Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

独白

2010/07/04 14:25:27
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 人形のガラス色の瞳を見ていると、自分がそこに映っているのが分かる。今日、私は不機嫌そう。落ち込んでいるのがよく分かった。悲しそうな自分と目が合うと、溜息がでた。魔理沙が、いつまで経っても来ないからだった。締め付けられるように、胸は痛む。どうしてなんだろう。
 人形とにらめっこ。私は情けない? 聞いても人形は答えないけど、いつかこの人形が自我を持った時が、恐ろしくなってくる。私が話しかけたら、顔を背けるようになるのではないかと思うと、悲しいじゃない。魔理沙のように、約束をすっぽかす、私のことなんて大して重要と思わないような、そんな奴にならないでほしい。
 孤独な研究はずっと続いている。それは自立人形の制作だった。けれど、はかどらないのは、こんな些細な、気弱な理由なのかもしれない。人形を自立させるというのは、つまり自分で動き、考えることを意味する。もちろん感情も持っていないと、完成とは言えない。私のことを、好きになってくれるのか、自信がない。すぐにくよくよして、情けない顔をする私を、この人形は受け入れてくれるの? 私は想像を未来に伸ばしていって、まだ起こるか分からない出来事を恐れている。臆病者だった。

 気弱な日に、外では雨が降っている。
 魔理沙と私は、知り合ってまだ長くない。お互いのこともあまり知らない。もしかしたら、魔理沙は私のマーガトロイドという姓さえ、知らないのかもしれない。でも、やっとできた、色々なことを話せる友達だったから、私は嬉しかったのだ。末永くつきあえる友達、最良の友というやつを得たと思っていたのだった。
 自分からは何も提案しない。ただ、魔理沙の言うことをに相づちを打つだけで、十分な関係だった。それで、欲が出た。私からも何か提案したくなって、もっと仲良くなれると思って、お茶会に誘った。その結果、約束の時間はもう随分前に過ぎてしまった。ああ、嫌だ。嫌だ。約束なんてするものじゃない。私の家でお茶会なんてしようと思ったのが間違い。いつも綺麗な部屋をもっと綺麗にして、お菓子も作って、とっておきのお茶も用意したのに、飲んでいるのは私だけ。
 傍では人形が座っている。例え自立できても、貴女はお茶を飲めないから、ごめんなさい。それにしても、貴女に言っても仕方がないけれど、お茶って、気分によって味が変わるってよく言われているけど、あれは嘘。だって、今、美味しいもの。香りもいい。約束をすっぽかされて、誰もいない家で飲むお茶は美味しい。それは、やっぱりお茶が元々美味しいからに決まっている。不味いお茶だったら、それは、やっぱり不味いわよ。たとえこの世で一番幸せな人が飲んだって顔を歪めると思う。自分をごまかすなんて、ロマンチストしかできない。私は違う。計算高くて、損得で、生きている。
 ああ、ああ、それにしてもやっぱり魔理沙は来ないんだと思うと、胸の辺りが痛くなる。この前お茶会に誘った日のことを思い出す。魔理沙は私の目を見て、分かった。楽しみにしている。はにかんで、私にそう言った。もちろん私は信じた。そのせいで昨日は寝れなかった。はじめて誰かを誘ったのだから。そして魔理沙が遊びに来ると思ったら楽しみでならなかったし、もし来なかったら、悲しくて生きていけないとさえ思って、何だか心配して、瞼を閉じても、いつの間にか頭の中はお茶会のことばかり。それで今はこのざまなんだから、やるせない。でも、死のうとは思わないわね。ああ、そうか。なんて短い嘆息をつくだけ。魔理沙は嘘つきなんだなあって。
 
 ここで何を考えても、何をしようとしても、魔理沙は来なかったという事実があるだけなんだし、もう止めよう。あんまり考えすぎて、自分がひどく低俗な女に思える。もしここで人形の研究が完成していて、貴女が自分で考えて、行動することができたら、何をしてくれる? 可哀想な主人を慰めてくれるのかしら。哀れんでくれるのかしら。それとも、眉をひそめて軽蔑してくれる? もし、そんなことになったら、それこそ、私は一生をかけて、自分を自殺に追い込むものを作っていた、ただの愚か者ということになる。何かプロテクトをかけたほうがいいのかしら。主人の機嫌を損ねない機能とか、主人を慰める機能とか、主人を裏切らない心、とか。でもこれってもう自立人形じゃない気がする。何だろう。誰も自分を愛してくれない、自分を見てくれないから、慰めのために作った現実逃避人形かしら。無様な話。あんまりな一生だなあ。

 どうも暗かった。
 この部屋にいると、何だかおかしな方向に考えが飛んでいく。思考は沈んでいくばかり。魔理沙を待つための部屋は、今は重すぎて私には耐えられない。魔理沙のことばかり考えてしまうから。だから思いきって外に出ることにした。それで少しでも気分を晴らしたかった。
 ドアを開けると、雨がしとしとと降っていた。傘を差して、空を飛んだ。灰色の空と、濃い湿気に、いつの間にか額は汗ばむ。服は重くなって、蒸し暑い。それでも、当てもなく飛んでいると、やっぱり小高い山の上にある、赤い鳥居が目に入る。いつもこの博麗神社の鳥居といのは、主張が激しすぎると思う。青空に、ぽつんと真っ赤に燃えているんだから。今日は灰色空だけど、相変わらず鳥居は目立っていた。
 神社は人気がまったくなかった。誰もいないっていう点は、私の家と同じだ。敷石を歩いて行くと、大きなお賽銭箱があって、屋根から垂れてくる雨が、時たま中に賽を落としている。私はお賽銭を投げようと思って、ポケットに手を入れたけど、何も持っていなかった。結局手を叩いただけだった。それは雨にむなしく響いた。
 ふとどこからか、寝息が聞こえる。たぶん、神社の巫女が寝転がっているのだと思われた。でも魔理沙かもしれない。と私は思う。巫女の霊夢と魔理沙は仲がいいことを私は知っている。だから何となく、そこに魔理沙がいるのではないかと疑って、忍び足で近づいた。
 ここにやって来たのも、別に赤い鳥居に吸い込まれたからではなくて、お賽銭をして、どこかの神様が私を助けてくれるのを期待したからだった。でも、それは建前。本音は魔理沙がいるような気がしたからだった。自分の心ってのは、だませないのだ。だましたつもりでも、どこかに本音は引っかかって、ずっと、そこにいる。私は考えまいとしても、魔理沙のことばかり考えている。魔理沙のことを少しでも忘れようと外に出て、実のところ探し回っているのだと正直に告白するしかない。
 でも、会って、何を話せばいい。ヒステリックに、騒げばいいのか。そんなことしたくなかった。嫌われたくないから。ただ、なんで約束をすっぽかしたのか、聞きたい。私が何か悪いことをしたのかを、問いただしてみたい。その時、魔理沙がどんな顔をするのか、見てみたい。――やっぱり見たくないかもしれない。
 それで縁側で立ち止まってしまった。もし障子を開けて、魔理沙がいたら、私は逃げ出してしまう。それを見て、魔理沙はどう思うだろう。私はもう、二度と顔を会わせることができない。恥ずかしいし、情けないし、馬鹿みたいに思われるだろう。私は悪くないのに、何だか不公平だ。裏切られたら、それで負けなんだ。私に、見返してやろうという度胸はない。手は震えて、障子にそっと手を置いたきり、動かなくなった。
 人形を作りはじめたのも、臆病者の、慰めなのかもしれなかった。今はもう、なんで人形を作りはじめたのかは思い出せないけど、たぶん、そんな理由なんだと思う。たった一度の他人の過ちを、私はずっと引きずって、最後には自分から遠ざかってしまう。これ以上傷つきたくないと、自衛するばかり。だから私に、友達はできないんだ。動かない、心のない人形を作りだして、それなら都合のいい友達にできると思ったんだろう。
 でもそれも、自立人形を作るという私の生涯の目標が成った時に、終わってしまう。意思関係がはじまった瞬間から、私は後ずさりをはじめるに違いない。心を持った人形に嫌われるのが恐ろしくて、自立人形を完成させたくない……。そうならないために、私には新しい友達がいる。心の安寧を必要とする。孤独が恐くて、研究が手に着かないなんて、嫌だ。あと一歩の所まできて、これ以上進みたくない、そんな風に自分が思いはじめているのが、とてつもなく嫌だ。ああもう! これも建前だ! 私は魔理沙を友達にして、安心しようなんて思ってない! 人形にまで裏切られた時の、保険にしようなんて、思っていない! 考えてもいない! ただ、あの人と一緒にいるのは楽しいから、幸せだから一緒にいたいだけだ! そうよ、そうに決まっているもの……。これじゃまるで、私が最初から魔理沙を裏切ってるみたいじゃない。
 
 もう私は思い切って障子を開けた。この奇妙な憂鬱さと、もどかしい思考、緊張をどうにか消してしまいたかったのだ。部屋の中を見れば、全てが解決する気がしたのだった。
 障子は重かった。湿って、床の板と擦れて、甲高い音が鳴った。部屋の中は薄暗く、今の音で目を覚ました霊夢が、こちらをぼんやりと見つめていた。霊夢は寝転んだまま、顔を背けると、また寝息を立てはじめる。私は緊張がほぐれて、ほっとした。急に背中が軽くなった気さえする。部屋はがらんとしていた。霊夢が寝ているほか、何もない。魔理沙はいなかったのだった。
 急いで帰ろうと思った。もしかしたら魔理沙が来ているかもしれない。そっと障子を閉めて、私は縁側を飛び降りた。雨がぱらぱらと当たった。傘を差して、すぐに空を飛んだ。灰色の空は、相変わらずだった。けれど、心は少し晴れる。約束は確かに破られたけど、当てがましいような、裏切られた者をさらに、落とすようなことを魔理沙はしていなかった。たぶんまだ、寝ているのだ。もしくは、病に伏せてしまったのかもしれない。私は他人の不幸を考えながら、今は不思議と軽い心持ちで、家に戻った。雨に濡らされた玄関で足を取られそうになりながら、ドアを開けて、再び居間に戻ってきた。
 人形たちが、無言で出迎える。誰も動かないのは、私が動かさないからだった。今は何もする気にならなかった。ただ、ここで魔理沙を待つだけだ。青く沈んだ窓際のテーブルに腰をかけて、私はぼんやりとすることにした。
 膨大な数の魔術書には、友達の作り方は書いていない。私が今まで読んでいたのは、人形の作り方。人形を動かす方法。人形に意思を持たせるための、願望。全部、今の私には役に立たない。これからは、自分の経験から考えていくしかない。面白いじゃない。人の心って、たぶん、私が思っているよりも深く、広い。私自身、さっきまで、博麗神社の縁側で考えたことを、気づきもしていなかったのだから。
 孤独が嫌で人形を作って、それなのに、人形に意思を持たせようと思ったのは、やっぱり寂しかったからだと思う。おしゃべりもできないのはあんまりだから。それでいざ、自立人形の研究をはじめると、次はその意思を持つであろう人形が裏切るのが恐くなる。他の誰かを友達にしたくなる。それで魔理沙という存在が大きくなったのかもしれない。分からないけど。それで魔理沙も裏切ってしまうのだから、どうしようもない。私は急に恐くなったのだ。心という存在が、自分意外にもちゃんとあるということが。魔理沙がなんで来ないのか、もしかしたら、うっすらと、私の考えを悟ったからかもしれなかった。考えすぎか。どうか。ここで待って、答えを見つけるのはたぶん無理。また、暗闇のように目の前は見えなくなる。自分の本心さえ、分からない。本当に魔理沙って、私にとって何だろう。
 
 そんな中、扉がにぶく音を響かせた。雨音に混じって、それは私の耳にも届いた。急に、私は今までの思考が、遠い過去のように感じた。ずっと待ち望んでいた音だった。魔理沙だ。時間は随分と遅れているけど、あのぶっきらぼうな叩き方は、間違いない。私は飛び出すように床を蹴って、玄関に向かった。さっきまで、あれほど考えに考えて、憂慮した物事が、まるで嘘のような心持ちで、胸につっかえている疑問も全部消えてしまった。人間の心とは不思議だなんて、そんなことを頭の片隅に考えながら、今やはっきりと魔理沙の姿が浮かんでくる。たぶん、はにかんでいる。第一声は、悪い、遅れた。そんなところだろう。いつもなら人形を使って、扉を開けさせるのもすっかり忘れて、私は自分でドアノブに手をかけている。私はどんな顔をすればいいのか。今から魔理沙を問い詰めてやる。いや、私が泣いてみようか。魔理沙は、どう思うだろう。分からないけど、さっきまでの分からないという感情よりも、ずっと、気分は楽になった。

 
読んでくださってありがとうございます。
一人泥ン子
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
うーむ、なるほど。
面白かったです。
2.名前が無い程度の能力削除
読みながらめちゃくちゃハラハラしました。
私にもアリスの心情に似たようなところがあるので、最後に魔理沙が来てくれてほっとしました。