Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

それは、海をわたった少女のものがたり 五日目

2010/07/10 17:03:48
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<これをよむ前にこちらを読んでくださいませー>
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四日目深夜



 とつぜん目がさめた。
 最初に映ったのがここ数日みてきた天井だったので安心する。やはり夢だったんだ、と。
 ほっとして、起き上がろうとしたときに気づく。なんだか、右手があたたかい。

 冬の朝、あまりの寒さに脚の間に手を挟んでいたことがある。人肌のあたたかさだけど、寒ければ寒いほどあたたかい。
 それによく似ていた。

 いつものわたしなら、すぐに気づいただろう。でも今は寝起き。
 右手をすこし持ちあげたときに、自分のものじゃない手があることにやっと気づいた。
「ひいっ!」とちいさな悲鳴をあげる。その刺激が、優秀な目覚まし時計になる。

 優秀な目覚まし時計に起こされた頭は、やっとふだんと同じくらいの知能をとりもどす。

「メリー……?」

 白い布団をめくり、手をたどる。メリーがいた。
 まずわたしは、「ああ、まずい」とおもった。昔――小学生のころよくやった癖だ。

 すなわち、人の布団の中にもぐる。家族内では「ごめーん」ですむ。

 おそらく友だち間でもそれですむ。でも、すごくはずかしい。

 それにこのメリーの性格だ。まちがいなく、いじるだろう。
 はやく恥を消さないと。そう思ったわたしはベッドから降りようとした。でもメリーの手はがっしりをわたしを掴んでいて、逃がさない。
 だんだんと焦りが頭の中にみちていく。

「メリー、はやく離して。ああ、でも起きないで。起きないで離して、はやくしないとメリーが起きちゃう!」

 自分でもなにを言っているのかわからない。

 慎重に、でも確実に。そんなものない。あせった気持ちはわたしの体を乱暴に動かしはじめる。でも、無理にひっぱっているのにメリーの手はかたく、私を離そうとはしない。
 やがて、

「うぅん……」

 どうやら無理におこされたときの寝言は全国共通らしい。
 一瞬メリーがちいさく目をあけた。まずい、まずいまずい!

 メリーが、小さくわたしに挨拶をした。

 ああ、おわった。

 ――と思ったけど、おわってなかった。起きてすぐメリーのあせり具合で、すべてがわかった。

 よくみれば、ここはわたしの寝ていたベッドだった。移動したのはメリーだったのだ。

 でもメリーはそんなことを気にした様子がない。

 「夢の中のことおぼえてる!?」とすごい勢いできいてきた。
 正直言えばメリーが言っていることは理解できない。でも、たぶん間違っていない。

 直感的に感じていた。メリーもおなじ夢をみていたんじゃないか、と。
 しぶしぶわたしは、「イエス」とこたえた。

 もしわたしが、おきてからポケットに手を突っ込まなければ。
 この質問には、「ノー」とこたえたと思う。

 ポケットに、あのネクタイピンさえなければ。



 すこし沈んだ空気の朝食だった。
 最後の朝。アメリカに来る前はすぐにきてほしかった朝。アメリカに来てからはしばらく来てほしくなかった朝。

 非情な時間は、どんなときでも進む。

 ご飯を食べながら、ふと床に目をやった。キレイな床に、大きな足跡がいくつもついている。

 メリーパパもメリーママもそれに気づいているみたいで、朝からふしぎがっていた。
 足跡のサイズが合わないんだそうだ。当然わたしでもない。

 まるでだれかが入ったかのような、そんな感じだった。ちょうどそのころ、テレビからニュースが流れた。
 気の弱そうな男が、警察に連行されている。ニュースのテロップに載っていた単語から、強盗なのだとわかった。

 テレビの右上に、地図が現れた。その場所は、ハーン家のすぐ近く。

「まさか、まさかね」

 はじめにメリーパパが笑い、続いてみんな笑った。やがてニュースが切り替わる。

 わたしたちの関心もまた切り替わる。別れのほうへと向いた。

 みんなで無理に笑うのがつらくて。
 たのしかったのに、すこし泣きそうになる。でも、さびしくも、あたたかい雰囲気だった。



 最後のアメリカの景色をゆっくりみてほしいと思ったのか、おじさんの運転はゆっくりだった。

 それでもガタガタとゆれながら、日本とは違うアメリカの景色を目にやきつけていく。
 集合場所は空港。それまでの間、アメリカの景色を目に焼きつけながら。

 もちろん、耳にはハーン家のみなさんとの会話を焼きつけながら。

 空港がみえる。すごい音とともに飛行機が一機旅立つ。なんでだろう、その光景をみると、じわっと視界がにじんだ。

『さ、ついたよ』というおじさんの声もどこか暗い。
 スーツケースを受け取るとき、その重さに落としそうになる。

 おじさんはあわててたぶん『ごめんごめん』と言ったけど、言葉を返すことができなかった。
 会話もなく、集合場所を目指してあるく。

 そこについたとき、もうほとんどの人が集まっていることに気づいた。何人かが手をふってくれたので、ふりかえす。

 そこで、おじさんたちが足をとめた。ふりかえると、さびしそうな表情で手をふる。

 なにを言ったのかはわからなかったけど『私たちはここまでだ』と言ったんだと思う。

 三人とも表情は暗い。
 ……まちがえた。四人とも、表情は暗い。

 スーツケースをその場におき、三人に近寄る。

 まずおじさんに抱きつく。おじさんはおどろいていたけれど、力強く抱きしめてくれた。
 つぎにおばさん。おじさんのような力はないけれど、やさしさのこもった抱擁だった。

 さいごが――メリー。おじさんとおばさんの、二人の気持ちをあわせたような、力強さとやさしさをこめて、抱きしめてくれた。三人の中で、いちばん長い時間を過ごす。

 その時間が終わり、向きあう。

「センキュー、ベリーマッチ!」

 思いっきりさけんだ。三人もまた、同じようにくりかえす。

「シーユーアゲイン!」

 また、あいましょう!

 「グッバイ」よりもふさわしいとおもって選んだ、お別れと約束の言葉だ。
 あまりにも ありふれていることば。英語ができないわたしの、限界を見せつける。

 同じフレーズが返ってくる。わたしの想いを、ちゃんと受け取ってくれた証拠だ。

 涙がたまった目を右手でふきとり、そのまま思いっきり振った。ハーン家のみなさんも同じようにする。

 そして、背をむけた。ほったらかしのスーツケースを掴み、転がして集合場所へと進む。

 もう、後悔はない。ありがとう。おじさん、おばさん、メリー!



 空港。
 さすがに、こんな朝早くから来る人はあまりいない。おかげで、さっさと飛行機にのることができた。

 通路をたどり、席をさがす。前から何列目かはわからないけど、飛行機の右端から二つめの席だった。

「おう、宇佐見!」

 その席の通路を挟んで左隣。担任の数学教師がすでに座っていた。

「どうだった、楽しかったか?」
「ええ――とっても」
「それはよかったな、俺はずっと英語科の先生に頼りっきりだったぞ。
 なあ、『ハロー』って『ごめんなさい』であってたよな?
 変な外国人がいてよ、足踏んじゃったから謝ったらすごい顔で『ファックユー!』って怒鳴られたんだが」

 先生、勉強してください。

「そろそろ出発であるんである。全員そろっておるんであるか」

 わたしたちの会話をさえぎるように、通路のうしろから大隈校長先生がやってきた。

「ええ、そろっているでしょう」

 担任の先生はそう言ったけど、どこか違和感があった。なにかおかしい。
 だれかいないような気がする。

「……あれ、だれか忘れてないですか?」
「いいや、生徒は全員確認したし――当然ながら教師も全員いるぞ?」
「さよう。それにこの学校に遅刻するような教師はいないんであるんである」

 あちこちを向いて確認する。たしかに生徒は全員いる。たぶん教師も。
 なのに、だれかがいないような気がする。……どうして?

「ですよね……」

 なんだろう、ほら……なにかが足りない。

 なにを忘れてるんだろう。わたしはいったい――そうだ、思い出した!

「先生!」
「んあ?」
「数学のテストのとき、もっと計算用紙を大きくしてください」

 先生は「正直あの大きさはないな」と言って、希望に応えてくれた。
 違和感は、すっかり消えてなくなった。

 すっきりして座席にもたれると、体がずしりと重くなった。

「つかれた……」
「しっかりしろよー、疲れてるなら寝てたらいいぞ」
「うむ、日本までは遠いんであるんであるんである」

 「あ、はい」と適当な返事をかえした。校長先生の妙な口癖を流し、わたしはシートベルトを締めた。

 時間はながれる。ついに、「まもなく出発します」というアナウンスが流れた。

 ゆっくりと飛行機がゆれる。さきほど旅立った飛行機のように、わたしたちも旅立つ。
 飛行機がはやくなる。前から強い風をあびているかのように、体が座席に押しつけられる。
 地面をはしる音が大きくなっていく。
 いよいよ飛ぶ、といったときだった。どこかから、ちいさな声がきこえた。心のどこか、といったほうが正しいもしれない。耳から入ってきたんじゃない。直接心によびかけられた、そんな気分だ。

 ――さようなら。

 そんな声だった。やさしくて、なつかしい声。

 その声に、心を洗われる。同時に、少しだけイラッとする。

 やっぱり、聞き覚えがある。どこかで聞いたことのある声なのだ。でも、だれの声かわからない。

「さようなら」

 思わずそうかえした。そのすぐあと、体がふわっと浮いたような気がした。
 右隣の子にちょっとだけ窓の外をみせてもらうと、さっきまで車で走っていた道路が小さくうつっている。

 その道路に、車が何台か走っている。ハーン車が見えた。

 その車は一度だけ止まる。わたしが手を振ると、その車はエンジンをかけた。

 なつかしささえ感じる荒っぽい運転だった。段々と、車は小さくなっていく。

 その車が見えなくなる前に、

「……ありがとう」

 そう呟いた。
 右隣の子が「いいよべつに」と笑いながら言った。


 しばらくたつと、体が楽になった。ななめだった飛行機が水平になったんだ。

 そこでまた、変に思うことがあった。さっきまでわたしは、なにを悩んでいたんだろう?
 さっきまで心のなかにあった疑問がすうっと消えていて、ぽっかりとすきまができている。大事なことだったような気がするのに、何を考えていたのかまったく思いだせない。

「ま……いいか。たのしかったし」

 ――よかったね。

 そんな声が、どこかで聞こえた気がした。



 しばらくは寝ていたけど、起きてからすぐはじまった機内映像をいくつか見ているうちに、あたりはすっかり暗くなっていた。

 行きに見た空の海と雲の島がみれないのは残念だけど、映画が面白かったのでべつにいい。
 しかも、公開されてまだ間もないやつだった。
 ちょうど、いつか見に行きたいと思っていたんだ。

 何本かの映画が終わると、食事が運ばれてきた。
 またあの白いカレーがあるらしい。
 しかし今回は前のほうの席! わたしはビーフを選ぶことにする。

「カレー、ベリー辛いのプリーズ!」
「What?」

 先生が変な英語を使って、乗務員に訊き返されている。
 わたしはとりあえず、「カレー、ベリーホット」と乗務員さんに言っておいた。
 先生とそんなに変わらない語学力だと思ったけど、乗務員さんは理解してくれた。

 乗務員さんが、カレーを携えて帰ってきた。白い死神の降臨だ。

「おお、これがカレーか!」

 一足先に白カレーを受けとった先生が、「この前はビーフを選んだからなー」と、うれしそうにフタを開けていた。
 無知は身を滅ぼす、かなしいことだ。

 先生はゆっくりとカレーを口に運ぶ。カレーが先生の舌に触れる。カレーの味が、先生の下に染みこむ。
 先生がカレーとは思えないカレーの味を理解したとき――先生の腕が落ちた。
 スプーンが床に転がる。

 何日か前のわたしがそこにいた。

 なるほど。初日のわたしが、突然意識を失ったのはああいうことだったのか。
 あそこまで瞬間的なものだとは。

 いっぽう賢くなったわたしはビーフを選び、おいしくいただいた。
 期待してなかったのに、機内食を見直さなくてはならないおいしさだった。
 あのカレーだけが地雷だったらしい。

 先生は気絶してそのまま倒れてたけど、わたしは安らかな眠りにつく。

 そのときもう一度、楽しかったアメリカの大地と、ハーン家のみなさんを思い出す。
 アメリカはもう見えない。だから、メリーたちがわたしを見ることはできない。

 しかし、わたしが今見ているこの月はどうだろう。見えないかな。見えるよね。

 じゃあお月さまにお願い。わたしのこの感謝の想いをいつかきっと、あの人たちのところへ届けてください。 
 お願いします。

 月にお祈りをおえたあと、日記を書こうと思い立つ。
 カバンを開いたとき、薄い本の存在に気づいた。

「これ――使わなかったなあ」

 英語に自信がないからということで持ってきたうすいハンドブックだ。
 結局この旅にはいらなかったらしい。

 ハンドブックは、自転車の補助輪のようなものだと思っていた。

 そんなもの、わたしには必要なかったみたいだ。
 いつの間にか、自転車に乗れるようになっていた。

 なぜか、すこし感動した。

 そういえば、辞書も一回しか――ああ、でもそれは思い出したくない。

 いや、これも思い出。覚えておこう。
 でもはやく忘れたくて、別の考えにうつした。
 ホームスティでの思い出が、つぎつぎと頭の中に流れてくる。忙しかったけど、やっぱり楽しかった。

 思い出してしまうと、じわりと目のまえがにじんだ。別れたときのように、右手の袖で涙をふきとる。

 深呼吸をしてもう一度月をみた。お願いをした月は、まだそこにいる。

 淡い黄色の光でわたしたちを照らしてくれている。
 まるで、がんばったわたしたちを褒めてくれているみたいだった。


 ◆ アメリカ旅行日記


 明日の昼には着くらしいから、これが最後の日記となる。
 不安だったけど、アメリカは楽しかった。もっと居たかったから、帰らなくてはならないのがイヤだった。
 もしかするともう行く機会はないかもしれない。もう、ホストファミリーたちにも会えないかもしれない。
 それでもわたしは、絶対に、このアメリカで過ごした日々を忘れない。
 海をこえたわたしの旅は、かけがえのない経験と思い出に飾られた、最高の物語になった。そうわたしは思う。
 そうだ、いいことを思いついた。この日記帳に名前をつけよう。
 わたしが大物になったとき、歴史的文献になるかもしれない。
 名前は、えっと、そうだ!

 それは、海をわたった少女のものがたり。





|       <おわり>    

|ノ¨ ヒョコ    <おわり>

|@ノ¨ アレ?     <おわり>

|>~@ノ¨ ヨイショヨイショ   <おわり>

|    <あと1話!>~@ノ¨ ベシッ☆三三三<おわり>
 つい先ほど、わたしはブログを更新しました。
 そこに書かれているように、わたしはSSファイルを無くしてしまったのです。
 ストーリーエディターというソフトを使っているのですが、そのソフトは階層分けが可能で、たくさんのSSが入ります。
 なくしたファイルは、このSSが入ってるファイルでした。
 ブログに書いたわずか数分後、なんとか見つかったので投稿できました。隠しファイルにしてました。わたしったらおバカさん。

 さて、おそくなってすみませんでした。
 はやいうちに最後のも投稿します。
 それでは、またお会いしましょう!
ほたるゆき
http://htryk.blog103.fc2.com/
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
ヒャッハー新作だー!

蓮子とメリーだけじゃなく、周囲も愉快な人たちで実に面白い。
さて、次回はいよいよ「秘封倶楽部」なのかな…?
2.奇声を発する程度の能力削除
面白かったです!
3.名前が無い程度の能力削除
先生の英語力が酷すぎる
あやうく前の話を忘れるとこでした
4.ほたるゆき@ノ¨削除
>>1さま
ヒャッハーおまたせー!
周囲の人間のキャラが立ってるみたいでうれしいですね、東方世界に溶け込んでますように。
次回はいよいよ……どうなんでしょう!

>>2さま
せんきゅーべりーまっち!

>>3さま
be動詞をbi動詞って書いてそうですね。

前のお話を忘れるところでしたか、それはごめんなさい。
チャッチャットトウコウヨー。