Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

望むところよ

2010/03/02 21:19:59
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「望むところよ」

 一枚のうすい便箋を睨みつけ、八意永琳は静かに呟いた。
 いつも冷静な瞳は熱に浮かされ、闘志を滾らせるその様は異様なオーラを醸し出している。
 誰の邪魔も入らないよう、いつもはかけることのない鍵を厳重に締めた研究室。決して誰にも知られることのない戦いが始まろうとしていた。



「また来たの?」

 私が大図書館を訪ねると、パチュリー・ノーレッジはその青白い顔をあげ、小さく呟いた。いつもの通り、安楽椅子に身を委ね、膝の上には大百科とも見まがう分厚い本が開かれている。

 本当に彼女はたまらない。
 外見年齢は十を少しばかり過ぎた程度か。綺麗に切りそろえられた前髪の下、表情に乏しい相貌はそれに似つかわしくない幼さを多分に含んでいる。それでいて、人外の存在にありがちな、悟りきったような生意気ささえ感じさせる物言いは背伸びした子供のようで愛らしい。
 けれども、不意をつかれた時の表情や、ごくたまに小さく口元を綻ばせた笑みは、外見相応で、普段との落差で破壊力が半端なものではない。そういった違いはいつでも自然体の輝夜とは違って新鮮で、もうこみ上げる赤いアレを堪えるのが辛いほどだ。
 長く伸ばした髪は、無駄を嫌う彼女らしくなく、よく手入れがされていて、つい手にとって匂いをかぎたくなる。西洋の香草の不思議な香り。
 左右ひと房ずつとってまとめたその髪を結んでいるのは魔法具だという赤と青のリボン。その配色は私の看護服とお揃いだった。これは、きっと俗に言うフラグというやつに違いない。考えてみれば、赤と青、混ぜれば紫になる。
 喘息対策のためか、寝巻きにも見えるほどゆったりした服に包まれたその身体はやはり幼い。彼女の不健康さ加減を表すかのようにひどく華奢で、いっそ貧相と言ってもいいほどだ。だが、それがいい。いや、よくないけど。
 もう何年も日に当たっていないという青白い肌も、聡明そうな紫水晶の瞳も、折れそうな手足ももう何もかもがたまらない。

 もっとも、だからと言って手を出したりはしない。紳士、もとい淑女としてのたしなみだ。
 それ以上に彼女が私の患者であるならば、誠実に接するというのが私の規則。それを覆すことはしたくない。ただ、診察の際、その肌に触れる機会があるだけだ。
 もちろん下心はない。ないんだもん。

「こんにちは、調子はいかが?」
「変らないわ。相変わらずよ」
「そう、それは何よりね」

 私のかける言葉に素っ気なく返事をする彼女。それはいつものことなのだけれど、今日はいつもと様子が少し違っている。どこか落ちつかなさそうに視線を彷徨わせている。

 どこか調子が悪いのだろうか。
 浮ついた気持ちを引き締め、考える。
 持病だという喘息に貧血、ビタミンA欠乏。それらを除いても、少し外出すればその夜熱を出す、急な気温の変化があれば風邪をひき、運動などしようものなら筋肉痛で寝込むような虚弱体質の彼女のこと、いつ体調を崩していても不思議ではない。
 まあ、そもそも肉体の煩わしさから逃れる捨虫捨食の術を使っていてなお、その体質だということ自体が不思議なのだけれどね。彼女を診るようになってから、しばらく経った今になってもその原因は解明できていない。この私にもまだ分からないことがあるなんて、世界は広い。

「それにしては元気がないみたいだけど」
「……別にいつも通りよ」

 ややあって答えるその声は普段以上にか細い。伏せた瞳の下の頬に僅かに朱がさしていた。元が白い分、それは如実に表れる。

 ちょっと失礼、と声をかけて、作り物めいた細い首筋に右手で触れる。

 ふむ。
 すべすべした感触が……違う、熱はないようだ。むしろひんやりしている。
 一体、どうしたのかしら。
 きまり悪そうに目をそらすパチュリーの幼い少女らしい仕草は私の母性をくすぐってやまない。

「熱なんかないわよ」
「そうみたいね、よかった」

 触れていた手を離し、その頭を撫でて、私は心から微笑む。
 元気だというならそれに越したことはないのだから。
 しかし、なぜか俯くパチュリーの頬は赤みを増している。

「パチュリー?」
「永琳」

 彼女にしては珍しく勢いよく顔をあげて、私の名を呼ぶ。
 普段決して合わせようとしない瞳に強い決意を宿らせて、見上げるようにして私の目を見つめている。
 え?どういう状況?
 ものすごくすてきな予感がするんですけど。

「これを、受け取ってもらえる?」

 そうして本の間に挟んでいたらしい白い封筒を差し出してくる。その白い指は僅かに震えていて、彼女の緊張が伝わってくる。

 あら?あらら?
 もしかして、もしかしなくてもこれはあれですか。例のあれですか。
 月にいた頃、何度も体験した状況を思い出す。弟子の姉妹に、飼っていた兎に、見知らぬ少女に同じように手紙を差し出された時のことを。
 
「え、ええ」

 平常心、平常心、と自分に言い聞かせてそれを受け取った。宮仕えの長い私は、感情を表に出さずに人と接することに慣れている。なんとか、いつもと変わらぬ冷静沈着、何を考えているのかよく分からない八意永琳を取り繕うことが出来た。
 パチュリーはそれを確認すると、表情をかすかに和らげて、すぐに少し焦ったように本に目を落とした。やばい、可愛い。

「あの、パチュリー?」
「……なに」
「これは……」
「見ればわかるでしょう?手紙よ」

 先ほどまでの様子はどこへやら、いつものようにそっけない言葉使いに戻っている。
 しかし、私の慧眼はその耳がほんのりと赤く色づいていることを見抜いていた。

「開けてもいいかしら?」

 その様子があまりにも可愛らしくて、答えを分かっていてわざとそう尋ねる。
 少しの嬉しさを含ませつつ、めずらしいわね、何かしら?と首を傾げてみせた。
 いつも自重してるわけだし、たまにはいいわよね?

「やめて、恥ずかしいから」

 決してこちらに目を向けようとせずに、固い声でぼそぼそと呟くパチュリー。
 私がどう言おうか迷っていると、重ねて早口で言葉を重ねてくる。

「……家で読んで?」

 たまらない。
 思わず、衝動的に彼女の髪を撫でる。変わった形の帽子を被っているため、後頭部から背中にかけてを、繰り返し梳くようにして。
 パチュリーは、決して顔を上げないまま。私の手を受け入れてくれる。次第に強ばっていた背中が弛緩するのが分かった。

「わかったわ、家で読ませてもらうわね?」
「……ん」

 安心させるように微笑みかければ、小さく頷く。
 抱きしめたくなる衝動に耐え、極めて瀟洒に私はパチュリーの前の椅子に腰を下ろす。
 そうして、この話はおしまいね、と暗に伝えるために、まったく別の話題を振る。
 それこそが、大人の振る舞いというものだろう。

「さてと、この間借りた童話、輝夜もうどんげも喜んでくれたわ。ありがとう」
「そう?」
「よかったら、また似たようなのを借りていきたいんだけど、お勧めはある?」
「そうね……」

 どこか安堵した様子で話すパチュリーと雑談をする。
 正直、手紙を持っている左手の手汗はすごいことになっていたのだけど。



 そうして、受け取った手紙を大切に握りしめて、八意永琳は永遠亭に戻った。
 一度、二度、三度、匂いを嗅いでみる。たまらない。
 一目見ただけで上質だと分かる真っ白なその封筒には何も書かれておらず、血のように赤い封蝋がよく栄えていた。紅魔館の意匠なのか、吸血鬼の羽と満月、そして月桂樹をあしらったデザインの印璽で封がなされている。
 興奮に震える手で、そっとその封を開け、取り出した便箋を見て永琳は絶望した。
 
「英語……ですって?」

 かつて月の頭脳と呼ばれた永琳は幻想郷の中でも類稀に見る天才的な頭脳の持ち主である。しかし、天才にも不可能なものがある。

 八意永琳は英語が読めない。
嘘のように聞こえるが本当の話である。それは永琳が無能であるということではない。
 ただ、英語に触れる機会がなかったというだけの話である。
月の都でも、輝夜を助け出したあの時代の日本にも、英語の入り込む余地はなかった。長い竹林での暮らしでは外の文化に触れることはあるはずもない。幻想郷で使われる言語もまた、日本語である。カタカナ語や和製英語ぐらいなら、妖怪連中が使っていることもあるが、紅魔館にでも行かない限り、英語など目にする機会すらない。
 いかに天才といえども、見たことのない言語を即座に理解することはできない。仮に入門書を一冊ずつでも与えられれば、また話は違うのだろうが。
 永琳とて、地下図書館に通いつめるようになり、英語に興味を持たなかったわけではない。習得することを考えたこともあった。
 しかし、決して低いとは言えない永琳の自尊心が、患者でありたった百年しか生きていないパチュリーに教えを請うこと、入門書を借りることを拒んだのである。なまじ、天才と呼ばれていることが永琳の枷となった。

 しかし、まさかこのタイミングでその弊害を食らうとは。
 これはまさしく、運命の荒波が永琳に挑戦しているに違いない。

 永琳は悔しさに唇を強く噛みしめる。
 空腹で目の前にごちそうがあるのに食べられない。きっとこの手紙の中にはパチュリーの赤裸々な思いという夢が詰まっているに違いないというのに。

 永琳は慟哭する。
 読めないとなれば、余計にそれが素晴らしいものに思えてくる。

 永琳は苦悩する。
 永琳がこの手紙を読むことができないということは、永琳だけではない、パチュリーの悲しみにもつながってしまう。
 純粋無垢な乙女の気持ちを踏みにじることは七つの大罪にも匹敵する罪である。

 永琳は決意する。
 今日中に手紙を解読し、次に会う時にはその思いに応えてみせる、と。
 これまで不可能とも思われた数々の輝夜の難題を乗り越えてきた永琳に不可能はないはずだ。
 この難題も解いてみせようじゃないか。
 そうして永琳は力強く呟いた。

「望むところよ」

 弟子である鈴仙・優曇華院・イナバの部屋に忍び込み、彼女がスペルカードを名付ける際に使用していた和英辞典をこっそり拝借してきた。入門書としては不足だが、解読の手掛かりにはなるかもしれない。
輝夜を始めとする同居人達には、危険な実験をするから、一晩部屋に近づかないよう伝えた。月の頭脳の本気である。

「望むところよ」

 情熱を瞳に、確固たる決意を胸に宿し、今、永琳は机に向かう。
 その手紙が英語でなく、ルーマニア語で書かれていることに彼女が気づく日は遠い。
 
 永琳の戦いは始まったばかりだ。
「パーチェ」
「レミィ、図書館では静かにして」
「ちゃんとあの薬師に手紙渡してくれた?」
「……非常に不本意だけれど、渡したわ」
「不本意?」
「子供じゃないんだから、恥ずかしいわ」
「私の五分の一も生きていないんだから、子供みたいなものじゃない」
「ロイヤルフレアが火を噴くわよ、レミィ」
「ごめん、止めて、マジで」
「……分かればいいわ」
「まあ、いいじゃないか。大切な友人で、我が紅魔館の客分であるパチェが世話になってるんだ」
「…………」
「この館の主である私が礼を言うのは、当然だろう?」
「それはそうだけど。……自分で渡しにいけばいいのに」
「パチェの可愛い姿が見れて私は満足だったけど」
「……日符・ロイヤルフレア」
「きゃー」




拙作を読んでいただきありがとうございました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
こんな話を書いておいてなんですが、私は永琳が大好きです。

前作等へのコメント、ありがとうございました。
嬉しくて腰を抜かしました。
Peko
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
何故にルーマニア語wwwwww
何て書いてあったんだろう…
2.名前が無い程度の能力削除
この二人の話がまさかシリーズだと...!?
今後の展開に超期待です。
あなたの永琳は面白すぎるww
3.名前が無い程度の能力削除
せめて英和辞典使えよw

パチュリーが可愛すぎて喘息になりました
シリーズ化に歓喜!
4.名前が無い程度の能力削除
この二人がシリーズになるならアリスと輝夜だって…!あれは期間限定だとでも言うのか…ッ!
それはともかく面白かったです。
もうなんかこういう話で惚れ込んでるキャラが報われないのってデフォですよねww
5.Peko削除
>>4様
拙作「おひなさま」にかぐアリverのあとがきを追加しました。
もしよろしければ、ごらんください。
6.名前が無い程度の能力削除
ルーマニア語www