Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

なんでもない、秋の夜

2010/10/03 01:09:25
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 ひょう、と乾いた風が吹く。
 冷たい空気に流されて、木の葉が向こうへ飛んでゆく。
 月明かりの下、大きく波打つススキの海。辺り一面に広がって、風に任せて踊り続ける。
 
 さわり、さわり。
 しゃり、しゃり、しゃり。

 一本道の遥か先、我が家を目指して歩き続ける。
 心地よい、虫の音色に包まれて、八雲藍は歩き続ける。

 りぃん、りぃん。
 ころ、ころ、ころ。

 びゅう、と強く煽られて、ひときわ大きく波が立つ。
 飛ばされた落ち葉が一つ、くるり、くるりと宙を舞い、藍の頭に着地した。
 なんとなく手に取り、光にかざしてみる。
 紅葉は、楽しげに笑っていた。

 ふと立ち止まり、ぼんやりと空を仰ぎ見る。

 闇夜の中をゆっくりと、雲が流れて月を隠した。
 しかし薄くたなびく切れ端では、隠しきれずにぼやけて光る。

 真っ赤な紅葉を風に乗せ、藍は軽く地を蹴った。
 ざわめく海のすぐ上を、風を追い越し駆けてゆく。
  
 少し欠けた月の下、藍は一つ身を震わせて、温かい我が家に思いを馳せた。


 


○○○○○





「ただいま戻りました」
「藍、ちょっとこっちにいらっしゃい」


 丁度玄関を開けた時、縁側の方から声がした。
 まだ起きているなんて、珍しい。そういえば、前にもこんな事があった気が……。
 鈍る思考を揺り起して、主の下へ向かう。


「お待たせしました。なんでしょうか?」
「……と、貴方は言う。でしょうか」


 先手を打った紫の予言に、仕方なく藍も返した。
 掛け布団にくるまって縁側に腰掛けている紫は、満足そうに頷き自分の隣を軽く叩く。一緒に座れ、ということだろう。
 藍は欠伸を一つして、隣にそっと腰を下ろした。


「それで、用事はなんでしょうか?」
「あら、用事なんて無いわよ。強いて言えば、ここに座ること、かしら」
「私は早く温まりたいのですが……」


 それに、今日は疲れたので早く寝たい。
 心の声は押しとどめる。

 と、紫様が私にぴたりと身体を寄せて、掛け布団の一端を私にかぶせた。


「これならいいでしょう?」


 紫様は、腕をからめてにこりと笑う。
 じわじわと、温もりが伝わってくる。疲れた体に、じわじわと。
 

「手があったかいわね。ここで寝ちゃってもいいのよ」
「いえ、大丈夫です。まだ着替えてもいませんし」


 そう。と一言発した後は、黙りこくって空を見ていた。
 穏やかな沈黙に身を任せ、睡魔の侵攻を容認する。
 
 そのまま、どの位そうしていただろうか。ふと、紫様が月を見て呟いた。


「きれいね」
「……ええ」

 
 鋭い光が、遮るものなく、私たちを照らしている。
 月明りを受けて淡く光る雲が、暗い海を、ゆるり、ゆるりと泳いでいる。
 私の意識も泳ぎ始めた。
 

「きれいですね」
「ふふっ……そうね」


 私は、月を見て呟く。
 薄い雲に覆われて、控えめに主張している。
 雲は月にかぶさり、外へ、外へと光を拡散させる。
 頭の中には霞が広がる。

 やがて、紫の肩に控えめな重みが加わった。
 
 



○○○○○

 



 ひょう、と乾いた風が吹く。
 冷たい空気に流されて、庭の落ち葉が音をたてる。
 木々が揺れ、新たに仲間が地に舞い降りた。

 くるり、くるり。
 かさ、かさ、かさ。

 紫の隣で、藍がこくりと船をこぐ。
 普段の理知的な表情はどこへやら、無垢な寝顔を晒している。
 紫を信頼しきっているのだろう、安心感が口元を緩ませていた。
 
 もう少しこのままでいたいが、ここで寝ていては風邪をひいてしまう。
 よっこいしょ、と抱き上げて、寝室へと足を運ぶ。
 大きい動作の割に、意外と起きないものだ。こうして抱いていると、昔を思い出す。藍がまだ八雲ではなかった頃を。
 小さな面影が、ふと甦る。
 
 しかし回想もそこそこに、藍を布団に寝かせ、しっかりと毛布をかけた。それから、少し考えて……自分も一緒にもぐりこむ。
  
 しん、と束の間、風が凪ぐ。
 突然支えを失って、木の葉が地面へ落ちてゆく。
 庭のすぐ外、月の下。果てなく広がるススキの原。余韻で僅かに穂が揺れる。

 ころり、ころり。
 りん、りん、りん。

 虫たちはまだ、眠らない。秋の夜は、これからだ。
 












おわり

  
 
 翌朝。


「紫様、起きて下さい」
「むぅ、あと一日」
「では、せめて抱きつかないでください。私が起きられません。それに、なんで私は下着姿なんですか? それに紫様も」
「だって、普段着のままでは寝にくいでしょう?」
「だからって……ま、待って下さい。そんな所に胸をあてないでください!」
「やあねえ。……当ててるのよ」


 きっと、そんな朝。
 

おわり


○○○○○


自分の中での東方ssの原点は、やっぱりこんな雰囲気。季節が変わると書きたくなる。
幻想郷の美しい自然と、しっとりほのぼのゆからん。うまく表現出来てたらいいなぁ。


感想や批評、アドバイスなどありましたら是非よろしくお願い致します。
読んで頂きありがとうございました。

追記:2010/10/06

・奇声を発する程度の能力 様
ありがとうございます。
沈黙が心地よい。そんなゆからんを目指してみました。

・けやっきー 様
秋の景色が表現できていたようで、嬉しい限りです。
どうやったら幻想郷の自然の美しさを表現できるか、と毎回悩んでおります。

・3 様
気に入って頂けて嬉しいです。
真っ赤な紅葉を見ると、なんだかわくわくしますよね。
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コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
静かな感じがして、とても良いゆからんでした。
2.けやっきー削除
秋の綺麗な景色を思い浮かばせてもらいました。
この、ゆっくりと空気が流れていく感じ、とても良かったです!
3.名前が無い程度の能力削除
>紅葉は、楽しげに笑っていた。 
とても気に入りました。
ゆっくりとした感じがとてもよかったです!