Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

尼僧の異常な愛情、またはワシは如何にして心配するのをやめて彼女を求めるようになったか

2010/04/16 19:36:28
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「おいネズミ、てめー姐さんのブラジャーパクっただろ。毎日欠かさず姐さんの下着入れチェックしてる私だからわかるんだぞ。今すぐ返せばバレないように戻しておいてやるからホラ、返せ。この私が責任もって戻してやるから今すぐ返せ――」
「君には一つ当たり前の理屈を教えてやる。悪が悪を信用するのは互いの利害が一致しているときだけだ」
「――って雲山が言ってる」
「雲山が言うなら仕方ないな、返す。くれぐれも着服するんじゃないぞ」

 私は姐さんのブラをポケットに納めた。戻すとは言ったがいつ戻すとは規定していないという理屈を盾にして墓まで持ってくつもりである。

「おい村紗、てめー姐さんに色目使ってんじゃねえぞ。風邪引いたとか抜かして姐さんの気を引こうとしやがって、おかゆの調味料に唾液要求する病人がどこにいるってんだファック――」
「何か文句があるのでしたら碇でお伺いしますけど」
「――って雲山が言ってる」
「雲山が言うのでしたら仕方ありませんね。これからは自重することにします」

 カップ麺の具よりもスカスカ脳みそなコイツのことだからイマイチ信用できないのだが、これでひとまずは安心していいだろう。

「おい星、てめー一番背ぇ高いくせにやることなすこと可愛すぎるんだよこのド天然が、日がな一日中姐さんの母性本能を刺激しまくりやがって。姐さんがてめーを愛でてる間に私はハンカチを百枚単位で噛みちぎってんだぞ。ふざけやがってパンツ脱げ、ぶった切ってハンカチの代わりにしてやる――」
「そ、そんなムチャクチャな……」
「――って雲山が言ってる」
「雲山が言うなら仕方ありませんね(ぬぎぬぎ)あ、はいてませんでした」

 はいてないならどうしようもないな。

「おいぬえ、てめー新入りのくせしてキャラ立ちすぎだろふざけんな。てめーにどんだけ私の信者が持ってかれてると思ってやがんだ。今すぐ出て行け、じゃなきゃニーソ脱げオラ――」
「あんたの思考回路が正体不明」
「――って雲山が言ってる」
「雲山が言うなら仕方ないわね(ぬぎぬぎ)はいどうぞ」

 予想外の高値で売れたものだから空気がウマイ。

 利用できるものはとことん利用するってのが処世術の本質であるからして。
 ない信用は、あるところ(頑固一徹、昭和の良心、頼れるみんなのお父さん)から持ってくればいいのだ。
 やることやったし気分は爽快。新品の空が青い本日はまさに絶好の犯罪日和。

 おらオッサン、空気に化けろ。河童からパクってきたこのCCDを姐さんのスカート内部にだな――

『これ以上悪事の片棒は担げませぬ……しくしく……』

 そんなこんなで雲山が家出した。面倒くせーオッサンだ。
 筋肉ダルマみたいなナリしてその実は誰よりもナイーブ。ギャップ萌えのつもりだろうか。
 納豆詰めてサウナに放置した靴下みたいな臭いがするって指摘してやったら一年ぐらい姿を消したことがあったような気もするが忘れた、今忘れた。

 さて困った。
 身軽は身軽だが、いざというときに誰かに責任転嫁できないってのは極めて不都合。
 リスクを背負わずおいしいとこだけ持ってくのが悪(恋路)の常道なのである。

 後釜を探さねばなるまい。
 面倒くせーから適当に、あのオッサンの妹あたりで妥協してやろうか。色白ポニテ、ちょっと生真面目な世話焼き気質、委員長メガネがよく似合う、七メートル。
 名前が終わってなければアリだったのだが、雲子て。
 ないわ、と切り捨てた私は、どうしたものか、と腕組んで人里を歩く。

「おじさーん、もうちょっとオマケしてよぉ」
「いやいや妹紅ちゃん、これ以上はちょっと……。おじさんも生活があるからねえ」
「もうちょっとオマケしてくれないとおじさんの嫁が爆発しちゃうよ――」
「ハハハ、そんな馬鹿な」
「――って慧音が言ってた」
「け、慧音先生が言うなら仕方ないな、七割引でどうだい」
「もう一声!」
「ええい、もうタダでくれてやる! 店の権利書も持ってきな!」
「わーい! 楽して不動産げっと! 地上げ屋さんに売り飛ばして豪遊!」

 良いネタ見ーつけた。





「というわけで私の新しいバディになれ」
「アタマ大丈夫か君」

 画鋲握手のご挨拶を軽くスルーされる。これでのっけからお互いの立場ってものをわからせてやろうとしたのに残念だ。
 この女教師、雲山よりもよっぽど利用価値がありそうだから何としてもモノにしたい。
 えっちなDVDに無報酬で出演させておけば一年で豪邸が立ちそうだ、ショボイお寺なんざ今すぐ廃業して、姐さんと私だけの愛の巣を造ることができる。
 一姫二太郎。
 そんなこともまぁ、ヤればできるだろう。
 という算段がヨダレと共にそのまんま口から飛び出していたらしい。私としたことがはしたない。

「……君はちょっと危なっかしすぎるな、ちょうど次は道徳の授業だ。世の中の理というものを学んでいくといい」

 世の中の理? つまり姐さんのことか。

「ジョージ・ワシントンは少年時代、父親が大事にしていた桜の木を誤って斧で切ってしまった。彼は怒られるものと覚悟して、自分の過ちを父親に正直に告白したのだが、父親は怒ることもなくジョージを褒めた。さてみんな、どうして父親はジョージを褒めたのかわかるかな?」
「はいっ!」
「太郎君」
「ジョージが正直だったことがお父さんは嬉しかったからです!」
「うむ、正解だ。いいかいみんな、正直であるということは人間の持つ美徳のなかで何よりも尊重すべき――」

「ちげーよ、姐さんがたまたま近くを通りかかって『あらあらうふふ』と微笑んだからだっつの」

 窮屈な机の上にどっかりと両足を乗せた私は耳の穴に小指をつっこみながら世の中の理を知らぬジャリどもに軽くご教授してやることにした。

「耳の穴かっぽじってんのは私だが耳の穴かっぽじってよく聞けてめーら。姐さんの笑顔の前では誰もが狂信者(ファナティック)、でなければ虚無主義者(ニヒリスト)と化す。姐さんの笑顔の前では怒りも怨みも妬みも悲しみもありとあらゆる感情が無力で無常で無価値だ。涅槃とは姐さんの唇と同義であり、厭離穢土とは姐さんの胸に頂かれたそのときから始まり、欣求浄土とは即ち姐さんの膝枕を求めることに他ならない」

 隣で棒立ちのガキんちょに狙いを定め、ふぅっと小指に息を吹きかけて耳垢を飛ばす。

「わかったかオラ、わかったら姐さんを敬うと誓えガキども」

 がしがしと椅子を蹴飛ばす。

「せんせー……この尼さんこわーい……」
「うむ、こういう大人になってはいけないぞみんな」

 私の崇高な教えを反面教師の教材扱いするとはケンカを売られてるとしか思えない。だが揉め事は大好物。

「闘りましょう、どちらかの首がスッ飛ぶまで。指がちぎれても腕がなくなってもリタイアは認めない」

 チャクラムに舌を這わせながら私は宣戦布告した。思えばこの子ももうずいぶん長いこと血を吸っていない。
 ひぃ、とドン引くガキどもの青ざめた顔が実に甘美。

「君の寺……命蓮寺といったか。悪事を働いているわけでもないようだから黙過していたのだが、どうやら私の目が曇っていたようだな」
「なんですって?」
「君のように獰猛な妖怪を擁する寺を放置しておくわけにはいかぬ。……いいだろう、君についていこうじゃないか。悪を正すのは里の守護者、そして教育者たる私の使命だ」
「へぇ、動機はさておき、ものわかりがよくって助かるわ」

 にわかに教室中がざわめく。

「せんせー! 行っちゃだめー! せんせーが触手的な何かでくんずほぐれつされちゃうー!」
「その豊饒な穂波のように艶やかな肌の上を暴虐の指がねっとりと這っちゃうー!」
「やがてせんせーは快楽と怠惰の汚泥のなかで自分を見失っちゃうー!」
「心配するな皆、正義は負けないんだ、ってドサクサにまぎれてどこを触っているんだ君、たとえ私が斃れたとしても、私の教えた正義は君たちの胸の一つ一つに、私の胸はいいから君、正義は君たちの胸に根づいているのだからな」

 涙ながらに熱い抱擁をかわす師弟たちを私は鼻でせせら笑った。
 正義? そんなものは、姐さんの微笑の価値の一分一厘にも満たない。





「おい星、今この場でマタタビに酔った猫のマネをしろ――」
「いや、私にもプライドというものがありますから。そもそも私は猫ではなくってですね……」
「――って慧音が言ってる」
「にゃーん、ごろにゃーん」

 ノータイムでデレに入る星。
 教職者の威光、やはり雲のオッサンなどとは格が違う。

「馴染む……ああ、あなたは実に馴染むわ」
「こうして常日頃から洗脳を行っているのだな。脅迫観念を刺激することによって自分で考える能力を奪う。カルト教団によくある手口だ、ますますもって放ってはおけない」
「にゃーん、にゃぅん……」
「しっしっ」

 切なげな顔で足元に絡みつく星がうっとうしいので猫じゃらしを投げて追い払った。
 その猫じゃらしを空中でキャッチする手はアラバスターホワイト。

(姐さん)

 反射的に身体の奥底が疼くのは生理現象ってものである。
 姐さんは慧音に、雛菊の花弁のような睫毛に包まれたその瞳をお向けになって、

「あら一輪、お客様ですか?」
「いえ、私の新しい従僕(スレーブ)です」
「はて、雲山はどうしましたか?」
「積乱雲を豊満なメス入道だと勘違いして追いかけていきました。『あのデカビッチ! またぐら開いてこのワシを誘っておるわッ!』とかスゲェ興奮してたんで今頃はきっとアメリカ西海岸あたりでしょう。サカリのついた入道とかお寺の評判を下げるだけなんでクビです、クビ」
「あらまぁ、でも雲山もお年頃ですから仕方ありませんね……」

 私のような悪党の言葉を姐さんは微塵も疑わない。貴様らにその真意が理解できるか? 不可能だろうな、地を這うミミズが鳳の気持ちを知ることなどできない。
 姐さんは慧音に向き直って、胸の前で両手を組み合わせて首をかしげた。祈祷僧のような神聖さすら感じさせる、だけどどこか少女めいた風情で、

「ともかく、ようこそ我らが命蓮寺へ。歓迎いたしますわ」

 にっこり。
 見たか? 見たなこの笑顔。見たヤツはエンピツでも消しゴムでも百科事典でもなんでもいい、適当な得物をとって速やかに自害しろ。この笑顔は私だけのものだ。

「む、む……。いっておくが私は入信しに来たわけではない。悪を正しに来たのだ」
「悪? 我らが命蓮寺が悪だとおっしゃるのですか?」
「彼女を見れば明らかだろう」

 失敬な目線を私に送る慧音。

「そんなことありません、一輪は誰よりも純粋なだけなのです」

 さすが姐さんはわかっていた。感涙にむせぶ私に慧音が水をさす。

「信用できんな、身内のやることは甘くみてしまうのが人情というものだろう。私だってそうだ。教科書を官能小説とすりかえて私に朗読させてみたり、教室中の椅子をスケベ椅子に変えてみたり……生徒たちのその程度のセクハラ、いや、イタズラは可愛いものとして見すごしてやりたい。だが私は心を鬼にして正義の鉄槌を下す。そうしないと彼らはいつまでたっても自分の過ちに気づかないからだ」

 青臭い教師の信念を語る慧音。こんな戯言にも神妙に耳を傾ける姐さんが神々しくってしかたない。

「なるほど、おっしゃりたいことはよくわかりました。これは一度、腹を割って話し合う必要があるようですね」
「いいだろう、できることなら話し合いで正したいと思っていたところだ。暴力で正した道など往々にして歪んでいるものだからな」
「まったくその通りだと思います。……一輪、すこし席を外して頂けますか?」
 
 不安だ、姐さんの前にこんな蠱惑的な肉体を放置していくなど。

「承知いたしましたわ」

 けれどさすがの私も姐さんの申しつけには逆らえない。
 しかたないので私はすっと客間のフスマをしめてからクラウチングスタートをかけて猛ダッシュした。転んでもタダでは起きないのが本物の悪(恋する乙女)ってやつだ。
 目指すは姐さんの私室。今ならまだ姐さんの残滓――香りと温もりが寝具に残っているはず。
 ほとばしるヨダレを無視してスパァンと収納を開け放つ。当たり前のように先客がいた。

「ネズミ、貴様――」

 ネズミは面倒くさそうに、姐さんの布団にうずめていた顔をあげ、

「断りもなしに人の至福の時を乱すのが君の礼儀か? ……ああ、鼻息を荒げるのはよしてくれ、この聖域にあって君の呼気など穢れ以外のなにものでもない。そもそも押入れだけではない、少しは地球に遠慮してみたらどうだ? 酸素だって無限ではないんだぞ」
「歓喜なさい、てめーの安い命一つで礼儀ってものを教えてもらえるのだから」

 山一つ吹き飛ぶほどの死闘をドローで終えて客間に戻ってきた頃、寺には西日がさしていた。
 そろそろあの女教師も姐さんの魅力にあてられて改宗している頃だろう、とか考えながらフスマを開ける。

「ふむ……ようするに目指すところは人と妖怪の共存、ということか」
「はい、そのためには大海を照らす灯台のように、誰よりも寛容な精神をこの私が示し続ける必要があるのです」
「言うは易しだ、罰するよりも許すことのほうが難しい」
「正道を踏み外した人妖の罪は私が背負いましょう。そのために私はこの身を御仏に捧げているのです」
「理想は理想でしかない。あなただって無限の存在ではないのだ、御身が滅んだ後はなんとする? 熱しやすく冷めやすいのが人の心だろう」
「たとえその道の途中で私が滅ぶとしても、この寺を旗印に、我が志は受け継がれてゆくものと信じています」
「信じるのは簡単だ。都合の悪いことから目をそむけ、口当たりの良い大儀だけを見ていればいいのだからな。だがそれを何と呼ぶか知っているか? ――そう、妄信だ」
「いいえ、そうではありません。なぜならこの通り、幾千の時を経て、我らはこうして再び集うことができました。それが何よりの証拠なのです」
「…………」

 厳めしいツラで口を閉ざしていた慧音が、ふいにほほえんだ。

「いや、ハハハ……」

 理解、そして共感、たしかなシンパシィ。その全てをあますところなく表現する微笑。

「色々と無粋なことを訊いてしまって失礼した。……あなたは私と同じなのだな。個を捨て、大儀にその身を尽くそうとしている」
「えっ……」

 姐さんがかすかな驚きの表情を見せた瞬間、私の身をすさまじい悪寒が襲った。イイ雰囲気、そしてヤな予感。

「理解していただけた、と考えていいのでしょうか……」
「協力しよう、私にできることなら」
「……!」

 夕暮れどきの公園で、初めてのお友達に出会った少女のように、慧音の手をとる姐さん。
 慧音もまた、ぎゅっと姐さんの手を握り返す。私の姐さんの、やわらかな手を。

「白蓮殿は……早朝の泉のように透き通った瞳をしているな。だけど私は感じる、その水底に潜んだ慈愛の間欠泉を……」
「そんな、お戯れを……」

 見つめあう。視線を通して互いの熱を交換するかのように。そして二人はメルティングホワイト――。

(させない)

 私は時空を切り裂き、宝物蔵に右手をつっこんで得物を取り出した。
 転瞬の間に、二尺三寸井上真改の居合いを放つ。が、慧音の首に届く前に、天井裏から落ちてきた碇に邪魔をされた。
 わずかに開いた天井のスキマからのぞいている視線をにらみつける。
 なぜだ村紗、こいつは共通の敵であるはずだろう。

(見守る愛もまた存在するのです)
(ふざけろッ! てめーはそういうプレイを楽しんでるだけだ!)
(かわいそうな人、嫉妬に打ち震える悦びを知らないのですね)
(てめーの性癖なんかきいてねえッ!)

 走り出す。だが天井からドスンドスンドスンとアラレのように降り注ぐ碇に道を遮られる。
 そうこうしている間にものすごい勢いで互いの距離を縮める姐さんたち。

「む、む……白蓮殿は良い匂いがするな。お母さんの匂いだ」
「うふふ、もっと甘えてくれてもいいのですよ?」

 縮めるどころか一瞬にしてくっついてる。出来の悪いラノベもびっくりの超展開だ。
 もはや一刻の猶予もない。私は跳躍して、持てる限りの暗器をブン投げようとした。だができなかった。肉体の自由がなかった。
 尋常でない腕力で羽交い絞めにされている。背中にあたる感触はウチの寺では珍しいぐらいの貧相さだが、ネズミにこれだけの膂力はないはず。

「――ぬえ! 貴様ッ! 何の義理があって!」
「そうね、たしかに新参者の私が聖の恋路を助ける義理はないわ」
「だったらこの薄汚い手を離しやがれッ! ぶった斬って死蝋にして姐さんと私の恋占いに使ってやる!」
「栄光の手(ハンズオブグローリー)……尼のくせに悪趣味なのね。悪趣味だなんて私が言えた柄ではないかもしれないけど……」

 ぬえは背中から私の耳を食むように、妖艶にささやく。

「……一度でいいから見てみたかったのよ、あなたみたいに強がっている妖怪が絶望に打ちひしがれる様を……」
「貴様っ、貴様あああああッ!」

 渾身の力を振り絞る。けれど一手遅かった。

 ――ぼふっ、もにゅっ。

 もう辛抱たまらん、とでもいうように慧音は姐さんの胸に顔をうずめた……。

「びゃくりん♪」
「けねぽん♪」

 姐さんが愛称で人を呼んだ。――私の目の前で。
 その事実が、私の視覚と聴覚をイビツにねじまげる。客間の柱は高らかに笑い、畳は泣き叫び、やがて鉄錆に覆われて腐り落ちた。
 キシキシと、世界が、狂乱の音とともに崩壊していく――。



――



 ワシは命蓮寺の回廊の角で膝を抱えてうずくまる一輪殿を見つけた。
 その顔を確かめずともワシにはわかる、彼女は尾羽打ち枯らした浮浪者のように憔悴しきっておった。
 ワシがキャデラックを乗り回しながらおねーちゃんのホッペタを札束で叩いている間に、いったい何が彼女をそこまで追い詰めたのじゃろう。

「しくしく……姐さんが、姐さんがぁ……しくしく……。胸かぁ……やっぱり胸なのかよぉ……E未満はスタートラインにすら立てないってのかよぉ……」
「…………」

 長年つきそった仲であるわけだし、無論、気になりはした。
 そろそろ古巣が恋しくなってきたというのもあるから、元の鞘におさまることを考えないでもない。

「一輪殿……」

 ぴた、と震える肩が動きを止める。しばし、静謐なときが流れた。
 いかに口下手なワシといえども、ちょっとした慰めぐらいのことはいえる。
 だけれども元はといえば一輪殿がフリーダムすぎたのがいけなかったわけで、恋する乙女は盲目だからって限度ってものがあるわけで、ワシ、どうしても素直になれない。

「いっ、一輪殿がどうしてもっていうなら戻ってきてあげないこともないんじゃから……」

 ちょっと裏返り気味の声だったのが恥ずかしくって、ワシはそっぽをむいた。

「雲山、あなた……」

 はっとして顔をあげた一輪殿の下睫毛は、庇を伝う雨露のように濡れておった。それはさながら母親に叱られた童女の顔であった。
 ふいに、懐かしい記憶がワシの乾いた胸に蘇る。心を潤してくれる、珠玉の思い出じゃ。

『うんざん! あなたうんざんっていうのね!』
『…………』

 あの頃のワシはいささか荒れておった、いわゆる反抗期というやつだ。
 リーゼントに長ランにティアドロップ型のグラサン、とバリバリのツッパリハイスクールロックンロールであったのだが、入道第三高等学校では『ソフトクリーム』呼ばわりのパシリ扱いで……おっと、己の恥部をさらけ出すのは程ほどにしておく。

『そんな怖いお顔してないで、わたしといっしょに遊びましょう?』

 ゆえにそのときのワシ、すごく困った。街角の公園で童女と戯れるなど、誰かに見られてしまえばツッパリとしては終わったも同然じゃ。

『ね、ね、うんざんはどんな風に鳴くの?』

 おそらくは、素敵で不思議な童話に出てくるファンタジィの生き物か何かと勘違いされておったのじゃろう。
 ワシは大人げなくも、いつものごとくメンチをきりながら怒鳴りちらして追い払うことを考えた。
 さりとて少女の夢を無為に壊すのもまた忍びなかったワシはついつい、即興の鳴き声をあげてしもうた。

『う~~ん~~ざ~~ん~~っ!』
『まぁかわいい! ねぇねぇ、お友達になりましょう?』

 以来、思春期のちっぽけな意地に凝り固まっておったワシの心は、幼き一輪殿とともに日々を過ごすうちに、しだいに解きほぐされていったのである。

 陳腐なエピソードだとは己でも思う。郷愁などとは無縁な一輪殿は覚えてもいないのじゃろう。
 さりとてワシには決して忘れえぬ、宝物のような記憶であった。

 弱りに弱った今の一輪殿は、あの頃の一輪殿と一緒じゃった。
 その涙が、悲しみが、彼女の身に染みついた俗な心を洗い流し、汚れを知らぬ無垢な少女の身に戻してくれたのだ。ワシはそう信じた。

「こんな私の元に戻ってきてくれたのね……」

 一輪殿は、ひっくひっくとしゃくりあげながら立ち上がり、ワシに歩み寄る。
 その両手は小刻みに震えておったわ。ワシにできることならその震えを止めてやりたいと思ったわ。
 しかしワシはこう見えて意外とあまのじゃくなところがあってじゃな、そんな風にあからさまに喜ばれると、ちょっとイジワルなこととか言ってみたくなっちゃう。
 拒否るフリとか、してみたくなっちゃう。

「べっ、べつに一輪殿のために戻ってきたわけじゃないんじゃから。勘違いしないでよねっ」

 一輪殿は涙をぬぐってからにっこりと微笑んで、ほんのりと赤く染まったワシのホッペタに全体重をのせた右ストレートをぶちかました。
 これでもかってぐらい腰が入っておったわ、ワシは親の仇かってぐらい捻りが効いておったわ。
 されど街角に舞う新聞紙のようにワシをスッ飛ばしておるのは物理の力ではない、世を憎む忌まわしき呪いの力じゃ。
 お寺の塀にめりこんで、人型ならぬ雲型を作ったワシに、一輪殿は踏み潰された渋柿を見るかのような一瞥を送り「ペッ!」とツバを吐いた。

「元はといえばてめえのせいだろうがクソッタレ」

 そ、そうじゃったろうか。
 なんだかものすごく理不尽なことを言われている気がするのだけれど、ホッペタに残る甘い痺れのせいでワシは真っ当な思考回路を失ってしまっていた。
 気づけばワシは一輪殿の足元――固い土の上で、ものの見事な土下座をキメておる。

「いやもうホントどこまででもついてきます」
「駄犬、それ以外の選択肢があるとでも思ってんのか」

 ドスンドスンドスンと一輪殿はワシの”上”を歩いた。
 どこまでも無遠慮で可憐な重みにワシはひどく興奮して、夏場の大型犬のようにハァハァと荒い息を吐いた。

「め、滅相もございませぬ……もっとしてください……」

 ワシはすべてを思い出した。そう、ワシはこういう扱いを受けるのが恋しくなってこの寺に戻ってきたのだ……。
 暴なる魅力。誰にも理解はされまい。だが、それでいい。ワシ一人が理解しておればそれでいいのだ。

 ふと見やれば一輪殿は崩れかかった塀に立ち、遠くを見ておった。
 夜の闇に侵食されて境界を失いつつある稜線を見ておった。橙と黒が渦をなすそれは、世界の終わりと始まりを想起させる光景であった。

「どこへ向かおうというのですか……」

 ワシは曖昧なことを訊ねた。
 一輪殿は、この夕暮れをしっかと見つめているようでいて、その実はここでないどこか違うレヴェルの世界を見つめているように見えたのだ。

「……くすっ」

 ワシの問いにひとまず微笑で答え、やおらに頭巾をとる一輪殿。青く、長い髪が、生暖かい風になびく。

(おお……封印を……)

 瞬間――彼女が何か別の生物に変貌したかのような錯覚を覚えた。
 短くない時間を生きたこのワシが、いまだかつて味わったことがないほどの妖力と欲望の奔流は、決して錯覚ではあるまいが。

「うふふ……」

 悪魔の黒翼を模すかのように両腕を広げ、一輪殿が――魔王が――ルシファーが、その目的を発露する。
 それはこの幻想郷に向けて宣言するかのような言葉であった。

「滅ばすのよ、この世界を。そして再構築するの、私と……姐さんだけに優しい世界に……」
「な、なんと……」

 ドォン……。
 ドォーン……。
 ワシは号砲のような轟きを山の端に聞いた。その砲を手にするのは天使か、それとも悪魔か。

「その汚らわしい瞳に刻みつけておきなさい、雲山。そして感謝なさい、世界の夜明けに立ち会えたことを。ここから……全てが始まるのよ!」

 万軍を指揮するコンダクターのように、一輪殿は右手で四拍子を、左手で三拍子を刻み始めた。
 混沌を体現したかのようなポリリズムはやがて十二で交わる。
 刹那――大粒の霰が幻想郷に降り注いだ。されど一輪殿にはその飛礫が一粒たりとも降り注ぐことはない。

「おお……なんと禍々しい……」
「アハハハハ! 絶景じゃないのッ!」

 ヘドロのような雷雲が天と地を閃光で切り裂き、一輪殿の征く道を祝福している。

 とまどいながらもワシの心は既に決まっておった。
 その背中を追おう、どこまでも。
 比類なく無慈悲な鉄拳のご褒美を、頂戴せんがために。


 完


 
 
「あら一輪に雲山、おでかけですか?」
「ええ、ちょっとそこまでこのオッサンを利用した水爆の実験に――」
「めっ!」

 す べ て 解 決 !
 
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コメント



1.名前が無い程度の能力削除
何この…何?
2.名前が無い程度の能力削除
どうしてこうなった・・・・・・
3.名前が無い程度の能力削除
間違ってたのは私じゃない!世界の方だ!!
4.名前が無い程度の能力削除
雲子www

もう、つっこまなくていいよね…
5.奇声を発する程度の能力削除
カオスwwwww
6.名前が無い程度の能力削除
さて、どこからつっこんでほしいか言うが良い
7.名前が無い程度の能力削除
名前がなんだ!...ということで雲子は私がもらっていきますね。
8.名前が無い程度の能力削除
後半の濁流の如きカリスマに心身を攫われた私は、もう一輪様を只々信仰しその御美足で踏んで頂く道しか歩むことが出来ぬ!
でも一輪様って聖に帰依してなかったっけ?
つまり聖>一輪様>>>>>(超えられない壁)>>>>>その他

聖のおかげで す べ て 解 決 !
9.名前が無い程度の能力削除
水蒸気爆発かよwwwwwwwww
10.名前が無い程度の能力削除
一輪様、ありがとうございます。私財は全て失いましたが、おかげでぬえ嬢のニーソを入手出来ました。
送られて来たニーソが股引になってたり、送り元が永遠亭になってたりしましたが、私は元気です。
11.名前が無い程度の能力削除
一輪の新たな魅力に気付かされてしまった。
尼さんでさでずむとか素敵ですね!
12.名前が無い程度の能力削除
この文章にはまともな思考が一文字も入ってないな!
13.名前が無い程度の能力削除
なんだろう、この、虚無感にも似た爽やかさは
14.名前が無い程度の能力削除
こんな一輪さんなんて……ありだ!
15.名前が無い程度の能力削除
流石忍者
16.名前が無い程度の能力削除
解脱しました
17.名前が無い程度の能力削除
ブラックラグーンのレヴィみたいだな一輪さん。
モブの寺子屋の生徒から一見まともに見える慧音まで全員ぶっ飛んでるとは恐れ入りました。
18.名前が無い程度の能力削除
なんだこれ

なんだこれ
19.名前が無い程度の能力削除
ここが あの 幻☆想☆狂 ね!
20.名前が無い程度の能力削除
船長が元ヤンから現ヤンに…ッ!(病んでる的な意味で
21.名前が無い程度の能力削除
「めっ!」万能説

これはひどい
22.名前が無い程度の能力削除
ナズーリンほんと面白いわ。