ねっとりとした空気が、あたりに満ちていた。
数日続いた雨は止んでいるが、湿度は高いままだ。
霊夢は庭先に物干しを用意し、布団を引っ掛けた。
数日振りの布団干しだ。
「ふう――」
湿気を吸った布団は重く、霊夢は溜め息を一つついた。
「ちょっと早いけど、お茶にしようかしら」
呟いて、霊夢は縁側から家の中へと戻った。
すると、
「よお、邪魔してるぜ――」
居間に踏み入った瞬間、飛んできた声。
その主は、魔理沙であった。
「いつの間に来たの?」
「お前が布団を干している間に、さ。
それよりも、蒸し暑くてしょうがない。冷たいものでも出してくれよ――」
なんと厚かましい――
この女、人の家に勝手に上がりこんで、物をたかるのか。
そう思った霊夢だが、いつものこと、と半ば諦め台所へと向かった。
「待たせたわね」
畳の上に寝転がった魔理沙に、霊夢は声を掛けた。
「ああ、待ちくたびれたぜ」
そう言って体を起こす魔理沙。
彼女の目は、霊夢の持つ盆に釘付けになった。
「霊夢――」
魔理沙は、ごくり、とつばを飲んだ。
「何故、そんな熱そうなお茶を出すんだ――?」
霊夢は無視し、盆をちゃぶ台の上に置いた。
二つある湯飲みには、もうもうと湯気を立てる、薄い色の茶が満ちている。
「うちに、冷たいものなんてあるわけがないじゃない――」
霊夢は湯飲みを持ち、片方を魔理沙の側に、もう片方を自分の側に置いた。
そして、盆の上にあった小皿をちゃぶ台に移し、盆をどけた。
「ほら、茶請けのお饅頭よ。ありがたく食べなさい」
皿の上には、小ぶりな饅頭が二つある。
魔理沙は体の向きを変えると、
「じゃっ!!」
目にも止まらぬ速さで繰り出された魔理沙の右手が、饅頭を二つまとめて掴み取っていた。
そして手の勢いをそのままに、魔理沙は饅頭を口に放り込む。
「――――」
霊夢は、その光景をただ呆然と見ていた。
今となっては皿の上には何も無く、魔理沙の口が食事時の幽々子の如くに膨らんでいるだけである。
十秒。
魔理沙はそれだけの時間をかけて饅頭を咀嚼、嚥下し、湯飲みを口に運んだ。
「熱っ。こいつは熱いぜ、霊夢――」
霊夢は、唇を固く結び、魔理沙をねめつけている。
「魔理沙、あなた何てことを――」
箱入り饅頭をレミリアが持ってきたのが、雨の降り出す数日前のこと。
一日一個と決めて、大事に食べてきた饅頭だったのだ。
それを振舞ってやったというのに――
「いいじゃないか、霊夢。腹が減っていたんだ」
魔理沙の言葉は、彼女の行為の免罪符とは成り得なかった。
「私だって、腹は減っているわ」
「まあ、よく聞けよ」
魔理沙は、また茶を啜った。
「いいか霊夢。お前は腹が減っている状態が常であり、それに慣れている。
そして私は、空腹にはあまり慣れていない。つまりそういうことなのさ」
これっぽっちも、理屈が通っていなかった。
何たる暴言――
何たる暴挙――
霊夢の怒りは、既に限界に達していた。
「おきゃああああああッッッッッ」
怒りは、“吼える”という行為と、そしてもう一つ。
『ちゃぶ台返し』という行為でもって、外へと噴出した。
勢いよく持ち上がったちゃぶ台は、あぐらをかいた魔理沙へと襲い掛かった。
「ぬわわわわっ!」
魔理沙に襲い掛かったのはちゃぶ台だけではない。
その上に載っていた、熱い茶の入った湯飲みも、である。
魔理沙はあぐらを崩しながら横に転がり、どうにか難を逃れた。
「何しやがる、霊夢――」
魔理沙が見たのは、飛びかかってくる霊夢の姿だった。
未だ尻を畳に着けたままの魔理沙には、霊夢をかわす術など無い。
「――ッ」
霊夢は、仰向けになった魔理沙の上に馬乗りになった。
「マウントポジション――」
魔理沙は呟き、そして慌てて顔をガードした。
大きく振りかぶった霊夢の右拳が、魔理沙のガードの上から襲い掛かった。
右。
左。
右。
左。
単調なリズムで、しかし振りの速い拳が魔理沙を襲い続ける。
「くそっ――」
霊夢の腕を取ろうとする魔理沙だが、逆にその隙を突かれ横っ面をはたかれた。
魔理沙は、慌ててガードを固め直す。
魔理沙は下半身をバタつかせるが、霊夢は全く動じない。
膝を曲げて霊夢の背中を蹴るが、体重の全く乗らないそれを霊夢は意にも介さなかった。
霊夢は、顔に汗も表情も浮かべず、淡々と両手を振り下ろし続けた。
「やめろ、やめてくれ、霊夢――」
やめなかった。
◆ ◆ ◆
「判った、判った霊夢。今日はうちに来い。腹一杯食べさせてやるから――」
永久に続くかと思われた地獄絵図は、魔理沙のこの一言によって終焉と相成った。
動きを止め、すぅっと立ち上がった霊夢は、ひっくり返ったちゃぶ台を元に戻した。
そして湯飲みと皿を盆に載せ、居間から立ち去る。
戻った霊夢の手には新しい茶と布巾があり、霊夢は黙々と濡れた畳を拭いた。
「――――」
魔理沙は居心地の悪さを感じながら、茶を口に運んだ。
ほのかに香る甘い芳香は、金木犀の香りだった。
◆ ◆ ◆
その晩、霊夢は魔理沙の家で腹一杯食べた。もちろん性的な意味で。
数日続いた雨は止んでいるが、湿度は高いままだ。
霊夢は庭先に物干しを用意し、布団を引っ掛けた。
数日振りの布団干しだ。
「ふう――」
湿気を吸った布団は重く、霊夢は溜め息を一つついた。
「ちょっと早いけど、お茶にしようかしら」
呟いて、霊夢は縁側から家の中へと戻った。
すると、
「よお、邪魔してるぜ――」
居間に踏み入った瞬間、飛んできた声。
その主は、魔理沙であった。
「いつの間に来たの?」
「お前が布団を干している間に、さ。
それよりも、蒸し暑くてしょうがない。冷たいものでも出してくれよ――」
なんと厚かましい――
この女、人の家に勝手に上がりこんで、物をたかるのか。
そう思った霊夢だが、いつものこと、と半ば諦め台所へと向かった。
「待たせたわね」
畳の上に寝転がった魔理沙に、霊夢は声を掛けた。
「ああ、待ちくたびれたぜ」
そう言って体を起こす魔理沙。
彼女の目は、霊夢の持つ盆に釘付けになった。
「霊夢――」
魔理沙は、ごくり、とつばを飲んだ。
「何故、そんな熱そうなお茶を出すんだ――?」
霊夢は無視し、盆をちゃぶ台の上に置いた。
二つある湯飲みには、もうもうと湯気を立てる、薄い色の茶が満ちている。
「うちに、冷たいものなんてあるわけがないじゃない――」
霊夢は湯飲みを持ち、片方を魔理沙の側に、もう片方を自分の側に置いた。
そして、盆の上にあった小皿をちゃぶ台に移し、盆をどけた。
「ほら、茶請けのお饅頭よ。ありがたく食べなさい」
皿の上には、小ぶりな饅頭が二つある。
魔理沙は体の向きを変えると、
「じゃっ!!」
目にも止まらぬ速さで繰り出された魔理沙の右手が、饅頭を二つまとめて掴み取っていた。
そして手の勢いをそのままに、魔理沙は饅頭を口に放り込む。
「――――」
霊夢は、その光景をただ呆然と見ていた。
今となっては皿の上には何も無く、魔理沙の口が食事時の幽々子の如くに膨らんでいるだけである。
十秒。
魔理沙はそれだけの時間をかけて饅頭を咀嚼、嚥下し、湯飲みを口に運んだ。
「熱っ。こいつは熱いぜ、霊夢――」
霊夢は、唇を固く結び、魔理沙をねめつけている。
「魔理沙、あなた何てことを――」
箱入り饅頭をレミリアが持ってきたのが、雨の降り出す数日前のこと。
一日一個と決めて、大事に食べてきた饅頭だったのだ。
それを振舞ってやったというのに――
「いいじゃないか、霊夢。腹が減っていたんだ」
魔理沙の言葉は、彼女の行為の免罪符とは成り得なかった。
「私だって、腹は減っているわ」
「まあ、よく聞けよ」
魔理沙は、また茶を啜った。
「いいか霊夢。お前は腹が減っている状態が常であり、それに慣れている。
そして私は、空腹にはあまり慣れていない。つまりそういうことなのさ」
これっぽっちも、理屈が通っていなかった。
何たる暴言――
何たる暴挙――
霊夢の怒りは、既に限界に達していた。
「おきゃああああああッッッッッ」
怒りは、“吼える”という行為と、そしてもう一つ。
『ちゃぶ台返し』という行為でもって、外へと噴出した。
勢いよく持ち上がったちゃぶ台は、あぐらをかいた魔理沙へと襲い掛かった。
「ぬわわわわっ!」
魔理沙に襲い掛かったのはちゃぶ台だけではない。
その上に載っていた、熱い茶の入った湯飲みも、である。
魔理沙はあぐらを崩しながら横に転がり、どうにか難を逃れた。
「何しやがる、霊夢――」
魔理沙が見たのは、飛びかかってくる霊夢の姿だった。
未だ尻を畳に着けたままの魔理沙には、霊夢をかわす術など無い。
「――ッ」
霊夢は、仰向けになった魔理沙の上に馬乗りになった。
「マウントポジション――」
魔理沙は呟き、そして慌てて顔をガードした。
大きく振りかぶった霊夢の右拳が、魔理沙のガードの上から襲い掛かった。
右。
左。
右。
左。
単調なリズムで、しかし振りの速い拳が魔理沙を襲い続ける。
「くそっ――」
霊夢の腕を取ろうとする魔理沙だが、逆にその隙を突かれ横っ面をはたかれた。
魔理沙は、慌ててガードを固め直す。
魔理沙は下半身をバタつかせるが、霊夢は全く動じない。
膝を曲げて霊夢の背中を蹴るが、体重の全く乗らないそれを霊夢は意にも介さなかった。
霊夢は、顔に汗も表情も浮かべず、淡々と両手を振り下ろし続けた。
「やめろ、やめてくれ、霊夢――」
やめなかった。
◆ ◆ ◆
「判った、判った霊夢。今日はうちに来い。腹一杯食べさせてやるから――」
永久に続くかと思われた地獄絵図は、魔理沙のこの一言によって終焉と相成った。
動きを止め、すぅっと立ち上がった霊夢は、ひっくり返ったちゃぶ台を元に戻した。
そして湯飲みと皿を盆に載せ、居間から立ち去る。
戻った霊夢の手には新しい茶と布巾があり、霊夢は黙々と濡れた畳を拭いた。
「――――」
魔理沙は居心地の悪さを感じながら、茶を口に運んだ。
ほのかに香る甘い芳香は、金木犀の香りだった。
◆ ◆ ◆
その晩、霊夢は魔理沙の家で腹一杯食べた。もちろん性的な意味で。
けどよ――
最後の一行は餓狼伝じゃねえだろ、おめえ、よ。