Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

花の便り

2010/02/26 00:50:41
最終更新
サイズ
9.73KB
ページ数
1

分類タグ


 紅魔館の庭事情は、紅美鈴が管理している。
 館の主や同居人は、あまり外出したがらない事もあって、庭の作りは、美鈴の趣味が反映されていると言っても良かった。
 もちろん、メイドの十六夜咲夜も滅多なことでは口出しはしなかった。紅魔館のその他の仕事がありすぎるという事情もあるし、すみ分けをきっちりとする咲夜の性分もある。
 美鈴は庭に自分の気に入った花をどんどん植えていった。もともと自分に合った仕事だとも思う。
 
「咲夜さんは、花とかに興味ありませんか?」
 美鈴はある時、ふと咲夜に尋ねてみた。
「花? ううん、あんまり興味無いわね。けれど、あなたの世話する庭はとてもキレイだと思ってるわ」
「ありがとうございます。でも、ここの住人は外に出たがらない上に、夜に動く人たちばかりだから、私の庭を見てくれる人も咲夜さんだけですね」
 咲夜は少し苦笑いをして、そうかもしれないわねと言った。
「でも暗闇からでも、庭は見えるわよ」
「ううん、この館の皆さんにも、もっと花の魅力を知ってほしいですねえ」
「どこぞの、向日葵がよく似合う妖怪に弟子入りすれば、美鈴?」
 咲夜が冗談交じりにそう言ったので、美鈴はちょっと慌てた。
「私が行っても、門前払いですよ。ぼこぼこにされちゃいます」
「ふふ、そうかもね」
「咲夜さんは意地悪ですねえ」
 そんな事を語らいつつ、また月日は流れていった。

「美鈴、ちょっと面白い話があるの」
 ある日咲夜が嬉しそうに美鈴を呼んだ。とても珍しい事だったので、美鈴は驚いた。
 いったい私は何かミスをしただろうか。
「何を怯えているの? 別に怒りはしないわよ」
「あ、そうですか。それで、話しと言うのは?」
 ほっと胸をなでおろす。
「この植物なんだけど、見覚えあるかしら?」
 咲夜が手にしていたのは、小さな植木鉢に植えられた、植物だった。植物と言っても茎と一枚の大きな葉がついている、変わった植物だった。
「これ、どうしたんですか?」
「あの、香霖堂で貰ったのよ。何の植物かよく分からないから、それだったら私の所の庭師に下さいって言ったの」
「むう……ありがとうございます」
 咲夜から植木鉢を貰う。植木鉢はずっしりと重かった。
「それでね、私も何か部屋の植物を置きたいの。だから、何か植物をちょうだいよ」
 美鈴は心の底から喜んだ。まさかあの咲夜が植物に興味を持つとは思わなかったし、自分の手塩にかけて育てた植物を、部屋に飾ってくれるというのだから。
「本当ですか、ううんそうですね。どんな植物がいいですか?」
「あまり手間がかからない物がいいわ」
「手間がかからない……サボテンなんてどうですか?」
「さぼてん?」
 首をかしげる咲夜に、美鈴は庭へ行きましょう、と手を引いた。咲夜の手は少し戸惑ったように、美鈴の指に手をかけるのだった。

「これがサボテンです。水はあんまり与えなくてもいいです」
 美鈴は庭にあるサボテンでも、部屋におけるほどの小さなサボテンを指差してそう言った。
 大きさは手のひらほどで、鮮やかな緑色に、繊毛のような小さな棘がついている。
「可愛い植物ね。これでいいわ。美鈴、ありがとう」
 にこやかな笑顔のまま咲夜はそのサボテンを直に持つ。
「あ、咲夜さん、それ棘が……」
「いたっ」
 咲夜は少し涙を浮かべ、手を引っ込める。美鈴は、咲夜のその姿が何だか可笑しく、くすりと笑う。咲夜は恥ずかしそうに顔を赤らめ、全く、と言ってどこかへ消えてしまった。

 美鈴はしばらく、咲夜から貰ったその植物を育てていた。しかし、その植物はあっという間に枯れてしまい、もう手がつけられなかった。
「ああ、せっかく貰ったのに……」
 美鈴は相当、落ち込んだ。多少花や植物に対して知識があるつもりだったのだが、それが全く通用しなかった。まだ花も見ていないのに、その植物は枯れてしまったのだ。
 その日から、美鈴は図書館にある本を読み漁り、その植物の知識を熱心に集める事になる。
「美鈴が文字を、あんなに集中して読むなんて、珍しい」
 パチュリーが感心したようにそう言った。実際、美鈴は読みふける、という表現出来るほど、本を読み漁っていた。
 そんなある日、紅魔館の主人であるレミリアが本を読んでいた美鈴に声をかけた。
「美鈴。咲夜の部屋にあるあの植物、私にもちょうだい」
 レミリアは美鈴に期待するようなまなざしでそう言った。
「サボテンの事ですか? はいどうぞ。たくさんありますから」
 美鈴もまた笑顔で応えて、庭から咲夜にあげたサボテンの、もう一回り大きい物をレミリアに渡した。
「ありがとう。美鈴。大切にするわ」
 レミリアは愛らしい満面の笑顔でそう言うと、美鈴は胸の奥がぼうっと熱くなるのを感じた。
 ああ、咲夜さんがレミリア様について行く理由が分かったような気がします。
 この主人の信頼を一身に受けている咲夜に、美鈴は少し嫉妬したのだった。

 月日が経つ。美鈴は香霖堂から、全く同じ植物を手に入れる事が出来た。そして今度こそ、花を咲かせようと、温度や日光、水やりに細心の注意を払い、美鈴は一生懸命に花を育てた。その姿に咲夜は元より、レミリアやフランドール、パチュリーも興味をひかれ、いつしか皆で美鈴を応援していた。
「美鈴、あの花の調子はどうかしら?」
 パチュリーは本を読みながら、ちらりと美鈴の方を向いて尋ねる。
「いつになったら咲くの? あの花」
 フランドールは美鈴にすれ違うと、いつもその話題で持ちきりだった。
 レミリアと咲夜は何も声をかけはしなかったが、美鈴が花の世話をしていると、窓からその姿を微笑ましく見ているのだった。
 そして一年近くの日が経ったある日、夜中に美鈴の悲鳴が紅魔館に響いた。だが、基本的に夜行性の集まりであるこの館の住人は、特に焦る事もなく、何か騒いでいるわね、と呑気に事を構えていた。
 美鈴は部屋と言う部屋を周り、こう叫びまわっていた。
「皆さん、あの花が咲きましたよ!」
 それを聞いて、ようやく咲夜やレミリア達が重い腰をあげたのだった。

 美しい白い花弁が、いくつも重なり合っていた。月の光の下で、一層幻想的に光っている、一晩だけ咲く花。名を月下美人と言った。
「一晩だけ咲くなんて、ロマンチックな花ね」
 パチュリーがそう言った。
「今晩だけの特別な花です。ちょうど今日は十六夜の月なので、本当に月下美人ですね」
「すごいすごい。これ美鈴が育てたの?」
 フランドールが珍しそうな目で、興味津津といった様子でそう言った。
「はい。育てるのは、それはもう大変でしたよ」
「でも一晩でつぼんじゃうなんて、ちょっと寂しいね」
 フランドールが悲しそうな表情をした。美鈴はまあ、仕方ないですよ、と諦めるようだった。
「……咲夜」
 何かを考えていたレミリアが、咲夜の名前を呼ぶ。すると咲夜は
「もうすでに、時間を止めましたわ」
 と言う。
「咲夜さん?」
「分からないの、美鈴。この月下美人の時間を止めたのよ。だから、これからはずっとこの花を見る事が出来るわよ」
 咲夜が柔らかな微笑を浮かべ、そう言った。その横でレミリアが自慢げな表情をしていた。
「うちの庭師が、一年かけて育てた花よ。そんな簡単に枯らせはしないわ」
 レミリアのその言葉に、美鈴はとても自然に涙が出た。止められなかった。
「あ、ありがとうございます」
 美鈴は笑っているのか泣いているのかよく分からなくなっていた。

 紅魔館の小さな名物、枯れない月下美人は館の玄関に華々しく飾られる事となった。
 だが美鈴が時々勝手に外に持ち出しては、門番の前で妖精や他の妖怪に自慢していたので、咲夜はほとほと困り果てて、美鈴を叱りつけた。
 だが当の美鈴は
「だって、こんなに美しい花を、皆に自慢したいじゃないですか」
 と嬉しそうに言うため、最初は叱っていた咲夜も、そのうち諦めて、叱らなくなった。

 それから、長い年月が経った。
 咲いた時と変わらぬ姿を表す月下美人の下、咲夜が旅に出ようとしていた。
「お嬢様、長い間お世話になりました」
 少ない手荷物を持って、咲夜はそう言った。
美鈴は全く分からなかった。
 一カ月ほど前に、突然咲夜が旅に出る、と言い出したのだ。レミリアは止めもせず、そういってらっしゃいと言葉をかけただけだった。
 美鈴が理由を聞いても、咲夜は何となく旅に出たかったから、という一点張りだった。
 そしてお別れの日が来た。
「咲夜。このサボテンを、お守り代わりにあげるわ」
 別れ際、レミリアがかつて、美鈴に貰ったサボテンを差し出した。
「あ、それ私がレミリア様に送ったものですね」
「ええ、キレイな花が咲いたから、ちょうどいいかなと思って」
 確かに、そのサボテンには花が咲いていた。それを見た咲夜は少しだけ驚いた表情をして、花が咲くんだ、と呟いた
「ではお気をつけて、咲夜さん」
「ええ、美鈴も健康には気をつけるのよ」
 そう言って、咲夜はどこかへ旅立っていった。

 咲夜が旅立つ前の晩、館をあげてパーティーを開いた。その夜ばかりはレミリアやパチュリー、フランドールも立場を超えて、パーティーを楽しんだ。
 もちろん美鈴も色々な話をして聞いて、パーティーを楽しんだ。だが心のどこかで、深く暗い気持ちを感じていた。
 もしかして、パーティーを盛大に行うのは、この気持ちを隠すためなのではないか、と美鈴は思っていた。
 
 そしてさらに、月日が経ったある日の事、美鈴がいつものように玄関から紅魔館へ入る。その日は十六夜の月の日で、辺りは月明かりで明るく照らされていた。妖艶な光にうっとりとしていた美鈴はこれではいかんと思い、休憩がてら紅魔館に入ったのだ。
 そして最初に目についたのは、つぼみの閉じた月下美人だった。
 美鈴はしばらく動けなかった。
 何かを言おうとして、声が出なかった。
 手が震える。
 呼吸が激しくなり、大粒の涙がこぼれた。
 そして全てを理解した。
 獣のような雄たけびをあげて、美鈴は泣いた。
 それ以外に、この気持ちを落ち着ける手段など分からなかった。
 その声に驚いた館の住人は、美鈴の所へ行き、月下美人に少しだけ目をやると、またすぐに各々の部屋へと帰っていった。
 レミリアは、自室で美鈴の泣き声を聞きながら、少し欠けてしまった月に目を細めた。
 ぐっとそれに手を伸ばすしぐさをして、ガラスにトンと手が触れる。
 手のひらには、何も掴まれていなかった。

 しばらくして美鈴は、咲夜の部屋の掃除をしていた。
 そこには花の咲いたサボテンが一つ置いてあった。
 あれほど水をやらなくてよいと言ったのに、咲夜は水を毎日与えていたのだろう。だから花が咲かなかったのだ。
 そして、誰も世話する者のいなくなったサボテンは、心行くまで花をいっぱいに広げる。
 何もかもを優しく包み込むように、棘のある身体に一輪の花を咲かせる。
 まるで、咲夜さんのようだ、と美鈴は思い、それと同時にまた、小さな水がほろりと頬を伝った。

 現在、レミリアの従者には月下美人の育て方をマスターする事が必須になり、それを美鈴が教える事になっていた。
 そして紅魔館では一年に一回、月下美人が咲いた夜にパーティーを行う。それは、ここには居ないかつての従者の事を思い、楽しく、そしてつぼみが閉じるまで行われる。
 不思議な事だが、月下美人が咲く夜、その日は必ず晴れて、何かしらの月が空に浮かんでいた。
「これも、私の力ね」
 レミリアは高々と宣言する。
 美鈴は思う。もしかして、レミリア様が気ままに開いていたパーティーの数々は、かつての従者たちの想いを偲ぶ行事だったのかもしれないと。
「そうですねえ」
 レミリアのその言葉に、空を見上げ静かに笑って返す。
 半分の月が昇る空に、ひゅうんと一筋の流れ星が落ちた。
「美鈴、何を見ているの?」
 レミリアがそう問うと、美鈴はささやいた。
「今、そこを知っている人が通ったので」
 レミリアもまた、夜空を見上げ、ふうん、と呟いただけだった。
読んでいただき、ありがとうございました。
追記:人物名を漢字に直しました。こちらの不手際で不快に思われた方、申し訳ありません。
suke
[email protected]
http://aporocookie.blog119.fc2.com/
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
久々に素直に読めた、この雰囲気は大変好きです。
2.名前が無い程度の能力削除
しんみりしますねえ・・・
3.ずわいがに削除
うわぁ、凄い。なんて綺麗な話でしょう。
皆ホントに良い子過ぎて、この短さで涙腺に大打撃ですよ、もう。
4.名前が無い程度の能力削除
あぁ...。
5.名前が無い程度の能力削除
月下美人の時間を止めたところでちょっと無粋かなと思ったけど最後まで読むと…なるほどGJ
6.名前が無い程度の能力削除
絵本にしてもしっくりきそうな良い話ですねぇ。
7.奇声を発する程度の能力削除
素晴らしかったです…。
8.ぺ・四潤削除
蕾を閉じた月下美人を見た美鈴に震えがきた。
9.名前が無い程度の能力削除
花という小道具が、寿命の差というネタを心の話として押し上げていますね。
花弁を閉じた月下美人、咲いたサボテンの花2輪。それぞれの花に、それぞれの意味を感じました。
素晴らしいお話だと思います。
10.名前が無い程度の能力削除
涙腺決壊もんですな、こりゃあ
11.名前が無い程度の能力削除
月下美人の花がしおれるシーンが胸に刺さった。
美鈴をはじめとした紅魔館メンバーが魅力的に描かれていて感動した