Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

――じゃあ、またね

2010/09/12 00:47:10
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 今よりも遥か昔、妖怪の山と呼ばれる場所は、鬼のものだった――。






 少女が駆けている。
 速くただ疾くと願いつつ、空を進む。
 平時においては人目を避けるために禁止されていたが、今は解かれている。

 あいつほどには巧く乗れないか――風の波を浴び、少女は、思考と思考の狭間でふとそんなことを思った。

 少女は、空よりも陸を駆けることを得意としていた。
 慣れていないことも理由の一つだが、元来、地を蹴る方が性分に合っている。
 かつては四肢で今は両足と、走り方に差異はあるのだが……。

 少女が不得意な空を選んだのは、その目的地が、地上よりも遥かに高い場所にあるからだ。

 視界の捉える色が、次々に変わりゆく。

 まずは赤。木々が色づき始めていた。
 続けて緑。樹海は季節を問わず、鬱蒼としている。
 その後、青。常に変わる訳もなく、轟々と音をたてる滝がそこにあった。

 少女が目指すのは、その先の天狗の社、そして、更に上にある――「――!?」



 山の中腹、一般的には断崖絶壁と認識される場所で、少女の動きが止まる。



 風が吹いた。

 暴風と呼ぶほど荒々しくはない。
 烈風と呼ぶほど激しくもない。
 だから、少女は疾風と捉える。

 無論、行く手を塞ぐ者が誰かを解りつつ――。

「何の真似だ、文! ……いや、お前は、知っていたのか!?」
「私は貴女ほど賢くないの。質問は一つにしてくれる、藍?」
「ならば後者だ! お前は、知っていたのか!!」

 質問と言うよりは詰問と言った強い口調で、金色の尾を持つ少女・藍は、背まで伸びる黒髪の少女・文に迫った。



 睨みつけてくる瞳を真っ向から受け止め、文は、返す。

「知っていたわ。
 だから、私は此処にいるの。
 きっと、貴女は来ると思ったから」

 藍の瞳が更に鋭くなる。
 しかし、文も視線を逸らさない。
 気を抜くと、眼前の少女が更に上昇すると解っていた。

「……そもそも、知らない訳がないでしょう?
 あの方たちは我ら天狗の上司様。
 目の上のたんこぶよ」

 少しでも藍をこの場に留めておくために、文は、嘲るように、言う。

「山を去り、地底に行く――その邪魔をされちゃ、困るのよ!」



 藍が空を急いだ理由も、文が憎まれ口を叩く原因も、ヒトリの少女のためだった――。







 天狗の社から更に高い場所にある、鬼の住処。
 少女がヒトリ、淵に立ち、顔を上空に向けていた。
 きつく瞼を閉じているのだから、空を見ている訳ではない

 歯を食いしばり、両手が強く握りしめられている。

 そんな有様だったから、後ろから近づく大きな影に気が付かなかった。

「……瀬堰?」

 少女――瀬堰は、呼び声に驚きつつ、咄嗟に目頭を拭い、振り向く。

「あー……準備は済んだのか?」
「勇儀様……」
「ん?」

 視界を覆う体躯の持ち主は、‘四天王‘のヒトリ、星熊勇儀だった。

 準備とは荷造りのことだろう、と瀬堰は思う。
 家財など重い物は天狗に譲り渡していたし、貴重な物は童の彼女に縁がない。
 ただ、以前にこっそり持ち出していた三つの木簡だけは、丁寧に包み親に預けていた。

 瀬堰は小さく頷く。

「頭を落として、どうした。まだ終わっていないんだな」
「……え? いえ、ですから、瀬堰はもう」
「いやいや」

 勇儀が小さく首を振る。溜息と微苦笑と共に。

「挨拶を、済ませていないだろう?」



 どくん、と瀬堰の鼓動が馳せた。
 抗うために、拳を握る。
 強く、強く。

「何を、仰っているのですか。
 瀬堰に、挨拶をする必要など、ありませぬ。
 あやにもらんにも、もうあえないのですから、そんなことをす……ぅぐ」

 嗚咽を堪えるのに、拳だけでは、やはり足りなかった――。







 口調はそのまま、文が続ける。

「さっきも言ったけど、いい?
 鬼は、天狗の目の上のたんこぶなの。
 私からすれば、さっさといなくなって欲しいって訳。
 そりゃぁ、貴女が何をしようが考えを変えることはないでしょう。
 だけど、もしかしたら、地底に行くのを伸ばすなんてのはあり得るわ。
 鬼の親馬鹿童馬鹿は知れ渡っているものね。
 貴女があの方、瀬堰御前に会えば、そうなりかねない。
 彼女は貴女を慕っているもの。
 私?
 そうね、私もよく遊んであげたわ。
 だけど藍、根本的に、貴女と私は違うのよ。
 貴女はただ構えばいいだけ、私はね、常に気を使わないといけなかった。
 当然でしょう?
 鬼は天狗の上司なんですもの。
 宴会の時も、買物の時も、川遊びをした時も、こないだの夏祭りの時だって……!」

 拳を握り、一拍の後、言いきった。

「私は、ずっと、面倒に感じてたんだから!!」

 そうできたのは恐らく、瀬堰よりも文の方が、少しだけ歳嵩だったからだろう。



 揺れる視界を気にすることもなく、藍は、文に手を向けた。

「なに、笑っているのよ!? なに、泣いているのよっ!」
「文。憎まれ口は、そんな顔で言うもんじゃない」
「――っるさい!」

 払われる。
 それでも、藍は伸ばした。
 睨みつけてくる瞳から零れ落ちる水滴を、拭うため。

「やっぱり、大当たりよ……!」
「……何のことだ?」
「貴女のご主人様が漏らすだろうって、天魔様は読まれていたわ!」
「あぁ……なにもこんな時間制限いっぱいに、とは思ったが」
「そんなの決まっているわ! 貴女に、考える時間を与えたくなかったのよ!」
「……『考える』?」
「そう! 考えれば、御前を思えば、貴女は動けなくなる! だから!!」
「何を考えるのか解らないけれど、ならば結局、天魔殿も同じ腹じゃないか」
「な――!?」
「どういう思考に辿りつこうが、文、私はお前も、御前の元に、つれていくぞ」

 藍は、文の目元から頬へと手をずらし、心持強めに掴んだ。



 その手を、文は払う。
 瞬く藍の両肩をがっしりと掴む。
 そうしないと、立っていられそうもない。

「考えなさいよ!
 御前と会って、何をするの、何を言うの!?
 貴女は意志が強いわ、だけど、ねぇ、絶対に言わないって、約束しないって、言いきれる!?」

 だが、自身のためだけではなかった。
 文は、一昼夜でもこうしていようと思っている
 鬼たちが去り行くその時まで、ずっと藍を留めるつもりだ。

「『約束』……?
 ……そうか、そういうことか!
 だけれど、文、私たちが交わすのは、漠然としたものだろう!?」

 その魂胆を読んだのだろう、藍が肩に力を入れ、振り払おうとする。

「解ったのね!? 解ったのに、会おうとするのね!? させない、させないわ!!」

 叫ぶ。
 揺れる視界で藍を睨む。
 外された両手を組み、‘力‘を集めた。

「あの泣き虫が!
 あの甘えん坊が!
 あの我儘御前がっ!
 何も言わず、行こうとしているのよ!
 だから、あの子の意志を守る! それが私にできる、あの子のための、最後の務めよ!!」
 
 留められないのであれば、墜とす。



「御前は、瀬堰は、友達だろう!?」
「……是非もなし!!」
「分からず屋ぁ!」



 文の手から離れた‘力‘は、フタリを分かつように、爆ぜた――。







 伸ばされた手が髪に触れ、乱暴に撫でられる。
 瀬堰自慢の黒髪が乱れていく。
 構わなかった。

 泣き顔を見られるよりは、よっぽどマシだ。

「勇儀様、瀬堰は鬼です。
 幼き身なれど、誇り高き鬼なのです。
 けれど、藍と文に会うと、瀬堰はきっと、取り乱してしまうでしょう。
 今生の別れだと言うのに、情けない鬼として、フタリの頭に残されてしまいます。
 それは耐えられません……――何より、そう、何より、瀬堰は、言ってしまいます……」

 だから、もう、会わない。

 地上を去ると教えられてから、瀬堰は、そう強く思っていた。

 触れられている手が、動く。
 髪から、流れるように、耳へと。
 場違いな行為に目を瞬かせていると、不意に、微かな破裂音が鼓膜に届いた。

「……文!?」

 音は、下から聞こえてきている。

「なぁ瀬堰」

 既に振り返り地を見下ろしていた瀬堰の頭に、もう片方の大きな手が、ぽんと置かれた。

「言う通り、お前は童だ。
 小さな体……ってのは、まぁ、変わらん奴もいるが。
 ともかく、まだまだ若い。
 百年二百年で朽ち果てるつもりもなかろうて。
 縁があれば、いや、お前らなら、何時か何処かで巡り合うさ」

 瀬堰は勇儀を仰ぎ見る。
 浮かぶ表情は、優しい笑みだった。
 言葉に嘘はない。いや、あろうはずもない。

「ありがとうございます……勇儀様」

 柔らかく両肩を掴むこの鬼は、‘四天王‘の勇儀なのだから。

「しかし、誇り高き鬼と言うのもまた事実。
 なれば、鴉と狐を止めてこい。
 瀬堰よ、出来るか?」

 問いかけに、瀬堰は、強く強く、頷いた。

 足を動かし、地を蹴る。
 しかし、どうにも感触がない。
 それはそうだろう、彼女は今、持ち上げられていた。

「……あの、勇儀様?
 瀬堰は、フタリの元に行こうと思います。
 ですので、その、放して頂けると有り難いのですが」

 直後、左右に揺らされる。
 肩から上は微動だにしなかった。
 その下、特に両足がふらふらと動く。

 ふらふら。
 ぶらぶら。
 ぶんぶん。

「勇儀様、何故だか素敵な笑顔の勇儀様!?
 瀬堰は文と藍の元に、放してください!
 はーなーしーてー!!」



 『素敵な笑顔』の勇儀が何を考えているか解らぬほど、瀬堰も幼くはなかった。

「お前が飛ぶより、私が投げた方が、速い」
「いやぁぁぁ、嘘、嘘って言ってぇぇぇ!?」
「はっはっは、‘力の勇儀‘が嘘をつく訳がない」



 ほんともぅなんだその笑顔――思った時には、既に手が放されていた。



 ぶんぶん、ぶんっ。





 ――みぎゃぁぁぁぁぁぁ!?





 絶叫が、‘力‘を集めていた藍と文の耳を突く。
 同時、声の方に振り向くと、黒いモノが視界に映る。
 なんだアレ、あぁ御前か――至った思考もまた、同じだった。

 顔を見合わせるフタリ。

(瀬堰だよな、アレ)
(ええ、そうね)

 視線のやり取りも完璧だ。

 一拍の後。

「バ、バルキリー・ブレッシング!」
「ずる! と言うか、ばるきりーってなんだ!?」
「無謀と慢心の精霊だって、天魔様がゆってた!!」

 注。文には使えません。

「ちぃ、尻尾の一本を解放する!」
「なにその設定!? で、どうなるの!」
「でっかい紫様がもわわっと……あぁ駄目だ、裸を見せてはいけない!」

 注。藍にそんなことはできません。

 突然の事態に、右に左にと慌てふためくフタリ。
 しかし、お構いなく瀬堰は落ちてくる。
 彼我の距離は、然程ない。

 ぱんっ。

 向き合い、互いの頬を打つ。
 打った手を、しっかりと繋ぐ。
 視線は一点に注がれていた。



 ‘力‘の質を変え、文と藍は叫ぶ。

「陣よ!」
「結界よ!」
「我らを護りたまえ!!」

 言葉が耳を震わせた直後、フタリの腕に、瀬堰が飛び込んできた。



「目、目が回るのじゃ~……」
「ご無事ですか瀬堰様!?」
「大丈夫か瀬堰!?」

 呼び声に、瀬堰はぱちりと目を開く。
 右には、不安そうな顔の文。
 左には、同じ表情の藍。

 数度瞬き、つんと顎を上げ、瀬堰は言う。

「無礼者め。
 瀬堰を、あ、いや……。
 わらわを呼ぶ時は、後ろに『御前』を付けろと言っておる」



 顔を見合わせるフタリ。
 藍が肩を竦める。
 文は頷いた。

「な、言った通りだろう?」
「えぇ。憎まれ口は、こんな顔で言うもんじゃない」
「な!? 主ら、なにを笑っておる! なにを泣いておる!」

 呆れ、微笑み、怒る。
 少女たちは、各々二つの表情を向け合う。
 そして、互いに互いの目元に手を伸ばし、姦しく笑いあった――。





 少女たちは、陽が沈むまで遊び続けた。





「……もう、夕暮れじゃな」
「いやいや御前。まだ明るいでしょう?」
「金色が眼前に広がっておるな。やめぃ、もふもふするわ!?」



「……流石に、暗ぉなってきた」
「いやいや御前。やっと赤くなってきたばかりだぞ」
「まるで紅葉を見ているようじゃ。葉団扇を押し付けるな、痛いわ馬鹿者!?」





 時間を、短くも長くも感じた。
 どちらにせよ、夜が来る。
 別れの時だ。

 藍が文に目配せをし、フタリは同時に、瀬堰へと手を伸ばした。

「瀬堰」
「瀬堰様」
「……主ら、わざと言っておるな」



 差し向けられた手を払い、瀬堰は叫んだ。



「わらわを呼ぶ時は、後ろわぷっ!?」
「御前様!」
「御前!」



 三つの影が重なる。
 額を突き合わせ、その表情を記憶に刻む。
 百年二百年……どれだけ時が流れようと、忘れないために。



 そうして、鬼は、狐は、鴉は――少女たちは、笑い、泣きながら、挨拶を、再会の誓いを交わした。





 ――じゃあ、またね!







 何時になるかは解らない。
 けれど、必ず何れ果たされるだろう。
 影が重なる光景を遥か上から眺め、三つの影は、そう思うのであった――。







                      <幕>
・文は一足先に会いに行きました(拙作『湯で語る』参照)。お読み頂きありがとうございます。

・遂にやってしまった、『縁起』にすら出て来ないオリジナルキャラクター主役話。
・瀬堰嬢はトータル三回目の登場です。
・今は人妻。

・シリアスで通すつもりだったのに、コメディが混じる。性分ですね。

いじょ
道標
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
この子の話がずっと楽しみでした
いいぞ、もっとやれ
2.奇声を発する程度の能力削除
おお!あのお話の続きですか!
とても面白かったです!
3.名前が無い程度の能力削除
待望の御前のお話しキタ!
今作も楽しく読ませていただきました。次回作も期待しています!
御前の話を続けてもいいんじゃぞ?(チラッ
4.けやっきー削除
前作を読まずに、この話を読んでみました。
それでも、十分分かる面白さでした!
さぁ、前作も読んできます!