Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

手紙と不可侵条約

2010/06/02 23:30:33
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『アリスちゃんへ』
 差出人不明の手紙は、今日もうちのポストに無造作に突っ込まれていた。





手紙と不可侵条約






 大それた夢があるとか大きな目標があるとか、そういう生きる上での指標というものを私は持っていない。特に夢はないし、なりたいものがある訳でもないし、行きたい場所がある訳でも、目標にしている頂がある訳でもない。
「えー。自立人形作りたいとか言ってたじゃん」
「うん、言った」
 魔理沙はクッキーを頬袋に詰め込みながら、もごもごと口を挟んだ。口に物が入っている内に喋らないの、まったくもう。言っても、聞く耳を持たないのは知っていたけれど。


 魔理沙は空気みたいにそこにあった。
 いつの間にかそこにいて、いつの間にか隣にいて、いつの間にか話していて、いつの間にか黙っていて、いつの間にかいなくなっている。
 私が西を見ている間に東を見て笑っていて、慌てて東を向いたらこっちをにやにや眺めている。そういう奴だった。そういう奴だから、それなりに私と近しい場所にいられたのだろうし、それなりに私と距離を持っていられたのだろう。私達の間には明確な線引きがあって、お互いに不可侵の領分があった。それが心地良かった。丁度良い間柄だった。


「それは目標って言うんじゃないんですかー」
「達成出来なくても良いかなぁと思っている程度では、はたして目標と呼べるのかしら」
「えー」
 紅茶をずず、と啜って(はしたない)、シロップはないかと魔理沙が尋ねる。どうするのか尋ねたら、クッキーにかけて食べるのだそう。甘党にも程があった。
「あれは口からでまかせと言うかなんと言うか」
「まぁじ」
 適当な相槌を打って、上海に手渡されたシロップをクッキーの上に垂らしている。
 あ、ちょ、こいつ全部にかけやがった。私も食べようと思ってるのに。
「嘘でも良いから、私には理由が必要だったのよ」
「ふぅん。一体誰に対する嘘で、何に対する理由なんだ?」
「神綺様に対する嘘で、未来の私に対する理由」
「あぁ、あの阿呆毛か」
 神綺様を悪く言われるのは快い気分ではなかったけど、この程度で目くじらをたてていてはあまりに子供っぽいと思って黙っておいた。
 まるで親の悪口を言われた気分だった。
 神綺様は私の家族でもなんでもないのに、おかしいね。


「あんたは家出少女なのだっけ」
「そうだな。鬱陶しいから出て行ってやった」
「そう。実は私もそうなのよ」
「ふぅん。じゃあ似たもの同士だな」
「一緒にしないで」
「つれないな。仲良くしようぜ?」
「嫌よ」
「あぁそう」
 アリスには私の偉大さが判らないんだな、とわざとらしくため息をついて、またにクッキーにシロップをぶちまけた。なんて事するんだ。嫌がらせの領域だ。私が丹精こめて作ったクッキーの味が完全にシロップの味に負けちゃう。
「家出っつうか、おまえ、そもそも魔界出身じゃないだろ、確か」
「うん」
「ていうかおまえ元人間だろ。改造人間かおまえは」
「意味が判らないけど」
「適当に喋った」
「知ってる」


 魔理沙は適当に私を知っていて、適当に私を知らない。私も適当に魔理沙を知っていて、適当に魔理沙を知らない。それなりに仲良くしてそれなりに知り合って、時々会話をして楽しむ程度なら、そのくらいの知識で充分だから。お互いの過去を探り合ったりしない、それが私達の不可侵条約。
 やっぱり、魔理沙はそれ以上の事を聞いてこなかった。私は魔理沙の家出の詳細を知らないし、理由も知らない。だから魔理沙も私の家出の詳細を知る必要もないし理由も知らなくて良い。
 だとすればこの時の私は多分、気紛れが過ぎたんだろう。


 本の頁をめくるように、ぱらぱらと記憶が流れていった。足音が聞こえる。ずっと聞こえていたんだ、私が聞こえないふりをしているだけで。


「あそこを出たかったのよ。息苦しかった」
「うん。なんとなく判るぞ」
「居心地が良すぎたの。私に対して優しすぎた」
「ふむ、それは判らんな」
「なんとなく、あそこにいては駄目だと思ったの。でも確かに私はあそこが好きだったのよ。だから決心出来なかった。私には理由が必要だった、この足を動かすに足りる理由が」
 それは嘘でも良かったし、まやかしでも幻でもでまかせでも良かった。私が意見を持つなら、あのひとが反対した事など一度もなかったのだもの。


 ――アリスちゃん。ここが魔界よ。貴方の新しいおうちはここ。困った事があったら、なんでも私に言って頂戴ね。



 ◆



「またユキちゃんとマイちゃんに泣かされちゃったんですって?」
「泣いてないもん」
「おめめが腫れてるわよぅ」
「泣いてないもん」
「あの子達もね、貴方と遊びたいのよ。ちょっとアリスちゃんには激しい遊びだったかもしれないけど」
「弾幕なんか知らないもん」
「そうね、貴方はこっちに来たばっかりだから知らないよね。怖かったわよね」
「ぐず」
「ユキちゃんとマイちゃんもね、まだ貴方の事を知らないから、どうしたら良いのか判らないだけなの。人間の女の子なんて、魔界に来るのは初めてだから」
「……ぐずぐず」
「魔界の事、嫌いになっちゃった?」
「ユキとマイは嫌い」
「あらら。ちょっと意地悪だもんね」
「夢子さんは怖い」
「そうねぇ、私もそう思う」
「でも神綺様は好き」
「わぁい。じゃあもうちょっとここにいてくれる?」
「うん」
「いつまでもここにいて良いのよ。いつまでも私は貴方の味方だわ」
「うん」


 そうね、神綺様。貴方はいつでも私の味方でいてくれたわ。
 今でも。



 ◆



「なぁ、アリス」
「うん」
「おまえはまだ、魔界、好きか」
 魔理沙が真面目な顔で私に質問するなんて殆どなかったから、少しだけ驚いた。「好きよ」、いろんな言葉が流れてしまう前に、短く答えた。
「そうか。私は前の家は嫌いだぜ」
「あぁ、そう」
「そこが私とおまえの違いだな。うん、似たもの同士じゃなかった」
「仲良く出来ないわね」
「おまえがそう言ったんだろ」
「そうね」


 私が魔界を出た理由は、突き詰めたら本当に些細な事で、私はそんな些細な事をずっと気にしていたのだ。魔界はすべてあのひとの創り上げたものであって、作品であって、同志であって、所有物であって、家族であった。私だけが違った。私だけが異物だった。勿論そんな事を気にしていたのは私だけで、だからこそ誰にも言えなかった。人間から魔法使いになった私。それでも魔界人には決してなれない私。魔法の国の、中途半端なアリス。
 私はあのひとの所有物になりたかった。
 もっと簡単に言えば。


 私は、あのひとの娘になりたかった。


「おまえ、好きなら里帰りとかしないの? 里帰りってのも変な表現だが、うーん。とにかく、おまえが魔界に行ってるの見た事ないんだが」
「そうね。久しく神綺様の顔は見てないかも」
「私みたいに未練がないならともかく、おまえは未練があるんじゃないの?」
「うん。ある」
 魔理沙はそこで首をかしげた。クッキーはもうなくなって(結局私は殆ど食べてない)、お皿にシロップの残りがへばりついている。
「でもまぁ、手紙をもらうから」
「神綺から?」
「そう。差出人を書いてない理由が判らないけど、とにかくそういう手紙が時々来るわ」
「ふぅん。お元気ですかとかそういう?」
「そういう」
「そろそろ暑くなってくる時期ですが、まだまだ夜は冷える日がありますので気をつけて。風邪などひきませんよう――、とか書いてそう」
「あんた、いつ読んだの?」
「まじかよ」
 けらけら、品もないけどあっけらかんと魔理沙は笑う。


 居心地の良すぎた、あまりにも不自然に良すぎた魔界には遠く及ばないけれど。ここの居心地も、そんなに悪くはない。妖怪も人間も幽霊も神様もごっちゃになって、そんな幻想郷が、きっと半端な私には似合っているのね。
 ねぇ、神綺様。私、それなりに幸せなんです。


「アリスちゃんが手紙の返事をなんて書くのか気になりますなぁ」
 にやにや、嫌な笑顔。
「何も書かないわよ」
「は? 何も? おまえ返事書かないの?」
「だって住所判らないし」
「は?」
「差出人が書いてないって言ったでしょ。私、住所とかよく知らない」
「おまえ今頃魔界では恩を仇で返す薄情娘って言われてるに違いないぜ」
「別に良いけど」
「んー、そうだ」
 にしにし、また嫌な笑顔。さっきとちょっと違うけど。これは碌でもない事を思いついた顔。
「返事書けよ」
「なんでよ。今までの私の台詞聞いてなかったの?」
「私が届けてやるから。魔界まで」
「ばッ……あんた絶対覗くでしょう!」
「何故ばれたし」
「普段のあんたの行動見てればすぐ判るわ」
「えー。名案だと思ったのになぁ」
「迷案だわよ」


 魔理沙とはその後しばらく喋って、夜も更けた頃に魔理沙は帰っていった。
 最初からいなかったみたいに、ふいといなくなるのだった。前置きもなく、挨拶もなかった。それが平生の事だった。どうせまた気が付いたら隣にいるんだろうから、逐一言葉なんか必要としていない。


 食器を片付けてから、今朝ポストに投函されていた手紙を読み直した。いつも通りの、なんでもないような手紙。挨拶から始まって、何気ない近況の事、私を心配する文句、そして〆も挨拶で終わる。
 魔理沙と挨拶は必要ないけど。神綺様とは、挨拶が必要だった。


『寂しくはありませんか。寂しくなったらいつでも帰って来てください。私は実を言うと、ちょっと寂しいのです。』
「寂しくないわ、神綺様」
 魔法の国のアリスは、幻想の国で、居場所をなんとなく見つけたのだから。空気みたいな、いつの間にかいていつの間にか消えるような、そんな存在の隣に。
 返事を書こうかな、と思った。そうしてそれを魔理沙に手渡してもらおう。見られてもまぁいいや。


 幻想の国のアリスに家族はない。魔法の国に、確かにあったから。










おわり
魔理アリを書こうとしたら神アリだった件について
過酸化水素ストリキニーネ
http://sutomagu.web.fc2.com/
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
とっても良かったです!
神アリもっと増えろ!!!
2.名前が無い程度の能力削除
家族と認められていることを認めるのを躊躇した幼いアリスの心境を思うとホロリときますね。
むかしむかしの話も読んでみたいと思いました。
3.名前が無い程度の能力削除
短くすっきり読めました。
4.名前が無い程度の能力削除
空気みたいな存在って良いですよね。
なんだかあったかい気持ちになりました。
5.名前が無い程度の能力削除
魔理沙とも神綺様とも一定の距離を置きつつも、そこに思う所があるアリスが好印象でした。ベタ甘なのも嫌いじゃないですが、こういうのも悪くない。

このアリスが書いた手紙を是非読んでみたい所です…
6.名前が無い程度の能力削除
神アリでおkェェエエェエッ!!
アリスかわいいな…しんきさまかわいいな…
ごめん魔理沙、でも神アリはよいものだ…
7.名前が無い程度の能力削除
これを読んだら魔界勢とアリスの絡みがもっと見たくなったぞ!
8.水鳥削除
ありがとう実はマリアリ教徒なんだ
9.名前が無い程度の能力削除
暖かいなぁ。アリスさんもっと素直になってもいいのよ。
10.名前が無い程度の能力削除
距離感素敵。魔理沙も神綺様も。
こういうマリアリとか神アリもっと増えろ。
11.名前が無い程度の能力削除
マリアリの雰囲気よかったです。
12.Admiral削除
神アリ最高!
13.名前が無い程度の能力削除
家族モノっていいですよね。
心が温かくなりました。