数年前のことである――
終わらぬ冬の原因を探し、終結させるため、博麗霊夢は飛び立った。
雪原を飛び回り、妙に元気だった氷精をのして、いつしか霊夢は雪深く積もる山へと入っていた。
そして、しばし当てもなく飛び続けた後――
白銀の世界。
木も草も岩も全てが雪に埋もれ、何もかもが白い空間。
唯一白でないのは、天を覆い尽くす墨色の雲のみであった。
そして、その異空間に身を任せる内、霊夢は異変に気がついた。
……ああ、“何か”いやがるわね。
何か、もしくは誰かが存在する。霊夢はそれに気がついた。
しかしその気配が妙である。確固たる、一個の気配ではない。
まるで白銀そのものに、意思があるかのような気配である。
静かな、それでいて不気味な気配だ。
静かなくせに、その後ろに大きな力を潜ませているのが霊夢には判る。
ゆったりとした大気の風のうねり。それ自体に、ものすごい力があるのと同じことだ。
流れる水のような。舞う風のような。どっしりとした山のような。
そんな気配だった。
「出てきなさいよ」
大きくも、小さくもない声で、霊夢は言った。
一秒、二秒、三秒、……十秒。
何も起きない。
霊夢は、ふうっ、と息を吐いた。
その瞬間、霊夢のすぐ後方に、はっきりとした気配――“敵意”が出現した。
霊夢は、ぞくり、と背に震えが走るのを感じた。
十六夜咲夜の時間停止を初めて味わった時、否、それ以上に強力な震えであった。
ずっとぼんやりとしか存在していなかった気配が、いきなり自分の後ろにはっきりと現れたのである。
たまらなかった。
「ぬうっ!」
霊夢は叫んでいた。
叫んで、体を前方へと飛ばし、身を捻って後ろを向き、ありったけの符を投げた。
びゅうっ、
と、符が白銀の空間を裂いた。
手ごたえは、無い。
……外したの!?
霊夢は動きを止め、素早く首を左右に振る。何もいない。
なので体を反転させ、後ろを向き、
――その一メートルほど先に、太い体をした女がいた。
静かな、岩のような女であった。
体のつくりの何もかもが肉厚であった。
頭も、首も、肩も、胸も、腹も、脚も、手の指までもが太い。
眉も、太い。
眼も、太い。
鼻も、太い。
唇も、太い。
眼から放たれている柔らかな眼光までもが、太い。
「――ふふっ」
唇から漏れる声も太かった。
ゆったりと大気の流れに身を任せている姿は、大きな力が、そのまま女の形となって、そこに“在る”ようであった。
「……あなた、何者よ」
ようやっと、霊夢が口を開いた。
女は何をするでもなく、ただ太い笑みを顔に湛えている。
口が、動いた。
「冬が好きな、ただの妖怪さ――」
その太い声は、威圧するものではなく、しかし重みのある声だった。
「その妖怪さんのせいで、冬がいつまで経っても終わらないのかしら?」
言って、霊夢はしかし『違うな』と思っていた。
目の前の女の力強さは、この尋常でない冬とは無関係であるように感じたからである。
「そいつは違うよ。私は、冬が長いからここにいる。それだけさ」
どこかさばさばとした調子の声だった。
「でもね、冬が長すぎるのも困りものさ。少しならいいが、こうもずっとだと眠くなっちまう――」
ふああ、と女はあくびをした。
「なら、私が冬を終わらせてくるわ。だからここを通しなさい」
霊夢が言った。
「そうね、それもいいかもしれないわね」
女が言った。
「私があなたにちょっかいを出したのは、こんな山奥まで来る人間が珍しかったから。それだけさ。
人間どころか、妖怪や妖精もめったに来るやしない。
ここまで来る物好きはチルノちゃんくらいね。さっき帰ったけど」
女は、ふわふわと、道を譲るように脇へどいた。
霊夢はその横をゆっくり通りながら、内心冷や汗を浮かべていた。
……弾幕ごっこならともかく、がちんこの殴り合いになったらどうなっていたか。
霊夢は、女から十メートルほど離れたところで振り返り、言った。
「ところであなた、名前はなんて言うのかしら」
女は、太い笑みを浮かべつつ答えた。
「レティ・ホワイトロック。昔は『レティ尾象山』の名で通っていたわ――」
いやおもろかったけどw
ショチョオ!
「弾幕(や)ろうぜ──」って展開だと思ったのにw