Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

君の知らない物語

2010/08/01 23:25:00
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 うっそうと茂った森の一角に一軒の家が建っていた。正体不明の品々が積まれた山を玄関脇に築いたその建物は、洋風と幻想郷でも珍しいものだった。
 店主がいれば霧雨魔法店と名乗るその家の前に、ゆったりとしたローブに身を包んだ女性がいた。
 女性は玄関脇に積まれた品々を一瞥もすることなく扉の前へと進む。そして女性の唇から、ここがあの女の家ね、と女性特有の柔らかい音が零れ落ちた。
 そして、そのまま質素な木の扉へと歩み寄りノブに手をかけると、金属がひしゃげる音が辺りに響いた。


 「鍵の意味も知らないなんて、さすが泥棒猫ね」
 「さすがに物理的にも魔術的にも力尽くで壊して言うセリフではないと思いますわ」
 「娘の家の鍵は、この程度じゃ壊れたりしませんわ」
 「あら、そうなの? でも、ひゃっはあーと一昼夜飲めや歌えのサバトに勤しんだ挙げ句、風邪を引いて寝込んだ娘さんをほったらかしにして、こんなところへ来るなんて一体どういう風の吹き回しかしら?」
 「あら、ウチの娘がかかるほどなんだから、お宅の巫女も当然風邪じゃないのかしら? なのに、なぜ貴女はこんなところに?」


 壁から引き抜いた扉のノブを掴んだままの状態で、背後に湧き出た金糸紫衣の妖怪へと、肩越しに鋭い視線と共に女性は問い返す。
 問いかけに対する答えが問いであることに、妖怪は手にした扇子で口元を隠し、苦笑する。
 そして、互いににやりと笑うと


 「お久しぶりね、神綺。私はあの子から『魔理沙で練習してきてからにして頂戴』って言われたのよ」
 「ご無沙汰してますわ、紫さん。それじゃあ、あの巫女は今一人なの?」
 「式をつけているから、大丈夫よ」
 「その割には、不安そうにみえるけど?」
 「ふとしたことで死んでしますのが人間ですから、心配して当然ですわ」


 世話を焼くことに関しては、間違いなく幻想郷屈指の式をつけて、なお俯いた紫の心情を推し量ると、とても『心配性ね』とは言うことができない自分に神綺と呼ばれた女性はフードを脱ぎながら苦笑いを零した。
 その気配に対して、紫は、お気遣い痛み入りますわと、呟く。そして扇子をぱちり、と閉じ、女性へと向けると


 「それで」
 「それで?」
 「貴女はなぜ、ここへ?」
 「それが……、折角看護にって尋ねたのにアリスちゃんから『たまには姉さん達に甘えちゃ駄目なのかしら?』って言われちゃってね。オマケに、『代わりに魔理沙の面倒を見てきて欲しいんだけど、流石に我が侭過ぎよね神綺さ、ううんママ』なんて言われちゃって……」
 「つい、『そんなこと無いわよアリスちゃん』と言ってしまった、と」


 溜息混じりに首肯した神綺に同情の視線を返す紫。
 その視線に苦笑で返す神綺。そして、それじゃ入りましょうと、手にした扉を正体不明の品々の山へと放り投げると、そのまま室内へと足を踏み入れた。
 神綺と紫が魔理沙の部屋に辿り着いたのは、それから半時ほどしてからのことだった。



 踏み込んだフタリを震撼させた一階とは打って変わって、霧雨魔理沙の寝室はベッドとサイドテーブルそして僅かばかりの衣類が入ったクローゼットだけ、という簡素なものだった。


 神綺はサイドテーブルに、一階から発掘した桶に溜めた冷水に手ぬぐいを浸すと、ぎゅ、と一絞りし、ゆっくりと皺を伸ばしていく。
 そして、そっと、畳まずに魔理沙の顔へと近づけると、


 「息をしなくなったら、アリスちゃんから嫌われちゃうのよね」
 「でしょうね」
 「でもそれなら、タオルとかで冷たくしちゃダメってことよね?」
 「それで結局冷たくなったら、やっぱり嫌われるんじゃないかしら? 娘さんから」
 「はぁ……」


 紫のもっともな指摘に、神綺は溜息を一つ吐くと、手にしていた手ぬぐいを折りたたみ、魔理沙のおでこにそっと添えた。

 ベッドの魔理沙は、平素とは打って変わって静かに横たわっていた。それは紫が体を綺麗にするのに『抵抗するな』と昏睡させたせいだった。
 もっとも、昏睡している方が幸せだと同情するほど、紫の介護は凄惨を極めた。シャツをはだけては、やれ胸の肉付きが、やれ胴回りの肉付きがと呟き、ズボンを引きずり下ろしては、やれ尻の肉付きが、やれ太股の肉付きがと呟いていた。

 生えそろっていないお子様が、とだけは呟かなかったなぁと思い返していた神綺はふと、霊夢が魔理沙のところへと紫を追いやった理由が理解出来た気がし、


 「そういえば、紫さん。貴女の看護、って昔からそうなの?」
 「そう、とは?」
 「昏睡させて全裸にするとか」
 「最近は霊夢も警戒しちゃって、ねえ。すっかりご無沙汰なの」
 「まあ、人間は成長するのが早いって聞きますから」


 心底残念だという顔つきの紫を見て、神綺は家によって色々あるのねぇ、と独りごちた。
 そして神綺のタオル交換が十回を数える頃、一階から二階へと、とんとんというリズミカルな音で駆け上がってくるものがいた。
 足音は迷い無く魔理沙の寝室前で止まると、ノックも無しにがちゃりと扉を押し開けた。そこから顔を覗かせたのは山の上の神諏訪子、その後ろには幽々子も浮かんでいた。


 「なんだ、お昼時だってのに何も匂いがしないから、一人で寝込んでると思ったら、結構いるねえ」
 「あら、もうそんな時間なの?」
 「はぁい、紫。冷たいもののおかわりは如何かしら~」
 「そういえば、流石に温くなってきてたから、助かったわ幽々子」
 「ま、先に飯だよ、飯」



 神綺がベッドサイドに置かれた時計を見やると時刻は昼を回っていた。ごろりとした氷の塊を桶へと放り込む幽々子を脇目に、ベッドへと歩み寄ると、諏訪子は懐から竹筒に入ったお粥を取り出し栓を引き抜いた。
 と、ふわりと辺りに竹の香りとお粥の温かい甘い匂いが、部屋一杯に立ちこめた。
 その匂いに釣られ、魔理沙はむくりと起き上がると、ぼんやりとした表情のまま諏訪子へと手を伸ばす。そんな様子に苦笑しながら、これまた懐から取り出したお椀にお粥を注ぐと、匙とともに諏訪子は魔理沙にお粥を渡した。

 魔理沙はお粥を受け取るや、流し込むようにしてお粥を食べきる。呆れた顔でお代わりを渡す諏訪子。そんなやり取りが二回ほど繰り返された後、またばたりと魔理沙は寝込んだ。
 それをみて諏訪子が苦笑する。


 「これが早苗が作ったものだったら、もっと味わえって怒るんだけどねえ」
 「あら、残さず食べたんだったら、それでいいんじゃないかしら~? 健啖なのは結構な事じゃない」
 「この子、前にアリスちゃんが失敗した料理も文句一つ言わずに食べたことがあるから健啖というのとはちょっと違うみたいだけどね」
 「それは堪らないわねえ~」
 「軽いんだか、しっかりしてるんだか、なんだか分かんない子だねぇ。早苗の周りにゃいなかったなぁ、こんな子。惹かれる訳だ」


 その後、いかにウチの娘が、巫女が、従者が、手料理を魔理沙に食べさせるのに苦心したかという苦労話に花を咲かせていると、再度きしきしと軽い音が部屋へと聞こえてきた。
 夕日の差し込みに目を細めながら紫は、得心したとヒトリ頷いた。

 「なるほど、そういうことね」
 「紫~?」
 「いえね、考えてみれば、一昼夜サバトに費やすなんて結構ある話なのに、今回に限っては全員が全員、風邪で寝込むなんて変な話だったものね」
 「言われてみれば、そうね~」
 「つまり、そこにいるのがわざわざこんなことをしたってこと」

 紫は溜息を吐くと、扉へと扇子を突きつけた。その先には、扉にもたれ掛かるようにして立っているレミリアの姿があった。
 レミリアは、一度神綺を見やり、にやりと笑うと


 「ここがこの女の家だからな」
 「あら、家事炊事一切駄目な吸血鬼風情が何の用かしら?」
 「他人様の仕事を取るのは主のすべきことではないからなぁ。むしろ、式に邪険に扱われる主の方が問題あると思うが」
 「ダメなりの言い訳といったところかしら? それで何もできないお子様がなんでここへ?」
 「年寄りがなにを勘違いしているのか知らんが、ここには魔理沙の姑候補を呼んだだけだぞ」

 レミリアの言う『姑候補』という単語に一同暫し言葉を反芻し、代表としてもう一度、紫がレミリアへと尋ねる。

 「もう一度だけ尋ねるけど、なんだってこんなことを?」
 「だから、ウチの子供を抱くのに障害がどの程度あるのかと思ってね」
 「ウチの子供、ってどちらの子供かしら」
 「別に、どっちでも。それ以前に、どっちも、というのが一番だがな」
 「随分と、都合の良い夢を見ているのね。そういうのを白昼夢っていうのよ?」

レミリアが言わんとしていることを理解し、紫が扇子で口元を隠しながらも嘲りを浮かべる。
 急に始まった紫とレミリアの舌戦に目を白黒させる神綺が諏訪子に助けを求めるがふるふると首が振られるのを見て、がっくりと頭を垂れた。

 「大体、馴染みこそが至上と理解できないのはまだまだお子様ね」
 「流行りについていけない年寄りは悲しいもんだな。同じ生き様のもの同士の恋愛こそが王道だろう」
 「お、同じ生き方の恋愛なら、ウチのアリスちゃんだって、いえなんでもないです……」

 と、幽々子が溜息をついてレミリアと睨み合う紫の袖を引っ張り、そもそもの前提が間違っているわと告げる。

 「間違いって、何かしら?」
 「紫、あのね、前も言ったけど、同性同士じゃ子供は作れないわよ?」

 幽々子のややげんなりとした指摘に対して、紫とレミリアは顔を見合わせると、

 「何時コウノトリが来ても良いようにって、そのために神社には大きな鳥居を用意しているのよ?」
 「紅魔館の裏庭にはちゃんとキャベツ畑を用意しているぞ?」

 

 「ちょっとそこに座りなさい。いいかしら、花にはおしべとめしべがあってね――」




 そんな、君が知らない物語。
短い作品ですが、忌憚のないご意見を頂戴出来れば、と思います。

では、ワタクシこれから白玉楼で『おしべとめしべ そのに』講習会に出席しますので、これにて。
天井桟敷
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
では拙者は守矢神社で開かれるそのさんに行くとしましょうか。
2.名前が無い程度の能力削除
君を赤面させる物語
3.奇声を発する程度の能力削除
おや、奇遇ですね。私もその講習会に出席する予定なんですよ
4.名前が無い程度の能力削除
皆さんもですか、よろしければご一緒に行きませんか?
5.名前が無い程度の能力削除
冒頭でなぜか『ここがあの女のハウスね』を思い出した

×死んでしますのが
○死んでしまうのが