Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

曖昧

2006/07/05 08:39:26
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 桜が降り積もっている。
 育ちすぎた桜の、美しき薄紅の花が、全て地へと落ちている。
 茶土は顔すら見せず、あたりは紅の草原のようになっている。
 桜の背は、何よりも大きい。
 周りに生え並ぶ雑多の桜とは比べ物にならない、雲を突き抜けんばかりに育った大桜だ。
 紅の桜並木の中に、一本だけ、桜とは思えないほどの大きさの樹がある。
 枝は四方へと伸び、空を覆いつくさんばかりに育っている。
 ただし、その枝に花はない。
 空を薄紅色に染めていた桜は、今や全て地に舞い落ちてしまった。
 周りの桜は、まだ七部咲きだというのに。
 まるで、大桜が、周りの桜から花を吸い取り――その挙句に、一足先にかれてしまった。その光景は、そんな風にも見えた。
 丸裸の大桜。
 その根元で、少女が穴を掘っている。
 腰に二本の刀を提げた少女が、鍬や鋤を手に、一心不乱に穴を掘っている。
 普通、穴は地面に掘る。
 しかし少女は掘るのは土ではない。
 桜だ。
 地面を覆い隠す桜の海を、少女は農具で掘っている。掘っても掘っても土は見えず、桜はあとからあとからなだれ込んでくる。
 それでも少女は穴を掘るのを止めない。
 穴を掘る。穴に花びらが崩れて埋まる。桜をかきわける。桜が埋まる。
 その繰り返し。
 その繰り返しを、少女は、延々と、延々と続けている。
 少女の傍には死体がある。
 大きな桜の根元には、死に装束に身を包んだ女がいる。死体は力なく四肢を投げ出し、その瞼は閉ざされ、再び開くことはない。
 少女は、女の死体を埋めるために、穴を掘っているのだ。
 桜をかきわけながら、少女は言う。
「どうして死んでしまわれたのです」
 幹に寄りかかったまま、動くことのない死体が答えた。
「死ななければならなかったからです」
 死体は微かにも動かない。幽かとも動かない。
 死せる女は、動かないままに、少女の問いに答えた。
 少女は動かす手を止めない。死体を見ることもなく、独り言のように言う。
「それ以外に方法はなかったのですか」
 死体もまた、少女を見ることなく答える。
「それ以外にも方法はあったでしょう」ただし、と死体は付け加える。「私には、これが最善だと思えたのです」
 そうなのですか、と少女はうなずく。鍬は桜に触れすぎて、今や薄紅色に染まっていた。血に濡れたような鍬は、女を殺した凶器だと嘯いても、皆が信用するだろう。
 死体ではなく、桜に向かって、少女は鍬を振り下ろす。
 ええ、と死体は嬉しそうに言う。
「死すことに意味があるのならば――それは幸せなこと」
 意味ですか、と少女は問う。
 意味です、と死体は答える。
 幸せですか、と少女は問う。
 幸せです、と死体は答える。
 そうですか、と少女は呟く。
 死体はもはや何も言わない。
 少女ももはや何も言わない。
 口を噤んで、手を動かした。
 黙々、黙々、黙々、黙々と。
 死体が土に埋まっていった。
「死に何の意味があるというのですか」
 少女が口を開いたのは、死体が八割がた土の中へと埋まってからだった。
 死体は、少しも悩むことなく、はっきりと言う。
「私が死ねなば、不当に人が死にます」死体は笑い、「私が死ねば、人は満足を得るための時間を得ます」
 その言葉を聞いて、少女は唇をきつく噛みしめた。
 無言のままに、手だけを送り出す。死体を埋めていく。
 もはや死体は、首しか外に出ていない。
「時間のために死にますか」
 言って、少女は鋤をぐっと土に押し込んだ。
 最後の一掛けを加えるために。
 力を加え、土を送り出す準備をしてから、少女は言う。
「ならば私は、貴女の時間のために行きましょう」
 死体は――
 その言葉に、満足げに笑った。
 それはそれは、嬉しそうな笑み。
 その笑みを最後に、少女は土をかけた。顔へと。全てへと。
 死体の全てが、土の中へと埋まる。
 木の根元に埋まる。
 死体の姿は、もはや見えない。
「行きましょうか」
「ええ」
 そして少女は、体なき死体と手を繋ぎ、桜の木を後にする。


 紅の花びらが、はらりと彼女たちを見送った。




 きっと恐らく、それすらに意味はなく。
人比良
コメント



1.削除
最後の短編、お待ちしていました。
毎回のどろりとした後味が大好きです。