Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

餓巫女伝 ~二色の章~

2006/06/23 10:51:08
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 ねっとりとした空気が、あたりに満ちていた。
 数日続いた雨は止んでいるが、湿度は高いままだ。
 霊夢は庭先に物干しを用意し、布団を引っ掛けた。
 数日振りの布団干しだ。
「ふう――」
 湿気を吸った布団は重く、霊夢は溜め息を一つついた。
「ちょっと早いけど、お茶にしようかしら」
 呟いて、霊夢は縁側から家の中へと戻った。
 すると、

「よお、邪魔してるぜ――」

 居間に踏み入った瞬間、飛んできた声。
 その主は、魔理沙であった。
「いつの間に来たの?」
「お前が布団を干している間に、さ。
それよりも、蒸し暑くてしょうがない。冷たいものでも出してくれよ――」
 なんと厚かましい――
 この女、人の家に勝手に上がりこんで、物をたかるのか。
 そう思った霊夢だが、いつものこと、と半ば諦め台所へと向かった。

「待たせたわね」
 畳の上に寝転がった魔理沙に、霊夢は声を掛けた。
「ああ、待ちくたびれたぜ」
 そう言って体を起こす魔理沙。
 彼女の目は、霊夢の持つ盆に釘付けになった。
「霊夢――」
 魔理沙は、ごくり、とつばを飲んだ。
「何故、そんな熱そうなお茶を出すんだ――?」
 霊夢は無視し、盆をちゃぶ台の上に置いた。
 二つある湯飲みには、もうもうと湯気を立てる、薄い色の茶が満ちている。

「うちに、冷たいものなんてあるわけがないじゃない――」

 霊夢は湯飲みを持ち、片方を魔理沙の側に、もう片方を自分の側に置いた。
 そして、盆の上にあった小皿をちゃぶ台に移し、盆をどけた。
「ほら、茶請けのお饅頭よ。ありがたく食べなさい」
 皿の上には、小ぶりな饅頭が二つある。
 魔理沙は体の向きを変えると、

「じゃっ!!」

 目にも止まらぬ速さで繰り出された魔理沙の右手が、饅頭を二つまとめて掴み取っていた。
 そして手の勢いをそのままに、魔理沙は饅頭を口に放り込む。

「――――」

 霊夢は、その光景をただ呆然と見ていた。
 今となっては皿の上には何も無く、魔理沙の口が食事時の幽々子の如くに膨らんでいるだけである。

 十秒。
 魔理沙はそれだけの時間をかけて饅頭を咀嚼、嚥下し、湯飲みを口に運んだ。

「熱っ。こいつは熱いぜ、霊夢――」

 霊夢は、唇を固く結び、魔理沙をねめつけている。

「魔理沙、あなた何てことを――」

 箱入り饅頭をレミリアが持ってきたのが、雨の降り出す数日前のこと。
 一日一個と決めて、大事に食べてきた饅頭だったのだ。
 それを振舞ってやったというのに――

「いいじゃないか、霊夢。腹が減っていたんだ」

 魔理沙の言葉は、彼女の行為の免罪符とは成り得なかった。

「私だって、腹は減っているわ」
「まあ、よく聞けよ」
 魔理沙は、また茶を啜った。
「いいか霊夢。お前は腹が減っている状態が常であり、それに慣れている。
そして私は、空腹にはあまり慣れていない。つまりそういうことなのさ」

 これっぽっちも、理屈が通っていなかった。

 何たる暴言――
 何たる暴挙――

 霊夢の怒りは、既に限界に達していた。


「おきゃああああああッッッッッ」


 怒りは、“吼える”という行為と、そしてもう一つ。
 『ちゃぶ台返し』という行為でもって、外へと噴出した。

 勢いよく持ち上がったちゃぶ台は、あぐらをかいた魔理沙へと襲い掛かった。

「ぬわわわわっ!」

 魔理沙に襲い掛かったのはちゃぶ台だけではない。
 その上に載っていた、熱い茶の入った湯飲みも、である。
 魔理沙はあぐらを崩しながら横に転がり、どうにか難を逃れた。

「何しやがる、霊夢――」

 魔理沙が見たのは、飛びかかってくる霊夢の姿だった。
 未だ尻を畳に着けたままの魔理沙には、霊夢をかわす術など無い。

「――ッ」

 霊夢は、仰向けになった魔理沙の上に馬乗りになった。
「マウントポジション――」
 魔理沙は呟き、そして慌てて顔をガードした。
 大きく振りかぶった霊夢の右拳が、魔理沙のガードの上から襲い掛かった。

 右。
 左。
 右。
 左。
 単調なリズムで、しかし振りの速い拳が魔理沙を襲い続ける。

「くそっ――」 

 霊夢の腕を取ろうとする魔理沙だが、逆にその隙を突かれ横っ面をはたかれた。
 魔理沙は、慌ててガードを固め直す。

 魔理沙は下半身をバタつかせるが、霊夢は全く動じない。
 膝を曲げて霊夢の背中を蹴るが、体重の全く乗らないそれを霊夢は意にも介さなかった。

 霊夢は、顔に汗も表情も浮かべず、淡々と両手を振り下ろし続けた。

「やめろ、やめてくれ、霊夢――」

 やめなかった。


   ◆  ◆  ◆


「判った、判った霊夢。今日はうちに来い。腹一杯食べさせてやるから――」

 永久に続くかと思われた地獄絵図は、魔理沙のこの一言によって終焉と相成った。
 動きを止め、すぅっと立ち上がった霊夢は、ひっくり返ったちゃぶ台を元に戻した。
 そして湯飲みと皿を盆に載せ、居間から立ち去る。
 戻った霊夢の手には新しい茶と布巾があり、霊夢は黙々と濡れた畳を拭いた。

「――――」

 魔理沙は居心地の悪さを感じながら、茶を口に運んだ。
 ほのかに香る甘い芳香は、金木犀の香りだった。

   ◆  ◆  ◆


 その晩、霊夢は魔理沙の家で腹一杯食べた。もちろん性的な意味で。
漫画だけではなく、小説版餓狼伝も読みなさい。それがあなたに出来る善行です。
らくがん屋
コメント



1.東京狼削除
 怖い怖い
2.名無し妖怪削除
小説版の梶原はかませ犬じゃないからなぁ・・・
3.ぐい井戸・御簾田削除
こいつはとんでもねえ良作だぜ。
けどよ――
最後の一行は餓狼伝じゃねえだろ、おめえ、よ。
4.名無し妖怪削除
小説版餓狼伝は、現実の格闘技界の進化スピードが夢枕先生の執筆スピードを上回ったことと、板垣恵介と夢枕獏という二大格闘馬鹿が化学反応を起こしたことにより、エライことになっとりますが。