄道は時が止まったかのように変わることはない。
この間乗った『ヒロシゲ』と比較すると隔世の感があった…逆な意味で。
メリーなんかは「古い方が味があっていいわ」とか言っているんだけど…
閑話休題
さて、それはさておき寝起き…しかも不愉快な…でぶす~っとしている私に、その『原因』が声をかけてきた。
「何しけた顔してるの蓮子?もっと陽気にいきましょう!」
「あのね…」
私は誰のせいよと言いかけて口を閉じる、この子には言っても無駄だろう…
招くように扉を開けたその電車に、私たちは乗り込んだ。
ヴィーン…
電車はヒロシゲとは比較にならないような騒々しいモーター音を響かせながら、ヒロシゲとは比較にならないくらい遅い速度で走っていく。
休日、郊外へと向けて走る電車は空いていた。しばらく川と併走し、やがて運動公園を横目に見ながら進んでいる時、メリーがふいに口を開いた。
「このあたり…昔は沼とか林が一杯あったのにね…」
窓の外を流れゆく景色には、バイパス沿いに拡がるロードサイド店が連続する景観と、川原を綺麗に整地して造った運動公園が見えていた。
ここに棲んでいた生き物は一体どこに行ってしまったのだろう…?
私はちょっと感傷じみた気持ちになりながら車窓を眺めていた。
ガタンゴトンガタンゴトン
電車はやがて市街地を抜け、田園風景の中を進む…
昔ながらの田園風景、でもよく見ると耕されていない田んぼがほとんどだった。
併走する道路には車がいっぱい、こっちの電車はが~らがら。
「あとどれくらいなのメリー?」
「ん?次の次ね、あなたはちょっと急ぎすぎよ。心にゆとりを持たないといけないわ」
だんだん景色にも見飽きてきた私に、メリーは答える。
「心にゆとりかぁ、でものんびりとゆとりは違うわよメリー?」
「わかってるわよ、で、蓮子に足りないのは『ゆ・と・り』OK?」
こんにゃろめ、わざわざ一語ずつ区切って言ったわね。
「じゃあメリーにありあまっているのは『の・ん・び・り』OK?」
にっこり笑ってお互いの顔を見る私達、もちろん目は笑ってはいないけど…でも
「あははっ」
「くすっ」
しばらくして本当に笑ってしまった。
「もう、メリーったら緊張が持続しないわね」
「その言葉そっくり返すね」
そう言って笑い合う私達、毎回毎回がこんな感じだ。私達がそんなばかな事をしている間に、やがて電車は左手に目指す神社がある山をみて、田んぼの真ん中をゆっくりと進む。
最近ではもはや見えなくなりつつある田んぼも、このあたりでは未だ健在なのだ。
電車は、カタンコトンと軽やかな音をたてて走っている。
車窓の景色はゆっくりと流れて、目指す駅まではもう少しだ。
プシューガタン
扉が開き、私たちは目的の駅へと到着した。
「案外…高いわね」
ホームに降りた私は独語する、いざ目の前にたつと目指す神社がある山は思ったより高かった。
いやな予感が…した。
「大丈夫だよ蓮子、こんな山ならどうってことないわ」
他方自信満々なメリー、そんな彼女を見て私は思う。
うん、どうってことないわ、『私は』ね。
少女登山中…
「ごめん蓮子…もうだめ」
「やっぱりぃ!?」
長く続く急勾配に、脆弱なメリーモーターが焼き付いたらしく、彼女はその場にへたりこんだ。
ちなみに、まだ三分の一も登っていなかったりする。
ああ…いっつもこうなのだ…うん、嫌な予感はしたのよ。この山を見た瞬間に…
でも世の中には逃れようのない運命というものが存在するわけなのですよ…
結局私におぶさるメリー、私に二人分の疲労がかかる。
「ふんぬ~」
「蓮子…なんか男らしいよ?」
だったら歩け。
少女登山中…
「ねぇ蓮子!すごいよ!!これ室町時代にできたんだって、ねぇ蓮子聞いてる?」
「はぁはぁ」
「蓮子、見晴らしもいいね。そんなところで寝てないで見てみなよ」
「はぁはぁはぁ」
さて、私がへろへろになって山上に着くやいなや、メリーは飛び降りて境内ではしゃぎ回っていた。ちなみに、私はベンチにダウンしている。
はしゃぐメリーを見ていると、何か計画的犯行のにおいがプンプンするのだけど、メリーがそういう嘘をつくとは考えにくいしきっと天然なんだろう。
「やれやれ」
私も、せっかくなのでしばらく怪しげなモノを探してまわっていたのだけど、別段我ら秘封倶楽部の活動内容になるようなものは発見できず、捜索は徒労に終わった。
さて、その後、どうにかこうにか下山した私達は駅に着き電車を待っていた。
夏のそよ風が私達の頬をなでていく…家に帰ったらごはんを食べてゆっくり眠ろう。うんそうしよう。
私は、ぼへーっと景色を眺めながらそんなことを考えていた。
そんなこんなで肉体的にも精神的にも疲労した私の一日は終わった…かに思えた。
のだけど…
「ねぇ蓮子?」
「ん、どうしたの?」
突然呼びかけてきたメリーに私は問い返した。すると…
「蓮子、ポーチもういらないの?」
「へ…」
メリーの唐突な言葉に私は一瞬戸惑ったけど、すぐに彼女が言った言葉を了解した。そういえば私は貴重品用にポーチを持ってきていた…はずだ、しかしお財布その他が入っていたそのポーチは視界にない。
「あれ?」
一瞬思考が停止した私に、メリーが言葉を重ねた。
「蓮子って山の上にいたときは持っていたよね」
「落とした!?」
慌てる私にメリーはほわほわ笑いながら言う。
「ううん、多分ベンチの上だよ、置いていったからいらないのかなぁーって思っていたの」
「何でその時に言ってくれないのよ!」
私は言ったが…
「あはは、言おうとして振り向いたら神社の本殿が目に入ってね、きれーだなーって思っていたらすっかり忘れちゃってたの」
「はぁ」
我ながら自分の迂闊さに腹が立つ、そしてメリーの天然ぶりにはもっと腹が立つ。
「取りに戻るわよ」
しばしの沈黙の後私は言った。一瞬放棄しようかとも考えたが、あのポーチの中には財布だけでなく携帯やカードも入っているし、ポーチ自体も結構お気に入りなのだ。
「わ、また山登るの?帰りは暗くなるだろうし…」
メリーの言葉…
「く…」
嫌だ、嫌だけど仕方がない。
「勇気と豪胆の規範を示せ!前進!前進!!」
私はやけくそ気味にそう言うと登山道に向かった、日は既に沈みつつある、山上に着く頃にはもう真っ暗だろう。
宵闇の中を、私とメリーは山頂を目指した。
少女再び登山中…
「あった!」
暗闇の中で発見した私のポーチ、盗まれていないかとちょっと不安だったのだけど、さすがに神域で泥棒をはたらくような不信心者は…
「いたよ」
ポーチもお財布も無事だったけどお財布の中身だけそっくり抜かれていた。
「うう…私の一月分のバイト代が…」
膝をつき打ちひしがれる私、だけどまぁポーチや携帯は回収できたしこれでよしとしよう。
「さてと、メリー?」
とっとと帰ろうとメリーを探す…が
「いない!?」
さっきまですぐ側にいたメリーの姿がない。まさかふらふらしているうちに崖から落ちたとか!?
「メリー!メリー!!」
あの子ならやりかねない…と不安に思った私は、メリーの名を連呼して境内を回った。
その後しばらく周囲を探し回ったがメリーの姿はない。携帯電話は圏外の表示、大自然の前には文明の利器も役に立たない。
メリーの性格上私を置いて一人で帰るとは考えられない、一体何処に…
と、私が境内をうろうろしていたら一枚の看板を見つけた。
『奥の院はこの先徒歩約20分の所にあります』
「まさか…」
「あ…蓮子、夜の境内っていうのもなかなかいいね」
「メリー…」
いたよ、メリーは本殿からさらに山を少し登った所にある奥の院なる所にいた。灯りもない暗い境内、メリーは石段に腰掛けて微笑んでいる。下手したらこの世の者ではないみたいよ?
それにしても人にさんざん心配させておいて…
「あのね、黙って消えるから心配…」
さすがに怒った私はメリーに詰め寄ろうとしたのだけど…
「怒らない怒らない、ほら見てみなよ蓮子」
「え…」
メリーの指さした先、暗闇の中に浮かぶ光の街…私達の住んでいる街だ。
「自分たちの住んでいる街も、こうして見ると案外いいものだよね。いつもは無機質の固まりとしか思えないものばかりなのに…」
黙ってしまった私にメリーが呟く。
京都とかの大都会は凄い勢いで『進歩』している、でも、私達の住む街もそれほどではないにしても木々の森は消え、そしてコンクリートの森へと変わっていっていた…
「うん…そうだね」
一瞬遅れて私も応じる、やれやれ、誤魔化すのうまいなぁ。けどこうして夜景を見てみていると、今日一日の苦労も案外よかったのかもと思えてくる。
私達は、私達の街の華やかな姿にしばらく見とれていた。
「はい、お守り。お昼に買って、帰りに渡そうと思ったんだけどもうこんな時間だしね、明日になると忘れそうだから今の内に渡しておくね」
しばらく夜景を眺めていたら、唐突にメリーがそう言ってお守りを渡してきた。小さな小さなお守りは、メリーの体温が移ってちょっと暖かかった。
「あ、ありがとう」
「お揃いだよ。大切にしてね」
「うん」
戸惑いながらもお礼を言う私に、同じお守りを目の前に掲げて屈託無く笑うメリー。
なるほどね、お揃いのお守りっていうはなかなかいい考えね。
いつもいつもこの子には苦労をかけられてばかりいるけど、たまにみせてくれるこんな優しさ、やっぱり根は素直なんだろうなぁ。私はそう思ってお守りをメリーと同じように目の前に掲げた。
「このお守りは今日から秘封倶楽部の会員証ね」
メリーが微笑みながら言った。私も笑ってその言葉に応じる。
「ええ…このお守りは秘封倶楽部の証。無くしても再発行はしないわよ?」
「あははっ」
そして私達の友情の証、恥ずかしいからもちろん口には出さないけどね。
さて、私達がそうやって和んでいた時だった。
「あ…あの光の列電車かなぁ。きれいだね」
メリーが呟く、メリーが指し示した先には、光の街から抜け出して郊外へと向かっているであろう短い光の列があった。
「そうだね」
私もメリーにつられて呟く、だが次の瞬間あることに気がついた。
「最終電車!!」
「へ?」
「へ?じゃないよメリー!このままだと最終電車に乗り遅れちゃう」
「あっ!?」
空を見て慌てふためく私、最終電車の発車まではもう30分ほどしかない。全速で駆け下りてもぎりぎりの時間だ。
「急ぐよ!」
「う、うん!」
私達は山から転がり落ちるかのごとき速度で駆け下りた、実際何度か転がったけど。
「蓮子待って~!!!」
「待たないっ…っていうわけにはいかないわね」
後ろから聞こえてくるメリーの声、私は立ち止まる。
私達は秘封倶楽部、二人で一つの秘封倶楽部、私はメリーの方を振り向いて…言った。
「もー!早くしてね!!!」
そんなこんなでやっぱりどたばたで過ぎていく私達の休日、でも…まぁこんな日常も悪くなんてないよね?
『おしまい』
>名無し妖怪様
そう言っていただけると幸いです。この二人はこれからも書いていきたいなぁと思っておりますので。
>SETH様
天然メリーは珍しいようなので、そう言っていただけてほっと一安心です。