Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

クッキー

2010/07/15 23:14:58
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冗談と言うのは酷いもので、冗談と気付かなければ騙された当事者にとって冗談は真実になる。これが俗に言う゛性質の悪い冗談゛というヤツである。この手の冗談は普通、騙した側が「なーんちゃって☆」と自分の頭をコツンと叩いて丸く収まるのだが、なんにでも例外と言うものはある。で、あるからして、今、このとき、騙した当事者はもうどうしようもない混沌の渦中に放り込まれていた。
゛口は災いの元゛とか客観極まりない格言を残しやがったヤツを大いに恨む。いや、逆恨みなのだが。


話は遡ること3時間前。紅魔館、門前。



「また性懲りも無く来ましたね」と構えた美鈴に、魔理沙は手を振って戦闘意欲が無いことを示す。だが、美鈴はといえば訝しむように小首をかしげるだけで、その鋭い双眸は一瞬たりとも魔理沙の卑怯な攻撃を見逃すものかと光り輝いていた。
「随分と私も信用されてないようだな」
「あなたを信用できる要素が何一つとして見当たりません」きっぱりと美鈴が言うものだから、魔理沙は首を振ってため息をついた。
「まあいいや・・・」と魔理沙が諦め気味に言って箒の先端に結んであった小さな包みを美鈴の前へ差し出した。
「なんですか、これは・・・・爆弾・・・?」
「私をテロリストか何かと勘違いしてないか?」と魔理沙がため息混じりに言いながら強引に美鈴の胸元へ包みを押し付ける。
「テロリストは爆破するだけですけど、モノを盗む分あなたの方が性質が悪いです」と美鈴。
「盗んでない、借りてるだけだぜ?」と魔理沙が言って少し恥ずかしそうにうつむく。
「いや、まぁ・・・・なんだ、少し照れくさいんだがな・・・・。クッキーを焼いてみたんだが、滅多にこう言うものを作らなくてな」と照れ隠しなのか、人差し指でポリポリと自分の頬を掻きつつ魔理沙は説明する。
「その、あれだ・・・ちょっと作りすぎちゃって・・・・。だから日頃から世話になってるパチュリーにでもお裾分けしようかな・・・って思ってきたんだが」柄にも無いことするもんじゃないな・・・・と小さく最後に呟いて魔理沙は微笑む。
「まぁ、直接手渡すのも小っ恥ずかしいしな、代わりに渡しておいてくれよ」と魔理沙が快活に言って、クルリと背を向ける。どうやら本当に用事はそれだけだったらしく、彼女はもと来た道を戻り始めた・・・・・が、2、3歩あるいて歩みをとめた。
「・・・・美鈴。それ、食うなよ?」振り返って魔理沙が言う。帽子の下から僅かに覗く瞳にはなんともいえない凄みがあり、思わず美鈴はゴクリと唾を飲み込む。
「え・・・?な、べ、別に食べたりはしませんよ・・?」
「そうか・・・・それなら良いんだが、食べると私のことが好きになったりするかもしれないぜ・・?」彼女は薄く微笑んだ。魔法使いというよりも魔女に近い笑みだと美鈴は思った。時折、パチュリー様の見せる笑みによく似た。私には遠く及ばない知識を孕んだ微笑。そう言ったモノを魔理沙は口元に湛えていた。
「わ・・・・わかりました・・・」と美鈴は頷く。途端に、魔理沙はいつものような能天気な笑顔を浮かべた。
「ま、そう言うことだからくれぐれも頼むぜ!」先ほどの彼女とは打って変わった気楽な様子で魔理沙は言った。
「あ、あのっ!」と美鈴が声をかけるが、魔理沙はすでに箒にまたがり飛び去ろうとしている瞬間。彼女に美鈴の呼びかけは届かなかったようで、一瞬にして空のかなたへと滲むように消えてしまった。
「・・・・・好きになったり・・・って、どういうことでしょうか・・・」美鈴はただ小首を傾げるばかりである。

―いや、まぁ好きになるくらいどうってことも無いんですけどね―

どちらかというと、好きになることよりも食べたことに対する復讐のほうが怖そうだな・・・と美鈴は思うのであった。







見ちゃった聞いちゃったどうしようどうしよう。
パーフェクトと名高いメイド長は、今日も寝こけているだろう門番を叩き起こすべく、新兵器として導入したハエ叩き(ステンレス)を片手に門へとやってきたところであった。このハエ叩きというのが恐ろしい威力で、しなる上に硬いから窓に止まったハエを引っ叩こうものならハエごと窓ガラスまで粉砕するという逸品である。これで美鈴を引っ叩けばきっとお目覚めバッチリだろうとニコニコと門へと差し掛かったところ、魔理沙と美鈴の会話を立ち聞きしてしまったのだ。

―好きになってしまうって、好きになってしまうってどういうことなの!?―

と咲夜は頭を抱えて考え込む。

―考えるのよ咲夜、考えるの・・・・あのクッキーを食べると魔理沙が好きになってしまうって事はどういうことなの?―

―もしかして・・・相当、美味しく出来たのかしら・・・?―

―否、彼女は自分で言っていたわ「滅多にこう言う物を作らない」って・・・大体、私だって相当美味しいクッキーを焼いているはず、魔理沙に負けるはず無いわ―

―じゃあ、どういうこと・・・!?―

与えられた幾つかの情報を咲夜は頭の中でまとめて行く。まず、大前提とされるのが彼女が魔法使いであるということ。魔法使いとは人知を超えた存在。私達では到底、思いもよらないようなことでも彼女達、魔法使いや魔女にとっては当たり前であることなどザラである。なら、もしかしたら、゛そんなモノ゛があるのかもしれない。

―ありえない、ありえないわっ!― と咲夜は首を振る。

―あの永淋でさえ、作ることはまず無理と断言したものを・・・魔理沙が作れるはずが無い・・・―

しかしどうしても消えることの無い、魔理沙のセリフ。あの自信と凄みに満ちたあのセリフ。門の隙間から垣間見たあの表情。

―・・・・もしかしたら、作れるのかもしれない・・・魔理沙には・・・・惚れ薬が・・・・ッ!―

少し考えてみると、彼女がパチュリー様に惚れ薬を飲ませる事にも納得が行く。きっとあの魔法使いはパチュリー様を惚れ薬で惚れさせて、自由に図書館を出入りするつもりなんだわ・・・ッ!と咲夜は憤る。そんなことが許されていいものですか。と咲夜は鼻息も荒く頷く。没収よ没収ッ!この館を、パチュリー様を、あんな魔法使いなんかに好きにされてなるものですか!










「あぁぁあああぁあぁああぁッ!!もうッ!」と魔理沙はバタバタとベットの上で暴れていた。なんというか恥ずかしかった。馬鹿みたいだった。いつもみたいに門番を蹴散らして図書館までお邪魔して、さっさとクッキーを渡して帰ってくるだけのはずだったのに、門番に止められたらそれだけでなんだか勢いが減速してしまって、ついには尻込みしてしまって、挙句の果てにはあの門番にクッキー預けて帰ってくるだなんて・・・・。
「チキン極まりないだろおおおおおおおおッ!!!」と魔理沙は絶叫してベッドの上でさらに激しく暴れまわる。
「・・・・クソッ・・・。なんだかモヤモヤする・・・・ぜ」枕に顔を埋めて魔理沙は呟く。きちんとパチュリーに渡っていればいいけれど・・・。試行錯誤を繰り返したんだ・・・きっと上手にできたはず・・・。味見もしたし、大丈夫・・・。それでも、不安な気持ちは収まらない。
―もしかしたら、パチュリーは食べてくれないかもな・・・・― だって、私からのプレゼントなんて言ったらそりゃ警戒するぜ・・・。自分で思っておきながらも、急激に寂しくなる。
「・・・・はぁ」今日は柄にも無いことだらけだ。やっぱり慣れないことはするもんじゃない。でも、やっぱり・・・・彼女にはお礼がしたいし、私が作ったクッキーも食べてもらいたい。いつもどおりの我侭のはずなのに、なぜだか今日は、自分の我侭の所為で心苦しい気がした。












と、恋する乙女の感傷などいざ知らず、紅魔館門前で美鈴は倒れ伏していた。顔はパンパンに腫れあがり、顔中に網目模様のアザが残っていた。血に塗れたステンレス製のハエ叩きが無造作に投げ捨てられ、それが犯人が使用した凶器であることをうかがわせる。
「・・・・・咲夜さん、なんで、叩くんですか・・・・」と美鈴が小さくうめく様に呟く。物陰から現れた咲夜さんに「お仕事ご苦労様です」って自分が今できる最高の笑顔をしたら次の瞬間にはいまだかつて経験したことが無い衝撃が顔面を襲っていた。脳震盪に次ぐ脳震盪。意識が飛んだと思ったら、尋常ならざる衝撃によって現実へと引き戻される。そうして繰り返しているうちに私は地面に転がり、咲夜さんは居なくなり、魔理沙が置いていったクッキーもなくなっていた。もう何がなにやらと美鈴はため息をついた。









「まったくッ!」と咲夜は鼻息も荒く廊下をズカズカと歩んでいた。片手にはギュッと握り締められたクッキーの袋があり、咲夜が余りにも強く握り締めるものだから、クッキーは袋の中で大分割れてしまったようだ。
―こんなとんでもないものをよくもまぁこの館に持ってきてくれるわ・・・― と咲夜は憤る。あの魔法使いを好きになる?馬鹿馬鹿しい、パチュリー様にはもっと知的で優しい方がお似合いなのよ。年中無休で極太レーザーぶっ放してるような蛮族は欲にまみれた紅白がお似合いだわッ!と心のうちで尋常じゃなく酷いことを思いながら大きな扉の前に立つ。

大きく深呼吸を数回。頭に上った血を鎮めて咲夜はその扉をノックした。数秒と待たずに中から「入りなさい」と落ち着いた声が返ってくる。

「お嬢様、お呼びでしょうか・・・?」と咲夜は丁寧に一礼して問う。
「えぇ」と小さく返事をした館の主ことレミリアはその体に不釣合いな大きな椅子にもたれ掛かって咲夜を見つめた。
「特に急ぎの用というわけでも無いのだけれどもね・・・」とレミリアが言って足を組む。
「さっき、魔理沙が来ていたでしょう?」魔理沙という固有識別名詞に咲夜がピクンと反応する。
「・・・・・どうしたの?魔理沙になにか嫌なことでもされたの?」とレミリアが不可解そうに咲夜に問う。
「いえ、嫌なことというか彼女自身が嫌なモノというか・・・」と咲夜は歯軋りしながら答える。
「・・・・・あなたたちそんなに仲悪かったかしら・・・?」
「えぇ、それはもちろん」と即座に返事が返ってきたものだからレミリアは「ふむ・・・」と頷くことしかできなかった。
「で、その魔理沙がどうかしましたか?」と咲夜が問う。
「ん、あぁ、そうそう・・・・。魔理沙が美鈴に何か手渡してるのを見たんだけれども・・・・あれはなんだったのかしら?」
「なんでもありません」本日2回目の高速の返答にレミリアは数秒思案する。
「なんでも無い事は無いでしょう?ほら、あなたが今、握り締めてるもの・・・・それがそうなんじゃないのかしら・・・?」レミリアが目を細めて咲夜に問う。
「え!?あ、これは、その・・・・」と咲夜が素早く包みを背後に隠そうとするが、人の目で追うことの出来ないスピードで咲夜の手からクッキーの包みをレミリアは奪ってしまう。
「だ、ダメですお嬢様!それは魔理沙がバイオテロのために持ち込んだ細菌兵器で・・・・」
「美味しそうな匂いね・・・クッキーかしら・・・?」レミリアはどこ吹く風で丁寧に結ばれた包みのリボンを解いて行く。
「ああああああッ!危険です、それ以上は!爆発します!それはもうTNT2万トン分の威力です!」
「それは核爆弾ね・・・でも、大丈夫よ、核の光じゃ私は死なないから」とレミリアは言って包みの中からクッキーを一つ取り出す。
「ちょ・・・・おじょう・・・さま、何をなさるおつもりで・・・・や、やめてください、そ、それはそれだけはああああああ!!!!」











「うん、美味しいわ」レミリアが手についたクッキーのカスをぺロリと舐めて頷く。



「う、うわぁああぁああああぁあああぁあぁあぁああああ!!!!!!!!!!!!」咲夜は咆哮した。普段は奉公している咲夜であったがこのときばかりは咆哮した。さながら、狼の遠吠えのように天井を仰いで半狂乱になって。これにはレミリアもさすがに驚いた。
「ちょ・・・さ、咲夜?ご、ごめんなさい・・・あなたのだったのかしら?え、え?」としどろもどろに戸惑って血走った目で叫び続ける咲夜をどうするべきかレミリアは考えあぐねているようだった。
「お嬢様・・・・」とようやく叫ぶのをやめた咲夜は「はぁはぁ」と荒い吐息のまま低い声色でレミリアの肩を掴んだ。
「な、なに?」
「お体に異常は・・・?」
「異常って・・・本当に危ないものだったの・・・?」とレミリアが小首を傾げると咲夜は、レミリアを抱きしめた。
「あぁ、かわいそうなお嬢様、あなたは悪魔に取り憑かれてしまったのです・・・・今すぐ私が救って見せます。大丈夫、怖がらないでください、あなたの敵は私の敵、殲滅して見せますとも」と咲夜は早口に言う。
「あ、悪魔にとりつかれたって私自身が吸血鬼・・・・」
「お嬢様、まっていてください。私が魔理沙を血祭りに上げてみせます。それはもうボロ雑巾を焼却炉に放り込む勢いで、跡形も残らぬよう、この宇宙どころかこの次元から完璧にDNAの一片まで消滅させてみせます」
「ごめんなさい、あなたが何を言っているのか分からないわ・・・」とレミリアは戸惑い気味だが、咲夜はそんなことはお構い無しに部屋を飛び出した。
「・・・・・私、なんかまずいことしたかしら・・・」レミリアはただ小首をかしげるばかりである。












咲夜は殺してしまうつもりだった。お嬢様があんな輩を好きになってしまうのだったら、そもそもの根源、好きになる対象を殺してしまえばいい。
「ふふふ、魔理沙、殺しに行くわ・・・?」と咲夜は小さく微笑む。それはもう悪意と憎悪の塊のような表情であった。
もう彼女に選択権は無かった。ただ、ただ、お嬢様の身を守るため。彼女のメイドとしてパーフェクトな殺人を企てるしか手は無かった。

故に、彼女はナイフを携える。

故に、彼女は冷酷な殺人人形と成り果てる。


「さぁ、はじめましょう。掃除の時間です」彼女は微笑む。壊れかけの、笑みを浮かべる・・・・・。















「もう無理」魔理沙はベッドから起き上がった。悶々とすること2時間。最早、我慢の限界であった。というか、元来、彼女は我慢が得意な性質ではない。大体、パチュリーに本当にクッキーが渡ったかどうかは怪しい。というか望み薄である。となれば、自分でキチンと渡すべきだろう。
「よし・・・・・」魔理沙は頷く。自分用にととって置いたクッキーをもう一度包みなおして、帽子を被る。今度こそ、自分で渡すのだ。魔理沙は頷く。大丈夫、私ならできる私ならできる。と胸中でなんども呪文のように呟いて、箒を手に取る。
「気合い・・・いれるぜっ!」たった一蹴りで一気に数百メートルまで上昇した魔理沙は、紅魔館へと目一杯飛ばすのであった。






「咲夜さん・・・・申し訳ないですけど、ここから先、あなたを行かせるわけには行きません」と美鈴が強い決意の篭った目で咲夜の前に立ちはだかっていた。
「・・・・・あら?あなたは門番でしょ?あなたの役目は入ってくる人間をシャットアウトすること、この館から出ようとする人間の前に立ちはだかるのが仕事じゃないはずだけど?」と冷静に切り返す咲夜に美鈴は小さな寒気を覚える。
―目が・・・・・マジだ・・・―
「残念ですが、これはお嬢様の命令です。分かったら下がってください。あなたとは争いたくありません」美鈴が真剣な面持ちで咲夜に言うが、対する咲夜は薄く微笑んだ。
「お嬢様の命令・・・・?なら仕方ないわね・・・・」言って、咲夜は手に持っていたナイフを一本、目にも止まらぬ速さで投げた。咄嗟に美鈴は横とびして避ける。
「・・・・・咲夜さん・・・?何を、考えているんです!?お嬢様の命令だと」
「だからじゃない」美鈴の言葉を遮って咲夜は言う。
「お嬢様は今、悪魔に取り憑かれてしまったの。だから、今日ばかりはお嬢様の命令を聞くことはできないわ」

―壊れている・・・―

美鈴はそう思う。咲夜さんは誰よりもお嬢様を敬愛している。それゆえに、ここまでお嬢様のために狂えるのである。
「さぁ、美鈴、そこを退きなさい・・・・。さもないと私はあなたを殺してしまうわ?」僅かに微笑んで彼女は大量のナイフを虚空へと静止させる。
「・・・・咲夜さん・・・」美鈴は悔しそうに歯軋りして、構え直す。
「申し訳ありません。私にとっても、お嬢様は絶対ですから・・・。はいそうですかと退いてあげるわけにはいかないんですよっ!!」言うが早いか、彼女は地を蹴って駆け出した。咲夜との距離は8メートル弱。美鈴の脚力なら一歩で詰められる間合いであった。だがしかし、その拳は彼女に届くことは無い。
「あなたは正直だから、拳もただまっすぐね」みぞおちを狙った美鈴の正拳突きは体を反転させるだけの動作であっさりとかわされる。
「ッ!」慌てて体勢を整えようとするが、それは最早、無意味であった。最初の一撃をあてることに、意味がある。特に咲夜にとっては。
「さぁ、美鈴。降参なさい」と美鈴の頚動脈にナイフを押し当てて咲夜はささやく。
「あなたが呆気なく死んでしまうのを、お嬢様はきっと望んでいないと思うわ・・・?」美鈴は拳を下ろした。彼女とて、死は怖い。そして死以上に、自分の敬愛する人間に呆気なく殺されてしまうのが怖い。
「咲夜さん・・・・」美鈴は小さく呟く。
「正気に戻ってください・・・」目に涙を溜めて、美鈴は言う。まっすぐと咲夜の瞳を見つめて。

















「あら?私は正気よ」


彼女は歪曲した金属のように歪んだ瞳で哂った。次の瞬間、美鈴の後頭部に衝撃が襲った。ナイフの柄で殴られたのだと、彼女は薄れて行く意識の中で思った。






「さて・・・・」と咲夜はエプロンドレスについたほこりをパンパンと払う。
「そこに居るんでしょう?魔理沙・・・・」彼女から数十メートル先の木陰に、咲夜は視線を送る。
「まさかバレてるとは思わなかったぜ」と悠然と魔理沙が姿を現す。
「来てくれなくてもこれから私が行くつもりだったのよ?」
「・・・?そりゃいったいどういうことだ・・・」と魔理沙が言って、咲夜の足元に転がる美鈴を見つめる。
「・・・・・お仕置きにしては随分と、胸糞の悪いことだな」
「年中、あなたはこの子をぶっ飛ばしてるはずなんだけれどね・・・・」と咲夜は言って微笑む。軋むような笑みだと魔理沙は思った。
「なぁ、咲夜、何か機嫌でも悪いのか・・・・?」と魔理沙が咲夜に問いかける。
「機嫌?そうね・・・機嫌は悪いかもしれないわね。ええ、悪いわ、凄く・・・・あなたの所為でね」彼女の口元に浮かんでいた笑みはさらに歪む。
「あなたの持ってきてくれたクッキーを・・・お嬢様が食べてしまったわ」どこか上の空のように咲夜は言う。
「なんだ、私はパチュリーに渡してくれって頼んだはずなんだが・・・」
「黙れ」咲夜は魔理沙へと一本のナイフを投擲する。それが余りにも理不尽で、魔理沙は戦慄する。
「黙れ黙れ黙れ、お前は、よくもそんなことをのうのうと言えるわね・・・」笑みが消えていた。無表情・・・と形容するには如何せん余りにも殺気に歪んでしまった表情。
「お前があのクッキーに惚れ薬を混入したのは知っている。大方、パチュリー様の図書館のフリーパスが欲しかったんでしょう?あの人を惚れ薬で惚れさせて、惚れた弱みにつけ込んで図書館に毎日出入りするつもりだったんで・・・」
「待て」魔理沙は咲夜の言葉を遮った。
「待て、言ってる意味が分からない・・・」
「トボけるんじゃないわよ。あなたはクッキーに惚れ薬を仕込んだんでしょう?って私は言っているのよ。下衆の考えそうなことだわ」
「・・・・・そうか」魔理沙は頷いた。なるほどそう言うことか。


『私のことが好きになったりするかもしれないぜ?』



アレか・・・・。と魔理沙は冷や汗を一筋垂らす。

「どうしたの?図星?」と咲夜が勝ち誇ったように声のトーンを上げる。


照れ隠しと美鈴に対する脅しで使った言葉のあやというか冗談が・・・・この今の状況を生んでいるわけか・・・。と魔理沙はため息をつく。

あぁ全く、本当に・・・・口は災いの元とはよく言ったもんだぜ・・・。と魔理沙は空を仰ぐ。


―とは言っても・・・―


あの沸騰を超えて怒り狂っているメイド長に「ごっめんー実は嘘でした、テヘ☆」は通用しそうに無い。というかもっと怒らせるだけのよう気がする。


だから、仕方が無い。

「咲夜」魔理沙は彼女に呼びかけた。
「お前、レミリアが惚れ薬を飲んだって言ったよな?」と魔理沙。
「・・・・えぇ」と急なフリに咲夜は一瞬と惑った様子を見せる。
「そのお嬢様が、館から出てきたがいいのか?私に会わせて」
「!?」魔理沙の言葉に、咲夜はあわてて振り返る。
「お嬢さ・・・・?」振り返るとそこには誰も居なかった。

















「嘘だぜ」咲夜の後頭部には、八卦路で加速した箒の柄がぶつかった。







「全く・・・・」と魔理沙はため息をつく。咲夜が冷静さを欠いてくれていて助かった。と思う。もし咲夜と戦いになれば、きっと最後のこのクッキーも形が崩れてしまったことだろう。魔理沙は懐からクッキーの包みを取り出して微笑む。いつものように、図書館に向かう足も、今日は緊張に少し震えているように思える。

―しっかりしろよ、私。いつもと同じようにすれば大丈夫― 自分で自分を励まして、魔理沙はカチカチに硬直した微笑を無理やり作って図書館の扉の前に立った。

「よし・・・!」魔理沙は勢い良く、図書館の扉を開け放った。相変わらず、どこかかび臭く、古くなった紙の匂いが漂う図書館。魔理沙はここの空気が好きだった。彼女のキャラとは正反対だけど、こういう落ち着いた空気はどこか心が安らぐ。
「・・・・魔理沙?」とパチュリーが長机の向こう側から魔理沙を見つけて微笑む。
「珍しいじゃない、普段は昼間に来るのに・・・」
「いや、昼間も来たんだけど・・・な?」魔理沙は少しはにかんだ様に微笑み返す。
「小悪魔!お茶を用意して頂戴」とパチュリーが叫ぶと、図書館のどこからか「かしこまりましたー!」と快活な声が返ってくる。
「で、今日は何の用事かしら・・・?貸した本がまだ何冊も帰ってきてないんだけど・・・」とパチュリーが本に栞を挟んで魔理沙を見上げる。
「いや、まぁ・・・・なるべく早く返すぜ・・・?」魔理沙が頬を人差し指でポリポリと掻いて答える。
「まぁ、お座りなさいよ」パチュリーが自分の対面の席を示す。
「ん、あぁ」と魔理沙は小さく頷いてイスに座る。


「実はさ・・・・」と魔理沙が懐から小さな包みを一つ出す。
「・・・・?」パチュリーが小首をかしげて包みを手に取る。
「いい匂い・・・・クッキーかしら?」とパチュリーが魔理沙に問う。
「ま、まぁ・・・そうだな」どこか自信なさ気に魔理沙が答えて微笑む。
「ちょっと作りすぎちゃってな・・・・。パチュリーにお裾分けだぜ」
「・・・・あ、ありがと・・・」パチュリーは少し俯いて答える。
「よかったら・・・開けて食べてみてくれないか・・・?感想とか・・・聞きたいから、さ」魔理沙が真っ赤になりながら言うと、パチュリーは頷いて包みのリボンを手早く解いた。細い指を包みの中に入れ、その中から一つのクッキーを取り出す。少し歪な星型のクッキーを・・・。
「あんまり、こういうもの作らないからさ、少し・・・形とか変なんだけど・・・」魔理沙が言うと、パチュリーはそのクッキーを口の中に放り込む。
「凄く、美味しいわ」
「ほ、本当か!?」と魔理沙はパッと顔を輝かせる。
「えぇ、本当。もしかしたら咲夜よりも・・・上手かも知れないわね・・・」パチュリーがフムと唸ってもう一つ、クッキーを取り出す。コチラはもう、元の形がなんだったのかさえ分からないくらいカタチがあやふやだった。魔理沙は対面で恥ずかしそうに俯いている。
「ねぇ・・・」とパチュリーは魔理沙に声をかける。
「な、なんだ・・・?」
「カタチなんて・・・・別に重要じゃ無いんじゃない?ほら、どんなに歪でも味が良ければいいのよ。カタチじゃなくて、そのものの本質。クッキーは美味しいものが良いのよ」そう言ってパチュリーはいたずらっぽく微笑む。

「私達だって、そうでしょう?」


魔理沙の顔はもう、茹でたタコのように真っ赤に染まった。









余談ではあるが、咲夜が目ざめたのは、この1週間後のことである。

当人は頭に受けた強い衝撃で、あの一件があった一日の事はおろか、その前後1週間ほどの記憶を失って大いに焦った・・・・というストーリーなのだが、これはまた別の話。
初投稿にして長々と失礼しました。超展開極まりないですね、すみません。

暇つぶしにでも見ていただけると幸いです。
brownkan
コメント



1.通りすがりの名無しさん削除
魔理沙が可愛かったです。記憶を失った咲夜さんの話とかも見てみたいかもです。
2.奇声を発する程度の能力削除
魔理沙可愛いよ!
3.けやっきー削除
乙女な魔理沙、この上なく可愛かったです。
何気ない魔理沙の仕草がそれはもうとんでもなく。
4.brownkan削除
初投稿でコメントをいただけるとは思っても居ませんでした!ありがとうございます><

通りすがりの名無しさん

>>記憶を失った咲夜さんですか・・・・。機会があったら挑戦させていただきます!

>>奇声を発する程度の能力さん

魔理沙可愛いですよね、魔理沙。

>>けやっきーさん

魔理沙は活発で動きのある子、というイメージがあったので、表情や動きがコロコロ変わっていく感じで書いてみました。それが上手く表現できていれば幸いです。
5.名前が無い程度の能力削除
マリパチェいいよ
マリパチェ